平成4年

年次世界経済報告

世界経済の新たな協調と秩序に向けて

経済企画庁


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むすび

本報告書は,現下の世界経済を,「景気調整下の構造・メカニズムの調整」,「経済体制の変換」,「相互依存関係の再編」という3つの局面から分析した。

世界経済は,現在このような相互に関連した難しい課題に直面する中で,新しい世界経済秩序を模索しているが,ここではこのような課題を解決するための政策運営の視点とその内容を幾つかの観点から整理しつつ,その中で各国が果たすべき役割について述べることとする。

1 中長期的視点に立った政策展開

現在の世界経済の課題の一つは,構造調整や制度・メカニズムの再編を行うなかで,いかにして短期のコストを小さくしつつ,景気の速やかな回復を図り中長期的な持続的成長を達成するかである。現下の世界経済の景気の回復を遅らせている背景は,国によって幾つかの違いはあるものの,総じていえば80年代後半の高い投資を背景とした高成長の反動という内生的景気循環という側面に加えて,①80年代を通しての金融部門の資産内容の悪化や企業・家計部門の債務の増嵩というストック面でのインバランスが民間部門の雇用調整や投資調整を大きくしているばかりでなく,金融政策の実体経済への波及の程度を弱めていること(米国,日本),②財政赤字の高止まり,あるいは拡大によって裁量的財政政策の自由度が低下していること(米国,ヨーロッパ),③統一コストのインフレへの転化を小さくするためのマクロ政策が展開されていること(ドイツ),④経済・通貨同盟という新しい経済フレームの結成のために財政・金融政策両面から裁量政策が発動できなかったことに加え,9月以降通貨・金融面で混乱がみられること(EC)等といった構造的・制度的な理由によるものである。

このような状況のもとでは,景気回復を促進するためのマクロ政策(なかんずく財政政策)からの効果は,財政再建に成功した一部の国を除いては,多くを期待することはできない。マクロ政策の有効性を阻害する構造的・制度的な制約が存在しているからである。短期的効果にとらわれ過ぎたマクロ政策運営は,振れの大きいストップ・アンド・ゴーの弊害に陥り,かえって国民の利益に反するばかりでなく,世界経済全体の持続的成長を損なう可能性がある。

以上のような観点に立つならば,政策対応の優先度は現下の景気回復の遅れを単純な景気拡大政策によって性急に取り戻すのではなく,各国が有する固有の構造問題,あるいは80年代からの負の遺産の解決に最大限の努力を払うべきである。

2 EC経済・通貨統合の条件

市場経済のバランスを失した政策や市場経済の構造面の調整能力を越えるような大きなショックは,しばしば,市場の混乱や安定的なマクロ政策の運営を困難にする。この点は9月以降の欧州における通貨危機に象徴的に観察された。今回の通貨危機の要因は次のように整理できる。まず欧州各国は現下の景気調整下において,統合に向けて各国経済の基礎条件の足並みを揃えるべく努力をしていたが,このような構造面からの格差調整プロセスが完了していない状況の中で,生産性を大きく上回る賃金上昇という東独地域における市場のバランスを無視した措置を背景としたドイツ統一のコストという大きな外生的なショックがのしかかった。そして,このようなショックは,構造調整がいまだ完了していなかった経済的基礎条件の相対的に弱い国においては,固定的な性格をもつ為替レート・メカニズム(ERM)の枠組みのなかでは,吸収することができず,その矛盾が通貨・金融面での混乱となって表面化したのである。

今回の混乱をこのように,“景気調整過程”,“統一のコスト,“構造調整の未完成”,“固定為替制度の調整能力の限界”という観点から捉えるならば,今回の混乱をときほぐすためには次のような努力がなされなければならない。その1はドイツ統一のコストの他国への波及を極力小さくすることであり,そのためにはドイツが財政赤字の削減や東独地域をふくめた賃金の抑制によって統一コストの多くを自ら負担し,小さくすることである。そして第2は他の欧州諸国,なかんずく経済的基礎条件の改善が未だ十分でない国は,短期的にはコストを伴おうが,財政赤字削減等の構造改革を一層速やかに行うことである。

欧州各国の財政赤字は総じて90年代に入って再度拡大し,かつ今後の見通しは厳しい中で,歳入面での一層の努力と並んで,補助金,人件費を含めた歳出面での削減を通じてさらに小さい政府を目指さなければならない。第3は自国の生産性の上昇に見合った賃金上昇に甘受することである。生産性に大きな格差がある場合の賃金の平準化というドイツ統一時の過ちを他の欧州各国は二度と繰り返してはならない。この関連で80年代後半からは賃金-物価-生産性の関係が次第に正常になりつつあること,また賃金が労働市場の需給をより反映した関係で決定されるようになりつつあることは十分評価できよう。しかしながら,このようなこれまでの成果にもかかわらず,各国の経済的基礎条件の格差が依然として大きいことに鑑みれば,今後ともその格差縮小の努力が継続されなければならない。この観点からは,生産性の低い国や構造的失業率の高い国は,特に,労働市場の一層の流動化や雇用サービス・職業教育といった再就職促進的な労働政策の展開が要請される。

今回の欧州通貨危機は必ずしもEC経済・通貨統合の否定を意味するわけではない。事実,EC各国はERMのもとでドイツをアンカーとしてインフレや金利の低下を確実なものにするとともに,域内のヒト,モノ,カネの流れを活性化し,取引コストの低下や規模の経済性の発揮を実現してきた。にもかかわらず今回の通貨金融面の混乱が生じたのは基礎的経済条件の足並みがそろっていなかったことにあった。それゆえ,今後,各国の基礎的経済条件と見合った形での新しい域内固定為替レート制度の安定的維持が可能となり,その後の通貨統合が実現するためには,上で述べた構造面での一層の努力が行われなければならない。

3 米国における構造問題解決への一層の努力

米国においても多くの構造問題は依然として解決の兆しをみせていないばかりではなく,80年代の資産インフレとその後のデフレのなかで生じた新たな金融不均衡の問題が現在にいたるも完全には解決されていない。また,80年代後半において対外収支面で大きな成果をあげた国際収支構造についてもそれが完全に定着したという確信はもてない。この観点でまず何よりも取り組まなければならない米国にとっての最大の課題は,大幅な財政赤字の削減と産業競争力の強化であることはいうまでもない。前者については,平和の配当がある程度は期待できるものの,歳入・歳出両面からの先行きは必ずしも楽観視できない。

特に,歳入面については増税なき財政再建路線を再考する必要がある。また歳出面においては,ハード・コアである医療費の削減のために制度面の抜本的な改正を含めた対応が望まれる。また後者についてみれば,米国の生産性は経常収支不均衡が縮小した80年代後半においてもそれまでより上昇していない。競争力強化のためのマクロ・ミクロ両面からの政策対応が一層望まれる。そのためには,まず財政赤字の削減と並んで民間部門,なかんずく家計部門の貯蓄増強のためにあらゆる努力が結集されなければならない。そして,そのような資源を人的資本育成や公共投資を含む質の高い資本の蓄積に振り向けるためのメカニズムを早急に用意する必要がある。クリントン次期大統領は「国民最優先戦略」の中で,米国経済立て直しのため,競争力の強化と財政赤字削減に向けた経済戦略を打ち出しているが,そのための実効性ある政策を早急に具体化し,着実に推進していくことが望まれる。

また,金融面での負の遺産とその調整に関しては次のように整理することができる。第1に,80年代におけるバランス・シートの悪化はその後の調整プロセスにおいて景気回復の足枷や預金保険コスト増等を通じた財政赤字の拡大等のかなりの痛みを伴うものであった。第2は,これまで金融・企業・家計の各部門の合理的行動によってバランス・シートはある程度改善されてきているが,現在,その効果は各部門内の調整に吸収されている。各部門間で相乗的に景気の。復を導く段階にいたるまでにはいましばらくの時間が必要である。バランス・シート調整下においては,実体面でのゆっくりした歩みはいたしかたない調整方法である。このようなストック面での調整をなおざりにしたフロー面での安易な公的部門における支援は必ずどこがで歪みを生じるものと考えられる。

今回のバランス・シートの悪化という事態は,①金融自由化という金融市場の効率性を高めるプロセスにおいて,資産インフレ-デフレという状況が加わったこと,②消費促進的な税制を背景に過剰な消費・借入行動がみられたこと,③短期的な視野に基づいた企業経営行動があったこと等を背景に生じたものである。今後,こうした事態を再び発生させないためには,金融・企業・家計の各部門は,それぞれの経済行動をより健全かつより長期的視点に立ったものに変えていくことが期待されるとともに,そのような行動に導くような政策・制度面での対応が望まれる。

4 市場経済移行国の世界経済システムへの融合

以上のような,先進国経済の景気の調整,その下での構造調整,そしてECにおける経済・通貨統合という先進国の課題に加え,もう一つ困難な世界的課題は旧ソ連や中・東欧等の市場経済移行国をいかにスムーズに世界経済の中に組み入れるかである。旧計画経済の世界経済への融合のトップ・バッターとして登場した旧東ドイツは西ドイツとの統一にあたって,まず割高の為替レートを設定し,また西ドイツ並の賃金保証というスキームによって,一方においては高い需要を維持する反面,他方において競争力の低下を通じる低い供給という状況から出発した。その結果が東ドイツ地域における超過需要の一層の高まりであり,このギャップを埋めたのが西ドイツ地域からの膨大な財・資金の支えであった。しかし,このようなシナリオに基づいた融合へのプロセスがいかに困難で大きなコストを要するかは,すでにみた両ドイツの統一以来の現在に至る状況を見れば明らかである。

現在,世界経済は景気調整の過程にあり,このような旧計画経済を世界経済に組み入れるコストはとりあえずヨーロッパに限定されているが,早晩世界経済が需要面から順調に回復してくるならば,昨年度の本報告で取り上げた世界の貯蓄不足問題が今度は本格的に顕在化し,新たな世界経済の制約要因にならないとも限らない。

このような観点からも,まず先進国経済においては上で述べた各国の構造問題の早急な解決を通じた,高い貯蓄に支えられた高い成長を達成しうる基盤を早急に形成しなければならない。と同時に,市場経済移行国側においては,一層の自助努力と秩序立った市場経済づくりが期待される。

5 市場経済移行のための自助努力と秩序立った政策

市場経済移行国の改革のシナリオ,およびパフォーマンスはそれぞれの国の歴史的経緯,経済発展段階,対外関係等の違いもあり一概に論ずることはできない。まずシナリオについてみれば,中・東欧やソ連の市場経済への移行戦術は,まず需要サイドにおいては,1つに引き締め政策によって需要の抑制を図りつつ,2つには為替レートの切下げによって需要構成を外国財から国内財へとスイッチすること,他方,供給サイドにおいては価格自由化や貿易自由化を梃に,新しい価格体系のもとで成立する比較優位のある産業・貿易構造を再構築するというシナリオであった。一方,中国やベトナムの場合は社会主義経済の枠組みのなかでこれら経済の根幹であった農業部門からの漸進的な市場のインセンティブや経済特別区の導入などの開放・改革政策の推進であった。

またパフォーマンスについての状況も様々である。まず,中・東欧諸国については未だ満足できるようなレベルまでの完全な解決は見ていないが,それでも一部の国においてはほぼ制御可能なマクロ状況になっている。また,民営化を含む民間部門の育成は当初の期待よりも遅れてはいるが,それでも新しい価格体系をベースとした比較優位構造を反映した輸出品目が現れており,一連の改革は徐々にではあるが効果を発揮しつつある。また,中国やベトナムでは,今後多くの課題を有しつつも,比較的早い時期に実施された農業改革や地場の企業家をベースとした民間部門の支えもあり,改革はある程度の成果をあげている。一方,92年初頭の一挙価格自由化と安定化政策によって本格的にスタートした旧ソ連,なかんずくロシアの経済改革は,現在に至るも見るべき成果を発揮するに至っていない。

このように国によって改革の手順,成果は異なっているが,共通して言えることは,マクロ政策を成功に至らしめるための市場経済の骨格をなす経済的環境の整備が遅れがちであるという点である。様々な経済環境の整備なくして市場経済の安定性と持続的な成長は不可能である。以下,幾つかの視点から今後の改革の方向について述べることとする。

第1は,財政赤字削減は今後ともインフレ抑制のために最優先で取り組まなければならない課題であるが,それが成功するためには財政を支える租税構造が強靭でなければならない。市場経済移行国の弱点は,それまでの租税構造が国営企業(特に工業国営部門)に全面的に依存しており,民営化が進めば進むほど,あるいは国営企業の体質が脆弱になればなるほど,それまでの租税ベースは脆弱になるのである。それゆえ,改革の比較的早い段階で民間部門を含む国民経済の広い分野に広がった租税制度と効率的な徴税機構を整備する必要がある。

第2は,金融政策が有効に働くための環境という観点からみて,金融機関の秩序の確立のための工夫である。ハイパー・インフレ下での金融引き締めは,実質金利をプラスにするような高い金利を必要とすることはいうまでもない。

しかしながら,インフレの先行き不透明感が強い場合の過度に高い金利は,結果的にはリスクの高い経営を行う借り手に多くの資金が配分されたり,また資金の貸手側にそのようなリスクのある貸出を誘因する行動が働くことになる。

このような貸手と借り手の行動が相重なって,ついには安定的な金融秩序は維持できなくなり,マクロの安定化政策は失敗に帰する危険性がある。このような点を踏まえるならば,ハイパー・インフレの抑制にある程度の目処が見えるまでは金融部門の自由化には一定の歯止めが必要であろう。

第3は輸出指向型貿易構造への改革である。この点に関しては,まず,国内の価格自由化による新しい国内価格体系をさらに国際価格体系に近づけ,価格面から国内の競争条件の整備と促進を行うという観点から,貿易の自由化を改革の早い段階で行うことが重要である。この点でまず取り組むべき課題は,依然として残っている輸出・輸入両面での数量規制を早急に見直し,必要に応じ廃止することである。特に輸出については,外貨獲得のための輸出促進という観点からも関税を含む全ての規制政策は早急に廃止する必要がある。一方,輸入面については,まずは数量による規制体系を見直し,可能なものは関税を通ずる規制体系に早急に改めるとともに,関税体系とそのレベルについては,①輸出産業に不利にならないこと,②国内産業の採算可能性を完全には損なわないこと,③国内産業の海外からの競争を阻害しないことといった3つのバランスを考慮して決定されることが重要である。また,為替レートについては,まず第1にすでに一本化している公定為替レートのヤミレートとの縮小を一層図ることが重要であり,第2に為替レートの水準については,実質水準が過度に割高にならないように市場の需給を基本に決定されることが重要である。為替レートを物価安定の目的のために固定,ないし割高に維持することはハイパー・インフレの下では輸出競争力を損なうことを銘記すべきである。

第4は,以上のような需要面及び需要と供給をつなぐ経路に関する改革と並んで,あるいはそれ以上に重要な改革は,サプライサイド面自体の強化である。相対価格や貿易の自由化を通ずる外からの競争圧力の高まりがあっても,内なる供給構造が硬直的であったならば,安定的なマクロ・バランスの回復や持続的な成長は難しい。この点をこれまでのロシア等の市場経済移行国の経験から学んだ。この観点から早急に取り組む必要があるのは,まず第1に,契約をベースとした労働サービスの私的売買の場としての労働市場の一層の自由化と流動化である。このような労働面の改革は,財市場や金融市場の自由化以上に市場経済のワーキングにとって不可欠な要素である。第2は,このように改革された労働市場と相まって財市場の競争を高める前提条件としての企業間競争と企業内競争が不可欠であり,そのためには未だ硬直化している独占的企業構造の分割を含む生産・流通機構の再編成と,市場経済を支える人的資本としての企業家の育成を早期に実施していくことが何よりも重要である。

6 相互依存関係をベースとしたサプライサイドの強化と効率性の追求

以上述べたような先進国の構造問題解決や旧計画経済の経済体制変換に向けての努力は,短期的にはある程度のコストを伴うかもしれない。しかしながら,それは冷戦後の世界経済が中長期的に持続可能な成長を行っていくために必要なコストであると理解すると同時に,そのコストを最小限にする必要がある。その際重要な視点としては,まず第1に既に述べたようにサプライサイドの問題解決を早急に進めること,そしてそのスピードに見合った需要サイドの政策展開を行うことである。先進国経済も市場経済移行国もサプライサイド面の強化政策に最優先課題を置かなければならないという点では世界経済は共通の課題に直面しているのである。そして第2はこのようなサプライサイド面の世界的課題の解決にあたっては,一国市場経済という小さなマーケットで問題の解決を図るよりも,いくつかの市場経済を束ねたより大きなマーケットの中で解決する方がコストが小さいということである。

そのような観点から,今後とも,①貿易,投資,資本,技術の一層の自由化,②各国の比較優位の構造を最大限に発揮するような外に開かれた政策の推進,③規模の経済性をベースとした動学的効率性の追求が行われなければならない。

現在さまざまな国・地域でその努力が行われている。すでに述べたEC統合については通貨・金融面での混乱や当面の緊縮的マクロ政策(なかんずく財政赤字と政府債務残高の削減)によるいわゆる“安定化不況”を強調するむきもあり,そのようなコストは短期的には否定できないが,93年1月の「市場統合」をバネに域内のヒト,モノ,カネの流動性を高めつつ,上で述べたような努力を関係各国が図っていくならばEC統合の安定性は中長期的に維持されよう。

次に,世界の経済発展の核である東アジアで進行中の相互依存関係をベースとした経済のダイナミズムは,お互いが供給の創出者でありかつ需要の吸収者となって動学的に発展していくメカニズムを内包しており,そのエンジンは今後とも維持されよう。

また,北米地域においてはこのところ水平分業型の貿易構造が定着化しつつある。

7 グローバリズムに反しない地域経済圏

しかしながら,冷戦後の世界経済秩序の再編のなかで一層進行しつつあるこのような地域統合や自由貿易圏については懸念材料がないわけではない。ここで問題となるのは,これらの動きが,戦後の自由主義体制を支えてきた理念であるグローバリズムに基づく自由貿易体制の推進という理念に反しないか否かという点である。まず強調すべき点は,これらの地域統合や自由貿易圏は,戦前にみられた軍事力に支えられた垂直分業型のブロック化とは全く異なるものであることである。最近の地域統合・自由貿易圏の高まりは個々のグループ形成の強弱,背景,狙いは様々であるが,非軍事的・非イデオロギー的であることはいうまでもなく,水平分業型の経済的結び付きを基本としている。その意味で,これら地域経済圏の推進は,一回限りの取引コストの軽減や生産効率の向上という静学的な観点だけではなく,すでに述べたとおり国境を越えて市場を拡大し時間を通ずる規模の経済性を追求するという動学的経済合理性が底流にあることを理解する必要があろう。また,GATT体制のもとで必ずしもスムーズな進展をみない多角的貿易交渉の遅れを,範囲が限定されているとはいえ,補完するという点も無視しえない。

にもかかわらず,同一グループ内の関税面・非関税面での貿易障壁の低下によって,域外国にとっての障壁は相対的に高まることとなる。そして,そのような障壁の高まりによる貿易転換効果が規模の経済性の高まりを背景とした貿易創造効果を上回るならば(マクロ的には上回らなくても,いくっかの特定国ないしは特定地域について上回るならば),GATTの精神であるグローバリズムに基づく自由貿易の理念と相反することとなる。現在のところECやNAFTA(北米自由貿易協定)がGATTに照らし排他的な側面を持つが明らかになっていないが,世界経済の回復が十分でない現在の状況のもとではががる懸念が強まることも否定できず,今後ともこのような地域主義の潮流をグローバリズムに止揚させる視点が求められている。このため,閉じられたブロツク化を抑止する観点から,例えば,アジア太平洋経済協力(APEC)閣僚会議をベースとした「開かれた地域協力」を一層推進することが望まれる。このような点を踏まえるならば,現在雁行的な経済構造関係のもとで動学的比較優位の構造をダイナミックに発揮している東アジア地域は今後閉鎖的な統合を目指す方向に進むべきではなく,これら地域内,および地域外との貿易・投資・資本・技術面での一層の相互依存関係を深めるとの観点から,各国は自由化の一層の推進や産業調整を積極的に進めていくことが重要である。さらに,このような外に開かれた地域協力を推進していくためにも,GATTの監視機能を強化し地域的な結びつきがブロック化するリスクを回避するとともに,現在進められているウルグアイ・ラウンドを成功に導くことが何よりも重要である。

8 新たな国際協調にむけて

戦後の東西冷戦体制が幕を閉じ,世界は21世紀に向かって市場経済による新たな統合と協調の時代を迎えようとしている。しかし,多くの課題を抱えた,いわば未完成交響曲といえる。多様な市場経済システム中で,異なる言語,文化,歴史の違いを融合しつつ,「景気」,「構造」,「体制」,「統合」という重層的に重なりあう課題を解決していかなければならない。しかも,このような困難な課題の解決は,これまでの東西緊張関係のなかでの特定国のリーダーシップとは違った多数国の協調のなかで解決されなければならない。その場合,何よりも重要な点は,一国の利益と国際的な利益の調和を図るような政策の展開という観点である。自国の利益のみを優先させ,調整や再編に伴うコストを他国に輸出する近隣窮乏化的解決策は,結果的には世界経済がゼロサムの競争に陥る危険性をはらんでいるということを共通の認識とすべきである。例えば,統一のコストは可能な限り自国の負担によって吸収すべきであり,財政赤字のコストは高金利や為替面を通じて世界に輸出すべきでなく,当該国の財政再建によって解決すべきである。また,地域統合のコストは保護主義によって域外国に輸出すべきではなく,競争を通じたプラス・サムによって推進されなければならない。また,一国の産業調整は内向きの政策によってではなく,一層の自由化によって促進されなければならない。

このような視点を踏まえて,日本としては,まず,現在の景気調整過程を抜け出しインフレなき内需中心の成長軌道に移行することが重要である。また,一層の市場アクセスの改善に努める等により,外に開かれた透明な市場経済システムの形成を図っていく努力を一層進めなければならない。そして,更に進んで,より高いレベルの経済発展を目指した経済建設を進める国々や,市場経済システムへの移行を進める諸国に対して,それぞれが真に必要とする人づくり,制度づくりを含む経済社会基盤の整備への協力を質・量の両面で充実させることが求められる。このような努力のうえに,市場経済による世界経済の統合と協調に向けた新たなフレームワークやゲームのルール作りに積極的にリーダーシップをとっていくことが重要である。21世紀に向けて,日本は,世界の新たな経済社会の秩序づくり,いわば未完成交響曲の第3楽章以降の作曲に責任をもって参画しなければならない。


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