平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第6章 イタリア:景気はやや減速へ

6. 経済政策

(1)財政赤字

①イタリアの財政赤字は,88年度(88年1月~12月)124兆リラ(GDP比11.5%),89年度132兆リラ(同11.1%)と依然として大きい。政府は,90年5月18日,このままでいくと90年度の赤字が147兆リラへ拡大し,当初(89年9月)目標額(133兆リラ,GDP比10.4%)を達成できないとして,緊急財政赤字削減措置を閣議決定した。それによると,11.75兆リラの赤字削減を行い,90年度の財政赤字額を136兆リラ(GDP比10.5%)とすることを目標としている。11.75兆リラの内訳は歳入増(5.05兆リラ)と歳出減(6.7兆リラ)で構成されており,歳入増の具体策としては水道・ガス料金の引き上げ,印紙税の引き上げ,一方歳出削減策としては地方自治体に対する貸付の削減,社会保障費の政府負担分の削減,防衛費削減等が挙げられた。

その後政府は9月末,90,91年度の財政見通し及び経済見通しを発表した。

そこでは91年度の財政赤字額が既定経費により算出すると180兆リラにも達することから48兆リラの赤字削減措置を閣議決定し,91年度の赤字額を132部リラに抑えることが明らかにされた。48兆リラの内訳は,歳入増19兆リラ,歳出削減20兆リラ,利払い費の節約3.5兆リラ,国有財産の売却5.6兆リラとなっている。歳入増加措置として企業資産の再評価による課税や,企業の留保資金に対する課税が挙げられていることに対し,産業界は財政赤字のレベルを他のヨーロッパ諸国(独,仏,英等)に近づけることは,ECの経済・通貨統合の実現に向けても必要なことであるとして,比較的穏やかに反応している。

②財政赤字削減のための歳入増加策の1つとしてキャピタルゲイン課税法案が90年9月末国会に提出されたものの,証券トレーダー等からの強い反発から,60日間の期限を経過したため不成立となった。提出された同法案の内容は,株式の譲渡益に対する課税が主な内容となっており,株式取得時から18か月以内の譲渡に対する利益の20%,18か月を越える場合には12.5%の課税を行うとするものであった。60日間の時間切れの後当初案とほぼ同様の法案を政府は提示したが,それに反対するトレーダーらは,11月末各地の市場でストを行った(ミラノ市場でも4日間のスト)。反対の理由は,課税の方法が複雑なこと,税率が高いこと等であるが,さらに政府が保有期間に関係なく一律30%という意見も表明したためますます強い反発を引き起こしている。イタリアではキャピタルゲイン課税のみでなく,証券市場の法整備自体が遅れていることからいずれにせよ早急な改善が必要とされるとの見方が多い。

(2)反トラスト法成立

EC諸国のなかでこの法律が整備されていなかったのはイタリアのみであり,2年以上に渡る議論のすえようやく成立するに至った。同法は価格協定の禁止,合併・買収等による集中の禁止のほか,事業法人の銀行支配を防ぐため,事業法人の銀行に対する資本参加を15%以内に抑える条項も盛り込んでいる。

(3)金融政策

イタリアでは,87年夏に景気の過熱を冷やすため公定歩合の引上げを行って以来,引き締め気味の金融政策をとってきたが,90年5月には87年3月以来,3年2か月ぶりに公定歩合を引き下げた(13.5→12.5%)。これは,物価が落ち着きをみせているなか,リラ相場がEMS変動幅の上限付近で推移しており,さらに前日緊急赤字削減策を発表したばかりであり,市場の信頼感が得られ金利差縮小のチャンスとみたためと思われる。

このほか90年前半,金融政策面に関して目立った動きがみられた。まず1月よりEMS内での変動幅をこれまでの上下6%から2.25%に改めることとした。

さらに4月27日には1934年より続いていた外国為替管理の撤廃(資本移動の自由化)を決定した(実施は5月14日)。イタリアでは88年から徐々に資本移動規制を緩和してきてはいたが,1月のEMS縮小変動幅の採用によりリラに対する信頼が高まったことや,7月のEC資本移動自由化措置をにらんだものといえる。この決定により資本流出が懸念され,銀行預金利子に対する源泉税率を30%から20%へ引き下げる意見もでていたが,今回は見送られた。

(4)石油価格の上昇に伴う経済への影響

イタリアでは石油製品価格について政府の統制価格を実施しており,価格は毎週監視されEC5か国(ベルギー,フランス,ドイツ,オランダ,イギリス)の税抜き価格をベースに所定算式に従い算出された額が,イタリアの税抜き価格と一定の幅(10リラ/バーレル)以上差が生じた場合,上限価格の変更がなされる。このため石油価格の上昇はイタリア国内のエネルギー価格に即座に影響する。したがって,物価の上昇を懸念した政府は今回の石油価格の上昇をうけ8月末に9~12月の3か月間石油製品価格の凍結を決めた。しかし,当初は価格凍結を税収(石油製品価格の約50~80%を占める)の圧縮により維持しようと試みたものの,財政赤字拡大の要因につながるとして,凍結を2週間で解除している。実際の物価の動きをみると,生計費指数,工業品生産者価格指数ともに8月以降高まりをみせている。しかし,10月末にほ石油製品価格の値下げも実施されており,今後石油価格が急騰しない限り,深刻な物価上昇につながる懸念は少ないとみられている。

貿易収支については,イタリアでは国内で必要とされるエネルギーの80%以上を輸入に依存しており,エネルギー収支は大幅赤字(89年20.6兆リラ),非エネルギー収支はやや黒字(同3.7兆リラ)という貿易構造となっている。なかでもエネルギー輸入に占める石油の割合は95%以上と極めて高くなっている。そのため石油価格上昇が貿易収支に与える影響は大きく,石油価格1ドル/バーレルの上昇は年間0.8兆リラの輸入代金の増加につながるとみられている。イタリアでは他の先進国が石油から代替エネルギーへの転換政策を進めているなか,原子力エネルギーに対する国民の反発が強いこと等から石油依存体制からなかなか脱却できないでいる。

また金利に関しては9月初の時点では9月中に公定歩合1%程度の引き上げがあるとみられていたが,景気が減速傾向にあることもあり実際には引き上げ,は実施されなかった。

イタリア産業同盟では90年について石油価格が1バーレル25ドルならば実質GDP成長率は当初見通しより0.1%ポイント低下(2.6%),生計費指数上昇率は6.1%,30ドルならば0.3%ポイント低下(2.4%),生計費指数上昇率は6.4%と予測している(90年9月)。


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