昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

I 1984~85年の主要国経済

第1章 アメリカ:緩やかな景気拡大続く

1. 概観

84上期に力強い拡大(前期比年率10.0%増)をみせたアメリカ経済は,下期には同2.4%増と大幅に増勢を鈍化させ,85年上期も同2.3%増と拡大速度は回復しなかった。これは国内最終需要の増勢鈍化に加え,在庫投資及び純輸出(輸出マイナス輸入)が大幅な成長率の引下げ要因となったことによる。下期になっても在庫調整が長引き,年初来のドル高是正も輸出入にいまだ目立った影響を与えていないことから,拡大速度は国内最終需要の底堅さにかかわらず緩やかなものとなっている。

物価動向はエネルギー価格の低下や賃金コストの安定から一段と鎮静化したが,製造業雇用の減少等から失業率の低下が止まるなど,雇用情勢の改善傾向は足踏みした。しかし,85年末になって製造業雇用は増加に転じるなど雇用情勢は再び改善をみせ始めている。

連邦財政赤字は高金利・ドル高の主要な原因の一つとみなされているが,85年中削減の方向に向けてかなりの進展がみられた。まず4月に3年間で赤字を1,000億ドル削減するという4月の大統領提案を受けて,議会は8月に86年度の財政赤字を555億ドル削減するという内容の予算決議を行った。さらに,12月には91年度までに財政収支を均衡させるという財政収支均衡法が成立した。

金融政策は,マネーサプライ増加率が目標圏を上回って推移することを容認するなど緩和的スタンスを採り,これを受けて市場金利は3月以降6月初まで急速に低下した。その後10月中旬まで金利はほぼ横ばいで推移したが,10月中旬以降は連銀の不胎化を伴わない介入や財政赤字削減見通し等を背景に一段と低下してきている。

第1-1表 アメリカの実質GNP動向

2. 需要動向

(1) 堅調を持続した個人消費

個人消費は82年末以降力強く増加して今回の景気回復の原動力の一つとなっていたが,84年-7~9月期には前期からの個人所得増加率の鈍化や消費者信頼感の低下による貯蓄率の上昇に自動車の在庫減による品薄や冷夏等一時的要因も加わって一服した。しかし,その後も,可処分所得の増加率は低下傾向を続けたものの,個人貯蓄率の低下から個人消費は堅調な増加を続け,その他の需要項月の増加テンポが鈍化したのに対して景気の下支え役を果たした。

85年に入ってからの貯蓄率の低下は,①金利の低下,②耐久消費財と貯蓄との代替性,③金融資産残高効果,④負債内容の変化,等によるとみられる。金利は全般的に年初来低下傾向にありこれが耐久財消費を刺激していたが,特に8月半ばから10月初まで採られた乗用車販売促進策における低利ローンは乗用車販売台数を記録的水準に押し上げた。一方,耐久消費財は将来にわたって便益を享受できるという意味で貯蓄に類似した面を持つが,貯蓄の中に耐久消費財も含めて個人貯蓄率を定義し直してみると(第1-1図),84年の貯蓄率は78年以来の最高であり,また,85年に入っての貯蓄率もそれほど極端に低くはないことがわかる。つまり,耐久消費財を一種の貯蓄と考えれば最近の貯蓄率も必ずしも低いとは言えない。

次に金融資産残高効果であるが,84年には負債もかなり増加したが金融資産の取得がそれを上回って増加し,ネットでの金融資産取得は増加した(第1-2図)。このような金融資産の積上がりが貯蓄の必要性を小さくし消費を刺激しているものとみられる。さらに,85年に入っての物価の一層の安定及び株価の上昇もキャピタル・ゲインを通じて実質資産残高を増加させているものとみられる。最後に,,近年の消費者信用の形態はカードなど「利便的」用途のものが多く(連邦準備制度によれば,銀行カードのうち利子負担を被らないものの割合は80年には30%であったのが,84年には40%となっている),また,期限も長期化するなど債務としての負担が軽いものが多くなっているため,統計上債務が増加しても必ずしも消費を抑制することにはならない面もある。

第1-1図 個人貯蓄率の推移

第1-2図 個人金融資産の取得

(2) 減速した設備投資

民間設備投資は実質金利が著しく高かったにもかかわらず今回景気回復の初期から力強く増加し始め,その増勢は84年いっぱい続いた。しかし85年に入ると,84年央以降の稼働率の低下,法人企業収益の増勢鈍化,景気見通しの不透明感による投資マインドの萎縮等から設備投資は大きく鈍化した。この間の産業別の新規設備投資の動向をみると(第1-2表),製造業では84年に電気機械及び輸送機械を中心に力強い増加をみせたが,85年に入って鉱工業生産の停滞等から前期比マイナスを記録するなど大幅に減速している。他方,卸・小売業,金融・保険業等の商業部門では85年7~9月期に前期比減となったものの個人消費支出の堅調等を背景に総じてなお底堅く推移している。

法人企業収益はこのところ増勢を鈍化させていたが,85年7~9月期には再びかなりの増加を示した(第1-3表)。これは,84年後半から85年前半にかけて大幅に減少した製造業収益が石油・石炭産業を中心に回復したことによる。自動車産業は84年の高収益からみれば低下しているものの,一般機械,電気機械及び食品等では85年1~3月期を底に収益は回復基調にあり,今後ドル高是正とともに製造業の収益環境も改善してゆくものとみられる。

しかし,86年の設備投資計画額(商務省調査,10~11月実施)をみると(前掲第1-2表),非製造業が前年比ほぼ横ばいとなるのに加えて製造業が同マイナスとなり,全体でも同0.1%減となるなど企業家の投資マインドはかなり弱まっているとみられる。

第1-2表 新規設備投資額の推移

第1-3表 法人企業収益の動向

(3) 回復に転じた住宅投資

住宅投資は82年末以降急増し個人消費とともに今回の景気回復の原動力となったが,84年に入って,不況期の未充足需要の一服,個人可処分所得の増勢の鈍化,住宅抵当金利の上昇等から鈍化を続け,84年10~12月期には前期比で大幅なマイナスとなった。しかし84年末から住宅抵当金利は再び低下し始め,これを受けて住宅投資も85年に入って回復に転じている。住宅着工件数は85年1~3月期の急増の後低迷しているが,これとGNPベースの住宅投資との乖離は,一戸当たり規模等の増加,増・改築の活発化,住宅販売の好調(仲介手数料の増加)等によるものとみられる。

住宅着工件数の中期的動向をみると(第1-3図),83,84年は急増したとはいえ70年代のピークには及ばない。このように80年代の住宅投資が70年代に比べて中期的に若干弱くなっている背景として人口動態上の要因が挙げられる。つまり独立した世帯を構成すると考えられる16歳以上の人口の増加率が低下し,しかもそのうちの独立した世帯を構えている者の割合の上昇が鈍っていることである。16歳以上人口の増加率,.(年率)は,50年代の1.1%から60年代には1.6%,70年代にはさらに1.9%へと高まったが,80年代には1.3%へ大きく低下している。また,16歳以上人口のうち独立して世帯を構えている者の割合(戸主率)も70年代に急速に上昇した後(70年の44.3%から80年には46.8%),80年代に入って伸び悩んでいる(84年に47.1%)。

80年代における住宅着工のもう一つの特徴は,一戸建て住宅が相対的に伸び悩む中で集合住宅の割合が上昇していることである(前掲第1-3図)。これは,16歳以上人口のうち持家保有比率の相対的に高い35歳以上人口は80年代になってむしろ伸びを高めているものの,最近の住宅価格の落ち着きからキャピタル・ゲインを狙った資産選択行動としての住宅保有が抑えられていることによる面もある。さらに,住宅建設費が落ち着いている一方で住宅賃貸料が相対的に高い上昇を示していることもあって集合住宅保有の収益性が改善していることも指摘できる。

第1-3図 住宅着工件数の中間的動向

(4) 調整局面の続く在庫投資

在庫投資は83年初以来84年初まで成長率を大きく押し上げてきたが,84年4~6月期以降積み増し幅が急速に縮小し始め,期により変動があるものの大幅な成長率引下げ要因となっている。今回の在庫調整は在庫率水準が70年代の在庫調整局面と比べて低い時点で開始され,しかもその低い在庫率水準の下で大幅かつ長期的なものとなっていることが特徴である(本論第1-1-2図参照)。これは,今回の在庫調整に当っては,最終売上げが鈍化しただけでなく企業家の想定する適正在庫水準が下方に修正されてきていることを意味するが,このような下方修正をもたらした要因として,①インフレ期待の鎮静化,②依然として高い実質金利,③在庫管理技術の向上,等が挙げられよう。

在庫動向を産業別にみると(第1-4図),製造業では84年末から積み増し幅が縮小し,85年に入ってほぼ横ばいで推移している。このうち耐久財産業においては,金属,一般機械での在庫削減にもかかわらず電気機械,輸送機械での在庫積み上がりから在庫増が続いている。電機・輸送両業種における在庫率の85年に入ってからの急上昇はむしろ意図せざる在庫積み増しを示すも,のとみられる。一方,非耐久財産業においてはゴム等を除いて概ね在庫調整が進展している。

第1-4図 非農業実質在庫残高の動向

卸売業では84年いっぱい大幅な在庫増がみられたが,85年に入ってから売上げの鈍化に伴って在庫増も若干緩やかなものとなった。小売業の在庫は,84年7~9月期に自動車メーカー段階でストがあり,これが自動車在庫を急減させたため小売業在庫は横ばいとなった。しかし,概して言えば堅調な個人消費に対応して大幅な積み増しが続いた。85年7~9月期には自動車販売の急増により自動車在庫を中心として小売在庫も減少したが,10月初旬に販売促進策が打ち切られたため自動車在庫は再び積み上がってきている。

最後に製造業在庫を加工段階別にみると(第1-5図),84年9月に削減が始まった原材料在庫に加えて製品在率も85年央以降削減が進んでいる。他方これに対応する形で仕掛品在庫が積み上がっており,今後製造業出荷が回復し製品在庫積み増しの必要が出てきてもしばらくは仕掛品在庫の吸収に利用され,全体としての在庫積増しには至らない可能性がある。

第1-5図 製造業在庫の加工段階別内訳

3. 生産・雇用

(1) 低迷続く鉱工業生産

鉱工業生産は今回景気回復当初から84年初まで極めて力強い増加を示した後,84年4~6月期以降大きく減速し,84年10~12月期には前期比マイナスとなった。85年に入って若干持ち直しているものの,その回復テンポは極めて緩慢である。

このような鉱工業生産低迷の要因を財別にみると(第1-6図),84年4~6月期以降耐久消費財及び原材料生産が大幅に鈍化し,さらに10~12月期以降は資本財生産も停滞し始めたことが主因であることがわかる。84年中の耐久消費財生産の停滞は在庫の積上がり等による自動車生産の減産によるものであったが,85年に入ってからは自動車生産は回復基調にあるものの今度は家庭用耐久財の減少から停滞が続いている。非耐久消費財は食料等を中心に総じて底堅く推移している。

第1-6図鉱工業生産の推移

活発な設備投資を背景に力強く増加していた資本財も84年末以降大幅に減速した。内訳をみると軍需資本財は堅調を持続しているものの企業設備財の増勢鈍化が著しい。中間財は一時減速したものの,85年に入ってからの住宅投資の活発化に伴う建設資材の増加から比較的堅調に推移している。原材料は鋼材,資本財用部品,エネルギー,耐久消費財用部品と次々に減産に転じ,全く振るわない。

,業種別にみると,85年に入って鉱業,公益が停滞しているのに対して,製造業が主として食品,繊維,皮革等の非耐久財の回復により緩やかながら回復基調にある。一方,電気機械は電子部品の減産を中心に大幅減を続けている。また,輸送機械も自動車等の回復からかなりの増加をみせたが,今後は自動車販売の反動減を受けて増勢鈍化を余儀なくされるものとみられる。

今後については,ドル高是正の効果等から生産は全体に次第に持ち直してくるものと見込まれている。

(2) 再び改善をみせた雇用情勢

雇用情勢をみると(第1-4表),83年後半から84年前半にかけて力強く増加した就業者数は,84年後半以降増勢が鈍化した。これは主として鉱工業生産の停滞に伴う製造業等財生産部門における雇用の伸びの鈍化によるものである。85年に入ると,民間サービス部門雇用が比較的堅調を維持する一方で製造業雇用は減少を続け,失業率の低下も足踏みを続けた。しかし,85年10月以降製造業の雇用者数は再び増加に転じ,民間サービス部門の堅調持続とあいまって,雇用情勢ば再び改善をみせ始めている。

第1‐4 表アメリカの雇用情勢

4. 物価・賃金

(1) 一段と鎮静化した物価動向

物価上昇率(前年同月比)は卸売物価,消費者物価とも80年前半のピークから83年央あたりまで低下を続けてきたが,84年前半に一時上昇率が高まった。

しかしその後インフレが再燃することはなく,むしろ物価上昇率は以降緩やかな低下をたどった。

このような物価安定の要因を品目別にみると(第1-7図),まず卸売物価については,83年末から84年初にかけて急上昇した農産品価格がその後急速に落ち着きを取り戻し,85年に入ってからは前年同月比で下落していることが挙げられよう。また,燃料価格が82年以降前年比下落を続けていることに加えて,燃料を除く鉱工業品も原材料・賃金コスト圧力の緩和,輸入品との競合等から極めて安定している。消費者物価についてみると,輸入品との競合圧力にさらされていないサービス関係の価格上昇率が84年初以降かなり高くなっているのに対して,食料品を除く財の価格は非常に安定している。また,食料品価格上昇率も85年に入って再び低下してきた。

80年以来のドル高は今回のインフレ鎮静過程において重要な役割を果たしてきたと評価されてきた。しかしそうした「強いドル」も85年2月をピークに緩やかに下降し始め,特に9月末のG5後はかなり急速に下落した。こうしたドル下落が物価に及ぼす影響がアメリカ経済のインフレなき持続的成長の基盤を覆すことにならないか懸念が持たれるところである。85年10月,11月と卸売物価及び消費者物価が前月比で急上昇したが,これは食料やエネルギー価格がドル下落とは直接関係のない要因で上昇したためであって,今のところドル下落の影響は物価には及んでいないとみられる。今後については,年初来の20%強のドル安が物価水準を2%程度上昇させることは避けられないとみられるが,それに付随してスパイラル的な賃傘・製品価格の引上げさえなければドル下落が物価上昇率に対して及ぼす影響は一度限りのものであり,基調的なインフレ鎮静化を大きく損わずにすむことも十分可能であろう。

第1-7図 物価上昇率の推移

(2) 安定的に推移した賃金上昇率

非農業企業部門の時間当たり賃金上昇率(前年同期比)をみると( 第1-8図 ),81年から83年央にかけて急速に鈍化した後,85年末に至るまで4%前後で安定的に推移している。このような賃金上昇率の鈍化に加えて83年には景気回復を受けて労働生産性が急上昇したため,83年末には単位労働コストはほとんど上昇を示さなかった。しかし,8年に入ると労働生産性上昇率が鈍化し始めたため,賃金上昇率は安定的に推移したにもかかわらず単位労働コストは上昇率を高めた。ただ,上昇率を高めたとはいえまだ比較的緩やかな上昇にとどまっており,基本的な安定基調は保たれているといえる。

第1-8図 時間当たり賃金及び単位労働コストの推移

一方,製造業においては(前掲第1-8図),雇用調整が迅速に行われたため労働生産性上昇率は84年以降も比較的堅調に推移しており,そのため単位労働コスト上昇率も84年央に一時上昇したものの85年に入って再び低下してきている。

5. 国際収支動向

(1) 大幅赤字続く経常収支

84年の貿易収支赤字(国際収支ベース)は既に大幅に悪化していた83年の倍近くに達する1,141億ドル(対GNP比3.0%)に膨れ上がった(第1-5表)。85年1~3月期には輸入の急減により赤字幅は一時大幅に縮小したものの,その後は緩やかなドル高修正にもかかわらず輸出の減少,輸入の急増から再び貿易収支は大幅に悪化し,7~9月期には84年10~12月期をも上回る331億ドル(対GNP比3.3%)の赤字を記録した。一方,貿易外収支は,対外純資産の減少にかかわらず為替レート下落によるドル建て受取り額の増加から投資収益が増加しているため85年4~6月期以降改善している。

経常収支赤字も85年1~3月期に一担縮小した後再び急速に拡大し,1~9月の年率換算では84年とほぼ同程度の赤字幅となっている。このような大幅な経常収支赤字の継続がアメリカを純債務国に転落させ,世界経済の不安定要因となるのではないかという懸念を生じさせたことは,本篇第1章第1節で述べたとおりである。

第1-5表 アメリカの国際収支表

(2) 大幅な流入続く資本収支

資本収支は84年に大幅な流入超過となったが,85年に入ってむしろ84年を上回る程のペースで資本流入が続いている。その内訳をみると,84年にはかなりの額の民間直接投資の流入がみられたのに対して,84年末以降その流入幅が縮小した。これと対照的に民間証券投資は84年をはるかに上回る増勢を示している。このように,アメリカの金利が低下しドル・レートが低下傾向にあるにもかかわらず対米証券投資が急増しているのは,アメリカの金利低下が他国を上回ると期待されることもあり,金利の低下(債券価格の上昇)によるキャピタル・ゲイン期待が金利低下による収益性低下や為替差損予想を補って余りあるためである。また,銀行部門も84年に引き続いて大幅な資金取入れ主体となった。

第1-6表 連邦財政収支の変動要因

6. 経済政策

(1) 連邦財政

80年代に入って,レーガン政権下で財政赤字は急速に拡大した。

① 財政赤字の拡大:アメリカ商務省による分析

アメリカ商務省は,歳出入のそれぞれを景気要因,インフレ要因,政策要因に分け,次のような特徴を指摘している(第1-6表)。

1970年代以降について,財政収支の動向をみると,循環要因から,74~75年,80年及び82年に急速な赤字の拡大があった。一方,72~73年,76~79年及び82年以降には,景気の拡大を背景とした赤字の削減がみられた。

しかし,70年代に比して80年代において特徴的なことは,何よりも,政策要因が歳出入両面にわたって大きな赤字拡大要因となっていることである。77~80年までのカーター政権期と81~85年までのレーガン政権期を比較すると特にその違いは明瞭である。まず,歳入面では81年まで政策要因が増収に寄与していたのに対し,レーガン大統領の経済再生租税法による減税の効果が現れ始めた82年以降3年間続けて政策要因は減収となった。連邦歳入のGNP比をみても,77年の19.6%から81年に21.1%まで上昇した後,急速に低下し,84年には19.2%となっている。特に法人税の減収は景気要因も加わって劇的で法人税収の対GNP比は70年代の3%台から82年には1.5%へと低下した。同じ時期に個人所得税は同様にある程度の減収となっているが,間接税,社会保障負担にはやや増収がみられる。次に歳出面では,80年代に入って政策要因による歳出増が急速に拡大した。特にレーガン政権になってからの国防費の増加はカーター政権期と明白な対照がみられる。国防費のGNP比はカーター政権直前の76年の5.0%から政権最後の80年の5.0%までほぼ横ばいであったが,レーガン政権下で急拡大し,85年には6.3%に達すると見込まれる。逆に移転支出はカーター政権期に大幅に拡大した後,レーガン政権期には,特に83年以降低下している。

② 86年度予算審議の経緯

8年度に景気回復を背景にわずかながら減少した財政赤字は85年度には2,119億ドルと史上最高を更新した。これには,国防費等の増加に加え,農業不況を原因とする農業関係費の増加等が大きく影響している。

86年度予算においては,このように膨張した財政赤字の削減が大きな政策課題となり,レーガン大統領は85年4月,①86年度から3年間で総額3,000億ドル赤字を削減する(86年度520億ドル),②増税は行わない,③国防支出を3年面で1,000億ドル削減すること等を主内容とする財政赤字削減計画を発表した。議会においては,こうした大統領の提案を受け,86年度予算審議が行われ,5月に上,下両院で異なる予算決議が可決された。両院とも560億ドル余の赤字削減を行うこととしているものの,上院は,社会保障費の物価スライドを一年凍結し,国防費は実質前年並み(権限ベース)とするのに対し,下院は社会保障費の物価スライドを行い,国防費は名目前年並み(権限ベース)とするものであった。

その後,両院協議会において,相異点の調整が行われ,8月に①86年度の財政赤字削減額を555億ドルとする,②国防費については権限ベースで実質前年並み,支出ベースで名目7.1%増とする,③社会保障年金等については物価スライドを認める,④歳入面では下院歳入委に対し,今後3年間157億ドルの増収措置を講じることを要請すること等を内容とする予算決議が成立した。

本予算決議によれば,86年度の歳出は,9,676.億ドル,歳入は,7,957億ドル,財政赤字は1,719億ドルとなると見込まれている。

③ 財政収支均衡法の成立

このような予算審議の一方で,85年12月には,国債発行限度額引上げ法案に付帯される形で,財政収支均衡法(通称グラム=ラドマン法)が成立した。同法はア今後各年度360億ドル以上赤字を削減することにより91年度に収支を均衡させる(86年度の財政赤字目標額は1,719億ドル),イ当該会計年度の前年度の8月に行政予算管理局(OMB)と議会予算局(CBO)は財政赤字見通しを会計検査院(GAO)に送付し,その同意を得た上で議会及び大統領に提出する,ウ上記赤字見通しが目標金額を100億ドル以上上回る場合は大統領は9月1日以降10月15日までに目標赤字額に達するよう歳出の自動的削減を命じる,エ歳出の自動的削減は1/2は国防費で,残り1/2は非国防費で負担する,オ自動的削減の対象からはa)社会保障年金,利払い費,医療扶助費,食糧切符等貧困者向け施策を除外し,b)老人医療保険等保健関係費は削減率を2%以下とすること等を定めている。

本法の成立は,政府,議会を通じた財政赤字削減に対する取り組みの真剣さを示しているが,これがそのまま実現されるかどうかについては,疑問が呈せられている。

④ 税制改革案の審議

レーガン大統領が5月に議会に提出した税制改革案は85年秋以降,下院歳入委員会において審議され,12月には修正を受けて下院歳入委員会案が可決された。同法案は同月中旬に下院本会議においても可決された(通称ロステンコウスキー法)。

同法案では,個人所得税の税率の引下げ,簡素化がほぼ大統領案どおりとされる一方,州・地方税控除の廃止が除かれている。法人税については,大統領案に比べ,最高税率の引下げ幅が小さくなっている他,加速度償却制度の縮小が強化されている。所得税は今後5年間で現行税制に比べ1,410億ドルの減税となり,法人税の増税とほぼ同額になると見込まれている。つまり,個人所得税の減税分を法人税の増税で賄う形となっている(第1-7表)。

第1-7表 歳出入の内訳の構成比

同法案の上院での審議は86年3月以降とみられるが,議会の中間選挙が間近であること,民主党が多数を占める下院が大統領案をかなり修正していること等から上院での審議には宇余曲折が予想される。

以上のように,85年の財政政策の推移をみると,財政赤字は再び拡大をみせ,結果としては財政政策は緩和的なものとなってきた。しかし,年末における財政収支均衡法の成立が示すように,今後の財政赤字削減の枠組みが設定されたという意味で,一つの転換がみられた年と評価することができよう。

(2) 金融政策

連邦準備制度理事会は,85年を通じて緩和的な金融政策態度を採り続けた(第1-8表)。

第1-8表 連邦準備制度理事会の主要決定事項

マネーサプライの動向をみると,Mlは年初来目標圏を上回って推移していたが(本論第1-1-15図参照),連邦準備制度はこれを容認し,M2,M3といったより広義のマネーサプライ指標の動きを重視した。さらに,7月の公開市場委員会においてMlの目標圏をそれまでの4~7%から3~8%へと拡大するとともに基準時を84年10~12月から85年4~6月へと変更した。これは,金利低下に伴いNOW勘定等へ資金が流入した(第1-9図)ことなどによるMlの流通速度の低下に対応したものであるが,景気情勢とインフレ動向をにらみながら政策運営を弾力的に行っていくという姿勢を次第に強めていったものである。

第1-9図 Ml増減の要因

金利は,景気拡大速度の鈍化の中で以上のように緩和的な金融政策が採られたため,3月以降6月初めまで急速に低下した。この間5月20日には,市場金利の低下に歩調を合わせるとともに,増大する輸入とドル高に起因する鉱工業生産の伸び悩みに対応するため,公定歩合が8.0%から7.5%へ引き下げられた(第1-10図)。

第1-10図 主要金利の推移

6月初以降金利は横ばいとなっていたが,10月中旬以降,長期金利を中心に一段の低下をみせている。これは,9月下旬の5か国蔵相・中央銀行総裁会議以降行われた連銀の不胎化を伴わないドル売り介入,財政収支均衡法案の提案と成立,企業部門を中心とする民間資金需要の伸びの鈍化等を背景としているとみられる。

7. 経済見通し

85年のアメリカ経済は個人消費等を中心に国内最終需要は堅調であったものの,ドル高を背景とする輸入増と輸出の不振,在庫調整の進展によって,それが生産の伸びに結びつかないという状況が続き,実質GNP成長率は84年の6.6%を大幅に下回る2.4%にとどまるものと見込まれている。

しかし,こうした状況には,85年10~12月期以降変化がみられる。10~12月期の実質GNP成長率は前期比年率3.2%(暫定推計)とみられるが,商務省はその内訳として,個人消費が減少する一方,在庫投資が成長率を引き上げる要因として働くとしている。

10~12月期の個人消費の減少と,在庫投資の増加は,9月までの自動車販売促進策の終了に伴う自動車販売の急減によるところが大きい。86年の米国経済については,四半期毎の振れはあるものの基本的には個人消費を中心とする内需は減速するにしても,ドル高の修正が進む中で純輸出及び在庫投資の成長率引下げ効果が縮小するなどから緩やかな拡大が続くものと考えられる。

ドルの減価は,輸入品価格の上昇を通じて物価には悪影響を与えるとみられるが,石油価格を含む一次産品価格が一段と下落していること,賃金上昇率が安定を続けていることから,86年においても物価は総じて落ち着いた動きを続けるものとみられる。

雇用面では,85年中は製造業の不振とサービス業の好調という対照的な動きがみられたが,ドル高是正の効果が現れてくるに従い,製造業の雇用も緩やかに拡大するものとみられる。

84年に1,000億ドルを超え,85年1~9月年率で,既にほぼ前年並みとなっている国際収支の赤字はドル高修正が進む中でもJカーブ効果等のため,急速な改善は期待できず,86年においても大幅な赤字が継続すると考えられる。ただし,86年後半以降には徐々に改善に向かうことが期待される。

OECDが12月に発表した見通しにおいても,86年の米国経済は内需の拡大速度は85年の41/2%から21/4%へと鈍化するものの,純輸出のGNP比はマイナス1%から均衡へ向かうこと,在庫投資のGNP比もマイナス1%から1/2%へと増加に転じることから実質成長率は85年の21/2%から23/4%へと上昇するとみられている(第1-9表)。

以上のように,86年の米国経済は内需,外需の組み合わせが85年とは大きく異なるものの,物価安定の下での緩やかな景気拡大を続けるものと考えられる。

第1-9表 OECD見通し

第2章 カナダ:内需中心の景気拡大

1. 概  観

カナダの景気は83年初に回復し始め,84年にはさらに拡大した。85年に入り,引き続き好調な個人消費に加え,住宅投資,設備投資が増加し,景気の拡大は続いている(第2-1表)。物価は落ち着いており,雇用情勢は改善しているものの失業率は依然高水準にある。

第2-1表 実質GNPの推移

84年に実質GNPは,個人消費,純輸出等の増加から前年比5.0%増となった。85年に入ってからは個人消費は引き続き好調を続けているが,アメリカの成長率鈍化,国内景気の活発化から純輸出はふるわず,1~3月期,7~9月期には引き下げ要因になっている。しかし純輸出にとってかわり,低迷を続けていた住宅投資,民間設備投資が増加し始め,在庫投資も1~3月期,7~9月期に引き上げ要因として働き,実質GNPは1~3月期前期比0.9%増,4~6月期同1.0%増,7~9月期は同1.6%増となった。鉱工業生産も85年に入り,増加している。

物価動向をみると,消費者物価上昇率は前年同月比4%前後で落ち着いており,卸売物価上昇率も同3~2%で推移している。一方,雇用者数の増加,失業率の低下など,雇用情勢は改善している。また,83年以降大幅な黒字を続けていた貿易収支は,85年央にやや黒字幅が縮小し,このため,黒字を続けていた経常収支は7~9月期に赤字に転じている。

84年9月に誕生したマルルーニー進歩保守党内閣は,85/86年度(85年4月~86年3月)予算を財政赤字の削減に重点を置いた緊縮型のものにしている。

2. 需要動向

(1) 好調続く個人消費

84年の実質個人消費は,耐久財を中心に前年比3.7%増と前年に続き好調な伸びを示している。85年に入っても耐久財を中心に引き続き好調で,経済成長に大きく寄与している。

84年と85年上期の個人消費の好調は,個人所得増による可処分所得の増加によるものである。個人所得の内訳をみると,雇用者数の増加から賃金・給与所得が金利の上昇,企業収益の増加から利子・配当所得が高い伸びを示した。85年7~9月期には,政府からの移転所得の減少,金利の低下等による利子・配当所得の伸びの鈍化などから個人所得の伸びも鈍化した。しかし,個人貯蓄率が11.3%に低下(4~6月期は13.3%)により,個人消費の好調は維持された。

(2) 大幅に増加する民間住宅投資

84年の民間住宅投資は,住宅抵当金利の上昇などから前年比4.2%減となった。

85年に入り,住宅抵当金利の低下,住宅空屋率の低下などから,4~6月期以降住宅投資,着工件数ともに大幅増となっており(第2-1図),9月の着工件数は19.7万戸(年率)と,持家取得貯蓄優遇制度の終了した83年5月に次ぐ高水準となった。

第2-1図 住宅投資関連指標

(3) 低迷を脱した民間設備投資

84年の民間設備投資は,稼働率の上昇,企業収益の増加などから機械設備は増加したものの構築物が減少し,前年比0.6%増にとどまった(第2-2図)。

85年に入ってからは,金利の低下等から機械設備,構築物ともに増加をみせ,民間設備投資は,1~3月期前期比1.5%増,4~6月期同4.1%増,7~9月期同2.7%増となり,82年以来の低迷をぬけ出した。特に,国家エネルギー計画の改正による規制緩和等により資源開発関連の投資が上向いている。

第2-2図 設備投資関連指標

(4) 政府支出

政府支出は,84年前年比3.4%増,85年に入ってからは,1~3月期前期比0.4%増,7~9月期0.8%増と増加を続けていたが,7~9月期には財政赤字縮小のため政府消費が削減され,同1.2%減となった。

(5) 在庫投資

景気回復の初期であった83年に,在庫調整の終了からGNP成長率に大きく寄与(寄与度は2.6%)した在庫投資は,84年中には大きな動きはなく同寄与度も0.6%にとどまった。85年に入ってからは輸入自動車の在庫動向のため,四半期毎には増減が大きいが,全体としては順調な在庫積み増しが続いているものと判断される。

3. 生産・雇用

(1) 増加する鉱工業生産

鉱工業生産は,84年7~9月期に前回ピークの81年4~6月期の水準を上回った。10~12月期は,前期の大幅増の反動などもあってやや減少したが,84年通年では前年比8.7%増と大きく伸びている。85年に入ってからも,製造業,特に需要の強い自動車,電機機械,化学製品等の耐久財を中心として増加を続けている(第2-3図)。

第2-3図 鉱工業生産の推移

(2) 緩やかに改善している雇用情勢

雇用情勢をみると,労働力人口の増加から84年中失業率は上昇気味であったが,雇用者数は増加を続けた。85年には全般的な景気好調を反映し,再び失業率は低下し,雇用情勢は改善している。なお85年12月の失業率は10.0%となっている(第2-4図)。

第2-4図 雇用情勢

4. 物  価

84年以降の物価は,カナダ・ドルの下落による輸入物価の上昇(84年前年比5.6%)にもかかわらず,賃金の安定と,生産性の上昇から落ち着いた動きをみせている。消費者物価上昇率は,84年前年比4.4%であり,85年に入ってからも前年同月比4%前後で推移しでいる。卸売物価(工業販売価格)も,84年前年比4.1%,85年4月以降の前年同月比は2%台にある(第2-5図)。

第2-5図 物価動向

5. 貿易・国際収支

(1) 貿易収支

貿易動向(国際収支ベース)をみると,84年の輸出は前年比23.4%増,数量でも同22.2%増と大幅に増加した。これは,アメリカの景気拡大に伴い対米輸出が28.0%も増加したことによる(全輸出額に占めるアメリカ向けの割り合いは84年76.2%,83年73.5%)。一方,輸入も国内の景気活発化により84年は前年比25.1%増,輸入数量でみると同18.5%増となった。この結果,84年の貿易収支黒字は207億加ドルと前年より30億加ドル黒字幅を増やした。

85年に入ってからは,1~10月累計でパルプ,石油・石炭製品等加工品の不振から輸出が前年同期比7.6%増と伸びが緩やかになったのに対し,輸入は内需の活発化から同11.5%増と相対的に強くなり,貿易収支黒字幅は84年の同期の171億加ドルより縮小し155億加ドルとなっている(第2-2表)。

第2-2表 国際収支の推移

(2) 経常収支

8伴の経常収支は,貿易外収支の赤字幅が拡大したものの,貿易収支黒字が増大したことから,26億加ドルの黒字と83年の17億加ドルより,黒字幅が拡大した(第2-2表)。85年に入り,貿易外収支赤字の増加と貿易収支黒字幅の縮小から7~9月期の経常収支は赤字に転じ,81年7~9月期以来の大幅な赤字となり,85年1~9月累計でも8億加ドルの赤字となっている。

長期資本収支は,84年29億加ドル,85年1~9月期23億加ドルの黒字となリ,基礎収支は黒字を続けている。

6. 経済政策

(1) 財政赤字

83/84年度(83年4月~84年3月)324億加ドル(対GNP比8.1%)にふくらんだ財政赤字は,84/85年度も歳出の伸びが前年度比12.8%増と歳入の同12.5%増を上回ったため,366億加ドル(対GNP比8.5%)に拡大した。

85/86年度予算では,.この巨額な財政赤字の削減に重点が置かれ,歳入の前年度比11.6%増に対し歳出は同5.4%に抑えられ,財政赤字は338億加ドルに縮小されるとしている。

85年4~8月累計の赤字額は141億加ドル(84年同143億加ドル)となっている。

(2) 財政政策

高失業と巨額の財政赤字という問題を抱え84年9月に誕生したマルルーニー進歩保守党政権は,財政の再建とともに経済成長策として民間設備投資促進のため政府による規制の見直し等を目標とし,外資審査法や国家エネルギー計画の改正を進めた。

財政再建については,前述したように厳しい歳出抑制と増税による歳人増という緊縮型予算をとった。85年5月の蔵相の財政演説によれば歳出面では,国債費,国防費,社会保障費を除いてはすえ置きもしくは削減,特に企業向け補助金,行政経費の減額を行うとしている。歳入面では,エネルギー関連規制緩和の一環としてエネルギー生産関係の減税が行われる一方で歳入確保のため国民各層に広く増税の負担を求めており,具体的には,所得税諸控除の物価スライドの部分的停止,売上税の課税範囲の拡大・税率引上げ,ガソリン,酒,タバコ税の引上げ,大銀行等に対する資本税の導入,個人(低所得者を除く),法人(中小企業を除く)に対する時限的な付加税などである。

また,同財政演説によれば,従来のような補助金等の直接的な対策は見直しの対象とされるが,中小企業向け対策や投資促進策を中心として経済活性化,雇用拡大を図るとされている。具体的には,キャピタル・ゲインについての控除の拡大(初年度2万加ドル,6年間で50万加ドル)が投資促進策として注目されている。

(3) 金融政策

84年の国内金利は,アメリカの金利動向を反映して上半期に上昇し,年央から下降し始めた。その後もアメリカの金利動向を反映し全般的に金利は低下基調にあった。

国内景気の活発化,雇用情勢の改善という点からは金利の低下は望ましいが,カナダ・ドルが不安定になる危険がある。金融当局は為替相場をにらみながら,内需拡大のために金利を極力引き下げる政策を堅持したいとしているが,11月以降,カナダ・ドルの一層の下落を背景に金利は上昇をみせている。

7. 経済見通し

85年のカナダ経済は,予想を上回る景気拡大をみせている。その中心となっているのは,個人消費,住宅投資,設備投資であるが,このうち個人消費については,85/86年度予算の増税措置などのため85年央より可処分所得の伸びが鈍化していることから,現在の好調な増加テンポは維持されにくいとみられる。

設備投資は,鉱業,製造業を中心とした増加,特に外国企業の進出による自動車関連産業,そして国家エネルギー計画の改正で規制が緩和されたエネルギー部門での拡大が予想されている。

失業率は景気の拡大につれて更に低下するであろう。また,アメリカの低成長で輸出が小幅な伸びにとどまる一方,活発な内需を反映して輸入は好調とみられるので,貿易収支の黒字幅は縮小が見込まれる。貿易外収支は企業収益の改善で大幅な配当支払いが続き,赤字はやや増加しよう。この結果,経常収支黒字はやや縮小するとみられる。

全体としての86年の成長率は,85年よりやや鈍化するものの,内需に支えられて景気の拡大は続くものとみられる。

第2-6図 金融指標の推移

第2-3表経 済見通し

第3章 イギリス:息の長い景気回復

1. 概  観

景気回復5年目に入ったイギリス経済は,85年前半には輸出と設備投資を中心に年率4%を上回る力強い成長を示した。年後半に入ってからは,拡大速度を鈍化させながら個人消費へ拡大の中心を移している。雇用情勢は依然厳しく,失業者数は85年に入り増勢に鈍化がみられるものの年末には318万人となり,失業率も13.2%の記録的高水準にある。物価上昇率は総じて鈍化しているが,消費者物価は住宅ローン金利引き上げの影響が大きく,85年は84年より上昇率が高まった。貿易収支赤字は,85年には炭鉱ストの影響から脱したこともあり,前年比半減した。

経済政策では供給面の改善を重視し,インフレ抑制を最優先する中期的政策が一貫して採られているが,政策運営方式には一部変化がみられる。財政面では,最近3年間,PSBR(公共部門借入所要額)の削減が足踏み状態となっており,その中期的引下げが依然主要目標となっている。支出面では来年度以降の計画も発表されており,緊縮政策堅持の姿勢を示しながら,国営企業の民営化促進により財源を確保,実質的に若干の支出増となっている。金融面では,マネーサプライの目標を一時的に放棄し,為替相場を重視した金利政策の役割を強化している。

2. 需要動向

実質GDP(生産ベース)は,81年4~6月期を底に息の長い拡大を続けており,83年3.0%増の後,84年も炭鉱ストにかかわらず成長を続け3.0%増となった。炭鉱スト終結直後の85年4~6月期には,年率約5%(OECDによると炭鉱ストの影響を除くと約4%)の力強い拡大をみせ,85年上期でみても前期比年率4.4%(生産ベース)の成長を示した。これは主として輸出と設備投資の増加によるものである。85年後半に入ると実質GDPの拡大テンポは鈍化(7~9月期前期比年率1.1%,生産ベース)し,個人消費に成長のウェイトが移っている(第3-1図)。

第3-1図 イギリスの主要需要項目(実質)の動き

(1) 増勢を強める個人消費

実質個人消費(GDPベース)は83年に3.8%増加し,景気回復の牽引役となったが,84年に入ってから85年1~3月期までは伸びを鈍化させていた。しかし4~6月期以降,再び増加テンポを速め,景気拡大の主役となっている。

84年の増勢鈍化は,耐久財の減少を主因とするものであったが,85年4~6月期以降,乗用車を中心とした耐冬財や衣類が大幅な伸びを示している他,サービスも着実な拡大を続けている。特に乗用車は85年後半盛り上がりをみせ,新車登録台数も83年を凌ぐ過去最高に達することが予想されている(第3-1表)。

このような個人消費拡大に関連して,以下の要因が指摘されよう。第1は実質可処分所得の増加率の上昇である。84年には2.1%増にとどまった実質可処分所得は,85年に入ると4~6月期前年同期比3.3%増,7~9月期同2.5%増と,減税,賃上げの高率妥結や物価上昇率の低下などにより,堅調な伸びを示した。第2は個人消費信用残高の上昇である。個人消費信用残高が,84年17.2%増,85年16.7%増と大幅な拡大を続けたほか,新規賦払信用も85年後半増勢を強め,12月には過去最高額を記録した。

第3-1表 イギリスの消費,投資関連指標

(2) 増勢鈍化する設備投資

実質総固定資本形成は,今回の景気回復期には,個人消費より一足早く81年7~9月期を底に回復に転じた後も増勢を保ち,84年には8.2%増加した。85年に入ってから,1~3月期の急増(前期比6.9%増),4~6月期の急減(同10.8%減)と大きな動きを示した。これじゃ税制改正(後述)の影響を受け,1~3月期に駆け込みの投資が殺到したためで,1~9月期の前年同期比でみれば1.2%増と伸びを鈍化させている。実質総固定資本形成のこうした動きの中には,民間非住宅投資の高い伸びに比べ,85年の民間住宅投資と公共部門固定投資が大幅な減少をみせるという対照的な動きがみられる。民間非住宅投資は84年に13.7%と急増した後,85年1~9月期も前年同期比11.1%増と堅調な伸びを示し,総固定資本形成の拡大を支えている。

製造業固定投資は,83年上期に底入れした後,84年は大幅な伸びを記録し,85年も増勢を保っている。商業,金融などのサービス部門でも固定投資の力強い拡大が続いているが,特に85年1~3月期には,駆け込みの設備投資需要から金融・リース業で前期比31.3%増と急速な盛り上がりがみられた。

このように民間非住宅投資が,84年,85年と力強い拡大を示したのは,①企業利益(在庫評価調整後)が82年下期から急速に回復し,83年20.5%増,84年23.0%増,85年上期の前年同期比27.7%増と大幅増を続けていること,②稼働率の上昇が続いていること(84年平均82.4%→85年1~9月85.6%),③84年度税制改正による初年度特別償却制度の段階的廃止(84年3月まで初年度特別償却率100(75)%,85年3月まで同75(50)%,86年3月まで同50(25)%,以降0(0)%,ただし機械・設備。( )内は産業用建物)により,初年度償却率の高い年度に投資を前倒しで行う動きがみられた,などの要因が作用したものとみられている。

貿易産業省投資予測調査(12月発表)によると,85年の企業設備投資は当初見通し(実質8%増)を下回って実質6%増に修正され,86年については同1%増にとどまると予測されている。うち,製造業は85年6%増,86年2%減,サービスその他の部門については85年6%増,86年2%増とみられている。

民間住宅投資は,84年2.0%増と82年来増勢を維持していたが,85年には1~9月の前年同期比で6.8%減となった。公共部門固定投資は,83年に18.3%増と急回復した後,84年0.4%増となり,85年には一部国営企業の民営化等の影響もあり,大幅に減少している(1~9月の前年同期比16.3%減)。

(3) 長引く在庫調整

今回の回復局面では,在庫調整が長引いており,在庫投資は83年に漸くプラスに転じたものの,炭鉱ストのため石炭などのエネルギー在庫が減少を続けたことが大きく影響して,84年には再びマイナスとなり,GDP成長率を0.3%引き下げた。85年に入り,炭鉱ストの終わった直後の4~6月期には,製造業部門に完成品の在庫積増しがみられたが,85年上期の在庫投資のGDP成長率に対する寄与度(年率)はマイナス0.4%となっている。在庫・GDP比率は80年央より低下を続けており,製造業の在庫率(在庫水準/生産水準)も,85年4~6月期には91.7(1979年10~12月期=100の指数)にまで低下している (在庫調整長期化の理由については,本論第1章第2節1を参照されたい)。

3. 生産・雇用

(1) 緩やかな生産の回復

鉱工業生産は,81年央から緩やかな回復を続けている。炭鉱ストの影響から,84年には前年比1.3%増と伸びが鈍化(83年3.6%増)したが,85年には4%を上回る増加が見込まれている(第3-2図)。

第3-2図 緩やかなイギリスの鉱工業生産の回復

エネルギー部門(水道を含む)では,他部門に先がけて80年央より生産の拡大が続いていたが,84年3月に始まった炭鉱ストのため石炭生産は急減した。

その後84年10~12月期以降85年前半にかけては原油生産の急増や,炭鉱ストの終結から,エネルギー部門の生産は急速に回復した。しかし85年夏には北海油田の補修作業もあり,伸びは鈍化している。

製造業生産は,83年に前年比2.9%増,84年にも同3.9%増と73年以来の高い上昇を示したが,84年の生産レベルは第2次石油ショック前の78年を8%,第1次石油ショック前の73年を13%下回っている。85年に入ってからも機械工業を中心に回復を続け,1~6月期で前期比2.4%増加した後,7~9月期に小幅減少したものの,その後は回復に転じている(10月前月比0.8%増,11月同0.7%増)。

(2) 依然厳しい雇用情勢

景気回復が5年目に入っているにもかかわらず,労働供給の増加などのため失業者数は依然増加を続け,失業率も高水準にとどまっている。

就業者数は80年から83年初にかけて約211万人減と急激に減少した後,83年央から回復を続けているが,85年6月で79年のピークを約128万人下回っている。失業者数は83年初までの急激な増加の後,増勢が鈍化しているものの,84年に14.8万人,85年も7.8万人と増加を続け,85年末には失業率も13.2%となった(第3-2表)。

第3-2表 イギリスの雇用情勢

85年6月までの1年間では,就業者数は25.4万人増加(1.1%増)したが,労働力人口も40.4万人と大幅な増加を続けたため,失業者数は15万人増となっている。労働力人口の急増は,ベビー・ブームの影響による生産年齢人口の増加と最近の景気回復による女性の労働力率の高まりを反映している。また就業者の増加は,サービス部門と自営業主に偏っており,しかもパート・タイム雇用増がサービス部門での雇用増の主因となっている。一方製造業の雇用者数は減少を続けている。

今後は,ベビー・ブームの影響が徐々に弱まることもあり,労働力人口は増勢の鈍化が予想される。しかし,86年にはGDP成長率が85年より低下すると見込まれることや,85年の賃上げが高率で妥結していることなどから,就業者数の伸びも鈍化が予想され,失業率は高水準を続けるものと思われる。

争議による労働損失日数は,炭鉱ストの終結後は急減しており,最近の労使関係の改善を示唆している。

4. 賃金・物価

(1) 高率の伸びを続ける賃金

依然高水準を続ける失業にもかかわらず,84年賃金ラウンド(84年8月~85年7月)の平均妥結賃上げ率は,6 1/2%(公務員6%,国有企業5 1/4%,民間非製造業7%,民間製造業6 3/4%)と,前年の6%を若干上回る伸びとなった。これは85年初来,高まりのみられた消費者物価上昇率や企業収益の回復等を背景に,企業が高率の賃上げ要求を認めたためとされている。

平均賃金収入についてみると,前年同期比伸び率は,85年央には9%台に上昇した。これは炭鉱スト等の影響で前年の伸びが低かったことを反映しているが,これを修正した基調指数(労働協約改定期のずれ,争議,休日などを調整した指数)でみても,7 1/2%と依然高水準を続けている(第3-3表)。

製造業の単位当たり労働コスト上昇率は,83年には1.3%まで低下したが,84年からは上昇が続き,85年7~9月期には7.1%(前年同期比)となっている。この要因としては,生産性上昇率が83年をピークに鈍化傾向を続けたことが大きい。今後も,高率の賃上げ妥結や生産性上昇率の鈍化から,単位当たり労働コストは高率の上昇を続けることが予想され,国際競争力や雇用に与える悪影響が懸念されている。

第3-3表 イギリスの賃金・物価・生産性

(2) 年央高まった消費者物価

インフレの抑制を最優先課題とする経済政策の運営により,消費者物価上昇率は81年より鈍化を続けていたが,83年後半には僅かながら上昇に転じ,年平均上昇率でみると84,85年と連続して高まった(第3-3表)。85年の物価上昇率の高まりは,上で述べた高率の賃上げと住宅ローン金利の上昇を主因としている。

84年末から85年初にかけてポンド相場の下落が続き,物価上昇への懸念から金利が大幅に引き上げられた。ポンド相場はこの対策もあって3月以降持ち直したものの,住宅ローン金利がこれに追随して引き上げられたことから,消費者物価は大幅に上昇し,84年末の4.6%(前年同月比上昇率)から85年5,6月には7.0%(同)のピ-クに達した。しかし,その後はポンド相場の回復や一次産品市況の低迷などから物価は鎮静化傾向をみせている。

費目別消費者物価の動きをみると,住宅ローンの金利支払いの大幅増から住居費が高い上昇を示したのに対し,食費,耐久財,衣料費等は比較的安定している(第3-4表)。

生産者原燃料価格は,84年から85年初にかけてポンド相場が低下を続けたため,軟調な一次産品価格にもかかわらず,上昇率が高まった。このコスト圧力から,生産者工業品価格も高まりをみせたが,その後は85年3月以降のポンド相場の回復に加え一次産品市況の低落から,原燃料価格が7月以降前年同月を下回るなど著しく低下し,工業品価格も小幅ながら鈍化した。

第3-4表 イギリスの費目別消費者物価の動き

5. 貿易・国際収支

(1) 貿易収支の改善

貿易収支赤字は,83年の8.4億ポンドから84年には炭鉱ストによる燃料輸入増もあって,41.0億ポンドヘ急拡大した。しかし85年4~6月期からは著しい改善を示し,85年の貿易赤字は20.5億ポンドと前年比半減となった。この改善は主として85年3月の炭鉱スト終結による燃料輸入減及び3月以降のポンド相場の上昇や一次産品価格の低下等によってもたらされたものである(第3-3図,第3-5表)。

輸出は84年には,アメリカ経済の力強い拡大を主因とする外需の伸びに,80年来の実効レートの低下(84年12月は80年同月比26%減)などによる競争力の回復も加わり,前年比15.9%増(数量ベース8.2%増)と高い伸びを示した。

しかし85年1~3月期に前期比5.1%増加した後,4~6月期には輸出は頭打ち(前期比0.2%減)となり,7~9月期には8.7%減と大幅に減少した。EC域内向けの輸出も1~3月期までは好調を続けていたが,4~6月期に減少したのをはじめ,アメリカ向けも4~6月期がピークとなっている。このようなことから85年通年で輸出の伸び率は前年比10.9%増,数量ベースで5.9%増と84年の伸びを下回った。

一方,輸入は85年1~3月期にも原油の急増などから増加を続けたが,4~6月期以降は炭鉱スト終結や一次産品価格の低下もあり減少に転じた。85年通年の輸入は前年比7.5%増(数量ベース3.9%増)と84年の伸び20.9%増(同10.8%増)を大幅に下回り,81年来の低い伸びとなった。

工業品収支は,83年に赤字になった後,84年にも悪化したが,85年にはほぼ前年並みにとどまったとみられる。

第3-3図 イギリスの輸出・輸入の動き

第3-5表 イギリスの商品別貿易動向

(2) 堅調な貿易外収支

経常収支は,84年には貿易収支の悪化から11.2億ポンドの黒字と83年(31.3億ポンドの黒字)より黒字幅を縮小したが,85年には35.5億ポンドの黒字へ改善した(第3-6表)。

85年の改善は,貿易収支赤字の縮小に加え,堅調な貿易外収支によるものである。利息,配当収入の増加を主因に,貿易外収支黒字は84年に12.6億ポンド増加した後,85年にも観光収入の好調に支えられたサービス収支の黒字幅拡大等から,小幅ながら増加を示した。一方で移転収支は,EC拠出金の増額もあり悪化を続けている。

安定した利息,,配当収入を生み出す対外純資産残高はイギリス大蔵省の推計によれば84年末で約700億ポンド,GDPの22%(83年末570億ポンド,GDPの19%)に達したとされている。金,外貨準備は減少傾向を続けており,85年9月には25億ドルの外債が発行され一時的に増加したが,85年12月には前年同月比1.5億ドル減となっている。

第3-6表 改善したイギリスの経常収支

6. 経済政策

(1) 中期財政金融戦略

サッチャー政権の経済政策の目的は,79年の政権発足以来一貫してインフレ率の引き下げ,及び国営企業の民営化や政府規制の緩和などの供給面での政策により,持続的成長のための条件をつくることである。80年以降毎年発表されている中期財政金融戦略は,3年から4年先までの計画を提示し,人々のインフレ期待に影響を与えることを意図している。そこでは,インフレ率の引き下げのために,貨幣供給量の増加率の漸減が図られる一方,民間部門の資金需要に応えられるように,財政赤字(公共部門借入れ所要額,PSBR)の中期的な削減も掲げられている。このような政策の基本的枠組みが堅持される中,中期的には既に述べたようにインフレ率は低下したが,製造業の生産は減少し,失業も増加した。

(2) 金融政策

金融政策はインフレ抑制を主眼としながら,その運用に当たっては金融情勢の判断指標の中でポンド相場のウェイトを高め,金利政策の役割を強化している。

① 84年度実績‐マネーサプライ目標超過

85年1月,ポンド相場の急落に対処して,イングランド銀行は最低貸出し金利(公開市場操作に重点をおく新金融調節方式への移行に伴い,81年8月公表停止)をも復活させて市中金利の上昇を誘導した。この結果,大手市中銀行貸出し基準レートも3回にわたり引き上げられ,84年末の9.5%から85年1月末には14.0%へと上昇した(第3-4図)。

第3-4図 マネーサプライと金利の動き

マネーサプライ増加率の目標は中期財政金融戦略に従って,84-85年度MOに対し4~8%,ポンド建てM3については6~10%,(85年4月の84年2月比年率増加率)に設定されていた。MOの伸び率は5.6%と目標を達成したが,ポンド建てM3については,2,3月と10.3%に下がり目標圏に収まるかにみえたものの,4月に駆け込みの設備投資資金需要等から急増し,結局12.3%と目標に対し過大となった。政府が過剰資金調達策(オーバーファンディング:貨幣供給量の伸びを抑制するために,国債の発行等により公共部門の借入れ必要額以上に非銀行民間部門から資金を調達すること)を続けていたにも拘らず,マネーサプライが目標を超過したのは,銀行の対民間部門へのポンド建て貸出しの急速な増加によるものである。

② 85年度一金利政策の重視

85年度の目標は,MOが3~7%,ポンド建てM3が5~9%(各月の前年同月比)と上限,下限とも各々1%引下げられた。しかしマネーサプライM3の伸び率は,5月以降も12%を上回る高率が続いた。これは過剰資金調達策の継続により,様々な問題が生じたため,通貨当局がその操作を停止したことや,民間部門へのポンド建て貸出しの増加が続いたことを主因としている。その後もポンド建てM3の高率の伸びが放置されていたが,10月に政府は金融政策の運用方式の変更を明確に発表し,最近の政策運用の変化を追認した。そこでの主要なポイントはポンド建てM3を85年度中は政策目標からはずす一方,85年1月に見られたように為替相場等の指標をにらみながら短期金利を機動的に操作すること,及び85年5月頃から認められるように,マネーサプライを減らすための過剰資金調達策を行わないことである。ポンド建てM3の急増を容認する理由として,政府は金融機関相互の競争や高水準の実質高金利が銀行預金へのシフトを起こし,貨幣流通速度が低下したことを挙げており,現在のM3の急増がインフレに結びつく懸念は少ないとしている。しかしながら,ポンド建てM3を政策目標から落とし明確な基準のないポンド相場を金融政策に際しての主要な判断指標としたことは,政策判断がより複雑化し,不透明性を増すことを意味している。

③ 金利の推移

短期金利は,85年1月ポンド相場の急落に対応して大幅に上昇した後,2月に入ってもポンド相場の低下が続き1.05ドルを割り込むなど史上最安値を記録したため,短期金利は上昇を続けた。しかし,3月以降ポンド相場が持直しをみせたため,短期金利も徐々に低下した後,8月以降はほぼ横ばいで推移した。長期金利は年前半目立った動きがなかったが,後半に入り小幅低下した。

(3) 財政政策

財政面では,中期財政金融戦略に沿ってPSBR(公共部門借入所要額)の対GDP比を中期的に引下げることを引き続き目標としているにもかかわらず,83年度以降はほぼ横ばいが続いている。

① 84年度実績-PSBR目標超過

84年度には炭鉱ストの影響や地方公共団体の支出増,高金利のための利払い増などから歳出が計画以上の伸びを示し,PSBRは101億ポンド(対GDP比3.2%)と当初計画の72億ポンド(同2%)を大きく上回った(第3-7表)。これでPSBRは2年連続で目標に対し過大となり,対GDP比率も3~3%の水準が4年間続いたことになる。

第3-7表 イギリスの財政収支

② 85年度予算の特徴

85年度予算は,引き続きインフレ抑制を主眼としながら,その制約下で雇用増のための対策を重点的に盛り込んでいる。また同時に発表された中期財政金融戦略によれば,89年度にはPSBRの対GDP比は1 3/4%に低下すると計画されている。85年度のPSBRは70億ポンド(対GDP比2%)に縮小するとされた。また社会保険制度の改正により低賃金労働者及びその雇用主に対する負担を軽減(85年10月実施)し,特に失業者の多い若年層の雇用を促進することを狙っている。雇用増対策として更に若年者訓練計画(Youth Training Scheme)の拡充と地域就労事業(Community Programme,地方公共団体や非営利団体の公益事業で,長期失業者を一時的に雇用)の強化なども盛り込まれている。

税制面の改革では,①前年に続き,個人所得税非課税限度のインフレ率を上回る引上げ(10%,平年度20.3億ポンドの減税),②キャピタルゲイン税非課税限度の引上げ(5,600→5,900ポンド,同2.6億ポンドの減税),③付加価値税の対象拡張(新聞,雑誌広告等,同1.9億ポンドの増税),④間接税率の引上げ(自動車,軽油,タバコ,ビール等,同8.4億ポンドの増税)などの措置がとられた。この結果平年度の純減税額(主10.3億ポンド,85年度では7.8億ポンドと推計されている。個人所得税の改革に関するグリーン・ペーパーは,当初秋に発表される予定であったが,86年に延期されている。

③ 85年度実績見込みと公共支出計画

85年11月に発表されたオータム・ステートメント(財政計画概要)によれば,85年度のPSBRは当初予算の70億ポンドを10億ポンド超過し,80億ポンドに達する見込みである。その要因として,税収面ではポンド高とドル建て原油価格の低下により,北海原油からの収入が予想を下回っていること,支出面では高失業やインフレ率の上昇から社会保障給付が増加したこと,などが挙げられている。

財政計画概要の中で発表された86年度及び87年度の公共支出計画は,3月の予算発表時の計画と同額のものとなっており,86年度のPSBRの額にも変わりはない。この財源は,国有資産の売却増や予備費の削減(60億ポンドを45億ポンドヘ)により確保されている。88年度については初めて計画が発表されたが,インフレ率を調整すると3年間で公共支出総額はほぼ横ばいに制抑されている(なお,従来のオータム・ステートメントでの計画は翌年度分に限られていた)。しかし国有資産の売却額は,86年度以降前計画の22.5億ポンドから47.5億ポンドヘ大幅に増額されており,これが公共支出額から差し引かれていることを考慮すると,3月の予算発表時の計画より幾分財政は緩和されている。

7. 経済見通し

85年11月発表の政府秋期見通しによると,85年の実質GDP成長率は当初見通しと同じ3 1/2%で,炭鉱ストの影響を勘案すると3%と推計されている(第3-8表)。

第3-8表 イギリスの経済見通し

86年については3%(うち炭鉱ストの影響による上昇1/2%)と85年より成長は鈍化するとみられている。85年前半までの輸出と企業設備投資主導型から,86年には個人消費が中心的な拡大要因になるとみられる。インフレの鎮静化が実質可処分所得の増加をもたらすと同時に,最終的には貯蓄率も引き下げ個人消費の拡大に大きく作用する。財別には耐久財消費の所得弾力性が高いことから,86年も耐久財は10%前後の高い伸びを示すとされている。

企業設備投資(北海関連を除く)は85年7~8%増加した後,86年にも企業収益の回復,株式市場への資金流入増や企業の財務状況の好転などから増加を続けるが,84,85年よりは鈍化すると予想されている。民間住宅投資については,住宅着工件数が85年4~9月期で前年同期を約5%上回っていること等から,86年は増加に転ずる可能性が高いとしており,公共部門固定投資も小幅ながら増加するとみられている。全体としての実質総固定資本形成は,8“5年の4%増の後,86年にも3 1/2%の伸びが見込まれている。在庫投資は,減少を続けた石炭の在庫が生産の回復にともない増加に転ずること及び在庫率の減少傾向の鈍化も予想されることから,GDP成長率に対する寄与度は1/2%と小幅ながら増加が見込まれている。

85年に若干上昇したインフレ率は,86年には一次産品価格の低下,ポンド相場の上昇から3 3/4%(10~12月期対比)に鎮静化するとされる。

85年には,コスト面での国際競争力がかなり悪化したとみられることもあり,輸出は86年には2%増へと鈍化し,逆に輸入は,堅調な内需の拡大と工業品の輸入比率が高まることから4%増へ伸びが高まるとされている。しかし,このような動きも,交易条件の改善により打ち消され貿易収支は85年と同じ20億ポンドの赤字にとどまり,貿易外収支の10億ポンドの改善により経常収支黒字は40億ポンドに拡大するとみている。

86年も景気の拡大が続くことや社会保険制度の改正などの雇用促進措置がとられていることもあり,雇用者数は緩やかな増加を続ける。一方,人口構成上の労働供給圧力は今後弱まる(83年央から84年央の20万人から今後5年間は平均10万人以下へ)ことや雇用対策の効果から,雇用情勢は良い方向に向かうとされている。

政府以外の機関による86年経済見通しで,政府見通しとの乖離が大きいのは総固定資本形成である。OECD見通しは政府見通しを下回っているが,初年度特別償却制度の段階的廃止や労働コストの上昇が企業利益を圧迫し,投資を削減する効果を強調している。

第4章 西ドイツ:内需主導の景気拡大へ

1. 概  観

西ドイツでは83年初来息の長い景気上昇が続いている。84年及び85年上期は輸出が景気拡大の推進力となったが,85年春以降は個人消費が活況を呈し,機械設備投資も堅調を維持する中で内需主導の景気拡大へと移行していった。

①持続的で適度の経済成長 ②物価水準の安定 ③高度の雇用水準 ④対外経済的均衡(いわゆる「魔法の四角形」)のうち,成長,物価,対外均衡の3点についてはほぼ及第点に達したとみられるものの,雇用問題については引き続き最重要課題にとどまっている。

すなわち,成長については景気上昇期間は既に3年以上となっており,物価については,85年の消費者物価上昇率は2.2%という低さに低下し,対外均衡については,貿易収支黒字幅の拡大,既往最高額の経常収支黒字と,むしろ大幅すぎる黒字となっている。これに対し,失業者数は83年来,戦後最高水準の記録を更新し続けている。

政府は失業問題を長期的観点から解決すべき課題としてとらえており,企業設備投資の増加を通じた自律的景気拡大によって雇用を増加させるとしている。このような観点から財政政策では,歳出の抑制と財政赤字の縮小を一貫して継続させ,政府支出の対GNP比率を引き下げることによって,金利低下の前提条件を作り出そうとしている。金融面でも,金利の漸進的引き下げを行っている他,通貨供給量の安定的供給により,物価安定を図っている。また84年以降,金融資本市場の競争力強化措置が相次いで採られている。

2. 需要動向

実質GNPは83年10~12月期に前回ピーク時の80年1~3月期の水準を上回った後,84年4~6月期の自動車産業スト,85年1~3月期の寒波の影響などの一時的な減少を除けば,順調に拡大を続けている(第4-1図)。年平均の実質成長率は,83年1.5%,84年2.7%,85年2.5%(速報値)と,緩やかながら3年連続の着実な成長を続けている。

第4-1図 西ドイツの主要需要動向 ①

(1) 個人消費下期に急増

83年以降回復傾向にあった実質個人消費は,84年末から85年初にかけて一時減少を示したが,85年下期には急増し,史上最高水準となった(第4-1図)。

84年末から85年初にかけて実質個人消費が減少したのは,政府による排ガス規制強化の動きから自動車購入が減少したことが主因となった(五大研究所の春季合同報告によると,自動車購入の減少は1~3月期の個人消費の約1%に相当)。排ガス規制問題については85年4月に,排ガス対策車の自動車税を7,月1日以降引き下げ,未対策車については86年初より引き上げる,と決定されたことで解決した。

同問題解決後自動車購入は再び増加し,これに被服,靴等の非耐久消費材の増加も加わって,4~6月期,7~9月期と著増した。

個人消費がこのように好調を示した背景としては,①労働力供給増加の下で,失業者の増加にもかかわらず雇用者が84年春以降増加に転じたこと,物価上昇率の鈍化などから実質可処分所得が増加していること,②貯蓄率の低下(1~3月期の13.8%→7~9月期12.0%)に示されるように,86年初の所得税減税の実施(109億マルク)等に期待し,消費マインドが改善してきたこと等が挙げられる。

(2) 機械設備投資は堅調

84年の実質機械設備投資は,労働時間の短縮をめぐる自動車産業での,ストなどから前年比0.5%減と振るわなかった。しかし,84年下期以降は回復に向っており,85年も堅調を示した(第4-2図)。

第4-2図 西ドイツの主要需要動向 ②

設備稼働率は上昇しており,(3.生産・雇用の項参照),また資本分配率も81年4~6月期の24.7%を底に85年7~9月期には31.0%まで上昇し,70年代初の水準まで戻している。金利も低下を続け,当座貸越金利(100万マルク超500万マルク未満)は84年8月の8.44%から85年10月には7.52%となった。

このように投資環境が改善する中で,企業家の投資マインドも強まり,IF O経済研究所の投資予測調査(85年8~9月実施)によると,製造業では85年に前年比16%増(実質では約13%増),86年には10%増(同約7%増)の粗固定投資が計画されている。

(3) 建設投資は不振

実質建設投資は83年は前年比1.7%増,84年に同1.6%増とやや持ち直していたが,85年上期には前年同期比12.2%減と急減した。内訳をみると,民間住宅が同16.4%減,民間非住宅が同7.4%減,政府が同8.0%減であった。

建設投資が85年も不振を続けた原因は,85年初の異常寒波の影響,82年にとられた投資補助金のうち,建物については84年末を完成期限としていたことの反動等が挙げられる。また,住宅については,住宅供給が過剰気味であり,賃貸住宅も空家が多いということが指摘されている。

しかし,建設投資の先行指標となる建設業新規受注数量をみると(第4-3図),住宅は85年初まで急減を続けた後回復に転じており,非住宅,土木建設も85年には増加している。この結果,受注残も85年には減少傾向が止まり,やや増加した。また,前述のIFO経済研究所投資予測調査によると,投資の主目的として拡張投資を挙げる企業の割合が増加しており,86年から産業用建物の減価償却期間が短縮する(6.経済政策の項参照)こともあり,今後非住宅の建設投資の増加が期待される。

第4-3図 西ドイツの建設業新規受注数量

(4) 在庫投資

実質在庫投資は景気拡大に伴って84年に積み増しに転じた(実質GNP寄与度0.8%ポイント)後,85年1~3月期には大幅積み増しとなったが,4~6月期以降は小幅化した(第4-1図)。

85年初の大幅積み増しの原因は,原材料が積極的に積み増されたことの他,異常寒波の影響による生産の滞りから原材料在庫が積み上ったことによる。

4~6月期以降は生産の増加に伴って原材料在庫は縮小し,またドルの先安期待から輸入原材料在庫の積み増しも慎重となった。製造業における完成品在庫に対する判断をみても(第4-4図),年央以降は「少すぎる」と判断している企業の割合が増えている。さらに個人消費の活況に伴って,流通在庫も減少した。

第4-4図 西ドイツ製造業の完成品在庫に対する判断

3. 生産・雇用

(1) 生産は資本財を中心に増加

鉱工業生産は,84年に前年比3.4%増と力強い増加を示した後,85年初は異常寒波の影響による建設業生産の落込みから一時足踏み状態となったが,その後は再び着実に増加を続けた(第4-5図)。

製造業を財別にみると,資本財部門では84年後半に,自動車産業でのスト(84年5月央~7月初)による落込み分を急速に取り戻した。85年に入ってからは電機(1~10月の前年同期比13%増),機械(同7,3%増)を中心に力強い足取りで増加を続けた。基礎財部門,消費財部門でも緩やかな増加が続いた(第4-5図)。

製造業稼働率は生産の増加を背景に上昇を続け,85年9月には84.5%(ボトムは82年9月の74.9%)となった。資本財産業のいくつかの業種では既に生産能力の限界に達したところもあるとされている。

なお西ドイツの鉱工業生産には建設業の活動も含まれるが,建設業生産は85年初に異常寒波の影響から急減(1~3月期の前期比19%減)した後,徐々に回復したが,建設需要が低迷していることもあって水準は依然として低い。建設業稼働率も低水準を続けている。

第4-5図 西ドイツの鉱工業生産と稼働率

(2) 失業者数戦後最高

雇用情勢は改善してはいるものの,景気上昇がこれまでになく長期間持続しているにもかかわらず,改善のテンポは極めて緩やかなものにとどまっている。85年平均の失業者数は230.4万人と戦後最高記録を更新し,失業率は9.3%と1952年の9.4%以来の高水準となった。このように,失業問題は引き続き西ドイツにとっての最重要課題となっている。

まず,雇用者数(季節調整値)の動きをみると,84年1~3月期の2,203万人を底に緩やかに増加を続け,85年7~9月期には2,227万人となったが,なお80年4~6月期のピークを77万人下回っている。特に雇用者数の増加が大きいのはサービス部門であり,ここでは他産業で雇用者が減少していた期間にも増加を示していた。次は,資本財産業であるが,ここでは労働時間の短縮と外需の増加が寄与した。

次に,失業者数(季節調整値),失業率(同)の動きをみると(第4-6図),83年以降高原状態が続いている。85年央以降,失業者数の減少,失業率の低下がみられるとはいえ,非常にわずかなものである。

このように雇用情勢に目立った改善がみられない原因としては,①景気上昇が長期間持続しているとはいえ,拡大期としては生産の増加が緩やかであること,②労働市場における規制が多くの企業に新規雇用を躊躇させていること,③女性を中心に労働市場への新規参入が増えていること,等が挙げられる。

第4-6図 西ドイツの雇用関連指標の動き

4. 賃金・物価

(1) 時間当たり賃金上昇率高まる

雇用情勢の厳しさが続く中で,労働組合は賃上げより雇用確保を重視し,85年には早期定年の導入あるいは週労働時間の短縮が行われた。

85年4月より,自動車,電機,印刷等の産業で週労働時間が40時間から38.5時間に短縮された。このため,80年の6.7%から84年には2.8%まで鈍化した全産業時間当たり賃金率の上昇率は,85年4月には前年同月比3.8%(3月は同2.8%)へと高まった。その後は再び緩やかに鈍化し,10月には同3.2%となった。

86年度の賃上げ交渉においては,景気拡大の持続と企業収益の改善を背景に,要求の焦点がこれまでの労働時間短縮から,可能な限り大幅の賃上げへと移ることが予想されている。85年末で前賃金協約切れとなった公務・運輸・交通労組は6%(前年度要求5%,妥結3.2%)の賃上げを要求した。金属労組は86年3月末で現行賃金協約切れとなるが,6~7.5%の賃上げを要求するものとみられる。

(2) 物価鎮静化続く

81年秋をピークに鎮静化傾向にある物価上昇率は,84年秋から85年央にかけて一時上昇率が高まったが,その後再び鎮静化を続けている(第4-7図)。

消費者物価上昇率(前年同月比)は,81年10月の6.7%をピークに,84年9月には1.5%に低下したが,85年5月には2.6%まで高まった。これは,85年春までのマルク相場下落による輸入物価の上昇や,85年初の異常寒波による農産物の値上り(第4-7図)が主因となっている。その後,マルク相場上昇から輸入物価は急落し,農産物価格も再び下落に転じたことから,消費者物価上昇率も鈍化し,年末には前年同月比1.8%となった。85年平均でも2.2%の上昇にとどまり,69年の1.9%以来の低い上昇率となった。

第4-7図 西ドイツの物価動向

5. 貿易・国際収支

(1) 夏以降輪出は頭打ち

輸出は84年に前年比13%の著増を示し,景気拡大の推進力となった。これは,西ドイツの輸出の約半分を占めるEC域内向けが,同地域での景気上昇,EMS内でのマルク相場の安定を反映して同12%増となった他,アメリカ向けが,同国における力強い景気拡大,マルクの対米ドル相場下落による価格競争力改善から同43%の大幅増となったことによる。

85年に入ってからも輸出は増加を続けたが,増加率は小幅化し,夏以降頭打ちとなった(第4-8図)。マルクの対米ドル相場が春以降上昇に転じたことや,アメリカの景気拡大速度鈍化を映じて対米輸出が夏以降減少に転じたこと,EC域内向け輸出も鈍化したことが背景となった。また,OPEC諸国向けは85年初来減少を続け,途上国向けもほぼ横ばいで推移した。共産圏諸国の中では,ソ連向けが84年の前年比4%減に続き,85年1~9月も前年同期比3%減と不振だった一方,中国向けは,同13.7%増と倍以上に拡大した。

輸入の動向をみると,数量ベースでは夏以降増加しているものの,輸入物価上昇率の低下から金額ベースではやはり夏以降頭打ちとなった。輸入物価の下落と輸出価格の上昇から交易条件は85年に入って急速に改善し(第4-8図),このため,輸出鈍化にもかかわらず,貿易収支黒字は85年に入って更に拡大した。

第4-8図 輸出入金額と輸出入物価

(2) 経常収支黒字史上最高2

経常収支は82年に再び黒字基調に戻って以来年々黒字幅が着実に拡大してきたが,85年には1~10月間で既に275億マルクの黒字と(第4-1表),既往最高を記録した75年の266億マルクを上回り,年間では350億マルク以上になると見込まれている。

このように,経常収支黒字が大幅に拡大したのは,前述したように貿易収支黒字の拡大が主因となっている。さらに,84年にEC機構への移転支払の増加から拡大した移転収支赤字が,85年に入ってからはやや小幅化したことも寄与した。

資本収支の動きをみると,長期資本収支は,84年にアメリカへの民間資本流出を中心として150億マルクの大幅赤字を記録した。85年に入ると,春以降のマルクの対米ドル相場の回復や,金融・資本市場自由化措置(後述)の採用などから長期資本収支赤字は小幅化した(第4-1表)。

第4-1表 西ドイツの国際収支の動き

6. 経済政策

(1) 財政政策‐財政再建の進展

政府部門の財政赤字は81年をピークに縮小している(第4-2表)。これは,歳出が名目GNPの伸びと同程度,あるいはそれ以下に抑制される一方,景気好転等を反映して歳入も歳出の伸びを上回って増加したことによる。

こうした財政再建の進捗を背景に,コール政権は82年秋の緊急計画,84年の企業減税に続き,成長志向的租税政策の第3段階として86年と88年の2回に分けての所得税減税実施を決定した(84年12月閣議決定。85年6月成立)。86年に実施されるのは,①所得税累進税率カーブの緩和,②子女控除額の引上げ,③基礎控除額の引上げによる計109億マルクの減税である。88年には税率カーブの緩和により85億マルク追加され,総額で194億マルクの減税となる。西ドイツの所得税税率表では,特に中額所得区分の累進度が急であることから,81年にも改正が行われており,長期的には一律累進税率制度への移行を目標としている(第4-9図参照)。

85年12月に成立した86年度(1月~12月)連邦政府予算は,石炭・鉄鋼・造船業等に対する連邦補助金の削減等によって歳出を前年度予算比1.6%増に抑制している。一方,財政再建の枠内で,上記の所得税減税や,低迷を続ける建設投資促進策(産業用建物の減価償却期間の短縮や都市再開発投資の増額等)が盛り込まれており,景気と雇用にも配慮がなされている。純借入れ額は237億マルク(前年度予算250億マルク)へ縮小すると見込んでいる。

第4-2表 西ドイツ:政府部門(GNPベース)歳出入

第4-9図 西ドイツ:所得税減税後の税率カーブ

(2) 金融政策‐金融市場自由化の推進

金融政策とりわけ金利政策については,85年もマルク相場の動向が制約要因となった。こうした中で連銀は,債券の売戻し条件付買オペ・レートを機動的に動かすことにより市場金利の低下を促した。

85年初のマルク相場下落に歯止めをかけるため,ロンバート・レート(債券担保貸出金利)が5.5%から6%へと引き上げられた(第4-10図)。その後,マルク相場の回復とともに連銀は債券の売戻し条件付買オペ・レートを徐々に引き下げて金利低下を促し,8月央には公定歩合を4.5%から4%へ,ロンバート・レートを6%から5.5%へと引き下げた。金融機関に対する手形再割引枠も8月初,30億マルク拡大された(約603億マルク→約633億マルク)。

第4-10図 西ドイツの中央銀行通貨量と金利動向

通貨供給量の増加率は目標圏(10~12月期の前年同期比で3~5%)内で推移し(第4-9図)ている。85年の中央銀行通貨量は4.5%増(10~12月期の前年同期比)と目標圏内に収った。また,86年の目標圏については12月中旬,3.5~5.5%(同)と決定された。目標圏の0.5%の引上げについて連銀は,潜在生産力増加率見通しが85年の4%から86年は4.5%へ上昇したためであり,86年についてもこれまで同様,物価安定を確保しつつ,力強い成長を金融面から支持するとしている。

連銀は長い間,マルクが国際的な準備・投資通貨となることは,国内金融政策の自由度を狭めるとして,これを防ごうとしてきた。しかし,80年代に入ってからマルク相場低下,資本の流出が続いたため,連銀も金融,資本市場の自由化,金融イノベーションに積極的に取組む政策へと転換した。85年5月,外国金融機関の現地法人にもマルク建外債発行の主幹事を解放した他,変動利付き債,ゼロクーポン債等の発行を許可した。さらに12月,最低準備率の大幅引下げを含む預金準備制度の改革と最低準備義務を課したうえでのマルク建CD発行許可の方針を決定した(これに伴い金融機関の所要準備額は480億マルクから400億マルクに減少する予定)。これらの措置は86年4~5月に実施される見込みである。

7. 経済見通し

(五大研秋季合同報告概要)

五大経済研究所(第4-3表注1参照)は,85年10月,秋季合同報告を発表した。これによれば,86年は景気の拡大速度は鈍化するものの,景気上昇4年目の年となり,その際牽引役は外需から内需へと移るとしている。報告の概要は次のとおり。個人消費は80年代に入って以来の力強い伸びが期待できる。建設投資も底を脱する。輸出は,欧州向けが従来のテンポで増加するが,アメリカ,OPEC諸国向けは鈍化する。

88年に予定されている第2段階の所得税減税は,87年に前倒しすべきだ。この方法は,貿易黒字を減らすべきだという国際的要求にも対応するものである。86年中の中央銀行通貨量増加率は5%程度が適当である。賃金交渉に際しては,これまで慣行となってきた同率賃上げの方法を改め,業種・地域・資格等によって差の生じることを認めるべきだ。

(経済専門家委員会年次報告概要)

政府の諮問機関である経済専門家委員会(いわゆる五賢人)は,85年11月年次報告を発表した。86年の景気牽引役が外需から内需ヘシフトするという見方など,五大研報告とほぼ同様である。

景気上昇持続を映じて,就業者数は約30万人増加するが,失業者数は8万人減にとどまる。物価はマルク高等から更に鎮静化する。経常収支の大幅黒字は,内需刺激策不足として国際問題化する恐れがある。

政策提言としては,①大幅な税制改革の必要性(間接税の引上げや,租税優遇措置の廃止等を財源とした,所得税最高税率の引下げや法人税率の引下げ),②労働力の地域的及び職業的流動性を高めることによる摩擦的失業の解消,雇用構造転換の推進,等を挙げている。

第4-3表 西ドイツの1986年の経済見通し

第5章 フランス:物価の大幅鈍化

1. 概  観

1985年のフランス経済は,前年の輸出主導型から個人消費や設備投資などを中心とした内需主導型へと成長のパターンを変えながら,緩慢な回復を続けている。実質GDP成長率(産業分)は,当初の政府見通し2.0%を下回る1.3%程度になるものとみられている。

物価上昇率は賃金上昇の鈍化などを背景に一層の低下を続けており,60年代後半の上昇率とほぼ同程度になっている。一方求職者数は雇用対策の効果もあって,85年に入ってから増加に歯止めがかかっている。

政策面では,86年もインフレ抑制を最優先として緊縮財政を継続する方針であるが,金融・資本市場の自由化,価格規制,為替管理の段階的撤廃などの産業近代化策も強力に推進している。

2. 需要動向

(1) 回復に転じた個人消費

83,84年と緊縮強化策等の影響から,伸びが著しく鈍っていた個人消費は,85年に入り回復をみせている。実質個人消費(GDPベース)は85年1~3月期には前期比1.4%増と大幅に増加した。これは,85年秋に実施された一律5%の所得税減税を見越しての支出増などによるものである。その後4~6月期,7~9月期とも前期比0.2%増の緩やかな回復を続け,85年全体としても,個人消費は前年を上回る伸びを示すとみられる。この要因として①所得税減税や家計に対する社会保障会計特別拠出金の廃止が行われたため,租税負担が低下したこと,社会保障給付などの移転所得がふえたことから,家計の実質可処分所得は2年ぶりに増加が見込まれること,②貯蓄率もインフレの鎮静化に伴い低下してきていること,などが挙げられる(第5-1表)。

第5-1表 フランスの個人消費関連指標

小売売上数量(フランス銀行調査,自動車を含む)も,83,84年と減少が続いたが,85年には食料品や自動車,家具などの耐久消費財の回復から下げ止まりをみせている。新車登録台数も2年間の低迷の後,85年春以降前年を上回り始めた。86年には強制国債の償還(137億フラン)に加え,85年に続き所得税減税(減税額60億フラン)が予定されていることもあり,個人消費は今後堅調な伸びが予想される。

(2) 回復みせる企業設備投資

実質総固定資本形成(GDPベース)は80年をピークに減少に転じ,84年には80年比約5%減となったが,85年には小幅ながら増加したと見込まれている。この内訳をみると企業設備投資が回復に大きく寄与しているものの,国営大企業や家計など減少を続けている部門もある。

企業設備投資(GDPベース,季調値。国営大企業を含む)は,1~3月期前期比0.8%増,4~6月期同0.2%減の後,7~9月期には同2.7%増と顕著な伸びをみせ,中間財,投資財関連業種の大企業を中心に投資の回復がみられた。この企業設備投資好調の要因としては,①労働コストの低下などから企業利益率が上昇を続けていること (84年には第2次石油危機前の水準に回復),②設備の老朽化に伴う更新投資増,③稼働率の上昇による生産能力拡張意欲の高まり,などが指摘できる(第5-2表)。

しかし一部には,高水準の実質金利,需要の緩慢な伸びを背景に,設備投資よりも債務の返済や金融資産への投資を選好する企業もみられる。国営大企業では利益率が急速に回復し,財務状況も改善がみられるものの,設備投資は依然減少を続けている。

国立統計経済研究所(INSEE)の設備投資動向調査(11月実施,対象は民間製造業,土木建設業及び非独占国営企業約2,500社,カバー率は非金融企業設備投資全体の約30%)によると,85年の実質9%増の後,86年は資本財産業を中心に同3~4%の伸びになると予測されている。

家計部門の固定(住宅)投資は減少を続けており,84年までの5年間で約13%のマイナスとなった。85年に入っても減小傾向は続いているが,この要因として住宅充足率の高さ,高水準の実質金利や貯蓄率の低下などが挙げられる。

第5-2表 フランスの投資関連指標

(3) 在庫は積上り

83年末から生産が緩やかに上向くにつれ,実質在庫投資は積み増され,84年には,小幅ながらGDP成長率の引上げ要因となった。85年に入り1~3月期には寒波による生産の落ち込みのために在庫投資が減少したが,7~9月期には輸入中間財の積上がり,農産物輸出の停滞等から意図せざる在庫が増加した。実質在庫投資は7~9月期には前期比年率で,実質GDP成長率(1.2%)を6.7%引き上げ,輸入増によるマイナス(6.3%)を打ち消した。在庫・最終需要(在庫投資を除く)比率は上昇傾向を続けていたが,85年前半はほぼ横ばいと安定した動きをみせた。

3. 生産・雇用

(1) 緩やかに回復する鉱工業生産

鉱工業生産(土木・建設を除く)は82年秋を底に回復に転じ,一進一退を繰り返しながら,緩やかな回復基調をたどっている。84年末から85年初にかけて厳冬の影響から,エネルギーを除き生産が著しく落ち込んだが,春以降は消費財や中間財を中心に回復を続けている(第5-1図)。INSEEの景況調査でも,総需要の先行き見通しは次第に明るさを増し,外需の拡大を見込む企業の比率が増加している他,生産についても緩やかな回復を見込んでいる。

土木・建設業は82年以降不振が続いている。85年春には回復をみせたものの,生産水準は依然として低水準にある。農業生産は84年に続き,85年も小麦が大豊作を記録した。

第5-1図 フランスの生産動向鉱工業生産指数

(2) 小康を保つ雇用情勢

就業者数は,83年,84年と連続して減少し,85年上半期にも前期比0.4%減少した。サービス産業の就業者は増加しているものの,鉱工業,建設業などの減少がその増加を上回っているためである。

こうした動きを反映して求職者数は,83年には緩やかに,84年には再び大幅に上昇した。この結果85年1月には243万人(季調値)のピークに達し,その後は小康状態を保っている(第5-3表)。この要因として,①政府が85年初来,様々な雇用対策を強化導入し,特に公共体の公益事業における若年者の雇用促進措置により8月末で約15万人の雇用が確保されるなど,かなりの成果をあげていること,②緩やかな成長が続く中で,未充足求人数も85年春以降,若干増加していること(第5-3表)などが指摘される。

しかし,失業の内容をみると依然として厳しく,1年以上の長期失業者の全失業者に占める割合は40%を上回り,若年層(15~24歳)での失業率も上昇を続け(85年平均では25%以上と見込まれている)ている。特に若年層の長期にわたる失業は労働能力を低下させるため,潜在的な成長力に対する悪影響が懸念されている。

第5-3表 フランスの雇用情勢の推移

(3) 労組の退潮

85年にも鉄鋼,造船,繊維などで大量の人員整理計画が発表され,雇用削減が進んだが,労働争議は地域的,散発的なものにとどまっており,労働損失延べ日数は85年に入って急激に減少した(第5-3表)。10月にはフランス最大の労組CGT(労働総同盟)がルノ-公団でストに突入したが,賃金や雇用への悪影響を心配しストにしり込みする組合員が続出したことから,ストは短期間で終結した。また同月に計画されたゼネストでも,混乱は殆んど見られず,ストは不発に終わったほか,11月にはフランス第2の労組CFDT(民主労働総同盟)が,今後のスト戦術の放棄を宣言した。高水準の失業の持続などから労働者の意識にも変化がみられ,組合員数も減少を続けている。サービス産業の拡大や労働契約の多様化などの環境変化の中,労働組合は自己変革を迫られており,最近の影響力の低下は否定できない。

4. 賃金・物価

(1) 賃金上昇率の鈍化続く

賃金上昇率は政府の賃金抑制方針や雇用情勢の深刻化等を反映し,85年に入ってからも鈍化を続けている。時間当たり賃金上昇率は,近年消費者物価上昇率を上回る伸びが続いていたが,84年秋にこれを下回るようになり,85年には賃金,物価の上昇率はほぼ同率で推移している。このため労働コスト上昇率も顕著な鈍化をみせている(第5-4表)。単位当たり労働コストの伸び(機械工業)は生産性の上昇もあり,83年の7.7%が84年には3.9%と半減した。85年に入ってからは,1~3月期に企業に対する社会保障分担金の徴収がなされたことから,伸びが一時的に高まったが,4~6月期には2.3%(前年同期比)と一段と低下している。

政府は83年以降,国有化企業を含めた公共部門の賃上げ率を消費者物価上昇率の政府見通し内に抑制し,民間部門もこれを尊重する,という内容の賃金政策を採っている。85年には,公共部門の年間賃金上昇率に対し4 1/2%(84年は5%)のガイドラインが設定されている。この基準は民間部門に対しては強制力を持たないものの,賃上げ率決定に対しかなりな効果を持ったとされている。

因みに,国立統計経済研究所(INSEE)の分析によれば,この政策の賃金抑制効果は84年において2%ポイントと評価されている。またこの賃金抑制策は86年も継続される見込みである。

第5-4表 フランスの賃金・物価・労働コスト

(2) 物価は鎮静化

70年代央から80年代初期にかけてみられた高率の物価上昇は,80年をピークに鎮静化に転じている。85年10月には消費者物価上昇率(前年同期比)は5%を下回ったが,これは68年以来の低水準である。消費者物価の85年平均は5.8%と政府見通し,5.6%には僅かに及ばなかったものの,12月の前年同月比上昇率は4.7%となり,政府見通し4.5~5%は達成された。卸売物価は,85年前半に,エネルギーと食料品価格が各々ドル高と厳冬の影響から上昇率に高まりをみせたが,夏以降鈍化を続けている(第5-4表)。このような物価の鎮静化は,①賃金上昇率の鈍化,②春以降のドル・レートの低下等から輸入原材料価格が4月以降低落していること,などによりもたらされたものである。85年の消費者物価の動きを財別にみると,前年に高い上昇を示した食料品が,85年には急速に鈍化しているが,サービス価格の鈍化は緩慢である(第5-5表)。

政府・企業間の価格協議を義務づけるガイドライン方式の価格管理政策は,83年に導入され依然継続されているが,インフレの鎮静化もあり,産業近代化の一環としてその対象品目は段階的に減らされている。政府は85年に入ってから活発に価格統制の解除を進めており,まず年初に中間財,資本財工業製品の大部分が規制の枠から外されたほか,1月に燃料,7月に自動車が自由化された。さらに86年初からは,家電製品など一部の消費財も価格統制が解除され,工業製品価格の自由化率は88%となった。しかし,サービス価格と流通マージンは政府の管理下におかれており,西欧諸国ではスペインと並んで依然として賃金・価格規制の厳しい国の一つとなっている。

物価情勢は著しい改善を示したが,10月の消費者物価上昇率4.9%(前年同月比)もEC平均の5.1%を僅かに下回ったにすぎず,さらに最大の貿易相手国である西ドイツとは3%ポイントもの格差が残されていることから,政府は来年もインフレ抑制に重点を置いた政策を続けることとしている。

第5-5表 フランスの消費者物価の動き

5. 貿易・国際収支

(1) 輪出の伸び鈍化

85年の貿易動向をみると,金額ベースでは輸出,輸入とも年前半の増加,後半の減少が認められる。しかし数量ベースでは,フランの対ドル・レート上昇等から年後半に輸出が減少し,輸入は増加をみせている(第5-2図)。このような動きを反映して,純輸出のGDP成長率に対する寄与度は84年には1.0%であったが,85年1~9月ではマイナスに転じている。

第5-2図 フランスの貿易動向

輸出(フラン建て)は84年に前年比17.7%増と急増した後,85年には年前半の前年同期比増加率が10%前後であったが,後半には5%以下に鈍化し,年全体で6.5%増に伸びを鈍化させた。これは主として,アメリカ経済の拡大鈍化を主因とする外需の停滞や85年前半における工業品の輸出価格の上昇による価格競争力の低下などによるものとされている。地域別にみると,EC向けは3月を,アメリカ向けも4月をそれぞれピークに,減少を始めている。

輸入(同)も84年に前年比14.2%増となった後,85年は6.3%増に鈍化している。85年冬にはドル高と寒波による備蓄用原油輸入増大の影響から,輸入は急激に増加したが,その後のフラン相場の回復や原油価格の軟化からエネルギー輸入は減少している。7~9月期には,国内での設備投資の急回復から,特に中間財,資本財の輸入がふえた(第5-6表)。

第5-6表 フランスの財別貿易収支

(2)経常収支は改善

貿易収支赤字は83年に続き,84年にも前年比ほぼ半減したが,85年には約240億フランと前年とほぼ同水準にとどまった。

貿易外収支は,85年は観光収入を中心にサービス収支が好調なことや対外債務の利払い減(債務の約半分がドル建てのため)などからやや改善している。

ミッテラン政権初期に,貿易収支の悪化から拡大した対外債務残高は,フラン換算で85年9月末に総額4,880億フランとなり,84年12月末より7.7%減少した。この減少は,ドル・レートの下落と8月になされたローンの一部繰上げ返済(4億ドル)等によりもたらされた。

第5-7表 フランスの国際収支動向

6. 経済政策

(1) 金融政策

85年の金融政策はインフレ抑制を基本にフラン相場の維持,企業等の金利負担の軽減などを目指す83年来のスタンスが継続され,マネーサプライ増加率の低下が図られている。一方,政府は84年のファビウス内閣誕生以降,産業近代化政策の一環として,金融・資本市場の自由化を推進している。

① マネーサプライ管理

マネーサプライM2R(M2から非居住者保有分を除外)の増加率は,84年に7.6%となり目標値(5.5%~6.5%)に対し過大となったものの,83年の9.9%(ただしM2)からは低下した。企業収益の改善と高水準の実質金利が資金需要の伸びを鈍化させたことに加え,金融・資本市場の発達等から債券発行額が大きな伸びを示しM2Rからのシフトがあったことなどが,その要因と考えられている。

マネーサプライの伸び率がなお目標を上回っているζと,及びインフレ抑制重視の観点から84年10月に85年のマネーサプライM2Rの増加目標値が4~6%(85年11月~86年1月の3か月平均の前年同期比)に引き下げられたほか,84年12月には貸出準備制度の改訂が発表された(85年初より実施)。新制度は,所要準備率を対象貸出残高増加率に応じて累進的に上昇させ,市中金融機関に資金の効率的配分を促すとともに,市中貸出の弾力的な管理を狙ったものである。これに伴い,直接貸出規制は廃止された。85年のマネーサプライ動向をみると年前半,外資流入の急増,政府の資金需要増などから,目標値を大きく上回った(4月年率8.6%増)。このため,フランス銀行は7月に対応策を講じ,①対外借入れの抑制,②政府部門の市場借入れ促進,③銀行の対企業信用の抑制(貸出準備制度の所要準備率の実質的な引上げ)等のマネーサプライ増加抑制措置を公表した。11月にも預金準備率及び貸出準備制度の最低貸出準備率が引き上げられ,さらに12月には86年末の銀行貸出残高目標を実質的に引き下げるなどマネーサプライの抑制策を強化している。

86年のマネーサプライ管理は,一層のインフレの鎮静化を目ざし,目標値が3~5%(86年第4四半期の前年同期比)に引き下げられると共に管理対象がM3に変更された。これは,最近の金融革新に対応して,管理指標をM2Rからより包括的なものに変更する措置である。

② 金融・資本市場の自由化

政府は,84年末頃から,金融・資本市場の自由化を急速に推進し,フラン建てCD(譲渡性預金)の発行(85年3月),資本市場の活性化措置(同4月),抵当証書引受機関の設立,CP(コマーシャル・ペーパー)の発行(同12月),金融先物市場の創設(86年2月)などを相次いで打ち出した。この背景には,ファビウス内閣の産業近代化路線や,国際的な金融革新の動きに遅れをとらないように市場整備を図ろうとする意図,及び国債発行額の増大などの要因が指摘できる。伝統的にフランスでは間接金融が優位にあり,資本市場も近年急速な拡大を遂げているものの,アメリカ,イギリス,日本などに比べると依然小規模である。資本市場の活性化は,パリの国際金融センターとしての地位を向上させるとともに,資本市場への資金シフトから,マネーサプライM3の抑制に貢献するとみられる。

金融・資本市場の自由化は,金融・資本市場の統合化を促し,金利機能と預金・貸出準備率の活用を組み合わせた金融調節の要請を強める。85年初の貸出準備制度の改訂,直接貸出規制の撤廃にみられるように,フランス銀行は信用の選別性や量的規制の色彩を薄める方向に動き出しており,86年をその過渡期と位置づけている。

③ 金利動向

短期金利は,物価情勢の落着き,EMS内でのフラン相場の安定などを背景に,低下傾向を持続し,市場介入金利(手形買切りオペレート)も,84年末の10.75%から85年11月には8.75%へ下がっている。一方長期金利は,84年夏以降著しく低下した後,85年に入ってからは下げ止まりがみられたものの,秋には再び低下している(第5-3図)。

第5-3図 フランスのマネーサプライと金利の動き

④ 為替管理の緩和

為替管理については,経常収支の改善等を背景に83年末から緩和措置が段階的に採られており,85年にも対内,対外直接投資,ユーロ・フラン債の起債許可,個人の海外送金等の規制緩和,ECU建為替予約の許可などを打ち出した。フランス政府は,これらの措置によりEMSの強化,ECUの地位向上を狙っているが,国内産業界には,依然として規制が厳しいとの指摘も聞かれる。

(2) 財政政策

85年度及び86年度の財政政策は,83年度来の引締め姿勢を継続する一方,雇用対策も含めた教育関係や研究・開発などの項目に予算を重点配分している(第5-8表)。

第5-8表 フランスの1986年度予算案概要

① 85年度実績

85年度予算は,財政赤字(中央政府,総合収支尻)をGDPの3%以内に抑制することを意図していた。しかし国債元利金の支払い増やGDP見通しの下方修正などから,結局財政赤字の対GDP比率は3.27%に達する見込みである(84年3.44%)。

また国民の義務的負担(租税・社会保険)の対GDP比率を前年比1%ポイント引下げることも目標に掲げられていたが,低下幅は0.8%ポイントにとどまったとみられる。一方,社会保険会計は83,84年度に黒字となったが,85年度には課税所得に対する1%の特別徴収が撤廃されたこと等により,ほぼ収支均衡となった見込みである。なお賃金抑制策の影響で社会保険会計の収入が伸び悩んでいることなどから,10月に失業保険分担金が引き上げられた。

② 86年度予算-緊縮型予算の継続

86年度予算も88年度からのスタンスを確認するものとなっており,引き続き財政赤字をGDP比3%以内とする方針をとっている。歳出面では,公債費の急増(前年度比12.3%増)が続く中,確定歳出の伸び率を前年度比3.6%(85年度同5.9%),実質で0.2%と低水準に抑えるため,国営企業に対する補助金の大幅削減や行政部門の人員削減(4,330人)などの措置が発表された。一方で教育,研究開発関連の優先施策に対しては予算を重点配分し,産業基盤の強化を図っている。

歳入面では,国民の義務的負担率が,高水準にあること,86年3月に国民議会選挙を控えていること等を背景に,①所得税の一律3%軽減(60億ララン),②企業収益のうち設備投資等に振り向けられる内部留保た対する法人税の5%軽減(50%→45%,ただし初年度特別償却の廃止に伴う代替措置),③職業税(法人,個人企業の資産及び支払い給与額を基準に課税される地方税)の軽減(180億フラン)などの施策を打ち出し,国民の義務的負担率(対GDP比)を0.2%引き下げる-ことを目指している。

7. 経済見通し

86年のフランス経済は,内需中心の緩やかな回復を続け,成長率も85年を上回る見込みである。

政府見通しでは,家計購買力の回復を背景にした個人消費の増加,企業収益の改善に伴う設備投資の回復等から,内需は堅調に推移するとされている。国内景気の回復もあって輸入が輸出を僅かながら上回る伸びを示すものの,実質GDP成長率は2.1%になるとされている。これは,EC全体の成長率見通しを依然下回るが,他のヨーロッパ主要国との成長率格差は,85年より縮小することになる(第5-9表)。

しかしOECDは86年に予想される成長も,雇用を拡大するには不十分であり,政府の雇用政策にも現在以上の効果は期待できないことなどから,86年の雇用者数は前年比1/4%減とみており,失業率は僅かながら上昇を続けると予想している。

消費者物価については政府は,86年平均で3.4%の上昇と一層のインフレの鎮静化を見込んでいる。賃金上昇率が消費者物価の政府見通しをガイドラインとしていることやフラン相場の上昇に伴う輸入物価の低下などが,政府の強気の見通しの背景となっている。

輸出は,世界景気の鈍化や,フラン高による価格競争力の低下から,伸びの鈍化が続く一方,内需の盛り上がりから輸入は輸出を上回る増加を示すと政府は予想している。しかし,交易条件の改善の影響が大きく,結局貿易収支は改善を示し,政府は86年に収支均衡を見込んでいる。

このように,86年のフランス経済は回復を続けるものの,他の主要国に比し依然成長力は弱く,最大の貿易相手国である西ドイツに対しては,インフレ格差も存続する見通しである。このため,EMS内で堅調を続けてきたフラン相場も,ドル安,マルク高の局面では不安感を払拭できない。

第5-9表 フランス経済見通し

第6章 イタリア:緩やかな景気拡大続く

1. 概  観

イタリアでは,他の欧州主要先進国よりやや遅れて83年半ばから景気は回復を始めた。84年は輸出に主導された形であったが,85年は個人消費や機械設備投資など内需が中心となって緩やかながら景気拡大を続けた。

83年8月に成立したクラクシ内閣(キリスト教民主党,社会党,共和党,社民党,自由党の5党連立)は,インフレ抑制,労働コストの圧縮,財政赤字の縮小を財策目標に掲げ,イタリアとしては長期政権となり(85年10月には客船乗っ取り事件の事後処理で閣立が対立し一時総辞職したが,11月には再び同内閣が信任された),85年11月には戦後最長内閣となった。

イタリア経済は,高インフレ,大幅財政赤字,経常収支赤字,高失業といった4つの難問題を抱えている。うちインフレ率については,85年に8%台にまで低下したものの,まだその他先進国に比べると高水準にある。財政赤字もG DP比率はやや小幅化しているとはいえ,政府目標どうりには改善していない。不況期には一時的に改善した経常収支も,貿易収支が恒常的に赤字であり,特に内需拡大に伴なって輸入も増加するため,再び赤字化している。失業者数は景気上昇の持続にもかかわらずむしろ増加している。

これらの問題は構造的側面もあることから短期的な解決が難しいとされる。

こうした中で,労働協約改定の年である86年は,インフレ体質の原因とされてきたスカラ・モービレ(賃金の物価スライド制)の改革が予定されている。

2. 需要動向

83年後半から増加を始めた実質GDPは,84年7~9月期には前回ピークの82年1~3月期の水準を上回り,85年に入ってからも着実な増加を続けた(第6-1図),年平均成長率は84年の2.6%増に続き,85年も約2.5%程度の増加になったとみられる。

実質個人消費は84年に前年比1.8%増と回復した後,85年に入ってからも堅調を維持した。これは,84年に比べ85年は物価上昇率が低く実質賃金の伸びがやや高まったことが背景となっている。85年の乗用車販売台数は174.8万台と史上最高を記録した。

実質機械設備投資も,,83年下期から着実に増加を続け,(84年は前年比9.6%増)85年7~9月期には,ほぼ前回ピークの81年1~3月期の水準まで回復した(第6-1図)。機械設備投資が好調であったのは,企業収益の改善に負うところが大きいとされるが,投資の内容はオートメーションや,労働節約的な合理化投資が中心であるとされている。

実質建設投資は81年以降減少傾向にあり,85年初は寒波の影響から一段と落ち込んだ。4~6月期,7~9月期には若干持ち直したものの,依然として低水準にある。建設投資がこのように低迷しているのは,財政引締め政策の継続による公共投資の減少,実質金利高による住宅投資の減少によるとみられる。

在庫投資は,85年初にはリラ切下げを見越して積み増されたが,その後は緩やかなものとなった。

第6-1図 イタリアの主要需要動向

3. 生産・雇用

鉱工業生産(季節調整値)は,83年後半から増加を始めたが,テンポはきわめて緩やかであった(第6-2図)。80年1月~3月期のピークから83年4~6月期のボトムまで約13%落ち込んだのに対し,85年7~9月期までに約6.5%しか回復していない。特に85年半ば以降はほぼ横ばい状態となっている。

第6-2図 イタリアの鉱工業生産と稼働率

これは,消費財の生産が85年4~6月期以降減少している他,資本財も85年に入ってから横ばいとなり,基礎財の増加率も緩やかとなったことによる。

1~10月間の前年同期比(原数値)でみると,鉱工業生産全体で1.3%増と小幅にとどまった。業種別にみると,精密機械(9.7%増),製薬(8.6%増),繊維(8.6%増),ゴム(7.5%増)が好調であった一方,石油精製(6.6%減),製靴(5.4%減),自動車以外の輸送機械(5.3%減),自動車(3.2%減)等の生産が低下した。

鉱工業生産が85年半ば以降ほぼ横ばいとなっていることを反映して,稼働率も85年に入ると横ばいから低下の動きをみせている。

雇用情勢は景気拡大の持続にもかかわらず,そのテンポが緩やかであることもあって目立った改善はみられない(第6-3図)。非軍人就業者数(季節調整値)は,83年から増加を始め,84年末には前回ピークの81年初の水準まで戻したが,85年に入ってからはやや減少している。産業別にみると,第1次産業,第2次産業では前回のピーク以降減少傾向をたどっているのに対し,第3次産業での就業者の増加がこれを補う形で増加してきた。

第6-3図 イタリアの雇用関連指標

就業者数が83年以降増加に転じた一方で,失業者数は増加を続け,85年平均では247万人,失業率は10.6%と84年平均の239万人,10.4%を上回り,戦後最悪記録を更新した。失業構造をみると,相変らず女子の失業率が高い。例えば85年10月の失業率(原数値)は11.0%であったが,男子が7.1%であったのに対し,女子は18.1%であった。また地域別にみると,北部8.8%,中部9.2%に対し,南部は15.4%と著しく高く,引き続き南高北低の失業状態が続いている。

このような情勢下,政府は9月末,10年間で100万人の雇用増を目的とした雇用対策10か年計画を閣議決定した。86年~88年を第1期,89年以降を第2期とし,若年者雇用増,パート・タイム雇用拡大等を内容とするものである。

4. 賃金・物価

消費者物価上昇率(生計費)は,80年の前年比21.3%をピークに,85年には8.6%まで低下し,72年の5.7%以来の一桁上昇率となった。しかし,85年中の推移をみると(第6-4図),上昇率の低下傾向は足踏みし,ほぼ横ばいの状態であった。これは,84年1年間は公共料金及び政府管理価格の上昇率が法律により10%を越えないよう抑制されていたのに対し,85年に入るとこれらが上昇したこと,年初の異常寒波による食料品等の上昇,7月のEMS内でのリラ切下げ,家賃値上げ凍結期限が10月に切れたことなどが原因となっている。

第6-4図 イタリアの賃金・物価上昇率

賃金動向をみると(第6-4図),こちらも84年中は急速に上昇率が鈍化した。クラクシ政権はインフレ抑制策の一環として,スカラ・モービレ(賃金の価スライド制)の改訂を検討してきたが,84年中の賃金上昇率鈍化は,スカ物ラ・モービレの上昇ポイントの一時抑制措置に負うところが大きい。

現行のスカラ・モービレ制度下では,3か月ごと(2月,5月,8月,11月の年4回)に,賃金支払者が,中央統計局によって発表される物価手当指数上昇ポイントにしたがって,1ポイント当たり6,800リラの物価スライド手当を賃金に付け加えるシステムとなっている。84年6月成立した労働コスト見直しに関する法律(同法成立以前に緊急政令の形で実施されていた)は,84年2月~7月(2月と5月の改定時)のポイント数を計4に制限した(この間の実際の上昇ポイントは7)。共産党はこの法律の廃止を求めて必要な署名を集め,85年6月に国民投票が行われたが,結局同法の存続を可とする票が過半数を占め,クラクシ政権のインフレ抑制政策が支持された。

85年に入ると,賃金上昇率の鈍化傾向は足踏みし,スカラ・モービレの上昇ポイント抑制もなくなったことから,春以降は再び上昇率が高まった。

こうした中で,12月中旬,公務員の労働協約が改訂されたが,それによると,①スカラ・モービレの改定を6か月ごとにする(86年5月より,5月,11月の年2回)②その際,物価手当の計算手法を変更し,賃金のうち58万リラまでは物価上昇に100%スライドさせ,それを越える部分については25%分を物価手当として支給する。③現業職員の週労働時間を87年末までに36時間に短縮する,等となっている。

政府は,民間部門でも同様の改訂を行うよう勧告している。

5. 貿易・国際収支

貿易動向をみると,84年にアメリカ向けの急増を背景に前年比16.7%増となった輸出は,85年に入ると伸びが鈍り,1~10月間に前年同期比15.5%増となった。特に上期は不振であったが,7月のEMS内リラ切下げ後は若干回復をみせた。輸入は,リラ切下げ前に増加し,その後減少した(第6-5図),このため,85年1~3月期,4~6月期と拡大した貿易収支赤字は,7~9月期に大幅はに縮小した。

第6-5図 イタリアの輸出入と貿易収支赤字

イタリアの貿易赤字構造は,エネルギ-と食料の収支が大幅赤字を出し,工業製品収支の黒字が全体の赤字幅をやや小さくするというものである。85年1~10月についてみると,食料の輸入が前年同期比36,2%の大幅増(84年は前年比9.8%増)となり,食料収支赤字も前年同期を2.3兆リラ上回る8.2兆リラ(85年は8.9兆リラ)へ拡大した。エネルギー収支赤字もやや拡大した。

経常収支動向をみると(第6-1表),83年には貿易収支赤字の縮小や,観光収支の黒字拡大から79年以来の黒字となった。しかし,84年には貿易収支赤字の拡大から再び赤字となり,85年も赤字幅拡大が見込まれている。

総合収支は,83年に大幅黒字を計上,84年もわずかながら黒字となったが,85年は大幅赤字が見込まれている。

第6-1表 イタリアの国際収支動向

6. 経済政策

大幅財政赤字と高水準の失業が続く中で,財政面では緊縮財政による財政赤字縮小政策が採られ,金融面では金利低下が図られている。

金融政策をみると,82年夏まで19%であった公定歩合は徐々に引き下げられ,84年5月には15.5%まで低下した。9月には景気回復を映じた国内資金需要の急増から一時的に16.5%へ引き上げられる局面もあったが,85年1月には再び15.5%へ引き下げられ,11月には更に15.0%へと引き下げられた。このように公定歩合は4%ポイント低下したが,この間に生計費上昇率は約9%ポイント低下しており,実質金利ではむしろ上昇しているといえる。

85年7月20日,ENI(炭化水素公社)の大量ドル買注文によるリラの暴落に起因したEMS再調整により,リラは中心レートから6%切り下げられ,他通貨は2%切り上げられた(実質的にリラは7.8%の切下げ)。その後しばらくリラはEMS内の最強通貨にとどまったが,9月の5か国蔵相・中央銀行総裁会議後ドルが軟化するに伴ってEMS内の緊張が高まり,リラは再び弱い通貨となった。

このため86年1月には,リラ防衛策として86年上期の銀行貸出額の上限設定大蔵省証券の入札金利の引上げなど,引き締め気味の金融政策運営を余儀なくされた。

財政政策は,引続きインフレ抑制・財政赤字の縮小を狙って緊縮政策が採られている。9月末閣議決定された86年度(1月~12月)予算案は,財政赤字を110兆リラ(GDP比14.6%,85年は15.6%)に抑えるため,社会保障関連費等の歳出削減及び公共料金の引上げ等の歳入増措置が盛り込まれている。増税は行わず,むしろインフレにより税負担が実質的に上昇したのを解消するため,所得税,相続税・贈与税の減税,企業の再投資減税を内容とする税制改正案が閣議決定された(85年10月)。主な内容は,①86年3月より,所得税税率の引下げ,各種控除の引上げを行う②86~88年を対象に,企業の設備投資額が償却額を超えた場合,企業所得を減額する,となっている。

7. 経済見通し

85年9月末,86年度予算案提出時に発表された政府の86年経済見通しによると,実質GDP成長率は2.5~3%,消費者物価上昇率は年平均で6%,年末対比で5%となっている。

85年末に発表されたOECDの見通しによると①財政引締め政策の影響による政府移転の伸びの鈍化,実質賃金上昇率の鈍化等から,実質個人消費は85年の前年比2 1/4%増から86年には同1 3/4%増へ小幅化する②実質総固定投資は,実質金利高や公共投資の低迷等から85年の前年比5 1/4%増に対し,86年は同4 1/4%増となる,③実質の商品・サービス輸出は85年の前年比5%増から,86年は同3 3/4%増へ鈍化するものの,輸入も8 3/4%増から3 1/2%増へ小幅化することから,経常海外余剰は改善をみせる,これらを総合すると86年の実質GDPは前年比2 1/2%増とほぼ85年並(2 1/2%増)となる,としている。

第7章 オセアニア

1. オーストラリア:景気の拡大続く

オーストラリア経済は,84年に力強い景気拡大を示した後,85年上半期までは個人消費や輸出の増加等により拡大を続けた。実質GDPでみると,85年1~3月期前期比1.8%増,4~6月期3.1%増となった。しかし,7~9月期には,農業生産の減少から同0.3%減となった。雇用情勢は改善を続けている。また,消費者物価は落ちついて推移していたが,4~6月期以降,年初来の豪ドル下落から,上昇傾向にある。一方,賃金は賃金インデクセーション方式を採っており,84年央から上昇率が大きく低下したが,消費者物価の最近の上昇から今後の動きが注目される。

金利は85年に入って上昇傾向にある。財政は84/85年度(8伴7月~85年6月)と比べ,85/86年度は緊縮的なものとなっている。

需要動向

(1) 個人消費は増加続く

実質個人消費は83/8年度の2.7%増の後,84/85年度は3.8%増と増加した。タバコ,アルコール飲料への支出が減少したものの,家賃,食料,家具等多くの費目に対する支出が増加した。これは,農家所得が減少したものの,雇用者数の増加による実質家計所得の急速な増加によるものである。しかし,実質可処分所得は,医療保険制度の徴収等から,緩やかな伸びにとどまった。その結果,貯蓄率は,83/84年度の13.7%から,84/85年度の12.9%に低下した。実質個人消費は7~9月期も4~6月期の前期比0.3%増の後,同0.9%増と堅調に推移している(第7-1図)。

第7-1図 オーストラリアの内需

(2) 投資:回復に転じた民間設備投資

実質民間設備投資は,83/84年度の後半から回復に転じ,84/85年度には0.8%増加した。そのうち非住宅建築投資は19.1%増加し,プラント設備投資は,3.9%減となった。7~9月期は4~6月期前期比8.4%増と大幅に増加した後,3.4%減となった。

一方実質民間住宅投資は,83年4~6月期以降回復に転じ,84/85年度では,12.9%増と著しく伸びた。7~9月期にも,4~6月期の前期比3.3%減の後,同2.8%増と持ち直している。このように民間住宅投資が増加していた要因としては,金融機関の住宅ローン融資枠の拡大,低金利,政府の優遇策(家屋所有者への融資等)が挙げられる。

生産・雇用

(1) 生産

83/84年度に4.1%増と回復した工業生産は,84/85年度は4.2%増と著実に増加した(第7-1表)。部門別にみると,食料・飲料がほぼ横ばいであったほかは,総じて増加がみられる。特に,金属機械,輸送機器,非鉄鉱産品等の増加が著しい。

こうした生産の動向を映じて雇用の伸びは,83/84年度0.9%増の後,84/85年度は景気回復を映じて2.8%増と大幅改善した。7~9月期も前期比1.3%増と改善を続けている。失業率は83/84年度平均9.6%の後,84/85年度は8.6%にまで低下した。7~9月期にはさらに8.2%に低下している。

第7-1表 オーストラリアの生産・雇用の動向

物価・賃金

(1) 鎮静化した消費者物価

消費者物価上昇率は,83/84年度の7.9%から84/85年度は5.8%へ低下した。これは,70/71年度以来の低水準であり,賃金上昇要求の抑制に負うところが大きい。しかし,85年初来の豪ドル下落による輸入物価の上昇から,4~6月期前年同期比6.7%上昇,7~9月期7.6%上昇と上昇率が高まってきているのが懸念材料である(第7-2図)。

第7-2図 物価・賃金の動向

(2) 安定した賃金上昇率

賃金(男子平均週給)上昇率は,84年7~9月期より低下しており,10~12月期前期比0.9%増,1~3月期0.8%増,4~6月期1.3%増となった。賃金インデクセーション方式を採っているため,豪ドル下落による物価・賃金への影響が懸念されるが,′9月に政府・労働組合評議会(ACTU)間で,86年4月の賃上げ時にスライドする物価上昇率から2%差し引くことで合意をみた。

貿易・国際収支

(1) 経常収支は悪化

輸出(FOB,季調値)は83/8年度に14.6%増の後,84/85年度には24.7%増となった。これは,数量で15%増,輸出価格が8%上4昇したことによる(第7-2表)。内訳をみると,ほどんどの品目で増加を示したが,特に穀物輸出が豊作を背景に,また数多くのプロジェクトが稼働しはじめたこともあって,加工金属やエネルギー(石炭-LPガス・石油)輸出が増加したことが目立っている。

第7-2表 オーストラリアの国際収支の動向

輸入(FOB,季調値)は,83/84年度に8.3%増の後,84/85年度には28.2%増と大幅な増加を示した。これは,数量では,17%増,輸入価格では10%上昇したことによる。景気回復に伴う活発な国内需要のため輸入は急増しており,7~9月期も前期比7.0%増と増加を続けている。内訳をみると機械類や輸送機器が目立つ。これはコンピュータ化や新技術の導入の進展を反映したものである。

貿易外収支(原数値)の赤字幅は,84/85年度95.7億豪ドルと前年度(75.6億豪ドル)を上回った。増加する対外債務の利払いが主なる要因である。これらにより,経常収支(同)赤字幅は,83/84年度の73.8億豪ドルから,84/85年度101.7億豪ドルへと拡大した。85年7~9月累計でも33.5億豪ドルと前年同期の28.0億豪ドルを大幅に上回った。

資本収支は,84/85年度は85.7億ドルの黒字となった。84年10~12月の26.3億ドルの黒字から85年初来の豪ドル下落により,1~3月期14.3億ドルの黒字,4~6月期16.6億ドルの黒字゛と黒字幅が縮小したが,7~9月期は豪ドルレートの回復もあって25.7億ドルの黒字となった。中央銀行も引き締め政策を堅持し,資本流入に努めている。

(2) 85年初来豪ドル下落

85年に入り豪ドルは下落している。1~3月期には豪ドル実効指数は75.4となり(1984年10~12月期は81.8)急落した。4~6月期も65.6とさらに下落し,その後も軟調裡に推移している。要因としては,①国際収支の悪化,②インフレ再燃の気配,③巨額財政赤字,等が挙げられよう。7月以降は米ドルが軟化しているために徐々に持ち直した。

財政・金融

(1) 金利は上昇続く

通貨供給量(M

3

)は,1月29日に目標伸び率放棄が発表されたが,金融自由化等により,M

3

の信頼性に疑問が出てきたことがその理由であった。実際,M

3

は,85年に入り大幅な増加を続けている。85年10月に前年同月比19.3%増となっている。

金利も85年に入り,民間資金需要が景気回復に伴い強いこと,豪ドル下落を防衛するための政府の高金利政策,等から,上昇を続けている(プライム・レート10万豪ドル以上当座貸越金利,85年1月14.25%,4月16.75%,7月17.75%,10月18.50%,12月21.0%)

(2)財政は緊縮型へ

84/85年度の連邦財政赤字は,67.5億豪ドル(対GDP比3.3%)となり,前年度の79.6億豪ドル(同4.3%)を下回った。歳出は対前年度12.9%伸びたものの,歳入が豪ドル下落を反映した関税収入等の増加から,同17.5%伸びたためである。

85/86年度予算は,85年8月20日発表されたが,これはインフレなき景気拡大を長期にわたり維持するため,財政赤字を大幅に削減する緊縮的なものとなった。歳出は前年度比8.4%増に抑制され,歳入は景気拡大に伴う自然増収で12.6%増,財政赤字は49.2億豪ドル(GDP比2.1%)と見込まれている。

経済見通し

85/86年度予算案策定時の政府見通しは,実質GDPが84/85年度の前年度比4.6%増から,85/86年度に同約4.5%増となるとみている(うち農業部門は1.1%減から約5%減へ,非農業部門は5.2%増から約5%増へ)。これは,個人消費,民間設備投資の堅調な伸びによる。その他予算案の前提となった経済見通しは,①失業率は85/86年度末に7.5%~8%に低下する。②平均週給約8%増,③消費者物価上昇率約8%などである。

一方,12月発表のOECD見通しでは,実質GDP成長率(市場価格ベース)86暦年4 1/4(85年4 1/4%)と見込んでいる。失業率は7 1/2%(85年8 1/4%)と改善するが,消費者物価は8 1/4%(85年7 1/4%)に上昇するとみられている。

2. ニュージーランド:景気は拡大

(1) 概観

ニュージーランドでは83年初より景気が回復し,83/84年度(83年4月~84年3月)には実質GDPが個人消費や民間設備投資の増加から,前年度比2.8%増となった。84年中も景気は個人消費や民間設備投資の増加および輸出の急増から,84/85年度には,同6.0%成長した。しかし,この景気の拡大は84年末にピークに達し,85年に入ってからは後退へ向うという見方が多い。

財政は84/85年度予算で財政赤字削減に転換して後,85/86年度予算では,財政赤字は対GDP比2.8%まで圧縮されている。金融政策では,インフレ再燃で引き締め策を堅持している。

(2) 需要動向

個人消費の動向をみると,82/83年度に前年度比1.2%減少した後,回復に転じ,83/84年には2.9%増となり景気回復の主たる要因となった。賃金・物価凍結令(82年6月~84年2月)廃止により価格上昇予想や,為相レートの下落予想が,個人消費を回復させた。また,83年9月に賦払信用規制の緩和等がとられ,しかも低金利であったことが,耐久財特に家具,自動車の力強い販売増の大きな要因であった。その結果,84/85年度には前年度比3.7%増加した。個人消費の増加は,借入や貯蓄の取崩しによってまかなわれた。82年10月の所得税減税の一年を通しての効果にもかかわらず,実質可処分所得特に賃金所得は,83/84年度全体として,減少を続け,84/85年度に入っても減少している(第7-3図)。政府支出は82/83年度の1.5%増から,83/84年度の0.9%へと低下し,84/85年度も同程度の0.8%になるとみられている。

第7-3図 ニュージーランドの個人消費の動向

投資については,粗固定投資の増加率は83/84年度の1.0%増から84/85年度の8.0%増へと上昇した。内訳をみると,住宅投資は84/85年度には約15%の高い伸びを示した。これは,82年にはわずかながら,出国移住者の方が多かったのに対し,83年には約8,000人の移住者(入国)があったことや,物価凍結の結果中古の家屋取得よりも建築コストの方が低かったためである。商業ビル投資も,住宅投資に比べれば弱いが,回復を示した。新設ビル許可件数は1984年の9月にピークを打ち,84/85年度の前半を通じて高いレベルで推移した。

プラント,機械設備投資は他の投資よりもはやく,83/84年度のはじめより増加し,84/85年度にはさらに増加した。これは,国内,輸出両需要の拡大により支えられ,設備稼働率は高いレベルを維持し,企業収益はかなり改善したからである。83/84年度のなかばまでは,主要な投資プロジェクト特に合成ガソリンとメタメールのプラント建設と,ニュージーランド・スティールのプラント拡張が力強い投資の主な要因であった。これらは,中央政府の資本形成として計上され,その結果実質公共投資は82/83年度に17.1%増,83/84年度に4.5%増となった。しかし,そうした投資が一段落したこともあり,84/85年度は前年度比0.3%増と低下した。

在庫投資をみると,82/83年度に内需が弱まったため,意図せざる在庫投資増となったが,83/84年度には,内需の増加の中で在庫は減少した。実質GD Pに対する寄与度でみると,83/84年度はマイナス1.9%であり,在庫積み上げは85年に入ってから始まり84/85年度には2.8%の寄与率となった。

(3) 生産・雇用

製造業生産は,83/84年度前年度比3.9%増の後,84/85年度は同11.2%増とさらに増加した。四半期でみると,84年1~3月期に前期比0.5%減となり,4~6月期21.8%増と大幅に増加し,7~9月期も29.9%増とさらに増加した。しかし,10~12月期には同0.1%と低下し,85年1~3月には同11.2%減と減少しはじめている(第7-4図)。

第7-4図 実質GDP・製造業生産の動向

雇用情勢は,84年初めから急速な改善を続けている。84/85年度には前年度比38.4千人増加したのであって,これは1970年代初頭以来,最も力強い改善であった。

83年を通して増加した登録失業者数は,84年1月に戦後のピークである83.6千人に達した。その後,著しく失業者数は減少し,特に2月から5月にかけて約1万7千人減少して,62.8千人になった。登録失業者数の水準は少しずつ低下しつづけ,85年4月には48.9千人にまで減少した(81/82年度の水準と同じ)。

(4) 物価・賃金

1982年6月の賃金・物価凍結令により,それまで年率2桁台の上昇が続いていた消費者物価は急速に鎮静化し,84年1~3月期には前年同期比3.5%上昇にまで低下した。しかし,凍結解除(84年2月)と為替レート下落(84年7月には20%のNZドルの切下げ)は,84年を通して,消費者物価を上昇傾向に転じさせた。84年4~6月期同4.7%上昇,7~9月期同7.0%上昇,10~12月期同9.4%上昇と上昇率が高まってきており,85年に入ってからも1~3月期同13.4%上昇,4~6月期16.6%と騰勢を強めてきている。

一方,凍結令以降急速に鎮静化していた賃金上昇率も,84年4~6月期から,徐々に高まってきた。84年4~6月期前年同期比4.8%上昇,7~9月期同5.1%上昇,10~12月期同4.9%上昇の後,85年に入っても1~3月期同7.1%上昇,4~6月期同9.3%上昇と上昇率が高まっている(第7-5図)。

第7-5図 ニュージーランドの賃金・物価・失業の動向

(5) 貿易・国際収支

輸出は83/84年度に前年度比19.0%増となった後,84/85年度はさらに同22.1%増と大幅に増加した。これを品目別にみると,酪製品,アルミニウム,林産品,羊毛等すべての品目が増加している。一方,輸入は83/84年度同13.8%増の後,84/85年度には同28.9%増に大幅に増加した,これを品目別にみると,すべての品目で増加しているが,特に自動車,原油,鉄鋼製品などが目立つ。この結果,貿易収支は83/84年度の2.42億NZドルの黒字から,27.4億NZドルの赤字へ転じた。経常収支は83/84年度の16.14億NZドルの赤字から84/85年度には27.06億NZドルの赤字へと悪化した(7-3表)。

第7-3表 ニュージーランドの国際収支の動向

(6) 経済政策

財政・金融政策をみると,84年7月に政権についた労働党は政策を大きく転換させた。25%も過大評価されていたNZドルを切り下げ(84年7月),85年3月には変動相場制に移行した。NZドルは移行後,米ドル全面高の中,経常収支やインフレの悪化といった要因もあり,対米ドル軟化基調にあったが,6月から8月にかけて米ドル軟化,国内金利の上昇に支えられて,回復した(8月末INZドル当り0.54ドル台,8伴7月の切り下げ以来の最高値)。その後,いったん軟化したが,9月22日のG5会議後ドル高是正の方向が明らかになると,再び0.54ドル台となっている。

財政政策をみると,84/85年度の財政赤字は対GDP比6.9%(27.84億NZドル)となった。

6月に発表された85/86年度の予算では,財政赤字の削減を優先させ,赤字幅を対GDP比2.8%(12.86億ドル)に縮小することとしている。

(7) 経済見通し

その予算案の前提となる85/86年度のニュ--ジーランド経済の見通しによれば,実質GDP成長率は約2%,86年3月のインフレ率は約12%,雇用は年率で1%増加し,登録失業率は4%以下で推移,経常収支の赤字幅は前年度の27億NZドルから21億NZドルへと減少する,等としている。

第8章 アジア・中東諸国

1. 韓国:景気は再び回復へ

(1) 概  観

輸出伸び率低下等から84年下期に成長鈍化した韓国経済は,85年上期には輸出の大幅減少,製造業生産の伸び低下のため景気拡大速度はさらに鈍化した。

しかし,下期に入り輸出が回復に向っていることなから成長率も再び高まることが期待されている。物価は引続き安定的に推移しているものの,雇用情勢はやや悪化している。

政府は景気回復促進のため,時融・財政両面から85年春以降景気刺激を採っている。

(2) 生産・需要動向

84年の実質GNPは83年の前年比9.9%増を下回ったものの,7.5%増と政府目標(同7~8%増)を達成した。産業別にみると,製造業は輸出の増大と内需の好調から輸送,電子・電気,一般機械等の重化学工業やゴム等一部軽工業部門で生産が大幅増となり全体で同14.6%増と経済成長の牽引役となった。しかし農林漁業は米作が近年にない豊作となったものの,野菜等が8月に発生した洪水の影響等から不振であったため全体では同0.3%増にとどまった。また,建設業は,約2割を占める住宅建設が不振であったことや一部火力発電所の完工により電力建設が低調であったこと等により2年連続の高成長から同0.1%減へ大きく落ち込んだ。

85年に入ると,実質GNPは上期には輸出の不振等から電気・ガス業等一部を除き不振であったため前年同期比3.3%増(84年上期同10.5%増)と停滞局面に入った。その後7~9月期には同5.4%増と再び伸びが高まった。しかし,内訳をみると農林漁業が前年同期比14.7%増と大幅増となったものの,製造業が輸出の回復に支えられたにもかかわらず同3.9%増にとどまるなど本格的な回復にはなっていない。

製造業生産の動向をみると,輸出不振から85年に入り伸び率が大幅に低下したものの85年4~6月期の前年同期比1.4%増をボトムに,その後は輸出の回復や政府の景気浮揚策の効果等から7~9月期同3.8%増,10~11月同4.8%増となっている。

85年の農業生産については,米生産は秋の長雨にもかかわらず当初目標の3,800万石を上回る3,920万石と5年連続の大豊作となったといわれている。

(3) 需要動向

実質民間消費は,物価の安定による実質購買力の増加などから84年上期には耐久消費財を中心に高い伸をび示したが,下期には総需要抑制策強化の影響から伸び率が鈍化し,年間では前年比5.7%増となった。85年に入ると上期の前年同期比3.5%増の後,7~9月期も3.3%増と比較的安定的に推移している。

ソウル卸・小売額指数も85年上期の同3.2%増の後,7~9月期同5.5%増,10~11月同3.5%増となっている。

実質総固定投資は民間建設投資が住宅建設及び産業用(電力等)建築が急落(前年比3.0%減)したため,84年には前年比同5.6%増と大幅に鈍化した。85年に入ると政府建設が新市街地造成等から堅調な伸びを持継しているものの,機械設備は輸出の不振から製造業部門の伸び悩みもありやや不振である(第8-1-1表)。

第8-1-1表 韓国のGNP動向

(4) 物価・賃金・雇用

物価は,石油,原材料を中心とした輸入物価とこれに伴う工業品価格の安定,緊縮財政とマネーサプライの抑制等の物価安定策の効果等から83年以降落ち着いている(第8-1-2表)。(卸売物価上昇率:84年0.7%,85年0.9%,消費者物価上昇率:84年2.3%,85年2.5%)。ただ,85年4月以降マネーサプライ管理がやや緩和気味に運営されていることや9月下旬の先進5か国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)合意に伴うドル高修正による円高から輸入物価(韓国の輸入代金支払い中,日本円貨が占める割合は85年1~11月で11.6%)も10月以降やや上昇気配をみせている。

製造業常用雇用者月平均賃金上昇率は,賃金抑制策から年々鈍化している。

85年は,前年(8.1%)を上回るものの10%前後にとどまるとみられる(85年1~10月では前年同期比9.7%)。なお,韓国経営者総協会は不況による減量経営のため,86年の大卒初任給の凍結,事務管理職の賃上げ自制,低賃金職の賃金の5%以内抑制を決定している。

雇用情勢をみると,失業率は85年に入りほぼ3%台で推移しているものの,前年同月に比べると4月以降悪化を続けている。これは景気拡大速度鈍化によるものであり,政府も86年経済運用方向で雇用機会の拡大を最重点施策としている。

第8-1-2表 韓国の物価・通貨供給量増加率

(5) 貿易・国際収支

輸出は84年上期にはアメリカ向けの電気・電子製品等を中心に急増したが,下期に入るとアメリカの景気拡大速度鈍化や先進国との間での貿易摩擦の発生等から増加率は急速に鈍化し,85年上期には前年同期比でマイナスとなった。しかし,下期に入ると春頃からの輸出促進策の効果や9月下旬G5に伴う円及び欧州通貨高即ちドル高修正により,これら地域向けの競争力が強まったこと等から再び回復に向っており,11,12月の前年同月比は20%以上になった。この結果,通年では当初目標の330億ドルを下回ったものの,前年比3.4%増の302億ドルになった(第8-1-1図)。

第8-1-1図 韓国の貿易

品目別にみると,カナダ向けを中心に自動車が大幅に伸びた他,VTRも好調であった。また,履物,繊維,鉄鋼等も秋以降回復した。地域別では,カナダ,香港向けが急増した他,アメリカ,EC向けも11月以降増加を続けた。

一方,輸入は84年には国内景気を反映して前年比16.9%増の306億ドルと近年にない大幅な増加となった。しかし,85年に入ると,輸出の低迷や原油等原材料価格の低下等から7~9月期まで前年同期に比べ減少が続いた。この結果,通年では前年比1.7%増にとどまった。

国際収支面をみると(第8-1-3表),84年は貿易収支が輸出の好調から赤字幅が前年に比べ7.3億ドル縮少し,10.4億ドルとなったものの,貿易外収支は海外建設収入の減少,国際金利上昇による対外債務利子支払の増加から赤字幅は前年比倍増の8.8億ドルとなった。この結果,経常収支赤字幅は政府目標(10億ドル)を大幅に上回る13.7億ドルとなった。

第8-1-3表 韓国の国際収支

85年の経常収支も政府目標(5~7億ドルの赤字)を達成できなかったものの,8.8億ドルの赤字と前年に比べ4.9億ドル改善した。これには貿易収支赤字の大幅縮小,移転収支黒字の拡大が大きく寄与した。貿易収支は輸入抑制により70年代以降最も赤字幅の小さかった77年の4.7億ドルを下回る0.3億ドルの赤字と長年の懸案であった収支均衡化へ大きく前進した。しかし貿易外収支は近年低調な海外建設収入が前年に比べ半減したことからむしろ悪化し143億ドルの赤字となった。

対外債務残高は,84年末の431億ドルから85年末には467億ドルと36億ドル増加した。これは国内資金が旺盛な需要に追いつかなかった他,国際収支赤字補填や債務償還のため新規借入れを行ったこと等による。

(6) 経済,政策

政策面では.,経常収支の一層の改善と対外債務の増加抑制を引き続き重要施策としているものの,輸出と投資増大をテコに成長回復を促進,雇用増大をはかるための財政・金融両面で緩和の動きがみられる。

84年は景気過熱感等から総需要抑制策がとられ,金融面ではマネーサプライ増加率を1.0%に抑えていたが,85年4月以降は輸出・設備投資金融支援等からマネーサプライ管理はやや緩和気味に運営されている。

財政面では,86年度(1~12月)予算は過去2年間の緊縮・黒字予算から歳入,歳出が一致する均衡予算とし,伸びを前年度修正予算比10.1%増と2桁としている。これは鈍化した景気,それに伴う雇用悪化に対処するためである。

政府は,財政による景気刺激策を行わない場合86年の経済成長率は5~6%にとどまり,10万人の失業者が新たに生ずるとみており,公共事業費の早期執行も行う旨明らかにしている。しかし,本予算の前提として中・高校授業料,鉄道料金など公共料金の引上げがあり,物価への影響が懸念されている。

(7) 経済計画と見通し

経済企画院は85年12月14日,「86年経済運用方向(計画)」を発表した。①経済回復で雇用機会を拡大,②国際収支を均衡化,③物価安定を持続すること,を重点施策とし,特に①に最優先順位を置いている。このため為替レートの実勢化(切下げ)と輸出促進策強化により輸出を85年対比10%増の330億ドルとし,この輸出回復によって製造業の伸びを同8%増にし,あわせ設備投資や民間消費も増加させ,7%成長を達成することとしている。さらに87年からの第6次経済社会発展5か年計画の推進基盤をもつくるため,産業構造調整,中小企業育成,技術開発促進等をも強力に推進することとしている。

2. 台湾:輸出の低迷等から景気は鈍化

(1) 概  観

台湾は84年に輸出の急伸と好調な個人消費に支えられて,10.5%の高いGN P成長率を達成した。しかし,85年には輸出と固定投資の不振に加え,在庫調整も進展したため,同成長率は4.73%まで低下したものと推定されている。

GNPの59%を占める輸出(通関ベース)は,84年に前年比20%以上の急増を示したが,85年にはアメリカ向けの低迷等から同0.9%の微増にとどまった。

しかし,鉱工業生産の伸びが84年後半から目立って鈍化するなど主要産業の生産活動が低迷したため,輸入は85年に前年比8.3の大幅減となり,同年の貿易収支黒字は輸出の不振にもかかわらず106億ドルに拡大した(84年は85億ドル)。

一方,物価は卸売物価,消費者物価とも極めて安定しているため,金融政策は不振の内需を刺激すべく緩和気味に運営されている。

(2) 需要動向

台湾経済は70年代に年平均9.9%という極めて高いGNP成長率を達成したが,80年代に入ると第2次石油危機等の影響から景気は後退し,82年の成長率は3.3%まで低下した。しかし,翌83年から景気は拡大に向い,成長率は83年7.9%,84年10.5%と加速した。実質GNP増加寄与度をみると(第8-2-1表),この景気拡大を主導したのは個人消費と対外部門(純輸出)であり,これに比べると,政府消費や固定資本形成が果たした役割は小さく,特に後者は,83年には実質GNP成長率を押し下げる要因であった。

第8-2-1表 台湾の実質GNP動向(1981年価格)

こうした景気拡大の足どりは,85年に入ると著しく鈍った。この主な原因は,最大の輸出先であるアメリカの景気拡大速度の鈍化につれ輸出増加率が,大幅に低下したことにあり,1~3月期には輸出増加率が輸入増加率を大きく下回った結果,純輸出は一転して実質GNPを低下させる要因となった。輸出の増加はその後さらに緩慢なものとなり,7~9月期の輸出は前年同期比で減少を示したが,輸入の減少ははるかに大幅であったため,純輸出は再び経済の押し上げ側の要因となった。しかし,輸入の急減は,台湾のように対外依存度の大きい経済では,そのまま生産活動の低迷を反映するものであり,これは最近の固定資本形成の減少にもはっきりと現われている。今後,景気の拡大基調が確かなものとなるためには,輸出の回復と並んで,投資需要の盛り上がりが不可欠となろう。

(3) 貿易動向

輸出は80年代に入るとともにめだってその増加率を鈍化させ,82年には前年比1.8%の減少となった。しかし,83年からは一転して急増し,84年の増加率は前年比21.2%に達した。これは総輸出の49%(84年)を占めるアメリカ向け輸出がアメリカの力強い景気回復によって急伸したためであったが,85年に入ってアメリカの景気拡大速度が鈍化すると,輸出増加率もこれに伴なって再び大幅に低下した。しかも,4~6月期からは前年同期比減少(2.5%減)に転じ,7~9月期には減少幅はいっそう拡大して3.5%減となった。10~12月期にはアメリカ向け輸出が依然低迷するなかで,アメリカ向けに次いで大きなシェア(84年10%)を占める日本向け輸出が前年同期比19.7%の急伸を示すなど,アメリカ以外の主要相手国への輸出が比較的好調であったため,同増加率は5.2%とやや回復した。

品目別にみると,84年に目立った増加を示した主要輸出品は電子産品(前年比36.9%),紡織品(同25.6%増),金属製品(同28.5%増)であったが,85年にはこれら商品の輸出増加率は大幅に低下し,なかでも合わせて台湾の商品輸出の3割近くを占める電子産品と紡織品は前年比減少(それぞれ5.2%減,6.9%減)を記録した。同年に輸出が大きく伸びた品目はゴム・プラスチック製品(前年比12.1%増)を除けば,いずれも商品輸出に占めるウェイトが小さいものばかりであったため,輸出水準を押し上げる力は弱かった。

一方,輸入は景気が底入れした82年に前年比10.9%減を記録した後,83,84年と比較的緩やかに増加してきたが,85年には同8.3%減と再び減少に転じた。

特に,原油,木材等原材料と機械類の輸入が急減しており,これは最近の生産・投資活動の低迷を反映したものである。

貿易収支(通関ベース)は,81年以降毎年黒字幅を拡大させており,85年の黒字は106億ドルに達した。経常収支の黒字幅も同様に拡大しており,84年に69億ドルを記録した後,85年は1~6月期だけで40億ドルに及んだ。なお,台湾当局はこうした黒字の急増に対処すべく,83年9月以来,輸入開放政策を実施している。

第8-2-2表 台湾の貿易動向

(4) 生産動向

鉱工業生産を総合指数でみると,82年に前年比減少したあと,83,84年には,工業生産の急増によって,2年続きの大幅増(前年比それぞれ14.1%増,12.2%増)を記録した。特に生産の増加が著しかった主要部門は,化学原料(2年間で40.2%増),基礎金属(同38.4%増),電気・電子機器(同74.2%増)等であったが,反面,鉱業生産は80年以降前年比減少を続けている。しかも,好であった工業生産にも84年後半からかげりがさし始めたため,鉱工業生産は85年4~6月期から前年同期比減少(4~6月期0.2%減,7~9月期1.8%減)に転じた。

一方,実質農業生産(81年価格)は80年代に入って以来低迷が続いており,85年は前年比0.5%の増加にとどまったものと推定される。このなかで牧畜業は比較的好調(85年前年比6.0%増)であったが,反対に林業の不振がめだった(同9.7%減)。

第8-2-3表 台湾の生産・物価の動向

(5) 物価・金融

台湾の物価は82年以来極めて落ち着いており,特に最近は,卸売物価,消費者物価とも前年同期比下落を示している。これは景気の後退によって需要圧力が小さいうえに,主要輸入品である一次産品の国際市況が低迷していることが原因とみられる。

こうした物価の落ち着きと景気の後退を背景に,金融政策は緩和気味に運営されており,85年末現在,中央銀行の再割引利率は5.25%と第2次大戦後の最低水準にある。またマネー・サプライ(MlB)は,景気後退を反映して85年に入ってから大幅に増加率を鈍化させている。

(6)見通し

今後の台湾経済の動向は,GNPの59%(84年)にも及ぶ輸出が,最近の低迷からいかに脱するかに大きく依存している。台湾の輸出は49%(85年)までがアメリカ向けであるため,アメリカの景気拡大速度に鈍化がみられる現状では,見通しは必ずしも明るくない。しかし,その一方,台湾元が実質上米ドルにリンクしていることを考えると,ドル高修正の進展とともに今後西ヨーロッパや日本に対する輸出競争力が強化されるものと期待される。

輸出と並んで内需の拡大も重要である。特に貿易収支黒字が急増し,とりわけ最大の輸出先であるアメリカとの間の2国間貿易収支が極端な台湾側の黒字となっている現状を考えると,貿易摩擦の激化を回避する意味からも,内需の拡大は急務となろう。85年から,電力発展,電信近代化,鉄鋼プラント拡張などを内容とする14項目建設計画がスタートしたため,公的投資については一時の低迷を脱することが期待されるが,民間投資については,労賃の上昇によって企業の利潤率が低下しているともいわれるため,見通しは楽観を許さない。

なお,「行政院」は85年12月26日に86年経済発展計画を承認した。これによると,86年のGNP目標成長率は5.5%で,生産部門別内訳は農業が1.3%,鉱工業が5.2%,サービスが6.4%となっている。輸出・入(財およびサービス)については,それぞれ5.2%と8.9%の増加率が見込まれており,この結果,財およびサービス収支の黒字はGNPの8.9%に達するものと予想されている。物価は卸売物価でみて2.5%の上昇率にとどまるものと期待されている。また同日,今後4年間のGNP成長率を6.5%にすること,および,89年までに1人当たりGNPを4,315ドルにすることを主目標すとる86-89年中期経済発展計画も併せて承認された。

3. タイ:停滞色強めるタイ経済

(1) 概  観

84年のタイ経済は,貿易収支改善のためにとられた輸入抑制策や金融引締め策等が消費や投資の不振をもたらしたものの,輸出がアメリカ等先進国の景気回復に伴い上期に大幅に増加したことから成長率は前年を上回った。しかし,85年に入ると,アメリカの景気拡大速度が鈍化したことや一次産品市況が一層低下したこと等から輸出も減少に転じ,これに伴う農家所得の減少から消費等内需もさらに落ち込み,景気は停滞色を強めている。

(2) 生産動向

84年の実質GDPは,農業生産が順調に伸びにことや輸出関連産業の拡大等から,前年(5.8%)を上回る6.0%の成長を達成した。部門別にみると,GD Pの2割強を占める農業部門は,好天に恵まれたことや83年後半から84年前半にかけての市況好転が生産意欲を刺激したこと等から前年比3.5%増となった。

製造業はアメリカの景気拡大等を背景に電子・繊維等輸出関連産業が好調であったことから前年比6.8%増となった。鉱業部門も数年前から開発が進められてきた天然ガス,原油の生産の増加から,3年連続のマイナスから一転して前年比17.0%増へと急増した。しかし,建設業は83年からのホテル,ショッピング・センター等大型工事建設ラッシュが一巡したことや政府部門の建設支出が削減されたこと等から83年の5.5%増から4.5%増へ伸び率が鈍化した。

しかし,85年には農業生産は伸びが鈍化するとみられており,製造業生産も減少しているなど停滞感は免れない(第8-3-1表)。

農業生産指数をみると84年の前年比5.4%増から85年(予想以下同じ)は3.2%増となっている。特に穀物は84年の5.2%増から85年には2.4%増へ鈍化している。うち米は2.1%増から0.8%増,メイズは15.4%増から3.3%増,タピオカは5,3%増から2.5%増へとなっている。これは販売価格低下による生産意欲の減退や作付面積の減少等によるものとみられる。

85年上期の製造業生産は,84年11月のバーツ切下げや85年5月の関税引上げによる輸入原材料価格の上昇に伴うコスト高,依然高い金利,農家所得減少による国内需要の低迷等により,停滞している。品目別には自動車,電気,機器が軒並み大幅な減少となっている他,投資の停滞からセメント等建設資材や輸出向けを中心としたIC等もアメリカの景気拡大速度鈍化から大幅に伸びを鈍化させている。

こうした中,天然ガス,石油生産は前年に引き続き好調で前年同期比60%以上の増加となっている。

第8-3-1表 タイの実質GDP成長率と主要産品生産動向

(3) 需要動向

名目個人消費は,83年の前年比11.5%増から84年には同6.3%増と大幅に鈍化した。これは農産品価格の低迷により農家所得が低下したことによる部分が大きい。85年に入ると,前年11月のバーツ切下げ(IMF方式,14.7%)による輸入物価の上昇や消費税,関税の引上げ(85年4月)の影響もあり個人消費の停滞色はより濃厚となった。乗用車販売台数は85年1~6月期には前年同期比22.5%減となった。一方,84年7~12月期に前年同期比マイナスに転じたバンコク市内百貨店売上額は85年1~6月期には同5.7%増となったものの,これは百貨店の競争激化という特殊要因による部分が大きいと言われている。

名目総固定資本形成は,83年の前年比14.5%増の後,84年には同8.5%増と大幅に鈍化した。特に民間部門は前年までの新築ラッシュが一巡したこともあり不振を極め,83年の同17.3%増から84年には同8.3%増へと大幅に鈍化した。

85年に入ると民間部門はさらに停滞色を強めている。資本財輸入は1~6月で前年同期比6.0%減となっており,国産の資本財需要も同様な傾向とみられている。また,バンコク市内建築許可面積は1~5月で同13.7%減に,建設財のセメント販売量も1~6月で同0.1%の増加にとどまった。

(4) 物価・賃金

物価は82年以降安定を続け84年の消費者物価上昇率も前年比わずか0.9%にとどまった。これは豊作による食料品価格の低下,石油等エネルギーを始めとする輸入等材料価格および賃金抑制等による工業品価格の安定,内需の低迷等によるものである。しかし,85年に入ると,食料品価格は下落が続いているものの,非食料品価格は上昇している。このため8月には前年同月比上昇率は2.9%となった。こうした非食料品価格の上昇は,前年11月のバーツ切下げに伴う価格統制措置が徐々に撤廃されたことや5月に消費税,関税が大幅に引上げられたことなどが背景となっている(第8-3-2表)。

賃金動向をみると,毎年10月に改定が行われている最低賃金は,84年中は物価安定等を理由に3か月間凍結され,85年1月に至り引上げられた。85年の最低賃金の引上げについて,8月末,雇用者連盟(ECOT)は経済状況の改善がみられるまで据え置くことを決議している。

第8-3-2表 タイの物価通貨供給量増加率

(5) 貿易・国際収支

貿易動向(ドル・ベース)をみると,輸出は84年にはすず,砂糖などが不振であったものの,電子機器,繊維等が好調であったため前年比16.4%増と高い伸びを示した。これはアメリカを始めとした世界経済の回復が主因である。しかし,85年に入ると,アメリカの景気拡大速度の鈍化や一次産品市況の一層の低下により1~3月期,4~6月期とも前年同期比はマイナスとなった。

一方,輸入は84年には,輸入信用状開設規制や国産エネルギー生産増に伴う石油輸入の減少等から7~9月期以降,前年同期比はマイナスとなった。この結果,通年では前年比1.1%増にとどまった。85年に入っても減少傾向は続いている。ただ,5月に輸入信用状開設規制が撤廃されたこともあり4~6月期には減少率がやや縮小したが,8月には前年同月比8.8%減と再び減少率は拡大している。

国際収支(バーツ・ベース)をみると,商品貿易収支は,84年には,輸出が電子製品等を中心に前年比19.6%増と急増したものの,輸入が内需引締め,輸入抑制から同3.4%増と低い伸びにとどまったため,前年に比べ大幅に改善した(83年892億バーツの赤字→84年688億バーツの赤字)。このため,サービス・移転収支が若干悪化したにもかかわらず,経常収支赤字は大幅に縮小した。(83年 億バーツ,84年 億バーツ)85年に入ると(1~6月),輸出は米,メイズ等主力一次産品が国際市況の低迷により不振であったものの,繊維,IC等が順調に伸びたため前年同期比18.7%増1,005億バーツとなった。しかし,輸入もバーツ切下げの影響から原材料・半製品などが大幅に増加したため,同14.7%増の1,379億バーツとなり,商品貿易収支赤字は前年同期に比べ19億バーツ増加して373億バーツとなった。この結果,サービス・移転収支が観光,海外出稼労働者の送金の順調な増加から前年同期に比べ12億バーツ上回る120億バーツとなったものの,経常収支は前年同期に比べやや悪化して373億バーツの赤字となった(第8-3-3表)。

こうした中で,対外債務残高は84年末で前年比14.7%増の128億ドルに達した。内訳をみると,長期債務が108億ドルと全体の84.2%を占め,短期債務が20億ドルとなっている。債務者別にみると,公的部門(大部分が長期債務)が76億ドルで全体の59.6%を占め,民間部門は52億ドルとなった。債務返済(長期債務のみ)額は,公的部門が前年比12.1%増の10億ドル,民間部門が同17.7%増の10億ドルで計21億ドルとなった。しかし,デット・サービス・レシオは輸出が好調であったことから,公的部門へ10.1%(83年10.3%),民間部門9.5%(同9.2%)官民合計では19.6%(同19.5%と危険ラインの2.0%以下にはおさまった。しかし,85年末には対外債務は130億ドルにデット・サービス・レシオも21.8%になったといわれている。さらに70年代に借り入れた借金の返済が80年代後半に集中しているため,輸出の伸びが見込めない中で返済負担が急速に増加することが予想されることから,政府は86年度(85年10月~86年9月)の対外借入れ枠を10億ドルに抑えることを決定した。

第8-3-3表 タイの国際収支

(6) 経済政策

金融面をみると,84年後半上り緩和傾向にある。85年5月には,輸入抑制,貿易赤字問題解決のため83年12月より導入された信用状開設規制を貿易収支が改善したとの理由から撤廃した。一方,中央銀行は,多くの企業が海外の低金利融資を求めたことやタイ経済の回復に資するため6月央に,一般融資金利を19%から18%に,農業,工業等優先部門向け融資金利を17.5%から16.5%へ,輸出部門向け融資金利を17.5%から15%へ引き下げた。さらに中央銀行は7月には基準貸付金利を12%から11%に,高率適用貸付金利を13.5%から12%(いずれも公定歩合)へ引き下げた。

財政面をみると,86年度歳出予算は2,180億バーツで前年度比2.3%増の小幅な伸びにとどまるなど緊縮型となっている。バーツ切下げ等の影響もあり前年度に引き続き高い伸びとなっている債務償還費(歳出総額に占める割合は23.3%)と国防費(同20.7%)を除き,経済開発費が前年度並みに抑制され,その他ほとんどの項目が前年度を下回っている。一方,歳入は前年度比3.9%増となっている。この結果,財政赤字はこれまで最高であった前年度(350億バーツ)をやや下回る330億バーツと予想されている。なお85年度競争力を高めるため米の輸出税(2.5%)の撤廃を決めたが,これによる歳入減は6億バーツとみられている。

(7) 経済見通し

中央銀行は,85年のGDP成長率を年初6.1%と見込んでいたが,再三にわたる下方修正の後,12月には4.4%にとどまる見込みと発表した。これは農業部門が前年(4.1%)並みの3.9%となるものの,非農業部門が前年の6.7%から4.6%に鈍化するためであるとしている。なお,86年については85年並みかやや下回るものとみている。

一方,国家経済社会開発庁(NESDB)長官は,86年1月,85年のタイ経済は世界経済の成長鈍化と保護主義の増大,農産品市況の低迷,財政・貿易赤字等から4%程度まで落ち込んだ。旨明らかにした部門別では農業部門が主力の米,メイズ等が不振であり,工業部門も農家所得の低迷による需要減で大幅に落ち込んだ。一方,物価は景気の減速,農産品価格の下落等から2.2%程度の上昇にとどまったとしている。

なお,86年については,基本的には85年とあまり変らず成長率は4%程度(農業部門2.4%,工業部門4.7%),インフレ率2%台,貿易収支赤字700億バーツ前後であると予想している。

4. サウジ・アラビア:3年振りの均衡予算

(1) 概  観

第3次5か年計画の4年目に当たる1983/84年度(83年4月~84年4月)のサウジ・アラビア経済をみると,実質GDPは,1973/74年度以来のマイナスを記録した昨年度(前年度比10.9%減)から,0.9%増と上昇に転じた。石油部門生産は低迷したが,非石油部門生産の伸びが,政府支出の減少にもかからわず堅調に増加したためである。また,物価は鎮静している。一方,貿易収支黒字幅は石油収入の大幅な減少のため,大きく縮小し,経常収支は赤字幅が拡大している。このような背景から,1985/86年度(85年3月~86年3月)の予算は3年振りの均衡予算となった。

(2) 生産動向

83/84年度の実質GDPは,石油部門生産の低迷を相殺する非石油部門生産の堅調な増加から,0.9%増の上昇となった(82/83年度,10.9%減)。すなわち,石油部門生産は8.7%減となった(82/83年度,36.1%減)のに対し,非石油部門生産は5.0%と堅調な増加を示したのである(82/83年度,7.1%増)。

非石油部門のうち民間部門は,7.7%増と高い伸びを続けている。中でも,公益事業(電力,ガス,水道)は21.6%増,製造業は16%増と非常に高い伸びを示した。これは政府援助等によるところが大きい。また,農業生産も12.0%増と高い伸びを示し,小売・サービス業も5.6%増,輸送等も5.4%増となっている。しかし,第2次開発計画時に急速な増加を示していた建設業は,政府支出の減少から,7.9%減となった。一方,非石油政府部門は,82/83年度に石油収入の減少から財政支出が削減され,1.2%減とマイナスに転じた後,83/84年度も,1.4%減となった。

実質GDPの部門別の成長率をみると(第8-4-1図),このところ,一貫して非石油民間部門が成長を支えてきている。これは石油依存型経済から脱却するため非石油部門を中心に投資が行われたためとみられる。83/84年度の非石油民間部門の増加率は,前年度とほぼ同率の成長であったが,石油部門のマイナス幅が大きく縮小(△36.1%からΔ8.7%へ)したため,全体では0.9%増と上昇に転じた。

GDPに占める石油部門のシェアは,64/65年度の約60%から83/84年度には約27%にまで低下している。

第8-4-1図 サウジ・アラビアの経済成長

(3) 石油生産

(原油生産)

85年1月末の臨時総会でOPECが史上2度目の値下げを行った後,スポット市場は堅調に推移した。しかし,4月後半以降,下落しはじめた(本論第1章4節参照)。サウジ・アラビアは,OPECの盟主としての立場からスウイング・プロジューサーとして,84年10月の390万バーレル/日から85年1月の330万バーレル/日と減産し,5月以降大幅減産を実施した(8月,220万バーレル/日)。これにより,スポット市場の下落を支えていた訳であるが,財政面からもサウジ・アラビア一国で支えられず,85年の7月の石油相会議でスウイング・プロデューサーの役割を自ら放棄することを明らかにした。そして,9月には一部の石油会社との間でネットバック方式(石油製品価格から精製コストなどを引いて逆算した原油価格)による販売を実施し,増産に動きだしたとみられる。9月は280万バーレル/日に回復し,10月には400万バーレル/日になっている。

(石油収入)

81年末より減少に転じた石油収入は,84年に437億ドルと前年(760億ドル)から大幅に減少した。81年の約3分の1にすぎない。83年の原油生産は,日量平均454万バーレルであったが,84年は日量平均444万バーレルであり,価格の低下もあって,さらに減少したのである(83年,461億ドル)。85年に入ってからも,前述の減産等により(1~9月で前年同期比37.8%減の日量292万バーレル),石油収入の減少は大幅なものとみられる(第8-4-2図)。

第8-4-2図 サウジ・アラビアの原油生産と石油収入

(4) 物価動向

消費者物価上昇率は,81年の前年比2.7%増,82年同1.1%増,83年同1.0%増,84年同1.0%減と鎮静している。85年に入っても1~3月期,4~6月期それぞれ前年同期比2.0%減,同1.0%減となっている。また,生計費上昇率をみても,82/83年度,0.9%増,83/84年度0.6%減となっている。

物価の鎮静の背景としては,①マネーサプライ増加率の低下,②輸入物価の下落及び供給デフレータ(非石油部門のGDP及び非石油民間部門の輸入デフレータ)の下落,等の要因があげられよう。まず,マネーサプライ増加率をみると,82/83年度の12.5%から83/84年度には7.1%へと増加率は大きく低下している。また,輸入物価上昇率もドル以外の通貨に対する為替レートの上昇等から81/82年度の0.0%増から,82/83年度の2.9%減,83/84年度1.0%減となっている。このような輸入物価の低下から国内供給デフレータも落ち着いている(第8-4-1表)。

第8-4-1表 サウジ・アラビアの物価動向

(5) 貿易収支及び経常収支

(貿易)

貿易(輸出+輸入)は,82/83年度に減少(30.1%減)に転じた後,石油輸出の大幅減に加えて輸入も減少したことから,83/84年度も21.2%減と大幅に減少している。

輸出(FOB)は,82/83年度1,937億リヤル(前年度比42.9%減)の後,83/84年度は1,354億ドル(同30.1%減)と大幅低下にしている。これは世界的石油需給の緩和の中,輸出の92%を占める石油輸出が大幅に減少したからである。

輸入(FOB)は,82/83年度1,153億ドル(前年度比11.6%増)の後,83/84年度は非石油部門,石油部門両方の減少から,1,082億ドル(同6.2%減)となった。非石油部門の減少の原因は,主要インフラ投資が一巡したこと,石油収入の大幅減による財政支出の削減からプロジェクト関連の輸入が減少したこと等によるものである。石油部門(全輸入の1.5%を占めるにすぎない)も,サウジ・アラビア内で操業する石油会社の需要が,国内生産でまかなわれるようになってきたことから,減少している。また,輸入相手国(83年)を地域別にみると,依然ヨーロッパからの輸入の全体の輸入に占める比率は43.2%と高く,次いでアジア(同29.5%)南北アメリカ(同21.8%)の順になっている。

また,国別では,アメリカ,日本の比率が高い(アメリカ同19.8%,日本同19.5%)。

この結果,貿易収支黒字は過去最高と81/82年度の2,357億リヤル,82/83年度,784億リヤル,83/84年度272億リヤルと著しく減少した。

貿易外収支(移転収支を含む)をみると,受取り額は前年度比3.6%減(683億リヤル)となり,支払い額は同2.2%減(1,595億リヤル)となった。これは,石油部門の投資収益支払い額が減少を続けているからである。この結果,貿易外収支の赤字幅は,82/83年度の923億リヤルから,83/84年度は,912億リヤルと縮小した。

このように貿易外収支赤字幅は縮小したにもかかわらず,それを上回わる貿易収支黒字幅の縮小により,経常収支は82/83年度に赤字(139億リヤル)に転じた後,83/84年度は640億リヤルの赤字と赤字幅は大幅に拡大した。

一方,貿本収支をみると,石油部門の資本収支及び非石油部門の直接投資の収支は104億リヤルの入超となったが,入超幅は前年度(238億リヤルの入超)から大幅に縮小した。しかし,その他の資本収支(誤差・脱漏を含む)は,82/83年度の125億リヤルの入超から83/84年度の213億リヤルの入超と入超幅を拡大した。これらに,商業銀行の資本取引を加えた資本収支は,82/83年度の227億リヤルの入超から83/84年度は295億リヤルの入超と入超幅はやや拡大した。しかし,政府部門の資本収支は,82/83年度の89億リヤルの出超から,サウジ・アラビア通貨庁の公的準備の大幅な取崩し等により83/84年度は345億リヤルの入超となり,経常収支の大幅赤字をファイナンスする形となっている。

第8-4-2表 サウジ・アラビアの貿易・経常収支

(6) 経済政策

(財政)

84/85会計年度の財政をみると,歳入(実績)は,石油収入の大幅減少から予算額を下回り,前年度比10.9%減(1,669億リヤル)となった。また,歳出(実績)は,公務員の諸手当てが大幅に削減されたこと等から,同4.2%減(2,129億リヤル)となった。この結果財政収支は,460億リヤルの赤字(83/84年度350億リヤルの赤字)となった。また,85/86年度予算は,ここ2年間の財政赤字を対外資産の取崩しで補填してきたサウジ・アラビア政府も,今後,いつまでも対外資産を取崩すととは好ましくないとして,3年振りの均衡予算となった。歳入予算は前年度実績対比19.8増の2,000億リヤルで,歳出予算は同6.1%減の2,000億リヤルと抑制している(第8-4-3表)。

(金融)

金融政策をみると,80/81から82/83年度までの緩和ぎみのスタンスから84/85年度には83/84年度にひき続き,中立的なスタンスとなっている。マネーサプライ(M3)の上昇率でみると,80/81~82/83年度の20%以上から,83/84年度の12.5%,84/85年度の7.1%へと低下した。

(第4次5か年計画)

1985/86年度から始まる第4次5か年計画の基本方針を要約すると,①イスラム的価値を擁護しつつ,国家安全保障と治安を維持する,②労働力開発を促進し,労働に応じた報酬による生産的市民階層を育成する,③原油生産とその輸出への依存を低下させ,農業,鉱工業化によって経済発展を多様化させる,④インフラストラクチヤーを完成させ,既存ユーティリティーの効率的利用と質的向上を図る,⑤湾岸協力会議(GCC)諸国との経済的社会的,統合化を促進させる,の5項目となる。これらの基本方針は,GCC関係を除けば,これまでの計画の延長線上にあるといえる。しかし,第4次計画の政府支出は第3次計画の名目実績を17%ほど下回ることとなり,第4次5か年計画の財政支出は大幅に抑制されることになる。

第8-4-3表 サウジ・アラビアの財政

第9章 中南米

1. メキシコ:総じて景気回復続く

(1) 概  観

84年のメキシコ経済は,回復へと向った。その原動力はアメリカ向けを中心とした輸出とそれに関連した民間投資に加え政府支出の増加であった。また輸出増にともなって国際収支も改善がみられた。

85年に入っても総じて堅調な回復が続いたが,9月の震災の景気,物価等に対する影響が懸念される。また原油価格の低下により国際収支は悪化し,為替レートは大幅に切り下げられた。84年以降次第に騰勢を鈍化させていた物価も,85年秋ごろから再び上昇率は高まっている。86年はインフレ抑制堅持を基本とする経済運営方針が示されている。

(2) 生産動向

メキシコの実質国内総生産(GDP)は,82,83年にはマイナス成長となったが,84年には前年比3.7%増と回復した。

第9-1表 メキシコの生産部門別経済成長率

これは,実質賃金の低下(賃上げ率が,インフレ抑制のためにインフレ率を下回る水準に抑えられたことによる)により民間消費が低い伸びにとどまったものの,輸出,民間投資等が大きな伸びを示したことによる。輸出は前年比10.4%増,民間投資は同9.0%増,政府消費は同6.9%増と高い伸びを示した。

一方,民間消費は同2.5%増,公的投資は同0.6%増と低い伸びにとどまった。

生産を各部門別にみると,農林水産業は前年比2.5%増と83年の同2.9%増をわずかに下回ったが,その他の業種では電力が同7.4%増(83年同0.7%増)と大きな伸びを示すなど,いずれも83年の増加率を上回った。なかでも製造業は,2年連続のマイナス成長から前年比4.8%増と増加へ転じた。特に輸出関連業種の伸びは大きく,鉄鋼,非鉄金属製造業の前年比13.4%増をはじめ,石油化学(同6.4%増),金属・機械(同6.3%増)は高い伸びを示した。しかし,軽工業部門では食品(同1.6%増),木材(同1.5%増),繊維(同0.9%増)など総じて低い伸びにとどまった。

こうした生産動向のばらつきは,アメリカの景気拡大に伴う同国向け輸出急増が輸出関連産業の好況をもたらした一方で,雇用情勢の悪化と実質賃金の低下等による民間消費の低い伸びが生活関連の軽工業部門を低迷させたことを反映している。

85年に入っては,総じて堅調な経済の回復が続いているが,9月の震災の影響が懸念されている。

実質工業国内総生産は,84年10~12月期前年同期比8.9%増の後,85年1~3月期同6.5%増,4~6月期同6.3%増となった。鉱工業生産(電力,建設を含む)の動向を四半期別に前年同期比でみると,84年10~12月期の9.1%増から85年1~3月期6.5%増,4~6月期6.4%増と伸び率はやや鈍化しているものの,1~9月でみると6.5%増となっており底堅い回復を示しているといえよう(第9-1図)。

第9-1図 メキシコの鉱工業生産

製造業生産は,84年10~12月期前年同期比10.1%増から85年1~3月期同7.6%増,4~6月期同7.4%増となり,7~8月では同6.4%の増加であった。

これを財別にみると,資本財が1~3月期同20.3%増,4~6月期同17.8%増と大幅に増加した。耐久消費財(1~3月期同15.4%増,4~6月期同16.5%増),非耐久消費財,中間財も堅調に拡大した。業種別には,自動車,セメント,家電,繊維等が順調な回復をしている。原油生産は,84年前年比2.9%増(平均日量276.4万バーレル)の後,85年に入ると1~3月期前年同期比0.6%減,4~6月期同3.9%減と前年同期を下回る生産であったが,原油価格の引き下げ等による輸出所得の減少に対処すべく7~9月期には前年同期並の増産に転じた。また,10~12月期は同9.3%増,85年では前年比1.7%増(平均日量279.7万バーレル)と推定されている。なお,メキシコ原油公社(PEMEX)は,86年の原油輸出量目標を日量150万バーレル,原油生産量を日量約270万バーレルと見込んでいる。

(3) 雇用・物価

雇用情勢は,経済成長が82年以降マイナス成長となったことから悪化し,失業率は全国ベースで82年の8.0%から83年は13.0%へ上昇し,84年には新規の労働市場への参入が多かったこともあり16%へと更に上昇した。

なお,大都市では,84年から85年前半にかけて景気の回復もあって,失業率は改善をみせた。

賃上げは,このところインフレ抑制のため政府の方針として,低く抑えられており,製造業の名目賃金上昇率は84年も消費者物価上昇率(前年比65.5%)を下回る58.8%となった。この結果実質賃金は80年に比し,約29%低下しており,85年もインフレ率を下回るものとみられる。

物価の動向をみると,消費者物価上昇率は84年前年比65.5%の上昇を示し,83年の同101.9%を下回ったものの依然として騰勢は続いている。その要因としては,公共料金の引上げ(ガソリン,電力,タクシー料金等)と民間部門の中間財の値上げ等がある。また,設備投資の回復や財政支出の増大による需要の急増もインフレ率上昇に寄与した。高い上昇率を示した品目は,食料,飲料,たばこなどとなっている(第9-2表)。

第9-2表 メキシコの物価

消費者物価上昇率を四半期別の動きでみると,賃金の抑制,財政赤字の縮小により83年の4~6月期(前年同期比114.7%の上昇)から騰勢は鈍化し,85年4~6月期(同55.8%の上昇)まで続いた。しかし,ペソ管理レートの大幅切り下げ(米ドルに対し20%切り下げ,7月)及び公共料金引き上げ等に加え,9月の大震災の影響から,7~9月期以降再び上昇率は高まり85年12月は前年同月比63.7%の上昇と84年12月の同59.2%の上昇を上回った(85年平均上昇率57.7%)。

こうした年率60%に達するインフレに対処するため中央銀行は,市中の過剰流動性を吸収すべく85年10月28日の週から7週間連続の金利引き上げを行った。その結果,金利は1977年以降最も高い水準(12月6日には180~265日物69.0%)となった。

86年については,消費者物価の上昇を45~50%に抑えることを目標としているが,主食のパン等の価格引き上げや震災復興需要に伴う建設諸資材等の値上りも予想され,その達成は容易ではないとみられる。

(4) 貿易,国際収支

84年の貿易動向をみると,輸出は240.5億ドル(前年比7.8%増)となり83年(同5.1%増)に引き続き増加した。輸入は政府による輸入制限の緩和や民間産業の回復もあり112.5億ドル(前年比31.6%増)と83年(同40.8%減)に比べ大幅な拡大を示した。

輸出を地域別にみると,アメリカ(増加寄与率56.3%)及び日本向け(同20.4%)の増加が大きかった。品目別では,石油部門(含む天然ガス等)は166億ドル(前年比3.6%増)となったものの,輸出総額に占める割合は83年の71.8%から69.0%へと低下した。一方,工業製品は自動車部品や鋼管等の伸びもあって同19%増となった。農業品も同22.9%増と大幅な伸びを示した。

輸入では,財別にみると,消費財が前年比38.2%増,中間財が同36.5%増と著しい伸びを示した。一方,資本財は公的部門が同11.6%減となったため同17.1%の増加にとどまった。

以上の結果,貿易収支は,83年の137.6億ドルの黒字は下回ったものの,84年は128億ドルとなった(第9-3表)。経常収支は,82年は39.7億ドルで黒字幅は前年に比べ13.6億ドル減少した。この13.6億ドルの変化のうち利払い負担の増加による分は,8.9億ドルであった。資本収支は,83年の11.1億ドルの赤字から84年は15.8億ドルの赤字へと拡大した。84年の外貨準備高(金を含む)は,81億ドルとなった(第9-4表)。

第9-3表 メキシコの貿易額と外貨準備高

第9-4表 メキシコの国際収支

85年に入っての貿易をみると,輸出は1~10月で178.6億ドル(前年同期比11.9%減)となり,輸入は同111.6億ドル(同22.3%増)であった。この結果,貿易収支は67.1億ドルとなり84年同期に比べ40.2億ドル減少した。

輸出入の内訳をみると,輸出では,石油製品が前年同期比12.7%減,非石油製品が同10.2%減となっている。原油は109.3億ドルの同13.4%減であった。

なお,石油市況は軟調で,イスムス原油は85年中に3回(2月1.25ドル/バーレル,7月平均0.77ドル/バーレル,12月平均1.57ドル/バーレル各値下げ,但し11月に0.4ドル/バーレル値上げ),マヤ原油は4回(6月1.5ドル/バーレル,7月平均1.24ドル/バーレル,11月0.4ドル/バーレル,12月0.9ドルバーレル各値下げ)値下げされた。

輸入では,インフレ及び原材料不足に対処する必要から輸入自由化を図ったため資本財が1~10月前年同期比23.0%増,中間財が21.2%増,消費財が30.7%増と大きな伸びを示したが,公的部門は財政削減等の理由から同7.7%減となった。

また,外貨準備高(含む金)は85年末で84年末に比べ37億ドル減少し44億ドルになり,対外公的債務残高は,85年9月末で711.4億ドルになった。為替についてみると,中央銀行は85年3月に為替相場切り下げ率(注)を拡大した。しかし,ドル投機や5月末からは石油収入の減少もあり,ペソ切り下げ圧力が強まった。政府は,7月多重為替相場制度の一環として,自由・レート(一般旅行者の両替等に関するレート)を廃止し,スパー・フリー・レート(実勢レート)を創設した後,緊急経済措置(公共部門の追加削減,官公庁機構の縮小等)を発表した。管理レート(貿易決済等)は20%切り下げが行われ,当局が日々の需給によって決定する管理フローティング制度になった。

(注)

第9-5表 メキシコ為替相場の推移

(5) 財   政

財政面をみると,82年12月の緊急経済再建計画発表以降緊縮政策が採られでおり,財政赤字は縮小しつつある。財政赤字の対GDP比は,82年の17.6%から83年の8.9%,84年の7.2%,へと縮小した。なお,84年の対内外公的債務支払費は,予算の37.5%にも達している。

85年については,石油価格低下1による減収等に対するため,85年2月~7月にかけて公共投資等について約8,500億ペソの財政支出削減が行われた。しかし,財政赤字は1~9月で3兆ペソに達しており,財政赤字の対GDP比は再び上昇して85年全体では9.5%になる見通しである。

86年予算案(85年11月15日議会提出)をみると,歳出は前年比70.6%減の30.2兆ペソ(うち,震災復興費5,000億ペソ,内外債務返済額14.8兆ペソ)となっているが,経常支出(同43.1%増)については,実質でみれば抑制されている。一方,歳入は23.8兆ペソ(同67.6%増)となっており,財政赤字の対G DP比は86年4.9%としている。

なお,85年9月19日に起った大地震の被害は,60億ドルにのぼり,85年の外貨収入も7億ドル減少(うち,観光収入3億ドル減少,輸出1億ドル減少,緊急輸入3億ドル増加)するものと発表されている。

2. ブラジル:実質賃金引き上げ策による高成長

(1) 概  観

84年のブラジル経済は,アメリカを中心とした先進国の回復に伴う輸出の急増をてこに3年におよぶ停滞から脱した。

85年に入ると,3月に発足したサルネイ政権が従来の賃金抑制策を改め実質賃金引き上げ策を実施したこと等から,消費中心の高い経済成長を達成した。

しかし,インフレ率は83年から期を追って上昇率が高まり,85年も史上最高の上昇率となった。こうした中で政府は,86年は高インフレの原因である財政赤字縮小対策を進める一方,社会保障政策等にも力をいれることとしている。

(2) 生産動向

70年代は高成長を続けたが,81年に国際収支改善のため緊縮政策に転じたため,その後3年間景気は停滞を続けた。しかし,84年には実質GDP成長率が前年比4.5%増となり83年の同3.2%減から再び拡大へと転じた。特に財,サービス輸出の伸びは大きくは同22.8%増となり,この結果純輸出のGDP寄与率は62.4%にもなった。在庫投資および消費も83年の同2.2%減から84年には同3.5%増となった,(寄与率58.4%)。しかし,投資は84年同4.3%減(寄与率マイナス20.4%)と依然減少を続けており,80年水準を27.5%下回っている。

部門別には,鉱工業部門の成長が83年の前年比6.8%減から84年には同5.9%増となった(寄与率34%)。これは,輸出向けの資本財や中間財生産の増加によるところが大きい。84年の鉱工業生産は前年比6.7%増加しうち,鉱業は,石油生産が84年同39.8%増(日量47.5万バーレル,石油自給率42.2%)と増勢を続けたこともあり,同27.3%増となった。製造業は83年同6.3%減から84年同6.0%増となった。特に鉄鋼を中心とした金属や一般機械等の輸出関連品目,農業関連品目のトラクター類等の伸びが著しい。

農業部門も工業原料の需要の伸びと肥料投入量の増大から83年前年比2.2%増から84年同43%(84年穀物・油脂作物の生産量は5,100万トン,同11.4%増)と拡大した。また,商業部門も実質賃金や雇用が84年後半から回復に転じたことに伴って,83年同3.5%減から84年同3.0%増となった。

なお,1人あたりの実質GDPは81年以降3年連続の減少(累計で10.2%減)となっていたが,84年は前年比2.0%増となった。ただ,84年の1人あたり名目GDPは約1,670ドルであり水準では1977年とほぼ同じである(第9-6表)。

第9-6表 ブラジルの生産部門別経済成長率実質

85年に入ってからは,消費の盛り上がりから内需中心の拡大が続いている。

鉱工業生産は増産が続いており1~9月の前年同期比7.5%増の後10月にはま史上最高の水準に達した。バスガス研究所は85年には前年比8~8.5%増となると予測している。

石油生産は,1~10月で前年同期比20.2%増の平均月量55.7万バーレル(石油自給率64%)となった。

製造業生産は1~9月同7.3%増となった。財別にみると耐久消費財生産は,10月に自動車生産が月産11万台と過去最高に達した他,家電,製品等が極めて順調であったこともあり,1~10月では同14.1%増となった。資本財も同11.4%増と伸びている。また,こうした生産増もあり電力消費は1~8月同27.0%増となっている。なお7月の製造業平均稼動率は77%で前年同月を3ポント上回っている(第9-2図)。85年の農業生産は,著しく増加しており,特に穀物油脂作物生産量は前年比12.1%増の5,923万トンと史上最高を記録する見通しである。輸出作物の大豆は同17.6%増の1,830万トン,輸入代替作物の小麦も同86.9%増の370万トンと急増,アメリカ向け輸出好調からコーヒー,カカオ,オレンジ等の生産も順調である。しかし86年は,85年,後半の干ばつの影響でコーヒーが前年比半減の16百万袋(86年1月7日),大豆が約20%減の1,300トンと大幅な減少が予測されている。

第9-2図 ブラジルの鉱工業生産

一方,85年の消費は著しい回復を示している。実質小売売り上げ(サンパウロ都市圏)は1~10月同15.5%増となった。85年全体では,クリスマス商戦の好調もあり前年些17%増が見込まれている。財別には,自動車等耐久消費に加え,繊維製品など非耐久消費財も大きく伸びている。ちなみに国内自動車販売は84年の前年比6.゜9%減から85年1~10月には前年同期比11.0%増の累計62万台に達し,85年全体では前年比9.0%~9.8%増の74~74.5万台と80年の98万台に次ぐ高水準が予想されている。こうした消費好調は,雇用の改善に加え,民政移管後のサルネイ新政権の最低賃金の引き上げ(最低賃金は半年に一回行われている)による実質賃金の上昇(前回84年11月比で5月11.9%増,11月6.5%増によるところが大きい。しかし,一部地域で商品不足が起こるなど,消費がやや過熱気味な面もあり,政府は,10月30日(公布,同日発効)より耐久消費財割賦販売期間を最長24か月から12か月と短縮することとした。

こうした景気の拡大傾向を反映し,85年の実質GDP成長率は7.4%(当初5%)と推定されている。86年について,政府は投資を中心に同6%の成長に

(3) 物価動向

雇用情勢は,全国主要9大都市の平均完全失業率が84年,平均7.1%から85年9月には4.8%に低下,製造業雇用者数も85年1~8月前年同期比7.4%増となる等著しい改善をみせている。一方,この数年間賃金抑制策が採られたこともあり,実質貸金は低水準で推移していた(サンパウロ州工業連盟の調べによる実質賃金は,81年に比較して,83年は89%,84年は92%の水準)。しかし,85年に入って著しい改善を示し,1~9月には前年同期比24.8%増となった。

ブラジルの総合物価(第9-7表)は,84年12月には前年同比上昇率が223.7%(84年平均対前年上昇率220.6%)と83年12月の同211.0%(83年平均対前年上昇率154.5%)を上回り,史上最高となった。84年の輸出の好調及び慢性的な公共部門赤字等による流動性の増大が物価上昇の大きな理由であった。

第9-7表 ブラジルの物価,通貨供給量増加率

85年に入ると,3月に21年振りに民政移管により発足したサルネイ政権が,政府支出の10%削減や必需品の物価統制等を導入したこと等から,4月以降7月まで前月比物価上昇率は1桁台に抑えるられる。しかし,8月以降,①物価統制の緩和,②インフレを上回る最低賃金の引き上げがあり,しかも定期的に賃金のインフレ調整(例えば3か月毎)を行う企業が増加したこと,③消費需要の盛り上がり等から再び物価上昇率は騰勢を強めた。そのため,85年12月には同233.7%と再び史上最高となった。現状のままでは86年は年率400%台になるとの見方(ブラジル資本マーケット院)もあり,賃金物価凍結,通貨改革等の超緊縮策導入が必要との声もでている。なお,86年予算案では86年のインフレ率前年比160%増を前提としている。

財政収支の対GDP比をみると84年の6.5%の赤字から,85年には3.2%の赤字とみられている。なお政府は86年については0.5%の赤字に抑制したいとしている。但し,中央政府の他,地方13政府や公営企業等を含めた広義の財政赤字を公債及び通貨発行対GDP比でみると,83年21.1%,84年23.3%と拡大している。なお,税収は,対GDP比で74年には17%を占めていたが,景気後退やインフレによる税収機能の効率低下,脱税,租税優遇措置の拡大等のため84年には6.4%まで減少した。

(4) 貿易・国際収支

84年の輸出は当初目標(90億ドル)を大幅に上回る270.1億ドルで,前年比23.3%増と急増,経済成長の牽引力となった。これは,工業品がアメリカ等先進国の景気回復や輸出補助金等輸出促進策などから,また,農産品は農産品市況が比較的堅調であったことやフロリダの霜害によりオレンジジュース輸出が急増したこと等による。なおアメリカ向け総輸出額は前年比52%の77億ドルになり,全輸出額の増分に対する寄与率は51.5%になった。

一方,輸入は,石油(前年比16%減の68.7億ドル)や輸入代替資本財(同15%減の21.9億ドル)の減少もあり,84年は139.2億ドルの同9.8%減となった。なお84年9月には輸入規制が緩和されたが,これによる大幅な輸入増加はみられなかった(第9-8表)。

第9-8表 ブラジルの貿易額と外貨準備高

貿収易支は,輸出の急増により84年は83年の64.7億ドルから130.9億ドルヘと倍増,大幅黒字となった。貿易外収支(第9-9表)は利払いが金利上昇もあり前年比11.6%増の114.5億ドルに達したが,運賃収支等が減少したため83年並の132.2億ドルの赤字になった。経常収支は83年の68.4億ドルの赤字から84年には0.5億ドルの黒字へと大幅に改善した。84年の金・外貨準備は120億ドルを輸入(財・サービス)の40%を賄い得るまで拡大,83年末と比べ2.6倍となった。

85年は,輸出が農産品市況の低迷や保護主導の影響もあり前年比5.1%減の256.4億ドル,輸入は石油輸入の減少を主因に同5.2%減の131.9億ドルとなった。この結果貿易収支は124.5億ドルとなり,政府目標(120億ドル)を上回った。86年については,125億ドルの黒字が予測されている(第9-9表)。

対外債務総額は83年の936億ドルから84年には1,020億ドルになった。85年については前年比0.1%減の1,019億ドル,さらに86年には1,017億ドルに減少するものと予測されている。

〔1章3節本文を参照〕

第9-9表 ブラジルの国際収支

(5) 経済政策85年3月に民政移管により発足したサルネイ政権は,農業政策では農地改革の実施を打ち出し,労働政策では,賃金抑制策を改め,実質賃金の回復を図る等,所得格差等社会経済のひずみ是正に主眼をおいた政策を転開している。経済成長の確保とインフレの沈静化等を目指し,新共和国第一次国家計画(81~90年の計画期間平均成長率6%)の基本方針を発表した。これを基本路線として,86年度一括経済政策(12月5日国会通過)では,(1)①の高額所得者に対する累進税率引き上げ,低中所得者層への課税減免範囲の拡大を主旨とした増税策,②公共科金の適正化や公社の民営化等,③金利引き下げによる内国債利払い負担の軽減等によって財政赤字の縮小を図る一方,(II)社会保障の充実,(III)投資及び技術の振興を促すための減価償却期間の短縮,などがもりこまれ,歳出削減中心から歳入増加に重点をおき,富者から貧困者層への所得移転,行政改革に本格的に取り組む姿勢をみせている。

第10章 ソ連:第11次5か年計画未達成に終る。

1. 概  観

ソ連経済は,第11次5か年計画(1981-85年)を終え,「1986-90年及び2000年基本方向案」の長期計画の下に第12次計画(86-90年)へと移行した。

第11次計画(以下5か年計画を計画と略す。)は,第10次計画に引き続き未達成に終った。

近年の国民所得(注)の推移をみると,第9次計画期間中年平均成長率(実績)5.1%,第10次計画期間中同3.9%の後,第11次計画期間中は同2.9%にとどまった。このように国民所得の成長率は近年低下しており,また第11次計画期間中の年計画目標は5年連続の未達成に終わっている。

第II次計画(81-85年)中各年の国民所得の推移をみると,前年比伸び率は,3.3%,2.6%,3.1%,2.6%,3.1%で,5年間では15.6%の増大であった。82年,84年の2.6%という低い成長は,82年は工業生産の不振,84年は穀物生産が1.7億トンという不作により農業総生産が前年比マイナスの成長となったためであるこうした数次に渡る計画の未達成に対して過去においても経済改革が図られてきたが,いずれも失敗に終わっている。例えば,近年のアンドロポフ書記長の実施した労働規律の強化,綱紀の粛正といった労働管理面の強化は,83年の経済をやや回復させたかにみえたが,構造的な改革は手つかずであったため,84年,85年と成長は頭打ちの状態にある。しかし,85年3月に誕生したゴルバチョフ政権は,次代に向っての経済政策の転換を期待させている。

ゴルバチョフ書記長の経済改革は現在のところ従来の枠をでたものではなく,全般的には故アンドロポフ元書記長の路線上にあり,党の指導力強化を重視したものとなってはいる。しかし,党指導者及び地方幹部等の大幅な変更を通じた党の掌握後はゴルバチョフの目ざす経済改革へと向っていくものとみられている。例えば2000年までの基本方向案中にも商品価格の改善を挙げているように,より合理的な価格体系への移行がなされる計画である。

こうした内政面での変化と伴に外交面でも変化がみられる。東西間における最近の活発な対話の復活は,70年代のデタントの再現を目ざしたものともいえ,ソ連側にとっては軍事費負担の軽減と技術導入の必要性からである。西側との技術格差の縮少は,独自の技術開発のみでは困難であり,西側の技術提供が不可欠であるからである。

(注)

第10-1表 ソ連の主要経済指標動向

2. 生産動向

(1) 工  業

ソ連の工業は,近年の燃料,鉄鋼,食品等各部門の不振により,また技術革新の遅れにより成長率を鈍化させている。

工業総生産の成長率は,第9次計画期間中(71-75年)の年平均増加率7.4%,第10次計画期間中同4.4%の後,第11次計画期間中では同3.7%へと低下した。各計画中の労働生産性は,6.0%,3.2%,3.2%の上昇であった。一方,労働者数は,同1.5%,同1.6%,同0.7%の増加であった。このことから第10次計画中の成長率低下要因は労働生産性の上昇鈍化にあったといえ,更に第11次計画中では労働者数増加テンポの鈍化にあったといえる。近年労働者数の増加テンポは鈍化していることから,労働生産性上昇策が強く打ちだされたが,第11次計画中では第10次計画の上昇率一持したに過ぎとかった。こうした背景には,技術革新の遅れや投資の伸びの低下が指摘できよう。工業部門に対する投資額の第9次計画以降の推移をみると,第9次計画期間中年平均増加率は,7.7%,第10次計画同5.0%,第11次計画(81-84年平均)同約3.4%へと低下している。こうした投資の伸び悩みがソ連工業の成長低下要因のつとなっている。

第10-2表 ソ連の工業部門別および主要工業品生産動向

第11次計画の工業における大きな変化は,生産財から消費財優先の生産への転換があげられる。第10次計画までは生産財優先の姿勢が採られていた(生産財年平均増加率4.7%増,消費財同3.9%増)。しかし,第11次計画期間中では,生産財同3.6%増,消費財同3.9%増と修正されている。これは,実質賃金の着実な上昇(対70年比84年59%増(住民1人当たり))が,国民の消費財への要求を高めてきた結果であり,過去において,生産財と消費財の生産割合が75:25とあまりに生産財を優遇してきた反省でもある。

最近の工業の動きをみると,84年下期から低下してきた工業総生産は,85年初の寒波等により大幅に減速した。春以降回復には転じたものの,上期は,前年同期比3.1%増にとどまった。しかし,下期に入ると回復速度は加速され,同4.6%増となった。この結果85年計画(前年比3.9%増)は達成された。

各部門別の生産動向をみると,燃料採取部門では,原油生産は84年来不振を続け前年比3.0%減,一方天然ガスは好調な伸びを続けており同9%増,石炭は84年のマイナスから立ち直りをみせ同2%増となった。ハイテク関連では,産業用ロボット(同7%増),NC工作機械(同36%増)などは大幅な伸びを示しており,技術革新に力を注いでいるソ連の政策を裏付けている。また,消費財関連では,洗濯機(同11%増),カラーテレビ(同12%増)などは堅調な伸びを示している。これに対して,ラジオ(同7%減),乗用車(同0.4%増)などは低迷している。

このように,85年の工業は,85年後半からの回復基調もあって,86計画に向っては比較的好材料を提供しているといえよう。

(2) 農  業

ソ連の農業は,近年の農業部門への多大な投資にもかかわらずその成長速度を低下させている。農業総生産の推移をみると,第8次計画(1966-70年)以降の5か年計画年平均増加率は,第8次計画3.9%,第9次計画2.5%,第10次計画1.7%と低下を示し,第11次計画(1981-85年)では1.1%と更に低下している(第10-1表参照)。

第10-3表 ソ連の主要農産品生産動向

こうした長期に渡る低迷の要因としては,不安定な穀物生産が第一にあげられる。穀物生産は,81年以降未発表であるが米農務省の推定によると,78年の2.37億トンをピークに79年以降7年連続の不作となった(85年1.9億トン,計画2.39億トン)。このため5か年計画年平均生産高は,第10次計画までは堅調な伸びであったが,第11次計画では大幅な後退を示した(第10-1図)。また,他の耕作物についても第11次計画中は低迷している。

第10-1図 農業総生産と穀物生産の推移

穀物生産等の不振の要因としては,耕作地の環境が極限にあり,天候不順,異常気象等に極めて弱いといった点があげられる。こうした点を改善するため,近年農業に対する投資は急増している。第8次計画以降の農業コンプレクス(農業及び同関連産業)に対する投資の推移をみると,第8次計画で総投資の23.2%を占め,第10次計画中では27%へとウェイトを増大させており,第11次計画(81-84年平均)中も26.5%を占めている。こうした投資増にもかかわらず農業生産は低迷しているが,これは第10次計画中に開始された非黒土地帯(ロシア共和国の黒土地滞北部地域)の開発等に投下された投資が失敗に終わったことも大きく影響している。

一方,畜産生産は耕作物生産とは対照的に堅調な伸びを示している。畜産生産は,80年前半に穀物生産の不振から一時低滞したが,飼料用穀物の輸入により回復を示し,例えば食肉生産は84年には史上最高の16.7百万トンへと増大し,85年も堅調な増大が見込まれ,1-11月前年同期比2.0%増となっている。また,卵同3.0%増,ミルク同1.0%増であった。このように堅調な生産を示してきた畜産部門であるが,輸入穀物にささえられた成長であるといった面は否定できず,また現在は消費水準が充分でないことも問題点といえる。82年5月に採択された「1990年までの期間のソ連の食糧計画」の目標とする水準は相当高く(食肉では,2,000~2,050万トン,84年比22.3%増)その達成は困難視されている。

(3) 運  輸

経済計画達成のボトルネックとなっていた流通面は,第10次計画期間中の総貨物取扱い高の年平均伸び率4.3%に比べ第11次計画期間中では同2.9%と鈍化した。

このうち高い伸びを示した部門は,ガスパイプライン輸送で第10次計画の年平均16.3%に引き続き13.7%(81-84年)と高い伸びを続けている。一方,航空輸送,自動車輸送は低い伸びにとどまった。

また,全体の約5割近くを占める鉄道輸送は,第10次計画の年平均増加率1.2%から同1.4%(81-84年)へとやや改善がみえるが,これは第2シベリア鉄道(バイカルーアムール鉄道)の完成(一部は依然営業されていない)によるところが大きい。

3. 外国貿易

84年の貿易をみると,輸出(金額ベース,以下同じ)は前年比9.6%増,輸入は同9.6%増といずれも83年に比べ増勢が高まった(第10-4表)。しかし85年に入ると年初の,寒波の影響等から原油生産の減少及び流通面での問題が発生し,そのため石油輸出が大幅に減少した。その結果,貿易総額(輸出額+輸入額)は前年比1%の増加にとどまった。85年1-9月実績で,輸出は前年同期比3.6%減,輸入7.7%増であった。

第10-4表 ソ連の地域・国別貿易動向

これを地域別にみると,社会主義向け貿易は,85年1-9月の前年同期比7.5%増と堅調に推移している。一方,先進工業諸国向けでは,同6.7%減と不振であり,なかでも輸出は同15.2%減と大幅な減少を示した。このため対先進工業諸国の貿易収支は,84年同期の17.4億ルーブルの黒字から10.6億ルーブルの赤字(約12.8億ドル)へと転換している。また,対発展途上国の貿易でも同5.6%の減少となった。

なお,各地域別の貿易構成(第10-2図)の変化をみると,社会主義諸国のウェイトが高まっており,なかでもコメコン諸国のウェイトは84年1-9月に比べ2.5%上昇し,55.4%へと高まっている。

貿易における輸出入品の特徴をみると, 第10-5表 のとおり,輸出品目では燃料関連で5割強を占め,なかでも原油,石油製品が4割強を占めている。特に対先進工業諸国向け輸出では,こうしたエネルギー関連は8割弱を占めている。一方,輸入品目では,機械,設備及び輸送手段で4割弱,食糧で2割弱を占めている点が特徴としてあげられる。

第10-2図 対外貿易に占める各地域のウェイトの変化

第10-5表 ソ連の輸出入品のウェイト

4. 1986年経済計画

第12次5か年計画の1年目に当たる86年計画は,経済効率の改善を図るとともに,「2000年までの基本方向案」の下に着実な盛長をめざしたものとなっている(第10-1表参照)。

国民所得は前年比3.8%増と85年計画(同3.5%増)をやや上回る成長を計画している。工業総生産は,同4.3%増,農業総生産は同4.4%増を見込んでいる。工業総生産については,83,84年が4%台の伸びを示し,85年についても年前半の3.1%から年後半には4.6%増へと加速されていることから達成の可能性は高いといえよう。なお,工業総生産の内訳をみると,第11次計画来の消費財重視の方針が採られており,消費財同4.9%増,生産財同4.1%増となっている。

投資は,前年までの低目の計画に対して高い伸びを計画し,総投資額で1,859億ルーブル(前年比7.6%増),うち国家投資では1,640億ルーブル(同8.2%増)となっている。このうちNC工作機械,産業用ロボット等のハイテク関連産業については,技術革新の必要もあり大幅な投資増(40~50%)を計画している。

対外経済面では,貿易は前年比4.9%増を見込んでいる。また,コメコン諸国との科学技術を中心とした協力を進展させるとともに,先進工業諸国との通商経済関係を維持していこうとしている。

このように86年計画は,85年計画に比べやや高い伸びを設定してはいるが,各部門ともバランスのとれた計画となっており,基本投資を増大するなど将来の成長の土台作りを目ざしたものとなっている。

86年経済計画の資金計画を為す86年国家予算は,歳入4,144億ルーブル(前年比5.8%増),歳出4,142億ルーブル(同5.9%増)と84年に比べ低い伸びとなった(第10-6表)。歳入の内訳をみると,利潤納付,取引税等の社会主義経済からの収入が92.2%を占めている。歳出面では,国民経済費,社会文化費が高い伸びを示す中で,防衛費は前年が11.8%と大幅な伸びであったのに比べ,前年並にすえ置かれた。ソ連経済は,農業部門では問題が山積されているが,工業部門では83年以降計画を達成するなど,基調的には改善傾向にあるといえ,経済に大きな影響を与える軍事支出の軽減は,今後の経済運営にとってプラスとなろう。

第10-6表 ソ連の国家予算

第11章 中国:経済改革と生産過熱

1. 概  観

中国では,78年に承認された「国民経済発展10か年計画(76~85年)の下で,非現実的とみえるほどの高目標を達成するため78年から大規模な投資が行われた。しかし,これにより経済各部門の不均衡が拡大したため,79年から当局は経済調整を始め,無理に成長を追求する経済運営をやめ,経済全般のバランスをとることをめざすようになった。81,82年には,経済調整が進み,財政赤字及び貿易赤字の黒字化,投資抑制が進行した。

82年9月には,2,000年の工農業総生産額を80年の4倍にするという長期的目標が示され,さらに同年12月には第6次5か年計画(1981年~85年)が決定された。82年末のこの時期から,中国は改革を推進し経済の効率化をめざす動きをとり始めるようになった。このため,生産は急増を続け,83年末には第6次5か年計画の85年目標のほとんどすべてが達成された。84年に入って生産増加は更に加速し,通年の工農業総生産額は初めて1兆元を超えた。

経済が比較的好調に推移する中で,84年から85年にかけていくつかの重要な改革が実施された。84年10月には,共産党中央委員会で経済体制改革に関する決定がなされた。これは,所有と経営を分離することによって企業の自主権を拡大し,市場メカニズムを大幅に取り入れようとするものであった。また,85年1月には,農産物の国家による統一買付け,統一販売制度が廃止された。さらに,6月から北京等の各都市で副食品の統一価格が撤廃され,需給に応じて価格が変動するようになった。賃金についても,7月から職能給を中心とした新制度が行政組織に勤務する公務員などで適用されるようになった。

しかし,84年後半にはこのような経済改革に行き過ぎが目立つようになった。投資・消費は急速に増加し,資本財生産の過熱,輸入の急増,物価上昇などをもたらした。また,改革が急速だったこともあって,一部に統制の緩和を利用した不正行為もみられるようになった。

このため,政府は改革を更に推し進める一方で,不正の防止と経済過熱の防止に努め,様々な対策を講じた。その結果,85年末には生産過熱は一応鎮静化したといわれている。

85年9月には第7次5か年計画(86~90年)の大綱が採択された。これによれば,第6次計画期間よりも成長速度を逐次引き下げて7%という妥当な成長速度を確保し,製品の質の向上と経済効率を一層重視することとされている。

2. 工・農業生産

84年の工農業総生産額は,第6次5か年計画の目標(4~5%)を大幅に上回り前年比15.0%増となった(第11-1表)。また,85年も同10%台の増加をみせたとみられている。

第11-1表 中国の主要経済指標

農業総生産額は,84年には食糧,経済作物(穀物以外に商品として現金収入になる作物。綿花,油耕作物,タバコ等)がともに豊作で,前年比17.1%増と大幅に増加した(第11-2表)。85年も,農業総生産額は,同10%増(実績見込み)と好調であるが,その内訳をみると,経済作物が綿花を除き総じて増産しているのに対し,食糧は同6.2%減と減産となった。この減産には,国による作付面積の計画的減少,自然災害のほか,食糧と工芸作物との価格が開き,一部の地方で農民の食糧作付の意欲が落ち経営が粗放になった面もあるとされている。

第11-2表 中国の農作物生産状況

鉱工業総生産額は,84年には1月の前年同月比8.0%増の後,各月とも同10%台の伸びを示し,年平均では前年比13.6%と大幅な伸びとなった。軽工業は同13.4%増,重工業は同13.8%増と経済調整期以前の重工業偏重に改善がみられた。85年に入ると,両部門とも毎月前年同月比20%台の成長を記録し,貿易収支の悪化,物価の高騰を招き,生産の過熱が問題となった。政府はこのような過熱を鎮静化するため,その原因となった投資及び消費の抑制策(通達,規制等)をとった。年後半にはその効果もあって増加率は低下を続け,85年平均では前年比17.7%増となった。部門別にみると,重工業1~11月前年同期比16.5%増,軽工業同20.3%増とバランスのとれた伸びとなった。重工業の中では,自動車が同42.4%増と大幅な伸びを示したほか,不足がちであるエネルギーについても原油生産同9.3%増,石炭生産同10.6%増と好調であった。軽工業では,テレビ(同66.4%増),洗濯機(同55.8%増)等需要の多い耐久消費財が大きな伸びを示した。

第11-3表 主要工業品の生産状況

3. 投資動向

84年の固定資産投資総額は前年比33.9%増加した。このうち国営企業の投資,集団(都市,農村)所有制企業の投資,個人による住宅建設投資の占める割合は,各々64.7%,13.0%,22.3%であった(83年69.5%,11.4%,19.1%)。84年の国営企業の基本建設投資総額は前年比25.1%増の743億元,うち国家予算内投資は404億元(同16.8%増),国家予算外(自己調達資金,国内融資)投資は339億元(同36.6%増)となった。国家予算投資のこのような急増は,①企業の自主権の拡大や税制の改革により,企業が銀行調達資金等を投資に用いることが容易にできるようになる一方,②各銀行が自主的に処理できる融資額の査定基準を84年の貸付実績とする旨の方針が発表されたことにより,銀行が積極的な貸付けを行ったことによるものであった。

85年に入って,基本建設投資は更に急速に増加し,1~7月前年同期比44.9%増となった。このような投資過熱は,エネルギー・原材料の需給ひっ迫,輸送力不足を招いた。また不効率な投資や重複投資も行われるようになった。このため,政府は,85年6月及び9月に国務院の省長会議を開き,固定資産投資規模の抑制問題について検討した。この間,国務院は,基本建設投資の総規模の抑制,銀行の計画外融資の停止等の内容の通達を出した。これらの効果もあって,同年8月から基本建設投資の伸びは徐々に低下する一方,国の169の重点プロジェクトの建設は加速したとみられている。しかし,固定資産投資規模を国家計画の範囲内に抑制するのはなお厳しく,更に効果的に抑制していく必要があるとされている。

4. 消費動向

84~85年には収入の増加に伴い消費支出も急速な増加をみせた。商品小売総額は,84年前年比18.5%増,85年同27.0%増となった。耐久消費財への需要がより大きく増加しており,85年上半期の前年同期比で,電気冷蔵庫販売台数4.5倍増,扇風機,テープレコーダー,家庭用洗濯機倍増,テレビ63%増となった。一方,衣料品小売額は32.5%増,食品32.4%増と耐久消費財の伸びに比べて低いものにとどまった。このような消費増をもたらした収入の急増は,85年から導入された賃金体系の改革によるところが大きいとみられている。また,84年末には,85年の賃金体系改革の際の査定基準を84年の支給実績とする方針が発表されたため,翌年度の支給実績をつくるため企業が駆け込みで奨励金や諸手当金を支給したこともあった。これらにより,都市労働者の平均年収は,84年前年比17.9%増,85年(見込み)同19%増と大幅に増加した。

しかし,これによる通貨の膨張は,84~85年に相次いで実施された価格体系の改革と相まって,物価を上昇させることとなった。政府は,カラーテレビ,冷蔵庫等の耐久消費財の緊急輸入及び販売によって通貨の吸収を図ったが,これは貿易収支を更に悪化させた。また,政府は消費支出の抑制のための通達等を行った。この結果,消費支出の抑制は一応果たされたとされている。しかし,85年1~11月の小売物価は前年同期比8.5%大幅上昇した。

5. 対外貿易・外資導入

84年の輸出(通関ベース・元建て)は,前年比32.4%増,輸入は同47.1%増,貿易収支は39.9億元の赤字であった(第11-4表,11-5表)。85年1~9月には,輸出前年同期比33.2%増,輸入同113.2%増と輸入が急増し,1~9月の貿易赤字は296.4億元と拡大した。品目別にみると,数年来の豊作を背景として穀物,綿花,油料作物等の輸入が減り,それら農産物の輸出が増えた。一方,基本建設投資の加速により,工業原材料及び工業製品の輸入の増加及び輸出め減少がみられた。相手国別にみると,日本,香港・マカオ,アメリ力等の国々に対する貿易の伸びが大きい。うち対日貿易は,出入総額の31.2%を占めている。対日貿易赤字は,1~9月で178.2億元という記録的水準に達した(前年同期差143億元増)。対日輸出の中心品目は,石油,石油製品及び繊維・衣料であり,輸入品目は鉄鋼,一般機械,輸送機械である。

外資導入については,85年には97億4,000万ドル外資利用のI決めや契約が新たに結ばれた。うち,借款の年間の新規取り決め額は35億3,600万ドルと前年比84.4%増となった。外国企業の直接投資契約額は58億5,000万ドルで同120.7%増,新規商品借款契約額は3億6,000万ドルと,同62.8%増となった。

85年に実際に使われた借款は,24億3,000万ドル(前年比89.3%増)で,,外国企業の直接投資は15億7,000万ドル(同25.2%増),商品借款は3億ドル(同88.3%増)に達した。中国の借款は,主に国民経済の弱体部門,特にエネルギー,鉄道,港湾など重点プロジェクトの建設に使われている。しかし,今後,中国では外貨資金不足現象はかなり長期化するとみられている。このため,政府は,第7次5か年計画期間中は限られた外貨を,輸出を伸ばし外貨獲得能力を高めることのできるものに,,また緊急に必要な技術や設備の導入及び人材養成に使うこととしている。

第11-4表 中国の貿易動向

第11-5表 品目別輸出入商品構成

6. 経済体制改革・第7次5か年計画

第6次5か年計画(81~85年)の最初の4年の実績では,社会総生産額は年平均実質成長率9.5%,工農業総生産額同9.6%,国民所得同9.2%と計画目標の各4%を大きく超過した。今年の実績見込みを加えると,これら指標は10%前後の伸びとなったとみられている。この間,社会勤労者1人当たりの国民所得は同6%前後の伸びを示した。

これらの伸びは,84~85年に特に著しい。これは,中国の経済改革が成果をあげつつあることにもよるとみられる。8伴10月20日に「経済体制改革に関する中共中央の決定」により都市部を中心とした経済体制改革の基本方針が決定された。85年には賃金・価格体系の改革等経済改革の諸施策が次々と打ち出された。

しかし,順調にみえる経済成長の中で,いくつかの問題点が指摘されている。すなわち,工業成長率が高過ぎ,固定資産投資規模が大き過ぎ,消費支出が大き過ぎ,通貨供給が多過ぎ,一方,国の外貨準備が減少したことである。

これらの問題の核心は,基本建設投資規模が大き過ぎることにあった。

第7次5か年計画の大綱(第7次国民経済・社会発展5か年計画策定に関する党中央の提案)は,このような事情を背景として,85年9月23日に,中国共産党全国代表会議において採択された。これによれば,計画期間中(86~90年)に,国民総生産年平均7%,工農業生産総額同7%の成長を達成することにより,90年には国民総生産を1兆1,000億元,工農業生産総額を1兆6,000億元(それぞれ80年の2倍以上の水準)とすることとしている。第7次計画期間中は,第6次計画中のような高過ぎ兆成長率を逐次引き下げて大綱にあるような妥当な成長速度を確保し,製品の質の向上と経済効率を一層重視することとしている。

なおこの大綱に基づき,国務院は第7次5か年計画の草案を策定し,86年35月末に開かれる第6期共産党全国人民代表大会第4回会議に上程し,その審議と承認を経て,これを公布・実施することとしている。

第12章 国際金融をめぐる諸問題

1. 概  観

84~85年の国際金融問題を概観すると,まず85年2月にかけての米ドルの継続的な上昇と,その後85年末にかけてのかなり急激な低下があげられる。この米ドル低下の一端は,ドル高是正へ向けての国際協調によって担われており,ここへ来て,変動相場制の機能改善を図る必要があるとの認識が急速に高まってきた。

一方,85年2月までのドル高は,アメリカの経常収支を大幅に悪化させる要因となり,このため先進国全体の経常収支は84年から赤字に転じた。反面,発展途上国の経常収支は84年に顕著に改善し,85年にはアメリカの景気拡大速度の鈍化や一次産品価格の低迷によって赤字がやや増大したものの,82年のピーク時に比べると,赤字幅は半分以下にとどまっている。こうした対外不均衡の改善に加えて,途上国の累積債務問題を短期的な緊縮政策ではなく,長期的かつ合理的な経済再建計画に基づいて解決する必要があるとの認識が国際機関や主要先進国の間に高まっており,債務国を取り巻く環境は一時に比べ,かなり好転していると考えられる。

2. 為替相場の動向

(米ドル実効相場と主要通貨の対米ドル相場)

80年後半以降の為替相場をめぐる最も大きな特徴は,幾つかの波動をみせながらも,米ドルが84年まで継続的に上昇してきたことであった。しかし,85年に入ると,米ドルは2月下旬にピークを打ったあと,かなり速い足取りで下落に転じた。特に,9月下旬にニューヨークで開催された5カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)では,当時の為替相場が各国のファンダメンタルズを正しく反映していないとの認識の下に,行き過ぎたドル高を国際協調によって是正する必要があるとの合意が得られたため,その後ドルの下げ足は著しく加速した。

米ドルの実効相場の推移を82年央から85年末まで追ってみると(第12-1図),85年2月までは,ほぼ一貫して上昇が続き,この間の上昇幅は25.3%ポイントに達した。しかし,その後85年12月にかけて,米ドルは20.3%ポイントも下落した。特にG5が開催された9月から10月にかけての下落幅は6.3%ポイントにも及んだ。

第12-1図 米ドル実効相場と主要通貨の対米ドル相場指数

これに対し,主要欧州通貨の対米ドル相場の推移をみると( 第12-1図 ),両者の関係は85年2月を挟んで,それ以前が欧州通貨の全面安,それ以後がドルの全面安と特徴づけられよう。

一方日本円は,84年3月頃まで上昇を続けた後85年2月にかけて下落するなど,米ドル実効相場が継続的に上昇した期間中も,他通貨に比しめだって減価することはなかった。85年2月以後,日本円は9月下旬のG5に向けて継続的に上昇したが,「その上昇幅は欧州通貨に比べると相対的に小さかった。例えば,ドイツ・マルクの対米ドル相場指数は85年2月から9月にかけて10.4%ポイントもの上昇を示しだが,日本円のそれは8.7%にとどまっていた。これらの特徴から,日本円は,米ドルの上昇局面においても,また下降局面においても,上下動の振幅が小さい,比較的安定した推移を示してきたといえよう。しかしながら,G5以後は,米ドルに対する上昇率が最も高いのが日本円であり,やや異なった傾向がみられる。

こうした対米ドル相場の展開から明らかなとおり,日本円と主要欧州通貨の間の為替相場は,おおまかにみて,82年央から85年2月までが比較的緩やかな円高,85年2月からG5までが緩やかな円安,G5以後がかなり急激な円高と特徴づけられよう。ちなみにドイツ・マルクとの比較でいえば,円の対マルク相場(東京市場対顧客中値)は,82年6月から85年2月までが30.8%(単月平均0.96%)の上昇,その後9月までが5.1%(単月平均0.73%)の下落,そして9月から12月までが3.4%(単月平均1.13%)の上昇であった。

(EMSをめぐる動き)

EMSは83年3月の調整以来84年末まで平穏裡に推移してきた(第12-2図)。85年に入っても,2月から3月にかけイタリア・リラが急落したものの,4月以降は下げ止まったため,当面通貨調整の時期は遠のいたかにみえた。しかし,7月19日に突如リラが米ドルに対し前日比16%も暴落した結果,リラはEMS他通貨に対するパリティを維持することが不可能となり,翌7月20日のEC通貨評議会において,リラの対EMS他通貨6%切下げ,他通貨の対リラ2%切上げ(実質リラの7.8%切下げ)が決定された。この調整はイタリア・リラに対してのみ行われたものであり,したがって,リラ以外のEMS通貨相互間のパリティは変更されなかった。リラの切下げは,炭化水素公社(ENI)の借入れ返済に端を発する大量のドル買い注文に直接の原因があったといわれるが,本質的には,イタリア経済に対する市場の根強い不信感に起因している,したがって,調整後のリラは概して好調に推移しているとはいえ,イタリア経済のパフォーマンスにめだった改善がみられない場合には,再びリラをめぐる通貨調整が行われることも考えられる。

第12-2図 EMS通貨のパリティ・グリッド内変化率

一方,これまでにも度々切下げ調整を繰り返してきたフランス・フランとベルギー・フランは,フランス,ベルギー両国が輸入インフレ警戒の観点から,自国通貨の防衛のために相対的に高い国内金利を維持してきたこともあり,比較的安定した推移を示している。しかし,西ドイツとの経済格差はむしろ拡大する傾向にあり,イタリア・リラと同様な意味で,フランス・フランとベルギー・フランの動向は注視する必要があろう。

(活発化する通貨制度の改革論議)

9月下旬のG5は,現実の為替相場が各国のファンダメンタルズを正しく反映していないとの共通認識の下に,先進5ヵ国が協調して,これを是正すべく行動した点で画期的なものであった。しかもG5に先立って6月下旬に東京で開催された10ヵ国蔵相・中央銀行総裁会議(G10)においても,変動相場制の機能改善を図っていく必要があるとの認識が得られるなど,85年になって,これまでの変動相場制に対する見直しの機運が急速に高まってきたことは注目されよう。

現在のところ,①固定相場制への復帰や主要通貨のフロート制の抜本的改革は非現実的である,②しかしながら,現行制度の機能を何らかの形で改善していく必要がある,との点で,各国間にはコンセンサスが出来あがりつつある。

その機能改善の方向については意見は様々であるが,基本的には,③相場の安定のために資本移動を規制すべきではない,④相場の安定には各国の経済パフォーマンスの調和が必要であり,⑤そのためにはインフレなき健全なフクロ経済政策の追求と国際的サ-ベイランスの強化が望まれる,⑥短期的な相場調整手段としては市場介入も有用である,といった共通認識に立脚している。

3. 経常収支の動向

(先進国の経常収支)

先進国の経常収支をみると,80年には第2次石油ショックの影響から大半の国が大幅の赤字を計上し,全体の赤字額も400億ドル近くに達していたが,翌81年にはカナダを例外として主要国のポジションが著しく改善した結果,全体では一挙に32億ドルの黒字に転じた。先進国の経常黒字はその後小幅ながら83年まで続き,第2次石油ショックの対外インパクトがほぼ吸収されたことを表わしている。ところが,84年から先進国の経常収支は再び大幅な赤字に陥り,85年には赤字幅はさらに拡大して500億ドルを超えた。

この原因はもっぱらアメリカの経常収支の急速な悪化に求められ,仮にアメリカを除けば,先進国の経常収支は84年,85年と着実に黒字幅を拡大している。アメリカの85年の赤字は実に1,230億ドルの巨額に上っており,しかも赤字額の対GNP比が84年の3.8%から85年に3.1%へと上昇していることに示されるとおり,相対的にみても赤字が大きくなっている。

アメリカと全く対照的に日本は,84年360億ドル,85年460億ドルと黒字幅を急速に拡大しており,黒字額のGNPに対する比率も84年の2.8%から85年の3.2%へと高まっている。一方,西欧諸国のなかでは,西ドイツとフランスが着実に収支ポジションを改善しており,とりわけ西ドイツの黒字幅の拡大は顕著である。しかし,反面イギリスとフランスのポジションは明らかに悪化しており,特にイタリアでは赤字の増加がめだっている。

第12-1表 世界の経常収支

(発展途上国の経常収支)

次に発展途上国の経常収支の動向をみると,途上国全体の赤字幅の大きさはピーク時の82年に比べ現在はその半分以下にまで縮小しているが,燃料輸出国と非燃料輸出国では置かれている状況に大きな差がある。燃料輸出国は80年には1,000億ドルを超す経常黒字を計上していたが,石油需要の減退とともに黒字は急減し,2年後の82年には逆に230億ドルに上る赤字を記録した。84,85年には赤字幅がかなり小さくなっているとはいえ,これは厳しい緊縮政策による輸入の大幅減を主因としている。例えば84年をみると,輸出は前年比2.5%の増加にとどまったが,輸入が同5.8%も減少したため,経常赤字は106億ドルの減少を示した。輸入は85年にも8.9%の大幅減となったものとみられるが,輸出も数量の減少と価格の低下の両面から同様に9.5%の大幅減を記録したと見込まれるため,赤字幅は若干拡大したものと推定される。石油需要が低迷しているかぎり,燃料輸出国は今後も経常収支の改善のために内需を抑制しなくてはならない状況が続こう。

一方,非燃料輸出国は81年から84年にかけ,着実にその経常赤字を縮小させてきた。しかも,石油輸出国の場合と異なり,84年には輸入を前年比4.3%増加させながら,これを大幅に上回る12.1%の輸出増を実現して収支ポジションを改善している。85年にはアメリカの景気拡大速度が鈍化したこともあって輸出が伸び悩んだため,赤字幅はやや拡大したものと推定されるが,非燃料輸出国全体としては,第2次石油ショック後の経済調整は一段落したとみられる。

しかし,非燃料輸出国のなかでも一次産品輸出国と工業製品輸出国と工業製品輸出国の間には際立った対照がみられる。すなわち,後者が輸出の拡大によって経常収支を顕著に改善し,84年には32億ドルの黒字を計上しているのに対し,前者は最近の一次産品市況の低迷により,85年には交易条件を前年比3%以上も悪化させたと推定されるため,程度の差こそあれ,燃料輸出国と同様に内需の抑制を余儀なくされている。

4. 発展途上国の経常赤字ファイナンスと累積債務問題の現状

発展途上国は,実質金利がマイナスであった70年代に,国際資本市場で活発な借入れを行い,旺盛が開発資金需要を賄なってきた。しかしながら,80年代に入ると,第2次石油ショックに起因する経常赤字の急増と,先進国の高金利政策への転換がもたらした既往債務の金利負担増,さらにはドル高による自国通貨ベースでの返済額の増大が重なったため,途上国は深刻な債務返済危機に直面した。

ここでの主要な問題は,途上国側の自助努力により,対外不均衡,すなわち当面の経常赤字を圧縮する一方,リスケジュールなどの救済措置により,途上国の既往債務負担を極力軽減することにあった。前者に関していえば,前述のとおり,厳しい緊縮政策の実施により途上国全体の経常赤字がかなり圧縮されたため,対外借入れ必要額もこわに伴なって確実に減少している。赤字ファイナンスの状況をみると(第12-2表),途上国の経常赤字の大半を占める一次産品輸出国は,石油ショック直後,対外借入れの約3分の2を民間金融機関に依存していた。しかし,経常赤字の縮小とともに民間からの借入れは急減し,最近では,民間借入れと公的借入れの関係は逆転して公的借入れに対する依存度の方が大きくなっている。民間借入れへの依存度が低下する傾向は,同様に工業製品輸出国についてもみられ,また,債務残高の上位8カ国(主要債務国)を選び出して集計すると,この傾向はますます顕著になる。民間からの借入れが絶対的にも相対的にも小さくなっているのは,債務返済危機に直面して先進国の金融機関が融資態度を硬化させたことにもよるが,途上国側の自発的な対応によるところも大きい。

第12-2表 発展途上国の経常赤字ファイナンス

こうして,借入れ額の減少と借入れ先のシフトの両面から,途上国の経常赤字ファイナンスの負担は小さくなっているものと考えられる。このことは対外準備の動きにも現われている。すなわち,石油ショック直後には,経常赤字額が膨大であったために途上国(こくでは一次産品輸出国と主要債務国)は対外準備の取崩しを余儀なくされたが,最近では,対外借入れ額に比して経常赤字額が小さくなっているため,対外借入れの一部は対外準備資産の純増に結びついているのである。

このように,対外不均衡是正をめざす途上国の自助努力は相応の成果をあげたが,一方,途上国の既往債務返済負担を軽減するための債務救済措置についても,84年にメキシコの既往債務に関して多年度一括リスケジュール(メキシコの項参照)の適用が決定されるなど新たな展開がみられた。85年から90年までに返済期限が到来する債務を対象として,その支払を98年まで繰り延べることを主内容とするこの多年度一括リスケジュールは,債務問題の根本的解決のために長期的な視点から途上国の経済再建をサポートしようとするものであり,債務国に厳しい緊縮政策を強いながら債務返済期限をその都度僅かずつ延長するという従来の一時的な対応に比較すると大きな前進である,債務問題を長期的な視点に立って解決しようとする姿勢は85年秋の世銀・IMF総会において表明されたベーカー構想においても明瞭にされており,債務問題解決へ向けての基本理念はここへ来て大きく変化しようとしている。

このように,経常赤字額の縮小と債務救済措置の拡充により,債務国を取り巻く環境は近年かなり改善したものとみられるが,前途は必ずしも楽観を許さない。というのは,一次産品輸出国や主要債務8カ国では,85年に一次産品価格の急落を主因として輸出が減少したため,債務返済額自体は大きく増加していない。にもかかわらず,デット・サービス・レシオ等返済負担を示す各種指標がかなり悪化しているからである(第12-3表)。この意味から,長期的には途上国による合理的な経済再建計画の実施と並んで,安定的な輸出収入を確保するための条件整備が望まれる。すなわち先進国の持続的成長と保護主義の抑制に加えて,一次産品輸出収入を安定化させる何らかのスキームの確立が要請されよう。

第12-3表 発展途上国の債務支出負担指標

第13章 国際商品市況:85年も低迷統く

国際商品市況の推移をロイター商品相場指数(SDR換算)でみると,市況は,83年1月を底に上昇に転じ8月に1138.2を付けるまで上昇した。この83年の上昇は,①穀物や綿花等については,アメリカのPIK計画(Payment In Kind:現物支給による新減反補償計画)等による減反実施に,熱波によるアメリカ主要産地の被害が重なり急騰したこと,②コプラ,羊毛,砂糖,ココア等が主要産出国の異常気象による生産減予想等により値上がりしたことが大きかった。また,③先進国景気の回復予想等から,銅(ロンドン金属取引所)は82年7月から83年5月まで上昇し亜鉛も自動車,住宅用等の需要増加や先進国での生産調整による需給の改善等から82年末より上昇を続けたことも83年中の上昇に寄与した。

しかし,83年9月以降,一進一退で推移した商品市況は,ドル安から84年2月にやや上げて1123.4に達したあと,84年春以降反落し,85年1月央まで続けた。

これは,①穀物,綿花は,アメリカの減反政策の緩和(PIK計画実施は小麦のみとなった)に加え,ドル高および市場実勢に比し高めに維持されたアメリカのローンレート(米国農産物最低価格)によって価格競争力の高まった他の輸出国(カナダ,オーストラリア,アルゼンチン,ブラジル,EC等)の増産,気象条件の改善による豊作(予想)から軟化低迷したこと,②砂糖,天然ゴム等の増産による下落,③銅,亜鉛がドル高,高金利による影響から84年春から低迷したこと(本文,1章3節の低滞色強める85年経済を参照)が主因であった。また,これらは,85年中も基本的には,支配的要因であった。

85年3月央以降,米ドル相場の下落等を反映して多くの商品相場が上昇,急騰をみせた。しかし,4月下旬より再び下落,低迷を続け,8月には925.9まで下げた。その後商品市況は,9月下旬に五ケ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)合意をうけた各国の協調介入等によるドル急落から上昇がみられたものの,①先進国の景気拡大のかげり,②世界穀物生産の記録的大豊作の見通し,③累積債務国の増産などによる非鉄金属の低迷,④OPEC諸国の石油価格引き下げ等インフレ収束が世界的に一段と進んでいること,といった市況情勢の悪化から,ごく一時的なものに終わった。

85年10月から年末にかけての商品市況は,①小麦,とうもろこし,大豆が,アメリカでの輸出奨励計画(Export Enhancement Progam)等による輸出好調及び農産物融資計画(Loan Progam)への穀物の繰り入れの増加等から農率等の手持在庫が減少しているとみられることもあって,値を戻していること,②ブラジルの干ばつ被害等からコーヒーが急騰していること等からやや戻している。なお,年平均でみると,83午前年比4.6%上昇,84年同2.7%下落,85年同8.3%下落し,ピークの80年水準に比らべ,85年は25.4%下落している。

第13-1図 国際商品市況の推移


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