昭和57年

年次世界経済報告

回復への道を求める世界経済 

昭和57年12月24日

経済企画庁


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第4章 困難深まる発展途上国経済

第4節 途上国の工業化の経験と問題点

1. 経済発展と工業化

前節までにみてきたように,発展途上国の経済困難,とりわけ国際収支調整困難と債務累積問題の背景には工業化に附随する諸問題があった。しかし,同時に今後とも工業化を抜きにしては途上国の経済発展を図り難いこともまた事実であろう。過去20年間の1人当たり実質GNPの伸び率が先進国の平均を上回った25の途上国のうち10の石油輸出国を除けば,残りの殆ど(11ケ国)は中進工業国であったことに注目する必要がある。

また,①一次産品の対工業製品交易条件は長期的に不利化するとみられること,②農業と比べて工業の方が産業連関を通ずる外部経済効果が大きいこと,③農業部門の過剰労働力の工業部門への吸収を通じて両部門の整合的発展が図れることなどの立場からも経済開発における工業化の役割が強調されてきた。

そこで以下では,資源や国内市場に恵まれないにもかかわらず輸出指向工業化によって経済の急成長を遂げた韓国と,豊富な資源と国内市場を持ち,長期にわたる輸入代替工業化の後,工業製品輸出の振興が図られたブラジル,メキシコに例をとりながら,途上国工業化の経験と問題点をみていくこととする。

2. 輪入代替工業化の経験

(韓国の場合)

韓国では朝鮮戦争終結の1953年以降,工業化への歩みが始まったが,当初の方向は輸入消費財の国産化をめざす輸入代替工業化であった。このため政府は,輸入数量規制,差別的関税率等によって,代替すべき消費財の輸入を抑制するとともに,これらの国内生産に必要な原材料・中間財・資本財の輸入を優先させた。また,実勢に比して高い為替レートと低い金利を維持し,これを輸入代替産業に優先的に利用させた。

この結果,韓国では1953年から輸出指向工業化政策が本格化する65年までに,実質GDPで年率4.9%,製造業生産で同9.4%(57年から)の成長をみた(第4-4-1図参照)。また,主要工業製品の輸入依存度をみると,①60年の時点で既に非耐久消費財の多くが輸入代替を完了するとともに,②60年から63年の時期に耐久消費財や軽機械の輸入代替が進展したが,③これと対応して中間財や重機械の輸入依存度が著しい高まりをみせた(第4-4-1表)。

(ブラジル,メキシコの場合)

ブラジル,メキシコでは大恐慌期あるいは第2次大戦期の輸入途絶に対応して,消費財を中心とする輸入代替的な工業化が進みつつあったが,大戦後,国際収支の悪化を背景に,輸入許可制と関税障壁により輸入を規制するとともに,各種財政・金融的手段により輸入代替産業を優遇する輸入代替工業化政策がとられ始めた。

この結果,ブラジルでは1947年から工業製品輸出の振興策が本格的にとられ始める66年までに実質GDPで年率5.5%,製造業生産で同7.4%の成長をみ,メキシコでも48年から65年までに実質GDPで同6.6%,製造業生産で同7.8%(49年から)の成長をみた(第4-4-1図(前掲)参照)。また,両国とも消費財については50年頃までにほぼ輸入代替を完了するとともに,韓国と異なり中間財・資本財についても60年代までにかなりの程度の輸入代替の進展をみた。

(輪入代替工業化の限界)

しかし,韓国では1956年以降,年を追って製造業生産の増加率が低下し,貿易収支も一時改善をみせたものの,60年以降再び赤字幅が拡大した。ブラジル,メキシコでも韓国と比べて,①人口が多く,国内市場が広く,②ブラジルのコーヒー,鉄鉱石,メキシコの石油,綿花等の有力な輸出一次産品を持ち,前者が需要面から,後者が国際収支面から輸入代替工業化の限界を緩和したにもかかわらず,メキシコでは50年代後半以降,ブラジルでも60年代に入ると経済は停滞に向った( 第4-4-1図 (前掲)参照)。

こうした輸入代替工業化の限界は,①輸入代替が消費財から中間財,資本財へと向うにつれ技術的にも高度化し,②また,これにつれて規模の利益がより働くようになるため国内市場の狭い韓国等ではコスト的により不利になること,③強力な産業保護策の下で拡大した輸入代替産業は国際競争力を欠き,輸出による市場の確保が困難であったこと,④輸入代替の進展は外貨の節約ではなく,より多くの中間財,資本財の輸入を招いたこと,⑤特にブラジル,メキシコでは海外からの直接投資や借款の積極的な導入の結果,投資収益の大幅流出がみられたことなどによる。

また,輸入代替工業化のより基本的な問題としては,資本集約的傾向の強い輸入代替産業は急増する労働力人口を充分に吸収できず,大量の失業者・不完全就業者を生み出したことであった。

3. 輸出指向工業化の経験

(輪出指向工業化への転換)

このため韓国では1960年以降,とりわけ60年代半ば以降,工業化の方向を輸入代替から輸出指向へと政策的に転換していった。また,これより遅れてブラジル,メキシコでも60年代後半以降,工業製品輸出を振興する政策がとられていった。

これら諸国の主な輸出指向工業化政策を第4-4-2表に示すが,①輸入規制緩和,関税引下げ等の輸入代替産業に対する政策的保護の撤廃と,②税制,金融等の面での輸出産業に対する優遇策に大きく分けることができる。

第4-4-2図は韓国の為替レートの推移をみたものだが,実勢レート(購買力平価レート)に比べて大幅に過大評価されていたウォンの公定対ドル・レートは,1961年に至って大幅に切下げられ,以降は実勢あるいはそれをやや下回る水準で推移した。輸出抑制と輸入代替産業への投入財輸入の促進に寄与してきた為替レートは,他の輸出優遇政策ともあいまって以降はむしろ輸出促進的に機能した。

なお,ブラジルのクローリング・ペグ方式(為替レートの小刻み調整方式)の採用にも同様な効果がみられる。

また,1965年以前の韓国の金利は預金・貸出とも市場実勢金利(いわゆる私債金利等)を大幅に下回り,低金利ゆえ少ない資金供給を政策的保護下にある一部輸入代替産業が優先的に有利な条件で利用していたが,65年の金利現実化措置は預金・貸出金利を市場実勢に近づけることによって資金供給量を増大させるとともに,輸出関連の貸出条件を優遇し,信用面からの輸出促進を図った。

(韓国の輪出指向工業化)

韓国経済はとりわけ1966年以降大きく工業製品輸出に依存しながら成長し,65年から79年までに実質GDPで年率10.1%,製造業生産で同23.2%という高成長をみた(第4-4-1図(前掲)参照)。産業構造も農林水産業から製造業を含む第2次産業へ,輸出品構成も一次産品から工業製品へ急速にシフトした(第4-4-3図)。

こうした工業化の進展を主導したのが,一連の労働集約的工業製品の輸出であった。韓国の輸出額の上位10品目の推移をみると,衣類,繊維製品(糸,織物),繊維,はき物,雑製品(プラスチック製品等),木製品(合板等)あるいは電気機器(電子部品,テレビ,ラジオ等)の労働集約的工業製品が圧倒的多くを占めた(第4-4-3表)。

(韓国工業化進展の要因)

韓国の輸出指向工業化進展の要因としては,政府の強力な輸出指向工業化政策のもと,①増大する労働力人口を労働集約的な製造業部門に効率的に吸収し,労働力の質とコスト(賃金)における比較優位を生かし得たこと,②資本設備についても後発工業国の利を生かして最新技術による効率的なものを導入できたこと,③国民貯蓄が比較的低水準に推移するなか,投資に必要な資金を海外からの借款等によってまかない得たこと(第4-4-4図),④財閥的企業集団が工業化政策の利益を最大限に享受しつつ,また多国籍企業と結びつつ工業化を主導したことなどを指摘しうる。

ここで,労働力と資本の関係をみると,韓国の労働力人口は特に1960年代以降急速に増加したが,これを失業者・不完全就業者のかたちで滞留させることなく,都市部の製造業や建設業部門が効果的に吸収することができた。このため,製造業の資本・労働比率(労働者1人当たりの資本装備量)は,70年央までは低下もしくはほぼ横ばいで推移し,労働集約的な生産構造が選択されたことを示唆する(第4-4-5図)。

(韓国の重化学工業化)

労働集約的な軽工業品の輸出を挺子として進展してきた韓国の工業化は,同時に中間財,資本財の輸入代替も進展させてきたが,総輸入に占める素材・中間財・資本財の割合はそれほど減少せず,典型的な加工貿易の形をとっていた。例えば1970年時点で既に需要の4割近くを輸出によっていた繊維製品も,その素材である化学繊維は約5割を,中間財である化学繊維織物は約3割を依然輸入によっており,いわゆる後方産業連関効果による工業化の進展は未だ充分でなかった。

このため政府は既に第2次経済開発5ケ年計画(1967~71年)において,輸出産業等とともに,将来の経済の自立達成の基盤となる基礎産業の育成強化を掲げ,これに基づいて石油化学,機械,造船,電子,鉄鋼の各産業毎に金融・税制等多方面にわたる助成策を規定した重点産業育成法を制定した。

また,政府自らの手によって社会資本の整備を図るとともに,金融・税制等の面での優遇措置を認めた重化学工業基地が数多く建設された(浦項製鉄基地,昌原機械工業基地,蔚山石油化学工業基地等)。

この結果,韓国の資本ストックは金属・機械部門を始めとして大幅に増加し,製造業全体の資本・労働比率,資本・産出高比率及び労働生産性は,とりわけ78年前後から急速な上昇をみせた(第4-4-5図,前掲)。

また,重化学工業比率も70年代末にはほぼ5割を越え,化学繊維,鉄鋼等の部門における素材・中間材の輸入依存度が低下するとともに,輸出品目においても電気機器のほか,輸送機械(船舶等),鉄鋼,金属製品,ゴム製品(タイヤ等)の増加が著しい(第4-4-3表,前掲)。

さらに資金面でも海外からの借款等に代って国民貯蓄が投資をかなりの程度まかなうという自立的な過程がみられ始めた(第4-4-4図,前掲)。

(ブラジル,メキシコの工業製品輪出)

ブラジル,メキシコでも輸入代替工業化の限界から,60年代後半以降,工業製品輸出の振興策がとられ始めた(第4-4-2表,前掲)。

そしてブラジルでは1967年から73年の間に実質GDPで年率11.3%,製造業生産で同13.3%の成長を遂げ,メキシコでも同時期に実質GDPで同7.1%,製造業生産で同7.6%の成長を遂げた。その後は2度にわたる石油危機の影響もあって両国とも成長率が鈍化したが,なお,70年代中は比較的高い成長が続いた(第4-4-1図(前掲)参照)。また,輸出に占める工業製品の割合も,ブラジルではほぼ一貫して,メキシコでも75年以降石油輸出が急増するまではほぼ一貫して拡大し,工業製品輸出の構成も消費財から中間財・資本財へのシフトがみられた。しかし,これらの拡大のテンポは韓国に比べて遅く,また,GDPに占める輸出や製造業の割合の拡大を伴わなかった(第4-4-1図及び第4-4-3図(いずれも前掲)参照)。

(不充分な輪出指向への転換)

メキシコ,ブラジルの工業製品輸出増大の要因として,①強力な輸出優遇措置と,②ラテンアメリカ自由貿易連合(LAFTA,1960年設立,80年ラテンアメリカ統合連合(LAIA)に改組)の存在が特に指摘される。

両国の輸出指向工業化政策において,輸出優遇策は強力であり,例えばブラジルの工業製品輸出に対する税制上の優遇は輸出価格を国内価格の約半分にしても採算のとれるものとしたともいわれる。

また,両国の工業製品輸出は南北アメリカ向けが圧倒的に多く,韓国のように地域的広がりをもっていない(第4-4-6図)が,これは地理的関係によることはもとよりであるが,同時に,①LAFTAの域内特恵関税制度や,②産業補完協定を背景とした多国籍企業による域内分業化等によるところも大きい。

このため両国の工業製品輸出の増大は輸出指向工業化によるものではなく,輸入代替工業化が一国レベルから南北アメリカ地域レベルヘ拡大したに過ぎないとの見方もあり,韓国におけるような比較劣位の輸入代替工業製品から比較優位の輸出向工業製品への生産の大きな転換はみられなかったとされる。

4. 工業化の停滞と今後の課題

(工業化の停滞)

輸出の急増を背景に拡大を続けていた韓国経済は農業生産の不振や政治的混乱に加えて,第2次石油危機とその後の世界的景気停滞の影響を受けて,1979年以降停滞が続き,製造業生産と輸出も伸び悩んでいる(第4-4-1図(前掲)参照)。

国際収支とインフレの悪化に対応した厳しい引締め政策や世界的景気停滞の影響,とりわけ石油を含む一次産品価格の下落と需要減退の影響から,81年に入るとブラジルで景気後退が始まり,メキシコでも82年に入ると景気は急速に冷え込んでいる。製造業生産や輸出も両国とも伸び悩みもしくは減少を示している。

こうした工業化,工業製品輸出の停滞のかなりの部分は世界経済の停滞に伴う需要の減退に起因するとみられるが,今後の工業化,工業製品輸出の進展にとっては次の様な課題への取り組みも必要となろう。

(韓国工業化の課題)

1981年8月に発表された韓国の第5次経済社会発展5カ年計画(82~86年)は,引き続き機械を中心とする輸出指向的な工業化戦略をとり,このために,①市場メカニズム導入による金融の効率化,②国内貯蓄の増強,③輸入・外資導入の自由化,④エネルギーの節約,⑤中間財・資本財産業の強化等の政策を掲げ,その一部は既に実施に移されているが,韓国の工業化,工業製品輸出をめぐる環境は以前にも増して厳しいものとなっている。

既にみたように韓国の工業製品輸出の急増は,ひとつにはコストが安く質の高い過剰労働力を労働集約的工業製品の生産に効率的に吸収し比較優位を得たことによるが,低労働コストのメリットは76年以降すう勢としては弱まりつつあり,労働集約的工業製品については後発工業国の追い上げを受けざるを得ず,今後とも品質,デザイン等の面で一層の製品差別化を図る必要がある。

また,貿易や技術導入をめぐる保護主義の動きや一般特恵関税制度等の対途上国優遇措置からの「卒業」問題への対応も避けて通ることのできない課題である。

(ブラジル,メキシコ工業化の課題)

ブラジル,メキシコの工業化についても,韓国と同様,後発工業国の追い上げ,保護主義,「卒業」問題等の課題もあるが,より重要なのは過剰労働力と債務累積の問題である。

過剰労働力問題はそれが輸出指向的な工業化政策をとらせた一因であったにもかかわらず,労働力人口の急増もあって殆ど改善はみられず,特にメキシコでは経済成長が加速しない限り,その改善は望めない情勢にある。このためメキシコでは比較的労働集約的な食品工業,機械工業あるいは中小企業の育成を図っているが,めぼしい成果はあがっていない。

一方,両国の債務累積の現状とその原因については既に第2節でみたが,工業化との関連では,①輸入代替工業化の延長線上での工業製品輸出の増加は真の輸出競争力,外貨獲得能力を欠くと同時に原材料・中間財・資本財の輸入を増大させ,国際収支の改善に必ずしも寄与しなかったこと.,②重化学工業化の進展を図るべく積極的な投資が企図され,とりわけメキシコではそれが石油収入の増大を見込んだ意欲的なものとなり,このための資金を大きく外資に依存したこと,③機械等の資本財生産の分野では多国籍企業の比重が高く,投資収益の流出や海外での資金調達が大きかったことなどの問題がある。

債務累積問題に対処してブラジルでは輸入抑制等の調整政策がとられ,メキシコでも82年夏の対外債務返済繰り延べ要請を機に調整政策が求められているが,その根本的解決のためには外貨獲得能力の向上を図らねばならず,輸出保護策ではなく比較優位に立脚した工業製品輸出の増大がその鍵を握るとみられる。