昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第3章 新たな国際分業体制の構築

第2節 直接投資と国際分業の進展

1. 直接投資の長期的動向

先進国相互間にみられる工業品の水平貿易の進展や,最近20年間のNICsの工業化の進歩は,企業の国境を越えた活動によるところが少なくない。これを最も端的に示しているが,直接投資の動きである。

まず,世界全体としての直接投資額の推移をみると,1968年の81.89億SDRから1983年には282.75億SDRへ15年間で3.5倍に増加している。この間注目されるのは,1970年以来,世界の直接投資総額に占めるアメリカの比率が著しく低下する一方,日本や西ドイツ,イギリスの比率が高まっていることである(第3-2-1図)。例えば,アメリカのシェアは,1968~72年では6割近くに達していたものが,78~83年には3割弱に下がっている。この間に,日本のシェアは3%から9%に高まっている。

また,従来は,石油,非鉄金属など天然資源開発のための直接投資が多かったのに比べて,近年では製造業部門や商業,金融,保険部門での直接投資が急速に増える傾向を示している。

この傾向は,特に,発展途上国への直接投資の場合顕著であり,アメリカについてみると,75年から84年までの間に,発展途上国における直接投資残高の増加分のうち51%までが製造業に対する投資で占められている。

以下では,アメリカ,西ドイツ及び日本にみられる特徴的な動きをみよう。

(アメリカの直接投資先の変化)

国際収支ベースでみて,60年代末から70年代初頭にかけアメリカの対外直接投資は全世界の対外直接投資の60%に近いウェイトを占めていた(第3-2-1図)。しかし,82年には戦後始めてアメリカの対外直接投資がマイナスを示したこともあり,このウェイトは80年代に入ってから30%程度へ低下した。年平均対外直接投資額でみれば,76年から80年までの169億ドルから81年から84年には38億ドルと激減している。これには主としてオランダ領アンチルにある子会社を経由して,アメリカの親会社がユーロー・ダラー借入を急増させたこと(子会社からの資金借入れは,親会社によるマイナスの直接投資として計上される),アメリカの親会社が新たな外貨評価方式を採用したこと,などの技術的な理由もある。また,82年ごろの世界的不況や高金利,累積債務問題等の影響で,外貨管理規制を強化しはじめたメキシコやヴェネズエラなどからアメリカが投資を引き揚げたのも大きな理由である。

ウェイトの低下はみられるものの,アメリカは依然として世界最大の投資国である。アメリカの直接投資について注目すべき点の第1は,直接投資が先進国に集中していることである。75年の全直接投資残高は約1,332億ドルであった。このうち,先進国へは約68%の911億ドルが投資され,発展途上国へは26%しか投資されていなかった。しかも発展途上国への投資比率は,80年には25%,84年には23%と更に低下している(第3-2-1表)。

第2は,先進国への直接投資の中で,商業や金融・保険に対する投資のウェイトが,かなり高まっている点にある。一方,発展途上国への商業や金融・保険等のサービス関連への直接投資のウェイトはむしろ低下している。

第3は,発展途上国向け投資では,業種別では製造業のウェイトが上昇していること,また,地域別にはアジア地域向け直接投資のウェイトが上昇している点である。アメリカのアジア向け直接投資残高(84年末)は,162億ドルに達しており,全体に占める割合は,75年の4%から84年の7%へと高まっている。

逆に,中南米のウェイトは75年の17%から84年には12%へと低下している。

こうした動きの背景には,中南米向け投資とアジア向け投資の投資目的に大きな相違がみられることがある。中南米はアメリカに距離的に近く,製品輸出先としてこれまでも大きな意味を持っていた。中南米諸国が60年代から70年代にかけて,国内産業保護と輸入代替産業の育成を支柱とする開発戦略を採用したため,アメリカの巨大企業は市場確保のための直接投資を行うようになった。

一方,アジア,特に70年代後半から始まった東南アジアへの製造業投資は当初からアメリカへの輸出を目的として行われた。これは,東南アジア発展途上国が開発戦略を輸出指向的な性格に変えて行ったことと関連している。

(西ドイツの直接投資)

西ドイツの対外直接投資の最大の特色は先進国向けのウェイトがアメリカの場合以上に高く,しかも,それが76年の80%から83年の84%へと着実に上昇している点にある(第3-2-2表)。

これに対し,発展途上国向けのウェイトは76年の16%から83年の13%へと低下しており,先進国傾斜的な傾向が近年一層強まっているといえよう。

しかしながら,先進国向けのウェイトの増加はもっぱらアメリカ向け投資の急増に起因しており(80年から83年にかけ87.9%増),EC等アメリカ以外の先進国への投資増加率は29.3%と途上国向け(30.4%増)に比べても小さい。

第2の特色は,アメリカに比べ製造業への投資のウェイトが高いことであり,特に発展途上国の輸送機械および電気機器業への投資ウェイトが高いことである(第3-2-3表)。アメリカの場合,石油業に対する直接投資のウェイトは著しく高い。これに対し,西ドイツの場合には,製造業のウェイトは50%近くを占めており,アメリカに比し,著しく高い。

第3に,特に先進国向けを中心に商業・金融等のウェイトも高いことがあげられよう。

(日本の直接投資)

日本の直接投資の第1の特徴は,近年の急増である。例えば,国際収支ベースでみると,80年から83年までの4年間のフロー額は76年から79年のフロー額の85.7%増を示しており,これは先進国平均の6.3%増,並びに世界平均の8.6%増を大きく上回った。この結果両期間の世界フローに占める日本のシェアは7%から11%まで上昇した。

第2は,日本の投資が先進国と発展途上国にほぼ均等に分散していることである。例えば,投資届出累積ベースで51年度から71年度までみても,また,81年度から84年度をみても,先進国向けと途上国向けはほぼ50対50で等しい(第3-2-4表)。

第3は,資源関連投資ウェイトの急激な低下という点が指摘できる。51年度から71年度の場合は,鉱業を中心とする資源関連投資が,先進国向け10%,発展途上国向けが14%と高い比率となっていた。しかし,81年度から84年度にかけてはそれぞれ3%,10%と大きく低下している。

第4は,近年先進国向け製造業投資が著増を示している中で発展途上国向け製造業投資のウェイトは大きく低下していることである。先進国の製造業向け投資のウェイトは75年の27%から85年の42%と高まっているが,発展途上国への投資は同じ期間に73%から58%となっている。

第5の特徴は,運輸業,金融・保険業等への投資の著増である。これは,先にみたアメリカ,西ドイツなどの動きと同様な,サービス網の拡充という点にも関連があるが,日本の場合は,先進国,発展途上国のいずれに対しても,こうした投資を増加させていること,金融だけでなく商業などでの投資拡大がみられること,などに特色がある。

日本の投資はアメリカや西ドイツのように先進国に傾斜した姿は示していない。しかし,最近はアメリカの製造業を対象とする投資の増加のため,アジアへの総投資及び製造業への投資はいずれもウェイトを低下させている。しかし,それは繊維を中心とする業種への投資が目立って低下しているためであって,鉄・非鉄金属や化学への投資は激増し,一般機械,電気機械および輸送機械製造業への投資も着実な増加を示している。

2. 直接投資先国(地域)の特色

以上のように国別の最近の動きをみていくと,直接投資の相手国について,①対先進国ではアメリカ向け投資が著しく増加し,西ヨーロッパ向けのウェイトが減少していること,②国際収支ベースでみると発展途上国向け投資が増大していること,が明らかである。以下では,これらの特色について,更に詳しくみていくこととしよう。

(アメリカ向け投資の増大と西ヨーロッパ向けのウェイト低下)

最近の直接投資の動きの中で最も目立つのは全投資のうちアメリカへの直接投資のウェイトが著しく上昇していることである。60年代末ごろのウェイトは10%程度であったが,78年から83年の平均をとると実に32%へと急速な上昇がみられる(第3-2-2図)。同じ期間に,西ヨーロッパへの投資のウェイトは32%から21%と低下し,先進国への直接投資は明らかに西ヨーロッパ向けからアメリカ向けへと流れをかえている。

西ヨーロッパ諸国に対する直接投資の減とアメリカに対する投資の増という対照的な動きの第1の理由は,成長力の違いである。アメリカに進出して長い歴史を持つ西ヨーロッパ系の企業は少なくない。こうした企業はアメリカの成長力を背景に生産力を増強した。また親・子企業間の借入れは,短期資金であっても直接投資に分類されるため,既にアメリカに進出している企業がアメリ力の高金利を背景に西ヨーロッパ親会社からの借入れを増大させたこともアメリカに対する直接投資の増大の大きな原因となった。

第2の理由は,技術や市場情報の入手の必要性からである。アメリカの先端産業の技術レベルは高く,しかも商品や金融等の情報も豊富である。こうしたソフト面の情報を入手するためにも,アメリカへの進出が必要であった。

第3の理由は激化しつつある貿易摩擦に対応する直接投資の増大でありまた,アメリカ各州の強い外国企業誘致政策に応じた企業行動からくる直接投資の増大である。アメリカへの直接投資の中で,最近,日本のウェイトの急増がみられるのは,こうしたことのためである。こうしたアメリカに対する直接投資だけでなく,近年は日本とアメリカの間では,コンピュータを含むハイテク関連分野(第3-2-5表),またアメリカと西ヨーロッパの間では金融・商業分野において同一業種での対外直接投資の相互受入れもみられるようになっている。

一方,西ヨーロッパ向けの直接投資は,全直接投資に占める割合が73~77年に34%と一時高まった後,78~83年には21%へと低下している。60年代から70年代にはECの経済統合化の動きがあったため,アメリカを中心とする,ECに対する直接投資が増加したのである。

(途上国向け直接投資の増大)

最近の直接投資の動きのもう一つの特色は,国際収支ベースでみると途上国向け投資のシェアが増大していることである。これを業種別にみると,特に製造業の増加が大きい。これは先進国の巨大企業の投資行動が変化し,途上国に生産基地を建設する動きを示していることと,途上国側の開発戦略が変更されて,こうした生産基地の立地を容認するようになってきていることによるものと考えられる。

こうした動きは,直接投資と貿易の変化を通じて世界経済にも大きな影響をもたらす。

次節では,この動きを中心に検討していくこととする。