昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第4章 途上国の調整とその困難

第3節 アジアNICsとASEANの課題

前2節で述べたように累積債務国は世界的高金利や資本逃避などの内外両面での発展阻害要因に対し厳しい対応を迫られている。

こうした中でアジア諸国,特にNICs(新興工業国)は順調な発展を示しており,技術高度化への進展がみられている。しかし,貿易摩擦を始め様々な問題も起こっている。

1. 持続的成長と技術高度化

(対米,対日中心の輸出増と好循環)

中南米諸国,アフリカ諸国等途上国の経済が総じて停滞する中で,アジア諸国特にNICsは,力強い景気拡大を続けるアメリカ向けを中心とした工業品等の輸出増に支えられ高い成長をみせている(第1-5-1表)。

アジアNICsの経済は海外依存度が高いため(第4-2-1表),輸出増は鉱工業生産や設備投資の増如,高い生産性上昇率をもたらし,さらには競争力を強め,成長を高めるという好循環をもたらす。

一例として70年から83年までの韓国についてみてみると,その関係が明瞭にみてとれる(第4-3-1図)。

第4-3-1表 アジア主要国・地域の輸出入及び対米依存度%

73年に日本向け工業製品を中心とした輸出は前年の約2倍と大幅に増加した。この輸出の急増に支えられ同年の鉱工業生産も前年比33.6%増と急増した。一方,設備投資増加率は前年の2.2%から25.5%へと急増した。また労働生産性上昇率は前年の7.6%から8.4%に,翌年には10.2%となった。輸出の急増により生産,投資等が増加したため,同年の経済成長率は14.1%と大幅な伸びとなった。同様なことが76年および今回に輸出が急増した時にもいえる。

なお,高金利下で累積債務が大きな問題となっている中南米諸国と比較して,韓国が多額な累積債務を抱えながらあまり問題となっていないのも,この輸出の急増によるところも大きい。例えば,ブラジルと韓国を比べてみると,金利支払い額自体で前者(81年51億6,500万ドル,82年58億9,600万ドル(前年比14.2%増))が後者(81年16億2,800万ドル,82年18億8,700万ドル(同15.9%増))(以上世銀World Debt Table1983/84による)を大きく上回ってはいるものの,輸出額で,前者が81年の232億9,300万ドルから82年に201億7,500万ドル(前年比13.3%減),83年に218億9,900万ドル(同8.5%増)と低い伸びであるのに対し,後者は81年の212億5,400万ドルから82年に218億5,300万ドル(同2.8%増),83年に244億4,500万ドル(同11.9%増)(以上IMF“Internat ionaI FinanciaI Statistics”による)と水準でも,伸びでも前者を上回っている。そして上記数値により利子支払い対輸出比率を計算してみると,前者が81年の22.2%から82年には29.2%と大きく増加しているのにたいし,後者は7.7%から8.6%へと比較的増加幅は小さい。

また,NICsの急成長が日本等先進国などに好影響を与える面もある。

例えば,アジアNICsの主力輸出品である電子製品は部品の大部分を日本等から調達している。輸入の大宗が工業化のための素材や中間財などの生産財であることから,こうした分野では輸出が伸びれば輸入も増加し,相互補完的な成長が期待されている。

(高金利と低賃金国の輸出)

以上はアメリカ経済の再活性化とドル高に乗じたNICsの成功例であったが,途上国の伝統的な労働集約産業の輸出競争力を強化するもうーつのチャンネルがある。それはアメリカに発する高金利である。高金利は企業の資本コストを上昇させ,資本集約的な生産方法に比べ労働集約的な生産方法を相対的に有利にする。繊維産業を例にとると,第4-3-2表にみられるように,織物輸出においては,世界的高金利の顕著となった80年以降高賃金のEC諸国やアメリカのシェアが低下しているのに対し,低賃金のアジア諸国(日本を除く)のシェアはかなり上昇している。また,各国の繊維産業が製造業中に占めるシェアをみても,中国で急速に高まっているほか,タイでも上昇傾向にある。一方,アメリカ,西ドイツ,フランスではいずれも低不傾向にあるなど途上国の繊維産業の輸出競争力が強化されている。

(技術高度化の進展進むアジアNICs)

アジアNICs(新興工業国・地域)は繊維等の軽工業品を始め造船,鉄鋼等多くの産業で国際競争力をつけ先進諸国を追い上げている。このため先進諸国からは各種規制による保護主義を台頭させている。他方,他のASEA N諸国は追い上げを受けている。この様な状況下でアジアNICsは,国内(地域内)市場の狭隘さから輸出に大きく依存せざるを得ない経済体質や累積債務問題を引き起こさないためにも,高付加価値産業に活路を見い出す必要がある。こうした観点からNICsは,エレクトロニクス産業を中心とした先端技術産業の育成・強化に向け動き出している。

韓国では科学技術処が,研究開発支出の対GNP比を82年の1.09%から86年までに2%に引き上げ,年間3,000億ウォン(約3.8億ドル)の技術開発特別基金を創設する等を骨子とする第5次経済社会発展5ヵ年計画を明らかにしている。一方,民間でも既に現代,大宇,三星,ラッキー・金星の四大財閥系企業を中心に活動が開始されており,半導体や光ファイバー等の部品をすべて国産化すべく工場建設も多く予定されている。これらエレクトロニクスへの投資計画も1兆ウォンを超えたといわれている。なお,256K D R A Mや32ビット・マイコン等の開発計画もある。しかし,現在の韓国の技術水準は,半導体でみれば日米が量産体制にある64K D R A Mの開発が行われた段階であり,電子産業全体では日本に5~6年遅れていると企画院はみている。

台湾でも,台湾当局がコンピューター端末機を中心にエレクトロニクス産業を今後の戦略的産業とすべく開発に力を入れている。82~85年の科学技術発展案によれば,研究開発支出対GNP比を85年までに1.2%(81年は0.76%)にするとしている。また83年央以降,民間プロジェクトに奨励金を出したり,積極的に華僑や留守居残り技術者の帰台呼びかけを行うなど,人的資源の面での強化も図られている。台湾企業の多くは電子製品等の部品組立段階にあるが,84年からは主要数企業がIBMコンバーティブル機の生産も行う予定があるといわれている。

香港でも,アメリカ,中国向けにエレクトロニクス産業製品の輸出が顕著な伸びを示している。しかし97年(英国の香港に対する主権と統治権を中国に返還)問題による心理的影響等もあり,長期大型投資が行われてないという懸念材料がある。

一方,シンガポールは他のNICsと異なりソフトウェアに力を入れているといわれている。これは国内にユーザーとしての多国籍企業が多く,また周辺諸国も市場として潜在力をもっているためとされている。

2. 競合と追い上げ

(先進国との競合の可能性)

アジアNICsは工業製品を中心とした輸出をけん引力として高度成長を図っているため,アメリカを始め各地で貿易摩擦を生じさせ,同じく輸出依存度の高い日本とも競合関係が起こっている。現在日本に5年以上遅れているといわれる先端技術製品でもそう遠くない将来競合関係が起こることが予見される。

ここでは現在までアジアNICsと日本との間の競合関係を,アメリカの全輸入に占めるアジアNICsと日本のシェアの推移でみてみる(第4-3-3表)。

労働集約型の代表の衣類では,70年以前には競合関係があったと思われるが70年には既にアジアNICsが優位となっている。時計については競合に近い関係がみられる。

資本集約型産業のうち鉄鋼(インゴット)では80年までは明らかに日本の優位がみられたが,82年には大幅に日本のシェアが下がりアジアNICsと競合関係に入ったようにみえる。また,加工金属や事務用機器ではNC旋盤等高度技術が必要な部分があることもあり日本の優位がみられるが,アジアNICsのシェアの増加も大きく今後は競合関係になろう。一方,自動車は現在のところアメリカ市場では日本の絶対的優位がみられるが,今後韓国からの輸出が増加することが予想される。

(後発国のキャッチ・アップ)

アジアNICsの輸出志向工業化の成功は他のアジア諸国,とりわけASEAN諸国の開発戦略に大きな期待と影響を与えている。また,アジアNI Csの産業の高度化,輸出の重化学工業志向は,ASEAN諸国等の軽工業製品におけるキャッチ・アップを可能にしている。一方,近年のアジアNICsの賃金上昇が,外資導入・技術移転の担い手である外国企業をASEA N諸国等へ移動させ,キャッチ・アップを容易にさせている。

前掲の表でみると,後発国のアジアNICS等のキャッチ・アップは熱電子管・トランジスタ等で最も明確にみられる。75年にはアジアNICSの42.6%に比べ,ASEAN諸国は20.7%と約半分であった。しかし,80年にはアジアNICsの30.3%に比べ,37.0%と若干上回るまでシェアを拡大,さらに82年にはアジアNICSの27.5%に対し40.9%と逆に大きく格差をつけている。その他時計,衣類などが若干ながらシェアを拡大しており,キャッチ・アップの可能性をみせている。

3. 開発戦略の課題

(成熟産業の国際的補完)

上述したアジアNICsの発展は,一方では先進国の成熟産業などとの貿易摩擦を激化させることとなった。

先進国と途上国との対立は,既に繊維において多くの国で経験済みだが,最近では重化学工業の分野でも起きている。例えば,対欧州での造船,対アメリカでの鉄鋼である。韓国は83年に世界の新造船受注の約2割を占め,設備削減などで構造調整を行っている欧州諸国から,国際協調に十分留意した活動を行ってほしいとの要望が出されている。

他方,アメリカでは最近の韓国,ブラジル,メキシコなどからの鋼材輸入急増を背景とした鉄鋼摩擦問題が起こり,当該国に対し輸入の急増をコントロールするための個別交渉に入ることとなった。このような保護主義的動きは,発展途上国,先進国の双方にとって市場を閉ざすものであり問題がある。更にアメリカ市場を閉め出された韓国等の製品が東南アジア,中東等において新たな摩擦を生じることにより貿易の縮小均衡に至る懸念もある。

急速に追い上げるNICsに対し,先進国はしばしば自国産業保護・育成の立場から,秩序ある輸出を要求しているが,これがあまりに行きすぎると輸出依存度の高いアジアNICs等の経済を停滞させることもなりかねない。

こうした事態に対処するには,先進国側が積極的に産業調整を行い,途上国との間に国際的補完関係を成立させ,また,先進国と途上国は,互いに市場を開放して自由貿易を維持し,世界貿易を拡大させ,世界経済の持続的成長を図ることが必要であろう。

ちなみに現在の日本とNICs関係をみると第4-3-4表のとおりであり,人造プラスチック,原動機,金属加工等でも徐々に水平分業が進もうとしている。

(伝統部門強化のための先端技術の応用)

アジアNICsや農業部門の全産業に占める割合の大きいASEAN諸国が今後とも成長を持続させるためには,工業製品の高付加価値化を図るとともに,雇用吸収力の高い農業等労働集約的伝統部門の強化をも図る必要があろう。

この考えに基づいてASEAN諸国では例えばマレーシアが,原子力の研究を推進して,放射性同位元素を農作物の品種改良,医療などに活用しようとしているほか,タイやインドネシアなどでもバイオテクノロジーへの関心が強い。

これらの面で,各国は先進国の協力を得て産業技術開発を行ったり,先進国の訓練指導を得ている。例えば,アジア科学協力連合(ASCA)では主要食糧の高収量品種,食用たん白,新エネルギー等についての意見及び経験の交換が行われており,日本もこれに情報を提供するなどの協力をしている。こうした考え方はNICsやASEANのみならず,途上国全般に広く適用されるべきものであろう。

アメリカ経済の再活性化は,途上国経済にも大きな影響を与えている。しかし,その影響は国ごとに異なっている。安定的な財政金融政策の下で,着実な開放政策を採り続けた国が総じて成功したようである。すなわち,これらの国々は,高金利による資本コスト上昇の不利を克服して,ドル高とアメリカの力強い景気拡大に乗じて輸出を伸長させ,自ら先端技術産業発展の波に乗るべく努力を続けている。また日本としても,途上国経済の自律的経済発展過程への円滑な移行を促進させるために,経済協力を積極的に推進することが必要である。

アジアNICsは,国際的協力の中で,保護主義克服の途を求めつつある。累積債務国も,一応の小康を得た現在,安定的な金融財政運営の下での経済発展政策を探りつつあるようである。


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