平成4年

年次世界経済報告

世界経済の新たな協調と秩序に向けて

経済企画庁


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本  文

はじめに

冷戦の終了という大きな歴史的転換を遂げ新しい世界経済のパラダイムを探る中で,現下の世界経済は,「景気調整下での構造・メカニズムの調整」,「経済体制の変換」,「相互依存関係の再編」という相互に関連した調整と再編が複雑にからみあう時代局面にあり,いくつかの大きな経済的困難に直面している。

その1は,80年代後半において高い経済パフォーマンスを享受した先進国経済は90年初頭から調整局面に入って以降,一部の国においては景気回復の局面にあるものの,自律的回復力は弱いという点である。こうした状況のなかで,多くの国においては拡大基調の財政政策はとりにくく,また金融政策は一部の国においては緩和しているもののその効果は弱まっている。さらには,各国の抱えている国内問題の違いもあり,マクロ政策面での協調政策は,為替市場の介入を除いては,これまでに比べて取りにくい状況にある。

その2は,競争力の強化を目指した経済・通貨統合を目前にして,欧州において通貨面での不安が表面化したという点である。今後,欧州がドイツ統一のコストの重荷を抱えつつ地域統合の再編成をどう図っていくがは,欧州のみならず世界経済全体にとっての課題である。

その3は,先進各国が80年代から持ち越した負の遺産にそれぞれ悩んでいることである。財政赤字問題,失業問題などの所謂先進国の構造的な問題の根本的な解決の兆しは依然として見えていない。同時に,金融部門等のバランス・シートの悪化とその調整の遅れという問題が一部の国では依然として見られる。

その4は,旧計画経済諸国の市場経済への移行の潮流が本格化している中で,ロシア連邦や中・東欧等の市場経済移行の試みが当初の予想以上に容易でないことが明らかになりつつあるという点である。特にロシア連邦の場合は,過去70余年にわたる計画経済体制下に構築された経済構造の過度の歪みや硬直性等のために,92年初頭以降の自由化・安定化政策は多くの混乱をもたらしている。また,戦後の冷戦体制に別れをつげ,これら諸国を世界経済と国際社会の枠組みに組み入れるという望ましい今日の潮流は,同時に,東西ドイツ統一のコストにみられるように先進国経済にとって大きな負担となっている。

その5は,相互依存関係の高まりの中で地域経済圏の人為的あるいは自然的な形成に向けた動きが着実に進展しているが,いくつかの課題や問題も内在しているという点である。例えば,既に述べたように,ヨーロッパでは安定性・持続性をそなえたEC統合は何かという新たな課題に直面している。アジアにおいては,引き続き地域間の相互依存関係を軸に経済発展のダイナミズムが維持されており,市場経済システムへの移行を進めている地域とのつながりもみられる反面,マクロ面,構造面で新たな課題に直面している。また,北米地域においても新たな国際水平分業に向けての動きが進展しているが,域外地域に対する悪影響も懸念されないわけではない。このような一国を越えた地域経済圏の進展は,一方において,規模の経済によるダイナミズムの発揮によって,「景気調整下の構造・メカニズムの調整」,「経済体制の変換」といった世界経済が抱える課題の解決に役立つものであるが,他方においてグローバリズムに反しない地域経済圏をいかに形成していくかという課題をも有している。

本年度世界経済白書においては,このようないくつかの困難に直面する世界経済の調整・再編の現局面を概観・分析し,今後の課題を探ることとする。第1章では世界経済の現局面をマクロ面から分析するとともに,欧州通貨危機とその背景を探ることにする。第2章では,このような先進国経済の現局面の背後に横たわる要因としての金融部門等のバランス・シートの状況を概観するほか,先進国の財政赤字問題,失業問題,さらには米国の経常収支構造について分析する。第3章では旧計画経済の市場経済移行の状況を,中・東欧,ロシア,中国,ベトナムについて概観し評価を加える。最後に第4章では,上記での欧州統合の分析に加え,東アジアと北米における相互依存の高まりの状況を概観し,あわせてそれぞれの課題についても考察する。


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