平成4年

年次世界経済報告

世界経済の新たな協調と秩序に向けて

経済企画庁


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第2章 景気調整下の先進国の構造問題

第4節 ヨーロッパの失業問題

1 深刻化する各国の失業問題

90年代に入り世界経済が停滞するなかで,先進国では,再び失業率の上昇,失業者の増加が続くなど雇用情勢が急速に悪化している。失業の増加は,消費の回復を鈍らせ,社会的不安を生じさせるなど,各国の経済・社会に深刻な影響を与えている。

長期的に主要先進国の失業率の推移をみてみると,各国とも総じて第1次,第2次オイル・ショック後から高まりをみせている。OECD諸国平均でみると,70年代前半には3%台であったものが,70年代後半5%台,80年代前半には8%台(ピークは83年8.6%)となった。その後,80年代末には6%台まで低下したものの,91年には7.1%と上昇し,92年には7.5%になるものと予想されている。またOECD諸国全体の失業者数は,80年代平均の2,700万人から91年には2,800万人と増加し,92年には約3,000万人と著しい増加が予想されている。

これを第2-4-1表から地域別にみてみると,日本及びEFTA(ヨーロッパ自由貿易連合)諸国では比較的低水準で推移しており,北米では80年代前半をピークに上昇した後,80年代後半には低下がみられるのに比べ,西ヨーロッパ,特にEC諸国では第1次オイル・ショック後趨勢的に上昇を続け,80年代には2桁台の失業率を記録する国もみられる状況である(91年8.8%)。最近におけるヨーロッパ主要国の状況は,イギリスでは91年8.1%の後,92年4~6月期9.5%と2年以上にわたり急激に上昇しており,フランスでは91年9.4%の後,92年4~6月期10.1%と過去最高の水準に達しつつある。また,ドイツでも91年6.3%,92年4~6月期6.5%と高まりがみられ,イタリアでは92年4月11.0%と厳しい状況が続いている。

このように,90年以降の景気停滞期の中で,ヨーロッパ主要国の失業率は一段と高まったが,中長期的には70年代央以降趨勢的に上昇してきている傾向が見られる。本節では,先進国,なかんづくヨーロッパ諸国の失業増加の背後に存在する構造的問題点を検討することとする。

2 労働力市場の需給の変化

ここでは労働力供給である労働力人口と実現された労働力需要である就業人口の変化の特色を探り,また失業率との関係を検討する。

(伸び悩みをみせる労働力人口)

ヨーロッパ主要国の労働力人口(軍人を除くベース,以下同じ。)の伸びをみると,各国とも総じて70年代後半にピークを迎えた後,横ばい又は低下を示している(付表2-8)。85~90年には,ドイツ,イタリアでそれぞれ年平均1.0%,同0.9%の伸びをみせたが,フランス,イギリスでは同0.4%,同0.5%と低い伸びとなっている。一方アメリカでは,70代に2%台の伸びを示した後,増勢が鈍化したが,85~90年には,年平均1.6%の伸びとなっている。日本では60年代以降1%前後で推移した後,85~90年には,同1.4%の伸びを示している。このようにヨーロッパ主要国における労働力人口の伸びは,日・米に比べ常に低い水準で推移してきたことがわかる。

労働力人口の変動を生産年齢人口と労働力率に分解してみると,70,80年代のヨーロッパの労働力人口の伸びには,労働力率よりも生産年齢人口の方がより大きく寄与していることがわかる(第2-4-2表)。しかし一方で,生産年齢人口の寄与度が70年代以降ドイツ,フランス,イタリアで年平均0.6~0.8%,イギリスで同0.2~0.3%と比較的安定的に推移したのに比べ,労働力率の寄与は各国において様々に変化していることは特徴的である。ドイツでは60,70年代を通してマイナスに寄与した後,80年代はプラスに転じており,フランスでは80年代にマイナスの寄与を示している。イタリア,イギリスでは70,80年代を通してプラスに寄与しているものの,同時期のアメリカと比較すると労働力率の寄与は極めて低いものとなっている。なお,91年には,景気後退の影響もあり,イギリス,アメリカではマイナスに寄与している。

(就業意欲喪失効果)

第2-4-1図は,80年以降の労働力率と失業率の推移を単純に比較したものであるが,各国とも労働力率が低下した80年代前半では失業率の上昇がみられる。一方,80年代後半に労働力率が上昇に転じたドイツ,イギリスでは失業率は高い水準ながらも低下している。しかし,同時期に労働力率に変化のみられなかったフランスでは,失業率は高止まっている。なお,イタリアにおいては同時期に労働力率は上昇しているものの,労働力率自体低い水準であり,失業率は高止まっている。

このように,総じていえば失業率の高まり(低下)が労働力率を低下(上昇)させるという因果関係(就業意欲喪失効果(Discouraged worker effect))が読み取れる。これを男女別にみてみると,男性の労働力率は趨勢的に低下し,女性の労働力率は趨勢的に上昇しているが,労働力率の変動には失業率の変動の影響がみられる。すなわち,80年代後半の景気拡大期には,80年代前半に比べて男性の労働力率の低下幅は縮小しており,女性の労働力率の上昇幅は拡大している。

労働力率の変化を年齢別にみると,総じて各国とも男性では高齢層(55歳以上)で低下しており,女性では中間層(25歳以上55歳未満)における上昇が顕著である。特にフランスでは,高齢層の労働力率の低下は20%以上にも達しているのに加え,他の3国ではみられない女子若年層(25歳未満)での低下は特徴的である(第2-4-3表)。

このような労働力率の推移には,後でみるような女子労働力の吸収度の高い第3次産業の拡大と男子労働力のウェイトの高い第2次産業の縮小といった産業構造の変化が大きく影響しているほか,各国で採られた早期退職政策が男子高齢者層の労働力率を低下させているのに加え,男女ともに進学率の高まりから若年層の労働力市場への参入が減少してきていることが指摘できる。

(ヨーロッパにおける第2次産業部門の労働需要の低下)

次に,労働力需要である就業人口の推移をみてみる。日・米においてはおおむね労働力人口の伸びと同水準で推移しているのに比べ,ヨーロッパ各国では全体的に低い労働力人口の伸びを更に下回って推移している。なお,ドイツでは80年代後半以降就業人口の伸びは比較的好調であるのに比べ,イギリスでは景気拡大の影響から80年代後半には好調な就業人口の伸びがみられたものの,90年以降の景気後退局面を迎えると逆に急激に低下している(付表2-8)。

これを産業別にみると,いずれの国でも第3次産業での趨勢的な増加と第1次産業での減少が認められるが,第2次産業については,日・米では比較的堅調に推移しているのに比べ,ヨーロッパ主要国においては趨勢的に減少している(第2-4-2図)。ドイツ,イギリスでは70年以降滅少を続け,フランス,イタリアでは80年代に入り急激に減少している。なお,80年代後半には各国とも総じて下げ止まりがみられるものの,イギリスでは90年以降,再び減少に転じている。

このような第2次産業における雇用の縮減は,ヨーロッパ諸国の当該産業における相対的な競争力の低さから必然的に生したものであると考えられる。景気が拡大した80年代後半においても,ドイツを除いて,各国の第2次産業の就業者数に増加はみられていない。また,90年以降のイギリスにおける景気後退期の雇用減は,第2次産業等の相対的に賃金水準の高い部門で比較的大きい。他方,相対的に賃金水準の低い流通業・ホテル業等での削減はみられていないが,これらの産業においては,労働者に占めるパートタイマーの比重は大きいものとなっている(第2-4-3図)。

(ヨーロッパにおける製造業部門の低い雇用調整速度)

この間に,製造業部門において生産量の変動に対する雇用調整の程度には変化は生じているであろうか。

第2-4-4図は,各国の製造業における雇用調整規模(生産量の変化率に対する雇用者の変化率)と雇用調整速度を示したものである。これによると,アメリカでは,レイオフ制の普及等の影響から,従来から短期的な調整規模,速度ともに大きい一方で,ヨーロッパ主要国では,第1次オイルショックによる景気停滞期を迎えた70年代後半においては総じて短期的な調整規模,速度は小さいものとなっている。80年代に入ると,イギリスでやや高まりがみられるが,フランスでは低い水準が続いている。なお,長期的な調整規模についてみてみると,ヨーロッパ各国ではいずれも高い水準となっている。

フランス及び70年代のイギリスにみられる小さな雇用調整速度は,一旦生産量の低下が生じても直ちには雇用削減につながらないことを意味するが,この要因として,70年代においては労働組合の発言力が強かったことが,さらにフランスでは比較優位を失いつつある産業に対する政府の保護政策が影響していると考えられる。このため,長期的に先端産業等への職種転換の対応や産業のリストラクチャリングが遅れ,第2次産業における雇用が減少する結果となった。

(低下するサービス産業の雇用吸収力)

第3次産業における就業者の増加が堅調に続いてきたことは上でみたとおりであり,過去においては,景気後退期を迎えても,第3次産業,特に金融・保険,不動産,公的及び個人サービス部門での就業者の伸びが,全体での就業者数の滅少を幾分緩和してきた傾向があった。しかしながら,今回の景気低迷期においては,このようなサービス産業における景気循環的な影響を受けにくいとされていた部門でも就業者数の伸び悩みないしは滅少が,一部の国において目立った(付表2-9)。この傾向は,労働形態別の就業者数の動向にも現れている。所謂ブルー・カラー労働者の減少は,過去の景気後退期と比較してもあまり大きな変化は認められない一方で,ホワイト・カラー労働者は減少若しくは著しく伸びが鈍化しており,今回の景気停滞期における就業者数の減少に大きく影響している。

この背景としては,80年代後半の景気拡大期に,金融の自由化,規制緩和等により,金融,不動産サービスが急速に成長を遂げたものの,その中で,経営基盤の不安定な零細ものも多く,景気低迷の影響を受けやすかったと言える。

3 失業にみる構造的特徴

以上のような労働力市場の需給関係並びに産業構造の変化に伴い,ヨーロッパ諸国の失業率は全体的に上昇してきたが,年齢階層,性別,地域などにおける失業率の格差は特徴的である。

(高止まりする若年層と高齢層の失業)

まず年齢別の特徴をみてみると,第2-4-5図に示すように,若年層の失業率が70年代央以降恒常的に増加しており,80年代後半には高水準で推移した点がまず指摘できる。比較的低かったドイツにおいても80年代に入り急増し,現在10%前後で高止まっている。このように,ヨーロッパ諸国で若年労働者の失業率が高い原因としては,一つに,ヨーロッパ諸国は総じて,初任給,最低賃金,非賃金労働コストの水準が高く,企業者の新卒者採用に対するインセンティブがあまり高くないことが指摘できる。90年における大卒男子(事務系)初年度給料額をみると,概して日本に比べ高く,また,社会保障負担などの非賃金労働コストは,フランス,イタリアで高いものとなっている(第2-4-4表)。この点から,企業には,新卒者を採用するより,固定労働コストが低くてすむパート・タイマーの採用で振り替えたり,既採用の雇用者を維持するなどの意志が働いているものと思われる。上でみたヨーロッパ各国の短期的な雇用調整速度の相対的な低さも,この点を反映しているものと思われる。また労働組合の圧力や,イギリスにみられたようなクローズドショップ制などの採用・解雇に関する制限的慣行なども,企業の雇用態度を慎重化させたと考えられる。

次に,同図からは総じて80年以降,高齢層の失業率が高まりをみせていることがうかがえる。高齢層の失業率は,若年層のそれには及ばないものの,特にドイツ,フランス,イギリスでは80年代前半に急上昇している。前述のとおり,各国では,第1次オイルショック後若年層を中心に失業率が高まりをみせたが,このような状況にある若年層の雇用促進の観点から,各国では70年代央から,高齢者を対象とした早期退職制度の推進が行われた。しかしながら,引き続く第2次オイルショックは企業に更にコスト削減の圧力を与え,早期退職の進行による高齢層労働者の労働力市場からの退出(労働力率の低下)を促したものの,一方において,若年層及び高齢層の採用に対して更に慎重化させることとなった。

(長期失業者の急増)

また,こういった若年層の失業問題は,それが短期間の失業に止まるものではなく,失業期間が1年を越えるいわゆる長期失業の問題を派生している。全失業者に占める長期失業者の割合をみると,ドイツ,フランスでは80年代初めにはいずれも30%前後であったものが,その後急増して80年代央以降は45~50%台で高止まりしており,低下する兆しをみせていない。また,以前から長期失業者の割合が高い水準にあったイタリア(80年初約50%)では増加の勢いは衰えず,80年代末には70%に達している。若年で失業すると,職業技能の習得がより困難となり,それゆえその後もなかなか就業できないといったことは長期失業増加の要因の一つではあるが,その他に,一定の技能を有する者もいったん失業してしまうと,十分な職業訓練を与えられない限り,技術の進展に対応しきれなくなるため,企業側が求める技能とのミスマッチを生じやすいといった問題や,失業の状態に長期に甘んじさせるような失業給付等の社会制度の問題も長期失業の増加に大きな影響を与えていると考えられる。これらの問題については後で触れることとする。

(女性失業者の増加)

もう一つの特徴としては,女性失業者が増加してきていることが指摘できる。ドイツ,フランス,イタリアでは,70年代央若しくは80年代に入り男性のそれを上回って推移してきており,それぞれ80年代央には,9.5%,13.4%,18.8%を記録している。女性労働者の労働市場への参入は上でみたように,第3次産業の拡大とともに高まりをみせてきた。これは,学歴の向上や女性の社会参加意欲が高まってきたことが主な要因と考えられるが,これらの国では女性の労働力市場への参入の度合いは比較的低く,女性の失業率も高い水準にある傾向がみられる。技能を有していても出産,家庭の事情等でフルタイム労働に対する意欲がありながらやむなくパートタイム労働に従事していたり,いまだに多くの女性が労働力市場の外にいるなどといった問題や,職業訓練を受ける機会に恵まれないといった社会制度面での問題も未だ存在しており,これは労働力の有効活用,流動化の観点から解決されなければならない点であると言える。

(依然として残る失業率の地域的格差)

また,最後に,地域間における失業率の格差が依然として根強く残されている点が指摘できる。イタリアにおける南北格差は依然深刻である。北部地方における失業率は5%台と比較的低く,特に同地方の男性の失業率は2%前後とほぼ完全雇用に近い状況であるのに対し,南部地方における失業率は約20%に達しており,特に同地方の若年労働者はほぼ2名に1人が常に失業状態であり,またその格差は80年代を通して拡大傾向にある。また,上でみてきたように,今回の景気低迷期におけるサービス産業での失業の増加や,ホワイト・カラー労働者の失業の増加は従来から失業率の低かった都市部の失業率を押し上げ,地域間における格差を縮小させる要因となっているが,一方で,従来から失業率の高い地域における失業率は一向に低下していない。この点について,イギリスを例にとると,首都機能の存在する南東イングランド地方の失業率は,第2次オイルショックによる景気後退期においても4%台の低率であったものが,今回の景気後退期においては8%台にまで上昇し,従来から高失業であった北アイルランド地方との格差は8%から6%台に縮小している。その一方でこれら高失業地域の失業率は前回の後退期に比べ更に1~2%上昇しているのである。これは,失業率の地域的格差がヨーロッパにおいてはかなり固定化しており,高失業地域から低失業地域への労働者の移動がスムーズに行われていないことや,地域の産業構造が柔軟に変化しにくいことを反映していると言える。

4 失業と賃金の関係

(改善のみられる賃金の硬直性)

以上みたような失業の高まり等の雇用状況の悪化は,賃金決定が伸縮的であるならば,労働市場での調整を経ていずれは雇用の高まりをもたらし,失業率の低下をもたらすことが考えられる。しかしながら,これまでしばしば指摘されているように,高い失業率にも関わらず賃金決定パターンが硬直的であるならば,高い失業率と高い賃金上昇率が併存し雇用情勢の改善は期待できない。

ここでは,80年代以降の総じて高かった失業率の中で賃金の硬直性はどの程度改善してきたか,また国別の賃金上昇率の違いはどのような要因によって左右されているのかをフィリップス曲線を念頭において検討する。

第2-4-6図はドイツ,フランス,イギリス,イタリア及びアメリカにおける生産性上昇率で修正したフィリップス曲線(生産性上昇率で修正した賃金上昇率と失業率との関係)をみたものである。これをみると,次のような特徴をあげることができる。

    ①第2次オイルショック直後の80年代初めまでは,いずれの国も失業率が上昇する中で,総じて賃金上昇率も高まっており,フィリップス曲線の上方へのシフトがみられる。ドイツ以外の国では賃金上昇率が生産性上昇率を10%以上超えており,典型的なスタグフレーションの状態にあったといえる。他方,ドイツでは,労使間の交渉が協調的に進められたことを反映して,生産性を超える賃金の上昇を比較的低い水準に抑えることに成功している。

    ②次に,81年から82年のアメリカ,80年代央にかけてのヨーロッパ各国では,失業率が上昇する一方で,賃金上昇率は急速に低下しており,通常見られる右下がりのフィリップス曲線が観察される。この間,各国ともインフレ抑制を主眼とした政策運営をとっているが,10%前後の高い失業率というコストを払いつつ,賃金の上昇を抑えてきたといえる。

    ③その後の80年代後半(アメリカでは83年以降)の景気拡大局面においては,イタリアを除いて,失業率を低下させながらも,賃金の上昇はそれほど高まっておらず,フィリップス曲線は80年代前半に比べて下方(時計回り)にシフトするとともに,その傾きは緩やかになっている。これは,80年代に進められたインフレ,賃金抑制の政策によりインフレ率が低い水準で推移し,これを反映して期待インフレ率が低下したためと考えられる。他方,イタリアでは,89年まで失業率の上昇が続いた後,90年から91年にかけて失業率が低下する一方で賃金上昇率が再び高まっており,フィリップス曲線の下方シフトは認められず,逆時計回りとなって傾きも急なままである。この背景としては,賃金の物価スライド制(スカラ・モビレ)の存在が考えられ,85年に制度の見直しが行われたものの,期待インフレ率がなかなか低下せず,硬直的な賃金決定が続いたことがあげられる。

    ④91年の賃金上昇率の水準を比較すると,アメリカ,フランスでは生産性を上回る賃金上昇部分は3%前後の低い水準にあるのに対し,イタリア,イギリスでは依然として10%前後の高い水準となっている。また,ドイツにおいては90年代に入り,それまでの極めて低い水準から4%前後の水準まで高まっている。

このように,フランスでは生産性をより反映した賃金の決定が行われるようになりりつある。このため,大幅な賃金上昇をもたらすことなく,労働需給の調整が行われる条件が整いつつあるといえる。しかし,イタリア,イギリスでは,80年代初めに比べると改善しているものの,依然として賃金上昇は生産性の上昇を大きく上回っている。イギリスでは,職能別組合での賃上げ交渉にみられる2~3年の労働協約期間が賃金の伸縮性を鈍くしており,一層の構造改

(参考) フィリップス曲線

フィリップス曲線は賃金上昇率と失業率の関係を示す曲線であり,通常は右下がりの関係が想定される。しかしながら成長経済においては生産性の上昇は労働への対価となって賃金に反映されるから想定されるフイリップス曲線は次のような関係式でなければならならない。

W= C+ PRO+ f(UR)

ここでWは名目賃金上昇率,PROは生産性上昇率,URは失業率である。なおCはシフト・パラメータであり,理論的には期待インフレ率や,長期間の労働協約,低生産性部門でも他部門並みの賃金決定がみられること等の賃金の硬直性をもたらす構造要因がこれにあたる。

本文の第2-4-6図はこの関係式を念頭において名目賃金上昇率から生産性上昇率を引いた値(能率賃金上昇率)を縦軸に,失業率を横軸として両者の関係をみたものである。

この相関図より,能率賃金と失業率はある期間の中では総じて右下がりとなっており,その右下がり曲線が上下にシフトしていることがうかがえる。ここではこのようなシフトを期待インフレ率や構造要因のシフトとして捉えている。

革が必要である。また,ドイツでも,いったん下方にシフトしたフィリップス曲線は,統一ブームの中で80年代初期のレベルにまで上方シフトし,統一後も賃上げ圧力が高まっていることに注意する必要がある。この背景には,全国レベルでの産業別賃金交渉は,それが協調的に行われているときには有効的に作用していたが,90年以降の統一ブーム下では全国的な賃上げ圧力となっており,個々の企業の生産性を反映しない賃上げに繋がっているという面もある。

5 構造的失業の増加

以上のような良好な賃金決定パターンへの変化にもかかわらず,失業率は相変わらず高止まりしている。ここでは,高い失業率の背後のある摩擦的失業等を検討することにより,構造的失業について立ち入ることとする。

(摩擦的失業の高まり)

労働力市場は,財貨と比べ供給面における弾力性に乏しい。必要とされるべき労働力は需要の変化にともない,質量ともにかなりの変化をみせるのに対して,供給される労働力は急速には変化しにくく,調整しきれない部分が発生しうる。これが一方で未充足の労働需要が存在しつつも,これに供給側の労働力が結びつかない需給ミスマッチの摩擦的失業が存在する理由である。

第2-4-7図は,各国の失業と未充足求人の相関関係(ベバリッジ曲線)を示したものである。両者はそれぞれの国の定義に基づいた失業と未充足求人データであり,厳密な横並びの比較はできないが,ベバリッジ曲線は労働力の需給ミスマッチの目安とされている。失業と未充足求人は逆相関の動きを示すが,この曲線とグラフ上の45度線が交わる点が労働需給が均衡している状態であり,この時の失業率が均衡状態においても調整しきれないいわゆる摩擦的失業と言われる。即ち,ベバリッジ曲線が右上方ヘシフトすればするほど需給ミスマッチの度合いが高まっていると想定されるのである。ヨーロッパ各国のベバリッジ曲線をみてみると,70年以降では曲線はほとんど45度線の下方にあり,常に労働力の供給超過の状態にあったことがわかる。イギリスでは景気後退期を経過するごとに曲線が右上方ヘシフトし,景気拡大期を迎えても元の曲線に戻っておらず,ミスマッチの度合いが高まり摩擦的失業が増加していることがわかる。なお,86年以降やや元の曲線へ戻る動きがみられるが,これは80年代後半から若年者訓練計画に基づき,若年失業者に対して資格の得られる訓練機会を提供し,手当を支給することにより,若年者のミスマッチ失業を抑えたことによるものと思われる。一方,ドイツ,フランスでは,イギリスほど明確な未充足求人の高まりはみられないが,未充足求人が横ばい又は僅かな伸びをみせた後に,ベバリッジ曲線は元の曲線から少しづつ右方向ヘシフトしており,80年代以降,ややミスマッチの度合いが高まっていることがわかる。80年代後半の景気拡大期においては,未充足求人の比率を高めつつ失業率は低下しているが,元の曲線に戻る動きをみせていない。

この要因としては,技術革新が進展して転職が容易でなくなったこと,職種間の流動性が十分でないこと,持ち家の増加や地方政府の住民定着化政策により地域間の流動性が十分でなくなったこと,未熟練の若年労働力や女子労働力が増加したことなどがあげられる。

第2-4-5表は,企業が新たに労働者を雇用するにあたって障害となる事項について,EC委員会が行ったアンケート調査結果である。これをみると,需要の見通し,非賃金労働コストの負担とともに現状における熟練労働者不足は,企業の新規雇用意欲を消極化させる大きな要因となっていることがわかる。供給側にある労働者の質を向上させ,需要側の求める姿にマッチさせるためにも,求職者に対する技能教育はもとより,企業内教育の充実や女子労働者並びに無資格労働者に対する職業教育の充実が必要とされる。同じくEC委員会が実施した別のアンケート調査をみると,実際に失業している労働者の多くは職業に有用な資格を有しない者であるが,資格を有していながら失業している者も約半数に達している(第2-4-6表)。また,職業訓練を受けている割合をみると,失業中の者は,就業中の者に比べ圧倒的に劣位に置かれていることがわかる。失業者に対する適切な職業訓練は,失業の長期化を防止する観点からも重要である。

また,これに加え,求人・求職の情報体制や斡旋機能が十分でないことも指摘できる。職業訓練制度の充実に加え,この点についても先進国といえるスウェーデンでは,70年代末以降においてベバリッジ曲線は左下方ヘシフトしており,景気の拡大を経るたびにミスマッチが解消されてきていることは注目に値する。

(労働のインセンティブを低下させる社会的要因)

また一方で,この構造的失業の増加を支えているものには,労働力供給側の労働へのインセンティブを低下させる社会的要因も存在していると考えられる。このような労働者の自発的失業を発生させる要因としては,①失業給付などの社会保障制度の拡充が,求職活動の長期化を促したこと,②女性労働力の増加が現実の労働需要内容との不一致を拡大させたことなどが考えられる。

第2-4-7表は,各国の失業給付の労働報酬に対する割合を示したものである。ヨーロッパ諸国では徐々にその割合が抑えられつつあるが,未だに日・米と比較しても高い水準にある。また,失業給付に対する非課税措置もこれらの国では採られており,こういった要因が失業者の労働インセンティブを阻害していると言えよう。

OECDの行った失業理由別失業者数調査の結果をみると,女性労働者の場合,雇用契約期間の終了が大きなウエイトを占めている(第2-4-8表)。比較的雇用期間の短いパートタイマーは,職探しに対して柔軟に対応できる反面,失業を多く生み出す傾向がみてとれる。一方で,EC委員会の行ったアンケート調査によると,こういった女性を中心としたパートタイマー労働者も,その4割近くがフルタイム労働に就きたいという意欲を持っている(第2-4-9表)。女性の場合,出産,家事等により離職した後の職場復帰が困難であるとか,雇用期間が比較的短期間であるために充実した職業訓練が受けられないといった理由から,資格を有しながらもやむなくパートタイム労働に従事するといったケースも多くみられる。このように,女性の労働市場参入の増加に伴い,女性労働者に対する労働施策の充実が求められている。

(遅れている労働力流動化対策)

各国の労働政策に係る財政支出の状況を政策プログラム別にみてみると,主要国においては,総じて失業給付,早期退職プログラムといった所得保障的支出のウエイトが高く,雇用斡旋サービス,職業訓練プログラム等労働力の流動化を促す行動プログラムへの対応は遅れていると言える(第2-4-10表)。また,フランスでは,早期退職フ冶グラムに対する支出が財政支出上の大きなウエイトを占めている。行動プログラムの活用により失業率を低く抑えることに成功しているスウェーデンでは,雇用斡旋サービス,職業訓練等に対する財政支出も大きい。

(構造的失業の高まり)

以上のような構造的,社会的要因を背景に,ヨーロッパの構造的失業率(景気循環では説明のできない失業率)はどの程度上昇しているのであろうか。稼働率を説明変数とする失業率関数から各国の構造的失業率を推計すると,第2-4-11表のとおりとなった。ヨーロッパ諸国では,総じて70年代後半以降,構造的失業率の上昇がみられる。また現実の失業率との関係でみると,70年代前半にはおおむね両者は同水準に抑えられていたが,70年代後半以降,80年代前半の低成長期を経て,構造的失業が高まるとともに,循環的失業の振幅も大きくなってきている。構造的失業については,以上でみてきたように,産業構造の変化に伴う労働市場の変化と,それに対する有効な労働政策の欠如がこれを高めたと考えられる。

6 失業の増加の影響とその対応

(財政的負担の増加)

各国の労働政策に係る財政支出は近年増加している。また,1人当たりGDP比でみた失業者1人当たりの支出額も,長期失業者の増加に伴い,80年代初以降急激に増加している。

一方で,各国は80年代初め以降,緊縮的財政政策をすすめており,EC統合の観点からも今後も安易に拡張的支出を行うことはできない。このような状況のもと,労働政策にかかわる財政支出の増加は,各国の財政を圧迫している。

スウェーデンでは,労働政策が有効に活用され,失業率を低く抑えることに成功している反面で社会保障関係費の増大を主因に,財政赤字が拡大してきているといった問題点を抱えている。

また,失業給付や早期退職制度等に偏った短期的な失業対策はかえって構造的な失業の増加に繋がることが明らかになってきた。失業者の職場復帰,若年層,女性労働者の有効活用を促進し,産業間,地域間のモビリティを高めるためにも,雇用斡旋サービス・職業教育といった再就職促進的な政策や労働者の流動性をより高めるための中長期的政策への転換が必要である。

そのためにも,各国ではそれぞれの労働市場の実情に応じた有効な行動計画の策定を行い,限られた予算を有効に使用することが重要となってくる。

(失業増による所得の機会的損失と期待されるサプライサイド政策)

失業の増加は,与えられた人的資本が有効に活用されていない状態を示しており,仮にこれらの失業者が労働した場合に得られたはずの付加価値の損失を意味している。ここでは,失業の増加がどの程度の成長力の機会的損失に相当するかについて,オークン係数(実質経済成長率の失業率弾性値)を計測した(第2-4-8図)。この結果,失業率1%の上昇は,ドイツにおいては2.6%,フランスでは3.6%,イギリスでは1.6%に相当する所得の機会的損失を生じさせていることが推計された。

しかしながら,このような経済的損失が生じているにもかかわらず,需要拡大政策の余地は限られており,また,以上でみてきたような構造的問題の高まりのみられる現状においては,単なる需要拡大政策だけではこの損失を解消出来ない。有効なマクロ経済政策によってインフレのない安定的な経済成長を確保するとともに,構造面での改革や,より広い市場の中での競争力の強化を通じたサプライサイド面からの成長政策が期待される。