平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第1章 世界経済の現況

第4節 高成長ながらも減速傾向のアジア・大洋州

1 アジア:総じて輸出鈍化

(1)インフレは引き続き総じて沈静化

アジア経済は,94,95年と高水準の成長が続いたが,96年にはインドなど南アジアで成長が加速するものの,中国,アジアNIEsなど東アジアで減速が見込まれており,全体でやや減速するものとみられる (第1-4-1表)。

東アジアでは,これまで高成長を支えてきた両輪である投資と輸出のうち,輸出の伸びが中国,アジアNIEs及びASEANの一部の国で96年に入り著しく鈍化しており,これに伴い国内投資も伸びが鈍ってきており,成長率はおおむね減速傾向で推移している。

中国は,94,95年と続いた拡大テンポの鈍化が96年も継続する見込みである。アジアNIEsは94,95年と高めの成長が続いた韓国,シンガポールで96年に入って滅速している他,香港でやや停滞しており,台湾も足踏みしている。

ASEANにおいてはフィリピン,ベトナムなどでは加速するものとみられるが,その他諸国では鈍化が見込まれる。

物価上昇率は,全般的に低下傾向にある。96年には,95年にやや上昇を示したASEANを含め,中国,アジアNIEs,南アジアで鈍化する見込みである。

経常収支は,95年に続き96年も貿易収支の赤字幅拡大などから,多くの国で赤字幅が拡大する見込みである。

なお,韓国は96年10月にOECDへの加盟を承認された。同国は国内手続きを経て,96年中には日本に次いでアジアでは2番目の加盟国となる予定である。


本節での,地域分類は以下のとおり。

『アジアNIEs』 :韓国,台湾,香港,シンガポールの4か国・地域。

『ASEAN4』 :インドネシア,タイ,マレイシア,フィリピン,の4が国。ただし,ASEAN(東南アジア諸国連合)は,上記4か国に加えシンガポール,ブルネイ,ベトナムの7か国から成る。

『南アジア』 :インド,パキスタン,バングラデシュなどの南アジア地域協力連合(SAARC)加盟7か国。


(2)拡大テンポの鈍化が続く中国経済

(インフレ沈静で部分的金融緩和へ)

中国経済は,92~93年に投資など内需が拡大し,輸出も急増するなどして景気が過熱化し,物価上昇が激しくなったため,93年央より金融引締め,投資抑制などの措置をとった。この結果,94年から投資の増勢が鈍化し始め,95年からはインフレも沈静化している。

実質GDP成長率は,93年13.5%,94年11.8%の後,95年は10.2%と高水準ながら緩やかに鈍化している。96年に入っても,1~6月期は9.8%と拡大テンポの鈍化傾向は続いている。固定資産投資も94年前年比34.2%増の後,95年同18.8%増などと鈍化が続いていたが,96年に入ってからは,部分的な金融緩和策もあり,1~6月期前年同期比18.6%増とほぱ横這いで推移している。鉱工業生産は,94年同18.O%増の後,95年同13.4%増と次第に増勢が鈍化し,96年1~8月期は前年同期比で12.9%増となった。

消費者物価上昇率は,93年の引締め策の影響から94年前年比24.1%,95年同17.1%の後,96年1~3月期前年同期比9.4%,1~6月期同9.2%と,インフレの沈静化傾向が続いている。96年6月には小麦の政府買入価格が引き上げられたが,夏期の収穫が順調であったことなどから,食料品価格の上昇は小幅にとどまっている。国際収支をみると,94年は通貨の切下げにより輸出が急増したため,貿易収支が黒字化し,経常収支も77億ドルの黒字となった。95年も年前半は貿易収支の大幅な黒字により,経常収支は165億ドルの黒字と黒字幅が拡大した。95年後半以降は,輸出所得への実質増税(コラム1-4:中国の輸出入にかかわる制度変更参照)や,実質為替レートの増価により輸出が減少した結果,貿易収支の黒字は縮小し,96年1~3月期には11.5億ドルの赤字となった。しかしその後,増値税などの影響が一巡した4~6月期は再び黒字に転じ,黒字幅は20.3億ドルとなった。

マネーサプライ (M2)は,94年末には前年末比33.4%増まで伸び率が高まったが,引締め基調の政策もあり95年末同29.5%増と鈍化し,96年に入っても1月末前年同月末比25.9%増と鈍化が続いた。95年10月には一部国有企業への融資拡大などの部分的金融緩和策をとった後,96年5月の預金・貸出し金利の引下げや,中国人民銀行総裁の金融緩和発言などにみられるように,インフレ率低下を背景に金融政策の転換が図られている。

(第9次5か年計画と2010年までの長期目標を決定)

中国政府は,1996年3月17日の人民代表大会(国会に相当)において,第9次5か年計画(1996~2000年)と2010年までの長期目標を決定した。5か年計画においては,期間中のマクロコントロールの目標値が示されており,長期目標においては,国民経済や社会発展の指導方針が示されている。

今回の5か年計画及び長期目標は,基本的にこれまでの改革・開放路線を踏襲したものであるが,第8次5か年計画において高成長を達成した反面,インフレ昂進の問題が生じたことから,今回の5か年計画ではマクロコントロールの強化による持続的で安定的な経済成長を目指している。計画期間内の経済成長率は年平均8%前後,固定資産投資は同10%とし,インフレ率は経済成長率以下に抑えることを目標としている。また,こうした目標を達成するための基盤として,経済体制と経済成長方式の転換を図ることが掲げられている。経済体制の転換とは伝統的な計画経済から市場性を重視した社会主義市場経済への移行であり,経済成長方式の転換とは粗放型から集約型に経済システムを変更して,より効率的な経済運営を行うことである。これら経済効率を高めるための具体的な施策としては,科学技術・教育の振興とその経済発展への適用,農業の強化,国有企業の改革,対外開放の推進,地域間格差の是正などが挙げられている。これらの課題は,今後の中国の発展にとって乗り越えなけねばならない課題であり,現実にその改善・解決が望まれる。これらの中で,現在最も重要な課題である国有企業改革と地域間格差の問題について,少し詳しく取り上げてみよう。

国有企業改革については,計画及び目標において,①行政と企業の職責分離,②合併,破産,人員削減の促進,③負債問題の解決などに取り組むこととしている。このうち②についてみると,政府はこのところ非効率な国有企業を積極的に破産させてはいるものの,破産法が制定された1988年以降破産した企業は,約900社に過ぎない。総数約10万社ある国有企業のうち,赤字企業はその約半分に上るとみられ,本来なら倒産して当然とみられる赤字企業のうち,実際に倒産したのは約2%に過ぎない。倒産後の企業は他企業が救済合併するなど,労働者の保護策をとったうえで赤字企業の破産を積極的に進める必要も指摘されている。

地域間格差の問題も,このところますます深刻化してきている。沿海部と中西部の所得格差は改革・開放路線の開始時期に比べ大幅に拡大しており,一人当たりGDPでみると,中西部には沿海部の2分の1から3分の1程度の所得水準のところもある。これは沿海部の経済特区などに対する中央政府の優遇策の結果であるとして,地方政府から是正を求める声も強い。このような地域間格差の縮小のため,計画及び目標においては,①中西部の資源開発,インフラ整備プロジェクトを積極的に進める,②中西部への投資を優先的に行うため,国際機関及び外国政府からの借款の60%以上を中西部に誘導するなどといった施策が掲げられている。


《コラム1-3》 クローズアップされる中国の食料問題

中国が95年に食料を大量に輸入(穀物のほか豆類,イモ類について輸入計で2,040万トン,輸出分を差し引いた輸入超過量は1,976万トンでともに過去最大量)したことにより,中国の食料問題がこのところにわかにクローズアップされることになった。中国の場合は輸入規模が大きく世界の食料需給,ひいては世界経済に及ぼす影響は無視し得ない。このため,中国の食料需給動向が内外で注目されている。

中国の食料問題として重要なのは,穀物等の需給動向である。これまで中国は小麦は輸入していたものの,トウモロコシや大豆については輸出していた。これが95年には,トウモロコシや大豆についても輸入超過に転じることになった。こうした輸入の増大は,基本的には94年の不作に伴う措置であると考えられるが,その背景には国民の生活水準の向上に伴う食肉需要の増大などによる飼料用穀物需要の増加があると考えられる。このため今後の中国の食料需給を占ううえで経済発展に伴う穀物需要の増大の程度が大いに注目されている(主食用の穀物需要について中国政府は,国内生産量で今後とも十分賄えるとしている)。次に,供給面の課題をみると,耕地面積の拡大,単収の向上,流通の効率性向上,農民収入の増加などがあげられる。近年の農村地域における都市化・工業化の進展により耕地面積が滅少しており,政府は積極的な耕地拡大策,農地の転用禁止などの措置により,耕地面積の減少に歯止めをかけることを目指している。また流通の効率性向上については,広大な国土の中で生産地と消費地が離れているが,在庫施設や輸送の設備が十分に整備されていないことが指摘されている。このため,国内の生産量としては十分であっても,倉庫の不足から収穫前に傷んでしまったり,収穫しても消費地まで輸送ができず,消費地の需要を満足できない状況が生じている。こうした流通・在庫における損失をなくすことで,現在の輸入量は十分賄えるといわれている。



《コラム1-4》 中国の輸出入にかかわる制度変更

中国政府は,94年から96年前半にかけて,相次いで輸出入に係わる制度変更を打ち出した。具体的には,①増値税(付加価値税,税率は一般に17%)の導入(94年1月)後の還付率引下げ(94年1月,95年7月,96年1月),②機械設備輸入の関税免除措置の撤廃(96年4月),③輸入関税率の引下げ(96年4月)である。

以下では,これらの制度変更について簡単にみてみよう。

中国では,94年1月から工商統一税が廃止され,増値税に一本化されることになった。これに伴い,国内企業,外資系企業を問わず,輸出する際に生産・出荷段階で課された税金はすべて還付されることとなったが,国内財政収入上の理由で還付率の引下げが行われた。94年1月より一部製品(石炭,農産品など)の還付率が引き下げられ,さらに95年7月,96年1月には,一般製品についても還付率の引下げが行われた(一般製品の還付率は17%→9%)。これらの制度変更により,外資系企業の経営計画に影響が生じ,また実質的課税となることなどに対し是正を求める声が強い。

また,政府は外資系企業の機械設備輸入に対して,関税を免除する措置をとってきたが,96年4月より,外資系企業の機械設備輸入にかかる関税の免除措置を撤廃することを95年12月に発表した。但し,外資導入政策との整合性を図るため,外資系企業の中国への投資額の大きさによって,1~2年の猶予期間が設けられている。具体的には,96年4月1日以前に設立された企業に対しては,投資金額が3,000万ドル以上の企業には97年末まで,3,000万ドル未満の企業には96年末までの猶予が与えられている。

さらに96年4月より,4,900品目以上の関税引下げを実施した(単純平均関税率35%→23%)。この措置による輸入全体への影響は明確ではない。しかし,個別品目をみると,家庭用電化製品の関税は平均30%引き下げられており,安価な製品が輸入された結果値下げ競争が激化し(カラーテレビ,パソコンなどは約20%も価格が低下),国内企業の生産・販売に影響を与えたとみられている。



《コラム1-5》 中国の穀物等の買付・配給制度の概要

中国には,穀物等の契約買付制度と,配給制度が存在している。契約買付制度とは,米,小麦,トウモロコシなどの穀物や犬豆などに関し,政府と農家とが播種季節前にその年に買い付ける数量,価格及び買付品目に関する契約を結び,この契約に従って買い入れる方式のことである。なお,穀物等の政府契約買付量は,年間約5,000万トン(市場流通量は約1億トン)となっている。また,契約買付価格は,その時々のインフレの状況や農作物の収穫状況などを勘案し政府が決定しており,契約買付価格は市場価格にも影響を与えるため,農産物価格の重要な指標となっている。

配給制度とは,政府が用途を既定した範囲の穀物等については,低価格での一定量の配給を保証する制度である。政府が計画配給する範囲は,非農業住民(都市住民)の主食用,軍需用,飲食業・宿泊業などの各営業用,特定の飼料用,災害救済用などとなっている。そのうち,非農業住民の主食用と軍需用で約60%を占めている。

これまで政府は,穀物等の価格を政策的に低く抑えてきた。一方,生産者の収益を保証するため,買付価格を適正な水準まで引き上げる必要があった。91~92年頃までは,買付価格の引上げを売り渡し価格には転嫁せず,逆ザヤを発生させていたが,財政負担を軽減するためにその後はこれをリンクさせた。しかし,価格の引上げはしばしばインフレの加速をもたらしたため,95年は引上げを見送っていた。96年に入ってからは,インフレの沈静化が確実になってきたため,政府は,7月1日に買付価格を約20%引き上げている。


(3)減速ぎみのアジアNIEs

(内外需とも減速傾向)

アジアNIEs全体の景気をみると,94~95年にかけて投資などの内需や輸出の増加により,高成長となった。95年央以降は投資や消費などの内需の増勢鈍化に加え,96年に入ってからは輸出も鈍化したため,減速気味で推移している。物価は,93年から94年にかけて高まりを見せたが,95年には香港を除いて落ち着きを示しており,96年に入ってからは全体的に安定している。経常収支は,シンガポールでは,94年以降貿易外収支の大幅黒字から黒字が拡大している。一方,台湾では黒字幅がやや縮小しており,韓国では,94年に赤字に転じ,94年,95年と赤字幅が急速に拡大している。

各国・地域別の動向をみると,韓国では,94年から95年前半にかけての輸出,設備投資主導にもとづく高成長のあと,95年後半からは製造業(繊維や電気・電子機器など)や輸送業での設備投資が落ち込み,96年に入ってからは,世界的な半導体の市況悪化などにより,輸出も鈍化するなど,景気はやや減速傾向で推移している。物価は,94年にやや高まったが,95年以降は4~5%程度の上昇率でおおむね落ち着いた動きとなっている。経常収支は貿易赤字の拡大に加え,旅行収支などの貿易外収支の赤字も拡大しており,赤字幅がきなものとなっている。

台湾では,94年から95年前半にかけて,消費や輸出を中心に成長が加速したが,95年後半以降は,台中関係の緊張から投資が鈍化しており,景気は足踏みしている。96年に入ってからは,中国向けを中心として輸出も鈍化している。

物価は3~4%程度の落ち着いた動きとなっている。経常収支は,95年は貿易外収支の赤字拡大から黒字幅が縮小している。

香港では,94年,95年と空港建設プロジェクト関連の固定資本形成が堅調であったものの,不動産市況が上昇後の調整局面に入ったことから消費の伸びが思わしくなく,景気はやや停滞している。物価は賃金上昇率の鈍化やオフィス賃貸料の低下などにより,ほぼ安定した動きを示している。貿易収支は,輸入が堅調に増加する一方,輸出の伸びが鈍化してきているため,赤字幅が拡大している。

シンガポールでは,94年に内需およびサービス輸出の増加から高成長を記録したが,95年は内需の伸びがやや鈍化したことから,景気の拡大テンポはやや鈍化していた。96年当初には,製造業や建設業などで活況がみられたが,その後エレクトロニクス製品などを中心とした輸出の伸びの鈍化から,景気は再び減速している。物価は,96年に入り一層安定しており,前年同期比1%台の上昇となっている。経常収支は,サービス収支の黒字が大きく貿易収支の赤字を上回っているため,大幅な黒字となっている。

(急落するアジアNIEsの輸出)

96年に入ってからアジアNIEsの輸出入,とりわけ輸出の伸びは,大きく鈍化もしくは減少している (第1-4-2図)。アジアNIEsの中でも,韓国,シンガポールと台湾,香港では輸出入の鈍化の要因は異なっている。台湾,香港は,中国の輸出入減少の影響が大きく,一方韓国,シンガポールはエレクトロニクス関連製品の輸出不振が主な原因となっている。ここでは,台湾,香港と韓国,シンガポールとに分けてそれぞれの原因についてみてみよう。

中国の輸出入の減少の影響を最も強く受けているのは香港である。香港の貿易においては,中国向けに委託生産の部品・原材料などを輸出し,生産された製品を中国から輸入した上で再輸出する,という形態が大きな割合を占めている。中国の輸出の減少は,香港の中国に対する委託生産の減少をもたらし,香港からの中国向けの部品・原材料の輸出が減少する。また,中国の輸出の減少は,中国の輸出のうちの一部分を引き受けている香港の再輸出を減少させる。

このように,香港では中国向けの輸出と中国からの輸出の再輸出という両面から輸出が減少している。台湾については,中国向けの輸出は直接投資に伴う資本財や生産財が多く,これらは中国の輸出品の生産にかなりの割合で使われているものとみられ,中国の輸出の減少が,台湾の中国向け輸出を減少させていると考えられる。中国と台湾に関しては,96年春の両者の緊張の高まりが,中台貿易の減少とその中継を行う香港の貿易の減少をもたらす原因ともなった。

香港,台湾の中国関連以外の輸出減少の要因としては,96年初めのアメリカの景気減速による対米輸出の減少などがあげられる。

一方,韓国,シンガポールの輸出減少は,半導体などエレクトロニクス製品の不振によるところが大きい。韓国では,世界的な半導体価格の下落の影響をうけて,輸出総額の約2割に達する半導体関連が大きくマイナス成長となり,輸出全体の伸びが大きく鈍化している。韓国の輸出はアメリカや東南アジアで日本と競合する製品が多く,95年後半からの円安が韓国製品の価格競争力を弱めている面も大きい。シンガポールでも半導体や通信機器エレクトロニクス関連製品の伸び悩みが輸出の鈍化を招いている。また,マレーシアを始めとする周辺諸国への再輸出の鈍化も少なからぬ影響を及ぼしているものとみられる。

(4)明暗分かれるASEAN経済

(一部諸国で成長率鈍化)

ASEAN諸国は,94,95年と投資などの内需の拡大と輸出増加に基づく高成長が続いていたが,タイ,マレイシアなど96年に入り内需や輸出の不振から成長が鈍化している国がある一方で,フィリピンなど成長が加速している国もあり,ASEAN全体では総じて高成長が続いている。物価上昇率は,依然として高水準の国があるが,落ち着いた動きとなっている国もある。経常収支は,貿易収支赤字の拡大等から各国とも大幅な赤字が続いている。

インドネシアは,94,95年と設備投資や個人消費の拡大など内需主導で高成長を達成している。政府は,直接投資の拡大や競争力の強化を狙いとした規制緩和を進めており,石油・ガス以外の輸出拡大に努めているが,対外債務の増加等から経常収支の悪化がみられ,この克服が重要な課題となっている。物価は,天候不順による農産物不作などから高まりをみせていたが,96年央以降徐々に鈍化してきている。

タイは,93年から95年まで8%台の成長を持続しており,これは輸出の拡大に加え投資,消費などの内需の増加によるものであった。96年に入ってからは,内需,輸出とも減速傾向で推移しており,成長率はかなり低下するものとみられている。物価は,水害に伴う農産物価格の上昇から95年は7%台へと上昇テンポを高めていたが,96年には金融引締め策などの効果により,4~5%台へと上昇率は低下してきている。経常収支は,貿易収支の大幅な赤字拡大により高水準の赤字となっている。

マレイシアは,95年は個人消費が拡大したほか,公共投資や民間投資など投資も増加し,高成長となった。96年に入ってからは,景気過熱に対する懸念から金融引締め策がとられており,消費を中心に緩やかに減速してきている。物価上昇率は,95年に続き96年も3%台で安定している。経常収支は,95年には貿易収支の赤字拡大から赤字幅が拡大した。貿易収支は,96年に入ってから輸入の鈍化により赤字幅は縮小してきている。

フィリピンは,93年以降直接投資の大幅な増加や輸出の増加により工業生産が増加してきたが,95年後半以降,インフレ圧力の高まりにより金融引締め策がとられ,投資の伸びが鈍化した。96年に入ってからは,投資が回復し,消費も堅調なことから成長率は拡大している。物価は,95年には天候不順による農産物価格の上昇から高い上昇を示したが,96年に入り農産物価格は落ち着きをみせてきている。経常収支赤字は,95年には貿易収支赤字拡大により拡大したが,96年に入り海外労働者からの送金の増加により縮小している。

ベトナムは,92年以降工業生産の大幅な増加などにより高い成長が続いている。物価は95年には高い上昇となったが,96年になってからは輸入物資が豊富に出回るようになり低下傾向で推移している。経常収支は,輸入の増加に伴う貿易収支赤字の拡大から,赤字幅が拡大している。

(鈍化著しいASEANの輸出)

今まで好調な輸出の伸びを続けてきたASEAN諸国では,96年に入りタイやマレイシアで輸出が著しく鈍化しており,このところ,インドネシアやフィリピンでも輸出の鈍化傾向が現れてきている (第1-4-2図)。

タイ,インドネシア,フィリピンでは,繊維,衣料品など,インドネシアでは合板などの輸出の鈍化が目立っている。これらの品目の輸出の伸び鈍化の原因としては,96年初のアメリカなどの輸入需要の減退に加えて,中国,インド,ベトナムなど価格競争力で優位な国との競合も,少なからぬ影響を及ぼしているものとみられる。その他,タイの輸出は,農産物(冷凍エビなど)が生産減少や主要輸出先のアメリカの輸入規制のため大きく減少している。また,マレイシアでは,パーム油の生産が市況の悪化から減少していることも,輸出鈍化の大きな要因となっている。

また,直接投資の導入により成長著しい電気・電子製品分野でも,タイなどでは世界的なエレクトロニクス製品の不振を受けて,同製品の輸出が減少している。一方,マレイシアではエレクトロニクス関係の主力輸出品である熱電子管・光電管といった製品は伸びているものの,外資系企業が半導体関連の工場を閉鎖する動きをみせるなど,今後ハイテク製品等の輸出動向には注目する必要がある。


《コラム1-6》 競争力強化を求められるASEANの地場輸出

ASEANの輸出のこのところ大幅な鈍化は,同地域の経済に陰りをおとしている。輸出の拡大がこれまでの高成長の原動力となってきただけに,輸出鈍化を受けて経済成長の見通しを下方修正せざるをえなくなっている国が多く,今後の経済成長への影響が懸念されている。

タイ,フィリピン,インドネシアなどにおける輸出の鈍化は,繊維・衣料品など地場産業的な軽工業の不振によるところが大きいが,このことは外資導入による輸出拡大策が少なからぬ影響を及ぼしているものと考えられる。すなわち,今までの輸出の拡大のためにとられてきた規制緩和などの外資導入政策が,全体としては輸出の拡大に大きく寄与しているものの,一方で国内産業間のバランスが崩れ,地場産業的な軽工業にとっては競争力の相対的な低下をもたらすこととなり,これら産業の輸出不振を招来している面もあるものとみられる。

外資の場合は,高度な設備の導入などにより労働生産性は高く輸出競争力も強いので,人材を集めるためにある程度の好条件を提示することが可能である。途上国ではもともと不足しているといわれる技術者も,提示する雇用条件によっては比較的支障なく確保できるであろう。これに対し,地場の軽工業の場合は,資本の不足からくる設備の老朽化などにより生産性が比較的低いうえ,人材面でも外資企業の採用の拡大などにより,待遇面で劣る地場企業には技術力のある人材は集まりにくくなっている。このため,従来から作っている製品の品質面での競争力がなかなか向上しない。一方,外資系企業と同等以上の待遇で人材を確保しようとすると製品の価格が上昇し,競争力が弱まってしまう。もともと資本力の十分でない地場企業では,人材に代替しうる高度(高価)な設備の導入も難しい。こうしたジレンマはまさに外資の急激な流入によって生じた副産物ともいえるが,まさにこのことが,結果的に地場産業的な軽工業の輸出拡大にとってネックをもたらしてしまっているものとみられる。

地場企業の効率化・競争力向上は,外資導入による産業の高度化などと異なり,既存の人材・設備等の改善による産業の高度化を通じたものにならざるをえず,対応がより難しい面があるものとみられる。地場企業の輸出は,ASEAN諸国の輸出全体の中で現在でもなお大きいシェアを占めているため,輸出の再活性化のためには設備の近代化や人材の育成が今後避けて通れない課題となっており,競争力の強化に向けた積極的な対応が望まれる。


(5)成長続く南アジア

(工業,農業生産とも好調なインド経済)

南アジア全体の95年の成長率は,パキスタンなどでの加速から94年同様,5.8%であった。物価上昇率はやや鈍化したが,二桁に近い上昇率が続いている。経常収支の赤字は大幅に拡大している。

インドは,91年からの経済自由化政策の効果が現れ経済成長率は顕著に高まってきており,95年の実質GDP成長率が7.0%と94年の6.3%からさらに伸びは高まった。これには工業生産の高い伸びや高水準の農業生産が寄与している。物価は,経済改革以降高水準の上昇が続いていたが,金融引締めやエネルギー価格,農産物価格などの抑制により95年後半から上昇率が低下してきている。経常収支は,景気拡大による輸入の増加から赤字幅が拡大している。

パキスタンは,94,95年と製造業部門はやや伸び悩んだものの,農業部門の回復により,95年の成長率は4.7%へと高まった。物価は公共料金の引上げや売上税の税率引上げなどから95年に上昇率を高めている。経常収支は,貿易収支の赤字拡大から95年はやや拡大している。


《コラム1-7》 インドで政権交代

インドでは96年5月の総選挙の結果,国民会議派が大敗し,政権は少数党の連立である統一戦線が国民会議派の閣外協力を得て担当することとなり,ゴウダ首相が就任した。

統一戦線は,国民会議派のラオ元首相が推進してきた経済自由化の実績に鑑み,従来の経済改革路線を基本的に踏襲していくとしているが,6月には連立政権の共通政策の骨子である,共通政策綱領を発表している。これによると,基幹となる工業,農業生産の拡大の他,国営企業の改革,インフラストラクチャーの拡充,財政赤字の縮小などを掲げている。具体的な数値目標としては,GDPの成長目標を年平均7%以上,工業生産の年間伸び率を12%程度,インフラ投資の対GDP比を6%程度とし,財政赤字の対GDP比を4%に抑えるなどとしている。

また,7月には96年度予算案が発表された。これによると,インフラの整備,直接投資の受入れ拡充,法人税の見直しなど国内税制の改革,関税の引下げなど,経済自由化の一層の推進が掲げられている。

これら経済政策の着実な実施により,物価の安定化,地域間格差の是正,雇用の創出を通じた健全な経済成長を達成していくとしている。


2 大洋州:景気拡大テンポの鈍化続く

(投資の増勢が弱まり,拡大テンポは鈍化)

オーストラリアは,94年には消費,投資など内需の活況により成長率は高まったが,その後の引締めにより拡大テンポは鈍化し,95年は3.5%の成長となった。96年に入ってからは,当初民間設備投資を中心に成長率は高まったが,96年4~6月期には再び減速している。物価上昇率は,94年の住宅金利コストの上昇や95年の物品税などの引上げにより95年まで高まりがみられたが,96年に入ってから低下してきている。貿易外収支の赤字に加え,94,95年には景気回復から貿易収支も赤字化したため,経常収支は95年には高水準の赤字となった。96年になってからは,貿易収支の赤字縮小から経常収支の赤字幅は縮小してきている。

ニュージーランドは,輸出の拡大や民間部門の内需拡大により93年に経済成長率は高まったが,94年半ばにインフレ懸念から金融引締めに転じた結果,高金利とニュージーランド・ドル高が同時に進行し,95年になって投資や輸出の増勢が鈍化したことから,95年の成長率は1.9%と鈍化した。物価上昇率は,94年には住宅・建設関係のコスト上昇を反映して高まったが,その後景気減速により低下してきている。経常収支は,貿易外収支の赤字から基調的に赤字であったが,94,95年には貿易収支も赤字に転じたことから赤字幅も拡大している。

(オーストラリアで緊縮予算編成)

オーストラリアでは8月に財政赤字の削減をめざした97年度予算案が発表された。この予算案は,3月の選挙で13年ぶりに政権を奪還した国民党・自由党連立のハワード政権の最初のものであり,注目されている。予算案の内容をみると,選挙公約に掲げた増税なしの財政再建を目指しており,歳出の削減を中心に赤字の縮小に取り組むとしている。歳出削減策の主なものとしては,各省庁の行政経費の削減,州政府への補助金の削減などが挙げられる。なお,歳入増加策の主なものとしては研究開発費への税控除の削減,関税特別措置の廃止などがある。

政府は,財政収支の改善により,公共部門の赤字体質の改善と国民貯蓄率の向上を通じた国内の投資に必要な貯蓄の確保,及び経常収支赤字の縮小を着実に達成し,経済を安定成長の軌道に乗せていくとしている。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]