平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


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第2章 公的部門の役割の見直し

第4節 市場メカニズムの活用

欧米各国では,競争の促進によって経済を活性化しようという観点から,1970年代後半以降,民営化や規制改革が行われてきた。こうした動きの背景としては,次のような点が挙げられる。

第1に,公的部門でなければ適切な供給ができない,あるいは公的部門が供給することが望ましいと考えられる公共財の範囲が変化した。例えば,かつては電力・通信・運輸など,規模の経済性や公益性の観点から国営企業による独占的供給が正当化された分野において,技術進歩による事業分割が可能になったことなどから,これまでの供給方法が必ずしも効率的ではない可能性が生じている。

第2に,公的部門による規制が,市場の持つダイナミズムを阻害する場合があることが認識されてきた。ドイツ,フランスなどで,高失業など構造問題が顕在化する中,今後とも柔軟性のある経済システムを維持していくためには,市場が持つ調整機能を引き出し,資本や労働力などの経済資源を効率的に活用することが欠かせなくなってきている。

以下では,現在各国で進展している1民営化,2規制改革,3民間資金を活用した社会資本の供給について述べることとする。

1 民営化

民営化(公的部門の民間部門への売却)は,ヨーロッパ諸国を中心に80年代頃から行われてきた。アメリカでは,基本的に独占による弊害が生じる場合,政府から独立した機関(裁判所など)が,独占企業の行動を規制するという方法がとられたため,ヨーロッパでは規制改革と民営化が並行して行われてきたのに対し,アメリカでは規制改革が中心であった。

民営化の規模をみると,民営化の歴史が長いイギリスにおいては,77~95年の間に967億ドルの民営化が実施されている。その他のヨーロッパ諸国においても,80年代央以降民営化は盛んに実施されている。OECD全体でみた場合,民営化額(株式売却額)は93年に384億ドルであったものが,96年には600億ドルになる見通しとなっており,このところ民営化は加速している(第2-4-1図)。

イギリス,ドイツの民営化の歴史を簡単に振り返ってみよう。イギリスでは79年のブリティッシュ・ペトロリアムを始め,次々と国有企業の民営化が進展してきた(付表2-4-1)。79年以降民営化された企業は主なもので20社以上あり,その中には電力,電気通信,水道といった公共性の高い業種も含まれている。民営化後の動向をみると,民営化された後も独占状態が続いたり,あるいは民営化企業の独占防止を目的として新たに設置された規制機関がうまく機能しないケースもあり,必ずしも成功した例ばかりではない。しかしながら,現在,サッチャー政権時(79~90年)に始まった一連の民営化計画は最終段階に入っており,最近の例としては鉄道の民営化が進行している。

ドイツでは,民営化はEU統合が決定した80年代後半から加速し,90年代に入ってルフト・ハンザ航空,連邦高速道路関連事業有限会社など多数の分野で実施されている。また,東西ドイツ統一後の旧東独地域の復興策の1つとして信託公社が設置され(90年),旧東独地域8,000社の国営企業の民営化を担当した。最近では規模の大きいものとして,鉄道の民営化が挙げられる。

民営化と規制改革を厳密に分けることは難しい。なぜなら,多くの国で財・サービスの供給主体を民間部門へ移すとともに,規制改革も行っているがらである。民営化・規制改革の方法,スピードは,各国・各産業で一様ではなく,その国の産業構造や,産業の技術進歩,グローバル化の度合いなどにより異なっている。欧米諸国の流れをみると,電気通信では,ヨーロッパにおいては民営化が終了した国が多数を占めているものの,ドイツなど民営化が進行中の国もあり,民営化から規制改革への移行段階であるとみられる。また,電力は,イギリスなどでは既に民営化を終え,規制改革の段階である。こうした分野は公共性が高いものの,事業分割が可能となった結果,費用逓減産業でなくなったため,民間部門の新規参入が容易になったことなどから,公的部門が独占的に供給する根拠が希薄になったといえる。

一方現在,民営化が進展中の鉄道などは,従来公共性が高く,規模の経済が強く作用すると考えられていた産業であるため,民営化の優先度が低かった分野である。これらは民営化が簡単な分野とはいえないが,効率化を促進する,赤字を縮小するという観点から段階的な民営化にふみきっている国もある。

以下では,これまで民営化の優先度が低かった鉄道の民営化プロセスについて述べる。なお,電気通信,電力については現在民営化段階の国もあるが,民営化・規制改革が同時に起こっていることから,規制改革のところで扱うこととする。

鉄道事業における民営化

1)イギリスの鉄道民営化の進展

(イギリス鉄道の分割民営化)

イギリス鉄道の民営化法は,93年11月に成立した。民営化法の成立を受けて,イギリス鉄道は,94年4月,これまでの旅客部門,貨物部門といった事業体系から,①施設保有部門,②車両保有部門,③運行部門の3つに分割され,全額政府出資の株式会社となった。具体的には,従米,施設(線路・駅など)保有,車両保有,列車運行サービスは同一の事業者によって行われていたが,株式会社化後はこれを3部門に切り離し,いわゆる「上下分離」方式が採用された。上下分離とは,ある産業において外部性や規模の経済性に基づく自然独占が存在する場合,これを解消するためにインフラ施設の所有・管理と,当該インフラを利用したサービスの提供という経済行為を機能的に分離することをいう。一般的にインフラ建設に多額の投資が必要な産業において,上下(経営部門とインフラ部門)を分離しなかった場合,参入する事業者が,インフラ部門の建設費用を全額負担することとなり,事業者の参入・退出に大きなリスクが生じ,市場における競争を阻む要因になる。イギリス鉄道における上下分離の方式は,鉄道の線路・駅というインフラだけでなく,車両の保有についてもリース方式をとることにより,市場における参入・退出のコストを下げ,一層の競争的な市場形成を図っている。

(各部門の概要)

民営化後の鉄道事業を,施設保有部門,車両保有部門,及び運行部門別に見ると,施設保有部門については,94年4月に線路・駅などの施設を保有するレイルトラック(Railtrack)社が設立された。同社の収入源は,運行部門からの線路使用料や駅などの賃貸料収入となっている。レイルトラック社は,資産を保有するだけでなく,時刻表の作成,列車の安全運行・遅延,インフラの整備などに責任をもつこととされている。既に,保有株式の一部は民間に売却されている(96年5月に株式の一部を売却)。

また,車両保有会社のROSCO(R011ingStockLeasingCompany)は,94年に3つの会社に分割され,現在既に民間部門に売却されている。同社には,運行部門から車両のリース料金が支払われている。

運行会社(TOC=TrainOperationgCompany)は,25の営業所に分割され,順次民間部門に売却される予定となっており,95年12月に最初の3社が民間企業にフランチャイズされた(9社が既にフランチャイズ化されている)。運行会社のフランチャイズ期間は原則として7年間となっており,7年ごとに入札が行われ,より効率的な運営が行われるよう見直されるシステムとなっている。

運行会社は,車両会社からリース料金を支払って車両をリースし,レイルトラック社から,特定の時間に特定の区間に列車を運行する権利を購入し列車を運行させることになる。運行会社には,最低限のサービス水準,料金の最高額などの規制が課されている。また列車の運転,乗車券の販売,ホームの清掃,構内アナウンスなどを受け持っている。

なおレイルトラック社は,車両製造業者や修理業者と,線路・信号・車両の保守などについて外注契約を結んでおり,このような鉄道関係の会社をすべて合計すると約100社に上り,全体として競争的なシステムが構築されている。

(民営化の評価)

イギリス鉄道の民営化は,鉄道を赤字を抱えた国有形態のまま存続させたのでは,将来的にわたって財政を圧迫し,いずれ経営再建さえも難しくなる可能性があるという危機感などから実施に移された。

民営化は現在進展中であり,運行会社では政府からの補助金を受けていることなど,現時点で民営化の評価を下すことは難しい。しかし,上下分離などにより,多数の事業者の参入を促し,産業全体として効率的な構造に転換しようという試みは評価できよう。今後は,いかにして赤字経営の運行部門を採算に乗せることができるかが課題となっている。

2)ドイツ鉄道の民営化プロセス

ドイツでは93年12月に,鉄道民営化のための基本法改正と関連法が成立し,これにより,94年1月から民営化に向けた動きがスタートした。民営化の基本的な手法は上下分離方式を採っており,この点についてはイギリスの手法と同じである。民営化は3段階のプロセスで進められることとなっている。第1段階(94年1月)では,ドイツ連邦鉄道(DB:西ドイツ国鉄)とドイツ帝国鉄道(DR:東ドイツ国鉄)を統合して全額政府出資の「ドイツ鉄道株式会社(DBAG)」を設立し,その内部を,線路などの施設保有部門,旅客輸送部門,貨物輸送部門の3つに分割し,それぞれ,会計上も組織上も分離させた。

第2段階では,ドイツ株式会社としての営業開始後3年の経過期間をめどに,1つの持ち株会社の傘下で,施設保有部門,旅客輸送部門,貨物輸送部門の3部門をそれぞれ独立した株式会社(政府が出資)に転換する予定となっている。

最終段階では,第2段階の後遅くとも5年の経過期間の後(2000年初頃),3部門の株式会社の株式を民間に売却し,民営化を完了させることとしている (コラム2-3参照)。


《コラム2-3》 ドイツ鉄道の民営化と債務

ドイツ鉄道の民営化に関してポイントとなっているのは,94年に新規に設立された「ドイツ鉄道株式会社」が旧国鉄の債務を引き継いでいない点であるといえる(債務額は,93年末660億マルク(GDP比約1.9%,約4.7兆円(1マルク=71.27円)となっていた)。債務の処理にあたっては,①一般財政支出,②旧国鉄用地の売却益をあてるといった方策がとられており,新鉄道会社は債務を引き継がず身軽なかたちでスタートし,一方,債務の返済は国民全員が負担することになっている。

ドイツの国鉄が民営化により存続することとなったのは,環境問題の観点からも,鉄道の重要性が再認識されたことが背景にある。


2 規制改革

市場メカニズムを有効に機能させ,柔軟な調整能力を持つ経済システムを構築するためには,財・サービスの供給主体を政府から民間へ移すといった民営化だけではなく,各種の規制を見直していくことが重要である。例えば,財・サービスの供給主体を政府から民間企業へ移しても,その民間企業が市場を独占し続けてしまう場合には,市場メカニズムが機能しない可能性がある。

なお,本章において「規制緩和」ではなく「規制改革」という用語を用いるのは,独占・寡占が生じやすい分野に競争原理を働かせるにあたっては,参入自由化などの規制緩和だけでは不充分であり,市場の透明性を高めるための新たなルールの設定や,さらには,規制にかかわるコストの削減に寄与するような規制内容の見直しが必要であるためである。

イギリスが,しばしば民営化の進んだ国の例としてあげられるのに対して,規制改革の進んだ国としてはアメリカが例に挙げられることが多い。アメリカの規制改革のプロセスは,本来参入などが規制されている産業に,企業家精神に富んだ企業が進出した場合,規制当局や既存の産業との争いは法廷に持ち込まれ,規制の必要性が審議されるといった「ボトムアップ型」であると形容できる。

アメリカでは70年代後半の民主党政権時代から,運輸,エネルギー,金融部門等で規制改革が進んだ。さらに,80年代の共和党政権においても,規制改革は一層進展した。ブルッキングス研究所のC.ウインストン氏の研究によれば,一連の規制改革により,GNPに占める規制産業のウェイトは,77年の17%から,88年の6.6%に低下し,社会的厚生も高まったとされている。

以下では電気通信,電力の規制改革の動きを,民営化の動向にも触れつつ紹介し,最後にアメリカの航空の規制改革の事例をあげ,今後の規制の必要性についても若干述べることとする。

(1)電気通信事業における規制改革

電気通信市場をめぐる動きの主なものを整理すると,①アメリカの1996年電気通信法の成立,②ドイツの電気通信事業の民営化を含む規制改革,③EUの電気通信市場の自由化があげられる。さらに,これらの動きを背景として,各国の通信業者の連合の動きが進展しており,ヨーロッパ,アメリカ,アジアを含むグローバルな連合グループがいくつか設立されている。

1)アメリカの電気通信事業の規制改革

(アメリカの電気通信法の成立)

96年2月に,アメリカの通信法を改正する1996年電気通信法が制定された。

この改正はアメリカの通信市場の競争促進と,規制改革を図るものとなっている。今回の電気通信法の主な内容は,①地域電話会社のCATV(ケーブル・テレビ)事業及び小会社による長距離業務への参入解禁,②長距離電話会社の地域電話市場への参入解禁及びCATVの地域電話市場への全面参入解禁,③CATVの料金規制の見直し,④放送局の所有規制の緩和などとなっている。

その中でも,今回の改正における最大のポイントは,長距離電話,地域電話,CATVの垣根がなくなり,相互に参入することが可能になった点であるといえる。

(地域電話へ競争を導入)

アメリカでは,私企業であるAT&T(AmericanTelephone&Telegram)の独占が続いていたが,84年,AT&Tは,長距離通信及び国際通信サービスを提供するAT&T社と,地域通信サービスを提供するベビー・ベル7社に分割された。以後,長距離部門への新規参入が相次ぎ,現在では長距離電話会社はAT&T,MCL,スプリントの大手の他約500社あるが,大手3社がシェアの8割強を占めている。一方地域電話会社はベビー・ベル7社以外に1,000社以上あり,ベビー・ベル7社のシェアは7割を超えている。

AT&T分割以降,長距離通信分野ではAT&Tの市場占有率は低下し(84年約90%→94年約55%),通話料金も低減した(84~94年の10年間で最遠距離平日昼間の料金が約45%低減)。一方,地域電話分野は,ベビー・ベル7社や中小独立系電話会社などの地域独占となっており,ベル系地域電話会社が運営できる業務の範囲は長距離分野への参入禁止など厳しい規制が課されていた。

今回の電気通信法により,地域独占の続いていた地域電話分野と,CATV分野に競争原理が導入されることになる。地域電話会社もその見返りとして,分離子会社による長距離電話等への参入が可能になったが,参入の条件として,地域電話会社が保有している回線網の十分な開放が義務づけられている。

具体的には,地域電話会社の長距離電話事業への参入は,FCC(連邦通信委員会)がその地域電話会社が自社の回線を他の事業者に開放し,競争状態ができあがったと判断した後でなければならないこととされている。

(電気通信法施行ルールの決定)

今回の通信法改正に伴い,96年8月までに施行ルールが策定された。施行ルールの主な内容は,①全米統一の通信回線接続ルール,②電話会社が他社サービスの料金を徴収する際のルール,③放送局のCATV子会社への優先的な番組供給の制限などからなっている。このうち最も注目されているのは,上記①の全米統一の通信回線の接続ルールを定めた点であろう。

地域電話市場への新規参入が認められたとしても,地域回線網の使用料が高く設定されれば,長距離電話会社などが地域電話市場へ参入することは難しくなり,競争が促進されない。そこで新施行ルールでは,長距離電話会社などが地域回線網を利用する際の再販用卸売料金について,暫定料金として正規料金(一般の個人利用者などに対する料金)より約20%安い料金とすることを定めている。また,今回の法律では,接続のためのネットワークの構成要素毎に接続料が定められており,接続を希望する参入事業者が必要な回線と交換機を選択できる方式(アンバンドル(unbundle)方式)を採用することにより,参入事業者のコスト負担を低減させるしくみとなっている。

このように,新施行ルールはこれまで地域を独占していた地域電話会社にとって厳しいものとなっているため,地域電話会社はルールの差止めを求める訴訟をおこし,96年10月,ミズーリー州などの連邦控訴裁は,地域電話市場における競争促進を意図した接続ルールの暫定停止命令を出した。しかし,FCCは連邦控訴裁の判断を不服として,連邦最高裁判所に上告している。

新施行ルールの実施は,地域電話会社の反発から予定よりずれ込むとみられるが,通信法の改正,同施行ルールの実施により,長距離電話,地域電話,CATVの相互参入が一気に加速するとみられている。AT&Tなどの長距離電話は既に地域電話への参入計画を発表しており,参入の増大から競争が活発に行われ,利用者にとっては料金低下などのメリットがもたらされることが期待される。

2)ドイツ・テレコムの民営化のプロセス

ドイツでは,電気通信事業は郵政省の一組織が担ってきたが,94年に民営化法が成立し,95年1月,政府全額出資のドイツ・テレコム株式会社が誕生した。

さらに96年7月,電気通信法の制定により,これまでドイツ・テレコムの独占となっていた国内通信,国際通信,ケーブルテレビへの参入が認められることとなった(なお移動体通信,デ一タ通信部門は株式会社化前に分離されており (92年),参入は可能とされ料金規制は撤廃されている)。

電気通信法の主な内容は,ドイツ・テレコムの独占を崩し,競争的な市場に変革させるため,①新たに交付する事業者免許の数を制限しない,②地域通信市場への参入を認める,③100%外資の参入を認めるなどとなっている。この改正により,ドイツ・テレコムの独占体制が崩れ,競争がより厳しくなり通信コストの低下などのメリットがもたらさせることが期待されている。既にドイツ国内の電力,機械,自動車及び鉄道などの分野から,通信分野への参入の動きが始まっている。なお,96年11月にはドイツ・テレコムの株式公開が行なわれ,日本をはじめ主要な金融市場で株式が上場された。

3)ヨーロッパ諸国の民営化の状況とEUの電気通信事業の自由化

EU諸国の電気通信市場においては,ほとんどの国の電気通信事業者が93~95年に民営化(事業者の株式会社化)された(イギリスの民営化は84年)。

現在民営化されていないのは,オーストリア,ルクセンブルグ,フランス(96年末にフランス・テレコムを株式会社化することを既に決定済)の3か国だけとなっている。民営化後の各国市場の状況をみると,移動通信の分野では複数の事業者が参入している国が多いものの,固定通信の分野ではほとんどの国で独占が続いている。固定通信の分野で複数の事業者が競争している国は,今のところ,電気通信法の成立したばがりのドイツで参入が新たに認められた他は,イギリス,フィンランド,スウェーデンのみとなっている。

EUの電気通信市場は97年末までに自由化されることが,93年に決定されている。この決定により,後述する猶予期間を与えられた国以外は,98年1月がら,電気通信サービス,通信インフラに関する規制の撤廃,新規参入規制の撤廃などが実施される予定となっている。

自由化決定までのEU加盟国間協議では,電気通信事業の自由化の進んだイギリスやドイツなどの積極派と,スペインなどの反対派との間で議論が対立した。結局,国内の通信網の整備が遅れていることを理由に,スペイン,ポルトガル,ギリシャ,アイルランドは自由化の実施について5年間,ルクセンブルグについては2年間の猶予期間が設けられることとなった。

自由化が実施されれば,国境を越えた各事業者間の競争が一層進むことが予想される。それを見越したグローバルな連合の動きも加速している(付図2-4-2)。ブリティッシュ・テレコムとアメリカのMCIの提携の他,ドイツ・テレコム,フランス・テレコム,アメリカのスプリントらの連合グループ,アメリカのAT&T,日本のKDDなどを中心とするワールドパートナーズというグループが形成されている。各国とも通信自由化に向け,競争生き残りをかけた足がためをしている。

(2)電力事業における規制改革

自然独占が生じやすい電力事業に競争原理を働かせるにあたっては,参入自由化などの規制緩和だけでは不十分であり,送配電網の開放義務付け,情報開示の義務付けなど,新たなルールの導入も行われている。ここでは,電力事業への競争原理導入が最も徹底しているといわれるイギリスの規制改革を検討した後,アメリカとEUにおける最近の規制改革の動きを採り上げる。

1)イギリスの電力事業規制改革

イギリスでは,89年に国営電気事業者が民営化されたが,それと前後して様々な規制改革が行われた。ここでは,電力事業を効率化する上で大きな役割を果たした一連の規制改革の内容を検討する。イギリスにおける電力事業効率化に向けた取組のポイントは,①新規参入の自由化,②民営化,③独占事業体の分割,④送配電網の開放義務付け,⑤価格の透明化と情報開示の義務付け,の5点に整理できる(なお,本項で紹介する規制改革は,イングランドとウェールズに関するものである)。

(参入の自由化)

イギリスでは,47年の電力事業国有化の後,発電と送電は中央発電局によって行われ,配電は12の地区配電局によって行われていた。その後,発・送電部門の独占に伴う非効率性が目立ってきたため,83年のエネルギー法によって,発電部門への民間企業の参入が自由化された。同法により,民間発電会社の電力供給価格が中央発電局の回避原価(自らが追加的に電力を生産する場合の限界費用)を下回る場合には,中央発電局がこれを買取らなければならないことになった。しかし,中央発電局はすでに過剰な発電設備を抱え,燃料費さえ負担すれば追加的な発電が可能な状態にあったため,回避原価が低い水準で設定され,発電事業への民間企業の新規参入はあまり進まなかった。

このように,83年エネルギー法では,電力事業における規制緩和が行われたものの,既存の国営企業の規模の経済性が引き続き温存され,民間発電会社の新規参入が可能となるような競争条件が確保されなかった。装置産業である電力事業に競争原理を働かせるためには,独占事業体の分割や,送・配電網の開放,情報開示など,新たなルールの設定が必要であった。

(民営化と独占事業体の分割)

参入自由化だけでは独占が解消されないと判断したイギリス政府は,89年の電力法により,電力事業者の分割民営化を決定した。具休的には,発・送電分野では,まず従来の中央発電局が,3っの発電会社と1つの送電会社(NGC;ナショナル・グリッド社)に分割され,このうち,原子力発電を行うニュークリア・エレクトリック社を除く3社が民営化された。また,配電分野でも,12の地区配電局がそれぞれ民営化された (第2-4-2図)。また,発電会社から配電会社までの基幹送電網はNGCが独占所有し,配電会社がら小口ユーザーまでの配電網は,12の配電会社が各地区ごとに独占所有することになった。

89年電力法の下では,原則としてすべての発電会社は,発電した電力を,毎日の入札を通じてNGCに売却し,NGCは,電力購入価格に一定のコストを上乗せして,配電会社に電力を売却する。こうした電カプール市場を創り出すことで,発電(電力の卸売り)事業における競争促進が図られた。

(送・配電網開放による小売り自由化)

89年の電力法では,電力の卸売りだけでなく,電力の小売り(最終ユーザーへの電力の小口販売)についても,競争が促進された。具体的には,①12の各配電会社が互いに自らの管轄地区の外のユーザーへ電力を小売りすることが自由化され,②12配電会社以外の民間企業(例えば各地区の発電会社)がユーザーへ直接電力を小売りすることが自由化され,③こうした小売りを可能とするために,NGCの送電網と12配電会社の配電網の開放が義務付けられた。例えば,配電会社1は,NGCの送電網と配電会社2の配電網を利用することにより,配電会社2の管轄地区のユーザーに電力を小売りできることになった(前掲第2-4-2図)。また,配電会社12の管轄地区に存する独立系発電会社Aは,配電会社12の配電網を利用することにより,自前の配電網を持たないまま,配電会社12の管轄地区のユーザーに直接電力を小売りできることになった (前掲第2-4-2図)。このように,既存電力事業者の保有する送配電網を開放させ,他の電力事業者に利用させる制度(託送(whee1ing))が確立された。

(情報開示と価格の透明化)

上のようにして電力小売り事業における新規参入を促す規制改革が行われても,配電にかかる託送料金が不当に高く設定されてしまっては,電力小売り市場における競争条件は確保されない。そこで,89年電力法では,配電網を所有する12の既存配電会社の配電コストを情報開示させ,託送料金の透明化を徹底させた。具体的には,12配電会社の義務として,①自ら電力を小売りする事業と,他の電力小売り会社に自社の配電網を利用させる事業とを区分経理すること,②他の電力小売り会社から徴収する託送料金については,個別に価格交渉するのではなく,託送を希望するすべての電力事業者に対して,自らの電力小売り事業における配電コストと同一の価格を適用すること,③大口のユーザーに対して,各配電網の託送料金を,料金表の形で事前に提示すること,が規定された。これによって,12配電会社の配電網を利用する他の配電会社が,12配電会社自らの電力小売り事業にかかる配電コストと同じ価格で託送サービスを受けることが可能になり,電力小売り市場の競争条件が確保された。

また,電力料金を低く保つために,①NGCや12配電会社が託送を行う場合の託送料金と,②最終需要者が12配電会社から電力を買う際の電力小売り価格について,プライス・キャップ方式による価格規制が導入された。

(規制改革の成果と今後の課題)

イギリスでは,一連の電力事業における規制改革の後,電力市場における寡占が解消されつつある。旧国営の3大発電会社のうちナショナル・パワー社とパワジェン社の市場占有率は,民営化当初の80%から94年の約60%へと低下しており,96年には44%となるとの予測もある。12配電会社の市場占有率も,90年の57%から94には37%へと低下している(ただし,1,OOOkW以上の大口ユーザーに対する電力小売供給量ベース)。また,電力単価も,90年以降,おおむね低下傾向にある(第2-4-3図)。こうした望ましい変化が生じてきた一方で,スポット市場における短期的な需給調整を活用した市場メカニズムの中で,国全体での適切な電源立地や,電力の長期安定的な供給をどう確保していくかといった課題も指摘されている。

なお,イギリスと同様の電力事業規制改革は,北欧諸国やニュージーランドでも導入されている。

2)アメリカの電力事業規制改革

アメリカの電力供給システムは,イギリスに比べると,①発・送・配電の3事業が分割されていないこと,②送・配電網の開放義務付けよりも,発電事業への参入自由化に重点が置かれてきたこと,の2点において,日本と類似している。しかし,アメリカにおいても,96年7月,送電網の開放を徹底する改革が実施された。

(発電市場における競争の拡大)

アメリカには,発・送・配電を一貫して行う民間の大手電力会社が古くから多数存在する。配電事業の一部は各地区の配電専門会社によっても行われているが,各地区への電力供給義務は,大手電力会社が負っている。

78年に成立した公益事業規制政策法は,環境に対して一定の配慮を行った発電施設(QF:Qua1ifyingFaci1ity)で発電された電力については,大手電力会社がこれを回避原価(前掲:イギリスの電力規制改革)で買い取らなければならないこととした。80年代に入り,電力需給が逼迫する一方で,環境問題などから大規模発電所の建設が困難になったため,大手電力会社は,自社の発電設備を建設する代わりに,QFなどからの電力購入を拡大した。こうした市場の変化に応える形で,低コストを売り物とし,送・配電部門を持たない独立系発電業者(IPP;IndependentPowerProvider)が現れ,競争的な電力の卸売り市場が拡大,大手電力会社が回避原価で電力を購入せず,競争入札を行うケースが増えてきた。78年法では予想されていなかったこうした事態に対し,80年代後半には,IPPに関して,交渉や入札によって電力の卸売りを行うことが事後ながら認可された。さらに92年のエネルギー政策法では,IPPに対する出資が規制緩和された。それまでは,IPPが出資者を募ったり,各地区に子会社を設立したりする行為が,公益事業者持株会社法(公益事業のトラスト防止を目的とする法律)によって規制されていたが,92年のエネルギー政策法では,IPPが公益事業持株会社法の規制対象からはずされ,発電事業への参入障壁が大きく引き下げられた。

(送電網開放の徹底)

発電市場における各種規制が緩和されたものの,アメリカではイギリスと違って,送電網を所有する電力会社が自ら発電も行っているため,これらの電力会社に送電網を開放させるための新たなルールも必要であった。

まず,92年のエネルギー政策法では,大手電力会社に対して送電線の開放(卸売り託送)を命令する連邦エネルギー規制委員会(FERC;FederaIEnergyRegulatoryCommission)の権限が大きく強化された。例えば,大手電力会社Bの管轄地区に存する独立系発電会社Xは,大手電力会社Aや配電会社Bに電力を売りたい場合,FERCに対して,電力会社Bの送電網開放を命令するよう,申請できることになった (第2-4-4図)。しかし,同法に基づく託送命令はその要件が厳しく,また,申請から命令までに数カ月を要したため,十分な成果を上げ得なかった。

そこで,FERCは96年4月,大手電力会社の所有する送電線を非差別的に全面開放させる規則(メガ規則)を決定し,7月に施行した。メガ規則によれば,電力卸売り会社は,他のあらゆる電力会社の送電網に自由にアクセスできることになり,相手会社との交渉や,FERCへの命令申請は一切不要になる。

いわば有料道路のように,料金さえ払えば誰でも送電網を利用できることになった。メガ規則の構想が提示された95年3月以米,アメリカの電力業界では,競争力強化を狙ったM&Aが活発になっている。

なお,このようにして送電網の開放は全国的に徹底されたが,配電網をも開放させて電力小売り事業にも競争原理を導入するかどうかは,各州政府の権限に委ねられており,この点はイギリスの規制改革と大きく異なっている。

(情報開示と託送料金の透明化)

イギリスでは配電にかかる託送料金の透明化が図られたが,アメリカのメガ規則では送電にかかる託送料金の透明化が図られている。具体的には,送電網を所有する電力会社の義務として,①自ら電力を卸売りする事業と,他の電力卸売り会社に自社の送電網を利用させる事業とを機能分離すること,②自らの電力卸売り事業における送電コストと,他の電力卸売り会社から徴収する託送料金をすべて同一とすること,③送電料金表など,託送に関する情報をインターネットなどで公開すること,が規定された。これによって,既存の送電網を利用する新規参入の送電業者が,送電網を所有する電力会社自らの送電事業にかかる送電コストと同じ価格で送電サービスを受けることが可能になり,送電市場の競争条件が確保された。

3)合意に達したEUの電力自由化

EUでは,電力事業における規制改革について,これに積極的なイギリス,ドイツなどと,消極的なフランスなどとの間で,9年間にわたって意見が対立していたが,96年6月,EU臨時エネルギー閣僚理事会において,ようやく合意が得られた。同理事会で全会一致で採択されたEU電気事業規制緩和指令案では,EU域内電力市場を,部分的,段階的ながらも自由化していくことが合意された。今回の指令案で注目すべき点は,各国の大口電カユーザーが,自由に電力の供給元を選べるようになったことである。これまでは,電力市場の自由化が進んでいるイギリス,スウェーデン,フィンランドなどを除いて,電力のユーザーは,決められた電力会社からしか電力を購入できなかった。電力購入の自由化は97年1月に実施され,対象となる大口ユーザーの資格要件は,2002年までに徐々に拡げられていくことになっている。自由化の対象となる電力の量は,当初はEU全体の最終消費電力量の22~23%,2002年末には32~33%に達すると見込まれている。EU加盟各国は,この目標を達成するため,電力市場の開放に向けた必要措置を採ることを義務付けられる。

国ごとに大きく異なる電力供給システムを持つEU加盟各国が,その電力市場の3分の1を自由化することにコミットしたことの意義は大きいといえよう。

ただし,同案では,電力市場の自由化に向けた具体的措置については,加盟各国に一定の裁量余地が認められており,例えば,イギリスなどが主張していた送電網開放の義務付けも,各国の判断に委ねられることとなった。

なお,同案は,今後96年12月のEU閣僚理事会で最終的に採択され,98年末までに加盟各国で国内法化され,99年から強制力を持つ予定となっている。さらに,今回のEU指令案は,EU域内の電力自由化の中間段階のものと位置付けられており,さらなる自由化に向けた対策が2006年に検討される予定である。

(3)アメリカの航空の規制改革

(航空の規制改革とその評価)

アメリカの航空規制改革は75年の参入規制緩和に始まり,78年には航空規制緩和法が成立した。これを受けて81年に参入規制が廃止され,1983年には国内運賃規制も撤廃された。これらの措置により,多数の航空会社が新規に参入し,航空業界は競争が激しくなった。運賃は石油ショックの影響などにより上昇した時期はあったものの,総じてみれば低下し,多くの割引運賃制度が設定されるなど,サービスも多様化した。アメリカ運輸省によれば,新規参入による競争促進の結果,アメリカの消費者は95年1年間で60億ドルの利益を得たとしている。

規制改革は,消費者にとって料金の低下などのメリットをもたらした一方,いくつかのデメリットをもたらした。それは,①寡占化,②運賃,③サービスの質,④安全性などについて見ることができる。

寡占化の要因としては,競争の激化による財務内容が悪化した航空会社が統合したことに加え,ハブ・アンド・スポーク・システムやコンピュータ予約システムの導入などが挙げられる。ここではハブ・アンド・スポークシステムについて簡単に見てみよう。

ハブ・アンド・スポークシステムとは,ハブは拠点となる空港を意味しており,スポークはハブから周辺の多くの地区への支線を意味し,車の両輪に例えられる。スポークを経由してハブ空港に集められた旅客は,まとめて別のハブ空港に輸送され,更にスポークを経由して目的地に到着する。このシステムでは,ハブ空港の間には大量の輸送需要が発生し,大型の飛行機による頻繁な運行が可能になる。また,スポークの先端の空港でも目的地が異なる旅客をハブ空港行きとしてまとめることにより,従来採算のあわなかった路線の運行ができる。このシステムにより,航空会社にとっては多くの利用者を大きな飛行機で輸送することなどによりコストの節約が可能となり,利用者にとっても,飛行機が利用できる都市が増加したというメリットを享受することができた。

一方,このシステムには,新規参入事業者がハブ空港を利用することが困難であるというデメリットも併せもっている。その要因は,空港には物理的なスペースの制約があり,空港のスペースを拡張することは困難なためである。

空港を拡張することは,既存の航空会社の空港使用料を値上げすることになるため,通常は容易ではない。このため,ハブ・アンド・スポーク・システムはハブ空港における寡占化をもたらす傾向がある。寡占化の進んだハブ空港における運賃は,寡占化の進んでいない路線の運賃に比べ高くなっている。ただし,これは市場が寡占化しているためか,サービスのコストを反映しているものかは判断が難しい。

また,規制改革によって消費者にもたらされたとするメリットの測定方法にも注意する必要がある。例えば,運賃の低下についても,ファーストクラスやビジネスクラスの運賃の低下ではなく,エコノミークラスにおける割引運賃の大量増加によるところが大きいという指摘もある。割引運賃には,出発時間についての制約や,払い戻しが不可能などの条件がついており,割引制度の創設によってサービスが多様化したことは十分評価すべきであるが,サービスの質に関係なく,平均運賃のみをみて,運賃が低下したと評価することは妥当かどうかという点についても注意を要する。

その他,サービスの質については飛行機の遅延,荷物の紛失,オーバーブッキングなどの問題が指摘されている。安全性ではコスト競争の激化との関係で,飛行機の使用年数などに関して懸念が表明されている。

(今後の規制の必要性)

アメリカの航空産業の規制改革のように,規制改革の結果,寡占化が進むという可能性があることは否定できない。寡占化された市場であっても,新規参入の可能性があるならば,競争が確保されていると見なすことができよう。しかし,寡占企業間で非競争的な取り決めが行われていないかといった点に留意していく必要がある。

また,電力事業や電気通信事業にみられたような,技術革新による自由化などの必要性とは逆に,技術革新などによって,従来は競争的であった市場が,独占・寡占市場となり消費者にデメリットを与えることも考えられる。市場メカニズムを健全に機能させるには,単に規制緩和を実施するのではなく,規制改革後も市場のあり様を適切に把握していくことが必要である。

さらに,技術革新などによって,新たな規制が必要になることもある。例えば,情報化の進展により,データ保護,著作権や,個人情報の保護などの法整備が重要になってこよう。

3 民間による社会資本の供給

電力,通信,道路などの社会資本は,民間企業がこれを供給すると自然独占が生じやすいことなどから,これまで公的部門が供給することが多かった。しかし,最近では,価格管理などによって独占の弊害を避けながら,新たに必要となる社会資本の計画,資金調達,建設,運営などを,当初から民間企業に行わせること(以下,民活インフラという)も増えてきた。こうした動きの背景としては,①先進各国の抱える財政的な制約が厳しくなってきたこと,②政府が社会資本を供給する場合に生ずる非効率性(「政府の夫敗」)が認識されるようになってきたこと,などが挙げられる。前項で紹介したアメリカやイギリスにおけるIPP(独立系発電業者)は,電力部門における民活インフラと見ることもできる。ここでは,先進主要国の運輸部門における民活インフラの最近の事例を見てみよう(第2-4-5表)。

(カナダのノースアンバーランド海峡横断橋プロジェクト)

現在,カナダでは,97年開業を目標に,本土とプリンスエドワード島を結ぶ海峡横断橋プロジェクト(全長12.9km)が民間企業によって進められている。

もともと海峡横断にあたっては,国営フェリーの運航がなされてきたが,年々事業赤字額が増大し続けていた。このため,,連邦政府は87年,フェリー事業を廃止して海峡横断橋を建設することを決定し,プロジェクトへの民間企業の参画を呼びかけた。そして,事業コンペを行なった結果,カナダの建設会社,フランスの民間高速道路会社などからなる事業主体SCDI(Strait Crossing DevelopmentInc.)が選ばれ,35年間のBOT事業権が与えられた。

事業資金は,総額8億400万カナダドル(約630億円)で,そのうち約2割を,通行料金収入を償還原資としたSCDIの社債によって調達し,残りの約8割は,SCDIへの融資を目的に設立された金融公社SCFI(Strait Crossing FinanceInc.)からSCDIに貸し付けられた。SCFIは,連邦政府から開業後35年間交付される補助金(92年における国営フェリーの赤字額)を償還原資に債券を発行し,それによって得た資金をSCDIに転貸する。しかし,それは,最終的には,通行料によって返済されることになっている。開業時の通行料金は,92年のフェリー料金を消費者物価指数に連動させた水準に設定されるが,料金の改定は,消費者物価上昇率の75%を上限としているので,橋梁の通行料金は,実質的に低下する仕組みになっている。また,開業が予定よりも遅れた場合,SCDIが開業までフェリー事業の赤字額を負担することになっている。

(ユーロトンネル社の財政危機)

86年,イギリス,フランス両国政府はユーロトンネル(英仏海峡海底鉄道トンネル)プロジェクトを民活インフラによって実施することを決定した。入札が行われた結果,プロジェクト実施会社として,ユーロトンネル社が英仏の金融会社,建設会社を中心に設立され,87年12月に工事が開始された。このプロジェクトは,民間資金のみで実施されるものとしては,これまでに例のない大規模なものであった。また,開通後,イギリス,フランス,ベルギー政府から最低使用料の保証を受けている以外には,政府の援助を受けていないのも特徴である。

ユーロトンネル社は,当初93年5月15日の開業を目指したものの,工事に時間がかかったことや,乗務員の訓練の遅れ,イギリス,フランス政府の厳しい安全検査などにより,開業は1年遅れの94年5月となった。また,建設費は,当初49億ポンド(約7,840億円)と計画されていたが,実際には103億ポンド(約1兆6,480億円)と2倍以上に膨らんだ。

開業時期の遅れ,建設費の増大,通行量が予想より少なかったことなどにより,ユーロトンネル社の財政は危機に瀕している。そのため,95年9月14日にユーロトンネル社は1日約200万ポンド(3.2億円)にのぼる銀行利子の支払いを最高18か月凍結することを発表した。95年の損失額は,9.25億ポンド(約1480億円)に及んだ。こうした中,96年10月,ユーロトンネル社は,融資団との交渉が難航したことから先送りにされていた再建策の提示を行った。この再建策により,利払い負担が縮小することが見込まれているが,抜本的な再建には,まだ時間がかかるとみられている。

(運輸部門における民活インフラの将来性)

上でみたように,運輸部門における民活インフラは,必ずしも成功例ばかりではない。しかしながら,先進各国では財政健全化の要請が高まっており,一方でアメリカなどでは,社会資本が不足し,その修繕維持が満足になされていないといわれる。また,公的部門がインフラ事業を経営する場合の非効率性も認識されるようになってきた。こうしたなか,少なくとも,十分な事業採算が見込まれるプロジェクトについては,民活インフラの可能性を検討することが重要になってこよう(コラム2-4参照)。一般に,運輸部門においては,電力や通信などの部門に比べて,リスクに見合った収益率を期待できるプロジェクトは少ないと考えられるものの, 第2-4-5表からもうかがえるように,用地所得の必要が少ない橋梁プロジェクトやトンネル・プロジェクトなどは,初期投資が少なくて済むために採算性が高く,民活インフラの可能性が高いと考えられる。

これまでの事例を見ると,多大なリスクの一部を公的部門が分担している例が多い。しかし,公的部門がリスクを引き受けるにあたっては,民間企業の経営効率化インセンティブを損なうものとならないよう,留意が必要であろう。一方,多くの事例では,事業の採算性を高めるために,各種の技術力が駆使されている。例えば, 第2-4-5表に掲げられたプロジェクトの多くは,自動料金徴収システムを導入しており,人件費の抑制を図っている。特にアメリカ・カリフォルニア州の州道91号線高速車線プロジェクトでは,コンピューターを活用した自動車両認識システムの導入により,混雑時の通行料金を高くするという画期的な料金体系が実現され,ラッシュ時の混雑が緩和されただけでなく,同時に事業の採算性が高まったといわれている。事業の採算性を高めることができれば,それだけ民間企業が引き受けることのできるリスクが大きくなり,公的部門が引き受けなければならないリスクは小さくて済むと考えられる。


《コラム2-4》 イギリスのプライベート・ファイナンス・イニシアティブ

イギリスでは,92年に「プライベート・ファイナンス・イニシアティブ(PFI)」と呼ばれる制度が導入された。これは,道路・病院・学校など,従来政府が一般税収で整備してきたインフラについて,その設計,資金調達,建設,運営などを,できる限り民間企業に任せていこうとする制度である。具体的には,公的部門の中で,インフラ・プロジェクトを計画する部署と,それを請け負う部署とを分立させ,後者を民間企業と競合させる手法が採られている。クラーク蔵相は,「大蔵省は,民間資金活用の選択肢を検討していない社会資本プロジェクトを今後認可しない」と述べており,メージャー首相は各閣僚に対し,それぞれの所轄分野におけるPFIの進捗状況を定期報告するよう求めている。

PFIの適用を受けたプロジェクトの資金総額は,制度発足当初の93年度(93年4月~94年3月)と94年度にはそれぞれ3億ポンド(一般政府投資の約2%)にとどまったが,その後,先行事例が蓄積されるに伴って,民間企業,政府のいずれにおいてもPFIの概念が定着しつつある。95年11月発表の96年度予算案では,95年度6億ポンド,96年度19億ポンド,97年度26億.ポンドと,制度の拡大が見込まれている。