昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第1章 1984年の世界経済

第3節 世界貿易の拡大と保護貿易主義的圧力

先進国を中心とする世界的な景気回復を反映して,世界貿易は増加傾向にあるが,保護貿易主義的な動きは依然衰えをみせていない。本節では,数量ベースでみた世界貿易の動向と,最近の貿易摩擦の事例を概観することとする。

1. 世界貿易の拡大

(83年に回復した世界貿易)

共産圏を除く世界貿易(輸出数量)は,前年比で81年,82年と2年連続して減少した後,アメリカを中心とする先進工業国の景気回復から,83年は同2.8%増と回復に転じた。

主要地域別にみると,先進工業国の輸入は,長期不況の影響により80年から3年連続減少したが,83年はアメリカ等の輸入増から前年比3.9%増となった。産油国の輸出は,原油,石油製品の輸出減から80年以降減少が続き,83年も6.5%減となった。輸入は大幅な増加が続いていたが,輸出の大幅減から国際収支が悪化し,開発計画の見直し等が行われている。このため83年の輸入は11.7%減となった。また,非産油発展途上国(以下「非産油途上国」と略す)の輸出は,NICs(新興工業国)を中心に近年増加が目立っており,82年も先進国,産油国が減少となる中で,前年比2.0%増加した。83年も1~9月の前年同期比で5.5%増となっている。一方輸入は,累積債務問題等から多くの国で輸入制限が実施されたこともあって,82年は7.0%減と大幅に減少した。83年1~9月は同3.9%減となっている(第1-3-1表)。

また,共産圏を含む世界貿易数量(ガット年次報告)は,82年に前年比2%減少した後,83年は同2%増加し,80~81年の水準に回復した。品目別にみると,農産物は83年に前年比1%増と,微増ながら増加が続いている。一方,鉱産品(燃料,非鉄金属を含む)は,原油輸出量の減少を主因として4年連続して減少した。工業製品は82年に1%%減少したが,83年は4%%増と大幅に増加した(第1-3-2表)。なお,世界貿易額(米ドル表示)は,ドル高によるドル建て輸出価格の低下により83年は2%減となり,3年連続して減少した。

(回復から拡大へ)

四半期別の世界貿易数量(共産圏を除く,輸出数量)をみると,多くの先進国の景気後退から,81年7~9月期以降前期比で7四半期連続して減少した。しかし,82年末にアメリカの景気が回復に転じ,先進諸国に景気回復が広がるにつれて輸出も増加し始め,83年4~6月期以降増加が続いている。

83年10~12月期の輸出数量は過去のピークを越え,世界貿易は回復から拡大に転じた。

先進工業国の輸出数量は,83年1~3月期以降前期比で増加が続いていたが,84年4~6月期はアメリカ,西ドイツ等で減少したため,同0.7%減とやや減少した。しかし,前年同期比では8.8%増と大幅な増加となっている。

非産油途上国の輸出数量は,前期比で83年4~6月期3.8%増,7~9月期2.4%増となった。その後もドルベースで大幅に伸びていることから,増加が続いているとみられる。

(輸出の伸びが高い太平洋を取り巻く地域)

日本,韓国,ASEAN諸国等の太平洋を取り巻く地域の輸出の増加が近年目立っている。各地域の輸出数量の伸びをみると,日本や,韓国等のアジアNICsでは,石油危機以前から世界平均を大きく上回る増加が続いていたが,最近も大幅な伸びとなっている。ASEAN4か国(タイ,フィリピン,インドネシア,マレーシア)の輸出増加率は,70年代に入って世界平均を上回るようになり,特に80年代は世界的に伸びが鈍化する中で,比較的高い伸びが続いている。また,オーストラリア,ニュージーランドでも,輸出の伸びは80年代に入って世界平均をやや上回っている(第1-3-3表)。

これら地域の83年の輸出増加率は特に高いが,これはアメリカ向け輸出の増加が大きく寄与しているとみられる。

2. 衰えをみせない保護貿易主義的圧力

世界経済は83年に回復に転じたが,依然として高水準にある失業率,構造不況産業の増大等を背景に,保護貿易主義的圧力は衰えをみせていない。

(先進国間の貿易収支動向)

貿易収支の黒字,赤字を2国間で論ずることは,必ずしも適切とはいえない。しかし,貿易収支赤字を背景に貿易摩擦が生じていることもあり,アメリカ・EC・日本の3地域間の貿易収支の動向をOECD統計でみてみよう。アメリカの対日赤字は,83年に214.3億ドルと史上最高を記録し,84年に入っても赤字幅が拡大している。また,アメリカの対EC黒字は縮小しつつあったが,83年はわずか0.3億ドルとなった。一方,ECの対日赤字は82年の107.8億ドルから,83年は120.7億ドルへと増加した(第1-3-1図)。

(日本・アメリカ間の最近の貿易摩擦)

アメリカ経済は82年末に回復に転じ,景気は拡大を続け,失業率も低下傾向にある。しかし,輸入の大幅な増加からアメリカの対日貿易収支赤字が拡大しており,アメリカ経済の動向が日米経済関係に与える影響には引き続き注意していく必要がある。

81年度から実施してきた乗用車の対米輸出については,83年11月に輸出自主規制終了直後の84年度においては,輸出の上限を185万台とする経過的措置が講じられた。

また,アメリカ政府は,84年9月に国内市場における輸入鉄鋼のシェアを抑制するために,対米輸出急増国等に対し自主規制を求めて交渉に入ることを決定し,日本とも協議を開始した。

このほか,繊維,工作機械等,輸入制限を求める動きは多岐にわたっている。

一方,アメリカ側に国際競争力のある分野について,日本の市場が閉鎖的であるとの観点から,基礎素材産業を中心とする種々の品目の輸入拡大,木材製品,紙製品,アルコール飲料等特定品目の関税引下げ,基準・認証制度の一層の改善等の要求を行ってきている。

農産物についても輸入拡大要求が高まっており,日本は84年4月,牛肉,オレンジ等の輸入制限の緩和措置等を講じることとした。

また,通信分野について,日本電信電話公社の資材調達に関する日米政府間取決めは,84年1月に3年間延長が決定され解決をみたが,新たにアメリ力製通信衛星購入の要望等が出されている。

さらに半導体等の輸出入双方に係わる先端技術製品については,日米先端技術産業作業部会において,両国間の諸問題について意見交換が続けられている。

(日本・EC間の最近の貿易摩擦)

EC諸国の経済は83年央から景気回復が続いているが,失業率が上昇傾向にあるなど雇用情勢は厳しく,保護貿易主義的圧力は依然強い。

EC委員会は84年4月に,市場開放を求めた対日要求リストを改訂した。

このリストには,製品輸入促進のための政策目標の採用,多数の品目の関税引下げ,基準・認証制度の一層の改善等広範な問題が含まれている。

個別品目について最近の貿易摩擦の事例をみると,83年11月に,ECはD AD(デジタル・オーディオ・ディスク)の関税引上げを決定し,輸入増加が見込まれる先端技術製品であるDADに対し予防的輸入制限措置を講じた。

また,EC委員会は84年3月に,日本製電子式重量測定器に対しダンピング暫定課税を実施し,ミネチュア・ベアリングについては7月に確定ダンピング関税を賦課した。そのほか,日本製電子タイプライター,掘削機等の個別品目についてダンピング調査が開始されている。

さらに,84年4月には,ECはデジタル式クォーツ時計の輸入に関し,フランスが緊急輸入制限(セーフガード)措置を採ることを承認した。

なお,83年11月,日本は特定品目の対EC輸出に関し,84年の輸出見通し等を表明した。特にVTRについては84年分の完成品の輸出は395万台を上回らない見通しであることを表明したが,EC市場の需要減に対応して,84年10月,当初見通しより相当程度減少する見通しであると表明した。

(アメリカ・EC間の最近の貿易摩擦)

先にみたように,長年続いていたアメリカの対EC貿易収支黒字が,83年にはほとんど無くなったこともあって,アメリカのECに対する姿勢は厳しさを増している。一方,ECも対抗措置をとるなど,アメリカ・EC間の貿易摩擦は深刻化している。

83年7月のアメリカの特殊鋼輸入規制に対して,ECは84年1月,化学製品等の関税引上げと輸入数量規制を内容とする対抗措置を発表した。

農産物については補助金付き輸出等でアメリカ・EC間で摩擦が続いているが,EC委員会は84年4月,アメリカからの飼料用穀物の輸入制限についてガットに対米交渉の開始を通告した。一方,アメリカ議会においては,ワイン貿易における相互主義を求め,かつブドウ栽培者にもダンピング提訴権を認めるなどを内容とした「ワイン衡平法案」が可決された。

また,東欧諸国向けの先端技術流出規制強化の動きについて,アメリカ・EC間で対立がある。

(先進国・発展途上国間の最近の貿易摩擦)

先進国・発展途上国間の貿易摩擦は,従来繊維製品を中心に多くみられた。アメリカの景気回復に伴う発展途上国からの対米輸出急増に対し,鉄鋼,繊維等で,アメリカの途上国に対する輸入制限の動きが最近目立っている。

第1-3-4表 最近の主な貿易摩擦等の事例

84年2月,アメリカ商務省は,ブラジル,メキシコ,アルゼンチンの対米 鉄鋼輸出は補助金付きの安値輸出であるとして相殺関税をかける仮決定を下し,3月には,韓国産鉄鋼製品に対しダンピングの判定を下した。さらに,アメリカは9月に発表した鉄鋼輸入規制により輸入数量割合を定め,これに基づきブラジル,韓国等と協議に入った。

また,アメリカは,主として中国,香港等の東アジア諸国からの対米繊維輸出増加への対策として,84年9月に輸入繊維製品の原産地証明の規制を強化した。

さらに,カラーテレビについても,アメリカは韓国及び台湾製カラーテレビに対しダンピングと認定し,アンチ・ダンピング関税を課している。

以上のように保護貿易主義的動きは衰えをみせていないが,最近は貿易摩擦がソフトウエアの権利保護制度問題等のサービス貿易の分野にも広がっている。

(保護貿易主義回避に向けての動き)

このような保護貿易主義的圧力のなかで,保護主義巻き返しの動きも続けられている。

最近の動きをみると,84年5月のOECD閣僚理事会では,東京ラウンド合意の86年分関税引下げを,必要な国内手続きの完了を条件に1年繰り上げて実施すること等が合意され,多角的貿易交渉の新ラウンドに関しては,自由貿易制度の強化及び貿易機会の増大にとって極めて重要との認識が示された。

84年9月の先進国及び発展途上国の貿易担当大臣による貿易問題閣僚会議では,新ラウンドの推進について,また,82年11月のガット閣僚会議で決定された作業計画については,セーフガード規定の見直し,紛争処理手続きの改善,発展途上国貿易の問題等を中心に討議が行われた。

また,ガットは84年9月に発表した「国際貿易の展望」において,すべての加盟国に最恵国待遇(MFN)を適用するガットの無差別原則の重要性を強調した。

日本は自由貿易体制の維持・強化に積極的に努力する立場から,83年10月の総合経済対策及び84年4月の対外経済対策において,関税率の引下げ,輸入制限の緩和,基準・認証制度の改善等による市場の一層の開放,輸入金融制度の整備等による積極的な輸入の促進を図ることとした。

また,新ラウンドは世界貿易の拡大を通じ世界経済の安定と発展に貢献し,新たな保護貿易主義的措置の導入を抑制するとの観点から,国際会議等の場において,新ラウンドの準備促進を呼びかけている。


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