平成元年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1988~89年の主要国経済

第8章 アジア・中東

3. タイ:投資及び輸出の増加続く

(1) 概 観

タイでは,89年に4年目の経済拡大期に入った。86年以降①円高・ドル安の中で,バーツの対ドル・レートが殆ど上昇しなかったことから輸出の価格競争力が強化され,工業品を中心に輸出が伸びていることに加え,87年以降は②労働集約型産業を中心に海外からの直接投資の流入が拡大していることなどを背景に,輸出・設備投資に主導された経済成長が続いた。また,この経済拡大期に,タイの経済構造は,農業依存型から建設・鉱工業やサービス業(特に観光業)に依存する構造になった。

88年には,農業生産が良好であったのに加え,工業製品等の輸出や投資が急増し,消費も好調であったことなどから経済の拡大が続いた。89年に入っても,海外からの直接投資は衰えず,経済は建設・鉱工業を中心に底固い成長が続いている。物価は,投資の活発化に伴う建設資材の高騰などから89年に入り上昇率を高めている。経常収支は,工業品輸出好調や石油価格の下落から86年に黒字化したが,輸入の大幅増加から87年以降再び赤字に転じている。しかし,観光収入の黒字は拡大し,資本収支も大幅な流入超となっている。外貨準備も着実に増えている。

(2) 生産動向

88年には,農業部門が降雨に恵まれ8.6%増と好調であり,製造業も88年前年比12.4%増と87年に引き続き高い成長を示したことから,全体の実質GDPの成長は11.0%増と87年を上回った。特に内需関連産業カ弓1き続き好調であった(建設業13.7%増,運輸・通信業10.8%増,電力・水道業13.4%増)。

農業生産(産業別実質GDP)をみると,88年については,順調な降雨に恵まれ前年比8.6%増となった。主要産品である米(籾ベース)は,89年は2,150万トンと前年比3.4%増(88年2,080万トン,同15.6%増)となると見込まれている(FAO推計,89年12月)。また,89年上半期のタイの米輸出は350万トンと前年同期の170万トンから2倍以上に増えている。

製造業生産(実質GDPベース)は,輸出関連業種を中心に生産が拡大したことを主因に88年前年比12.4%増(87年同13.6%増)となった。89年に入っても,製造業生産(12ヵ月移動平均)は,89年3月前年同月比10.6%増,6月同16.4%増と高い増加率が続いている(87年前年比8.4%増,88年同10.5%増)。

内訳をみると,輸出関連業種では,繊維・同製品は89年1~7月前年同期比17.3%増(輸出金額ベース)となったが,ICはアメリカ向けの減少から同15.1%減となった。内需関連でも自動車1~7月同42.9%増,オートバイ同30.4%増となったほか,建設資材関連の生産も投資が活発化しているため好調(セメントが89年1~7月同30.6%増,鉄棒も89年1~7月同36.9%増)となった。産業用電力消費量は1~3月期前年同期比19.9%増,4~6月期同28.3%増,7月前年同月比23.1%増と高い伸びを続けている。

89年の動きをまとめてみると,こうした内・外需の好調をうけて89年7月にタイ中央銀行は今年の経済成長率を当初予測の9%から9.7%へ上方修正し,国家経済社会開発庁も予測成長率を10.3%に引き上げた。89年12月にはタイ開発経済研究所(IDRI)は,12月にタイ経済成長率の89年実績見込みを10.5%とし,90年見通しを9.9%と発表した。タイ中央銀行も12月には89年の実質成長率を工業部門の15.0%成長から10.8%とし,90年は8.5%の実質成長率を予測している。

(3) 需要動向

実質民間最終消費支出は,88年は前年比9.8%増(87年同7.6%増)と伸び率を高めた。具体的には,首都圏デパート売上(名目)が88年前年比20.7%増となったほか,オートバイ販売台数が同59.2%増,自動車販売台数は同45.0%増と好調であった。89年に入っても,首都圏デパート売上(名目)が89年1~7月前年同期比14.7%増となっているほか,オートバイ販売台数が同33.8%増,自動車販売台数は同34.6%増と力強い消費の伸びが続いている。

実質総固定資本形成は,87年に前年比13.2%増と大幅な上昇となった後,88年には同17.7%増とさらに伸び率を高めた。内訳をみると,輸出関連企業の能力増強投資や持続的な経済成長をうけた内外からの投資の増加のために機械設備投資が前年比21.1%増と急増,建設投資も住宅や商業部門の増加を反映して同13.2%増となった。89年に入っても,投資は,海外からの投資の急増や経済の拡大傾向の持続を背景に高い伸びを続けている。BOI(投資委員会)奨励投資申請総投資(名目)は台湾や日本など海外からの投資の急増もあり89年1~8月前年同期比36.4%増の1,863.7億バーツ(88年前年比197.9%増の2,018.0億バーツ)と急増した。外国投資内訳(登録資本金ベース,89年1~7月累計)をみると,日本が42.9%,台湾が18.1%,アメリカが4.5%,イギリスが4.9%,香港が1.6%を占めた。加えて,90年度歳出予算がインフラ整備費前年度比52%増と積極的なこともあって実質総固定資本形成は,今後も底固い増加が期待できると考えられる。(第8-3-1表)。

(4) 物価・労働動向

物価は,87年に入って上昇率を高めたが,88年半ば頃からは石油価格の低下もあって上昇率にやや鈍化がみられた。しかし,89年に入って再び上昇率を高めている。卸売物価上昇率は89年1~3月期前年同期比5.0%上昇となった後,4~6月期同4.9%,7~9月期同6.1%,10~11月同3.7%となった(88年同8.2%)。消費者物価上昇率も,88年前年比3.8%の後,89年4~6月期同4.4%,7~9月期同6.3%,10~11月同6.4%と上昇率が増加し,政府が年初予測した89年のインフレ率(4.5%)を上回る勢いである(第8-3-2表)。また,車や住宅などの高騰のため経済的中間層にインフレ実感が強い。タイ中央銀行は,89年の消費者物価上昇率は5.5%にとどまるとする一方,90年は6.0~6.5%と予測している(89年12月)。

88年の完全失業率(完全失業者/労働力人口)は,経済拡大を背景にした非農業部門の雇用者の高い伸びを主因に87年の6.8%から5.8%に低下(88年の非農業部門の雇用者数は前年比7.9%増,農業部門同2.6%増)するなど雇用情勢は改善している。89年も就業者が1~7月前年同期比37.7%増となり,雇用情勢は改善傾向が続いている(88年前年比18.6%増)。しかし,内外企業の投資ラッシュが続き,管理職・技術職の供給が需要にまったく追いつかないため,タイの日系企業の間で人材不足問題が大きく浮上してきている。

(5) 国際収支動向

貿易動向をみると,輸出(通関,ドル・ベース)は,工業製品が好調であり,87年前年比31.4%増,88年同35.0%増の後,89年に入っても1~3月期同31.8%増,4~6月期同37.0%増,7月前年同月比25.7%増と好調である。こうしたタイの工業製品輸出の急速な増加の背景には,85年春以降のドル高修正の下で,円・欧州通貨が対ドル・レートで大幅に切り上がるなかで,タイ・バーツは対ドルで小幅な調整にとどまった(87年1~12月の間2.9%上昇,88年同1.7%下落,89年1~9月同2.7%上昇)ことから価格競争力が増していることが理由に上げられる。一方,輸入(通関,ドル・ベース)は,工業生産が活発なことを背景に中間材・資本材輸入が増えており,88年同46.8%増,89年1~3月期同35.3%増,4~6月期同21.9%増,7月前年同月比39.8%と大幅な増加が続いている。88年の経常収支(バーツ・ベース)は,輸出を上回る輸入の大幅な増加となったことによる貿易収支の悪化を主因に87年の93.2億バーツから422.4億バーツへと赤字幅は大幅に拡大した。89年についても,旅行受取の増加などから貿易外収支黒字幅は拡大しているものの,輸出を上回る輸入の高い伸びが持続しているため貿易収支赤字幅が,1~7月で237億バーツ(前年1~7月244億バーツの赤字)と高水準横ばいで推移していることから経常収支は依然大幅な赤字となっている(第8-3-3表)。タイ政府は輸入の伸びが資本財輸入の急増に基づくもので,輸出が好調に推移しているので,貿易赤字に一過性のものとみている。しがし,大幅な直接投資の流入を主因に資本収支は大幅な黒字(89年1~7月768億バーツ)となっている。

タイの日本からの直接投資と輸入についてみると(第8-3-4表),直接投資は86年から大きく伸び,89年にはいってからは,落ち着きはじめている。一方,対日輸入は87年から大きく伸び始め,89年にはいっても増勢が続いている。日本からの直接投資によって建設された工場等の施設が本格的に稼働し始めたことが,企業内貿易としての部品等の輸入の増加に結びついていることが背景にあると考えられる。ちなみに,85年と88年上半期との対日輸入の商品別構成を比べると,資本財輸入が大きく伸びていることが注目される。

(6) 政策等

タイ政府は,1990年度予算案において,経済関係費(前年当初予算比47.9%増)を大幅に拡大している。特に地域開発,雇用創出のために農業振興や社会資本整備に重点配分している。


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