平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第1章 アメリカ:景気の基調弱まる

2. 需要動向

ここではアメリカの景気拡大の状況を需要項目別(実質ベース)にみることとする。

(1)個人消費の停滞と貯蓄率の低下

個人消費(実質,以下同じ)は,89年春以降の可処分所得の伸びの鈍化に加え,89年後半の乗用車販売の落ち込みを反映して89年前年比1.9%増と伸びが鈍化した。90年に入ると,サービス消費が堅調に推移する一方,耐久財消費が乗用車販売の動きに対応して大きく増減したことから,1~3月期前期比年率1.1%増,4~6月期同0.2%増,7~9月期同2.7%増と大きく変動している(第1-2図)。乗用車販売については,89年10~12月期に年率880万台と大きく落ち込んだ後,90年に入り幾分回復したが,おおむね同900万台後半の水準で低迷を続け,1月には同870万台と落ち込んだ。また,非耐久財消費も低調に推移していることから,全体として個人消費は停滞気味に推移している。

また,個人可処分所得は,89年前年比2.4%増の後,90年1~3月期前期比年率2.5%増,4~6月期0.3%増,7~9月期0.7%減と伸び悩んでいる。家計貯蓄率は,87年に2.9%と極めて低い水準となった後,87年10月の株価大幅下落による逆資産効果や88年春以降89年半ばまでの金融引締めによる金利上昇の価格効果から,88年4.2%,89年4.6%,90年1~3月期4.9%,4~6月期5.0%と上昇傾向にあった。しかし,7~9月期には個人可処分所得が減少するなかで消費を維持したことにより4.2%に低下した(第1-3図)。

今後の個人消費の動向については,石油価格の高値推移から実質可処分所得の伸び悩みが続く一方,現在の個人貯蓄率の低水準(90年10月3.8%)からみて,これ以上個人貯蓄をとり崩して消費に向かうとは考えにくく,当面停滞が続くものと考えられる。

(2)減少続く住宅投資

民間住宅投資は,88年10~12月期以降減少傾向にある。89年前年比4.1%減となった後,90年1~3月期には暖冬の影響により前期比年率15.1%増と5四半期ぶりに増加したが,4~6月期同11.2%減,7~9月期同19.8%減と再び減少に転じている。また,住宅着工件数をみても,89年前年比7.0%減(138.6万戸)の後,90年1~3月期前期比7.9%増(季節調整値年率145.4万戸),4~6月期同17.2%減(同120.4万戸),7~9月期同6.1%減(同113.3万戸)と減少を続けており,10月となっている同104.1万戸(前月比6.6%減),11月同112.9万戸(同9.3%増)となっている(第1-4図)。地域別には,86年に原油価格の急落で不況となった南部において着工件数が減少しはじめ,その後北東部での減少が顕著となり,さらに最近では西部で大きく減少するなど住宅を中心とした不動産不況はほぼアメリカ全域に拡がりはじめている。

民間住宅投資が減少している要因としては,住宅抵当金利が89年前半まで上昇した後も高どまりしていることや貸家の空家率が86年のブーム以降おおむね7%台の高水準で推移していることに加えて,80年代半ばに住宅購入の主体となったベビー・ブーマーが高齢化した結果,購入の主体となる世代の人口が減少したというデモグラフィックな要因も働いているものと考えられる。

今後の民間住宅投資の動向については,上記の諸要因に加えて,最近の不動産関連部門に対する銀行の貸し渋りの浸透も懸念されるところとなっている。

FRB(米連邦準備制度理事会)が11月中旬におこなった銀行の聞き取り調査によれば,10月までの3か月間で融資を抑制する傾向が一段と強まっており,商業不動産に対しては国内商業銀行の3分の2が,個人向け住宅ローンに対しては同4分の1が融資基準を厳しくしていることが明らかとなっている。こうした状況を勘案すると,民間住宅投資の回復は当面難しく,引き続き低水準で推移するものと考えられる。

(3)力強さに欠ける設備投資

民間設備投資は,88年に情報処理関連機器を中心とする機械設備の大幅な増加から前年比8.4%増となった後,89年前半までは成長を牽引したが,後半に入ると企業収益の悪化から製造業の設備投資意欲が弱含み,89年全体では同3.9%と大幅に伸びが鈍化した。90年に入り,1~3月期前期比年率5.0%増,4~6月期同4.7%減,7~9月期同8.9%増と89年後半から増減を繰り返している(第1-5図)。

商務省設備投資計画調査(10~11月実施)によると,90年の設備投資計画は名目ベースで製造業が前年比4.6%増と依然として弱気であることに加えて,非製造業でも同5.6%増と前回調査(7~8月実施)より下方修正されている。この結果,全産業では前年比5.2%増(実質ベースで同4.1%増)と88年同11.0%増(同9.5%増),89年同11.4%増(同10.4%増)に比べて低い伸びに止まると見込まれている。さらに91年についても,名目ベースで製造系前年比2.4%製造業同3.4%増と,伸びが鈍化する結果,全産業で同2.4%(実質ベースで同0.4%)と大きく伸びが鈍化すると見込まれている(第1-2表)。また,民間設備投資の先行指標と考えられる非軍需資本財受注は,振幅の大きい航空機及び同部品を除けば89年初め以降ほぼ横ばいとなっている(第1-6図)。

今後の設備投資の動向については,企業収益の悪化や石油価格の急騰による景気の先行きの不透明感に加えて,FRBによる金融緩和にもかかわらず企業向けの貸出が伸びていない状況下では当分力強さに欠けるものと予想される。

(4)改善傾向がやや鈍化する純輸出

純輸出は85年年初来のドル安の効果や87,88年の世界的な投資ブームを背景とした資本財輸出の大幅な増加,最近ではEC向け輸出の好調等から改善傾向にあり,実質GNP成長率への寄与度は87年以降3年連続でプラスとなった。89年は,輸出がボーイング社のストライキ等の一時的要因等から前年比11.0%増と高水準ながら伸び悩んだ一方,輸入が同6.0%増と前年並みの伸びを維持したことから,寄与度は0.5%のプラスと前年のプラス1.1%に比べてやや縮小した。90年に入ると,実質GNP前期比年率成長率への寄与度は,1~3月期プラス1.2%,4~6月期マイナス0.9%と,7~9月期マイナス0.2%と改善傾向にやや鈍化がみられる。輸出は,88年前年比18.3%増と高い伸びとなった後,89年は前年末から9月にかけてドル高傾向であったことに加えて後半のハリケーン・ヒューゴ(9月)等の天災,ボーイング社のストライキ(10~11月)といった一時的要因もあり同11.0%増と伸びが鈍化したが,3年連続で2桁の伸びとなった(第1-3表)。しかし,90年に入ると1~3月期前期比2.7%増,4~6月期同1.3%減,7~9月期同1.7%増とやや伸び悩みがみられる。これは,欧州の景気減速によりこれまで好調であった欧州向けの資本財輸出の伸びが幾分鈍化したこと,海外での投資収益受取の減少等からサービス輸出が減少していること等によるものと考えられる。

一方,輸入は,89年前年比6.0%増の後,90年に入ると個人消費等内需の動きに対応して1~3月期前期比0.6%増,4~6月期同0.2%増と伸びが鈍ったが,7~9月期は一時的な消費の回復を背景に同1.9%増とやや伸びが高まった。

今後の純輸出の動向については,ドル安という好材料に加えて欧州の景気が総じて好調を続けていることから輸出が堅調な伸びを続ける一方,内需の不振から消費財輸入を中心に輸入の伸びが鈍化すると考えられるため,改善していくものと見込まれる。

(5)在庫投資,政府支出の推移

在庫投資は,88年,89年とも,農業在庫投資の減少を経済の順調な拡大にともなう非農業在庫投資の増加が補うかたちとなり,全体ではGNP成長率への寄与度はいずれもゼロとなった。90年に入ると,乗用車販売の動向が在庫投資の動きに影響しており,GNP前期比年率成長率への寄与度をみると,自動車関連の小売在庫が大きく増減するのに歩調を合わせ,1~3月期マイナス2.1%,4~6月期プラス1,1%,7~9月期マイナス0.5%と大きく変動している。在庫残高を1か月の販売高で除した在庫率をみると,個人消費の伸びの鈍化等から,89年末にかけて製造業で1.6か月台になるなど全般にやや高まりをみせたが,90年に入ると乗用車販売の不振に対応して在庫調整が行なわれたこと等から製造業では低下傾向にあり,全産業では1.46~1.49か月の間で安定した推移を示している(第1-7図)。このように,このところの内需の一層の鈍化は意図せざる在庫の積み上がりという形では表れていない。

政府支出は,89年に前年比2.3%増となった後,90年に入って1~3月期前期比年率2.9%増,4~6月期同6.2%増,7~9月期同1.2%増と増加を続けている。これを連邦政府支出と州・地方政府支出に分けてみると,連邦が89年前年比2.1%増の後,90年1~3月期前期比年率0.4%増,4~6月期同16.4%増,7~9月期同0.1%増となった一方,州・地方は,89年前年比2.4%増の後,90年1~3期前期比年率4.8%増,4~6月期0.6%減,7~9月期2.0%増となっている。