昭和62年

年次世界経済白書

政策協調と活力ある国際分業を目指して

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第2章 世界的な貿易収支不均衡-その原因と影響‐

第3節 レーガン政権下の経済政策の評価

アメリカの貿易収支赤字拡大の問題を考える場合,80年代前半のレーガン政権初期の経済政策(レーガノミックス)が与えた影響はかなり大きい。レーガノミックスを今日的視点で振り返ってみると,確かにインフレの鎮靜,息の長い景気拡大,「強いアメリカ」の再生ムードを高めるなどのプラスの面の成果をもたらしたものの,他方では,財政赤字の拡大,貯蓄増強の失敗等により実質金利高・ドル高をもたらし,ひいては産業の国際競争力を減退させ,貿易・経常収支赤字の大幅拡大をもたらすなどのマイナス面も大きかったとみられる。

本節では,主として財政赤字拡大と経常収支赤字拡大の関係を中心に,レーガノミックスの影響,評価についてまとめてみた。

1. レーガノミックス当初の狙い

アメリカ経済再生を目指したレーガン政権は,発足間もない1981年2月18日,経済政策の大幅転換を内容とした「経済再生計画」を発表した(第2-3-1表)。それは,①歳出の伸びの大幅抑制,②多年度にわたる大幅減税,③政府規制の緩和,④安定的な金融政策の4つの柱から成っていた。これらは,議会の審議で若干の修正が加えられたが,大筋は政府提案の考え方が「81年経済再建税法」および「81年一括調整法」として同年8月に成立した。

これらの政策は,スタグフレーションの2つの要素である低成長とインフレに対し,同時に対処しようとしたものである。すなわち,減税と歳出削減から成る財政政策と諸々の政府規制緩和によって,労働意欲,貯蓄・投資を刺激し,生産性向上を促し供給力を高めるとともに,インフレに対しては通貨供給量重視の金融政策を維持し,名目需要の伸びを抑えて,その鎮静化を図るとした。

その考えかたや狙いをやや詳しくみると,まず政府部門の行き過ぎた拡大が民間の供給力不足や伸び悩みを招いているとの見方から,資源を民間に戻して民間レベルでの資本形成を促進するため,歳出の伸び抑制と合わせて個人および企業に対する大規模な減税によるインセンティブを与えることとした。個人減税の主体は限界税率の一律引下げであるが,これにより従来から貯蓄率が高いといわれていた中・高所得者層の実質可処分所得を増加させ,全体の貯蓄増加を図る一方,企業に対しては減価償却の加速化・簡素化(ACRS)および投資税額控除(ITC)の適用拡大(いずれも1981年1月に遡及して実施)等により投資インセンティブを与え,インフレの下に抑圧されていた企業の実質税引後収益率の回復と設備投資の活発化を期した。加えて,70年代に急増をみた諸々の政府規制が,今や一部市場機能を阻害し,民間活動を制約して生産停滞の一因になっているとの認識から,これらの大幅な緩和が必要と考えられた。また,従来の総需要管理政策が,通貨供給量の過度の増大等によってインフレ的な偏りをもたらしたとの認識から,インフレを抑制するためには通貨供給量を実体経済の成長範囲に安定的かつ抑制的にコントロールすることが必要と考えられた。

以上のような政策体系を有するレーガノミックスの最大の特徴は,個人・企業減税に歳出削減をパッケージとした点にあったといわれている。従来の総需要管理政策の下では,財政政策は,景気刺激策としては減税ないし歳出増加による有効需要拡大,景気抑制策としては増税ないし歳出削減による有効需要抑制という形で,景気変動の安定化に用いられてきた。これに対し,レーガノミックスでは市場原理の完全性,合理性が期待されているとし,そういう中で雇用や投資を長期にわたって拡大するには,従来のような短期的な需要刺激策よりも,自発的な労働や貯蓄意欲を刺激する中長期的な供給面の政策が重要と考えられた。そこで,レーガノミックスでは第1に貯蓄・投資を刺激するための大幅減税が導かれ,第2に減税で生じた民間貯蓄を国債発行(=財政赤字拡大)で吸収することなく,そのより多くを民間投資に振り向けるため歳出削減が導かれた。

2. レーガノミックスは貯蓄・投資を刺激したか

先にみたように,レーガノミックスの最大の狙いの1つは貯蓄の増強と投資の促進にあった。この点を,81年以降の貯蓄率や実質GNPに対する設備投資比率の推移でみると,確がに設備投資は大いに刺激されたようにみえるが,貯蓄増強には失敗し,貯蓄率は低下傾向を続けたことがわかる(第2-3-1図)。

まず,貯蓄率についてみると,81年中はやや高まる傾向をみせており,その意味でレーガノミックスによる貯蓄インセンティブは作用したようにみられるが,その後はむしろ低下傾向を強めていった。この背景には,主として82年の不況過程でインフレが急速に鎮静化したこと,株式価格等の上昇によりキャピタルゲインが増大したことなどの事情がある。貯蓄率関数については,構造的な過剰支出体質の問題とも合わせて次節で詳細に論ずるが,要するに,インフレ鎮静,景気拡大の持続による失業率の低下等,アメリカ経済の基礎的条件の改善がより消費刺激的に作用し,結果的に貯蓄率が低下傾向を続けたものとみられる(第2-3-2図)。

次に設備投資についてみると,実質設備投資比率は82年の不況過程でやや低下したものの,その後の景気回復過程で急速に上昇し,景気を主導していたことがうかがえる。今回の景気回復過程における設備投資の立ち上がりは,過去の景気回復過程と比較しても著しく高く,その意味でレーガノミックスによる投資インセンティブが作用していたとみられる。

設備投資インセンティブは減価償却期間の短縮,および投資減税によって高まり,さらにインフレが鎮静しているほど法人実効税率が低くなるので高まる。この点を,1983年大統領経済報告に掲載された資料でみてみると(第2-3-2表),ここでは減価償却費と投資減税の合計額についての現在価値で測られ,その値が大きいほどインセンティブは高く,また,その値は税制,インフレ率,実質金利の3つの要因に左右されるものとなっている。レーガノミックス以前は,税制が投資に不利で,インフレ率も8%強と高かったが,実質金利は1%程度と低く,設備投資1ドル当たりの減価償却費と投資減税の現在価値合計額は45.4セントと計算されている。これに対して,レーガノミックス後は税制が有利化したことに加え,インフレが鎮静化し,設備投資デフレーターの上昇率は83年以降ほぼゼロとなっていたことから,投資インセンティブはかなり高まっていたとみられる。しかしながら,後述するように中立的ないしやや抑制的な金融政策や景気拡大,さらには貯蓄・投資バランスのひっ迫などの下に実質金利が上昇し,その面から投資インセンティブを一部相殺していた点にも留意する必要がある。

3. 財政赤字拡大の原因

レーガノミックス以降,民間貯蓄(対GNP比)が減少傾向を続けるなかで,民間投資(対GNP比)は83,84年と急拡大し,民間部門の貯蓄・投資バランスはひっ迫した。さらに,当初の政府見込みに反して政府部門全休でも財政赤字が拡大したため,国内全休ではかなりの投資超過が発生することになった。

政府部門全体の財政赤字拡大は,地方政府の財政収支が80年代以降改善していることから,もっぱら連邦財政赤字の拡大によるものである。81年初めのレーガン政権の財政見通しでは,連邦財政収支は84年度にはわずかながら黒字に転ずるはずであった。その背景にあったのは比較的高めの経済成長,それに基づく税収増,減税分に見合った歳出の削減である。

そこで,まず,レーガン政権下の経済パフォーマンスを当初の政府見込みと比較してみると,実質成長率は81年から86年までの平均で2.6%となっており,政府見込みである4.O%を下回った。他方,インフレ率は政府見込みを上回る鎮静化をみせたため,名目成長率では同7.6%と政府見込みの11.1%に比べかなり低いものとなった。また,失業率や金利はいずれも政府見込みに比べ若干高めとなった(第2-3-3表)。つまり,税収見込みの背景となる経済見通しが実質成長率,インフレ率,いずれも名目成長率を過大とする方向にバイアスがかかっていたのであり,このことが税収増の見誤りの第1の原因になったといえよう。

次に歳入・歳出面(対GNP比)についてみると,82年度以降歳入がそれまでのトレンドから落ち込んで,低下傾向をみせていることがわかる(第2-3-3図)。これは,いうまでもなく「81年経済再建税法」による減税の影響が大きかったものとみられる。そこで,81年以降税制変更がなかった場合の歳入を機械的に計算してみると,歳入の対GNP比は緩やかに上昇したことになる。一方,歳出では(第2-3-4図)レーガン政権が「強いアメリカ」を掲げて国防力の強化を図ってきた結果,国防費の対GNP比率は上昇している。他方,社会保障支出などの非国防支出のウェイトは低下させる計画であったが,全体としてほぼ横ばいとなっている。ちなみに,歳出は81年度から国防支出の対GNP比率を一定とし,歳入では81年以降税制変更がなされなかったと仮定すると,86年度の財政赤字の対GNP比率は81年度に比較して低下することになる。以上はあくまで機械的な計算だが,82年度以降の財政赤字拡大は「81年経済再建税法」による減税と国防支出の増大が大きな役割を果たしていたことがわかる。また,当初の政府見込みでは70年代末に急増した社会保障支出を中心に非国防支出のウェイト低下が計画されていたのであり,その点が不十分だったことも赤字拡大の一因に上げられよう。

このように当初の政府見込みを上回る財政赤字拡大に直面して,レーガン政権も比較的初期の段階から若干の政策変更(1982年「税負担の公正と財政節度に関する法律」による一部税制改革等)を繰り返したが,そもそもレーガノミックスが減税による経済効果を狙いとしていたことから,政策体系上本格的増税という手段を採用できなかったことなど抜本的な政策変更がなされなかったため,その後も大幅な財政赤字が継続した。

4. レーガノミックスと経常収支赤字拡大の関係

以上のように,レーガノミックスがスタートしてから民間,政府部門のいずれの部門においても,貯蓄・投資バランスが投資超過の方向ヘシフトし,事後的に海外部門の赤字(=外国資本流入超)は大きく拡大した(第2-3-5図)。

このことを,金融面も含めてより一般的にフローチャートで図示すると以下のようになる(第2-3-4表)。すなわち,79年のボルカー議長就任以降に始まる過度の金融引締めは,不況を通じてインフレ鎮静化にかなり成功したが,金利の急騰と不況の深化の下に,82年央以降金融政策は中立的ないしやや抑制的なものに転じた。そうしたなかでレーガノミックスがスタートし,財政赤字拡大による有効需要増加が景気拡大とその所得効果による輸入増加を引き起こす一方,中立的ないしやや抑制的な金融政策の下で国内貯蓄・投資バランスが83,84年とひっ迫したことから,実質金利高・ドル高を継続させた。実質金利高・ドル高の継続は,価格競争力の面からも貿易収支赤字を拡大する方向に作用し,経常収支赤字拡大とその裏側の資本収支黒字拡大をもたらした。また,ドル高は輸入物価の低下を通じて,国内物価の安定に一層寄与した。

ただし,海外部門の赤字拡大については,アメリカ以外の先進国で国内が貯蓄超過の状態にあったこと,これらの国で資本自由化が進展していたことなど,ファイナンスされやすい状態にあったことに留意する必要がある。

5. 経済政策の見直し

このように,レーガノミックスを契機として双子の赤字(財政収支赤字,経常収支赤字)拡大がもたられさたが,こうした弊害は景気拡大速度が鈍化するまではあまり意識されなかった。しかしながら,84年後半以降景気拡大のテンポが鈍化するとともに,その弊害が強く意識されるようになり,次第にその対応の見直しが図られるようになった。

金融面では,金融緩和が各国の協調行動や石油価格の下落等に支えられて85,86年と大幅に進展し,並行してドル高修正も進んだ。ドル高修正は価格競争力の回復という面で効果があったとみられ,実質ベースでの貿易収支は86年秋以降改善傾向を続けている。しかしながら,名目ベースではJカーブ効果や石油価格変動の影響が大きく,実質ベースに比べて改善の足取りは大幅に遅れている。その後,87年にはいってからは,むしろドル高修正の行き過ぎに対する懸念(ドル暴落によるインフレ,金利の急騰)が強まり,金融緩和との両立が困難となって若干の政策変更が行われた。

財政面では,86年10月に「86年税制改革法」が成立した。同法案はレーガン大統領が85年5月末に議会に提出した「成長,公正および簡素化を目指した税制改革案」の考え方を基本的に受け継いでおり,レーガノミックスの柱であった「81年経済再建税法」に盛られた各種の優遇措置を廃止する一方,税率のフラット化を図ることにより,資源配分の歪みを是正し,課税ベースを広げることとしている。

「81年経済再建税法」において加速償却制度(ACRS)の導入,投資税額控除(ITC)の拡大が行われたのは,高インフレの下で大幅な償却不足,法人実効税率の上昇が生じていたとの認識があったためである。しかし,その後の当初政府見込みを上回るインフレ鎮静化とともに,逆にITC,ACRSの組み合わせが過度の償却を発生させ,タックスシェルターを利用した節税目的の非生産的な投資(不動産中心)が増加するなど,資源配分の歪みが目立つようになった。

そこでITCの縮減,合理化を図る一方,法人税の最高税率を引き下げる(46%:5段階→34%:3段階)こととしている。また,過剰消費の是正という面から消費者信用金利控除の段階的廃止など,家計部門に対する各種優遇措置を廃止,縮減する一方,個人所得税については最高税率の引下げと累進構造のフラット化を図る(50%:14段階→28%:2段階)こととしている。

このように新税制は,税によってインセンティブを与えるのではなく,税制が資源配分に影響を与えないという形で,非生産的な投資や過剰消費を抑制し,経済全体の効率性を高めることを狙いとしている。しかしながら,税収全体の影響については今後5年間で増減税ほぼ同額と計算されており(新税制へ段階的に移行するため,年により税収の増減があり,87年度は増税となっている),財政赤字の削減はあくまで歳出削減に頼る形となっている。

財政赤字削減については,85年12月に「財政収支均衡法(=通称グラム・ラドマン・ホリングズ法)」が成立した。しかしながら,同法の歳出削減手続きが憲法上の問題をもっていたほか,91年度までに財政赤字をゼロにすると定めていたのに対し,実際の赤字削減が目標通りには進展せず,法律そのものが実体に合わなくなったこともあって,87年9月末に同修正法案が成立した。それによると,①収支均衡目標を91年度から93年度まで延長するとともに,各年度の赤字目標額を緩和する,②88年度についてはベース・ライン赤字より230億ドル削減するなどとなっている。

なお,87年11月20日には同法の適用により一律削減の大統領命令が出されたが,同時に88年度302億ドル,89年度458.5億ドルの赤字削減措置について大統領と議会の間で基本的な合意が成立し,この合意が具休化されれば,大統領命令は修正されることとなっている。