昭和63年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1987~88年の主要国経済

第8章 アジア・中東諸国

4. サウジ・アラビア:経済はやや回復の兆し

(1)概  観

86/87年度の経済をみると,実質GDPは石油部門の生産増加を主因に5年ぶりに前年度比プラスに転し,経済はやや回復の兆しがみられる。しがし,石油収入は80年代初に比べ著しく低水準となっており,その結果,貿易収支黒字は大幅減少傾向にあり,財政は緊縮路線を続けなければならず,赤字補填のための初の国債発行がなされる状態にある。また,物価はやや高まりを示している。政府は,石油市況の変動に対し安定的販路を確保するため石油部門の再編を進めているほか,小麦生産を中心とする農業開発にも取り組んでいる。

(2)生産活動

86/87年度(86年3月~12月分を年率換算したもの(年度区分については第8-4-3表参照))の実質GDP成長率は,非石油部門生産がマイナスとなったものの,石油部門生産の大幅増加により,前年度比4.7%増と81/82年度以来のプラス成長に転じた(85/86年度同6.1%減)。

石油部門生産は81/82年度以降マイナス成長であったが,86/87年度同25.6%増とブラスに転じた(85/86年度同4.4%減)。これは,サウジ・アラビアが85年後半以降の原油市場でのスウィング・プロデューサー役の放棄とネットバック価格での販売の開始に伴い,86年半ばにかけて原油の大幅増産に踏み切ったためと考えられる。なお,実質GDPに占める石油部門のシェアは64/65年度の約60%から86/87年度には約30%(85/86年度約25%)となっている(非石油各部門については,それぞれ,小売・サービス業15.0%,製造業(石油化学含む)10.6%,運輸・通信8.0%,農業7.5%,建設業7.1%など)。

非石油部門生産は84/85年度以降マイナス成長を続けており,86/87年度も同2.4%減となった(85/86年度同6.7%減)。そのうち民間部門は,84/85年度以降マイナス成長となり,86/87年度も同2.7%減となった。業種別の生産をみると,農業が生産技術の改良や政府の補助もあって14.0%増,公益事業(電力,ガス,水道)も10.5%増と高い伸びを示したほか,製造業が主に精製部門の成長から1.1%増となった。しかし,建設業が主要インフラストラクチャーや住宅の建設がおおむね終了したこと等から12.8%減となり,また,建設部門の活動の減退等から輸送等や小売・サービス業も影響を受け,それぞれ7.6%減,6.5%減となった。なお,農業は,食料自給や石油収入の農民層分配による国内経済格差の縮小など内政上の目的から,政府の補助金政策により近年成長が著しい。特に小麦については,政府買上げ価格が市場価格を大きく上回るなど多額の補助金(86/87年度農業関連補助の74%)により,その生産は87年に253万トン(82年24万トン)となり,約140万トンを輸出するに至っている(小麦の耕地面積は全農産物の59%(86年10月))。一方,政府部門の活動は,石油収入の減少から財政支出が削減され,82/83年度以降マイナスを続けており,86/87年度も1.6%減となった。ただし,民間,政府部門ともマイナス成長ながら減少幅は前年度よりも縮小した(第8-4-1図)。

(3)石油生産

原油生産は,87年については86年12月のOPEC総会で復帰した固定価格制を守る観点から,特に年前半に実質的にスウィング・プロデユーサー役を果たすなど,日量400万バーレルとOPEC国別生産枠を遵守する水準となった(86年同501万バーレル)。しかし,87年後半から恒常的に増産を続けた主にUA E,クウェート,イラクなどのシェア争いにサウジ・アラビアも88年後半から加わる形となり,8月以降同500万バーレルを超す生産を続けている(10月同580万バーレル,88年1~10月平均同460万バーレル)。なお,88年11月のOP EC総会では減産体制が再確認され(88年10月OPEC生産実績同2144万バーレル→89年1~6月OPEC生産枠同1850万バーレル),サウジ・アラビアの89年1~6月の生産枠は同452万バーレルとなった。

一方,石油収入については,87年は原油生産量を抑えたものの,原油価格の回復(アラビアン・ライト,86年ネットバック価格15.1ドル/バーレル→87年公式販売価格同17.52ドル)により230億ドルの収入となった(86年212億ドル)。しかし,88年には非OPEC諸国の生産が増加する中で,湾岸OPEC諸国を中心とした大増産から需給緩和となり,産油国の値引き販売もみられ,再び原油価格は低下傾向(アラビアン・ライト,88年ネットバック価格同14.9・ドル)となり,石油収入は199億ドル(ピーク時81年の約17%)と見込まれている(第8-4-2図)。

サウジアラビアは86年以来,石油市況の変動に対し,安定的販路を確保するため,石油製品部門へ進出し,原油生産がら石油製品販売までの一貫した体制づくりを目指す等の石油部門の再編計画を進めてきている。88年11月には国営サウジアラビア石油会社を設立するとともに,同会社とテキサコ社がアメリカでの石油精製,販売の合弁事業協定に調印した。

(4)物価動向

消費者物価は,内需の低迷や国内財・サービス価格の低下等から82年以降低下を続けて86年も前年比3.0%低下となった。しかし,その低下率は近年鈍化し,87年は主にサウジ・リヤル減価(実質的にドルにペッグ)に伴う輸入物価の大幅上昇(86/87年度前年度比10.7%増)から同1.0%低下に縮小した。88年1~3月期,4~6月期にはそれぞれ前年同期比0.2%,同0.9%の上昇とやや高まりを示している(第8-4-1表)。

(5)国際収支

86/87年度(86年3月~12月分を年率換算したもの)の国際収支をみると,まず貿易面では,輸出(FOB)が82/83年度以降減少を続け,85/86年度914億リヤルの後,685億リヤル(前年度比25.1%減)と大幅に減少した。石油外輸出が石油化学,製造業,農業を中心に増加傾向にあるものの,輸出の大部分を占める石油輸出が,原油価格の大幅低下や非OPEC諸国の増産,消費国の在庫取り崩し等のために大きく減少した(610億リヤル,同28.5%減)。そのなかにあって,石油輸出額全体に占める石油製品シェアが上昇してきている(82/83年度6.9%→86/87年度18.1%)。

輸入(FOB)は輸出減少を受けて削減が続けられ,85/86年度674億リヤルの後,603億リヤル(前年度比10.5%減)と減少した。これは,主要インフラストラクチャー投資の一巡や財政支出削減によるプロジエクト関連輸入の減少,内需の低迷,農・工業での自給率の高まり,ドル減価に伴う輸入物価の上昇等によるもので,主に機械,自動車,建設資材などが減少した。

これらの結果,貿易収支黒字は82/83年度919億リヤルだったものが,85/86年度240億リヤルの後,86,/87年度は82億リヤル(約22億ドル)となり,ほぼ70年代初の水準(ドル建て)に戻っている。

貿易外収支(移転収支を含む)をみると,受取り額が投資収益の増加等から591億リヤル(前年度比11.5%増)となり,支払い額は石油輸出減少に伴うアメリカ・メジャーへの投資支払いや「運賃・保険料」支払いの減少等から1006億リヤル(同15.8%減)となり,貿易外収支の赤字幅は85/86年度の666億リヤルから415億リヤル(約111億ドル)と縮小した。

以上の結果,86/87年度の経常収支は,85/86年度の426億リヤルの赤字から333億リヤル(約89億ドル)の赤字と赤字幅が縮小した。

一方,資本収支をみると,石油部門の資本収支及び非石油部門の直接投資収支の計が36億リヤルの入超となったほか,その他の資本収支(誤差・脱漏を含む)がサウジ・アラビア通貨庁の在外資産の取崩し等により297億リヤルの入超となった(第8-4-2表)。

(6)経済政策

金融面をみると,マネーサプライ(M3)の増加率は,経済の不振と政府支出の削減,銀行の民間部門への貸付の減少等から低下を続け,85/86年度0.9%増となった後,86/87年度には主に民間部門の財・サービス支払い(資本流出)の急減から7.0%の増加となった。

サウジ・リヤルについては,ドルに対して安定的に推移させる政策がとられており,86年6月以降1ドル3.745リヤルとなっている。しかし,実質的にドル・ペッグをとっているサウジ・アラビアにとり,85年以降のドル大幅減価は,輸入価格を上昇させ,貿易収支の悪化要因となったほか,ドル建ての石油収入とドル建て資産の実質価値の目減りをもたらした。また,主要国間の為替相場調整とともに国際協調利下げが行われた結果,対外投資収益にも影響を及ばし,これらが原油価格の下落と相まって経常収支は赤字を続けている。加えて,ドル下落により輸入物価が上昇し,消費者物価が上昇してきている。

財政面をみると,財政収支は石油収入の減少により83/84年度以降赤字を続けてきたが,さらに85年末からの原油価格の大幅下落により,86/87年度(86年3~12月)も609億リヤル(年率換算では731億リヤル)の大幅赤字となった。87年度の赤字予算に続き,88年度予算も,歳入1053億リヤル,歳出1412億リャルで359億リヤルの赤字予算となっている。歳入のうち石油収入はわずか735億リャルで,一方,歳出は前年度予算比11.5%削減の緊縮財政となっており,その中で,政府一般行政費,国防・治安費のほか,人的資源開発への支出が第4次5か年計画(85/86年度から5か年)の基本方針を受けて重点が置かれている。また,赤字補填のために対外資産の取り崩しが続けられてきたが,対外純資産は82年末5280億リヤル(1537億ドル)から87年末には3358億リヤル(897億ドル)まで激減してきており,88年度の赤字補填については,初の国債発行(上限300億リヤル)が予定され一部実行に移されているほか,輸入関税が引き上げられる等の措置がとられている(第8-4-3表)。