昭和55年

年次世界経済報告

石油危機への対応と1980年代の課題

昭和55年12月9日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第2章 石油危機と経済変動

第1節 石油ショックの意味するもの

1. インフレ効果とデフレ効果

石油ショックは石油価格の大幅値上げによって,石油消費国に経済的な影響を及ぼす。石油輸入金額増により国際収支の赤字が拡大するのは自明であるが,さらに石油消費国の国内経済に対しては,コスト上昇というインフレ的な効果と,交易条件の悪化にともなう実質所得の損失というデフレ的な効果の2つを及ぼすことになる()(以下はインフレ効果,デフレ効果と略す)。

このような2つの効果が発生するのは値上げが海外で起っていることに起因する。石油が国内で自給されていれば,石油価格の大幅引上げがあってもインフレ効果は発生するが,デフレ効果については分配面で国内の変化が生ずるのみにとどまり,国内購買力は海外へ流出しない。これに対して,現実の石油価格の上昇によるインフレでは,石油消費国から産油国への実質所得の移転が起り,石油消費国の実質所得がその分だけ減少する。もちろん産消両国を合わせた世界全体の購買力は変らないが,石油消費国にはその分だけデフレ効果が及ぶのである。

(石油ショックのインパクトの計測方法)

石油ショックのインパクトの大きさの計測方法はいろいろあるが(付注参照),代表的なものとして,産油国への所得移転額で計測する方法と,交易条件の変化を通しての国内物価の上昇に注目して計測する方法の2通りの方法が考えられる。

第1の方法は,石油価格上昇によって増える石油輸入金額の増加分を産油国への所得移転額として見るものである。この増加分を消費国の名目GNPに対する比率で見ると,石油ショックが各国の経済に与える影響の相対的な大きさをとらえることができる。

一方,交易条件の変化による影響に注目すれば,次のようになる。石油価格の上昇により輸入インフレが発生すると,国内総支出に占める石油関連消費のウエイトに応じて,国内支出デフレーターは上昇するため,国内の所得の実質購買力は,その分だけ減価していることになる。そこで国内支出デフレーター上昇率とGNPデフレーター上昇率の差をとると,それは交易条件の変化による国内需要のデフレ効果とみなすことができる。この効果は「交易条件変化の実質所得効果」と呼ばれている。

これら2つの方法による石油ショックのインパクトの大きさは,石油価格のみが変化して他の条件が一定のもとでは一致するはずである。なぜならば,産油国への所得移転は,交易条件の変化を通じた価格効果による国内の購買力の減価によって実現されるからである(付注参照)。

(インフレ効果とデフレ効果の違い)

このようにして計測された石油ショックのインパクトの大きさは第1次的なインフレ効果及びデフレ効果を示している。しかしこれはあくまで第1次インパクトの大きさであり,企業,家計といった経済主体の期待の変化による増幅作用,産油国・石油消費国の反応の違いなどによって,その効果は大きく変ってくる。

インフレ効果については,石油需要は価格が上昇しても短期的には減少しにくいため,第1次効果分は最低限さけられないものである。その上その他の国内のエネルギー価格が同調して上昇したり,またさらに賃金や利潤が上昇する場合には,インフレ効果はその分だけ増幅されてあらわれることになる。

一方,デフレ効果については,第1次効果は,各国経済に及ぼす最高限度を示しているとみることができる。なぜならば,国内実質所得の損失分を産油国への実質輸出の増加で補えば,その分総需要の低下は軽減されるからである。また産油国への実質輸出の増加がなくても,産油国からオイルマネーが還流してくれば,利子率が低下して投資が刺激される場合もある。

ここで注意を要することは,ここでのデフレ効果とは所得面でみた購買力の移転をいっているのであって,それが即,国内支出面での支出の低下を意味しているのではないということである。実際のデフレ効果の現出は,石油ショックによる価格効果に対する経済主体の反応及びインフレ抑制にともなう総需要管理政策いかんによっており,本来の意味での需要不足によるデフレ効果の大きさはいちがいに決められない。物価の上昇に見合い実質所得が減価した分だけ実質支出も減少するとすれば,すぐデフレ効果は現出することになるが,実質所得の減価分を貯蓄率の低下などで補えば,国内実質投資・消費がもとの水準を維持することも可能であり(世界的にみると産油国の貯蓄増加が石油消費国の貯蓄減少で相殺されている),デフレ効果は現出しないからである。現実の経済の動きはこの両極端の中間となってあらわれる(このGNPに対するデフレ効果の現われ方については第4節消費・投資行動の変化のところで,更に詳しく検討する)。

2. 同規模になった2回の石油ショック

それでは以上のような考え方に基づいて,前回と今回の石油ショックのインパクトの大きさを比較してみよう。

まず石油危機の期間をどう定義するかであるが,ここでは「石油価格が上昇に転じてからその上昇が止まるまで」と定義することにしよう。前回は第4次中東戦争以前からじりじりと上昇して,第4次中東戦争をきっかけに一挙に高騰したあと74年には上昇が止まった。これに対して今回は78年末のアブダビ総会の決定と79年初のイラン革命の後80年夏まで段階的に引上げられた。これを年単位で近似的にとると,前回は73年と74年,今回は79年と80年とみなすことができよう。

この2つの石油ショックが7大国に及ぼしたインパクトの大きさは第2-1-1表のようになる。すなわち,石油価格上昇要因のみによる7大国全体での産油国への所得移転額(石油純輸入量は前年と同じと仮定)は,2か年累計で前回の約600億ドルに対して,今回は約1,300億ドルと2倍強となるが,その名目GNPに対する比率(第1次的なインフレ効果・デフレ効果に相当)は,7大国全体で前回も今回もほぼ同じの2.2~2.4%となっている。

各年の石油純輸入量の変化を考慮し,実際の産油国への所得移転率を石油純輸入金額の増加分/名目GNPでみても,2つの石油ショックのインパクトはほぼ同じの2.3である。

一方,OPECの輸入増加分を差引いた純購買力移転率(=7大国での総需要の低下率)をみると,前回の1.8%に対して,今回は2.1%と,今回の方が大きいことになる()。これは,前回の時は,OPECの輸入が急速に拡大したのに対して,今回はイラン革命による輸入急減などがあって,OPECの輸入が前回のようには急速に伸びていないからである。


[次節] [目次] [年次リスト]