平成5年

年次世界経済報告

構造変革に挑戦する世界経済

平成5年12月10日

経済企画庁


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第3章 世界貿易の新たな展開―「戦略的貿易政策」を越えて

第2節 東アジアの経済発展と直接投資

世界全体の直接投資は,90年以降,その主な出し手である先進国の景気低迷等を反映して伸び悩みをみせているが,受入れ側からみると途上国,とりわけ良好な経済パフォーマンスを示すアジア地域にの直接投資の増加が目立つ。内訳をみると80年代後半にはアセアン地域へ,91,92年には中国,ベトナムへの投資が増加している。とりわけ80年代後半のアセアンへの投資の急増は,同地域の経済発展に大きなインパクトを与えており,第1章第4節でみたように同地域は世界経済の中で相対的に良好な経済パフォーマンスを示している。

第2節では,こうした東アジア地域(本節ではNIEs,アセアンを指す)における多国籍企業の活動状況,直接投資の急増とその経済発展への影響等を分析するとともに,そうした発展を可能とした自由な貿易,資本移動の役割及び東アジア各国が世界経済との国際分業を深めるべく積極的に採用してきた国内の規制緩和等の政策対応の評価をもあわせて行うこととする。

1 東アジアにおける多国籍企業の展開

(アジアに傾斜する世界の直接投資)

世界全体の直接投資は,80年代後半に急速に拡大したあと,先進国の景気低迷等から90年以降伸び悩み,91,92年には前年水準を下回った。こうした中で相対的に良好な経済パフォーマンスを示すアジア地域への投資は増加している(第3-2-1表)。

アジア地域への直接投資の増加は,80年代後半のアセアン地域への直接投資の増加に顕著に現れている。同地域への投資の急増は85年のプラザ合意を契機とした円高により,多くの日本企業が人件費コストを削減するため,その生産拠点を良質で豊富な労働力のある,近隣のアセアン地域へ急速に移動させたことに端を発する。更に88,89年頃には,賃金の上昇や為替レートの上昇,米国との貿易摩擦等を背景に韓国,台湾に代表されるNIEs諸国がアセアン地域への投資を増加させた。韓国の場合,ネットベースでみてそれまでの資本受入国から資本輸出国となった。

アセアン地域への直接投資は80年代後半に急増した後,インフラの整備が追いつかないことや人材の確保が困難になってきたこと等から91年にはやや減少したが,92年には前年を上回る投資が行われている。受入国の承認ベースでみた直接投資額は最高に達した90年で304億ドルにのぼり,総固定資本形成に占める割合も34%に達している。更に91,92年と中国への投資が急増している他(第3-2-2図),外国資本の自由化を進めているベトナム,インドへの投資も増加している。

このようにアジアにおいては,NIEs,アセアンに続き中国等潜在的な成長の可能性を秘めた地域への投資が活発に行われている。

また,アセアンヘ投下された資本の業種別特徴をみると,日本からの投資はエレクトロニクスや自動車を中心とした機械産業に集中しており,韓国からの場合は繊維を中心とする軽工業部門への投資が多く,台湾からの場合はその中間的位置にある。このように80年代後半の直接投資の急増を担った日本,NIEsの間にも一種の棲み分けがみられる(第3-2-3図)。

(東アジアにおいて高い多国籍企業の輸出比率)

日本及びアメリカから東アジアに進出している多国籍企業に共通する特徴は,その輸出比率の高さである。アメリカの多国籍企業(製造業)の場合,海外子会社全体の平均輸出比率は約38%であるのに対し,NIEsに進出した子会社は約68%,アセアンでは,約64%に達している。アメリカ企業の場合,海外子会社で生産したものを本国へ持ってくる調達型の形態の投資が多く,アメリか本国への輸出比率が高いことが特徴である。日本企業の場合も世界平均に比べ東アジアに進出した子会社の輸出比率は高く,NIEsで約48%,アセアンで約47%となっている。これを業種別にみると日,米企業とも電気・電子産業の輸出比率が高く,これが同産業の世界貿易に占める東アジアのシェアの上昇に寄与している。日,米の多国籍企業が東アジアをエレクトロニクスの生産,輸出拠点と位置づけていることがわかる(第3-2-4表)。

エレクトロニクスの投資が東アジア地域へ集中した背景としては,製品の輸送が比較的容易で立地上の制約が少ないこと,多国籍企業がグローバルな生産システムを構築するに当たって,半導体等生産の中でも比較的労働集約的な組み立て工程等を行うのに必要な良質な労働力が東アジアに豊富に存在したことなどが挙げられる。

日米企業による電気・電子関連を中心とした直接投資の拡大は,東アジアにおける輸出主導型のテイク・オフに大きく寄与したと考えられる。

(最近の円高の影響)

前回のアセアンへの投資の急増は,日本企業がプラザ合意後の円高を克服するため生産拠点の海外移転を進めた結果であったが,93年春から続く今回の円高への日本企業の対応はどのようなものであろうか。再びアジアへの投資の急増がみられるのであろうか。

本年6月から7月にかけて実施された日本機械輸出組合の会員企業に対する円高の影響に関するアンケート調査をみると,円高への対応として「コスト削減」を挙げる企業が95%と最も多い。海外対策としては,「半製品,部品の輸入拡大」が63%でもっとも多いが,「現地調達・第3国調達の拡大」,「海外拠点の増設・拡大」を挙げる企業も5割近くある。ただし,87年11月に実施された前回の円高影響調査に比べると海外生産拠点の新設よりも生産拠点の拡大,現地調達・第3国調達の拡大を実施するという企業が増加しでおり,企業が既存の生産拠点の拡大を中心に海外事業活動を本格化させようとしているものとみられる。また国際展開の中身をみると,現在ではNIEs,アセアンへの一部生産移転が44%と,先進国への一部生産移転の50%を下回っているが,将来については,NIEs,アセアンへの一部生産移転を計画している企業が30%と先進国の24%を上回っており,中国への生産の一部移転を計画している企業は46%に達している。

以上のように日本企業は今回の円高に当たり,コスト削減を目指し,中国を含めたアジアでの生産拠点の拡大を図ることにより,一層のグローバリゼーションを進めようとしている。

2 アジアへの直接投資の増加とその影響

(現地経済への直接的効果)

世界経済の緊密化を可能にした輸送,通信手段の発達,更に近年における情報化の進展等にみられる技術進歩は,世界経済のボーダレス化を進め,必然的に多国籍企業の活動領域を広げている。

一般的に多国籍企業が途上国経済に与える影響は,その直接的効果として投下された資本による設備投資の増加,雇用の創出,多国籍企業のマーケティングカを利用した投資国及び第3国への輸出の拡大等が考えられる。

そこでアメリカ企業,日本企業が,東アジアの現地経済に与えた直接的な効果として,多国籍企業の製造業の輸出,雇用の規模をみることとする(調査対象としている企業の出資比率が米国企業は50%以上,日本企業は10%以上であること等の統計上の制約から日,米の比較をすることは適当でない)。アメリカ企業の場合(89年),NIEsでは,15.6万人の雇用を創出し,約119億ドル(全製品輸出の約5.4%)の輸出を行っている。アセアンでは13万人の雇用を創出し,約41億ドル(インドネシアを除く。同約15.1%)の輸出を行っている。日本企業の場合(90年度),NIEsで25万人の雇用を創出し,約87億ドル(同約3.6%)の輸出を行っている。アセアンでは,29.6万人の雇用を創出し,約47億ドル(同約10.8%)の輸出を行っている。特に電気機械の輸出に限ってみると,アメリカ企業がNIEsでは約15%,アセアン(タイ,インドネシアを除く)では約36%を占め,日本企業の場合,NIEsで約17%,アセアンでは約34%を占めている。このようにアセアンのエレクトロニクス輸出の約7割は,日,米の多国籍企業によるものとなっている。

特に,経済規模に比較して直接投資の増加が顕著なマレーシアについてみると,製造業に占める外資系企業の割合は,全売上げの42%,付加価値の39%,雇用の38%を占めるに至っている。

(技術移転と産業,貿易構造の変化)

多国籍企業の活動の拡大が間接的もしくは中長期的に投資受入国に及ぼす効果として,先進国の保有する先端的技術を導入する機会に恵まれることが挙げられる。多国籍企業の進出に伴う技術移転の形態としては,進出企業が操業するために自国等から輸入する設備機械,部品などに体化された形での技術移転(ハード面での技術移転)と技術提携や技術契約を通して,技術援助,経営ノウハウなどの形態での技術移転(ソフト面での技術移転)がある。例えば近年のマレーシアの技術契約件数をみると85年当時の96件から89年には198件へと倍増しており,また75年以降の累計では1,579件に達しているが,その49%が技術援助,ノウハウ供与の形態を採っている。業種別には,電気・電子工業,金属工業,化学工業で全体の42%を占め,これらの分野への技術導入が進んでいる。

アセアン諸国の80年代後半における経済発展は,眼を見張るものがあり,その産業構造,貿易構造は大きく変化している。GDPに占める製造業の比率と輸出に占める製品輸出の比率の推移をみると経済停滞に悩むフィリピンを除き,アセアン各国とも製造業の比率が上昇し,製品輸出比率の急速な高まりがみられる。こうした産業,貿易両面でのドラスティックな構造変化には,上でみたように多国籍企業が直接的,間接的に大きな役割を果たしている(第3-2-5図)。

3 サポーティングインダストリーの現状

東アジアに投下されたエレクトロニクス関連の直接投資の中では半導体等の電子部品生産が大きなシェアを占めているとみられる。同地域における電子部品の生産は近年急増しており,世界の輸出市場で重要な位置を占めるようになっている。

しかし,アセアンへのエレクトロニクス産業等の直接投資については,投資受入国に周辺産業が存在しないことから,当初は生産設備はもちろん部品も大半は投資国から輸入する形態が採られてきた。こうした投資国への依存が継続する場合には,投資受入国は,投資国への安価な中間財の供給のための生産拠点,もしくは第3国への輸出拠点に過ぎず,投資受入国におけるエレクトロニクス産業を中心とした関連産業の発展,更には産業全体の自律的発展には結びつきにくい。

そこでアジアに進出した電気機械関連の日本企業について,仕入れ先の動向や輸出先の動向をみてみると,現地の調達割合は,平成3年度で約44%となっている。海外からの調達をみると,日本からの調達割合は減少傾向にあるのに-対し,アジア域内からは着実に増加しており,投資国からの輸入に依存する垂直的な分業関係からの変化がみてとれる(第3-2-6図)。また,タイの半導体輸出額とその部品の輸入額をみると,年々その差は拡大してきており,タイで生産される付加価値の比率が高まってきていることがわかる(第3-2-7図)。更に輸出先についても日本向けに比べて他のアジア地域を始めとして多様化してきており,アジア域内での調達,販売面での相互依存関係が進展していることをうかがわせる。

こうした事例として,ある日本の電気メーカーでは,半導体の生産に当たって,93年からシンガポールを地域総括本部として,韓国,香港,台湾,マレーシアの生産,販売子会社をオンラインでネットワーク化し,生産,在庫,販売,受発注を一元管理することにより効率的な生産システムを構築することを目指している。同時にこのアジアにおけるネットワークは,半導体生産のグローバリゼーションの一環として同様なシステムがすでに稼働しているヨーロッパ,米国そして日本国内のシステムとも有機的に結ぶ計画となっている(第3-2-8図)。半導体の生産は既に世界的規模で相互に連関させながら運営されているが,そうしたグローバリゼーションの中で東アジアが一翼を担うに至ったことを示すものとみられる。

しかしながら,技術の定着という観点等からみて残された課題も少なくなく,今後の進展が期待される。

4 東アジアの経済発展をもたらした自由貿易体制

世界経済が停滞する中,東アジアは世界の成長センターといわれるほどに,経済的地位を拡大させつつある。アセアンの中でも急速な経済発展を遂げたタイ,マレーシアとNIEsをあわせてDAEs(DynamicAsianEconomies)という呼称も定着している。NIEsとアセアンをあわせた東アジア地域の輸出の世界の輸出に占めるシェアは,80年の6.5%から91年には11.5%へと拡大している。

東アジアのこうした輸出主導型の経済発展を可能にした第1の条件は,東アジア諸国自身が積極的に貿易,直接投資等の自由化を推進したことである。更に各国とも直接投資の流入を経済発展のための千載一遇の機会と捉え,参入規制分野の削減や税制面での優遇など積極的な外資政策を採るとともに,輸出比率に応じて,高い外国資本比率を認める等海外からの進出企業をテコに輸出の拡大を図ったことによる。

第2の条件はいうまでもなく国際的に自由な貿易と資本移動が基本的に維持されてきたことである。その,意味で近年の保護主義的措置の増加は今後の東アジアの発展にとって大きな懸念材料となっている。

仮に先進国において,保護貿易的な措置が導入されるならば,東アジアの経済発展は大きく阻害されることとなる。また,半導体の例にみられるように生産,輸出を通して東アジアの存在は,既に円滑な世界経済の運営に欠くことのできないものとなっている。先進国は保護貿易的な措置の導入が東アジアの経済に混乱をもたらすのみならず,それを通じて先進国自身の利益をも損ねることとなることを銘記すべきである。

他方,同時に東アジア諸国は単に自由貿易を主張するにとどまらず,今後,自国経済の一層の自由化を推進するとともに,発展段階の低い途上国への支援等に応分の負担を果たすべき時代に入りつつある。