平成3年

年次世界経済白書 本編

再編進む世界経済,高まる資金需要

経済企画庁


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第3章 世界の資金循環の変化

第3節 世界の資金需要の高まり

これまで述べてきたように,世界の資金循環は90年に入ってからは80年代後半とは異なる動きを示すようになった。すなわち世界全体で資金フローが縮小するなかで,アメリカへの資金流入が縮小し,ヨーロッパへの資金流入が拡大している。他方,途上国への資金流入はほとんど増えていない。こうした現状等を踏まえて将来を展望すると,先進国,途上国ともに資金需要が高まり,長期金利が上昇すると予想される。ここでは近年に,おける長期金利の高止まりの背景をみた後,先進国,途上国の将来の資金需要を試算する。

1 長期金利の高止まり

先進国の長期金利は89年末から90年初にかけて高まりをみせ,その後も総じて高水準にとどまっている。これはドイツ,日本が金融引締め政策を実施したことに加え,89年11月にベルリンの壁が崩壊して以降,ドイツで資金需要が高まるとの期待が国際金融・資本市場において,働いたためとみられる。また,アメリカの国債発行額が巨額になっていることも長期金利を高止まりさせている重要な要因となっている。

主要3か国の金利動向をみると(第3-3-1図),アメリカでは,88年春頃以降89年春までインフレ圧力の高まりに対応して金融政策は引締められた。この間短期金利は上昇し,長期金利は高水準で推移した。89年春以降はインフレ懸念の鎮静化を受けて長短金利とも低下したものの,長期金利は89年末から再び上昇に転じた。その後,90年秋頃からFRBが本格的に金融緩和に転じたため,短期金利はほぼ一貫して低下しているものの,長期金利は91年初以降高止まっている。ドイツでは,88年夏頃,景気の過熱を予防する観点から金融引締めに転じて以降,引締めスタンスを維持している。この間短期金利はほぼ一貫して上昇を続けている。長期金利は金融引締めに転じて以降上昇傾向にあったが,90年初頭には両独の統合を背景とするインフレ懸念の高まりから一段の上昇を示し,アメリカの長期金利を上回った。その後も90年7月には経済統合,10月には政治統合が行われたが,旧東独地域の経済再建に巨額の財政支出が実施されたことからインフレ懸念は解消せず,ドイツ連銀も引締めスタンスを維持している。このため,91年に入った後もドイツの長期金利は高水準で推移している。日本では,アメリカ,ドイツから一年ほど遅れて89年中頃,物価上昇を未然に防止するとともに内需を中心とする持続的成長を図ることを目的として金融政策は引締めに転じた。これを受けて長短金利とも上昇したが,90年夏以降は湾岸危機勃発を背景にインフレ懸念が高まったため,長期金利は上昇した。その後,90年末頃にやや低下したものの,91年に入った後も7月まで金融引締めが続いたことから,長期金利はおおむね横ばいで推移した。7月以降は短期金利の低下もあって,長期金利は水準を下げて推移している。

短期金利が大幅に低下しているにもかかわらず,長期金利がなかなか下がらないという現象は,主要3か国の中では,特に90年末以降アメリカでのみ生じていると言える。アメリカにおける長期金利の高どまりをもたらしている要因としては,連邦政府の国債発行が巨額に上るという国内要因とともに,東西ドイツ統合に直面したドイツが金融引締め政策を採っているという海外要因が挙げられる。すなわち,ドイツの長期金利が高水準にあることが,国際金融・資本市場での裁定を通じて資本の需要国であるアメリカの金利を押し上げているとみられる。

アメリカにおける長期金利の高止まりは,金融緩和の効果を減殺しており,米国景気の回復テンポを鈍らせるとともに,多額の債務を抱える途上国等,海外諸国の経済成長にもマイナスの影響を及ぼしている。

2 先進国の資金需要

今後の世界における資金需給を展望すると,先進国,途上国ともに資金需要の増大が見込まれる一方で,資金供給の増大はあまり期待できない状況にある。このため,資金需給が逼迫し,長期金利が一層上昇するのではないかという懸念が生じている。そこで,今後どの程度の資金需要が見込まれるか,また資金供給の増加はどの程度見込まれ,事前的な意味での資金不足はどのくらい生じると見込まれるのかについて定量的な試算を行ってみることにする。ただし,実際には事前の資金需要・供給を試算することは極めて困難なので,ここでは実物投資と貯蓄のそれぞれの先行きを,OECDの経済見通し,各国政府の財政見通し等を踏まえつつ,過去に経験した投資率,貯蓄率のトレンド等を考慮して推計した。これらの推計値を,仮にそれぞれ事前的な資金需要と資金供給であるとみなして事前的な資金の過不足の規模を推計した。そして金利は実物投資と貯蓄のバランス関係によって決まると考え,事前的な実物投資が事前的な貯蓄よりも大きければ金利が上昇すると想定する。以下,本項では試算をまじえて先進国の資金需要の高まりについて検討する。次項では途上国の資金需要を取り上げ,また次節の第1項では資金供給について試算を行う。

先進国の資金需要をみると,アメリカ経済は90年7月に景気後退に陥ったものの,91年第2四半期以降,緩やかながら景気は回復に向かっている。今後景気は緩やかに上昇傾向をたどるものとみられ,それに伴って投資資金にたいする需要も次第に高まることが予想される。

日本では景気の減速に伴い,設備投資の増勢はやや鈍化するとみられる。ただし非製造業を中心に設備投資は底堅く推移するとみられることから,投資需要は引き続き高水準で推移すると予想される。

ヨーロッパではEC市場統合を92年末に控え,資金需要が高まりを見せている。市場統合により,巨大な単一市場が出現することから,域内企業によるリストラクチャリングを目的とした設備投資,外国企業による直接投資がそれぞれ活況を呈している。また,金融業,小売業を中心にEC域内での企業の再編も活発化している。

このような先進国の資金需要が金額ベースでどの程度のものとなるのがを,OECD等国際機関の見通しに基づいて用いて試算してみると(第3-3-1表),主要先進国では,92年には前年対比約1,600億ドル,また93年には先進国の投資需要の高まりを反映して更に約1,800億ドルの増加が見込まれ,資金需要は約2兆8,100億ドルに達するとみられる。

3 途上国の資金需要

途上国では,活発な経済成長を続けるアジアを中心に投資需要が高まると見込まれる。ソ連・東欧を除く途上国の資金需要を試算してみると(第3-3-1表),92年には前年対比約700億ドル,また93年には更に約800億ドル増加して約9,400億ドルへと資金需要が高まるという結果が得られた。

ただし,以上の試算はこれまでのトレンド等が将来も続くという仮定のもとで行われたものである。したがって,これまでのトレンドからは説明できないような投資需要が顕在化すれば試算値は過少推計になる。現段階ではトレンドの範囲内とみられるが今後大きく顕在化する可能性のある投資需要としては,たとえば中南米の投資需要,中東の復興資金,ソ連・東欧における本格的投資需要等が考えられる。中南米では多額の債務を抱え,緊縮政策をとらざるを得ないために投資は抑制されている。これを拡大路線に復帰させ,国民の生活水準の向上を図るためには多額の資金が必要となる。中東の復興資金についてはその巨額の資産を背景に相当額の資金は市場から調達可能とみられるため,今後徐々に需要が顕在化する可能性がある。復興資金については,数百億ドル単位の幅を持った数字が示されているが,それが何年に渡って必要になるのかは不明である。また,復興作業自体もまだ本格化していないこともあって,需要がいつ顕在化するのかも明確でない。ソ連の改革実施に伴う資金需要については,ヤブリンスキー=ハーバード案が策定された際,今後5年間に改革初期をピークに漸減しつつ毎年200~350億ドルが必要との見方も示されているが,これもかなり過大で大雑把なものととらえておく必要がある。また民間資金の自律的な流入が期待できる経済状況にないことから,こうした資金需要のかなりの部分は公的資金によって満たされない限り実現されることのない潜在的な資金需要にとどまるとみられる。少なくともソ連に供与される資金が,92年中に実物投資に結びつく額は比較的小さいと考えられる。東欧については,市場経済化がある程度は進展しているため,国によっては直接投資等の形での資金流入が期待できるが,それがどの程度のものとなるかについては確たる試算は困難である(今回の試算では,中南米,中東については,トレンドによる推計にとどめ,ソ連・東欧への支援額については,とりあえずは推計の対象外とした)。


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