平成7年

年次世界経済報告

国際金融の新展開が求める健全な経済運営

平成7年12月15日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第2章 アメリカの財政改革

第1節 アメリカ財政の課題

1 財政赤字の現状と見通し

(1)最近の財政赤字の状況

(財政赤字の時代)

1980年代初め以降大幅となっている連邦財政赤字は,アメリカと世界の経済動向・経済政策を左右する最も重要な要因の1つであり続けた。その意味で,アメリカの1980年代~現在までの期間は,「財政赤字の時代」と呼ぶことができよう。80年代初頭から半ば頃にかけて急拡大したアメリカの連邦財政赤字は,80年代後半には一旦やや縮小したものの,90年代に入り,90年度2,204億ドル(前年度比45%増)と大幅に増加し,92年度には更に拡大し,2,902億ドルと史上最高の赤字額を記録した(数値は,特に断りがない限り統合予算ベース。アメリカの会計年度は10月1日からで,例えば90年度は89年10月~90年9月。アメリカの予算会計の仕組みについては,付注2-1参照)。財政赤字の大きさを,経済規模の拡大を勘案してみるため,財政赤字のGDP比の推移で見ても,80年代後半には,3%前後であったのに対し,90年度4.0%,91年度4.8%,92年度4.9%と増加した(第2-1-1図)。

このように90年代に入って再び急速に増加した赤字を削減するため,90年5月には政府と議会による「予算サミット」が開かれ,その結果として「90年包括財政調整法」が成立し,赤字削減に向けての取り組みが進展した。しかし,その後も赤字拡大が続き,十分な効果を上げることはできなかった。そこで,財政赤字削減を公約の1つとして掲げ発足したクリントン政権は,93年1月の政権発足直後から,赤字削減のための作業に取りかかり,「93年包括財政調整法」の成立にイニシアティブを発揮した。

こうした赤字削減の取り組みに加え,クリントン政権の赤字削減努力が盛り込まれた94年度予算が開始された時期(93年10月)は,①90年後半から後退していた景気が回復・拡大して税収が伸びる一方,②80年代後半に増加した貯蓄貸付組合(S&L)の救済費が大幅に減少して歳出削減に寄与する,といった財政赤字削減に好ましい状況にも恵まれた。その結果,93年度に2,551億ドル(GDP比4.1%)であった赤字額は,94年度においては,2,031億ドル(GDP比3.1%)と,500憶ドルを超える赤字縮小となった。さらに95年度には,アメリカ議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)の見通し(95年1月)によれば,一層の赤字削減努力から,約1,760億ドル(GDP比2.5%)に縮小すると予測されたが,実際には1,638億ドルまで赤字は縮小した。

なお,議会予算局によれば,景気循環要因とS&L救済費を取り除いた構造的赤字は,93年度2,220億ドル,94年度1,870億ドル程度と推計されており,94年度の現実の赤字縮小額519億ドルのうち,約3割にあたる170億ドル程度は景気拡大とS&L救済費の減少によるものであり,残りの約7割は政策努力によって実現したものと評価される。

(政府債務残高の累積)

アメリカの連邦財政収支は,1970年度以降現在に到るまで毎年度赤字を計上しているが,特に80年代に入ってからの赤字幅の急拡大に伴って,政府債務残高も急増した。連邦政府の債務残高(非政府部門保有分)のGDP比の長期的な推移を見ると,1940年代は,戦時における国防費の増大によって急激に上昇し,40年代の年平均では79.5%となった。その後は30年余りにわたって,低下傾向が続き,70年代は26~28%前後で安定的に推移していた。

しかし,80年代に入ってからレーガン政権下で,「強いアメリカ」を目指し軍事費が増大した一方で,大幅な減税が実施された結果,債務残高のGDP比は増加傾向に転じた。90年代に入ってからも,債務残高の増加率は高まったことから,92年度には,平時にもかがわらず,債務残高のGDP比は50%を上回った。92年度以降,単年度の財政赤字は縮小しているが,債務残高については,経済成長率とほぼ同じスピードで増加を続けているため,GDP比は93年度51.9%,94年度51.7%と改善していない。

また,アメリカ連邦政府債務の保有先を見ると,94年度では,3兆4,322億ドルの債務残高のうち,19.1%を占める6,359億ドルが,海外の政府・民間企業によって保有されている。

(財政状況の国際比較)

次に,アメリカの財政状況を他の主要国のそれと比較してみよう。中央政府・地方政府・社会保障基金を合わせた一般政府部門(SNAベース)の財政収支を見ると,アメリカの場合,93年はGDP比4.4%の赤字であり,その内訳は,中央政府4.0%の赤字,地方政府0.5%の赤字,社会保障基金0.1%の黒字となっている。これに対し,日本(93年度)は,1.1%の赤字(中央政府2.9%の赤字,地方政府1.7%の赤字,社会保障基金3.5%の黒字)であり,ドイツは,2.9%の赤字(中央政府2.5%の赤字,地方政府0.7%の赤字,社会保障基金0.0%の黒字)である。

一般政府部門の財政収支の推移を国際比較してみると,第2-1-2表が示すように,経済規模(GDP)との対比でみれば,アメリカの財政赤字は先進諸国の中で必ずしも大きいグループに属しているわけではない。さらに,比較の対象を発展途上国にまで拡げると,財政赤字のGDP比がアメリカを上回る国は他に幾つもあることが分かる。

ただし,絶対額でみた場合,アメリカが世界最大の政府債務を計上している国であることは見過ごせない事実である(中央政府債務残高は,アメリカ4兆8,002億ドル(94年末),日本3兆2,649億ドル(94年度末),イタリア9,130億ドル(92年末),ドイツ4,600億ドル(94年末),フランス4,521億ドル(93年末))。

第2-1-2表 財政収支の国際比較

(連邦政府と地方政府)

連邦国家であるアメリカの財政は,連邦財政と州・地方財政の2つに分けることができる。州・地方政府の財政収支(NIPAベース:National Income and Product Accounts)の推移を見ると,70年代以降,黒字が続いている。

黒字額の推移は,70年代後半から80年代半ばまでは拡大傾向であったが,84年581億ドルをピークに縮小傾向に転じ,92年度,93年度は250億ドル前後と,80年代に比較すると,黒字額はかなり縮小している。この原因としては,連邦財政赤字の拡大を抑制するため,州・地方財政への補助金がかなり削減されたことが大きい。93年度においては,中央政府と州・地方政府を合わせた政府全体の赤字は2,150億ドルの赤字であるが,その内訳は,連邦財政は2,414億ドルの赤字であるのに対し,州・地方財政は263億ドルの黒字である(なお,前項で述べたSNAベースの数値との違いは,地方政府収支の中に地方運営の社会保障基金などが含まれていることに起因する)。

本章の次節以降の検討では,①上述のように一般政府の財政赤字の大部分が連邦政府の財政収支により説明されること,②州・地方政府の予算の15%程度が連邦政府からの補助金などで賄われていることから,連邦政府の財政赤字を中心に検討を進める。

(2)義務的支出の増加による財政的制約

(増加する義務的支出)

長期的に見ると,連邦予算の歳出のGDP比は,60年代は年平均19%であったが,70年代には同21%,80年代には同23%と緩やかに拡大した。90年代に入っても,歳出のGDP比は90~94年度の年平均が,22.8%という水準であり,90~94年度の歳入をGDP比で3%程度上回る。このように,歳出のGDP比は,80年代以降,ほぼ一定の23%程度で推移しているが,その構成は大きく変化した。

アメリカ連邦政府の歳出は,裁量的支出(Discretionary spending)と義務的支出(Mandatory spending)に大別できる。裁量的支出は,毎年の歳出予算法によって支出が定められるものであり,義務的支出は,社会保険年金支払いや国債の利払いなどのように,一度,授権法(Authorizing legislation)で定められれば,毎年自動的に支出が認められるものである。

歳出全体に占める義務的支出の割合の推移を見ると,60年代後半には約3割であったが,最近では6割を越え,94年度においては,裁量的支出が37.3%,義務的支出が62.7%となっている。その背景としては,医療費高騰などによる医療支出の急増,政府債務の累積による利払いの増加といったことから,義務的支出は増加が続いたが,一方で裁量的支出は,歳出を抑制するために裁量的支出の上限枠(Cap)が「90年包括財政調整法」,「93年包括財政調整法」において設けられ,支出増加が抑制されてきたことが挙げられる。95年度予算でも,裁量的支出(5,538億ドル)は前年度比1.5%増とほぼ横ばいとなっているのに対し,義務的支出(9,851億ドル)については,前年度比7.6%増と高い伸びとなっている(コラム2-1参照)。

(増加が著しい医療支出と利払い費)

90年代に入って,裁量的支出の伸びが抑制される一方で,義務的支出が拡大する傾向が一段と強まっているが,こうした傾向は,裁量的支出と義務的支出を構成する費目のうち,どのような費目の増減によってもたらされているのであろうか(第2-1-3図)。

まず,裁量的支出については,現在,裁量的支出のおよそ半分を占める国防費と,非国防費とに分けて見てみよう。国防費の歳出全体に占める割合では,60年代にはベトナム戦争の戦費調達もあり年平均45%を超えていたが,70年代後半には25%程度に低下した。国防費の割合は,80年代前半には,レーガン政権による国防予算の拡大で上昇したが,最近では,湾岸戦争(90~91年)の勃発時においても,国防費の大幅な増加は見られず,90年代前半における国防費の歳出全体に占める割合は,年平均で22%程度になった。政府・議会などの見通しによれば,現在の政策を前提とすると,今後も,冷戦の終焉を背景に,国防費の割合については,低下傾向が続くと予測されている。一方,非国防費の歳出全体に占める割合も,公共事業費や教育費などの縮小によって,緩やかに低下している。その結果,76年度には47.2%であった裁量的支出の歳出全体に占める割合は,95年度には36.0%に低下している。

次に,義務的支出については,年金支出,利払い費,医療支出の3つが主な費目であり,この3つで義務的支出全体の約75%を占める(年金支出は,93年度には国防費を抜き,最大の歳出項目となった)。それぞれの費用の歳出全体に占める割合の推移をみると,医療支出と利払い費の割合が,他に比べて大きく伸びている。

医療支出の歳出全体に占める割合を見ると,76年度には6.4%にすぎなかったが,毎年増加を続けたことによって,10年後の86年度には9.5%,95年度には15.6%と20年前の約2.5倍となった。この要因としては,高齢者の増加と医療費の上昇が挙げられる。医療費の上昇率は,医療サービスの分野での市場競争の強まりなどから最近やや緩やがになっており,医療支出の伸び率は,94年度10.3%増,95年度10.1%増と,90年代初頭の高率の伸び率(12.3~18.3%)よりは低下している。しかしながら,歳出全体の伸び率の動向(93年度2.0%増,94年度3.7%増)と比較すると,依然としてがなり高い伸び率となっている。

利払い費についても,利私い費が歳出全体に占める割合の推移を見ると,70年代には年平均7%程度であったが,毎年の財政赤字計上で国債残高が増加するのに伴い,90年代には2倍の14%程度となっている。しかし,93年度に債務残高が3兆ドルを超えたにもかかわらず,93~94年度においては,利払い費の歳出全体に占める割合が拡大しなかったが,これは市場金利が低い水準にあり,特に,満期を迎えた国債が,ここ30年における最低金利で借換えられたためである。ただし,95年度は,年度当初から95年7月までがアメリカ連邦準備制度の金融引締め期に当たるため,利払い費は増加し2,300億ドルを超え,4年連続で低下してきた利払い費の歳出に占める割合も,94年度の13.9%から15%台になる見込みである。

(3)財政改革がなければ財政赤字は拡大へ

(当面の財政赤字の見通し)

95年度の財政赤字は,93年度以降3年連続で縮小したが,今後の財政赤字の見通しはどのようなものであろうか。アメリカの財政赤字の今後の推移をみるため,議会予算局(CBO)の見通し(95年8月発表)を紹介することにしよう。

この見通しの主な前提としては,①税制や義務的支出に係る政策(例えば,公的医療保険制度)が現在のままで変更がなく,②93年包括財政調整法における裁量的支出の上限設定が,同法律上の期限の98年度まで実施され,その後は,裁量的支出は物価上昇分だけ増加する,と仮定されている。この場合,93年度から縮小してきた財政赤字は95年度を底に,96年度以降は,96年度1,890億ドル(GDP比2.6%),97年度2,180億ドル(同2.8%)と再び増加することになる。その後も,財政赤字は拡大を続け,2000年度には,2,880億ドル(GDP比3.2%),2005年度には,4,620億ドル(同4.0%)となる。

利払いを除く義務的支出は,GDP比で94年度は11.9%であったが,97年度には12.5%になると予想されている。金額ベースでは,97年度9,580億ドルとなり,94年度7,910億ドルから比較すると,2割の増加である。特に増加幅が大きい項目は,医療支出と年金支出であり,利払いを除く義務的支出の増加の寄与率では,高い順に医療関連支出が約50%,年金支出が約30%となり,この2項目で今後4か年の義務的支出の増加率の8割が説明される。

利払い費も,前で検討したように債務残高が増加することから,GDP比で見ると,94年度には3.1%であったが,96年度,97年度にはともに3.3%,98年度には3.4%となる。ただし,利払い費の見通しは,市場金利の動向に大きく影響を受けることに注意する必要がある(例えば,95年度から2000年度までの利子率が,議会予算局の見通し(短期金利5.4%,長期金利6.9%)より,1%高かったと仮定した場合,財政赤字は,元の見通しより95年度には50億ドル,2000年度には500憶ドルの上方修正となる)。

(21世紀初頭以降急拡大が見込まれる義務的支出)

さらに長期的に2030年まで展望すると,人口の高齢化が構造的な歳出膨張圧力になることが懸念されている。アメリカでは,いわゆるベビーブーム世代(baby boomer;1946~64年生まれの世代)の人口が他の世代に比べ格段に多いことから,この世代が退職年齢に達する頃(2010年)から,義務的支出は幾何級数的に増加すると見込まれている。勤労世代(15~64歳)と退職世代(65歳以上)の人口比率は,現在,約5対1であるが,2030年には約3対1になる見通しである(なお,日本の場合,勤労世代と退職世代の比率は,現在約5対1であるが,2030年には約2対1となる。人口高齢化の問題については,第2節2で詳述)。

94年2月に発表されたアメリカ議会の「義務的支出と税制改革のための超党派委員会」の報告(Report of the Bipartisan Commission on Entitlementand Tax Reform)によれば,現行制度を前提にすると,政府収入は,2030年までGDP比18.5%から19%の間でほぼ安定的に推移する一方で,支出は2010年以降急激に増加し,2030年にはGDP比38%程度(95年度22.5%)に達するものとみられる。この収入と支出の見通しによれば,将来の財政赤字のGDP比は94年度3.1%から2000年には2.5%に低下するが,その後2010年には5.9%,2020年には11.6%,2030年には18.9%まで上昇すると予想される(第2-1-4図)。


《コラム2-1》 増大続く移転支出

アメリカの一般政府の歳出を,SNAの分類にしたがって,①政府消費,②移転支出((i)社会保障移転,(ii)利払い,(iii)補助金,(1V)その他の移転支出),③政府投資に分けてみる。この分類により,各歳出項目の歳出全体に占める割合を1979年と1990年の2時点間で比較してみると,政府消費は54%から49%,政府投資は5%から4%と,ともに低下しているが,移転支出は40%から46%に上昇している。

SNA上の歳出項目分類と統合予算上の分類をおおまかに対応させて言えば,政府消費と政府投資は統合予算上の裁量的支出に,移転収支は統合予算上の義務的支出に該当する。本文中で,義務的支出の増加傾向について指摘しているが,このことは,SNA上,移転支出(特に社会保障関連支出と利払い)が増大していることとほぼ同義だと言うことができる。

移転支出の増大は,第二次大戦後ほとんどの先進諸国に共通して認められる現象である。移転支出の増大は,公共部門の拡大(=「大きな政府」)を招く主因となった。公的年金・公的医療保障給付の充実が,利払い費の増大とともに,移転支出の増大に中心的な役割を果たした。OECDが「福祉国家の危機」ど題するレポートを公表し,社会保障政策が経済に及ぼすマイナスの影響について注意喚起したのは,1981年のことである。その後,80年代を通じて,多くの先進諸国で社会保障政策の見直しが進められた。しかし,人口高齢化が進む中で,ほとんどの国において,年金・医療保障給付など,社会保障支出の大宗は利払い費とともに緩やかに増大を続け,現在に到っている。

公共部門が果たす主要な機能は,①資源配分の効率化,②所得の再分配,③経済の安定化の3つであると一般に言われる。政府消費・投資が,①を中心に②,③の機能も果たしているのと異なり,移転支出は,ほとんど②に係る機能を果たすことを目的とする。それゆえ,政府消費・投資増大による「大きな政府」と移転支出増大による「大きな政府」は,必ずしも同じ基準で評価することはできない。所得分配の公正をどの程度社会的に重視するか,どの程度公正を実現していると見るかなどの点が,移転支出を評価する際には重要とされる。そして,それらの点について肯定的に評価されるとしても,一方で弊害を生じさせていないかが問われることになる。近年,増大が続く移転支出の弊害としてしばしば指摘されているのは,貯蓄抑制効果,労働供給抑制効果,行政的な非効率などの諸点である。これらの問題については,第2節2でとりあげる。


2 財政赤字の問題点

アメリカの財政赤字の主要な問題点としては,以下の三つを挙げることができる。第1は,アメリカ経済の成長力を中長期的に低下させること,第2は,現在世代と将来世代との間に公的負担の格差を生じさせること,第3は,将来財政赤字が大幅化する場合に,「双子の赤字」が拡大し,ドルの不安定化を招くリスクがあることである。

アメリカの財政赤字の問題が広くアメリカ国民の間に意識されるようになってから十年余が経過し,少しずつ赤字削減の取り組みは前進してきたが,その間に問題の焦点は徐々に新たなところへと移ってきた。財政赤字が急拡大した80年代前半から半ば頃にかけては,主に上に挙げた第3の国際金融に係る観点から懸念が示されることが多かった。現在でもそうした観点から問題があるという状況は続いているが,最近は,第1,第2のような国内的な観点からの問題がより重要になってきていると考えられる。例えば,80年代に急低下した国民貯蓄率には回復する兆しが見られず,貯蓄不足の問題がますます深刻化していること,現行制度に変更がなければ,公的年金・医療保険財政は人口高齢化などにより,21世紀初頭には立ちゆかなくなると見込まれるようになっていることなどである。

こうした状況を踏まえ,近年のアメリカ財政の課題を評価するならば,かつての国防支出の拡大や過大な減税の弊害といったアメリカの財政政策に特有の問題点から,経済成長力の低下や,人口高齢化などに起因する歳出の増加傾向という点に,比重が移ってきていると言うことができよう。

(1)経済成長力の低下

アメリカの財政赤字は,国内貯蓄の減少を通じて,中長期的に国内投資を制約してきたと考えられる。今後,人口高齢化などに伴って財政赤字が大幅に拡大する場合,一層の国内投資の減少につながる可能性が高い。投資の減少は,生産性上昇を鈍化させ,中長期的に経済成長率を低下させる。世界GDPの約4分の1を占めるアメリカ経済の成長低下は,世界経済全体にとっても望ましくない。

(財政赤字は国内貯蓄・投資を抑制)

資本市場において,政府は民間主体と競合しており,財政赤字をファイナンスするために政府が資金を資本市場から調達すると,市場で資金需給がひっ迫して金利が上昇し,民間投資が減少する可能性がある。これはクラウディング・アウトと呼ばれる現象である。クラウディング・アウトが実際にどの程度生じるかは,経済環境によって異なるが,80年代以降のアメリカ経済についてみると,おおむね財政赤字の拡大が民間投資減少の一因となったと見ることができる(第2-1-5図)。

クラウディング・アウトが生じても,政府の借り入れた資金が,将来の生産増加につながりうる政府投資に向けられるならば,民間投資の減少を補うだけのメリットをもたらす可能性はある。しかし,実際には既に見たように,医療支出や年金給付,利払い費などの義務的支出が増加する一方で,比較的抑制しやすい投資的支出は削減される傾向にある。政府投資(一般政府ベース)のGDP比は,60年代平均2.8%,70年代平均2.1%,80年代平均1.6%,90年代(90~93年)平均1.7%と低下傾向にあり,公共インフラの不備や研究開発投資の減少が目立つようになっている。

財政赤字による国内投資の減少は,貯蓄投資バランスの観点からは以下のように説明することができる。80年代以降のアメリカでは,財政赤字が拡大する一方で政府投資は,上述したようにあまり増加しなかった。このことは,政府貯蓄が減少(または負の貯蓄が拡大)したことを意味する(財政収支=政府貯蓄-政府投資。付注2-2参照)。国内貯蓄は政府貯蓄と民間貯蓄から構成されるから,政府貯蓄の減少は,それを補うだけの民間貯蓄の増加がない限り,国内貯蓄を減少させる。ところが,アメリカの民間貯蓄は,政府貯蓄の減少を補うよりも,むしろ政府貯蓄の減少と併行して減少してきたのが現状である(第2-1-6図)。また,国内投資にあてられる資本は,国内貯蓄以外にも,海外からの資本流入によってファイナンスすることも可能であるが,実際には,以下に見るように海外資本への依存には限界がある。結局,80年代以降のアメリカにおいては,財政赤字が拡大する一方で,政府投資と民間貯蓄もGDP比で減少し,また海外からの資本流入も国内貯蓄不足をファイナンスし続けることができなかったため,国内投資の減少が引き起こされたのである。

(海外資本への依存の限界)

80年代以降のアメリカでは,財政赤字が拡大する過程で海外資本の流入が増加し(クラウディング・インとも呼ばれる),資本収支黒字が発生した。海外′からの資本流入が十分であれば,国内投資の減少が回避され,成長力が損なわれないことも考えられる。

しかし,主要国の貯蓄・投資動向に関するこれまでの実証研究によれば,国際資本移動の活発化にもかかわらず,依然国内投資の水準は,その国の貯蓄水準に制約される傾向を持つ(M.Feldstein&C.Horioka“Domestic Saving and International Capital Flows”(1980),M.Feldstein“The Budget and Trade Deficits aren't Rea11y Twins”(1992),及び第2-1-7図)。つまり,財政赤字が拡大して国内貯蓄が減少した場合,海外からの資本流入(資本収支黒字)はそれほど拡大せず,国内貯蓄の減少の多くは国内投資の減少によって調整されてしまうということである。

アメリカについても,80年代初め以降の国内貯蓄の減少は,趨勢的に国内投資を減少させ,貯蓄と投資の縮小均衡をもたらした(第2-1-8図)。80年代半ばには,,海外からの資本流入が活発化して,国内貯蓄を上回る国内投資が行われたが,これは,81年税制改革で投資優遇措置が導入されたこどや,アメリカ経済再生の期待盛り上がりから投資マインドが強かったことなど,一時的な要因が大きかったと考えられる。今後,人口高齢化の進行などに伴って財政赤字が大幅に拡大して国内貯蓄が減少する場合,一時的には海外資本の流入によって国内投資が賄われることがあっても,中長期的には,国内投資の減少につながると考えられる。

(経済成長力の低下)

アメリカの国内投資をGDP比で見ると,もともと国際的に低い水準にあった上に,80年代半ば以降,更に減少した(前掲第2-1-5図)。

国内投資の減少は,労働生産性上昇の鈍化を通じて,経済成長力を低下させる。第2-1-9図は,各国の国内投資のGDP比と1人当たり実質GDP伸び率を比較したものであるが,アメリカの投資水準の低さが,経済成長力の低下要因になっている様子が窺われる。今後更に財政赤字が拡大することになれば,アメリカの成長力低下という問題は一層深刻となる。

世界GDPの約4分の1を占めるアメリカ経済の成長低下は,アメリカ国民のみならず,世界経済全体にとっても望ましくない。

(財政赤字を海外資本でファイナンスする場合の問題点)

国内貯蓄の減少は,長期的には国内投資を減少させて経済成長率を低下させると考えられるが,海外から資本が流入して,国内投資の減少が(部分的に)回避され,成長力が損なわれない場合にも,以下のような弊害が生じる。

第1に,対外債務が累積し,海外への元利返済が増加することによって,将来世代が享受できる所得・消費水準が低下する。海外資本の流入が一時的であっても,生産によって得た所得の一部を,元利金の返済として海外へ支払う負担が将来にわたって残ってしまう。これは,,後世代への負担の一形態と見ることもできる。

第2に,成長力のある発展途上国などの収益性の高い投資をファイナンスする資本を減少させ,世界全体の経済成長力を低下させる可能性もある。

世界全体の貯蓄率は,70年代半ば以降低下傾向にあり,これに伴って世界の長期実質金利も80年代以降高水準で推移している。世界の貯蓄額の推移を国別に見てみると,アメリカの貯蓄は70年代半ば以降実質ベースでほとんど増加しておらず,世界の貯蓄が伸び悩んでいる大きな要因になっている。また資本移動で見ても,アメリカは83年に世界最大の資本収支黒字国(ネットの資金受入れ国)となり,91年にはいったん資本収支がほぼ均衡したものの,その後また黒字幅が拡大している(第2-1-10図)。資本収支黒字額は,93年999億ドル(93年に世界全体で移動した資本(ネット・ベース)の約3分の1)の後,94年1,512億ドル,95年1~6月期826億ドルとなった。

もちろん,投資収益率の低い国から高い国へ資本が移動するならば,世界全体での効率的な資源配分という観点から見て望ましいことである。しかし,既に資本の蓄積が進み,限界的な投資収益率が低いと考えられるアメリカが巨大な借り手国になっていることは,他方でアジア,中南米,東ヨーロッパなど,成長途上において旺盛な資本投資を必要としている国が存在する現状では,資本の活用を非効率にし,世界全体の経済発展を妨げることになる。

第3に,対外債務が累積すると,将来時点の環境によっては,ドルの不安定化を招くリスクも生じる。この点については後述する。

(国内貯蓄の増強に向けて)

以上のように,アメリカにとっても,また世界経済全体にとっても,アメリ力の国内貯蓄増強が望まれる。国内貯蓄を増強するには,低い民間貯蓄率を高めることも当然必要であり,昨今の税制改革論議ではこの点が大きくクローズアップされている(こうした動きについては第2節3で紹介する)。ただし,民間主体の貯蓄行動を政策的に操作することは必ずしも容易でなく,また,今後高齢化の進行に伴って財政赤字の大幅な拡大が見込まれていることを考えれば,着実な財政赤字削減が非常に重要である。

(2)世代間の公的負担格差

(公債による負担の先送り)

上述のように,財政赤字が拡大して,国内投資が減少し,その結果将来の経済成長が低下すれば,将来世代が享受できる所得・消費水準が減少し,将来世代に負担を残す。また,海外借入で財政赤字がファイナンスされれば,国内投資の減少は避けられるが,将来世代は対外債務返済のため所得の一部を海外に移転しなければならないので,やはり将来世代が享受できる所得・消費水準は減少する。

このような意味での将来世代への負担の他に,財政赤字は公債を残すことによって,現在世代から将来世代に公的負担(家計による租税・社会保障料等の負担)を先送りする働きを持つ。前項で見たように,現在連邦政府債務残高は,平時としては過去に例がない水準に達しているが,このことは,平時としては過去に例がない公的負担を将来世代に負わせているということになる。

負担が先送りされるメカニズムを理解するために,戦争で政府支出が一時的に大幅な拡大をした場合を例にとってみよう。戦費が全て税金で賄われた場合,戦時世代(戦時の勤労世代)の消費が大幅に減少する(それ以外に徴兵などの税外負担もある)。戦費の一部が公債で賄われ,戦後数十年経って償還される場合には,戦時世代が購入した公債が,戦後世代(戦後の勤労世代)への増税で返済される。その結果,戦後世代の消費が減少し,その分戦時世代の消費が増加するという形で,戦費の負担が一部将来世代に肩代わりされる。このように,政府支出が全て税金で賄われる場合に比べ,支出の一部が公債発行で賄われる(つまり財政赤字を出す)場合には,現在世代の公的負担が一部,将来世代に転嫁される。

公債で賄われる政府支出が政府投資の場合は,その政府投資が将来世代の享受できる所得・消費水準を引き上げるようなものであり,受益と負担が見合っているのであれば,世代間の不公平の問題は生じないものと一応言うことができよう(ただ,この場合でも,将来世代が好まないものに投資が行われてしまうという「リスク」が生じること,社会資本について,その減価償却分は将来世代が負うことになることに留意する必要がある)。また,戦費(政府消費のー種)の場合も,たまたま戦時に働き手であった世代に全ての負担を強いるのではなく,戦後の世代に広く負担を分担してもらうことは,世代間の公平という観点から,むしろ望ましいと言えるかもしれない。

しかし,戦費のような場合は別にして,通常現在世代によって費消される政府消費(諸々の政府サービス)や,低所得者などに対する移転支出(その多くは民間消費の形で費消される)の公的負担を,現在世代が負担せずに,公債発行を通じて将来世代が負担することにする場合には,世代間の公的負担が公平でなくなると考えられよう。前項で見たように,近年のアメリカでは,政府支出のうち政府投資は抑制される中で,財政赤字が恒常化し,政府債務残高の増加が続いている。このことは,政府消費や移転支出の増加が財政赤字でファイナンスされているということを意味しており,世代間の公的負担が公平でなくなっているとみられる。

(社会保障制度を通じた世代間の公的負担格差)

ところで,連邦政府の歳出に占める政府消費と移転支出のシェアは漸次高まっているが,利払い費を除く移転支出のうち約8割は公的年金や公的医療保険(メディケア=高齢者などを対象とする医療保険)など,基本的に収支が赤字にならないように賦課方式(一定の短期間に必要とされる給付費を,その期間内の保険料などの収入によって賄う方式)で運営される社会保険であることには留意する必要がある。

社会保険によらない移転支出(利払い,メディケイド=低所得者を対象とする医療扶助,母子家庭手当てなど)と政府消費の合計は,歳出全体の約60%を占め,財政赤字の問題点の主要な部分はこれらの支出の拡大によって生じていると言える。一方で,現在社会保険によって賄われている移転支出(歳出全体の約35%)は,以下で説明するように,公債による負担の先送りに伴う世代間の公的負担格差の問題とは異なる形で,世代間の公的負担格差を生じさせる可能性がある。人口高齢化によって大幅に拡大することが予測されるのは,主にこれらの支出項目である。

社会保険によって賄われる移転支出が家計に及ぼす影響については,以下のように考えることができる。この政府支出は,制度上財政赤字(=公債発行)を顕在化させることがないので,上述のような公債発行を通じた形での将来世代への公的負担先送りを把握することは難しい。しかし,社会保険によって賄われる移転支出によっても世代間の公的負担格差は生じている。社会保険が賦課方式で運営される場合(アメリカを含め,ほとんどの国では基本的に賦課方式がとられている),保険料の負担者と保険給付の受給者の間で所得移転が行われる。もし,経済成長率や人口構成が過去から将来にわたって一定で,社会保険制度も不変であるならば,世代間に受益・負担のアンバランスは生じない。しかし,将来になるにつれて,老齢世代が増加し,勤労世代が減少するような人口構成の場合には,賦課方式で運営される限り,現在よりも将来の給付水準を引き下げるか,負担水準を引き上げるかの対応が不可避的に必要となる。いずれの選択肢がとられたとしても,将来の勤労世代の公的な純負担(負担と受益の差)は,現在の勤労世代よりも増加することになる。

現在世代と将来世代の間の公的負担格差がどの程度生じるがは,将来の経済成長率や人口構成などに依存して決まるため,現時点で明確に知ることはできない。また仮に,現行制度のままでは,極めて大規模な公的負担格差が世代間に発生することが明らかに予測されるとしても,現在生まれていない将来世代は現行制度に対して意見を述べることができない。こうしたことから,世代間の公的純負担のアンバランスを解消するための制度改革は,制度維持が社会的に困難であると考えられるほどにアンバランスが拡大して,初めて開始されることがある。

(世代間の公的負担の格差はどれくらいが)

社会保障制度等を通じた世代間の公的負担のアンバランス及び公債による公的負担先送りの度合いを数量的に計測する試みが,最近提唱されている。それは「世代会計」とよばれる分析手法である。世代会計の基本的考え方は,政府の財政収支の帳尻はいつかは合わせる必要がある(無限の将来時点を含めた異時点間の政府の予算制約を想定する)というものである。そうした考え方のもとで世代会計では,将来の人口や経済成長率について一定の予測値を置いて,現行の財政制度が将来にわたって維持された場合,生涯にわたる税負担(社会保障負担などを含む)から政府から受け取る受益(公的医療給付や公的年金給付等)を差し引いた公的純負担が,現在世代と将来世代の平均的個人(あるいは家計)の間で,どの程度違うかが計算される(世代会計の詳しい説明は,付注2-3参照)。

最近OECDが,アメリカ,ドイツ,イタリア,ノルウェー,スウェーデンの5か国について,世代会計の推計を行っている(第2-1-11表)。その推計結果によると,アメリカでは,現在世代(厳密には計算時点1993年生まれの個人)に比べ,将来世代(1994年以降に生まれる個人)は,生涯にわたって約2倍の公的純負担を負うとされる。ここで推計された5か国のうちでは,アメリカはイタリアに次いで世代間の公的負担の不均衡が大きい(標準的ケースの試算によれば,世代間の公的負担不均衡は,イタリア3.0倍,アメリカ2.0倍,ノルウェー1.5倍,ドイツ1.3倍,スウェーデン1.3倍)。

推計の前提となっている今後75年間の人口予測では,アメリカはこの5か国の中で高齢者比率の上昇率が最も低い,つまり人口高齢化のスピードが最も緩やかである。それに・もかかわらず,アメリカの将来世代の公的負担が他国に比べて相対的に大きいということは,国際的にみて,現在のアメリカの政府債務残高(GDP比)が際立って高いとは言えないことも踏まえれば,現行の社会保険制度の下での受益・負担構造の歪みが大きいということを示している。

なお,世代の負担には,ここまで述べてきた公的負担の他に,家族による扶養,介護などや民間保険の保険料など,私的な負担もある。世代間で負担の格差が生じているかどうかは,公的負担と私的負担を含めて総合的に考慮することが必要であるが,近年のアメリカでは,社会保障制度を通じた世代間の負担格差が特に注目されている。

(3)双子の赤字によるドル不安定化のリスク

(双子の赤字とドル)

80年代前半から半ばにかけて,アメリカの財政赤字と経常収支赤字の「双子の赤字」が注目され,当時のドル高と経常収支赤字拡大の持続可能性(sus-tainabi11ty)が問題とされた。そうした中で,ドルが急落して国際金融市場を攪乱し,各国の景気にも甚大な悪影響を与えるのではないか,との懸念も生まれた。

現実には,85年9月のプラザ合意を契機にドルは急落したが,幸い一部に懸念されていたような,世界経済が混乱に陥るといった事態は生じなかった。しかし,80年代前半のドル高とその後のドル急落は,アメリカの産業や日本など他国の産業に厳しい調整を強いることになり,また,日本経済は,比較的短期間に終わったものの円高不況に見舞われた。

既に述べたように,財政赤字拡大による国内貯蓄の減少は,長期的には国内投資の減少によって調整され,経常収支赤字が大幅には拡大しない可能性が高い。ただし,財政赤字削減の取り組みが不十分で,将来財政赤字が大幅化する事態になれば,経常収支赤字が拡大から縮小へと向かう過程で,80年代後半のようにドルの不安定化を招くリスクも考えられる。

世界経済の安定的発展にとっては,国際通貨として広く用いられているドルの価値が安定して推移することが望まれる。そのような観点から,アメリカが財政赤字削減に早急に取り組むことが重要である。

(双子の赤字:80年代と90年代前半の経験)

80年頃から拡大を飴めたアメリカの財政赤字は,①折からの金融引締め策とあいまって金利を上昇させ,ドル資産の魅力を高めてドルを増価させた一方,②国内生産を上回る国内支出をもたらして輸入を増加させ,結果的に経常収支の赤字を生んだ(第2-1-12図)。そして,海外からのドル資産投資が累積するにつれて,対外債務のGDP比は急速に上昇した。84年後半からは国内経済の減速と金利の低下が見られ始めたにもかかわらず,対外債務の膨張とドルの増価が続いたため,85年に入るとドル高の持続可能性(sustainabi11ty)に対する懸念が広がった。対外債務がそのまま拡大し続けると,投資家がドル下落による為替リスクを恐れてドル資産から逃避するようになってドルが暴落し,金融市場が撹乱されるという予測(ハード・ランディング・シナリオ)も現れた。

実際ドルは85年2月をピークに徐々に減価を始め,同年9月のプラザ合意を機に以後急速に下落した。プラザ合意では,経當収支均衡に向けたドル高是正への各国協調のほか,アメリカについては,財政赤字削減などに向けて従来の政策を転換するというアメリカ政府のコミットメントが示された。85年3月から88年4月にかけてのドルの下落幅は実質実効レートベースで約40%に達したが,その後も経常収支赤字の縮小が予想より遅かったこともあり,結局ドルは90年まで下落し続けた。

90年代に入ってからは,財政赤字が92年をピークに減少する一方で,経常収支は91年1~3月期に黒字を記録した後,再び赤字を拡大し続けて95年に到っている。この間ドルは実質実効レートでほぼ安定して推移してきた(ただし,95年に入ってからは最初の4か月で1割近く減価した)。

(経常収支赤字拡大が調整されるプロセス)

今後財政赤字が再び拡大して国内貯蓄が減少する場合,将来時点の経済環境によっては,80年代前半のように一時的に経常収支赤字が大幅に拡大する可能性も否定はできない。

しかし,現実には,以下のようなプロセスを通じてドルが減価し,経常収支が均衡に向かうと考えられる。

アメリカの経常収支が拡大し,外国(政府と民間部門)が保有するドル資産が増加してくると,海外投資家はドル資産保有に慎重になる。経常収支赤字が拡大し続ける中で海外投資家のドル資産への投資意欲が維持されるには,アメリカの金利が上昇し続けなければならないが,このような高金利による調整は,国内景気への悪影響などから持続的にはとりえない。金利が十分に上昇しない場合には,海外投資家のドル資産持ち高調整によってドル売り圧力が生じ,ドルが減価して,輸出が増加,輸入が減少し,経常収支は均衡に向かう。問題は,このような為替レート調整が市場でスムーズに行われるかどうかである。

(双子の赤字によるドル不安定化のリスク)

為替市場は,異なる通貨建ての現金,預金など金融資産が取り引きされる資産市場であり,一般に資産市場の価格は,人々の将来に対する期待の変化によって大きく変動するのが特徴である。必要な調整は,多くの場合緩やかになされるが,時に価格の激変を伴う。歴史的にも,17世紀のオランダでのチューリップ・バブル,18世紀のイギリスでの南海会社の株式バブルは破裂して終わったし,日本も最近,株価・地価バブルとその破裂を経験した。特に,対外債務の拡大が為替レートにどう反映されるかは,市場参加者の心理によって大きく左右される。対外債務拡大の持続可能性について,市場の見方が急速に変化するような場合には,調整がスムーズになされない可能性もある。

現状を見ても,アメリカの債務国化は80年代半ば以降さらに進行している。85年に債権・債務ポジションがマイナスに転じた後,対外純投資ポジション(債権・債務の他に直接投資や株式投資などを含む)も,簿価ベースでは87年に,再調達価格ベースでも89年にそれぞれマイナスに転じた。この点に対しては,80年代半ば以降も投資収益収支が黒字を続けてきたことなどを論拠に,「アメリカは実質的にはまだ債権国である」という見方もあった。しかし,この投資収益収支も94年4~6月期についに赤字に転じた後,95年4~6月期には経常収支赤字の6.6%に達し,経常収支赤字の構造的な圧力になりつつある(第2-1-13図)。

将来を展望すると,アメリカの財政赤字は,現行制度の改革が行われない場合には,人口高齢化などに伴って,21世紀に大幅な拡大が予想されている。長期的にみると,財政赤字が拡大しても,経常収支赤字が大幅に拡大する可能性は低いが,将来時点の経済環境いかんによっては,80年代のようにドルが不安定化するリスクがあることにも留意する必要がある。

国際通貨として広く用いられているドルの価値が不安定化することは,世界経済の安定的発展にとって望ましくない。したがって,米国が財政赤字削減に早急に取り組み,十分な成果を挙げることは,ドルの不安定化を通じた世界経済への悪影響のリスクをあらかじめ回避しておくという観点からも,重要であると考えられる。