平成元年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1988~89年の主要国経済

第11章 ソ連・東欧:ソ連,89年経済は減速へ

A. ソ  連

1. 概  観

ソ連は,1989年をもって第12次5か年計画(1986~90年)の4年目を経過した。この計画期のこれまでの経済実績を生産国民所得の前年比伸び率でみると,86年は4.1%と比較的順調であったが,87年には2.3%に低下し,88年はその反動もあって4.4%と回復をみせたものの,89年には1~9月期前年同期比2.4%と再び減速を示した(第11-1表)。89年の経済不振は,従来生産国民所得の伸びを支えてきた工業総生産の伸びが落ち込んだことが大きく影響しているとみられる(後述)。

ソ連経済は,ブレジネフ政権(1964~82年)後半,とくに第10次5か年計画(1976~80年)以降,幹部指導層の規律の乱れ,不適切な経済運営,軍事費の増大,労働者の怠慢,技術革新の遅れ等から,慢性的停滞に陥った(ソ連でも「停滞の時代」と呼ばれている)。このため85年3月に成立したゴルバチョフ政権は,「ペレストロイカ」(改革)政策の下で改革を続けており,89年には既存の社会主義システムでは考えられなかった大胆な政治の民主化・経済の自由化を実行に移しているが,経済的成果は国民に十分もたらされておらず,改革は試練を迎えている(本編第2章第6節参照)。

89年の改革の動きをみると,政治面では,中央での党,政府,議会の民主化とともに,民族運動の活発化する地方共和国レベルでも民主化,自主権の拡大が推進されている。89年に入っての経済改革で特に重要と思われるのは,所有制度の改革である。10月の最高会議で採択された賃貸法は,土地,生産手段の長期にわたる賃貸借を認め,事実上の私有制度を承認した。また,従来国家所有となっていた天然資源等について共和国にも大幅な所有権を認め,経済上の自治権拡大を進めている。

東欧諸国が国民の民主化・自由化要求で動揺する中,ソ連の立場・考え方を明確にする必要から,ゴルバチョフ最高会議議長(兼共産党書記長)は,ソ連が民主的社会主義を目指すことを明確にした(89.11.26付共産党機関紙プラウダ)。ただし,共産党一党独裁の政治体制の変革には慎重な姿勢を崩していない。

89年12月の米・ソのマルタ会談では,ブッシュ米大統領がソ連のペレストロイカ支持を言明し,ソ連のオブザーバーとしてのGATT加盟に前向きな姿勢を表明するなど,ソ連の世界市場への一体化が促進される方向にある。

2. 生産動向

(1) 工業

工業総生産は,80年代にはおおむね4%前後を保ってきたが,89年1~9月期には前年同期比2.2%増と,3%台を割り込む近年にない低い伸びとなった(前掲第11-1表)。このうち,生産財生産部門は同1.2%増(88年前年比3.5%増),消費財生産部門は同5.2%増(同5%増)で,生産財の生産を抑えて消費財の生産を重視する政策をとっている。しかし,生産財生産部門は工業総生産の7割以上を占めるため,その伸びが低すぎることが,工業全体の伸びの低下を招いたとみられる。また,89年夏に各地で頻発した炭鉱ストの影響が年後半になって強まったことも工業全体の伸び率低下の一因とみられる。

部門別にみると(第11-2表),燃料・エネルギー部門は,89年前年比で電力3.9%増,石油2.7%減,天然ガス3.4%増,石炭4.1%減となり,石油生産の不振と炭鉱ストの影響がみられる。機械製作部門は,産業全般の技術再装備を促すものとして重視されており,NC鍛造・プレス機械,NC工作機械,計算機器・同部品,医療機器・同部品,などの先端技術分野の機械生産は順調であるが,一方,エクスカベータ(掘削機),精油装置,農業機械,トラクター等が計画未達成となっている。化学・林業部門,建設資材部門も年後半の落込みが大きかったことから計画未達成となった。軽工業製品部門では,VTR,カラーテレビ,洗濯機等が順調だったものの,ミシン,乗用車は前年を下回った。食品工業製品部門では,アルコール飲料,砂糖,食肉,乳製品は,国営商店等では品不足といわれながらも,増産となっている。

(2) 農 業

農業総生産の動向をみると(第11-3表),好調であった86年(前年比5.3%増)に対して,87年は寒波の影響から不振となり(同0.6%減),88年も干ばつによる穀物の不振から伸び悩んだ(同0.7%増)が,89年にはやや回復が見込まれている。

穀物生産は,86年2億1,010万トン,87年2億1,140万トンと78年以来の2億トン台を回復していたが,88年には一部の穀倉地帯での干ばつ等から1億9,500万トンと2億トンを割り込んだ。しかし,89年は比較的天候に恵まれたこともあって2億1,000万トン程度まで回復すると見込まれている(アメリカ農務省89年5月発表資料)。

一方,食肉や乳製品に対する国民の要求の高まりを背景に,肉牛・乳牛等の家畜類への飼料用穀物の需要が増大しているため,国内生産の不足分を補うためにアメリカ,カナダ等を中心とした西側諸国から大量の穀物輸入を行っている。ソ連の穀物輸入量は,86~87年度(穀物年度,7月~翌6月)2,750万トン,87~88年度3,200万トン,88~89年度3,850万トンと次第に増加してきたが,89~90年度については,89年秋の収穫が良好とみられることや,外貨節約のための穀物輸入削減強化に努めていることから3,300万トン程度になるものと予想されている(前出アメリカ農務省資料)。

畜産部門は,輸入穀物等により飼料供給が確保されたこともあって,89年1~9月期前年同期比で,食肉2%増,ミルク2%増と増産を示しているが,需要を充足するには至っていない。

3. 国民生活

第10次5か年計画(76~80年)以降,ソ連では国民生活の向上を目標に掲げ,消費財生産の伸びが生産財生産の伸びを上回る目標設定がなされている。しかし,従来の重工業・軍事部門優先策から,消費財生産部門は資本ストック等の面で発展が遅れてきたため,高まる需要に追いつけない状況にある。

雇用動向をみると,80年代以降労働力の伸び悩みがみられ,労働者・事務職員数は,88年前年比0.9%減,89年1~9月期前年同期比0.6%減とマイナスに転じている(前掲第11-1表)。他方,国営企業の独立採算制への移行に伴う合理化等により失業者が急増しており,第12次5か年計画が始まった86年からすでに300万人が失職し,2005年には失業者は1,500~1,600万人に達する見通しとされる(89.10.31付プラウダ紙)。失業率は,中央アジアの共和国(タジク25.7%,ウズベク22.8%,トルクメン18.8%,キルギス16.3%)及びカフカス地方の共和国(アゼルバイジャン27.6%,アルメニア18%)で高率となっている(同紙)。

所得面では,88年以降名目賃金の上昇傾向が続いており,労働者・事務職員の月平均賃金は89年1~9月期前年同期比8%増(88年前年比7%増),コルホーズ農民の労働報酬は同6%増(同5%増)といずれも高まっている。一方支出面では,①国営商店の慢性的品不足のため価格の高い(国営商店の2~3倍程度といわれる)自由市場・協同組合商店やヤミ市場での購入に頼らざるを得ないこと,②食料品,日用品,衣料品等の生活必需品のインフレ率が高まっていること,等による支出増に対する不満が高まっている。

国営・協同組合商業の小売売上高は89年1~9月期前年同期比9.9%増(88年前年比7.6%増),国民への有料サービスは同17%増(同15.3%増)といずれも高水準の伸びを示している。

第11-1図 ソ連貿易の推移

4. 外国貿易

貿易動向をみると(第11-4表,金額ベース,以下同じ),ソ連の主要輸出品である石油の国際価格下落等から戦後初めて貿易総額(輸出入総額)が前年を下回った86年に続いて,87年も再び前年を下回るなど,ソ連貿易は縮小傾向が続いていたが,88年に入ってやや回復し,89年は西側先進資本主義諸国との取引増大から拡大傾向を示している。88年の輸出総額は前年比1.5%減となったのに対し,輸入総額は7.1%増と拡大した。輸入拡大の要因として,西側からの穀物輸入,消費財輸入の増大が挙げられている。89年に入ってもこの傾向は続き,1~6月期前年同期比で輸出総額1.1%増,輸入総額7.6%増と,西側を中心に輸入が増大している。

取引圏別の貿易額を89年1~6月期の前年同期比でみると,対社会主義諸国との取引では輸出3.2%減,輸入2.5%増で,輸出入合計では減少している反面,対西側先進資本主義諸国との取引では輸出15.3%増,輸入16.6%増,対発展途上諸国との取引では輸出0.3%減,輸入21.5%増と,拡大している。

貿易収支は輸入の急増を受けて,近年続いていた黒字が大幅に縮小し,88年は20.8億ルーブルの黒字(前年74.0億ルーブルの黒字)となった。その後,89年1~6月期には25.6億ルーブルの赤字へと転換している。うち,対西側先進資本主義諸国との貿易収支は,89年1~6月期で22.5億ルーブルの赤字(88年1~6月期は18.3億ルーブルの赤字)であった。

取引圏別のシェアをみると(前掲第11-1図),81年をピークに以後87年まで西側諸国(先進資本主義諸国及び発展途上諸国)のシェアが低下してきていたが(81年47.2%から87年32.8%),87年以降の西側との貿易自由化や合弁企業促進の政策により,88年になって西側諸国との貿易取引額が次第に回復してきており(34.7%),89年1~6月期も先進工業諸国を中心に西側諸国のシェアの高まりが見られる(37.3%)。

5. 1990年経済計画及び予算

90年経済計画をみると(前掲第11-1表,第11-2図),前年計画値比で国民総生産2.3%増,生産国民所得1.1%増,工業生産財生産部門0.5%増,工業消費財生産部門6.7%増,社会全体の労働生産性2.8%増となっており,やや消極的とみられた89年計画に比べてもさらに低い目標設定となっている。これは,87~89年まで連続して計画値水準を達成していないため,前年計画値比での計画水準を引下げざるを得なくなったためとみられる(付注11-1)。

90年予算をみると(第11-5表),歳入4,299億ルーブル(前年比6.2%減)に対して歳出4,899億ループル(同1.0%減)と,600億ルーブルの赤字予算となっている。