昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


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第2章 変貌する世界の資金循環

第4節 発展途上国債務問題の新たな展開

1. さらに増大する発展途上国債務

現在の国際金融・資本市場での重要問題のひとつが累積債務問題である。

発展途上国の債務残高は,1兆2,000億ドル余の巨額なものとなっている。これは,ユーロ・マネー市場の規模と比較しても決して小さくはない大きさである。特に,発展途上国債務の中で大きな割合を占めているのは中南米を中心とする国である。70年代の一次産品価格の上昇等による交易条件改善に依存して多額の外貨資金を取り入れたこれら諸国は,80年代に入って一次産品価格下落の中で,工業品は輸入代替政策をとってきたため,輸出は伸びず,経済発展上の問題を生じる事態となった。これが債務返済をより困難にし,その増大が続く債務残高ともども国際金融・資本市場に対する不安定要因の一つとなっている。

ここでは,そうした点を踏まえ,以下,①累積債務問題の現状を概観した後,②債務問題の顕在化の原因を整理,次に③民間銀行の対応や国際機関・各国政府等の公的部門の問題解決への動きをみてみたい(実体経済の問題については第3章4節参照)。

(途上国債務の現状)

発展途上国の累積債務の状況をみると,債務残高は,韓国等の一部の国を除き総じて増加傾向が続いており,短期債務と公的及び民間長期債務の合計は87年末には1兆2,181億ドルに達し,そのうち短期債務と長期民間金融機関債務の合計である民間銀行債務が約半分である(2-4-1表)。この大きさは,ユーロ市場のネット規模の2兆2,000億ドル(グロス規模,4兆2,000億ドル)と比べても無視できない大きさとなっている。また,債務問題が顕在化した82年の8,414億ドルと比べても45%増加している。こうしたなかで,債務問題を抱える国が多い中南米諸国の債務残高は,87年4,112億ドル,全体の33.8%と大きな割合が占めている。特に,ブラジル,メキシコ,アルゼンチンといった中所得国に債務が集中し,3か国だけで87年末2,270億ドル,全体の18.6%のシェアを占めている。反面,サブサハラ・アフリカ(サハラ以南のアフリカでナイジェリアと南アフリカを除く)といった低所得国の場合,債務残高の絶対額は少なく,87年末925億ドルと途上国債務全体の7.6%を占めているに過ぎない(第2-4-1図)。

また,債務構成をみると,所得水準が比較的高い中南米での民間銀行債務の比率が大きいのに対し,アジアやアフリカでは,公的債務が大きな比重を占めている。一方,中南米の民間銀行債務において貸手側で大きな割合を占めているのは,アメリカ民間銀行であり,とりわけマネー・センターバンクといわれる9大銀行に債務が集中している (付図2-6,付表2-6)。

(困難な状況が続く中南米等の債務国)

一方,債務困難の状況については,返済能力の指標としてデット・サービス・レシオ(債務返済比率,元利支払い額/財・サービス輸出額(%)で,経,験的に20%を越えると債務問題が生じる傾向があるとも言われている)をみると,債務問題に苦しむ中南米においては,債務問題が顕在化した82年の51.6%よりは低下し,87年は35.5%となったが,今後は再び40%台へと高まると予想されている。さらに,インタレスト・サービス・レシオ(利子支払い比率,利払い額/財・サービス輸出額(%))をみても87年22.1%と依然厳しい状態にあり,82年の債務危機発生時より著しい返済能力の増強があったようにはみえない (前掲,第2-4-1図)。また,80年代前半の輸入需要抑制に力を入れた①緊縮的な経済調整及び②一時的な流動性補填(リスケジュールと新規融資)を骨子とするIMF等の債務救済策は,中間財・資本財輸入や投資の減少を伴ったこともあって,中南米等の中長期的な国際競争力や返済能力の強化に結び付いたとは言い難く(前掲,第2-4-1図),世界銀行の試算では,債務問題解決のためにも中南米等重債務国向けに今後5年間に年140~210億ドルの純資本流入が必要であるとしている(86年世界開発報告)。加えて,中南米などの信用状態は改善しておらず,例えば,中南米諸国債務の流通価格をみると,額面の5割以下の低さである国も少なくない (表2-4-2図)。このため民間銀行のこうした諸国への商業ベースでの新規融資はほとんど無い状態が続いている。途上国への資金の流れをみると,債務問題が82年に顕在化した後,民間銀行の資金供給がほぼ債務救済に伴う新規融資だけに激減したことから中南米の中長期純資金フロー(中長期新規貸付額-中長期債務元利支払い額)は,83年より流出に転じ,83~86年累計で680億ドルの流出となった (第2-4-3図)。しかしながら,依然として新規融資が元本支払いを上回っているため,債務残高は増加が続いている。他方,アフリカにおいても,中南米ほどではないものの,デット・サービス・レシオは高く,87年には24.8%となっているが,今後再び上昇すると予測されている。反面,アジア地域のデット・サービス・レシオは,10%台と総じて低い水準を維持しており,中南米諸国とは対照的な動きを示している(前掲,第2-4-1図)。

以上から,同じ債務問題国といっても,①多額の債務は,債務問題が厳しい中南米等の中所得国に集中し,かつ,民間銀行債務,特にアメリカの大銀行融資が多い反面,②アフリカ等の低所得債務国は,債務困難自体はこれら諸国にとって中南米なみに厳しい面もあるが,その債務絶対額は,中南米に比べて少なく,かつ,その債務も援助的な性格が強い公的資金の比重が大きい。一方,③アジア諸国は,中南米の3/4の債務額であるものの,公的債務比率が債務総額の約半分,変動金利債務の比率も比較的低く,輸出額が大きいためもありデット・サービス・レシオも総じて低水準である,といった質的・量的な違いがあることが指摘できる。

(80年代の累積債務問題の多発化)

歴史的にみると,債務返済困難は,決して珍しいことではない。1955~70年にも,アルゼンチン,ブラジル,インドネシア等の7か国で17件のリスケジュール(債務繰り延べ)が実施され,70年代は,債務繰り延べをした途上国の数は年平均3か国であった。

しかしながら,80年代に入って債務問題発生件数は急増する。

82年8月のメキシコの元利支払いができないとの宣言は,債務途上国の信用に対する信任を全体として損なう結果となった。このため新規融資が減少し,債務途上国の多くが元利支払いのリスケジュールを要請せざるをえなくなった。その結果,リスケジュール件数は,パリクラブが対象とする公的債務と民間銀行債務関係を合わせて81年には13件,83年は31件,85年も31件となり,対象となる債務額も大幅に増えている(世界銀行,WORLDDEBTTABLES)。

このように,集中的に債務問題が発生している点が,債務返済困難の発生が例外的なものであった60~70年代と比較して80年代の特徴といえよう。

2. 債務問題顕在化の背景

(債務増加の背景)

中南米等の債務残高が巨額なものとなったのは,70年代の民間銀行融資の増加があった。こうした民間銀行融資増加の背景には,,①途上国側の積極的な国内開発・高度成長等に伴う海外に対する資金需要及び②当時の実質的な金利の低さ,また,③銀行融資に対する途上国側の選好があった。途上国側にとって銀行融資は,起債市場での厳しい信用基準や一部公的資金に付随するコンディショナリティに縛られず,また,その借入の目的が限定されていない等の点で魅力的であったことが指摘できる。

銀行側でも,オイル・マネーの還流等を背景としたユーロ市場(預金)の成長の中で①その運用の必要性があり,また,②運用先として,一次産品価格高騰による債務返済能力増強等を理由にこれら中所得途上国に対する評価が高まっていたことがあった(第2-4-4図(イ))。実際,アメリカ大手銀行を中心とした積極的な貸出もあって,例えば,77年末メキシコ公的債務(借手国政府の保証付債務)に占めるアメリカの割合は,46.6%と高いものであった (前掲,付図2-6,付表2-6)。

こうした民間銀行の対途上国融資活発化の技術的な背景には,特に,①シンジケート・ローンという新たな貸し付け手法の導入,②借手に対して金利変動リスクを転嫁する目的で導入された変動金利貸付,③公的債務(借手国政府の保証付債務)に対するクロス・デフォルト条項の導入(付注2-1)があった。こうした貸出手法により民間銀行の発展途上国貸付リスクは見掛け上は低下したと判断され,「国家は破産せず」との当時の楽観的な見方とあいまって発展途上国向け貸付は拡大方向に向かった。

一方,こうした発展途上国の成長が当初順調であったことから,これら諸国への貸付リスクに比較して,収益(高い上乗せ金利やシンジケート手数料)は決して低くはなかった。実際,アメリカ上位12行の1977年収益の約半分は対途上国貸付から生じていた。

(債務問題の顕在化の原因)

以上のことから,発展途上国の債務をめぐる状況は,①貸付が,直接投資等よりも遥かに大きくなり,銀行の関与が大きくなったこと,②債務残高に占める変動金利債務の割合が劇的に増加し,その結果借り入れ主体の金利上昇に対する脆弱性が高まっでいたこと(前掲,第2-4-1図),③公的債務比率の低下等から,償還期間が短期化したこと(60年前半,平均18年→80~83年,14年)等の点で変化し,債務返済側にはやや厳しくなったとみられる。

こうした中で,80年代前半の①高金利・ドル高政策による連のディスインフレ過程や先進国の景気後退による一次産品価格下落・交易条件の悪化および②その高金利自体による債務負担の増加等(前掲,第2-4-4図)と後述する③大幅な発展途上国自身の財政収支赤字の持続やインフレ高進によるこうした途上国の経済基礎的条件の悪化,輸入代替型の工業化政策,不効率な投資など実体経済的な要因が加わり,80年代に債務問題が深刻化したのであった。

(債務管理の重要性)

当然こうした「借金」は①返済能力及び②返済のための資金繰りの観点から適切に管理され,その効率的な利用が図られなければならないが,特に中南米諸国の場合,この債務管理の点でもやや問題があったとみられる。

第1に,外貨取り入れの効率の指標として,債務残高の財・サービス輸出と名目ドル建て国内総生産に対する比率の推移を中南米とアジアについて比較すると,アジア諸国では債務残高の財・サービス輸出との比率は100%以下,名目ドル建て国内総生産との比率は30%以下とともに総じて低水準であるばがりでなく,財・サービス輸出と名目ドル建て国内総生産の増加率が債務残高増加率を越える動きを示していた。しかし,中南米諸国の場合は,両指標とも債務累積問題が表面化した82年までほぼ一貫した悪化を示しており,最近は債務残高の財・サービス輸出との比率が300%以上,名目ドル建て国内総生産との比率も50%程度となっている。この点で中南米では,取り入れた外貨が輸出等の増加を通じる返済能力増強に結びつかず効率的に利用されていたとは言えないであろう(第2-4-5図(イ))。実際,中南米とアジアの債務残高と財・サービス輸出との関係から債務問題の原因をみると,中南米諸国は,アジア諸国と対照的に,常に債務残高の伸びが財・サービス輸出の伸びを上回っており,結果的に,一次産品価格が高騰し外貨獲得能力が高まっていた70年代から,一貫して債務残高が増加していくような危険な状態を続けていたのがわがる。さらに,最近は財・サービス輸出の伸びが金利(事後的金利=利子支払い額/債務残高(%))を下回ってすらいる (第2-4-5図(ロ))。

ここで,幾つかの国では,健全な財政運営,安定的な実質為替レート及び輸出指向的な貿易政策などにより債務管理に成功し,債務問題の顕在化をうまく回避すること等ができたということにも留意すべきである。韓国やタイの債務残高の対GDP比は,80年には,それぞれ49.3%,25.1%(86年同,47.4%,44.7%)と決して中南米等17重債務国の同32.8%(86年同60.8%)と比べ小さくはなかった。しかし,前述の政策による輸出拡大から,債務残高の対財・サービス輸出比率(経験的に200%を超えると債務管理が困難になる傾向があるとも言われている)は,韓国では低下(80年131.8→86年107.5%)し,タイでは管理可能な増加に抑えられ(同96.8%→148.4%),中南米等重債務国(同175.6%→364.1%)と大きな違いを示すこととなった。そのため,中南米等重債務国と異なり,韓国とタイは商業借入に対するアクセスを障害なく維持できたのであった。反面,中南米等重債務国の多くは,主に財政緊縮策と通貨切下げにより危機に対処したが,実際,製品輸出競争力の不足や輸出の一次産品依存度が高いこともあり債務問題が解決するほどの輸出・経済拡大は困難であった。

第2に,債務国が資金を取り入れても,債務国内で活用されずにアメリカ等の先進国へと還流したのでは,流動性や国内貯蓄の不足が解消されないだけでなく,単に債務残高だけが増大することになりかねない。すなわち,債務途上国の対外資産の増加の問題である。例えば,OECPは,80~86年間の中南米諸国でのこうした対外資産の増加(“資本逃避”)を,その債務残高の約1/4の1,050億ドルと推定している (Financing and External Debt of Developing countries 1987 SURVEY)。

しかし,ここで留意しなければならないのは,こうした途上国債務の大半は政府保証の付いた公的債務である反面,こうした対外資産の増加分は民間非銀行部門によるものであると考えられ経済主体に違いがあることである。すなわち,民間部門が外貨を保有し国全体としては対外資産が仮にあっても,借り入れ主体の政府に外貨がなければ,債務支払い困難の問題が生じてしまうのである。

ここで,「債務途上国の対外資産の増加」を「直接投資の純流入+グロスの対外債務の増減+経常収支‐公的部門と銀行部門の対外資産の増加」といわば残差として定義・試算した上で,グロスの対外債務全体の増加を上記の式より要因分解すると,その中で経常収支が最も重要な要因であるものの,資本の動きが大きな影響を与えているのがわかる。特に,「債務途上国の対外資産の増加」は,ブラジルのように厳しい資本規制をしていた場合にはあまり多くはなかったものの,債務問題発生時に自由な為替交換をしていたアルゼンチンなどの国では,実質為替レートの急激な変動,実質国内金利の低下等の中で大幅に発生している(付図2-7)。これは,こうした「債務途上国の対外資産の増加」が,①国内投資環境の悪化,②金利や為替の歪み等の中での人々の資産選択の結果であることを暗示している。また,インフレがこうした途上国経済の基礎的条件を悪化させていることを鑑みると,財政赤字の持続や不効率な投資など途上国の政策の失敗の結果であるともいえよう。その意味で“資本逃避”は,基本的には債務問題と同じ原因から生じたものといえるのである。

3. 債務問題解決への動き

(民間銀行の対応)

中南米等の債務国の状況は,アメリカの景気拡大で輸出が伸びたこともあって一時的に債務問題解決に進展があったようにみられた時期もあったものの,82年頃に債務問題が顕在化した当時と比較しても著しい改善がなされたとは言えず,構造的な問題と認識されるにつれ新規融資も細りがちである。

これまでの債務救済は,IMFが債務国の経済調整計画支援の融資を行い,その条件(コンディショナリティ)付資金供与をいわば前提にして債務国救済の包括的な資金協力の枠組みが取りまとめられてきた。その場合,民間銀行になされている債務国からの新規融資の要請は,既存の貸出残高に応じて行われるため,銀行側にとっては貸出残高の多い銀行がさらに融資することを期待されているという面があった。そのため,民間銀行は,新規融資にあまり積極的ではなく(前掲,第2-4-3図),一方,貸出額の少ないアメリカ中小銀行等においでは,保有する対途上国融資債権を直接投資に換えたり(債務の株式化),第三者に安値で売却すること等で(前掲,第2-4-2図),こうした新規融資への参加を避ける動きもみられる。

さらに,87年2月,対民間中長期債務利払い停止という中南米最大の債務国ブラジルの宣言は,債務危機再燃の懸念を生み,債権者側でもさまざまな対応がなされることとなった。87年5月には,中南米で最大の債権者であるアメリ力のある大銀行が,(1)30億ドルの貸し倒れ引当金の積み増し,(2)債務の株式化や一部債権の市場売却実施等の方針を示した。その後,主要アメリカ銀行等に加え,イギリスやカナダ等でも同様な動きがみられ,我が国においても,特定海外債権引当勘定の積み立て許容率の引き上げ(5%→10%)や外国公的債権に対する債権償却特別勘定が新設された(第2-4-2表)。

BISの年報によると,こうした貸し倒れ引当金の積み増しは,各銀行等の財務上の抵抗力の強化と債務国に対する交渉力の強化につながるものと考えられる(積み増し自体は,各国の各民間銀行の①貸し倒れ発生確率の見方の変化や②途上国への債務に伴う各銀行の権利義務の減少を必ずしも意味するものではない)。同時に,特に新規貸出分も既存債務と同様に積み増し金が必要となる場合には,貸し倒れ引当金の積み増しの対象である問題債務国への新規融資は一層制約を受けることになるであろう,と指摘されている。

さらに,現在,後述するBISの銀行自己資本比率規制(92年までに8%以上にする)の現実化への動きの下では,銀行資産の健全化や収益性の高い総資産増加が要求されるようになっているため,民間銀行の累積債務途上国向け新規融資の実施が,一層困難になってきている面も否定できない。

(ベーカー提案からメニュー・アプローチヘ)

一方,国際機関等でも,債務問題が短期的な流動性不足の問題と言うよりは,長期的・構造的な問題であるとの認識から,80年代前半の債務救済策のありかたを見直す動きが強まった。①債務国自身の市場・成長指向的な経済構造調整の実行,②国際機関による市場指向的な経済構造調整の支援強化(90億ドル/年),③民間銀行による3年間約200億ドルの新規融資を柱としてケース・バイ・ケースの中長期的な問題解決を図るという85年10月の世銀・IMF総会における当時のベーカー米財務長官の提案の精神は,現在の債務戦略の基本となっており,1988年6月のトロント・サミットにおいても確認されている。

そのため,国際機関の動きをみると,例えば,世界銀行においては,従来の個別具体的なプロジェクト融資に加えて,債務途上国の貿易や価格制度の改善,公共投資計画の合理化,生産基盤の再編等政策変更・制度改革計画を支援するノン・プロジェクト融資(調整貸付:SAL,SECAL)の実施額が多くなってきている。実際,80年の調整貸付承認額は3.7億ドル(世界銀行全融資の3.2%)にすぎなかったが,85年16.4億ドル(同11.4%)となり,87年には41.2億ドルに増加,世界銀行融資全体の23.3%を占めるようになっている。そのなかでも,部門調整貸付(SECAL)という特定部門の政策・制度改革を進める目的の融資が増えており,87年には世界銀行融資全体の19.5%を占め調整貸付の主要部分を担っている。

しかし,民間銀行をみると,もちろん,86年のメキシコ救済のようにベーカー提案の精神を具体化したものもあるが,一部アメリカ銀行等の中南米からの撤退( 前掲,付図2-6,付表2-6)が続く等の下でベーカー提案自体を文字どおり具体化するような動きは必ずしも進んだとは言えなかった。そこで,87年9月の世銀・IMF総会においてベーカー提案を補完するものとして,新規融資供与の合意の際に各銀行がその参加形態を幅広く選択できるようにし,債務救済のための民間銀行の適切な融資が維持されることをねらったメニュー・アフ冶一チが再びベーカー長官から提案されたのであった。

その主要な内容は,従来の国際収支赤字補填のための融資に加えて,①貿易金融及びプロジェクト融資,②途上国政府・中央銀行保有債務の民間部門への振替,③優先弁済権的性格が付与された債務国債券(ニュー・マネー・ボンド)の購入,④既存貸付債権を証券化し将来の新規融資負担義務が免除されるエクジット・ボンドへの転換,⑤現地通貨株式への転換可能証書や債券への転換,⑥外国投資家に対し,債務国の対外債務を見返りに当該国への直接投資を行うためにその株式を取得してもらう債務の株式化 (付図2-8),⑦一定範囲での金利支払いの元本への組入れ等である。このうち債務の株式化については,途上国の投資環境が良好なことなど条件 (付表2-7)はあるものの,債務の株式化に係わる税務方針の明確化等といった各国政府の支援措置もあって,実際最も活発に行われているとみられる(87年までの実施,約59億ドル)。加えて,87年12月末,米財務省発行のゼロ・クーポン債を担保にして,メキシコの利付き債券と既存債権とを入札により既存貸付債権額面価格より割安な価格で交換するスキームがメキシコ政府から発表され,債務軽減を図るメニュー・アプローチの一方策として88年3月実施された。こうしたメニュー・アプローチは,最近の国際会議でも確認されており,88年9月のIMF暫定委員会でも,「調整努力を行っている国へのファイナンス・パッケージにおいて,ニュー・マネーは引き続き重要であるが,それを確保していくことは困難であることを理解しつつ,資金フローを増加させ,民間資金供与者から公的債権者にリスクを転嫁することなく債務残高を減らすような,自発的かつ市場指向のテクニーク(方策)を含め,メニュー・アプローチを更に拡大する必要があること」が合意された。

最貧国については,88年のサミット等での合意に従い,パリ・クラブにおいて,公的債務の①1/3免除,②繰り延べ期間の延長,③金利減免等の3方式のいずれか又はその組み合わせを選択することを主内容とする債務救済策が適用されてきている。

また,途上国向け民間純融資の急減に加え,中長期的に債務国の経済構造調整が促進される必要が高まっているため,協調融資をはじめとする触媒機能や政策助言機能など世界銀行の活動に対する期待が高まっている。これらを背景として,748憶ドルの一般増資(増資後の授権資本総額1,714億ドル)が実施されることとなり(88年4月),その結果,90年代初めにおける融資能力は200億ドル以上/年(88年,148億ドル)へと高まることになった。IMFでも,構造調整ファシリティー(融資制度)の拡大や金利の上昇等外生的要因から生じた国際収支困難に対処するための輸出変動・偶発補償融資制度が設立された。

(我が国の対応)

一方,我が国は,総額300億ドル以上の資金還流措置をコミットメント・ベースで88年9月末現在で約8割実施した。また,88年からの5か年のODAの実績総額を過去5か年の倍の500億ドル以上とすること等を内容とするODAの第4次中期目標を88年6月に設定し,トロント・サミットでは最貧国に対する約55億ドルの既存円借款につき,元本返済,利払い相当額の無償資金協力等を発表した(第2-4-3表)。さらに,中所得国向け債務問題解決の新たなメニュー項目(いわゆる宮沢構想)を88年9月のIMF・世銀総会において提案した。その主要な内容は,①債務国が中期的構造調整計画をIMFと合意する,②同計画を支援するため,先進国及び国際金融機関は資金フローを強化する,③債務国と銀行で本スキームの対象となる既存債務の一部を債券化,残りの非債券化部分につき適切な条件でその元本をリスケ(返済期限の延長)する,④債務国は,債券化部分,非債券化部分のそれぞれに対応して,債務支払いの確実性の強化のための準備勘定をIMFに設け,IMFが管理する,ものである。加えて,IMFが拡大信用供与措置等に基づき融資する場合,日本輸出入銀行が中所得国の中期的な構造調整支援のためにケース・バイ・ケースで追加的アンタイド貸付をする用意があること,及びIMFの第9次増資等に対し積極的な支持を表明した。

債務問題の解決になによりも必要なのは,債務国自身の適切なマクロ経済政策と個別具体的なミクロ経済政策により,国全体としてみたとき効率的な投資となりうるプロジェクトが実施され,債務返済能力が増強されることである。その意味で,経済・構造調整を伴わない債務救済策は一律債務免除方式等を含め適切でなく,債務国自身が“資本逃避”の再還流・縮小や海外からの投資増加等を生むような投資環境の整備や成長・調整政策を実施することが肝要である(第3章4節参照)。そのため,例えば,公的企業の民営化等やメキシコのマキラドーラの成功例のような政策が必要とされる面もあると考えられる。同時に,こうした債務問題解決のために,先進諸国は,世界経済の持続的な成長や自由貿易体制の維持・強化,こうした途上国への適切な公的資金供給の拡大,民間資金の還流が容易になされるような諸制度の一層の充実(例えば,MIGA(多数国間投資保証制度)の活用等)といった環境整備などに努力することが必要である。債務問題は解決に時間のかかる問題であり,今後とも,債権国,債務国,民間銀行,国際機関等関係者が国際的協調の下に各国の状況に応じた債務問題解決への対応が粘り強く続けられることが大切である。