昭和56年

年次世界経済報告

世界経済の再活性化と拡大均衡を求めて

昭和56年12月15日

経済企画庁


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第2章 世界的高金利の出現とその影響

第5節 問題点と今後の課題

1. 問題点

以上のような世界的高金利は世界経済に大きな影響を及ぼしている。

(1) デフレ圧力の発生

その第1は高金利が世界経済に対しデフレ圧力をかけていることである。

まず,アメリカでは,景気回復1年足らずで81年4~6月期には再びマイナス成長となり景気は息切れとなっている。これは,ドル高による純輸出の減少に加えて金利に敏感な住宅及び自動車を中心とした耐久財消費が落ち込んでいることが大きく響いている。

また借り入れコスト高によって79年以降企業倒産が急増している。企業倒産件数は80年は前年比55%増と70年以降最高となった。81年に入っても高水準の企業倒産が続いている。こうした企業倒産は中小企業が中心であると見られる。それは大企業では,プライム・レート以下の借入れや,銀行借入れに比し割安なコマーシャル・ペーパーの発行が可能なため資金調達コストが比較的安く,また優良企業は,財務管理の向上により高金利を逆手にとって利益を捻出することが可能なのに対して,中小企業は安価な資金調達手段を持たず大企業に比べて高金利の銀行借り入れを余儀なくされているとみられるからである。

さらに前述のように企業は,高金利のために設備投資用の長期資金調達が困難になってきている。民間設備投資は既に81年4~6月期には減少している。

一方,インフレ,失業,国際収支悪化の三重苦に悩んでいる西欧諸国にとっては,高金利のデフレ圧力はアメリカ以上に大きく,その景気回復を遅延させる大きな要因となっている。欧州各国内では,現在の金利水準は,アメリカの高金利により,経済の実態以上に高くなっているとの認識が出ており,失業急増を背景に金融緩和を求める声が強まっている。

欧州各国でもアメリカ同様,住宅投資,耐久財消費が落ち込んでいる。特に住宅投資は,西ドイツ,オランダ,ベルギー等の国を中心に81年にはいり落ち込みが目立っている。たとえば西ドイツの住宅許可件数は住宅抵当金利の上昇を背景に大幅に低下しており,81年上期の実績(月平均ベース)は,75年に次ぐ低水準となった(第2-5-1図)。

(2) 国債利子支払増による財政赤字の拡大

第2の問題は,高金利により国債の利払い額が増大すると同時に景気低迷により税収が伸び悩んで財政赤字が拡大していることである。そしてこれが,政府の金融市場からの調達額を増加させ,高金利をさらに増幅させている。

アメリカを例にとって国債の利払い増加を見てみよう。連邦政府の純利払費(連邦政府の総利払費から連邦基金勘定の受取利息分等を差し引いたもの)は,年々増加している(第2-5-2図)。とくに77年以降はそのテンポが高まっており,80年度は前年比23.2%の急増となった。純利払費の歳出規模に対する割合をみても,75年以降一貫して上昇しており,80年度は9.1%と史上最高となった。レーガン政権の見通し(1981年7月年央経済見通し)によれば,純利払費は81年度は691億ドルに達し,歳出に占める割合も10%を超えるとみられている。このようにアメリカの財政は高金利によってますます硬直化しつつあり,高金利が財政赤字縮小を一層困難なものにしている。

また欧州各国も国債利払費増加に苦しんでいる。西ドイツについてみると,連邦政府の国債利払額は72年以降増加しており,特に80年は前年比24.1%増加し,140億マルクに達した。国債利払費の歳出に占める割合も80年には6.5%へ上昇している(第2-5-2図)。さらに81年度の利払費は170億マルク以上に達し,歳出に占める割合も7.4%に上昇するとみられる。

(3) 経営危機に直面するアメリカの貯蓄金融機関

高金利が金融部門に及ぼす影響は,変動金利が普及している部門とそうでない部門とで大きく異なっている。

大手銀行を中心とする商業銀行においては現在では商工業貸付のうち7~8割が変動金利制になっており,現在のところ高金利の影響はそれ程強く現われていない)もっとも金利が乱高下しているため,誤まった金利見通しに基づいて資金管理を行えば経営危機に陥る可能性はある)。しかし,変動金利制が普及していない貯蓄金融機関は高金利の影響を強く受け,経営危機が深刻になっている。

貯蓄金融機関の業況をみると,79年以降収益は急速に悪化している。第2-5-3図は金融機関別の総資産営業利益率(営業収入/総資産一営業費用/総資産)を表わしているが,商業銀行に対し貯蓄金融機関の業績悪化が目立っている。たとえば連邦預金保険公社加入の相互貯蓄銀行の総資産営業利益率は79年の0.63%から80年はマイナス0.16%に落ち込んでいる。

こうした経営悪化の原因の第1は,貯蓄金融機関の大部分の資産が過去に実施した低利かつ固定レートの住宅貸付に集中していることにある(貯蓄貸付組合は約8割,相互貯蓄銀行は約6割,第2-5-1表)。これに対し商業銀行の場合は,住宅貸付の割合は2割程度に過ぎず,商工業貸付,消費者ローン,TB等の短期資産保有のウエイトが大きくなっている。

第2の原因は,資金調達コストが上昇していることである。従来貯蓄金融機関は,個人を中心とした低利の貯蓄預金を源資にしていた。しかし,前述したように,ディスインターミディエージョンが発生すると住宅金融資金確保が困難となった。従って最近ではこうした事態を回避するためにMMC,小口預金者証書(SSC)が,監督機関により認められ,資金流出の阻止にはある程度役立ったものの,その反面資金調達コストの上昇を招くこととなった。因みに貯蓄貸付組合の場合MMCとSSCの合計の総負債・資本に占めるシェアは,78年末の8.9%から80年末には39.5%へ上昇している(第2-5-4図)。

また最近では,個人部門の金融資産投資が銀行預金離れを起こし,MMM Fへ集中する傾向が一層強まっており,貯蓄金融機関の低コストの預金集めはますます困難となっている。すなわち70年代初めは,金融資産純増額の70%以上が銀行預金に向けられていたが,インフレの上昇に伴い銀行預金のウェイトは減少し,79年頃からMMMFへの投資が増加している。特に81年になってからMMMF残高は急増しており,1~3月期には個人金融資産純増額の約60%がそれに投資された。

(これまでの対応策)

こうした貯蓄金融機関の経営悪化に対し,監督当局では幾つかの対応策を打ち出した。まず第1は,前述のとおり,金融制度改革法により貯蓄金融機関の業務範囲を拡大した。これにより従来住宅抵当貸付に偏っていた資産運用の多様化・短期化がはかられることになった。

第2に,80年4月以降金利変更条件付住宅抵当貸付の取扱いを承認した。

第3には,免税の貯蓄預金証書の発行を81年10月より認め,資金吸収をしやすくした。第4に,8月20日に連邦準備制度理事会は,80年銀行法で認められた特別公定歩合を設定し,流動性不足に苦しむ金融機関に長期貸出の道をひらいた。

こうした諸対策にもかかわらず,貯蓄金融機関の経営悪化問題は構造的制度的要因に深く根ざしたものによるところが大きく,即効性は期待できないとみられる。また最近では,監督当局は,経営悪化の著しい貯蓄金融機関については,合併の促進によって対処する動きを示し始めていることが注目される。

(4) 為替市場の撹乱

最近の為替市場の撹乱の原因は先ずは欧米間の経済パフォーマンス格差や経済政策の変更にあるが,アメリカの高金利とその乱高下が為替相場の先行き予想を撹乱した面も少なくない。以下では為替市場の攪乱に係る問題点を指摘しておこう。

第1は最近の一方的なドル高,欧州通貨安あるいは欧州通貨制度(EMS)内の不均衡の拡大が国内経済運営,とりわけ欧州諸国のそれに与える影響である。

スタグフレーションに悩む欧州諸国にとって,自国通貨価値の下落は,外貨建輸出価格下落による輸出競争力の向上というメリットはあるものの,輸入価格上昇による国内インフレの高進によって国内経済運営の困難を増大させた。金融は引締め基調とならざるを得ず,これが景気停滞脱出の足かせとなった。また,EMSは為替変動リスクの軽減を通じて域内貿易,資本取引の安定に貢献したばかりでなく,域外諸国にとっても複数の主要通貨国を含む安定的な経済圏の存在を通じて貿易・資本取引の安定性を高めるものとなったが,最近におけるその不均衡拡大は変動幅維持義務を通じて参加国の国内経済運営の自由度を狭めた。また国内経済に対する配慮は中心相場調整等を遅らせ,欧州通貨の不安定性を拡大し,対ドル相場下落の一因となった。

第2は為替相場変動の国際収支調整機能にかかわる問題である。経常収支赤字の続く欧州諸国にとって自国通貨価値の下落は経常収支の改善効果をもちうるが,為替相場が不安定であり,その方向が短期間に大きく変わりうる状況のもとでは,調整ラグの存在等がかえって経常収支不均衡を拡大してしまうおそれがある。

第3は為替相場の大幅な変動とその先行き不確実性の増大が貿易や資本取引における不確実性の増大を通じて,これらの縮小を招くおそれがあることである。先物為替の利用等により,不確実性は軽減でき,その利用可能期間も長期化しつつあるが,輸出入に依存する割合の高い企業にとって為替相場の不確実性は生産計画,投資計画の不確実性を高め,資金面でも国際的な調達や運用が盛んな中でその阻害要因となりうる。

(5) 非産油発展途上国の利子支払負担の増大

世界的高金利は,また,非産油発展途上国の債務利子支払い負担を増大している。金利の上昇がインフレ悪化によるものであれば金利支払負担は増大しても債務の実質価値は減少するので,実質的な債務負担の増大は見かけ程にはならないが,最近の金利上昇は実質金利の上昇を伴っているため実質的な債務負担が増大している。これは前回の石油危機時には見られなかった新しい現象であるが,その実態については第1章ですでにみたとおりである。

2. 課  題

第2次石油危機後の困難な経済情勢下において,各国はインフレ抑制策を最優先課題としてきている。その結果,先進国のインフレは一部に鈍化の兆しがみられるものの,なお,これとの闘いの努力を緩めないためには広い意味で通貨供給量の伸びを抑制することが必要であろう。

しかし既にみたように高金利はデフレ圧力の発生,国債利払い増による財政赤字の拡大,あるいはアメリカにおける貯蓄金融機関の経営危機,非産油発展途上国の累積債務に対する利払い増による経常収支の一層の悪化といったかたちで世界経済に大きな影響を及ぼしつつある。

また,ドル高,欧州通貨安も先ずは欧米間の経済パフォーマンス格差や経済政策の変更に起因するものの,アメリカの高金利とその乱高下が為替相場を攪乱した面も少なくない。これに対して欧州諸国がとった通貨防衛策,輸入インフレ阻止策は,国内経済運営の自由度を狭め,高金利とその悪影響を増幅した。

したがってインフレ抑制の負担が過度に金融政策偏重にならないよう,財政赤字を圧縮する等財政政策を整合的に行うとともに,経済の硬直性,非効率性の除去,貯蓄,投資の阻害要因の解消等の供給力増加策を活用することが望まれる。

またこうした経済政策の運営に当っては,各国経済の相互依存の深まりに鑑み,その国際的影響にも十分配慮する必要があることはいうまでもない。

各国は金融政策の中間目標としての通貨供給量の管理が金利や為替相場に及ぼす影響に十分に配慮し,とりわけそれが金融市場の不安定性を高めることのないようその操作方法についても改善に努める必要がある。

為替相場の安定についても,上記の政策を通じて各国が経済パフォーマンスを改善し,その不安定性を除去していくことが基本であるが,こうしてとられる各国の政策に極端な不整合があってはならない。また,これらとあわせて,為替相場の安定を意図して登場した欧州通貨制度(EMS)に不均衡が生じた場合,これがすみやかに調整されるよう参加国の協調が得られること,また,市場介入についても,一国の不介入が為替相場安定のための他の諸国の努力を損うことのないような配慮がなされることなどが望まれよう。