昭和59年

年次世界経済報告

拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済

経済企画庁


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第1章 1984年の世界経済

第1節 景気の回復続く先進国経済

1983年に入って景気回復に転じた世界経済は,84年上期にはアメリカ経済の予想を上回る景気拡大に先導され,回復基調をたどっている。

最近の先進国経済をみると,まず,アメリカ経済は82年末以降の個人消費,住宅投資の増加,それに83年央以降の民間設備投資の増大も加わり,84年に入ると内需の全般的な拡大から実質GNPは予想を大幅に上回る拡大を続けた。カナダ経済も実質GNPが増加を続けるなど景気は緩やかに拡大を続けている。

西ヨーロッパ経済をみると,イギリスでは景気は回復基調にあるものの,労働争議の長期化の影響が生産や貿易面に現れているが,労使紛争が解決した西ドイツでは夏以降拡大軌道に戻っている。イタリアでも春以降生産や消費が増加するなど景気は回復しており,フランスでも企業の設備投資など一部に明るさがみえ始めている。EC経済は83年初以降景気回復を続けている(第1-1-1表及び第1-1-1図)。

1. 景気拡大を続ける北アメリカ経済

(84年央までのアメリカの力強い景気拡大)

アメリカの景気は82年末を底に回復に転じ,実質金利が高水準を続けたにもかかわらず84年央に至るまで力強い拡大を続けた。それに伴い雇用情勢も急速な改善をみせた。さらに,景気が回復に転じて2年近く経った現在に至るまで物価は安定している。一方,国際収支面では経常収支赤字がかつてない大きさに拡大している。

実質GNP成長率は回復1年間で6.3%と戦後の景気回復期の平均に近い伸びを示した後,84年に入り1~3月期前期比年率10.1%増,4~6月期同7.1%増と伸びを高め,景気の谷から1年半の成長率(年率7.1%)は朝鮮戦争時の景気拡大(1949年~53年)以来の高さを記録した。

この間の需要項目別の動きをみると,従来と同様,回復初期には個人消費,住宅投資,在庫投資が景気の回復に大きく寄与している。個人消費はインフレの鎮静化等を主因に減税の効果等もあって着実な増加をみせた。特に自動車等の耐久消費財の消費は,不況期に累積した未充足需要の顕在化もあって高い伸びを示した。住宅投資は79年から82年にかけての住宅投資の減少に伴い住宅在庫の調整が進んだこと,ベビー・ブーム世代が住宅取得年齢に達したこと等から82年末以降84年初に至るまで急速な増加を続けた。また,82年中削減が続いた在庫投資も83年に入り削減幅が縮小し,83年央には積み増しに転じた。

一方,従来の景気回復期と異なるのは,設備投資が景気回復の比較的早い時期から,しかも急速な拡大を示したことである。設備投資は景気回復1年間で14.2%と朝鮮戦争時以来の高い伸びを記録し,84年に入ってからも1~3月期前期比年率20.5%増,4~6月期同21.4%増と著しい増加を記録した。実質高金利下にもかかわらず設備投資がこのように著しい増加を示したのは稼働率の上昇以外に技術進歩等を背景に投資の期待収益率が上昇したことなどによるものとみられる。

第1-1-2表 アメリカの需要項目等の動向

このように国内需要が急速な増加をみせた反面,対外面からは成長率に対 してマイナスの影響が続いている。アメリカの経常収支は,ドル高,他国に比したアメリカの景気回復速度の速さ,累積債務問題に伴う対中南米輸出の減少等から82年に赤字に転じた後,急速に赤字幅を拡大し,84年上半期には年率880億ドル(対GNP比2.4%)とアメリカが過去に経験したことのない大幅なものとなっている。

力強い景気の拡大を反映して,82年に戦後最高を記録した失業率は急速に低下し,就業者数も増加するなど雇用情勢は改善をみせた。また,物価は,賃金の安定,労働生産性の上昇による労働コストの低下,ドル高,エネルギー価格の安定などから,現在に至るまで落ち着いた動きをみせている。

(経済政策の動向)

この間の経済政策の動向をみると,財政政策は結果的に景気支持的に,金融政策はおおむね景気に対して中立的に作用したとみられる。

財政政策面では,大幅な財政赤字を縮小するため,種々の財政赤字削減策が検討されたが,議会での審議には83年中,大きな進展がみられず,一方で81年租税法による所得税減税の第3段階として限界税率の10%引下げが83年7月に実施された(第1,第2段階の所得税減税は81年10月5%,82年7月10%)。これらの結果,83年度(82年10月~83年9月)の連邦政府財政収支は1,954億ドル(対GNP比6.1%)の大幅な赤字を記録した。84年に入り,85年度予算審議の過程で大統領と共和党は85~87年度の3年間で合計1,400億ドルの赤字削減(大統領は予算教書では1,000億ドルの赤字削減を提案)を行うことで合意し,議会でも10月1日,3年間で約1,490億ドルの赤字削減策(歳入増約500億ドル,歳出削減約990億ドル,85年度の赤字削減額は約240億ドル)を含む予算決議を行った。しかしこうした赤字削減策が実施されたとしても,85年以降もかなりの赤字が続くとみられている(第2-2-1表参照)。こうした中,84年度の財政収支は景気の回復等から前年度を下回ったものの,1,753億ドル(対GNP比4.9%)と依然大幅な赤字となった。

金融政策面では,連邦準備制度は82年央にインフレの鎮静化,景気後退の長期化,国際金融不安の発生等を背景に,それまでの厳格なマネーサプライ抑制策を従来に比べ緩和的なものに変更した。その後,83年に入って,景気回復が本格化するにつれ,連邦準備制度のスタンスは引締めの方向にやや修正されたとみられるが,物価の安定基調の継続等を背景に,インフレ抑制と景気拡大維持の双方をにらんだ中立的スタンスが採られ,最近ではやや緩和気味のスタンスとなっている。

(最近の景気動向)

84年央まで続いたアメリカの力強い景気拡大は,7~9月期に至り新たな局面を迎えた。7~9月期の実質GNP成長率は,個人消費,住宅投資の伸びの鈍化等から前期比年率で1.9%と4~6月期までの伸びを大きく下回るものとなった。

今後のアメリカの景気については,耐久消費財消費については,7~9月期よりは持ち直すものの,84年初までの高い伸びに比べ,その伸びはやや低下するとみられるが,技術進歩等に伴う期待収益率の上昇などを背景に設備投資は堅調に推移することが予想される。また,政策に関しては,85年度における財政赤字削減額が比較的小規模であること,85年1月には物価上昇に対応して個人所得税の税率表の調整(4.08%)が実施されること等から財政面からの景気抑制効果は限定されたものになるとみられ,金融政策に関しては,物価の安定基調の持続を背景に,強力な引き締め策が採られる可能性は小さいとみられる。アメリカ政府は85年の実質GNP成長率は4%程度となり,景気は堅調な拡大を続けると予想している。

(カナダは緩やかに景気拡大)

カナダ経済は,アメリカの景気回復に伴い,82年末に底を打った後,83年中急速に回復した。84年に入ると,1~3月期前期比年率2.8%増,4~6月期同3.0%増と成長率がやや鈍化し,景気は緩やかな拡大を続けている(第1-1-3表)。

84年に入って景気拡大テンポがやや鈍化したのは,アメリカの高金利の波及,製造業の中で素材産業の比重が高く,しかもそれらが不振であるということ等もあって設備投資が低迷していること,紙・パルプ等一部の産業のストによる生産の落ち込み等によるものである。

こうした中で,83年初から低下を続けていた失業率は,求職者数の増加により84年に入って上昇気味となり,10月現在11.3%と高水準である。

一方,物価上昇率は82年末来低下を続け,72年以来最も低い水準になっている。

経常収支をみると,対米輸出の増加から,82年に8年振りの黒字を記録した後,83年以降も小幅ながら黒字を続けている。

9月の総選挙により誕生したマルルーニー進歩保守党内閣の経済政策をみると,財政赤字の縮減,政府による規制等の見直し,投資・技術革新の促進,施策の推進にあたっての公平性の確保等が目標とされている。このうち財政赤字については,84年度実績見込346億加ドル(83年度318億加ドル,対GNP比8.1%)になるとしている。85年度(赤字削減策を行わない場合371億加ドル)については,22億加ドル圧縮し,349億加ドルとする考えを明らかにし,更に同年度中に政府支出全般にわたる節減等で42億加ドルの赤字削減を図るとしている。

2. 景気回復続く西ヨーロッパ経済

(回復基調を続けるイギリス経済)

イギリス経済は,84年に入ってからも引き続き回復基調にあるものの,3月央に始った炭鉱ストが長引き,実質GDP(生産ベース)は,82年2.0%増,83年2.9%増の後,84年上期には前期比年率0.7%増に鈍化した。ストがなければ,政府見通しの3%程度の成長となったと推計されている(第1-1-4表)。

現在の景気回復は81年5月以来,3年以上にわたって続いているが,実質GDPが後退前のピーク(79年4~6月期)の水準を回復したのは83年末であり,鉱工業生産はピーク時の水準を約5%(製造業では約12%)下回るなど回復テンポは極めて緩慢である。

83年中好調を続けた民間住宅投資は,84年に入って頭打ちとなり,個人消費も実質可処分所得の減少から伸びが小幅化した。在庫投資は,83年には一部に積増しがみられたが,84年上期には炭鉱ストの影響もあって大幅なマイナスとなった。一方,民間設備投資は,稼働率の上昇,企業利潤の増加などから83年10~12月期以降回復基調を強めている。輸出も83年末から84年にかけ対米輸出増を中心に回復を示した。

雇用者数は,製造業では依然減少を続けているものの,サービス業などの増加から全体では83年春以降小幅ながら増加している。しかし,失業者数は84年に入ってからも増加を続けており,9月の失業率は12.9%と記録的な高水準となっている。消費者物価上昇率は,83年秋以降やや高まりを示したものの,84年に入ってからも5%前後に落ち着いている。

経済政策は,引締め基調を維持している。財政面では84年度予算は景気中立型となっており,金融面では,インフレ抑制のためマネーサプライの伸びを引き続き抑制している。

政府は11月央発表の秋期見通しで,炭鉱ストにより84年の経済成長率を当初見通しの3%から2.5%に下方修正したものの,85年については,設備投資,輸出を中心に実質3.5%の伸びとなると予測している。

(スト後拡大軌道に戻った西ドイツ経済)

西ドイツでは83年初来景気は回復に転じ,83年の実質GNP成長率は1.3%と3年振りにプラスとなった。84年1~3月期の実質GNPは前回ピーク時の80年1~3月期の水準を上回り,いよいよ景気は拡大局面に入るかにみられた。しかし,労使紛争の影響から4~6月期の実質GNPは大幅減少となるなど,春先の景気は一時中だるみ状態となった。7月初の紛争解決後は景気は再び拡大軌道に戻っている。

景気回復当初は個人消費や固定投資などの内需がリード役となっていたが,83年後半からはアメリカやEC諸国向けを中心とした輸出が景気拡大の原動力となっている。また企業の設備投資も資本分配率の上昇などを背景に底固いものがある。

しかし,景気拡大にもかかわらず200万人台の高失業が続いており,雇用問題が引き続き最重要課題となっている。こうした中で西ドイツ最大の労働組合である金属労組は,労働時間短縮による雇用拡大を目指し,週35労働時間制の導入(現行40時間)を要求して,5月半ば同労組傘下の自動車産業部門においてストに突入した。50日間のストの後,①85年4月以降週38.5時間とする②84年7月以降3.3%,85年4月以降2%の賃上げを行うなどで妥結した。ストによる損害は経営者側の試算によると83年のGNPの1%とされている。

政府は年初に84年の実質GNP成長率を2.5%とみていたが,春先には3%の成長も可能だとされていた(5大経済研究所春季合同報告等)。しかし,10月末発表の5大経済研究所秋季合同報告では2.5%と下方修正され,年初見通しの線に戻っている。

第1-1-5表 西ドイツの需要項目等の動向

経済政策をみると,財政赤字の縮小が進む中で,85年度予算案も引き続き歳出の抑制が図られているが,86年と88年には所得税減税など(総額202億マルク,83年のGNPの約1%)が予定されている。金融面では,マルクの対米ドル・レートの下落と長期資本の流出が続く中で,6月末公定歩合が4%から4.5%へ引き上げられ,中央銀行通貨量も84年の目標圏4~6%の中程で維持されるなど,引締め気味の運営がなされた。

11月末発表の経済専門家委員会(五賢人)の予測によると,85年の実質G NP成長率は3%,消費者物価上昇率は2%,失業者数は年平均で前年比10万人強の減少となっている。

(一部に明るさ見え始めるフランス経済)

フランス経済は,82年央以降景気の停滞が続き回復は遅れているが,84年4~6月期に設備投資が回復し始め,7~9月期には貿易収支も黒字となるなど一部に明るさも見え始めている。83年の実質GDP成長率(前年価格ベース,産業分)は0.9%で政府見通しの0.1%を上回り,予想された程の景気後退には至らず,84年も1%をやや上回る程度の低成長が続いているものとみられる。

これは83年春以降輸出が順調に伸び,内需の停滞を補っていることによる。鉱工業生産は輸出に支えられる形で,設備財や中間財を中心に83年央以降底堅く推移している。一方,GDPの6~7割を占める個人消費は83年3月の緊縮政策強化により実質可処分所得が減少しているため,低迷が続いている。

フランスの緊縮政策の成果としては,対外収支の改善,物価上昇率の鈍化,さらに賃金上昇率抑制に伴う企業利潤の好転などが挙げられる。

しかし,求職者数は83年末から増加の一途をたどり,大量人員整理も相次いで計画されるなど雇用情勢は厳しさを増している。

政府は84年2月,鉄鋼,造船,石炭などの構造不況業種と技術的立ち遅れの目立つ自動車,電話の五部門を対象に,工業再編計画の実施方針を決定し,減産,設備廃棄,人員削減などの合理化を図ることとした。特に3月29日に閣議決定した鉄鋼合理化案をめぐり,ロレーヌ地方で大規模なデモが発生し,社共の亀裂も深まった。共産党は7月のファビウス新内閣発足に際しては入閣せず,その後与党陣営からも離脱した。新内閣は緊縮財政,社会的不公平の是正及び産業振興重視策を継続した85年度予算案(歳出の前年度当初予算比伸び率5.9%,84年度予算案では同6.3%)を策定し,財政赤字を対GDP比3%以内に圧縮することを目指している。なお,85年度予算案では国民の租税・社会保険料負担のGDP比率を1%軽減する減税措置も盛り込まれていた。しかし,新たな増収措置も予定されているため,1%軽減達成を困難視する向きも多い。

第1-1-6表 フランスの需要項目等の動向

政府の85年経済見通しでは,企業設備投資の増加,個人消費の持ち直し等から,実質成長率は2.0%と主要工業国の平均に近いテンポに復帰するものとみている。

(回復続くイタリア経済)

イタリアでは,3年半にわたった景気停滞が83年央に底を打ち,その後回復を続けている。実質GDPは84年1~3月期には前期比年率3.5%増,4~6月期同3.0%増と増加を続けている(第1-1-7表)。

これは,今回の景気回復をリードしてきた輸出が4~6月期に西ドイツでのストの影響で一時的に鈍化したものの,消費や設備投資が引き続き好調なためである。

鉱工業生産は回復を続けている。中でも事務機器,情報処理機器などの回復が著しい。

国内消費をみると,小売売上げは堅調な伸びを続けており,乗用車新規登録台数も83年中大幅に減少したこともあって84年に入り前年比では増加に転じている。

貿易収支は,景気回復に伴う輸入増から,上期に既に前年を大幅に上回る赤字を示している。

物価スライド抑制を含む所得政策の効果により,84年9月には生計費指数の上昇率が12年振りに一桁台となるなど,物価も安定してきている。

しかし,雇用情勢は厳しさを増している。

経済政策をみると,財政面では財政赤字削減を中心に引締め基調が堅持されている。一方,金融面では上期に,2度にわたり公定歩合が引き下げられる(2月17%→16%,5月16%→15.5%)など緩和の動きもみられたがその後国際収支悪化インフレ懸念から公定歩合が引き上げられた(9月15.5%→16.5%)。

84年9月発表の政府見通しでは,84年の実質GDP成長率は2.8%(年初見通し2.0%),85年は2.5%を超えると見込まれている。

3. 急速に回復するオーストラリア経済

オーストラリア経済は,83年央に景気が底を打ち,83年実質GDP成長率年率1.0%増の後,84年1~3月期前期比年率6.9%増,4~6月期同9.4%増と景気は拡大している。この要因としては,輸出の急速な増加,在庫投資の増加,賃金・物価の安定に加え,83年3月に政権についた労働党内閣の公共事業,失業・住宅対策を中心とする景気刺激的予算の効果が現れてきたことが挙げられる。特に,84年上半期に,民間固定資本形成及び非農業部門在庫投資の増加が著しく,回復がより幅広いものとなっていることを示している。

雇用情勢をみると,83年央に10.3%あった失業率は,84年7~9月期には8.8%と低下した。

第1-1-8表 オーストラリアの需要項目等の動向

金利は,長短金利とも83年央から低下傾向にある。マネー・サプライ(M3)は,若干引締め的目標(84年4~6月期前年同期比10~12%増)の圏内(11.4%)にある。なお,政府は金融自由化,国際化を進めており,84年7月から外銀参入について検討中である。

財政面をみると,84/85年度予算(84年7月~85年6月)も前年度予算に引き続き景気刺激型であるとみられる。

84/85年度の政府の実質GDP成長率見通しは4%増(前年度実績5.7%増)と比較的高めであり,予算の歳出規模は前年度比13.0%増となっているが,財政赤字は自然増収のため逆に減少する見通しとされている。