平成6年

年次世界経済報告

自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済

平成6年12月16日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況

第5節 上昇に転じた長期金利とドル安の進展

93年10~12月期から94年1~3月期にかけては,90年後半以降続いてきた世界的な金利低下の流れに変化が見られ,主要国の金融市場で長期金利が上昇,それにともない株価も下落するなど大きな変動があった。また,為替市場ではドル相場が下落し,対円では戦後初めて1ドル=100円台を割り込んだ。本節では,国際金融市場の動向を概観しながら,金利変動の要因とドル安の要因についで検討する。

1 世界的に上昇した長期金利

(94年に入って軟調に推移した債券市場)

主要国の債券市場における特徴は,94年初め頃から急速な長期金利の上昇(=債券価格の下落)が,ほぼ各国共通してみられたことである(第1-5-1図)。アメリカの景気が93年10~12月期に予想以上に力強い拡大をみせたことや,94年2月には連邦準備制度理事会(FRB)が5年ぶりに利上げを行ったことを受けて,アメリカの長期金利が上昇,また他の主要国でも景気回復の動きがみられたこと等から長期金利が上昇した。10年物国債の利回りは,94年の1月から9月にかけてアメリカで1.71%,ドイツで2.01%,イギリス七゛2.77%,日本では1.34%それぞれ上昇している。

(市場は将来金利の上昇を予測)

市場で成立している様々な期間の長短金利から,市場が予測している将来の短期金利(例えば3カ月物金利)の動向を推測することができる。こうした分析はインプライド・フォーワード・レート(Imp1ied Forward Rate)を計算するごとによって行うことができるが,インプライド・フォーワード・レートとは,ある時点で成立している期間構造の異なる金利水準から,将来時点における短期金利を算出したものである(インプライド・フォーワード・レートの算出方法については付注参照)。これを用いて,例えば,3カ月後にスタートする3カ月物金利と,12カ月後にスタートする3カ月物金利を比較することができる。スタートする時点の異なる同じ期間の短期金利を比較することによって,市場の金利動向期待をある程度測定することができる。

94年7月初め時点の諸金利を用いて,アメリカ,ドイツ,日本のインプライド・フォーワード・レートを算出することによって,94年中頃において市場が将来金利動向についてどのような予測を持っていたか検討すると,①市場は将来金利が上昇すると見込んでいたこと,②各国の金利上昇期待の程度に違いがあるため,94年央までの長期金利上昇の度合いが異なっていたことがわかる。

7月初め時点での3カ国の将来金利予測をより詳しくみると,1年未満においては,アメリカのインプライド・フォーワード・レートの傾きが大きく,続いて日本,ドイツの順になっている(第1-5-2図)。一方,1年超の期間をみると,ドイツと日本の傾きが大きく,アメリカは比較的フラットになっている。これから,アメリカにおいては1年以内に3カ月物金利が1.0%程度,日本においても0.5%程度の上昇が見込まれており,両国では短期的な金利上昇期待が高いといえ,一方,ドイツでは短期的な金利見通しは比較的安定しているといえる。また,1年超の期間をみると,ドイツと日本の勾配がきつくなっており,景気の現況から目先の金利は比較的安定するものの,将来は景気の回復から金利が上昇するとの見通しが,市場においてなされていることを示している。アメリカについては,金融の引き締めはあと1年ほどで完了し,その後は金利が比較的安定した推移をするとの市場の見方を反映していると考えられる。

なお,94年11月半ば時点のインプライド・フオーワード・レートは,3カ国とも7月時点のものと基本的に同様の動きとなっている。ただし,各国1年超の期間のインプライド・フオーワード・レートの傾きが,7月初め時点よりも若干小さくなっている。これは,7月から11月にかけて,すでにある程度の金利上昇が実現したため,将来金利の上昇見込みがやや後退したためと考えられる。

(イールドカーブにみる長短金利差の推移)

以上では,94年に入って各国で長期金利が上昇したこと,またこうした長期金利上昇は市場の将来金利上昇期待を反映していたと考えられることなどをみたが,次に93年から94年にかけて長短の金利構造(イールドカーブ)がどのように推移したかを検討しよう。

まず,アメリカのイールドカーブを93年初と93年末で比較してみると,短期金利の水準がほとんど変化していないのに比べ長期金利は低下し,イールドカーブの勾配が緩やかになっていることがわかる(第1-5-3図)。これは,93年2月に発表されたクリントン政権の財政赤字削減策が市場で好感されたことや,アメリカ景気が秋口に入るまで力強さを欠いていたことから,短期金利が当面は低位で安定するとの見通しが強く,先行きの長期金利低下期待が強かったためと考えられる。また,94年6月時点のイールドカーブをみると,93年末の傾きを維持しながらカーブ全体が上方に1%強シフトしており,94年に入ってからの短期金利の上昇分を長期金利がほば織り込んだ動きとなっている。

一方,ドイツのイールドカーブは,93年初には長短逆転した右下がりとなっていたものが,93年末には全体として下方に大きくシフトしながら緩やかな順イールドになっている。これは93年中のドイツ連銀の利下げを受けて短期金利が低下したことに伴い,長期金利も低下したものの,ドイツ連銀による利下げがかないの程度進んだことから,年末には短期金利低下期待が後退したためと考えられる。また,94年6月にはイールドカーブの傾きがきつくなっており,94年中頃までには金利先行きの見通しが上昇に転じていたことが反映されている。

日本のイールドカーブをみると,93年初から93年末にかけて,公定歩合の引き下げを受けて短期金利が大幅に低下し,また,長期金利も程度はやや小さいものの低下しており,イールドカーブ自体が下方にシフトしていくなかで,イールドカーブの勾配がややきつくなっている。94年6月にかけては,1年未満の短期金利がわずかに上昇する一方で,長期金利は,一部の経済指標に好転がみられたことや株式市況の落ち着きから,金利低下期待が後退したことを背景に,1%以上上昇しており,イールドカーブの勾配がさらにきつくなっている。

各国のイールドカーブの推移からまとめてみると,93年初は各国の長短金利差はそれぞれ異なっていたが,93年末には各国とも共通して順イールドの形となり,さらに94年央には1年物と10年物の間の金利差は各国2~3%程度となった。

(長期金利上昇の要因)

94年初め頃から各国で長期金利が上昇した要因を,アメリカ,ドイツ,日本について検討してみよう。まずアメリカの長期金利は次のような要因から上昇したと考えられる。①93年後半以降の景気拡大の強さを反映して実質金利が上昇した。②インフレ懸念の高まりから,期待インフレ率が上昇した。③93年秋頃まで続いた強気の債券市況(=長期金利の下落)の反動の要素も考えられる。債券価格上昇が続いた背景には,長期の低金利政策のもとで債券を含めたリスク資産の価格変動リスクの過小評価もあったと考えられ,94年に入ってからの金融政策の変更で,金融環境の見通しの不透明さや債券価格の変動幅拡大から,債券投資のリスク・プレミアムが高まった。さらに,④93年中は金利低下の流れのなかで,不動産抵当借入の借換えが活発に行われていたが,94年春以降金利上昇に伴い借換えの動きが急速に減退し,不動産抵当証券(Mortgage-Backed Security)の予定償還年数が伸びたことをうけ,金融機関や機関投資家が保有ポートフォリオ全体の償還年数を一定に保つために他の長期債を売却した。

また,ドイツでは,93年中にドイツ連銀が金融緩和政策をとっていたことから,短期金利の低下とあいまって長期金利も低下していたが,94年に入り景気回復の動きがみられたため,①金利低下期待が急速に萎み,インプライド・フォーワード・レートの分析でみたように94年央には将来金利上昇が見込まれるようになったこと,②景気回復の見込みから実質金利が上昇したこと等から長期金利が上昇したと考えられる。

日本の長期金利については,物価が安定基調を続け円相場が上昇しているなか,94年に入り上昇しているが,これは基本的には金融市場において,景気・企業業績の回復期待が高まったことによるものと考えられる。

(長期金利上昇の同時性)

長期金利上昇の各国毎の要因としては,以上のような点が指摘できるが,それらの要因とは別に金利上昇の同時性を高める要因があったと考えられる。まず,90年代に入ってからの金利の動きをたどってみよう。90年代には各国の景気局面にずれはあったものの,総じて低成長ないしは景気の低迷がみられた。

この状況を反映して各国の長期金利は低下基調に入ったが,90年初から94年6月までのアメリカの長期金利水準と,イギリス,ドイツ,日本の長期金利水準の相関係数をみると,対イギリスでは0.904,対ドイツでは0.868,対日本では0.867となっており,高い相関関係にあったことがわかる。この相関係数は80年代にはいずれの国の金利との関係をみても0.70以下であり,90年代に入り各国金利の相関関係が高まっていることがわかる。

各国の長期金利がこのように高い相関関係を示した要因の一つに,国際的な資本移動・分散投資の活発化から,実質金利差に着目した為替カバーなしの裁定取引が活発に行われるようになったことがあるものと考えられる。すなわち,①実質金利が高い国へは投資資金が流入し,金利の低下圧力になる一方で,相対的に金利の低い国からは投資資金が流出し,金利上昇圧力となることから実質金利の収斂が生じやすくなり,かつ②90年代は主要国の物価もおしなべて安定していることから,名目金利でみても各国間で似たような動きをするようになったと考えられる。

また,94年以降の同時的な長期金利上昇の背景には,先にあげた各国金利の相関の高まりとともに,90年半ば以降長期金利が一貫して低下基調にあり,各国で長期金利の水準が最低になった93年後半には,債券市場への資金流入が大幅に進み,長期金利の低下がやや行き過ぎた可能性もあり,その調整的な動きもあったものと思われる。

2 金利上昇下の株価下落とドル安の進展

長期金利の上昇は,各国の株式市場や外国為替市場にも影響を与えた。アメリカでは94年2月には債券,株式,ドルが同時に下落しトリプル安となったほか,他の主要国においても債券,株式の下落がみられた。また,外国為替市場においては,93年秋以降堅調に推移していたドル相場が,94年に入り主要国通貨に対し大きく下落した。ドルの実効レート(対主要通貨レートの貿易加重平均)は,94年11月2日現在で年初比8.6%下落した。また,対円では戦後初めて1ドル=100円を割り込む水準まで下落し,11月2日のニューヨーク市場では,一時1ドル=96円11銭の戦後最安値をつけた。ここでは金利の上昇を受けた株式,外国為替市場を概観し,その変動の要因を検討してみる。

(長期金利上昇と同時に発生した株価下落)

94年2月には,長期金利の上昇とあいまって,日本を除いた主要国で株価の下落がみられた(第1-5-4図)。それ以前の株価の推移は各国異なっており,アメリカでは90年以降上昇が続き,93年末から94年初にかけてはダウ・ジョーンズ工業株30種平均が一時4,000ドル直前まで上昇し,過去最高値を更新するなど強い地合いを保っていた。イギリスでは,92年後半から株価は上昇基調を辿り,アメリカと同様に93年末から94年初にかけてイギリスのFT100株価指数は3,500程度と過去最高水準で推移,また93年に入り上昇していたドイツのDAX指数(Deutsche Aktien Index)も94年初には2,200台となり過去最高水準で推移していた。一方,日本では,90年以降下落を続けていた株価は93年に入りやや強含んだものの年末にかけて下落した。

94年に入リアメリカや西ヨーロッパの主要国で軒並み株価が下落したが,5月までの最大下落幅は,アメリカのダウ・ジョーンズ工業株30種平均は最高値から10%,イギリスのFT100株価指数は16%,ドイツのDAX指数は11%程度となった。一方,日本の日経平均株価はこの間に2万円台をはさんでほぼ横ばいの推移となった。

アメリカと,西ヨーロッパにおける94年初に至るまでの株高の要因には,アメリカでは,①景気と企業収益の回復,②債券市況の活況を背景に,債券市場より比較的出遅れていた株式市場へ資金が流入したこと,③預金金利が低水準で推移したことから,預金から投資信託へ資金がシフトするなかで,投資信託の資金が株式市場に流入したことなどがあげられる。また,西ヨーロッパにおいては,92年後半から94年初に至るまでの株高は企業収益が総じて低迷するなか,金利低下期待と景気回復の見込みが主導した株価上昇だったといえる。また,93年にはアメリカの年金ファンドや投資信託等が積極的に対外証券投資を行っており,西ヨーロッパの証券市場にも大規模な資金流入があったものとみられ,93年中の西ヨーロッパの株価上昇に寄与していたものと思われる。

94年に入ってからの株価の下落の要因としては,アメリカにおいては,①債券市場の軟化から,投資家が変動率の高い,高リスクの資産としての株式を保有したがらなかったこと,②金利上昇が企業収益低下につながると市場参加者が懸念したことが挙げられる。西ヨーロッパにおいては,①株価収益率(PER)が上昇していたことから,株価は金利低下期待と景気回復期待で上昇していたと考えられるが,アメリカの金融引き締めを契機に金利低下期待が後退したこと,②西ヨーロッパ株式市場の悪化から,アメリカから流入していた投資資金がアメリカに還流する動きによって株価がさらに下落したものと思われる。さらには,株価が低迷していた日本以外の国では共通して株価の下落がみられることから,比較的長期にわたって続いた株価上昇の調整として一時的に下落したという意味合いもあったものと思われる。

(ドル安の要因)

90年以降のドル相場の動きをみると,ドルはマルク他主要欧州通貨との二国間レートと,実効レートでは,おおむね基準値(90年=100)を挟んでプラス・マイナス10%の間で推移している(第1-5-5図)。一方,対円でみると,90年の半ばに基準値を下回って以来,基準値とのかい離はますます拡がっている。これから,中期的な傾向としてはドル安ではなく,円高相場であったといえる。しかし,94年に入ってからのドル相場の推移をみると,ドルは円,マルクを含めた主要通貨に対し全面的に安くなっており,94年に入ってからの状況はドル安相場であったといえる。

中長期的な円高の要因としては,日本とアメリカの貿易財産業(おもに製造業)の生産性上昇率の相対的な差が特に重要であると考えられる。平成6年度経済白書によれば,70年代以降最近までの円高の大きなトレンドは,貿易財価格で計算した購買力平価の推移におおむね一致している。

また,94年に入ってからの短期的なドル安の要因としては,第一に,アメリカのインフレ懸念による長期金利の上昇があげられる。期待インフレ率の上昇はドル資産保有リスクを高め,ドル売り圧力へとつながっていると考えられる。これは,94年に入ってからアメリカへの民間部門直接・証券投資収支と公的部門資本収支(ネット)の流入幅が減少することに現れている。第二に,アメリカと他の主要国の景気局面の違いから,アメリカの経常収支赤字が拡大していることも,ドル安の要因と考えられる。すなわち,アメリカの経常収支赤字拡大で為替市場でのドル供給が増加するのに伴い,ドル保有リスクが増大し,ドル売り圧力が高まったと考えられる。

3 上昇に転じた国際商品市況

国際商品価格の動向をみると,90年以降は緩やかな低下基調が続いていたが,93年に上昇に転じ,94年に入ってからは更に上昇基調を強めており,とくに経済成長が続くアジアや,アメリカの需要の高まりを反映して,銅などの非鉄金属や原油の上昇が顕著である(第1-5-6図)。主要な商品先物価格から算出されるCRB(Commodity Research Bureau)先物指数は,同指数が弱含む前の90年の水準に戻している。また,主要な工業原材料で構成されるJOC指数(Journal Of Commerce Index)も,94年初に上昇を始め,94年を通して上昇傾向にある。

92年後半以降軟調に推移してきた原油価格は,93年後半には先進国の景気回復の遅れや,石油輸出国機構(OPEC;Organizat on of Petroleum Exporting Countries)の生産上限を越えた生産,および非OPECの供給増加による供給過剰感から更に下落した。しかし,94年4月以降,原油価格は上昇に転じた。

この背景には,①アメリカの景気拡大に伴い需要が増加したこと(アメリカの石油消費は世界全体の約25%),②イエメンの内戦,ナイジェリアの原油採掘労働者のストライキなどの地域的な供給不安,さらには,③アメリカの金融引き締めを契機として,原油市場に投機的資金が流入したことなどがあったものと考えられる。94年8月には,ナイジェリアのストライキ終結見通しなどを背景に再びやや下落し,その後(11月時点まで)は比較的安定した推移となっている。