平成元年

年次世界経済報告 本編

自由な経済・貿易が開く長期拡大の道

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

要  旨

第1章 軟着陸をめざす世界経済

世界経済は88年には先進工業国で旺盛な設備投資,途上国では活発な輸出と内需に牽引され,予想を上回る力強い成長を示した。その結果88年後半から89年初にかけて稼働率の高まり,労働需給の引締まり等を背景に物価上昇傾向がみられたが,各国の適切な政策対応,経済構造の変化による物価上昇圧力の吸収,石油・一次産品価格の落ち着き等を主因に物価上昇傾向は次第に和らぎ,多くの国で経済は軟着陸(物価上昇率が低下する中で成長が減速し,急激な経済変動なく潜在成長率近辺の成長軌道にのること)に向かっている。

アメリカと日本の経常収支赤字・黒字は88年に縮小し,89年以降も緩やかに縮小している。西ドイツの黒字は88年以降,むしろ拡大している。アメリカの赤字のファイナンスは88年には民間資本を中心になされた。重債務発展途上国の債務問題は依然厳しく投資率の低下,低成長等の困難な課題に直面している。

主要国の財政金融政策をみると,88年春以降の景気拡大に伴う物価上昇懸念に対して主に金融引締めで対応し,短期金利は上昇したが,長期金利は安定的に推移した。財政政策については,中期的な視点から財政赤字削減,歳出構造の改善,税制改革が各国において進められている。

第1節 堅調続く需要拡大

(世界経済)

世界経済は82年を底に7年にわたる拡大局面にある。名目GNPは世界全体で約20兆ドル,うちアメリカ,ECはそれぞれ約5兆ドル,日本は約3兆ドルとなっている。先進工業国では設備投資に主導され,88年の成長率は4.4%と84年以来の高い伸びとなった。発展途上国は4.2%と高い成長を達成した。これは,アジアNIEs及び中国に主導されたアジアで成長率が高まったためである。他方,ラテンアメリカは構造的な低成長が続いている。ソ連・東欧は全般的に成長の伸びは鈍い。世界経済の拡大に伴い,世界貿易(数量ベース)も88年9.0%と76年来の高い伸びを示し,名目では約3兆ドルとなった。特に,各国の設備投資ブームを反映して,資本財貿易が大きく拡大した。88年の輸出数量の伸びはアメリカが23.5%,輸入数量の伸びは日本が16.7%と高まった。

(アメリカ経済)

アメリカ経済は,88年には干ばつの影響を除く実勢の成長率は4.7%と高い伸びとなったが,89年上半期の成長率は実勢で前期比年率2.4%と減速している。

民間設備投資は稼働率の上昇,企業収益の改善等を背景に,88年から89年上半期にかけて高い伸びを続けている。輸出は,85年初来のドル高修正の効果,世界的な設備投資ブームによる資本財輸出の増加等から高い伸びを続けている一方,輸入は成長の減速に伴い伸びを低めていることから純輸出の成長に対するプラスの寄与が続いている。個人消費は,88年は前年比3.4%と堅調に推移し成長率に対し2分の1の寄与を示し,89年に入って貯蓄率の上昇とともに伸びが鈍化している。このようにアメリカ経済は88年には個人消費の緩やかな拡大と堅調な設備投資,純輸出に支えられていたが,89年上半期には個人消費の伸びが一層緩やかとなる一方,民間設備投資は引き続き堅調に推移し,純輸出も成長に対してプラスの寄与となった。

(その他先進国)

日本では,87年後半以降,民間設備投資と個人消費の内需が主導する形の景気拡大を続けており,88年5.7%,89年上半期前期比年率4.8%の成長を遂げた。

イギリスでは,88年に個人消費,住宅投資,設備投資の内需が急拡大し景気は過熱したが,政策金利が相次いで引き上げられるなか89年に入って住宅投資,個人消費を中心に内需の伸びが鈍化している。西ドイツでは,88年には,消費,投資,輸出のすべてが成長に寄与し,3.6%と79年以来の高成長となり,89年上半期も投資,資本財輸出の好調により前年同期比4.6%と成長を高めている。外需寄与度は,88年のO%,89年上半期は,1.9%となり外需依存型となっている。

フランスでは,88年には76年以来の高成長(3.4%)を記録し,89年に入ってからも堅調な個人消費,活発な設備投資の内需に支えられ引続き拡大を続けている。イタリアでも消費,投資の内需が好調であり88年には3.9%の成長を達成した。89年もこの傾向が続き内需は過熱気味となっている。カナダでは,88年には内需が強く過熱気昧の景気拡大を示したが,89年に入って過熱傾向も若干和らいでいる。オーストラリアでは88年は民間投資が大きく拡大し,88年末から89年初めにかけて内需は過熱気味となったが,金融引締めにより過熱傾向は一服した。

(発展途上国)

アジアNIEsの88年の成長率は,9%と高成長を維持したが,89年に入って全般に為替レート,労働コストの上昇等による国際競争力の低下から輸出が伸び悩み,成長テンポは鈍化している。しかし,所得上昇による消費の好調と投資の増加が景気の下支えとなっている。アセアンでは,製品輸出の拡大,内需の好調により成長を高めている。中国では,88年夏にかけて経済は過熱したが,88年秋以降,調整策が採られるなか,過熱傾向は緩和している。南西アジアでは,88年は7.8%の高い成長となった。

ラテン・アメリカでは,81年以降景気後退が続いており,88年わずか0.7%の成長となった。

(社会主義国)

ソ連では,88年のGNPは87年よりは回復したものの,その伸びは低く農業生産も伸び悩んでおり,ペレストロイカの経済面への実効は上がっていない。東欧諸国も88年の成長は鈍化している。

第2節 加速した物価上昇率とその抑制

世界経済が長期拡大を続けるなかで,製品・労働需給が引き締まり,加えて88年末からの石油価格の上昇もあって,物価上昇率は88年末がら89年にかけて多くの国で高まりがみられた。

主要国の物価上昇とその抑制の背景をみると,製品需給については,稼働率が上昇し89年初にピークを迎えており,アメリカでは,稼働率の高い産業で,卸売物価上昇率が高まった。しかし,他方で生産能力の増大,在庫管理の適切化,輸入による供給制約の緩和等もあって物価上昇を抑える方向に作用した。

輸入物価から卸売物価,卸売物価から消費者物価への波及をみると,段階を経るにつれて価格上昇が吸収され,よりマイルドな上昇率となった。労働需給面では,雇用拡大,失業率低下が続き,労働市場がタイトになるなか,賃金上昇率も高まったが,生産性の上昇や第2章第3節に述べる労働市場の構造変化から70年代のような賃金・物価のスパイラルは生じなかった。石油・国際商品市況は,89年前半まで物価上昇要因となったが,春から夏にかけて市況もピークを越え,むしろ物価安定要因となっている。

第3節 経常収支不均衡の縮小過程と国際資金フローの拡大

アメリカの経常収支赤字は,88年には1,265億ドル(GNP比2.6%)と前年比約170億ドル縮小したが,89年に入ると縮小ペースに鈍化がみられる。これは,貿易収支赤字が緩やかながら縮小してきているものの,投資収益収支の黒字の急減,赤字化により,貿易外収支が黒字から赤字へ転じているためである。この投資収益収支の悪化は,対外純債務の累積による対外利払負担の増大がもたらしたものである。アメリカの対外純債務残高についての試算によれば,経常収支の赤字による対外債務の増加が利払の増加を通じて経常収支をさらに悪化させ,対外債務を増加させるという悪循環を避けるためには,貿易収支赤字の縮小幅がある程度以上になることが必要である。

日本の経常収支黒字は,88年には796億ドル(GNP比2.8%)と前年より縮小した。88年央から黒字幅が一進一退ながら縮小傾向にあったが,89年4~6月期には,貿易収支黒字が縮小したことに加え,貿易外収支赤字が拡大したために,経常収支黒字は大きく縮小した。貿易外収支の中でも旅行収支の赤字が拡大しており,89年上半期には,西ドイツの旅行収支赤字を上回っている。西ドイツの経常収支黒字は,88年に前年より拡大し,89年に入っても拡大している。

これは,EC統合に向けてヨーロッパ諸国の投資が活発化していることがら西ドイツの資本財輸出が伸びており,貿易収支黒字が拡大しているためである。

アメリカの経常収支ファイナンスの姿を資本収支によってみると,87年には公的部門によるネットの資本流入が大きがったが,88年は直接投資,証券投資等,民間資本の流入が大きな割合を占めた。対米直接投資の増加に対してはイギリスと日本の寄与が大きく,88年末の残高では,イギリス,日本がそれぞれ1位,2位となった。日本の資本収支については,証券投資の流出額が大きいものの,直接投資の流出額も大きく増加した。西ドイツについては,利子源泉課税の導入により,88年には大幅な長期資本流出が起こったが,89年4月には同税の廃止が決まったため,89年4~6月期には流入超のパターンに戻った。

発展途上国の債務残高は,88年末で1兆2,400億ドルにのぼる。デット・サービス・レシオは,88年末19.6%と債務返済負担の変わらぬ厳しさを示している。

ニューマネーの供与は滅少傾向にある一方,返済額は増加しており,途上国への資金フローは,ネットで流出超(88年430億ドル)となっている。加えて資本逃避も大きく,国内の資金不足により,投資も不足している。低投資は低成長につながり低成長がさらに資本流出を産むという悪循環が生じている。このような債務問題が最も深刻なラテンアメリカ等の苦境を打開するため,89年3月債務削減により重点を置いた新債務戦略が発表され,7月にはメキシコの債務救済に適用された。

第4節 財政・金融政策の動向

(財政政策)

アメリカの財政赤字は,レーガン政権下急速に増加し,83年度には対GNP比6.3%に達したが,その後低下し88年度には3.2%となった。しかし,88年度の赤字(1,552億ドル)はグラム・ラドマン・ホリングズ法の上限1,440億ドルを上回っており,89年度についても上限1,360億ドル+100億ドルを上回る1,521億ドル(GNP比2.9%)となっている。これは,同法が予算編成時の削減には強制力をもっても年度途中の赤字増加には無力であることによる。このように財政赤字削滅は足元でもなかなか進んでいないが,中期的にみても貯蓄金融機関の救済に係る財政負担,社会保障基金の黒字が財政赤字削減努力を緩ませる可能性がある等問題が多い。

西ドイツでは,財政赤字の対GNP比は86年1.2%,87年1.4%,88年1.8%と拡大したが89年には低下が見込まれている。イギリスでは,87年度から公共部門の収支は黒字化している。フランスでは財政赤字は83年をピークに徐々に縮小している。日本では財政再建が進んでおり,公債依存度の低下,特例公債の発行額の減少も着実に進んでいる。

カナダでは,財政赤字の対GDP比は86年度以降,縮小してきているが,88年度には4.8%と高水準である。イタリアも,88年11.5%と依然二けたの赤字である。

主要国の一般政府支出・収入の対GDP比をみると,支出については,80年代半ば以降(イタリアを除き)低下傾向を示すようになり,収入については,景気拡大が続くなか,概して高まっている。さらに歳出の中昧をみると,アメリ力,西ドイツで総固定投資の比率が低下している。

税制改革も,所得税の税率引き下げ,税区分の簡素化,課税ベースの拡大,法人税の税率引き下げ,各種控除の廃止,消費税への傾斜等が各国で進められている。ECでは加盟国間の付加価値税率の調和が課題となっている。

(金融政策)

87年10月の株価急落後の金融緩和から,88年上期には,欧米諸国は力強い景気拡大,インフレ率上昇の懸念等を背景に金融引き締めへと政策を転換した。

このため短期金利は上昇傾向を続けた。他方,長期金利は金融引き締めがインフレ抑制に成功するとの市場の見方等を反映して,比較的安定した推移を示した。マネーサプライは,各国とも目標を実績が上回る傾向がみられる。

為替相場は,88年中は,86,87年と比べれば,はるかに落ち着いた推移を示した。G7による為替安定を目標に置いた政策協調も,88年の為替相場の安定的推移に貢献した面も大きい。89年に入ると金利差,インフレ格差,貿易収支等の要因が総じてドルに有利に働いたことからドルは強含んで推移した。

アメリカの貯蓄貸付組合(S&L)の経営危機に対し,89年8月に立法措置により,破綻先の整理・清算のために約500億ドルの資金援助がなされることとなった。また,アメリカで盛んに行われているM&A,その一形態であるLBOは,非金融企業の債務の増加を通じ,金利上昇期には,借入側ばかりでなく,貸出側の金融機関にも悪影響が及ぶ可能性も考えられ,注意が必要である。

第2章 長期拡大のミクロ的要因

83年以降世界経済は7年間の長期にわたって拡大を続けている。その特徴としては,①先進工業国において88年央から89年前半にかけてインフレ圧力が高まったが総じて緩やかな物価上昇にとどまったこと,②設備投資が成長に大きく寄与していること,③雇用状況が総じて改善していること,④主要国の対外不均衡縮小のテンポは緩やかとなっているが,国際資金フローに大きな滞りが生じていないこと等があげられる。

このような世界経済の好パフォーマンスの要因として,家計や企業の行動変化,労働市場,財市場,金融資本市場がより自由に機能するようになったこと等のミクロ的要因があげられる。

第1節 家計行動の変化

(アメリカの消費の増加と貯蓄率の低下)

アメリカの個人消費は83年から86年まで4%台の高い伸びを続け,87年には株価大幅下落の影響等により,2.8%に鈍化し,88年には3.4%と堅調な伸びを示した。このような個人消費の伸びは,82年から88年までのGNPの伸び(年率4.1%)に対し6割強の寄与を行い,アメリカの景気拡大を主導した。しかし,他方で個人貯蓄率は,81年から87年まで一貫して低下し,大幅な財政赤字とともに経済全体の貯蓄不足の主因となった。このため,外国資本流入への依存度が高まり,これと裏腹の経常収支赤字の継続にも寄与しているほか,資金コストの上昇等を通じ投資の阻害要因ともなっている。

消費を①可処分所得,②家計純資産,③年令別人口構成,④企業買収等に伴う個人株主の株式売却金の現金受取で説明する関数を推計し,70年代に比べた80年代の消費の増加を要因分解したところ,①の寄与が最も大きく,③も一貫してプラスに寄与しているほか,④も84年以降のM&Aの隆盛に伴い相当大きな寄与を示した。このようにアメリカのM&Aのマイナス面は,企業経営面にとどまらないことがわかる。

貯蓄促進のため,税制上の措置として,ホーム・エクィティ・ローンの利払いの所得控除等,消費促進的な税制の見直し,IRAのスキームの活用,キャピタル・ゲイン課税の滅税などが考えられる。

(ヨーロッパの消費・貯蓄動向)

イギリスの82年以降の景気拡大に対しても個人消費の寄与は大きく88年のイギリス経済の過熱の主因ともなった。この消費の大きな伸びと並行して貯蓄率は大きく低下しているが,その背景には消費者ローン借入の増加と,80年代半ば以降の住宅価格の値上がりを主因とする個人資産の増加があったとみられる。西ドイツにおいても,個人消費は内需拡大に相当寄与しているが,貯蓄率はむしろ上昇している。

第2節 企業行動の変化

(設備投資ブームの要因と効果)

最近の世界的な設備投資ブームの要因として,第一に,長期の経済拡大が続くなかで,供給制約が顕在化し,これに対応した資本ストックの調整が起こっていることが基本としてあげられる。さらに第二に,企業収益の改善による投資マインドの向上があげられる。アメリカ,イギリス,日本では87年以降,企業収益はトレンドを上回る改善を見せている。第三に,ハイテク技術革新等による資本財価格の低下が,投資コストの低減あるいは,労働から資本への生産要素の代替を通じて投資の増加につながった面があるとみられる。設備投資デフレータとGNPデフレータの比率をみるとアメリカ,日本では最近時点で80年の8割近い水準まで低下しており,イギリス,西ドイツでも80年当時よりは低下している。第四に,ハイテク等の技術革新の進展とその設備化があげられる。アメリカの財別設備投資をみると,構築物よりも機械設備の伸びが大きく,機械設備の中でもコンピューター等の情報処理関連機器の伸びが大きい。第五に,EC統合に向けて競争の激化,市場規模の拡大等が見込まれることから域内企業の体質改善,能力増強のための投資や域外企業の「域内化」のための直接投資が起こっていることがあげられる。

設備投資は,生産能力化して需給を緩和させ,また,労働の資本装備率の上昇を通じ労働生産性の上昇にも寄与することがデータにより確かめられる。

(M&A,LBOの功罪)

アメリカでは,M&A(企業買収・合併)やその一形態であるLBO(買収先企業の資産を担保とする,借入による資金調達に依存した買収)が盛んに行われている。M&Aは,企業の経営資源が有効に活用されておらず株価がその潜在価値よりもかなり低いとみられる場合になされ,本来生産の効率化に資するものとされてきたが,今日ではむしろ,企業の借入金に対する税制優遇措置等を背景に,企業の売買益を狙ったマネー・ゲームの手段としての色彩が強くなり,マクロ経済や信用秩序へ悪影響を及ぼすリスクがある。特にアメリカの製造業の負債比率が近年急上昇しているが,その相当部分はM&Aによるとみられている。この負債比率の上昇は,キャッシュ・フローの面から投資を圧迫したり,金利上昇期や不況期の企業の経営困難を助長し,貸出側の経営不安にまで及びかねない。行き過ぎたM&A,LBOに関する何らかの対応を検討することも考えられる。

第3節 労働市場の変化

世界経済の長期拡大が続くなか,雇用も全般に拡大している。今回の雇用拡大の特徴をみると,①サービス産業の雇用拡大のペースが製造業のそれを上回っていること(ヨーロッパでは,製造業の雇用は減少している),②ヨーロッパを中心にパートタイム雇用が拡大していること,③ベビーブーム世代の成熟化,若年雇用対策の効果等から若年失業が減少していること,④長期失業が減少していることがあげられる。各国で雇用拡大が続き,労働需給カ引き締まる中で賃金上昇が緩やかなものにとどまっているのは,次のような要因によるものと考えられる。

第一には,80年代初めの高インフレを金融引き締めにより乗り切ってから,企業や家計等経済主体のインフレ期待が沈静化していることがあげられる。アメリカや西ドイツの労働協約における協約期間の平均賃金上昇率は,インフレ期待の低下を反映して,80年代初めから最近にかけて大きく低下している。第二には,労働争議の滅少,労働組合の組織率の低下等にみられるように,労使関係が変化していることがあげられる。第三には,賃金上昇の物価上昇とのリンクが見直されていることがある。アメリカでCOLA条項が適用される労働者の割合は80年以降約6割から4割へ大幅に低下している。第四の要因としては,就業者構成がサービス産業,パートタイム等の比較的賃金水準が低く組織化の進んでいないセクターにシフトしていることがあげられる。

労働市場における今後の課題としては,地域間職種間における労働モビリティの改善や,労働者の労働インセンティブ,企業の雇用インセンティブを阻害する要因(高すぎる失業給付,社会保障負担等)の除去,実質賃金の柔軟性の改善などがあげられる。さらに,ヨーロッパでは,外国人労働者の失業問題が国全休の失業問題解決の足かせとなっており,本国人以上に多面的な対応が必要となっている。

第4節 財・サービス市場の変化と市場機能の活用

(輸入の役割)

今回の長期の経済拡大において,物価が落ち着いた動きを示した背景には,安価な輸入品の流入が供給の厚みを増し,需要の増大が国内需給のひっ迫に直接的な形でつながらなかったことが要因の一つとしてあげられる。例えば,アメリカの化学,機械,衣料においては稼働率が87年以降上昇するながで,輸入も増加し,物価があまり大きく上昇しなかった。

(規制緩和による公的介入縮小)

アメリカ,イギリス等では,70年代から運輸,通信,エネルギー等の分野で規制緩和に取り組んできたが,今やこれは世界的な潮流となっている。これまで公的部門が直接これを供給したり,規制を行ったりしてきた産業においても規制緩和や競争原理の導入を進めている例がある。

費用逓減産業においては,規模の経済が働き自然独占が形成される。このような産業に対し従来の価格の直接規制に代わり,①価格または価格上昇率の上限を定める価格キャップ制の導入(イギリスの電話会社),②施設の共同利用(大西洋横断電話ケーブル)による競争原理の導入などの規制緩和がなされている例がある。また,アメリカの航空産業の規制緩和の評価は大きく2つに分かれ,実質運賃の下落や労働生産性の向上が評価される一方,不採算路線の切捨てや寡占化の進行の指摘もある。

バス運送業のように公共性の観点から参入,退出規制が行われることがあるが,これも新規参入を容易にし,競争を導入することにより,運賃の低下,サービスの量の拡大等のパフォーマンスの改善につながっている(イギリスにおけるバス運送業)が,反面,小規模都市でのサービス供給が行われなくなったり,旧国営バス会社への集中が進むなどの弊害が生じた。

さらに,国が直接に財・サービスの供給を行う事業についても,効率の改善が図られ,民営化や政府出資比率の引下げなどがなされている(イギリス,西ドイツのエネルギー関連産業)。

第5節 金融・資本市場の変化

(世界市場の一体化)

80年代に入って国際金融資本市場の拡大テンポは,世界貿易や世界GNPのような実物経済の拡大テンポをはるかに上回っている。特に,各国において目立つのは,資本市場の拡大である。しかし,このような拡大テンポも88年にはやや鈍化した。これはアメリカの経常収支不均衡のファイナンスが,主にアメリカ国内の金融資本市場での証券取得,直接投資という形をとったためにユーロ市場の役割が低下したことが一因とみられる。

金融の自由化,国際化も各国で進んできている。金利の自由化が西ドイツ,イギリス,アメリカ,日本において順次進められ,フランスでも部分的に進んでいる。銀行と証券の業務分野規制については,西ドイツ,フランスでは,ユニバーサル・バンキング制をとっており,イギリスでは86年のビッグ・バンによって銀行の証券業務への進出が進んだ。しかし,西ドイツの資本市場の発展の遅れ,イギリスのマーケットメーカーの経営悪化等の問題がある。アメリカでは,グラス・スティーガル法の枠組みは維持しつつも海外業務や子会社を通じて銀行の証券業務への進出が進んでいる。内外市場分断規制についても,為替管理の撤廃,投資規制の緩和が進んでおり,アメリカ,日本でオフショア市場が拡大している。ECでは90年7月以降,域内の資本移動が自由化されることになっている。

このような金融の自由化,国際化は,各国の資源配分の効率性を高めるという効果に加え,アメリカや発展途上国に対して円滑に資金を供給する役割を果たしたが,他方で各国の金融資本市場の連動性を高め,金融面でのリスク管理の重要性と国際協調の必要性を高めている。

(EC資本移動自由化と通貨統合への動き)

ECでは市場統合の一環として,金融面の統合が進められている。資本移動の自由化については,一部の国を除いて90年7月までに達成すべきこととされており,これに伴い,各国の証券貯蓄税制の調和が急務となっている。金融制度の統合については,域内国全てに通用する単一銀行免許制及びユニバーサル・バンキング制の導入,域外国の銀行に対する相互主義の適用等の基本方針が定まっている。,また,89年4月には経済通貨同盟に関するドロール・レポートがまとめられ,欧州統一通貨,中央銀行に至る三段階の道筋が示されたが,第一段階について,合意が得られているのみで,第二段階以降については意見が分かれている。

第6節 社会主義国の構造改革

市場指向型の経済改革による経済効率の改善は社会主義諸国においても進められている。ソ連では,ペレストロイカの下,大胆な政治改革が進められているが,消費財不足やインフレの進行,財政赤字の拡大等,経済面での成果があがっていない。企業の独立採算制も,企業の創意工夫の余地が限られていたり,流通市場,資金市場等の条件整備が進んでいないことからあまり成果はあがっていない。不振の農業部門においては,土地,建物等の生産手段の私的所有を事実上認めることにより,生産意欲を刺激する方針が打ち出されている(89年4月)ほか,コルホーズ,ソフホーズの前年を上回る増産分をドルで買い上げる新政策が発表された(89年8月)。

東欧では,改革の進め方について積極的(ポーランド,ハンガリー),消極的(東ドイツ,ルーマニア),中間(チェコスロバキア,ブルガリア)に分極化する傾向を示してきた。ただし,今後の動向については注意深く見守っていく必要がある。アルシュ・サミットでは,ポーランド,ハンガリーの改革に対する支援が宣言され,EC委員会を中心に食糧援助等が具休化している。改革に消極的であった東ドイツでは,ハンガリーやチェコスロバキア,ポーランド経由で西ドイツに大量の亡命者が出ている。

中国では,78年からの経済改革により高い成長を続けてきたが,市場原理の導入が軽工業に偏り不均等であったために,問題も生まれている。地方政府や企業の自主権の拡大は投資を活発化させたが,小規模企業が主体となっていることから投資効率が低くなっており,財政補助金支出の増加を招いた。また,軽工業が重工業に対して価格設定の自由度が高く採算も良かったことから軽工業の生産が伸び,重工業部門が不振という問題も生じている。全般に経済改革に比し政治改革が遅れており,そのことが経済改革の歪みを拡大し,国民の不満を招く一因となったとみられる。

ソ連・東欧諸国とOECD諸国との貿易取引は,80年代に入ってから減少傾向を続けてきたが,世界的な景気拡大や東西の緊張の緩和の気運を背景に88年になって回復の兆しを見せている。

第3章 世界貿易の拡大と構造変化

世界貿易は1国の需要拡大を各国に伝播するチャネルとして,83年以降の世界経済の長期拡大を支える重要な役割を果たしてきたが,他方でアメリカを中心として保護主義の動きも高まってきている。本章では,保護主義と自由貿易が交互に台頭してきた長期の世界貿易の流れの中で現時点を位置づけるとともに,80年代の世界貿易が工業品を中心に大きな構造変化を示していることをみる。次いでこのような構造変化をもたらした要因として技術革新の取入れに関する企業行動が重要であり,その相違が各国の競争力の強化,弱化につながったことを示す。さらに世界貿易の拡大の核となっているアジア・太平洋地域の貿易,活気を取り戻しつつあるEC,EFTAのヨーロッパ貿易の状況を見る。最後に,経常収支不均衡縮小のため各国の合意している政策コミットメントの実施状況をみるとともに,自由貿易の維持・強化の必要性の根拠となる議論を整理する。

第1節 世界貿易の150年

戦後のGATT自由貿易休制の下で,世界貿易は年率5%を上回る伸びを示したが,これに匹敵するのは,イギリスが自由貿易に移行し,ドイツ,アメリ力等にも普及していった1840年代から1870年代にかけての時期のみである。これに対して1880年代から1930年代にかけては,世界全体が保護主義とブロック化への道を歩んだ時期であり,世界貿易の伸びは年率3%からO%まで落ち込んだ。

①イギリス重商主義(15世紀末~18世紀半ば)通商上の覇権を巡ってイギリスはオランダ,次いでフランスと争い,18世紀半ばには最終的な勝利を得た。イギリス重商主義の特徴は,貿易会社への特許権,工業への独占権の付与という間接的な手段によって貿易・産業の強化を図ろうとする点にあった。また,アメリカ植民地の経済に対し,様々な抑圧を行った。②イギリス産業革命の進展と独立アメリカの保護主義(18世紀末~19世紀初め)イギリスでは18世紀末に産業革命が起こり,綿・羊毛工業,石炭,製鉄,蒸気機関等が他国に先がけて発展した。また,イギリスのアメリカ植民地の抑圧に反発し,アメリカは独立を達成した。独立アメリカは,国内産業保護のため,保護主義を採り,関税を引上げていった。③自由貿易の拡大(19世紀半ば~19世紀後半)イギリスでは,技術者の海外移住や機械類の輸出の解禁,穀物法,関税,航海法の廃止により自由貿易に移行した。アメリカにおいても関税が引き下げられ平均税率は20%に低下した。大陸ヨーロッパでもプロシアを中心に通商の拡大が進められ,また2国間関税引下げ協定等により自由貿易への傾向が強まった。

世界貿易の伸びも,1830年代の年率2.5%強から1840~70年代に4~5%に高まった。④自由貿易の後退と保護主義の拡大(19世紀末~20世紀初)1873~1875年の経済恐慌をきっかけに,アメリカ・ドイツが保護関税の導入により保護主義に戻った。イギリスの世界輸出に占めるシェアが急速に低下し,アメリカ,ドイツのシェアが高まるなか,イギリスのドイツに対する敵愾心が高まった。後のブロック化につながる動きとしてイギリスでは帝国特恵関税制度の提唱,アメリカ,ドイツの2国間相互協定による差別的な関税の適用等があった。⑤保護主義,ブロック化の進行(1910年代~40年代前半)アメリカが世界輸出に占めるシェアでドイツ,イギリスを上回った。各国は国内では,産業の集中化を進め,対外的には植民地を拡大した。貿易政策では,アメリカで1930年にスムートホーレイ関税法が成立,世界各国が対抗的に関税引上げを行い世界貿易は縮小した。イギリスの帝国特恵関税の設定(1932年),アメリカの通商協定国との貿易拡大等ブロック化も進んだ。⑥GATT自由貿易体制(1940年代後半~現在)1947年にGATTが設立されて以来,関税の引下げ等貿易の自由化が多角的無差別に進められ世界貿易はかってない高い伸びを示した。近年,GATT枠外の貿易措置として数量制限,一方的な報復,制裁の動き,地域主義的な動き等がみられるが,歴史をふりかえってみると,貿易問題に関する唯一の国際フォーラムであるGATTの下に,自由貿易の維持・強化を図ることが望ましい。また,かつてのイギリスが保護主義によって国際競争力の再強化をし得なかったことに鑑み,追い上げられている国(アメリカ)の企業の生産力の強化,追い上げている国(日本,ドイツ)の輸入の拡大が必要である。

第2節 80年代の世界貿易の構造変化と主要国産業構造の変化

80年から88年まで世界貿易(金額ベース)は44.1%拡大した。その特徴は,①製品のシェアが大きく高まり,全貿易の約4分の3を占めるに到っていること,中でも近年資本財のシェアが高まっていること,②世界貿易に占める先進国の輸出入シェアが拡大したこと,③先進国の水平貿易の進展と途上国の先進国向け製品輸出の拡大(80年の約6割から87年の約7割へ)である。世界の製品輸出に占めるアメリカのシェアは,80年代に低下し西ドイツ,日本よりも低くなった。他方アジアNIEsは急速にシェアを高めた。品目別には,自動車,事務通信機器等の輸出でアメリカのシェアの低下,日本のシェアの上昇がみられる。また,途上国の追い上げがみられる鉄鋼,繊維製品(衣服を除く),衣服の分野でアメリカの輸入シェアが高まっている。産業内分業が進んでいる化学製品の輸出シェアと輸入シェアにおいては上位3国が同一となっている(輸出入いずれも西ドイツ,アメリカ,フランスの順)。

アメリカ,日本,西ドイツの製品の品目別特化係数をみると,アメリカでは80年代に全般に輸入特化が進行し,日本では製品について輸出特化,食料,原材料等において輸入特化となっており,特に自動車の輸出特化が大きい。事務通信機器については,アメリカが輸入特化に転じ,日本が輸出特化を高め,西ドイツが輸入超過となっている。化学製品については3か国とも輸出特化を低め水平貿易の進展を示している。

米,日,独の品目別の貿易相手国をみると,アメリカについては輸入超過品目,輸出入均衡品目の主な輸入相手国は日本であり,また主な輸出相手国も日本となっている。日本からみても製品の輸出相手国としてのアメリカのシェアは大きく,また食料等の輸入におけるアメリカのシェアは大きい。他方,西ドイツは輸出入ともEC依存度が高い。

次に,米,日,独の品目別の輸出入比率をみると,アメリカについてはコンピュータ,電子機器,航空機の輸出比率が高まっている一方,テレビ・ラジオ,電子機器,コンピュータの輸入比率も高まっている。日本は,米,独に比べ全般に輸出・入比率が低い。逆に西ドイツは全般に輸出・入比率は高く,水平貿易型の貿易構造を示している。

以上みたような貿易構造の変化は,産業構造の変化を背景としている。生産能力の変化を業種別にみると,アメリカでは鉄鋼で能力減少があった以外は各産業で高い能力増をみている。それにもかかわらず輸入比率が高まっているのは,需要の伸びが供給の伸びを上回ったためである。日本では電気機器,自動車等加工組立産業で高い能力増があった。西ドイツでは資本財の伸びが大きい。

雇用の変化をみると,アメリカでは航空機で伸びている以外は製造業の雇用はおおむね滅少している。日本では電子計算器・周辺機器の伸びが著しい。西ドイツでは事務・情報処理機器,電気機器,自動車等で雇用が伸びている。

第3節 企業行動と国際競争力

(キャッチアップを可能とした先行国の要因,追い上げ国の要因)

19世紀末のイギリス,現在のアメリカが,ドイツ,日本にキャッチアップを可能とさせた要因として,技術革新の分岐点における,生産技術の選択が決定的な役割を果たしている。プロセス・イノベーション(同一の製品の生産技術の革新)において,19世紀末のイギリスの鉄鋼業や,ソーダ灰産業が新たな技術の導入に遅れ,後発国にキャッチアップされたように,現在のアメリカでは鉄鋼業,自動車業で伝統的技術に固執し日本に追い抜かれつつある。新製品の開発に関するプロタクト・イノベーション,製品差別化の中でのセグメントの選択においても同様の問題点を見い出せる。

19世紀末のイギリス,現在のアメリカの共通の問題点としては,マクロ的には投資率が低いこと,ミクロ的には経営者の投資決定が短期的な視野でなされ長期的な技術革新の利益が軽視されること,生産と教育・研究開発のリンクが弱いことがあげられる。

(ケース・スタディ)

アメリカの自動車産業の競争力の低下の一因としては,生産システム自休の問題があげられる。すなわち画一的なモデルを大量生産システムにより生産するために工程が細分化,単純化されたことが,逆に需要の変化に応じた生産のフレキシブルな対応を困難にした。また,ラインを止めないために予備在庫,予備設備が多く必要となり,コスト高となった。部品供給メーカーとの関係は短期的で品質改善や商品開発の面で柔軟性を欠いていた。これに対し,日本ではチーム単位の仕事の分担,多品種少量生産方式,ジャストインタイム方式,自動化等による予備在庫の圧縮,部品供給メーカーとの有機的な協力関係により,生産性の向上,不良率の低下,商品開発サイクルの短縮が可能となった。

このため,日本企業の工場の生産性は,アメリカにあろうと国内にあろうとアメリカ企業の生産性を上回るに至っており,最近では日本の合弁企業における日本式経営方式などの導入を通じて,アメリカ企業の生産性向上に寄与している。

民生用電子産業においても,アメリカ,ヨーロッパの競争力の低下,日本の競争力の高まりがみられる。その背景には,①日本企業の不断の研究開発,プロタクト・イノベーションの推進,②米,欧企業の短期的な利益を追求した行動,③市場ニーズに対応したマーケッティング戦略の適否等があったとみられる。

アメリカと日本の半導休産業はそれぞれ異なる発展の経過をたどった。その相違点およびそれぞれの特徴としては,①アメリカでは小規模のベンチャー企業が主休であるのに対し,日本では総合電気メーカーが主休となっている。②アメリカでは軍事需要が大きく,民生用需要が小さいために,コスト削滅努力が不足した。③日本では企業内の技術蓄積,アメリカの優れた技術に対するアクセスの容易性が,技術水準の向上につながった。④日本はMOS型ICの実用化に比較的早期から取り組んだことで微細加工技術の向上を図ることができた。

日,米,欧の企業の財務比率をみると,売上高利益率ではアメリカが,ヨーロッパ,日本を上回っている。これは,①企業が事業資金の多くを個人株主から調達していることから,配当率を高めに維持する必要性があること,②価格引上げを行いやすい寡占的な経営環境によるものとみられる。しかしアメリカではM&Aブームの中で,株価を高めに維持して買収されにくくするため,負債により資金調達をして自己資本比率を引下げ自己資本利益率を高める行動も見られる。このような短期業績主義によって財務比率に過度に敏感になることは,長期的な視点からの研究,開発,競争力の強化をなおざりにする恐れがある。

第4節 アジア太平洋貿易の発展とその課題

(アジア太平洋貿易の発展)

アジア太平洋地域の貿易は,過去10年程の間に世界貿易の伸びを上回る勢いで拡大し,世界貿易に占めるシェアも拡大している。これに伴い域内各国の貿易関係も深まっており,特に,日本,アジアNIEs,アセアン,中国間の貿易関係の緊密度が顕著である。また,北米,オセアニアも西欧との伝統的関係から脱却してアジア地域との貿易関係を強めている。

アジアNIEsの貿易は,過去3年間,工業品の輸出を中心に急速に拡大し,この地域の高度成長の牽引力となった。しかし,最近では貿易環境の変化から輸出が伸び悩む一方,国内市場の拡大から輸入が増加している。この結果,貿易黒字が縮小するなどしている。アセアン貿易は,工業品輸出の拡大,一次産品価格の堅調などから,80年代央の低迷を脱して急速に回復・拡大をみせている。

中国の貿易は,経済開放・経済自由化の進展の度合いを反映する形で振幅をみせつつも概して拡大し,アジア太平洋地域経済圏との結びつきを強めている。

さらに,南西アジアにおいても経済自由化,外資導入の積極化等の動きがみられるとともに,一部労働集約的工業品の輸出が顕著に拡大している。

最近は,貿易摩擦の高まりなどから,アメリカに代わって,内需主導の経済成長を続ける日本のアブソーバーとしての役割が高まっているほか,逆に,アメリカの輸出拡大にとってアジア市場の重要性も増している。

(アジア太平洋貿易発展の要因と背景)

アジアNIEsは,早くから輸出主導の工業化に転換を図り,その成功によって高目の成長を実現してきたが,86年以降,低石油価格,低金利,為替レートの低下等から輸出を急拡大させ,連続して二桁成長を実現した。しかし,最近では,賃金の大幅上昇,為替レートの上昇等,高度成長を支えた要因が剥落してきており,アセアンの追い上げなどもあって,内需拡大,産業構造の高度化,輸出市場の多角化,新たな国際分業関係の形成等,構造調整が必要となっている。

アセアンも,70年代から80年代にかけ外向きの工業化に転換し,アジアNIEsに次ぐ高い成長を実現した。対外直接投資の急増等を足掛かりに次第に脱一次産品に向けた工業化努力を実らせており,アジアNIEsが相対的にコスト競争力を低下させるなかで輸出は回復・伸長をみせている。

アジア太平洋貿易の目覚ましい拡大の背景には,北米,日本,アジアNIEs,アセアン,中国等がそれぞれの経済の持ち味を生かして互いに競争する中で,産業構造の高度化,多角化を図る方向で国際分業関係を進展させるというダイナミズムがある。

この国際分業の深化に大きく寄与しているものとして先進国やアジアNIEs等の活発な直接投資がある。海外直接投資は,良質かつ低廉な労働力,相対的に整備されたインフラを求め,当初はアジアNIEsに集中していたが,最近は,これらの国際競争力の低下,供給制約の顕在化から,労働集約的な製造業についてはアジアNIEs自身も含めアセアンに投資先を求めるようになっている。

アセアンの中には,対外債務残高の対GNP比がメキシコやブラジル並みの高さとなっている国もあるが,外向きの工業化によって,経済成長を高めることでこうした資金の順調な流入が可能となっている。アジア太平洋地域の人の移動・交流も活発化し,来訪外人客数の推移をみると,近年目立って増加している。

(新たな展開を見せるアジア太平洋地域経済協力)

21世紀に向けて,この地域がさらなる経済発展を続けていくため,相互依存関係の深化を踏まえた新たな地域協力関係が模索されている。11月初には,政府レベルの会議としてアジア太平洋経済協力閣僚会議の初の会合が開催された。このようなアジア太平洋地域における経済協力の推進のため,わが国の建設的な役割が望まれる。

第5節 ヨーロッパ貿易の構造

(EC貿易の特徴)

EC域内貿易シェアは年々高まる傾向にあり,EC統合を控えその動きは加速している。また域外の貿易相手国として,近年EFTA,日本,アメリカ,アジアNIEsのシェアが高まっている。EC域外貿易の業種別構成については,輸入においては工業製品が増加し,農産物,エネルギー等一次産品が減少しており,輸出においては,ここ10年間業種構成があまり変わっていない。このような輸出構造の固定化は硬直的な産業構造を反映しているものとみられる。1992年EC統合は,まさにこのような硬直化した産業構造を立て直し,競争力の低下したEC経済の復権を目指したものにほかならない。

(EFTA貿易の特徴)

EFTAは,ECとの比較では,統合の程度がはるかに弱い。域内関税を漸次引き下げ,撤廃し,域内に自由貿易を実現しようとした点は,ECと同じであるが,域外に対しては,共通関税を設けておらず,その性格は言わば,関税同盟にも至らない緩やかな結合といえる。

EFTA貿易の大きな特徴は,①域内貿易依存度が低いこと,②ECへの依存度が高いこと,であり,こうした特徴は,時系列的にみても加速している。これは域内貿易が自由化されたものの域内各国のみで貿易を拡大し得る余地は,規模の小さいEFTAの場合,非常に限られていたためとみられる。

(ヨーロッパ貿易の現状と将来)

EC域内貿易の特徴はEC諸国がもともと似かよった発展段階,産業構造を持ち,相互に水平分業を行っていることである。一方,ECとEFTAも,EC諸国が域内で行っている貿易と全く同様の水平貿易を行っている。

また,地域的にもEFTA諸国は西ドイツを主要貿易相手国としており,この点もEC諸国と類似している。さらに,西ドイツとEFTAの間にもEC諸国と同様の貿易不均衡が生じており,しがもこのところ,拡大する傾向にある。

1992年EC統合を契機として,ヨーロッパ域内貿易は大きく変貌しようとしている。EFTAとECの各加盟国は欧州経済圏(EES)の創設に合意し(ルクセンブルク宣言),協議に乗り出している。EESは最終的には,ECを越えたヨーロツパ全域での,人・物・サービス・資本の自由移動を可能にし,より緊密な共同市場の形成を目標としている。しかし,欧州経済圏のような地域統合は,EC同様,地域に固執することなく,域外に開かれたものとすることがヨーロッパ自身にとっても,また世界貿易にとっても望ましい。

第6節 自由貿易の維持・強化

これまでみてきたように世界貿易は各国経済のダイナミズムを高めるが,ダイナミズムの根源は絶えざる技術革新の進展と伝播により産業・貿易構造が変化し,各国の比較優位が変わっていくことにある。このようなながで,先行国は追い上げ国を不公正としがちであるが,産業の生産力,国際競争力といった供給面の改善を図る必要がある。追い上げ国も後発の立場を主張しがちであるが,輸入拡大により貿易の拡大に貢献すべきである。

経常収支不均衡縮小のために各国の合意している政策コミットメントの実施状況をみると日本は,内需主導型成長と輸入の大幅な拡大によりコミットメントを実行しており,これを維持・継続することが求められている。アメリカでは財政赤字の削減,貯蓄率の改善,競争力の強化について一層の努力が必要である。保護主義圧力への抵抗というコミットメントについては,包括貿易法,スーパー301条の対日適用等にみられるようにむしろ大きく後退している。アルシュ・サミットではこのようなユニラテラリズムに反対することで合意されたところである。最近,日本に対して向けられている種々の保護主義的な議論を整理するといずれも経済的には正当化されない。

自由貿易のメリットについては,完全競争が成り立たない場合についても市場がコンテスタブル(参入可能)であればメリットがあるとされているなど,現実的な状況を考慮した上でも自由貿易を正当化する論拠は多い。

したがって,GATT体制の下で自由貿易の維持強化を図ることが依然として重要であり,またアメリカがその覇権が揺らぐ中で保護主義に向かうのではなく,自らの供給面の改善を通じて国際競争力を再強化することが最も望ましい。


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