昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


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第3章 新たな国際分業体制の構築

第4節 技術移転と分業体制

(技術移転の重要性の認識)

第2次大戦後の世界経済は,総じて安定的な成長を遂げてきたといってよい。

こうした背景には,GATT-IMF体制のもとで自由貿易の考え方がとられ,排他的なブロック経済化や為替切下げ競争がなかったことがあげられよう。

こうした安定的な世界経済の成長の中で,発展途上国も,植民地という地位から脱し,60年代には経済的自立を図ろうとするようになった。ケネディ大統領の国連での提唱(1961年)が契機となって国連開発の10年計画が採択され,UNCTAD(国連貿易開発会議)も設立されたが,背景にはこうした政治的独立から経済的独立への発展途上国の熱意もあった。

しかし,当時,貿易や経済協力についての様々な議論があったものの,発展途上国への技術移転の重要性は必ずしも認識されていなかった。UNCTADが,各国に対し技術移転に関する調査を行い,そのメリットとデメリットを考えようとしたのは60年代末になってからであった。しかも,当時は,例えば国連における多国籍企業に関する調査のように,巨大企業に対する性悪説的アプローチが強かった。資源開発に名を借りた収奪が行われているとされ,いわゆる資源ナショナリズムと結びつく議論でもあった。

しかし,発展途上国側に次第に技術移転の重要性が認識され始めた。発展途上国のレベルがそれだけ向上し,世界貿易への参加(アクセス)のためには技術移転や技術開発による製品の質的・量的向上を図らなければならないとする考えが広まったためでもある。発展途上国は技術移転を要求し始めた。そしてそれは同時に技術移転を含む巨大企業の行為を監視しながら,そうした企業の持つダイナミズムを利用しようとする動きにかわった。

こうした動きの一つがUNCTADにおける技術移転や制限的商慣行にかかる議論であった。80年末には,UNCTADの長い年月をかけた成果をもとに,国連は「制限的商慣行規制のための多国間の合意による一連の衡平な原則と規則」を採択した。現在も技術移転に関するコードがUNCTADで議論され,国連も多国籍企業の行動基準についての検討を続けている。こうした国際機関での動きの中でも,かつての様な巨大企業性悪説は極めて少なくなり,むしろ発展途上国における巨大企業の行動を投資受入国の開発に資すべきものにし,技術移転の一層の円滑化などを望むものとなりつつある。

(技術移転の定着)

技術移転には様々なレベルがある。アメリカの平和部隊や日本の海外青年協力隊などはいわば基本的レベルの技術移転を意図するものといってよく,この様な各国政府や国際機関等が行う技術援助も極めて重要である。技術援助は,技術を移転させるだけでなく,人材養成をも考慮するものになっているからである。これに対し,直接投資を通じたものやパテント等ノウハウの技術輸入は比較的高度な技術移転であり,主として民間対民間の型で展開される。こうした技術移転取引の根幹は,市場での取引きにあり,具体化された場合,民間投資に結びつき,生産と雇用面にも反映される,という点である。しかし,このためには,被移転国側に,対価が必要なこと,民間投資導入政策が前提であること,などへの認識がなければならないのであろう。

しかし,韓国などのように,技術輸入や直接投資等が比較的速く,効果的に輸出の増加に結びついたのは,例外的といえるかも知れない。たしかに,AS EAN諸国でも,先にみたようにアメリカのIC産業への投資が輸出増につながった場合は多い。しかし,そうした輸出は単品でのそれであった。韓国の場合,単品はもちろんであるが,テレビ受像機,乗用車等々と加工度の高い製品として輸出しているのである。新しい技術を受入れ,育てる肥沃な土壌が,周辺産業として育っていたからであり,あるいは同時平行的に育ったから韓国の場合は技術移転のコストを比較的すみやかに回収しつつあるといってよい。


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