昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


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第3章 世界に拡がる構造調整

第3節 西ヨーロッパの活性化と構造調整

西ヨーロッパ諸国の低成長,高失業の背後には構造調整の遅れがあることは長い間指摘されてきており,一部進展もみられるが,なお改善の余地は大きい。第1節でみたように,西ヨーロッパは,日本,アメリカと比較して,設備投資,経済成長率とも低い伸びとなっている。アメリカは国際競争力の強化が課題であったが,西ヨーロッパでは産業のダイナミズムを回復し,労働市場における柔軟性を増大させる必要がある。本節では,こうした西ヨーロッパの活性化と構造調整の主な課題について検討し,その後,現在進められている新たなECの市場統合について述べることとする。

1. 西ヨーロッパの構造問題

西ヨーロッパの構造調整が遅れている背景としては様々な要因が指摘されている。第1節で触れた設備投資の鈍化は,その最も大きな要因の1つであろう。

この背景には,労働市場側の問題と企業側の問題がある。労働市場側の問題としては,労働コストの上昇,失業の長期化,労働モビリティの不足が指摘される。企業側の問題としては,アニマル・スピリット,企業家精神の不足がある。

具体的には,先端産業への対応の遅れの問題,政府の産業補助金のマイナス側面,企業収益率の低さ等の問題がしばしば指摘されている。

(1)労働市場の問題

(労働コストの上昇)

西ヨーロッパ主要国をみると,イギリス,フランス,イタリアでは,職能別組合制の下でストライキの影響が大きかったこと(イギリス)や,賃金の物価スライド制(イタリア,フランス)等の制度的要因もあって,賃金上昇率は,L973~75年の第1次石油危機後に20%前後と大幅な高まりを示した (第3-3-1表)。その後,イギリスでは,1982年の雇用法により,ストライキの要件が厳しくされているほか,イタリアでも,85年に賃金の物価スライド制(スカラ・モビレ)の手直しが行われる等,これらの制度的要因の改善にも手がつけられている。こうしたこともあり,賃金上昇率は,10%前後に徐々に低下してきているものの,アメリカの5%,日本の4%と比べて高く,また,88年4~6月の賃金の前年同期比上昇率をみると,イギリス8.8%,イタリア6.2%と依然他の主要国に比べて高い水準が続いている。労働生産性を差し引いた単位労働コストの増加率をみると,第1次石油危機後,20%前後と高まった後,80年代に入っても,フランス,イタリアは,10%前後と,依然として高い。これに対し,80年代に入って雇用者の減少もあって急速な労働生産性の上昇がみられたイギリスでは,3.6%と低下している。一方,西ドイツでは,労使間の協約が協調的に進められたことや,物価上昇率自体が他の西ヨーロッパ諸国に比べて低かったこともあり,賃金上昇率,単位労働コスト増加率とも80年代には,各々4%,2%で,他のヨーロッパ諸国と比べれば相対的に低い水準にある。しかし,産業別の賃金決定方式のため,労働需給の逼迫,緩和を問わず,全国一律の賃金率となる傾向がある。80年代には,アメリカの単位労働コストは2%程の伸び,日本ではマイナスの伸びとなっており,ヨーロッパでは,西ドイツを含め,単位労働コストの伸びは高いといえる。

単位労働コストが高いことは,企業収益を圧迫し,設備投資の制約要因となったとみられるほか,実質賃金が高く維持されるという形で,後述の高失業のひとつの,大きな背景となったと考えられる。

(失業の長期化)

西ヨーロッパ諸国の失業率は,第1次石油危機後の74年頃から急速に高まり,その後も,若干の上下変動はあるものの上昇傾向が続いた。87年半ば以降イギリス等を中心に若干の低下もみられるが,EC計の失業率は,88年1~3月期で11.4%となっており,全体としてみれば,現在も高水準で高どまりの状態にあるといえよう。こうした高失業問題の中で,当初より特に大きな問題とされていたのは,若年失業の問題である (第3-3-1図)。若年失業の原因としては,既雇用者の雇用維持が優先されたことや,非熟練労働者に対する最低賃金が高めであったこと等いくつかの点が指摘できる。経済全体として活動が停滞した70年代前半には,10代後半の失業率が他の年齢層より著しく上昇しており,若年失業率が全体の失業率を引き上げていたといえる。80年代に入ってからの年齢階層別の失業率をみると,若年の高失業の一方で,20代の年齢階層の失業率の上昇が目立っており,いわば,高い失業率の人口集団(コーホート)が,年齢階層を時間の経過とともに移動してきているようにみえる。

このことを,イギリスの男子の年齢階層別失業率について,やや詳しくみたのが 第3-3-2図である。なお,ここでは,労働力率の変動による失業率への影響を除き,ある年齢層の失業者数が,一定の年数の後の次の年齢階層の失業者数にどう反映されるかに着目するため,当該年齢階層失業者数を当該年齢階層人口で除した「人口失業率」なる概念を用いた。また,景気変動による失業率の変化の要因を除くために,20~24歳の人口失業率を一度稼働率で回帰した残差を20~24歳の景気変動修正済人口失業率と定義している。こうしたことを前提に,20~24歳の景気変動修正済人口失業率と,それ以前の16~19歳の人口失業率の相関関係をみると,ちょうど年齢階層の差にあたると思われる3~5年前の16~19歳の年齢層の人口失業率との間の決定係数が高くなっている。言い換えれば,当初の失業の理由が何であれ,一度高い失業率を経験したコーホートの失業率は,その後も継続して高いという傾向がうかがわれる。

このことは,特に若年で失業した者の場合,職業技能の習得がより困難となり,それ故にその後もなかなか就労しにくい状況に陥るというような深刻ないわゆるヒステリシス(履歴)効果が生じている可能性を示唆している。こういったこともあり西ヨーロッパでは,失業期間が1年を超えるいわゆる長期失業者が増加傾向にあり,全失業者に占める長期失業者の割合をみても,82年から87年の間に,イギリスで34%から43%,フランスで42%から46%,西ドイツで21%から32%(86年)といずれの国でも高まっており,その水準も高いといえよう。

西ドイツ,イギリス,フランスとも,製造業の雇用者がいまだに減少しており,雇用者の増加は,サービス業を中心としており,このうち女子パートタイム労働者の割合が高まっている。フランスでは,政府の若年雇用フログラムにより雇用者数を増加させているものの,同プログラムの終了者が失業者として入ってくるため,失業率が高まるという傾向になっている。西ドイツでは,経済の拡大テンポが低いことに加え,女子の労働市場への参入や東欧諸国からのドイツ系住民等の流入などから労働力人口も増加しており,これが失業率が高止まりしている要因となっている。

地域別の失業率(付表3-1)をみると,西ドイツのバーデン・ヴェルデンベルグ(シュトットガルト等),やイギリスのイースト・アングリア等にみられるように,主に機械・電子産業等への積極的な取組等を背景として,5~9%と失業率に低下がみられる地域もあるが,西ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン(デュセルドルフ等)やフランスのロレーヌ地方,イギリスのノース地区等のように依然として鉄鋼,造船等の伝統的産業をかかえている地域では,10~14%と失業率には改善がみられない。こうした背景には,産業誘致がうまく行われていないこと等もあろうが,一方で,地域間の労働の移動があまり活発でないことがあろう。高失業地域の失業率が高いまま継続し,モビリティに欠けることは,失業の長期化の1つの要因として考えられよう。

(2)先端産業への対応の遅れ

先端産業部門は,技術進歩の進展を通じての生産性の向上の実現,また他産業への波及効果,そしてそれによる産業構造調整の進行等をもたらすと考えられる。こうした意味でこの部門への積極的な投資は,非常に効率的な投資であるといえよう。しかし,第1節でもみたように,西ヨーロッパの国をみると,このような部門への投資が少なかったことが指摘できる。また,前述したように,特許出願件数をみても,西ドイツでは,アメリカ,日本と比較して少ない。こうしたことを背景として,先端部門での産業の成長が相対的に遅れているといえる。実際に,EC全体の域外に対する競争力を貿易特化係数(輸出特化が+1,輸入特化が-1)で,業種別でみてみると(付図3-6),化学,鉄鋼といった伝統的といえる部門では,+0.3~+0.5と高めの位置でほぼ横ばいとなっているのに対して,電気機械,光学機械,コンピューター関連事務用機器といった先端技術を多く含むと考えられる部門では,65年には+0.1~+0.3であったが,87年にはO~-0.5と大幅な低下となっている。このように,化学,鉄鋼の一部伝統部門では,相変わらず,競争力をもっていると思われるものの,先端部門ではその対応の遅れがあったこともあり,域外に対しての競争力は大幅な低下となっている。

(3)政府の産業補助金

西ヨーロッパにおける政府の産業政策をみると,各国に共通していえるのは,鉄鋼,造船といったいわゆる比較優位を失いつつある産業に対して,積極的に構造調整を進めるのではなくて,補助金を支給することにより,それらの産業を手厚く保護する対策をとったことである。このような政策は,短期的なものとしての調整援助,雇用対策,地域政策等の観点からみれば,ある程度正当化される面もあるが,ここで問題となるのは,このような政策が長期にわたり継続しているということである。実際に,主要国の政府補助金のGNP比をみると,西ヨーロッパでは2%(資本移転勘定を含めると3.0%~4.0%になる)前後で,アメリカ,日本の1%前後と比較して長期間にわたり高い割合が続いているのがわかる(第3-3-2表)。こうした長期にわたる政府の産業保護政策は,結果として,非効率な限界産業を温存することとなり,こうした意味では,積極的な産業構造調整に対して,マイナス要因として働いたと考えられる。

(4)低い企業収益率

西ヨーロッパの企業収益率(粗営業余剰/粗資本ストック)をみると (第3-3-3図),1975年で,イギリス5.5%,西ドイツ13.6%と,アメリカ15.4%,日本20.5%と比較して低くなっている。そしてこの傾向は70年代を通じて継続した。80年代に入り,イギリスでの雇用法の改正や,イタリアのスカラ・モビレの見直し等のような制度面の若干の改善がみられたこと等もあり,企業収益率は,イギリスで1981年4.8%から1986年には8.9%,西ドイツで1981年11.2%から85年14.6%とやや改善がみられるが,日本(1986年で19.6%)と比較すれば,まだ低い水準にある。

このように,西ヨーロッパでは,低い設備投資の伸び,労働コストが相対的に高いこと,労働市場において高失業及び失業の長期化が存在すること,先端部門への対応が遅れたこと,比較優位を失いつつある産業への政府の保護を長期間行っていること,企業収益率が低かったこと等の様々な要因が相互に関連しあって影響し,経済成長率が相対的に低い伸びとなっており,産業構造面の調整もあまり進行しておらず,経済も活発でないといえよう。

2. 92年に向けての新たな市場統合への動き

このような,ヨーロッパの活性化のためEC諸国は,ローマ条約の設立の目的であった域内経済の統合に向けた行動を再開した。これは,1992年末までに,EC加盟国間の人,物,サービス,資本の移動の制限を撤廃し,市場を統一する構想である。ここでは,今回のECの市場統合の動きがどういう経緯で起こってきたかを述べた後,市場統合の内容,効果,そして,最後に現状の問題点という順番で述べることとする。

(1)EC市場統合の経緯

現在進められているECの市場統合構想は,1958年のローマ条約のなかですでに提唱されており,その意味では,全く新たなものではない。

ECの市場統合の推移を年代別にみてみると,1960年代は,主に関税同盟を中心としたものであり,1968年には域内関税が撤廃されて,関税同盟が出来あがった。また,1962年には共通農業政策がはじまった。こうしたこともあり,EC各国は,域内市場を中心とした拡大をとげた。これは,工業品輸出の域内貿易依存度が40%から50%に上昇を続けたというようなことからもうががうことができる。1970年代は,石油ショック等もあり,各加盟国は自国の国内的対応に追われ,市場統合の動きはあまり進展はみられなかった。域内貿易依存度は50%で停滞した一方,世界工業品輸出に占めるECの域外工業品輸出のシェアは,60年代の30%から70年代末には20%強にまで低下した。こうし7たなかで,先端技術等の分野で大きく遅れることとなり,高失業,低成長という問題を抱えることとなった。1980年代に入り,EC各国は,こうした問題の背景として,欧州経済の硬直性や市場の分断による非効率性を強く再認識することとなり,まず域内での自由競争の推進と,規模の経済性の利益の実現等を図ることにより経済の活性化とアメリカ,日本に対する競争力強化を目指して,再び域内市場統合に向けて動きだした。

(2)新たな市場統合の内容

ECのGDP規模は,87年に4兆3,000億ドルと,アメリカの4兆4,000億ドルに次ぎ,日本の2兆4,000億ドルを上回るものとなっている(第3-3-3表)。87年の世界工業品輸出額1兆5,770億ドルのうち,ECの域内輸出は4,238億ドル(世界シェア26.9%),域外輸出は3,282億ドル(20.8%)となっている。域外への財輸出は3,916億ドル(世界シェア16.7%)で,アメリカの2,527億ドル(同10.8%),日本の2,292億ドル(同9.8%)を上回っている。輸入市場としての規模をみると,ECの域外からの財輸入は87年に3,924億ドル,アメリカの4,057億ドルに次ぎ,日本の1,494億ドルを上回っている。しかし,ECの輸出は域内,域外とも70~80年代には世界輸出よりも拡大テンポが鈍く世界輸出に占める域外輸出シェアの低下と,域内輸出依存度の停滞となったのである。これは1つには,上記のような西ヨーロッパ全体の経済活動の停滞によるものである。これに対し,92年のEC市場統合の動きの背景には,域内の貿易をさまたげている障壁を除去し,競争を活発化して,経済を活性化しようという考えがある。

こうしたことから,1985年に,EC委員会は,今後の市場統合に向けて実施すべき項目について,1992年末を目標に,具体的なタイム・スケジュールを示した「域内市場白書」を理事会に提出した。この白書によれば,今回の市場統合の具体的措置として考えられているのは主に非関税障壁の除去であり,具体的には,国境規制による障壁等の物理的障壁の除去,製品の基準認証制度の相違による障壁等の技術的障壁の除去,付加価値税,物品税の違い等の財政的障壁の除去という大きく3つに分類されたものとなっている (第3-3-4表)。関税ゼロの下で,モノ,サービスの国際移動を妨げている非関税障壁は,基準認証,政府調達,サービス規制(金融,運輸等),税率の相違(付加価値税,物品税)を中心とするものである(第3-3-5表)。これらの相違を国境の税関において調整する手続きもまた障壁となっている。①基準認証では,通信機器,医療機械,食品,医薬品,建設資材等に関して各国は大きな違いがある。自動車については,共通基準化が進んでいるものの,イギリスの左ハンドル,排ガス装置の相違等が残っており,EC共通の型式承認がまだ不可能となっている。これらの障壁コストは,売上比で,通信機器では10~20%,自動車では5%,その他1~2%と見積もられている。②政府調達は,86年でECのGDP比で15%(うち契約もしくは市場からの調達額はGDP比で7~10%)に相当する規模があるが,公開入札に付されているのは2%にしがすぎない。特に,電気通信,エネルギー,輸送,水道等の分野では深刻な問題である。③金融サービスにおいては,銀行,保険会社の域内の設置は原則自由であるが,イタリア,スペインでは国内銀行の買収が制限されている。また国外からの預金引受や,証券取引が制限されていることも多い。④陸運,サービスにおいては,各種国内免許の必要性,参入規制,価格規制,非居住運送業者のサービス引受禁止等がある。後者のみでも,運送量の1.5%の規模と見積もられている。⑤付加価値税(標準税率でデンマーク22%,アイルランド25%,西ドイツ14%等),物品税の税率は,国によって大きく異なっており,調整の困難な分野である。これは,貿易額の1.6~1.7%のコストがあるとされる税関手続きの複雑さにつながっている。ECはさらに,市場が国毎に細分化されているため,各国の企業の規模の利益を享受し得ない小規模なものになっているとしている。これは,輸送機械,化学,一般機械,事務用機器等の部門で顕著である。例えば,乗用車生産の最小効率規模は,EC生産の20%とされ,規模がその半分にしが満たない場合,6~9%の余計なコストがかかるとしている。「域内市場白書」での非関税障壁の項目は,285に整理されており,その中で理事会で採択されたものは,92項目となっている(88年9月現在)。項目の中で比較的進捗状況が早いのは,資本移動の自由化に関するものであり,資本移動に関する第4次指令が採択されている(88年6月)。一方,共通付加価値税(EC委員会は14~20%,4~9%の2つの税率帯を提案)に関しては,各国の財政面等に直接にはねがえってくる問題であるため,その調整はかなり難航している。

この市場統合を具体化するために,ローマ条約を改正したものとして「欧州単一議定書」が87年7月に発効した。この議定書では,域内市場統合を円滑に進める目的等もあり,閣僚理事会(ECの意思決定機関)での採決方式を原則全会一致方式から特定多数決を基本とするものに変更したことや,市場統合と並行して進められるべき5つの政策分野(通貨政策,地域政策,社会政策環境政策,科学技術政策)についての条項を盛り込んだこと等が特徴といえる。

(3)新たな市場統合による経済効果

今回の新たな市場統合により,どの程度の経済的利益を享受することができるのであろうか。市場統合により期待される経済的効果としては,各種障壁の除去に伴うコスト削減,域内均質市場の実現による規模の経済性,競争促進による企業の効率化等が考えられるわけであるが,この点について,EC委員会は,今回の市場統合により,前述のような非関税障壁がすべて除去されその効果が表れたと仮定したときの経済効果を試算している (付表3-2)。それによれば,前述の①~⑤で例示したような障壁が生産活動全体に及ぼすコストおよび税関で物理的に滞留させられることによるコストの合計は,ECの1985年GDPの2.2%~2.7%,また,市場統合により生産規模の拡大から受ける利益は,ECのGDPの2.1%と見積もられ,これらを総合してGDPの約4.25%~6.50%(約1,270億~1,870億ECU)になるとしている。このように,ECの試算によれば,市場統合によりもたらされる経済的利益はがなり大きいといえる。しかし,スケール・メリットの計算はすべての産業において,企業が大規模な設備投資を行うことを前提としており,その効果が早期に現実化するのは疑問である。現実的な数字としては,障壁除去の利益(GDPの2.2~2.7%)であろうが,これも最大限大きく見積もったものと見るべきであろう。DRI(民間調査機関)では,これらの非関税障壁の除去が行われた場合,そうでない場合と比べて,1989年~1992年の実質GDPを0.5%程度押し上げ,1993年~1995年の実質GDPも0.5%程度押し上げると試算している。

EC委員会の試算どおりの効果が期待できるかどうかは,各加盟国の利害の対立を乗り越えて,前述の285の項目が今後どれだけ採択されるのかということや,障壁除去による経済的効率性がどの程度まで達成されるのかということ等にかかっているといえよう。

(4)EC統合と域外との関係

EC市場統合の過程で,域内各加盟国でのいろいろな利害関係の相違などを背景に困難が予想される。これと同時に重要なのが,EC域外国との関係であろう。この点について,ECは,利益の均衡と相互主義にもとずく多数国間システムを強化することをあげている。EC文書においても,「域内市場」という概念は,域内と域外を区別することが前提となると述べており,また,基準認証こそ,域内と域外を区別する道具となるとも述べている。さらに,外国企業が域内において利益を享受することが可能かどうかは,EC企業が相手国において同じ利益を享受できるかどうかに依存するとも述べている。これは,市場メカニズムを活用するといっても,域内に限ろうとするものであり,真の経済の活性化につながるかどうかは疑問である。

EC各国は統合の過程で相当程度の犠牲を伴うと考えられるが,そのことによる統合の利益を守ろうとするあまり,域外国に対して過度に保護主義的な動きとならないよう対応していくことが,世界経済の発展の観点から強く望まれるであろう。

(5)市場統合とEC域内貿易不均衡

西ヨーロッパ経済の活性化を目的に,域内市場統合完成に向かって動きだしたEC各国であるが,現状をみると,各加盟国の経済力や経済体質の違い等を背景として様々な問題があるといえる。87年のEC加盟国の域内貿易依存度をみると,西ドイツ,イギリス,イタリアでは約5割,フランス,スペインで約6割,ヘルギー,オランダ,ポルトガルで約7割となっている(付表3-3)。こうした状況の下,88年に入り,域内での貿易不均衡が問題となってきている。

実際に,西ドイツ,イギリス,フランス,イタリアの貿易収支(通関ベース)の推移をみると,西ドイツが大幅な黒字(1987年,1,177億マルクの黒字)となっている一方,イギリス(同,141億ポンドの赤字),フランス(同,879億フランの赤字),イタリア(同,111兆リラの赤字)は赤字となっていることがわかる (第3-3-6表)。そしてこの不均衡は,特に1985年のドル高修正後においては,より拡大している状況にある。こうした西ドイツのみの貿易黒字拡大の背景には,西ドイツ自身の内需の相対的弱さ,その他の国の西ドイツに対する輸入依存度の高さがある(1987年で西ドイツに対する輸入依存度は,イギリス16.8%,フランス19.8%,イタリア21.1%となっている)。

このような貿易不均衡は,EMS(欧州通貨制度)に大きな緊張を引き起こさないためにも,ヨーロッパ諸国間の成長率格差の縮小,不均衡を縮小するような構造調整により縮小される必要がある。

西ヨーロッパ経済は,アメリカ,日本等と比較して相対的に遅れをとったと思われる先端部門に対してより積極的に参入し,そして,そうしたなかで効率的設備投資を行う一方,現状残っている政府の比較優位を失いつつある産業に対する補助金志向を改めることが必要であろう。また,労働市場の面では,若年失業者を中心とした高失業,地域間の失業率格差等が続いているが,こうしたことの経済的,社会的コストを考えると,適切なマクロ政策の実施とともに,失業者の職業訓練等の個別的な措置を積極的に行うことが必要である。そして,こうしたなかで,積極的に産業構造調整を進め,経済を活性化させていくことが望まれるといえる。