昭和57年

年次世界経済報告

回復への道を求める世界経済 

昭和57年12月24日

経済企画庁


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第3章 深刻化する欧米の失業問題

第5節 雇用情勢改善のための政策

以上みてきたように昨今の雇用情勢は,国によっては,戦後最悪となるなど厳しい状況が続いている。アメリカでは当初1982年中には失業率の上昇が止まるとみられていたが,最近では雇用情勢の急速な改善は難しいとする見方が強まっている。また西ヨーロッパ諸国でも82年に引き続き83年も失業率は上昇(9.4→10.3%)し,失業者数は1,200万人に増加するとされ,さらに85年には1,500万人に達すると予想されている(いずれもEC加盟国合計値,EC委員会の82年10月の予測による)(第3-5-1表)。

こうした情勢の中で,各国政府は近年様々な条件に制約されながらも,種々の個別的な雇用拡大策を実施してきた。そして今後とも,特に雇用情勢の厳しい階層に対する重点的な対策を含め,雇用の拡大へ向けて,より有効な対応が期待されている。

以下当節においては,近年実施されている欧米諸国の個別雇用対策並びに特に最近において重点化が必要となってきている対策を概観した後,雇用の拡大・確保に向けての今後の対応策を検討することとする。

1. 個別の雇用対策

個別的な雇用・失業対策を大きく区分すると,①労働力需要の拡大を図るための雇用機会の創出・維持対策,②労働力の供給圧力を緩和・抑制するための労働力供給削減策,③労働力需給の不整合を減少させて失業減少を図るための労働市場の機能改善策,④失業保険等の失業者援護策に区分できょう(第3-5-2表)。

(労働力需要の拡大策)

労働力需要の拡大を目的とした近年の個別対策としては,①公共部門での直接的な雇用創出のほか,②民間企業での雇用機会創出を意図した新規雇用補助金,雇用創出投資補助金等の資金補助,③新規雇用実施企業に対する減税等の優遇措置が各国において実施されている。

公共部門での雇用創出策は,より直接的な対策であるが,2章2節でもみたように,各国とも財政赤字問題を背景に,近年採用が手控えられる傾向にある。フランスでは81年のミッテラン政権発足後,81,82年の2年間に約11.5万人(予定を含む)の大幅な公共部門での雇用創出が実施されたが,83年度予算案ではこれが1.3万人に抑制されている。

民間部門に対する新規雇用補助金の支給は西ヨーロッパの多くの国で実施されており,主に失業率の高い若年層に重点が置かれている。

企業負担軽減による雇用機会創出策としては,フランス等で新規雇用を行なう企業に対し,職業税や法定福利費の減免措置が講じられている。

なお,これらの雇用創出策に加え,既雇用者の雇用保護の観点から,第1次石油危機後の不況期において,西ドイツ,フランスなどで合理化等に伴う集団的解雇に対する法制度の整備が行なわれた。

(労働力供給の削減)

若年層や外国人等にみられる労働力供給の増加圧力に対して,その供給を削減することにより,労働力需給の均衡化を図る諸施策が採られている。この労働力供給削減策としては,①修学年限の延長奨励措置(イギリス)②中等教育卒業者向けの専門学校の増設(フランス,カナダ)のほか,③高齢者の早期退職促進策,④外国人労働者の入国制限及び帰国促進策などが実施されている。

このうち高齢者の早期退職促進策としては,早期退職勧奨制度(イギリス)や退職年金支給開始年齢の引下げ(フランス)等が挙げられる。

また,外国人労働者の移入制限措置は,これらの入国者が供給過剰に転じた73年から74年にかけて,西ドイツ,フランスを中心に実施された後,近年,これら移入外国人労働者の第2世代の労働市場参入増加から再び過剰感が強まり,母国への帰国奨励のための援助策が打ち出されている。

(労働市場の整備)

労働力需要と労働力供給の不一致等による摩擦的失業を縮小するための対策として,①職業紹介機構の拡充(フランス等)②労働力の移動促進策などによる労働市場の機能改善措置が行なわれている。

労働力の移動促進策としては,従来移転就職のための費用支給(西ドイツ,イギリス)や所得保障(西ドイツ,ベルギー)が行なわれてきたが,西ドイツでは82年「就業斡旋拒否の受容範囲に関する省令」において,中距離通勤あるいは転居による求職者の地域的移動強化を通じた就業促進策を打ち出している。

2. 重点対策の拡充

以上のような諸対策に加え,各国が重点的に実施している雇用対策には次のようなものがある。

(職業教育・訓練の充実)

第3節でもみたように,技術革新等を背景に,求められる職種や技術水準が多様化・高度化する中で,増加する若年層の未熟練の問題や中高齢層の適応力低下の問題が生じている。こうした視点から,各国とも若年層を中心とした職業教育・訓練の充実には力を入れており,公的職業訓練機関による養成のみではなく,民間企業に対しても補助金・減税等による奨励策を講じている。最近も,アメリカ,イギリス,フランス等で新規の職業訓練計画が打ち出されている。

これらの職業訓練・教育の形態には,①西ドイツの徒弟制に代表されるような企業での現場訓練②専門訓練校での訓練がある。ただ企業での職業訓練は企業が当座必要とする職能に片寄る傾向があり,また訓練費用の負担感もあって,必ずしもその後の雇用に直結していないとの指摘もなされている。

また,専門訓練校における訓練は訓練生の負担が高く,期間中の所得補償は困難性を伴う。このため,これら訓練に対しては,失業補償基金等の効率的な運用による補助金の支給等が提案されている。

(ワーク・シェアリング)

ワーク・シェアリング(仕事の分かち合い)は,個々の労働者の労働時間を分割して,より多くの人々への就職機会の提供を図る措置である。これには週当り労働時間の短縮,有給休暇の拡大等といった労働時間の短縮策の他,前述の早期退職の促進,交替制労働の増加,自発的パートタイム労働の拡大等がある。このうち労働時間短縮策は,従来労働福祉政策の一環として実施されてきた。雇用拡大策としての労働時間短縮策が一般的に提唱されるようになったのは比較的新しく,第1次石油危機以後のことである。最近ではフランスやベルギーなどで実施されている。

労働時間短縮策の雇用効果については,オランダ,フランス,イギリスにおける週当り労働時間短縮の効果が推計されている。それによると,雇用効果の程度は時間短縮による生産性の変動と補正賃金調整 (注) の有無により異なるが,特に補正賃金調整が行なわれなかった場合に雇用効果が顕著であるとされている(第3-5-3表)。

(女性・外国人等対策)

女性・高齢者・外国人等は労働力人口に占める割合は相対的に小さいが,その失業率が特に高いこと,従来政策対応が遅れがちであったこと等から最近これらの対策の重要性が高まっている。

女性労働力については第2節でもみたように近年社会参加意欲の高まり,不況のための所得補完等から恒常労働力として労働参加の高まりが目立っている。こうした傾向に対しては,女性の特性に応じた労働需要の拡大や職業訓練,女性雇用に関する諸条件の適正化が必要とされてきている。

また,最近の高齢化社会の進行に伴い,より一層の高齢者対策が望まれている。高齢者の対策としては,前述のように年金の早期支給などによる早期退職促進策もあるが,より根本的な対策としては高齢者のもつ知識や技術を生かしうる職業への再配置が考慮されるべきであり,こうした観点からの前述した労働市場の改善,とりわけ職業紹介機構の改善策等が望まれでいる。

外国人・移民・出稼ぎ労働者の失業対策は,人種問題等もあってこれまで積極的には行なわれておらず,しかも一般的にこれらの人々の就業条件は不安定で仕事の内容も厳しいのが現状である。これらの人々に対しては公的な援助のもとでの重点的な職業教育・訓練(とりわけ語学教育)の必要性が高まっているほか,82年のOECD労働閣僚会議では特に第2世代の若年層に関する経済的・社会的統合のための措置並びに他の労働力・社会政策との調整が重要であるとの指摘がなされている。

(地域的特性に適合した雇用創出)

労働移動の弾力化とならんで,地域の特色に合った就労機会の積極的な開発を図ることが労働需給の地域的バランスを図るうえで必要との見方が強まっている。

こうした対策は,イギリスでは地域就労事業計画において,主として地域整備事業での雇用拡大をめざした補助金の支給を実施している。またフランスでも地方分権と地域発展をめざした雇用拡大策を82~83年の暫定計画で提唱している。

3. 雇用の確保・拡大へ向けての課題

第1次石油危機後の雇用情勢悪化に対しては,それまで進められてきた個別的な雇用対策に加え,総需要刺激策をとることによって雇用拡大が図られた。この結果一部の国では雇用情勢が改善したものの,多くの国では76~79年にかけての景気回復期においても雇用調整の加速・拡大化を生じるなど大きな改善はみられなかった。このためその後各国では再び個別的な雇用対策に重点を移して実施してきた。しかしながら第2次石油危機後これまでの構造的な要因に景気停滞長期化の影響が加わって,雇用情勢は一段と悪化し,今や個別的な対策のみでは十分な改善が期待しにくくなってきている。

こうした現状に対し,今後,雇用の確保と拡大のためにはどのような対応が求められるであろうか。

(マクロ政策の適切な運用)

今回の失業急増の要因としては,これまでみてきたように,景気停滞長期化の中での需給ギャップの拡大が大きく影響している。インフレ抑制を最優先としたアメリカ・イギリス等の財政・金融政策は,そのコストとして,予想以上の失業増加を招いたといえよう。第2章でみたようにインフレの鎮静化を十分に進めるとともに,インフレが鎮静化した国では,そのデフレギャップの大きさに応じて,より弾力的な経済運営を行なうことによって雇用の確保・拡大を図ることが必要となろう。

(設備投資の促進)

第3節でみたように,近年の経済成長率鈍化の中で,設備投資の伸びが鈍化し,特に増能力投資が停滞している。逆に,設備投資の停滞を主因とする資本ストックの伸び悩みが,経済成長力を制約する要因となったということもできよう。現在の失業問題は,高い労働力人口の伸びに比べ相対的に低い資本ストックの伸びの問題として把握すべきとの認識が強まっており,先のOECD労働閣僚会議でも,投資の奨励が雇用増大のために欠くことのできない基礎であると声明された。EC委員会の中期経済計画案(1980年)によると,80-85年の間に年平均雇用率を1%上昇させるためには,4%の投資の増加が必要であるとしているほか,欧州組合連合(ETUI)の推計(1980年)でも,85年までのECの失業率を79年の水準に抑えるためには毎年4.5%の経済成長とそれに見合う投資の増加が必要であるとしている。

(労使間の積極的協力)

さらに雇用の確保・拡大に向けて重要な点の一つは,労使間の積極的な協力であろう。

設備投資の拡大を通じた雇用拡大のためには,需要の回復や金利の低下とならんで,現在のような経済情勢下においては,労使間の所得分配について,衡平の維持に配慮しつつ実質所得の増大に対する制約を考慮することが求められている。同時にこうした分配面での両者の合意形成には,これがその後の雇用拡大を伴う投資拡大へ結びつけることに対する合意も併せて必要であり,こうした分配および資源投入両面にわたる労使の積極的な協力の重要性が高まっている。

先のOECD労働閣僚会議における声明にも,①より高い水準の雇用につながる持続的回復が達成されるためには,賃金・社会給付及び雇用創出投資との間のトレード・オフについての現実主義的考え方が必要であること,②政府・使用者組織及び労働組合の間の協力の気運を高めること,③これら当事者の間に交換される情報の質を高めること等を通じて企業内及び社会全般における効果的な社会的対話の条件づくりを促進すること,などが重要であると唱われている。

労働協約交渉における労使間の雇用確保を重視した歩み寄りの方向は,82年の全米自動車労組(UAW)・米自動車業界間の協約改訂において一部出てきている。また,労使の経営に対する協力への動きは,西ドイツの共同決定法(役員会への労働者代表の参加等)や,最近のECのフレデリング法案(経営方針の公開と従業員の利益にかかわる決定に際して事前の従業員への相談の義務づけ)にみることができる。

(産業構造の積極的調整)

また今後各国において,国際競争力の低下しつつある分野等を含め産業の構造調整・強化等が適切に進むことが,中長期的に失業問題の改善を図る上においても必要とみられる。これまでみたような職業訓練や労働力の流動促進等の個別雇用対策は,こうした雇用面での産業転換調整策の一部にほかならないが,現下における貿易摩擦の高まりの背景に失業問題があることに鑑みると,こうした個別雇用対策のみならず,各国の実情に応じ,産業の構造調整・強化を促進することが貿易の拡大及びそれを通じた失業問題の改善にとって重要となってきている。

以上みてきたように,近年の欧米諸国の失業問題の解決は決して容易なものではない。とはいえ社会的・経済的負担は急速に高まっており,マクロ経済政策の適正な運用の下で多くの個別対策を結集して,問題の解決を図ることが重要であろう。


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