昭和55年

年次世界経済報告

石油危機への対応と1980年代の課題

昭和55年12月9日

経済企画庁


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第4章 供給管理政策の登場とその課題

第3節 積極的調整政策と新たな国際分業の方向

1. 貿易摩擦の増大と保護主義の強まり

戦後,自由貿易体制への志向を強めつつ拡大をつづけてきた世界貿易は,70年代に入る頃からその勢いが鈍化し,一方,先進国相互間及び先進国と発展途上国の間で貿易摩擦が発生し,保護主義的圧力が強まるようになった,(第4-3-1表)。このような保護主義的な動きにはさまざまの形態がみられるが,具体的には,輸入数量制限の設定や輸入課徴金の賦課を求める動きとして,また場合によっては相手国による輸出自主規制を求めたり,更には,いわゆる市場秩序維持協定の締結を求める動きとして現われており,各国がともに国内的困難を抱える状況の中で,このような保護主義的動きをいかに有効に防あつし,開放的貿易体制を維持・発展させていくかが,各国共通の大きな課題となっている。

(1) 貿易摩擦増大の背景と原因

貿易摩擦の増大には,次のような背景と原因がある。

まず,その背景としては,60年代から70年代にかけて,世界の工業生産,貿易面で,先進国の中では日本,さらに新興工業国等発展途上国の地位が急速に高まり,相対的に欧米先進工業国の地位が低下したことが挙げられる。

63年から77年の間の世界の工業生産構造の変化を見ると(第4-3-2表),先進国のシェアが85.6%から80.9%へ低下しているのに対して,発展途上国のそれは14.4%から19.1%へ高まっている。とくに,新興工業国のシェアは5.4%から9.3%へ急増している。先進国の中ではアメリカ,イギリスを始め西ドイツ等欧米先進国が軒並みそのシェアを低下させているのに対し,日本はそのシェアを5.5%から9.1%へ増大させている。

こうした先進国の中での日本及び発展途上国のシェアの拡大は,工業品輸出についても同様に見られる。特に新興工業国のシェアはこの14年間で約3倍増となっており日本の約2倍増及びアメリカの地位の低下とともに世界輸出構造の変化を際立たせるものとなっている。

また,OECD諸国輸入に占める新興工業国等発展途上国,さらに日本のシェアを見ると,新興工業国のシェアはこの間3倍増となっており,発展途上国全体及び日本のそれは2倍強の増大を示している。新興工業国からの輸入でとくにシェア拡大の著しい品目は,衣類・皮革製品,はきもの,コルク,木製品,電気機械,繊維などであり,また水準は低いものの鉄鋼,輸送機械等でもシェアの拡大を見せている。また日本からの輸入でシェア拡大の著しい品目は電気機械,鉄鋼,輸送機械,金属製品等となっている。(第4-3-3表)

こうした先進国グループでの日本,及び新興工業国を中心とする発展途上国の進出により西欧諸国の生産,雇用構造は大きな変化を受けている。特に新興工業国等からの輸入拡大の著しい織物,繊維,衣類,皮革製品等のシェアは,粗付加価値額でみても雇用で見ても減少している(第4-3-4表)。アメリカでも同様の現象がみられる(表4-3-5表)。

さて,貿易摩擦頻発のより直接的な原因は,第一次石油危機以降の欧米先進国での経済的困難の増大である。すなわち,多くの欧米先進国の経済は成長鈍化,失業増大,高インフレ,経常収支赤字の拡大等に悩まされているが,こうした中で,特定商品の特定市場に対する輸出が急増し相手国産業に打撃を与えるような場合には特に貿易摩擦がひき起されやすい。

貿易摩擦が発生する産業は,構造的特徴によりいくつかに分けられる。

第1は,繊維,衣類,皮革製品,ラジオ,テレビ等の労働集約型産業であり,発展途上国が比較優位にあるため,先進国は競争力を失ってきているが先進国の中小企業への影響が大きいため,保護主義的な動きが生ずるのである。第2は,鉄鋼,造船等資本集約型産業であるものの,工程や設備の標準化が進んでいるため,賃金の高い国に立地することが比較劣位となる産業である。これらは工業化の進んだ新興工業国の追い上げや先進国間の競争が激しく,各国の基幹産業としての性格を持つため,保護主義をひき起す。第3は,自動車等,高度な技術と設備を必要とし,先進国においても戦略・基幹産業となっている産業である。これらは機能の差別化により先進国間の水平貿易が成り立っている場合には問題を生じないが,需要の変化,生産性の格差等の要因から水平貿易の進展が損われた場合問題を生じることがある。

(2) 先進国間の貿易摩擦の現状

第3のタイプとして最近アメリカ及びECで日本車のシェアの増大が問題となっている(第4-3-6表)。これは上記石油危機による需要の小型車へのシフトという構造的要因(第4-3-1図)に不況の深刻化とそれに伴う失業の増大という循環的要因が重なったためである。その背景には他の貿易摩擦問題と同じように日米,及び日欧間での貿易収支不均衡の長期化や拡大がある(第4-3-7表)が,日本と米欧との間に生産性等基礎的パフォーマンスの格差が生じていることもより基本的な原因となっている(第4-3-6表)。

(日米間の自動車問題)

アメリカでは80年6月全米自動車労組(UAW),同8月フォード自動車会社が,1974年通商法第201条に基づき国際通商委員会(ITC)にエスケープ・クローズ(輸入増大からの救済措置を求める)提訴を行った。そこでは,カナダを除く自動車の輸入から5年間にわたる救済を求め,そのため①関税の2.9%から20%への引上げ,②1,000ドル以上のトラックに対する25%関税の維持,③1976年又は75年水準への輸入制眼等の措置を実施することを求めた。ITCはこれに対し,11月に日本車の輸入急増は米業界被害の主因ではない,との裁定を下している。

また前述の第2次ジョーンズ・レポートも,自動車問題を当面の日米経済関係の最も重大な問題の一つとして位置づけ,日本に対し自主規制や直接投資を求めている。

(日・欧間の問題)

西ヨーロッパの一部では,イタリアの対日差別輸入数量制限,フランスの行政指導のように,日本車の輸入を一定限度に抑制している。しかし,昨年来日本車の輸入を自由化している西ドイツ,ベネルックス等を中心に日本車の輸入が急増したため,ECの一部の国々から日本車の輸入制限を求める声が高まった。

EC委員会は80年7月に「ECの対日貿易政策-つの再検討」を外相理事会に提出し,EC共通の対日貿易政策を検討しようとしている。それによればECが各国の有する対日差別輸入制限を撤廃するかわりに,E C諸国の産業に大きな困難をもたらす品目については,日本からの輸入を2~4年間制限し,その間にこれら製品の国際競争力の強化を図るほか,わが国市場の一層の開放を求めるとしている。

EC委員会は10月には「EC自動車産業報告」を欧州議会に提出して,ECの自動車産業政策の指針を示した。本報告書は,日本の自動車産業の生産性の高さ等を卒直に評価し,EC自動車産業の競争力の回復のためには,規模の利益の追求,省エネルギー,排気ガス,安全対策技術の向上等技術革新努力の強化,部品の共通化,共通技術開発等が急務であるとしている。

しかし,ECの一部の国々においては,国内経済の停滞等を背景に保護主義が一層強まっている。

(欧・米間の問題)

また,欧・米間でも同種の問題が深刻化している。西ヨーロッパからアメリカに対する鉄鋼輸出,アメリカから西ヨーロッパに対する合繊,石油化学品輸出等がそれである。

79年から80年にかけてECでは鉄鋼が供給過剰となり,きわめて低価格でアメリカに輸出された。これに対して80年3月,USスチールはEC7か国のメーカーを相手どり商務省にダンピング提訴を行った。

この結果トリガー価格制度が停止され,調査が行われたが,カーター大統領は9月,鉄鋼産業再生計画を発表,それをきっかけにUSスチールはダンピング提訴を取り下げた。再生計画で復活された新しいトリガー価格制度は,トリガー価格自体を12.1%引き上げた上,今後は輸入シェアが15.2%を越え,操業率が87%以下の場合は,トリガー価格制度を停止することなく商務省が調査を開始できること等の鉄鋼輸入急増防止対策を新たに導入するなど,保護色の一層強いものとなっている。

逆にアメリカからECに対しては,最近合繊の輸出が急増している(第4-3-8表)。これはアメリカの原料安と不況のための輸出ドライブの強まりが原因である。EC委員会は2月,英国の要請に基づき,ポリエステル・フィラメント・ヤーン及びカーペット用ナイロンヤーンの輸入につき緊急輸入制限(セーフガード)を発動した。5月にはアメリカのアクリル繊維のEC諸国輸出に対し,ダンピング関税を,また9月にはポリエステル糸に対し,暫定ダンピング関税をそれぞれ賦課する決定がなされた。

こうした欧米間の貿易摩擦の背景にもECの対米貿易収支赤字の大幅化があるのはいうまでもない。

(3) 保護主義のコスト

以上のように最近の貿易摩擦と保護主義の強まりにはそれなりの経済的社会的背景があるが,保護主義には次のようなさまざまなデメリットがある。

第一に保護主義的措置をとることは,保護される国内産業の長期的救済には必ずしもつながらないことである。第二に非効率産業を温存することによって保護措置を講じた国の経済全体の効率化をさまたげることである。さらに低価格輸入品の輸入による,あるいは,輸入品との競争による国内品の,価格安定効果を奪い,消費者の商品選択の自由を奪うことが第三である。ちなみに,日本製自動車輸入問題をめぐる米国際通商委員会の公聴会で,連邦取引委員会はフォード社と全米自動車労組の主張する輸入規制により,米国の消費者は年間総額最高116億ドルの負担を負うと証言している。第四に世界貿易全体の伸びを阻害し,他の成長産業の成長さえも世界的規模で不可能とすることである。さらに発展途上国の工業製品輸出を抑えることによって,これらの国の経済発展を遅らせ,ひいてはこれらの国の先進国からの輸入の伸び悩みをもたらして,結局は先進国自身にもはね返って来ることになる。

このような理由から,貿易摩擦の発生はできるだけ避けなければならず,また止むを得ず発生したときは,安易な保護措置の採用をできるだけ慎しまねばならない。このため輸出国としても摩擦発生を未然に防止するため,常日頃から輸出市場,輸出品目の多角化,製品輸入の拡大,相互理解の促進等に努めるとともに,相手国の経済及び特定の産業の状況を十分に考慮し,いたずらに貿易摩擦が生じることがないよう節度ある輸出に努める必要がある。

2. 積極的調整政策と新しい国際分業の方向

このような保護主義の強まりとその弊害を回避するための根本策は,輸入国での産業転換,国際競争力の強化であり,産業構造の高度化であるのはいうまでもない。そしてそれが先進国間あるいは先進国と発展途上国間で円滑に進められるためには,積極的な産業調整策,開放的でかっ多角的な自由貿易体制の維持・強化,保護主義的行動を求める圧力を排除する努力,さらには南北問題解決努力などがつくされなければならない。

(積極的調整政策)

70年代,とくに第1次石油危機後の経済的困難に対処するためには,先進国経済は構造面での根本的な改革を必要としていたにもがかわらず,現実にはその後の回復過程においても構造面の改革は不十分にしか行われず,むしろ対外的な保護措置や非効率部門の温存等が行われることが多かった。OECDではこうした事態を改善するため,「積極的調整政策(Positive Adjustment P0licies以下PAPと略す)」について検討を進め,78年6月の第17回閣僚理事会において「より高い経済成長を維持するために必要な構造的調整を促進する政策の一般方針」を採択した。

OECDの提唱しているPAPは,需要構造,技術変化,相対価格,比較優位等の変化に対して補助金や保護主義的措置により既存の雇用構造,産業構造の維持・温存を図る消極的で防禦的な政策と異なり,これらの条件変化に対して市場メカニズムを最大限活かしつつ,積極的に資源配分の変動を促進していこうとするものである。その際,競争の促進,労働・資本の流動性の向上等によって市場機構の力を高めてこれを行い,政策面での補完はできるだけ一時的かつ前向きのものに限定することとしている。資源配分の転換を促進するためには,その過程で生ずる社会的副作用を最小化しなければならないが,調整コストの負担もできるだけ効率性を阻害しない方法で行なうべきものとされている。

産業調整政策は,個別政策としては,産業政策,雇用政策,農業政策,地域政策等を包含する。

産業政策においては,個別企業,個別産業の救済,保護は調整コストが短期的に極めて高くなる場合のみに限ることを原則とし,その場合の救済策については,時限性,コストの明確化等を行なう必要があるとしている。また将来のニ-ズを市場が反映しない分野である研究開発についてはインセンティブの提供等が必要であり,また,新技術の市場化に必要なベンチャー・キャピタル(収益が確保されるかどうか不確実な冒険的事業等に投下される資本)の確保も必要としている。

雇用・労働力政策については,雇用維持が非効率部門の保護に陥らぬよう留意することとされ,職業訓練等による労働の流動性の向上が重視されている。また転職への補助,賃金構造の改善等により労働市場の硬直性を改善すること,失業保険給付が労働意欲低下へ結びつかないための配慮等が必要であるとしている。

農業政策については,生産者の正当な利益や食糧の安全保障を確保しつつ,消費者の最小限の負担において,その目的を達するよう,市場の機能の改善を図ることが望ましいとされる。

地域政策においては,地域的な経済力の差に着目せずに構造問題等に直面している企業,産業に一律的に助成するよりも,経済力の弱い地域での将来育成可能な新産業の発展を助成し,インフラストラクチェアの整備等を通じて当該地域全体の発展を図るべきとしている。

そして各国が統一的にPAPの採用を図ることが,逆にそれぞれの国が適切な国内政策を遂行することを容易ならしめ,OECDの貿易プレッジの遵守にも寄与することを示唆している。

その後OECDでは経済政策委員会(EPC)の下にPAP特別グループを設置し,各国の政策レビュー等を81年までに行うことになっている。80年6月のベニス・サミットでも積極的調整政策の重要性が指摘され,また民間でも日米欧三極委員会がPAPの検討を開始するなどこの問題についての関心が強まっている。

しかし,各国が協調してPAPを推進するためには,次のような問題点の検討が今後の課題として残されている。それは,政府介入の領域や程度,戦絡産業の育成の是非,政策決定過程の透明性の確保,調整コストの負担の問題,多角的貿易交渉,多国籍企業,発展途上国との関係及び国際的コンセンサスの形成等多岐にわたっている。

(多角・無差別な自由貿易体制への努力)

GATT体制史上最大・最長の多角的貿易交渉であった東京ラウンドは,79年4月その妥結をみた。東京ラウンドの特徴は関税引下げのみならず非関税措置の軽減や貿易の枠組みに本格的に取組んだことにある。

主要国の関税引下げについては,80年1月から8年間に毎年均等に引下げられることになり,日・米・ECの関税は約3%~5%弱の水準まで低下させていくことが約束された。非関税措置については8協定ができ,今後の貿易を律するルールが整備された。

今後の課題は,交渉成果を各国が早期かつ効果的に実施することである。

また発展途上国の参加促進努力や,開発が進んだ途上国自体の自主的市場開放努力のほか,東京ラウンドで合意をみるに至らなかったセーフガードに関する一般的な規律の早期確立努力も必要である。

開放的かつ多角的な貿易体制の維持,強化については,OECDの閣僚理事会の「貿易プレッジ」をより永続的なものにした「貿易政策に関する宣言」(80年6月採択)も,今後の同様な課題への取組みを強調している。

また輸出競争における歪みを減少させるため,輸出信用に関する国際的な取極を80年12月までに作成することが,ベニス・サミットで合意されている。

前述した主要先進国間の最近の貿易摩擦問題も,基本的にOECDの「貿易政策に関する宣言」において表明された開放的かつ多角的な世界貿易体制の強化と保護主義的措置の回避への決意に沿った方向で,産業協力,南北問題等より幅広い協力関係を築き上げつつ,前向きな解決策を採っていくべきであろう。

(門戸開放と新しい国際分業秩序)

先進諸国が自由貿易体制を維持することは先進国経済の効率化のために重要なだけでなく,発展途上国の経済開発のためにも必要不可欠である。それは,先進国の市場が発展途上国,とくに新興工業国の輸出産業の成長,ひいてはそれら諸国の経済開発のテコとなるからである。事実UNCTAD(国連貿易開発会議)においては,発展途上国側はこれら諸国の発展を確保するうえで保護主義・構造調整問題の解決が不可欠であるとして,この分野での交渉を強く求めている。

さらに発展途上国側では,UNIDO(国連工業開発機構)等の場において2,000年までにその工業生産のシェアを25%に,また工業製品貿易のシェアを30%に引き上げることを目標に揚げ,より計画的に工業化を図っていこうとしている。こうした発展途上国側の目標については,先進国側はもっと市場原則に則った発展過程が望ましいと主張しており,また逆に発展途上国中の新興工業国に対しては,新興工業国自身の市場開放等それなりの責任分担を求めている。

こうした南北の要求の絡まり合いは,すでに見た先進国の産業調整政策や東京ラウンド実施の今後の進展にも深い関係をもち,相互にさまざまな影響を及ぼし合う可能性が大きい。さらに国連における「第三次国連開発の10年のための国際開発戦略」やUNCTAD等国連各機関での交渉も世界大の国際貿易秩序と国際分業体制の今後に重要な係りをもとう。こうした中で先進国は,種々な困難はあるが,あくまで自国の門戸開放が自国経済の効率化と発展途上国経済の開発という二つの成果をもつ重要な措置であるという認織に立って新しい国際分業体制確立の努力をつづけなければならない。