平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第7章 東ヨーロッパ:90年下半期以降緊縮政策を緩和

3. ハンガリー:90年の国際収支は良好の見込み

(1)概  観

政治面の動きをみると,89年10月,社会主義労働者党は共産主義を放棄して社会党に改組し,国名をハンガリー共和国に改めた。90年3月,4月に自由選挙が行われ,ハンガリー民主フォーラム等3党によって,アンタル首相を中心とする連立内閣が90年8月に成立した。しかし,10月のタクシーのストライキによってその政治基盤の弱さをみせている。また,連立与党・独立小地主党の基本政策である農地の旧所有者への返還が,憲法裁判所によって違憲判決を受けたり,対IMF折衝や予算案審議等重要案件を前に,ラバール蔵相がマトルチ首相経済顧問との意見対立から辞表を提出する等,連立政権の基盤が揺らいできている。

90年のハンガリー経済は,対外面ではかなりの成功を収めることができた。

コメコン貿易が縮小する中で通貨切り下げによって対西側輸出が大きく増大する一方,輸入自由化進展による輸入増大を防げたことから貿易収支が改善し,さらに観光収入が増大したことから経常収支も当初の目標以上の好成績を収め,90年全体では均衡ないし僅かな赤字に留まるとされている。しかし,機械類輸出はコメコン向けが主力であったため,コメコン貿易の縮小の影響をうけ,関連産業の生産低下につながった。また,金融引き締めによる投資需要減退や,軍事支出削減や財政引き締めによる政府支出減少,実質所得減少による個人消費の伸び悩み等により,国内需要は停滞し,90年の実質GDP成長率は3%程度低下すると予測されている。また,91年第1四半期には多くの改革が集中し,特にコメコン貿易がハードカレンシー化・国際価格化されることから,交易条件悪化による経常収支赤字の拡大や経済混乱は避けられず,第1,2四半期には厳しい経済状態が予想されている。

(2)生産・雇用

90年の工業総生産は,コメコン貿易の縮小の影響を強く受けた。また,小規模私企業の急増と伝統的な国営大企業の生産縮小が併行して現れたことも,もう一つの特徴といえよう。

工業総生産をみると,89年前年比1.0%減の後,90年1~3月期前年同期比7.7%減,1~6月期同9.6%減,1~8月期同10%減となった。業種別にみると,ほぼ全ての業種で減少しており,特に金属,機械の落ち込みが目立った。

また,1~8月期を規模別にみると,従業員300人以上の企業では前年同期比12.1%減であったが,50~300人の企業では逆に同20.5%増加した。90年4月から新「私企業法」が発効し,私企業の設立・経営が自由化されたことが,こうした小規模な私企業の設立に拍車をかけたといえる。90年の工業総生産は前年比7%の減少と予測されている。

次に工業製品売上高により出荷動向をみると,89年は総合で前年比3.8%減となった。90年は総合では1~3月期前年同期比12.0%減,1~6月期同12.5%減となった。仕向地別では国内に比べ輸出の減少がやや目立っており,業種別では,生産同様,金属・機械・化学等の減少が目立った。このような出荷減少については,経済状態の悪化と,競争力のない産業が衰退する構造調整過程という両面があるといえる。

雇用面をみると,雇用者数は89年前年比4.0%減となった後,90年は1~6月期に前年同期比10.3%減少した。業種別では,金属(同19.6%減)で大きく減少した。また失業者数は8月末現在4.6万人,平均失業率は1.2%,広告求人数は3.4万人となった。失業者数は今年末には8~10万人に達する可能性がある。

農業においても90年は,旱魃の影響で小麦・飼料用とうもろこし等穀類が大きな打撃を受けたことや,補助金削減による販売価格上昇によって畜産でも販売不振が予想されること等から,農業総生産は前年比6~7%のマイナスとなろう。

(3)賃金・物価

消費者物価上昇率は,89年前年比17.0%上昇の後,90年1~3月期前年同期比24.4%,1~6月期同25.7%,1~8月期同27.1%と上昇幅は緩やかに高まっており,90年全体では前年比26~28%の上昇が予測されている。項目別にみると,食品が大きく上昇した。

このような物価上昇の要因としては,中東危機による石油価格上昇の影響に加え,次にみる段階的な価格自由化の実施等が考えられる。

90年1月から政府は補助金削減による財政健全化と市場価格導入のため,上下水道336%,交通料金55%,食肉32%,パン26%等の価格引上げを実施した。

また,7月9日から,石炭,セントラルヒーティング,電力,たばこ,アルコールが25~49%,8月1日からはガソリンが20%値上げされた。こうした段階的な相対価格調整は,それ自体をインフレとしてとらえる必要はないが,インフレの契機となる可能性が高いため,政府はこうした価格上昇も含めて,90年は前年比20%までに上昇を抑えることを目標としていた。

賃金は,89年前年比17.4%上昇した後,90年は1~6月期に前年同期比24.3%増加にとどまっており,実質賃金は僅かながら低下した。また,政府,労働,経営の3者による労働調整協議会は,8月1日,月間最低賃金を89年来の4800フォリントから5600フォリントヘ,続いて12月1日には5800フォリントヘの引き上げを決定した。これにより,民間企業は合計22億フォリント,農業組合は13.6億フォリント,政府系企業は12.4億フォリントの支出増が見込まれる。上記のような最低賃金上昇による負担増大に対して,企業は人員削減によるコスト節減を選ぶ可能性が高い。そうした場合,政府は失業増による失業給付支出の増加(給付額自体も最低賃金上昇により上昇)をも余儀なくされよう。

(4)貿易・国際収支

対外貿易では,その主流がコメコン貿易から交換可能通貨建て貿易へと転じ始めている。89年は交換可能通貨建て輸出が前年比23.7%増,同輸入が同23.5%増,ルーブル建て輸出が同5.4%増,同輸入が同0.6%増となった。90年について1~9月のデータをみると,まず交換可能通貨建てでは,輸出数量は前年同期比11.2%増加した。品目別では「原材料・半完成品・部品」(同19.0%増)が大きく増加した。輸入数量は同2.6%減少した。品目別では「原材料・半完成品・部品」(同16.1%減)が大きく減少したのに対し,「燃料・電力」(418.3%増)が極めて大きな増加を示しており,原油供給を削減したソ連以外の地域への燃料購入振り替えの影響がうかがわれる。また同期間中,輸出価格は4%,輸入価格は4.5%上昇したため,交易条件は0.4%ポイント悪化している。交換可能通貨建ての貿易収支は1~9月累計で7億9660万

の黒字(前年同期2.4億

の黒字)となった。

次にルーブル建てでは,輸出数量は1~9月期前年同期比30.0%減少した。品目別では「機械,輸送機器,その他資本財」(同35.7%減)が大きく減少した。輸入数量は,同16.0%減少しており,品目別では「機械,輸送機器,その他資本財」(同34.4%減)が大きな減少を示している。ルーブル建てでは,輸出価格が3.1%上昇したのに対し,輸入価格が0.5%低下したので,交易条件は3.6%ポイント改善した。しかし貿易収支は1~9月累計で2.7億の赤字(前年同期は1.5億の黒字)となった。続いて90年1~9月の国際収支(全ベース)をみると,輸出が63.5億輸入が56.9億で,貿易収支は6.6億の黒字,貿易外収支は6.6億の赤字,移転収支は3.0億の黒字となっており,経常収支は3.1億の黒字となっている。また長期資本収支は1.7億の黒字,短期資本収支は12.1億の赤字である。ハンガリー経済研究所は,90年全体の貿易収支を両ベース合計で8億の黒字(89年は10億の黒字),経常収支を4億程度の赤字(6億の赤字)と見込んでいる。コメコン貿易の縮小によって機械類の輸出は大きく減少したが,そのうちの幾分かが西側への輸出先転換に成功したことや,輸入自由化率が72%まで引き上げられたにもかかわらず,通貨切り下げによって輸入の急増を防ぐことができたこと,観光収入が増加したこと等が,経常収支赤字の縮小をもたらした要因と考えられよう。

(5)経済政策

財政面では,91年度の財政赤字目標と補助金の削減額の設定が緊急課題となっている。

これまで石油製品は,ソ連からの割安な原油を原料としてハンガリー国内で精製し,製品は国際価格で内外に販売して,差額は国庫収入となっていた。しかし,90年に入ってソ連からの原油供給が削減されるとともに原油価格が上昇し,この収入が大幅に減少してしまた。この結果,91年度は歳出を大幅に削減しない限り,財政赤字の拡大は不可避となった。このような状況の下,90年秋に政府は「国家の経済介入の制限」を目標として,①企業補助金の削減,②資本形成に対する国家介入の制限,③国家による住宅・サービス供給の見直しの3項目について歳出削減の取り組みを行った。この結果,91年度から生産部門,特に市場化された部門への国による設備,投資の撤廃,大規模プロジェクトへの投資の削減,企業補助金の削減で大きな進展がみられた。特に補助金については,91年度の政府補助金を410億フォリント削減することが,10月11日の特別閣議で合意された(今年度予算では,消費者物価補助金399億フォリントを含む1038億フォリント(歳出全体は6086.3億フォリント)の補助金が計上されている)。しかし,農業輸出,国民消費(暖房,交通),住宅の3部門への補助については進展がみられなかった。特に,89年に設立された住宅基金への金利差補助は,一般の貸出金利と国民の住宅購入資金への貸出金利との差を国が補助する制度であるが,インフレの昂進によって一般貸出金利が上昇したため,国民への金利を上げるか,補助を拡大するかの選択を迫られることとなった。90年11月末現在,3%であった国民への住宅ローン金利を15%に引き上げ,補助に追加的に必要となる90億フォリントは民営化による収益から賄うといった方向で幾つかの案が検討されている。これらの議論をうけて,11月28日の閣議では,91年度の財政赤字目標を従来の900億フォリントから780億フォリント尺と引き下げることが決定された。IMFはこれまで財政赤字目標が500億フォリントを超える場合には融資はできないと示唆しており,今回決定された目標はIMF目標に近づいてはいるものの,なお開きは大きい。

歳入面では,国会での予算案審議や予算の区分,赤字の補填方法,黒字の利用方法,予算への立法・行政の権限,特別会計等の規定,国有財産の取扱等に関する国際基準を予算システムヘ導入することを目標とした「国家歳入法」案が現在議会に提出されている。金融面では,中央銀行の商業銀行への貸出枠を90年,91年と削減する等,引締めを,維持していくとしている。財政赤字は中央銀行からの借入によってファイナンスされており,インフレを招きやすい形となっているため,国債による資金調達への転換が考えられている。また現在少額発行されているTBによる公開市場操作も積極的に活用していくとしている。

また,対輸出企業融資への優遇措置や民営化投資のための商業銀行への低利融資,民営化のための「Existence」ファンド等,幾つかの融資優遇制度が設けられている。

90年6月21日に再開された証券市場は,銀行を含めた41社が取引に参加し,66銘柄の株式,300種の債券が取り扱われている。現在,主に売買しているのは国内の機関投資家であるが,個人投資家(税制面で優遇されている)や外国投資家も今後増加が見込まれる。取引高は,90年11月までのところ,1日当たり20~100万

の間を上下している。

産業面では,薬品,バイオテクノロジー,通信等の加工産業を有望な分野とし,その強化を図っている。これらの産業の輸出市場としては,こうした分野でハンガリーより遅れているコメコン諸国が考えられている。また国内産業の牽引役として,自動車産業に注目しており,完成品だけではなく,部品の製造・輸出も企図されている。このほか,石油・天然ガス設備の対ソ連輸出も市場の大きさから有望視されている。また,重要産業への投資についてはその利潤を無税とする,といった投資誘導策も採られている。

これまで私企業が対外貿易を行う場合にはライセンスをもった貿易会社を設立する必要があったが,87年からは個人でも可能になり,現在では届け出だけでよいことになったため,貿易取扱業者は90年末現在約2万社に達している。

経済改革では,9月26日に政府から「国家再生計画」が発表された。この計画は,当面の目標として国際収支の安定とインフレ抑制が掲げており,国営企業民営化,規制撤廃,通貨フォリントへの交換性付与等を優先課題としている。

改革の核心となる民営化については,90年3月に国家資産庁が設置され民営化の推進母体となっている。民営化の具体的な手法として次の4種類が検討されている。第1は,自主的民営化ともいうべきもので,国営企業が自主的に買手を見つけて民営化を行う手法である。第2は,積極的民営化(Active Privatisaion)と呼ばれ,国家資産庁が民営化対象企業のリストを作成してアドバイザーを募り,そのアドバイザーが民営化の計画・実行を進めていく手法である。第3は,Re-Privatisaionと呼ばれるもので,共産化以前の所有者に資産を返還するものである。第4は,外国投資家からのリクエストを国家資産庁が受け付けて,その企業を競売にかけて民営化していく手法である。このうち主流となるとみられるのは,第1と第2の手法である。90年8月には第2の手法に従って,20企業がリストアップされた。

通貨フォリントは,1月4日主要西側通貨に対して,15%切り下げされた。

(6)見通し

91年の経済見通しについてハンガリー経済研究所の予測によれば,コメコン貿易の決済方式の変更や企業間取引の導入等新制度への移行に伴い,ソ連・東欧諸国との経済関係は当初かなり混乱すると予想されることから,輸出では少なくとも15~20%の減少,輸入ではそれ以上の落ち込みが予測されており,これが国内景気を後退させる恐れがあるといわれている。また,決済方式を変更し国際価格を採用することに伴う交易条件の悪化と,決済の停滞等経済関係の混乱による輸出数量の減少によって,91年の貿易収支は10億の赤字,経常収支は20億の赤字となる。また,ソ連・東欧諸国との取引の減少や交易条件の悪化により,91年の消費者物価上昇率は前年比40~50%と予想され,実質GDPは前年比4~5%の減少が見込まれている。


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