平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


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第3章 アメリカ労働市場のダイナミズム


《第3章のポイント》

【近年のアメリカ労働市場】

・近年,アメリカでは低い失業率が続く中で物価上昇率は安定している。

これは,若年者比率の低下,労働市場の構造変化によるものである。

・93年以降,1000万人の雇用が生み出されたが,これはサービス産業を中心にしたものであり,高技術職種・高賃金階層の増加が相対的に多い。

【賃金格差はなぜ拡大したか】

・アメリカでは,80年代以降,学歴間・経験間での賃金格差が大きく拡大している。この主な要因は,技術革新の進展や輸入の増加などにより労働需要が高技術者へ相対的にシフトしたことである。特に技術革新の労働需要に与えた影響は大きい。

【労働市場をとりまく制度が賃金格差に与える影響】

・アメリカとヨーロッパ大陸諸国を比べた場合,ヨーロッパ大陸諸国の労働市場をとりまく制度は強い。これは,賃金格差をアメリカに比べ小さくする一方で,高水準の失業率の要因ともなっている。

【生涯賃金からみた賃金格差】

・賃金格差を長期でみると,転職や職場内での賃金変動により単年でみる場合に比べ縮小する。しかし,近年,賃金階層の移動は小さくなっており,同階層にとどまる比率が高まっている。

【人的資本の蓄積による賃金格差の縮小】

・賃金格差は労働市場におけるシグナルである。80年代の学歴プレミアムの上昇は,若年者の高学歴化を促している。また,アメリカにおける世代間での教育水準の流動性は高い。

・企業による職業訓練は,賃金格差を拡大させる傾向がある。しかし,アメリカでは,企業による職業訓練は,他の国ほど行われていない。


アメリカの労働市場をみると,マクロ的には非常に低いインフレの下で大幅な雇用の拡大,失業率の低下が実現し,ミクロ的には産業構造の転換や情報化の進展する中で賃金格差の拡大,という特徴をみることができる。マクロ経済的にはインフレを加速することなく雇用の増大を図ることは大きな政策目標といえ,この意味ではアメリカの経済運営は非常に良好である。しかし,一方で経済政策の目標を消費者の効用最大ということに置くならば,賃金格差が拡大し,実質賃金がマクロ経済の良好さにもかかわらず上昇しない,などの問題が指摘されるアメリカ経済の現状は積極的には評価しえないものとなる。

アメリカの労働市場は,ヨーロッパ大陸諸国に比べ組合の組織率が低いことに加え,各種制度からみた場合も政府の介入が少なく,市場経済メカニズムを積極的に活用することで良好な成果を上げている。現在ヨーロッパ大陸諸国で進められている社会保障制度を中心とする制度改革は,財政赤字の削減を目的とすると同時に市場メカニズムを活用することで労働市場の伸縮性を増し,効率化・活性化することを目指している。その意味ではアメリカの労働市場の現状について検討することは,欧州労働市場の今後を,ひいては同じく財政再建と高齢化から社会保障制度の改革が必要とされている日本経済について考える上で有益なことといえる。

ここでは,マクロ的にみて良好な雇用状況がどのような要因によってもたらされたものか,インフレを加速しないで失業率が低下した要因は何かについて概観し,また,ミクロ的な問題,特に賃金格差の拡大の現状がどのようなものであり,どのような要因によってもたらされたのかについて検討する。


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