昭和62年

年次世界経済白書

政策協調と活力ある国際分業を目指して

経済企画庁


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第1章 世界経済拡大の持続

第7節 世界経済の景気の現局面とその評価

1. 世界経済の景気の現局面

世界経済,特に先進国経済は80年代に入り,成長の拡大速度は緩やかなものの82年央から息の長い景気拡大過程にある。しかし,この景気拡大過程はかなり長期化しており,景気循環論的にみて現在どのような局面にさしかかっているのかを検討する必要があろう。

そこで各国別に今回の景気拡大局面をみるとやや異なった動きがみられる。

まず,日本経済は83年2月を谷として回復し,拡大したが85年6月を山として景気調整過程に入った。その後,86年末から87年初にかけて景気回復過程に入り,着実な回復を示している。一方アメリカ経済は82年11月を谷に回復し,83,84年に急拡大を示した以降も緩やかな景気拡大を続けている。また,西ヨーロッパ諸国はおおむね82年央から景気回復・拡大しており,現在も一応拡大局面に止まっているが,その拡大テンポはかなり緩やかな状態が続いている。

このように,いずれの経済も現在,実体面では極端な動きを示しておらず,その景気先行指標をみても上昇傾向が続いてきた(第1-7-1,2図)。そこで,先進国の景気については,既に日本が着実に景気回復していることもあり,やはり,自由世界第一の経済規模であるアメリカ経済の景気持続性にかかっているといえよう。

2. 景気循環からみたアメリカ経済の景気拡大の持続性

アメリカの景気循環をみると(第1-7-1図),戦後最長の景気拡大局面は61年の2月から69年の12月までの約9年間であり,今回の景気拡大は既に前々回の景気拡大期間(75年3月から80年1月まで4年10か月)を上回り,戦後2番目の長さを記録している。

さて,景気拡大が反転,下降する時のプロセスとしては,一般に,

①景気拡大→投資増→景気の成熟(金利の上昇,過剰在庫の発生等)→投資の調整→景気の下降,

②財政・金融政策の何らかの理由による引締め,

などのパターンが考えられるが,金利の上昇反転,下降の前段階として現れるケースが多いと考えられる。実際,戦後の景気循環の多くにおいて,下降局面に先立って金利の上昇局面が現れ,さらに,金利の動向に非常に敏感な住宅投資や自動車販売が先行して鈍化した後景気下降局面に入っている(第1-7-1図)。以下では,今回の拡大局面を前々回の景気拡大局面と比較することにより(第1-7-3図),今回の景気拡大の持続性を探ることとしたい。

まず,金利であるが,87年の4~6月期にいく分上昇がみられ,最近では87年9月初に公定歩合の引上げもあったが,10月の株式価格の大幅な下落後には,公定歩合引上げ以前の水準に戻っている。このため,今回の景気拡大の初期,前々回の景気拡大期と比較しても低いという状態が急には変化しないであろう。

)確かに,景気循環において比較的はっきりした先行性を持つ住宅投資と自動車販売をみると,住宅投資については前々回の景気拡大末期に比べ依然高水準であるとはいえ,最近かげりがみえてきている。自動車販売も税制改革による駆け込み消費とその反動や自動車販売促進策の実施を考慮すると底堅いといえなくもないが,鈍化の兆しもみられる。

しかし,86年後半以降の輸出の好調が製造業の企業収益,生産・雇用,設備投資等の増加に波及している面もある。

さて,前々回の拡大期においてはポイントとなる金利の上昇が物価の上昇によってもたらされた面が大きかったが,今回はどうであろうか。消費者物価上昇率は最近やや高まりがみられるものの,その大半は原油価格の上昇によるものである。また,鉱工業生産,稼働率をみても景気の過熱感はまだ現れていない。さらに,失業率が相当低下している中で,賃金上昇率もいく分加速しているが比較的低率に止まっている。このように,現在のところ賃金・物価が累積的に上昇する意味でのインフレが直ちに加速するような状況ではないとみて良さそうである。

なお,今回の景気拡大においては製造業の生産性の改善傾向は息長く続いており,これも前々回と異なり,物価の安定を持続させている。

以上をまとめると,これまでの実体経済をみる限りは,アメリカの景気後退が間近であるという兆候は認め難い。

しかし,87年10月には株式価格の大幅な下落があり,今後の動向いかんでは国内需要に対してマイナスに作用する可能性もあり,景気への影響が懸念される。殊に,消費に関しては,これまでは株価の上昇がその拡大にある程度寄与してきたとみられるだけに,株価の下落という逆の現象もなんらかの影響を持たざるを得ないと思われる。

3. 長期的な景気循環への展望

アメリカ経済の景気循環を展望すると,長期的にみても景気下降局面に至らない,もしくは景気循環そのものが全くなくなることまでは断定できないが,戦後の景気循環の谷で極端に深いものはなく,世界経済全体としても今後1930年代のような深刻な景気後退を迎える可能性はかなり少ないと考えられる。

なぜなら,第1に,先進国経済に占める一次産品部門のウエイトの縮小,サービス部門のウェイトの増加が景気循環をやや平準化させているとみられる。

第2は,財政,金融制度・政策の発達である。制度面では失業保険等の社会保障制度の整備により戦前と比較して財政の持つ景気の自動安定化機能が働いており,銀行・金融制度の発達も目覚ましい。さらに,30年代の教訓を生かし,財政・金融政策の景気調整機能はかなり強化されている。

第3は,OECD,IMFやGATT等の国際的な経済機関,国際金融システムが発達しており,各国が国際的政策協調を行う体制ができていることである。

そして,更に世界経済が長期的に安定した成長を持続させるためには,世界各国がより密接な経済政策協調を今後とも持続させていくことが必要であろう。

1982年以来の経済拡大の中で,各国の経済構造,経済政策の相違及び85年春までのドル高により,国際的な経常収支の不均衡が拡大した。すなわち,結果としては,アメリカ経済の息の長い拡大が続く中で,所得を超える過剰支出が対外不均衡にも結び付いたという意味で,本章のテーマは次章のテーマであるアメリカの経常収支の不均衡とも係わりを持っているのである。


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