平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


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第3章 アメリカ労働市場のダイナミズム

第3節 労働市場をとりまく制度が賃金格差に与える影響

これまでみたように,労働需要のシフトは,アメリカでは賃金格差拡大の大きな要因であった。しかし,このような需要のシフトは,他の先進諸国においてもほぼ共通に生じているにもかかわらず,賃金格差が拡大している国はアメリカ以外ではイギリスなど一部の国であり,ヨーロッパ大陸諸国においてはそれ程賃金格差は拡大していない。これは何故であろうか。その要因として考えられるのは,①労働供給の相違,②労働市場をとりまく制度の相違,の2点である。しかし,第2節で見たように,労働供給要因があまり大きくなかったことを考えると,その要因の多くは制度(労働組合,最低賃金制度,失業保険給付)の相違にあると考えられる。ここでは,制度の相違が賃金格差にどのような影響を与えているのかについて分析を行う。さらに,賃金格差と失業率との関係についてみていくことにより,賃金格差とは何かについて考える。

1 労働市場をとりまく制度の変化は賃金格差を拡大させたか(アメリカ)

アメリカにおいては,労働組合の組織率は70年代以降低下しており,また,最低賃金は70年代の弾力的な引き上げの後,80年代以降,ほとんど改定が行われなかった。これらの制度の変更と賃金格差の拡大との関係について,まずみていくことにする。

(労働組合組織率の低下と賃金格差の拡大)

アメリカにおいて,労働組合の組織率は70年代以降一貫して低下傾向にある。この要因としては,①70年代後半~80年代半ばまでの雇用情勢の悪化,②労働組合の組織化が進んでいた製造業のシェアの縮小,サービス産業化,③海外あるいはアメリカ南西部への工場の移転,④女性の労働参加率の上昇,といったものが指摘されている。

労働組合は,その団体交渉力により,組合員の賃金の引上げを図る。特に組合組織率の高い製造業ブルーカラーでは,労働組合による賃金の確保により,その水準は需要側が求める水準よりも高く設定される傾向にあることから,労働組合の存在は,製造業ブルーカラーとホワイトカラーとの賃金格差を縮小させるものと考えられる。また,低学歴者の製造業に占める割合が高いことから低学歴者と高学歴者の賃金格差を縮小させる効果も持つと考えられる。

そこで,70年代以降の組合組織率の低下が,①ブルーカラーとホワイトカラー,②高校卒と大学卒,の賃金格差をどの程度拡大させたのか分析してみると,組合組織率の低下は,これらの賃金格差の拡大の2.5~3割程度を説明していることが分かる(第3-3-1表)。つまり,組合組織率の低下は賃金格差の拡大を促進したと考えられる。

(最低賃金制度と賃金格差)

アメリカにおいて,最低賃金は70年代には,石油ショックによる物価上昇に対し5回の最低賃金引上げが実施されるなど,弾力的に改定されていた。その結果,最低賃金の平均賃金に対する比率(最低賃金/平均賃金)はやや上昇している。80年代に入ると,最低賃金は,81年1月の引上げ以降,90年4月まで9年以上全く改定が行われず,その間最低賃金/平均賃金は80年の46.5%がら89年には34.7%へと10%ポイント以上低下した。それ以降も,91年4月の引上げから,96年10月まで5年半に亘り改定が行われなかった (第3-3-2図)。

最低賃金制度は,賃金の最低限度を設定することにより,低賃金労働者の賃金を保障する制度である。したがって,平均賃金と最低賃金との乖離は,それだけ貨金のバラツキを大きくさせ,賃金格差を拡大させる。そこで,80年における最低賃金/平均賃金を90年,95年に適用した場合,どの程度の労働者がこのような賃金水準以下で働いているのかを計測してみた。まず,フルタイムワーカーでみると80年には7.1%であったが,90年には9.1%,95年には10.2%とその割合が増加している。また,パートタイムワーカーも含めてみると,80年の14.4%から,90年17.O%,95年には17.7%と増加している。したがって,最低賃金/平均賃金の低下は,賃金のバラツキを大きくすることにより,賃金格差を拡大させたものと考えられる(付図3-3-2)。

2 労働市場をとりまく制度と賃金格差(国際比較)

制度の賃金格差に与える影響を考える場合,一国内での制度の変更の与える影響をみる方法と,制度の異なる諸国間における賃金格差の相違をみる方法とがある。上述の通り,OECD主要国の賃金格差を比較すると,アメリカ,イギリスなどでは大きいものの,ドイツやスウェーデンなどの北欧諸国では非常に小さくなっている。ここでは,先進諸国の賃金格差の違いを分析することにより,各国の労働市場をとりまく制度の違いが賃金格差に与える影響についてみていくことにする。

(1)労働需給の相違と賃金格差

第2節でみたようにアメリカの賃金格差の拡大においては,労働需要のシフトが主要な役割を果していた。ここでは,制度についてみる前に,各国間の労働需要と労働供給の推移についてみていくことにする。

(各国の労働需要の推移)

労働需要を主要国の産業別労働者数の推移でみると,先進各国とも,サービス化が進展していることから,程度に若干の差はあるものの,雇用に占める製造業部門のシェアが縮小し,その分サービス部門の雇用のシェアが高まっている。さらに,サービス産業の中の内訳をみると,各国とも金融,ビジネスサービスや医療サービスといった高賃金業種の雇用が拡大している。その中でも,特にアメリカ,イギリスにおける高賃金業種のシェアの伸びが大きなものとなっている。一方,小売業やホテル,個人サービスといった低賃金と考えられる業種の雇用のシェアをみると,高賃金業種ほどではないものの,各国においてシェアが高まっている。低賃金業種についてもイギリスの伸びはやや高くなっているが,高賃金業種ほど各国間の差はみられない (第3-3-3表)。

このように,各国において労働需要の変化は,ほぼ同じ傾向を示しており,各国の賃金格差の違いは労働需要の違いによるものではないものと考えられる。ただし,ここでは,産業間の労働需要のシフトでしかみていないため,アメリカのような産業内の労働需要のシフトが他の先進諸国において生じているのかを検証することはできない。

(各国の労働供給の推移)

次に,労働供給について,労働人口(15~64歳人口)の伸び率の推移を国別にみると,各国間で高齢化の進展のスピードや時期が異なっていることが分かる。アメリカでは,ベビーブーマー世代の参入により,70年代,労働力人口が大幅に増加した後,80年代,伸び率は半分に低下,90年代は80年代とほぼ同じ伸び率となっている。一方,ヨーロッパ諸国,日本では,70年代と80年代とでは伸び率はほぼ同じであり,90年代に低下する傾向がある (第3-3-4図)。

こうした労働供給の差は,アメリカとヨーロッパ諸国の賃金格差の違いにある程度影響を与えている可能性があるものの,①上述した通り,アメリカにおいて供給の変化が賃金格差に与えた影響は小さいこと,②ヨーロッパ大陸諸国とほぽ同じ労働供給の変化を示しているイギリスにおいて賃金格差が拡大していること,などを考えると,供給の差が賃金格差の違いの大きな要因であるとは考えられない。

(2)労働市場をとりまく制度の相違と賃金格差

各国における労働需給の違いは,各国の賃金格差の違いをある程度説明するものの,その大きな要因と考えることはできない。したがって,各国の労働市場をとりまく制度の相違が各国の賃金格差の違いの大きな要因であると考えられる。ここでは,具体的な労働市場をとりまく制度を取り上げ,それらが賃金格差に与える影響について検証する。

(組合組織率と賃金格差)

各国の組合組織率の推移についてみると,組合組織率の低下はアメリカに限ったものではなく,先進国共通の現象である。例えば,イギリスの組合組織率は80年の55.3%から94年には38.2%へと低下している。ただし,ドイツでは80年に34.2%であった組織率は94年も33.2%となっており,組織率の低下はみられていない。

組織率の低下は,組合の賃金決定への影響力の低下を意味するが,より厳密に組合の影響力をみるために,各国の組合組織率と組合の賃金決定の適用範囲率の水準及び関係をみてみよう。すると,アメリカ,カナダ,イギリスでは組織率も適用範囲率も低くなっており,また,適用範囲率が組織率とほぼ洞じである。つまり,組合の賃金決定は,組合員にしか及んでいないことが分かる。それに対し,フランスやドイツでは,組織率は低いものの,適用範囲率は非常に高くなっており,組織率でみるよりも,組合の影響力ははるかに大きなものになっている。また,スウェーデンなどの北欧諸国では,組織率,適用範囲率ともに高水準であり,組合の影響力はかなり強いことが分かる(第3-3-5図)。

各国の組合の交渉力の違いが,賃金格差にどのような影響を与えているのかを検証するために,OECD諸国について賃金格差(D5/Dl)と(組合の影響力の強さを表す)適用範囲率の関係をみると,適用範囲率は賃金格差に負の影響を与えていることが分かる。つまり,適用範囲率が高い国ほど賃金格差は小さく,適用範囲率が小さい国ほど格差は大きくなっている(第3-3-6図)。また,組織率の低下したイギリスについて,組織率と賃金格差の関係をみると,組織率が低下するにつれて,賃金格差も拡大している (付図3-3-3)。一方,組織率が低下していないドイツでは,賃金格差はむしろ縮小している。これらの結果は,組合の影響力の強弱が,各国の賃金格差の差を説明する一因となっていることを示している。

これに加え,労使間の賃金決定方式の違いについても,賃金決定に影響を与えている可能性がある。各国の賃金決定方式についてみると,アメリカ,イギリスなどでは企業や工場別に団体交渉が行われているのに対し,ドイツやフランスでは産業部門別に,スウェーデンなどの北欧諸国では中央に集中して交渉が行われていた。一般的に,企業・工場別よりも産業部門別,産業部門別よりも中央に集権化して交渉するほうが労働側の交渉力が強くなり,労働側に有利な結果がもたらされると考えられるが,このことは,企業・工場別の交渉であるアメリカやイギリスでは賃金格差が拡大し,中央で交渉をしているスウェーデンでは賃金格差の拡大がみられないという事実と一致している。

(最低賃金制度と賃金格差)

各国の最低賃金制度について概観すると,最低賃金の決定方法としては,主に,①法律により定める,②審議会において決定する,③労働協約を拡張適用する,④労働裁判所により決定する,の4つの方法がある。主要国についてみると,アメリカ,フランスでは法律により,日本では審議会により,ドイツ,イタリア,スウェーデンでは労働協約を拡張適用する形で最低賃金が決定されている。

ここでは,賃金格差が拡大しているアメリカと比較するために賃金格差が拡大していないフランスの最低賃金の推移についてみてみよう。フランスでは,最低賃金は物価にスライドして改定されることに加え,毎年1回一般的な労働者の実質賃金上昇率の2分の1以上最低賃金を引き上げなければならないことが規定されている。そのため,最低賃金は物価上昇率や平均賃金の動きに対して弾力的に改定されており,最低賃金の伸びは70~95年の間,年平均9.9%という高い伸びを続けた(前掲3-3-2図)。その結果,最低賃金/平均賃金は,70~80年代にかけて上昇を続け,70年の58.6%から89年には68.6%へと10%ポ対的にかなり引き上げられたことになる。

したがって,最低賃金の平均賃金に対する比率が高い国では,最低賃金が相対的に高く維持されるため,賃金のバラツキ,すなわち,賃金格差が小さくなるのである。

(失業保険制度と賃金格差)

失業保険制度は,労働者が失業した場合に保険給付を行うことにより,生活の安定がもたらされる制度であるが,手厚い失業給付(及びそれに伴う低所得者への高限界税率)は,低賃金で働いている労働者の労働インセンティブを損ね,低賃金労働者の就業を抑制する効果がある。低賃金労働者の労働市場からの退出は,それだけ賃金のバラツキを小さくし,賃金格差を縮小させる効果をもつと考えられる。そこで,各国の失業保険制度の相違が賃金格差に与える影響についてみていく。

まず,最初に主要国の失業給付制度を比較してみよう (付表3-3-4)。各国の失業給付額の平均賃金に対する代替率を比較すると,グロスの代替率は,アメリカ11.8%,イギリス18.1%に対し,ドイツでは26.4%,フランスでは37.5%,スウェーデン27.3%と高い水準になっている。また,ネットでみると,フランス,ドイツ,スウェーデンでは,失業給付以外の財政面での所得分配政策が重視されていることから,代替率の差は拡がり,アメリカの16.4%に対しイギリスでは50.8%,ドイツ53.4%,フランス54.5%,スウェーデン67.4%となっており,アメリカの給付が薄いことがより明確となる。(注3-1)

給付期間についてみると,賃金格差の拡大がみられないドイツ,フランスの給付期間は長く,それぞれ最大で,32が月,60が月に亘る。特にドイツでは失業給付期間を終了した労働者に対して更に無期限の失業扶助が与えられている。それに対し,賃金格差が拡大しているアメリカの給付期間は,最大26週間,イギリスでは最大52週間となっている。

実際の失業者のうち給付を受けている人の割合を比較すると,アメリカ,イギリスではそれぞれ32%(93年),17%(94年)と非常に低く,特にイギリスでは,割合は80年代以降低下傾向にある。一方,ドイツ,フランスでの失業給付受給者の割合は,それぞれ77%(94年),77%(92年)とかなり高くなっている。給付受給者の割合は,各国の失業給付の受給資格及びその運用の厳格さをある程度反映していることから,失業給付の受給資格においても,アメリカやイギリスの制度が失業者にとって厳しく,ドイツ,フランスの制度が失業者に寛大であることが分かる。

それでは,これらの各国間の給付制度の違いは,賃金格差にどのような影響を与えているのだろうか。失業給付額の収入に対する代替率と賃金格差(D5/Dl)の相関をみると,両者の間には相関があり,給付水準が高い国ほど,格差が小さくなる傾向にある(第3-3-7図)。つまり,失業給付制度の違いは各国の賃金格差の違いに影響を与えていると考えられる。

3 賃金格差とは何か-失業率との関係からの考察-

以上より,労働市場をとりまく制度の各国間における相違は,各国の賃金格差の違いに大きな影響を与えていることが分かる。その一方で,現在,高失業に苦しむ西ヨーロッパ諸国では,労働市場をとりまく制度を改革することにより雇用を拡大しようと試みている。このように,制度による賃金水準の確保は,雇用を抑制する効果を持つものと考えられるが,果して,賃金格差と失業率とはトレード・オフであると考えるべきなのだろうか。

ここでは,まず,制度の相違が各国の失業率の相違にどのような影響を与えているのか検証した後,賃金格差とは何かを考えていくことにする。

(1)労働市場をとりまく制度と失業率との関係

労働市場をとりまく制度が失業率にどのような影響を与えるかについて,①労働組合,②最低賃金制度,③失業保険給付,の失業率に与える影響をみていくことにする。

(労働組合)

労働組合の失業率に与える影響を考える場合,組合の賃金適用範囲率が重要となる。すなわち,組合が決定した賃金が組合員のみにしか適用されない場合,その賃金が高まれば,企業は非組合員を多く雇い入れる。しかし,組合の決定した賃金が非組合員にも及ぶ場合は,労働需要の減少につながる。

そこで,組合の影響力が雇用に与える影響をみると,組合の賃金適用範囲率が高い国ほど,失業率が高くなっている(付図3-3-5)。また,適用範囲率が高まるほど低賃金雇用のシェアは低下している。つまり,組合制度は特に,低技術者の賃金を市場均衡よりも高める傾向があるため,低技術者の雇用を抑制する効果を持っているのである。

(最低賃金制度)

最低賃金の上昇は,特に,最低賃金以下の賃金でならば雇用されうる労働者の雇用を抑制することから,低技術者の雇用を抑制する効果があるものと考えられる。

そこで,最低賃金の雇用に与える影響をみるために,フランスとアメリカの2か国を比較する。フランスでは,最低賃金の平均賃金に対する割合が70年代~80年代にかけて上昇するにつれて,失業率も同様に高まっており,両者の間には,強い相関がみられる(第3-3-8図①)。一方,アメリカについては,最低賃金の平均賃金に対する割合と失業率は80年代以降はともに低下している (第3-3-8図②)。

したがって,最低賃金の上昇は低賃金部門の雇用を抑制する効果を持つといえよう。 (注3-2)

(失業保険給付)

失業保険給付は,それが失業者の期待収入より高い場合には,その就労インセンティブを阻害し,雇用を減少させる(失業の罠)。さらに,給付水準を超える水準に収入が限界的に増加する際には,その収入に対し課税がなされることに加え,社会保障給付が減額されることから,限界的な課税が極めて高くなり,就労インセンティブが阻害されることになる(貧困の罠)。ここでは,主に前者の効果についてみていくことにしよう。

失業給付額の代替率と失業率の間の関係をみると,失業給付水準が高い国ほど失業率が高くなる傾向にある。また,代替率と低賃金雇用率の間にも,代替率が高い国ほど低賃金雇用率が低くなるという関係がみられる(第3-3-9図)。

この結果,失業給付が高いと,低賃金部門の就労インセンティブが阻害され,全体の失業率も高水準に留まる。

次に,給付期間が失業に与える影響についてみていく。給付期間の長さは,失業期間の長さに影響を与えるとの分析があるが,これをOECD諸国についてみていくと,最大失業給付期間と失業者に占める長期(1年以上)失業者の割合との間には明らかに相関関係がみられる。このことは,最大失業給付期間の長さが,長期失業に影響を与えている可能性があることを示している(付表3-3-6)。

このように,手厚い失業給付制度は,高失業率及び失業期間の長期化の一因となっていると考えられる。

(2)持続可能な制度とは

以上のように,労働市場をとりまく制度による,賃金・所得水準の確保は,雇用の拡大を抑制する効果をもつと考えられる。すなわち,労働市場が賃金に対して伸縮的な国では,個々の労働者の賃金は,需要側が必要とする人的資本とそれに対する労働供給に応じて決定されるため,産業構造の変化,技術革新などによる労働需要の変化は賃金格差を拡大させる傾向をもつ。一方,労働市場が賃金に対して伸縮的でない国では,制度が賃金水準を保障し,賃金格差そのものを抑制する機能をもつことから,労働需要の変化に対応した賃金決定を行うことができず,雇用は抑制されると考えられる。その結果,経済環境が変化する中で,高雇用・賃金格差大,高失業・賃金格差小の組み合わせが生じるものと考えられる。

しかし,賃金格差を失業率とのトレード・オフという側面でのみ考えるのは正確ではない。なぜならば,社会的な不公平を考えるにあたっては,賃金労働者間の格差でみるのではなく,失業者や労働市場不参加者を含めて考える必要があるからである。ヨーロッパ大陸諸国においては,失業者が増大しているだけでなく,手厚い社会保障制度により,労働市場不参加者も増大していることから,これらの失業者・労働市場不参加者の社会保障給付を除いたベースの所得も含めた所得格差は,賃金労働者間の格差より大きなものとなっているはずである。つまり,ヨーロッパ大陸諸国においては,非就業者の拡大により,賃金労働者間の格差は小さくなっているのである。政府の所得再分配機能はあくまで低所得の労働者の生活を,彼らが人的資本の蓄積により貧困から脱するのに要する期間だけ過渡的に行われるものでなければならない。もし,所得の再分配機能が更なる失業者・労働市場不参加者を生み出すならば,その財政コストを負担し続けることは困難であり,このような制度は持続不可能なものとなるであろう。この点については,ヨーロッパ大陸諸国においても認識されており,過度の社会保障の是正は,近年の財政改革の柱になっている。

このように考えた場合,経済環境の変化の中で頑健性のある制度とは,①家計の最低限の生活を保障しながら,②労働者の就労インセンティブや企業の労働需要を抑制せず,③経済環境の変化による労働需要の変化に対応し人的資本の蓄積を促す,ような制度ということができよう。現在,ヨーロッパ大陸諸国が取り組んでいる制度改革も,現在の硬直的な制度を,経済環境の変化に対してより柔軟に対応できるものへと変革する試みといえる。