昭和51年

年次世界経済報告

持続的成長をめざす世界経済

昭和51年12月7日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第2部 70年代前半の構造変化とその影響

第3章 変動要因の持続性と影響

第2節 持続的要因

つぎに,今後も相当の期間にわたって持続するとみられる要因に眼を転じよう。

第一に,経済の政治化,発展途上国の発言力の増大,資源有限意識などは,今後とも強まることはあっても,弱まるとは考えられない。そして,これらの要因と密接にからみ合いながら,一次産品の価格も,長期的には堅調を示すものと考えられる。

石油については,すでに述べたように,短期的にせよ公示価格が下がることは考えられず,工業品との相対価格が維持される傾向を示すと思われる。とくに,代替エネルギーの開発が進まず,工業国の石油輸入依存がたかまってゆく場合には,好況期にはかなりの値上げが行なわれることも考えられるし,政治的事情による一時的供給制限の可能性も排除できない。

工業原材料,とくに鉱物原料については,世界工業生産の変動にともなって,その価格はかなり変動すると思われるが,長期的にみれば,価格は堅調を示す可能性が大きい。また,短期の価格変動についても,近年の錫,ゴムなどの例にみられるように,生産国が限定されている場合には,供給制限などにより,価格の下方硬直性がたかまることも予想される。

食糧については,天候の影響が大きいのでなかなか見通しが立てにくい。73~74年の大幅な価格上昇は,①先進国の好況,②72年の世界的不作,③ソ連の穀物大量買付,④米加の在庫削減政策,⑤過剰流動性の存在による投機活動の激化,などの諸条件があいついで生じたためであった。

今後についても畜産品の消費増大による飼料用穀物需要の増大,発展途上国の人口増や生活水準向上にともなう食糧消費の拡大がつづき,一方現在の世界の穀物在庫が低水準にあることなどを考慮すると需給は不安定に推移するとみられる。

第二に,生産性を上回って賃金が上昇する傾向は60年代以来ほとんどの国でみられ,この傾向は今後もつづくと考えられる。しかし,60年代後半や70年代初期のように,賃金所得の国民所得に占める比率が,好況期も含めて上昇するほど大幅な賃上げがつづくかどうかには疑問がある。戦後最大の不況の結果,多くの国での失業率が著しく高く,それが70年代はじめの水準にもどるまでにはかなりの年数が必要とみられているからである。OECD事務局の研究によれば,仮にOECD全体の1974~80年の経済成長率が年41/4%に達する(60年代は4.8%)としても,OECD諸国の失業率は,80年でも4%にのぼり,70年代のはじめの3.3%をかなり上回ると予想されている。第一部でみたように,76年の各国の賃金上昇率が,消費者物価の上昇を考慮に入れると,比較的低くなっているのも,一つには労働市場の需給が緩和していることの反映と思われる。したがって,今後数年間についても,賃金の上昇が,65~73年にくらべれば鈍化することも考えられる。しかし,その反面,長いインフレ期間を通じて,賃金などを物価の上昇にリンクさせる「インデクセーション」方式が多くの国で普及しはじめているので,何らかの原因で物価上昇率がたかまると,それがインデクセーションを通じて賃金を引き上げ賃金コストを押し上げ,これがさらに物価に波及するというスパイラルが生じる可能性もたかまっている。

第三に,二桁インフレ時にみられたような消費行動の変化も,今後くり返される公算が大きい。75年下期以後,物価の鎮静化にともなって,多くの国で貯蓄率がほぼ正常な水準にまで低下したこと (第1部第1-9図参照)からみて,個人の所得と消費の関係が基本的に変化したとは思われない。しかし,以下のような事情を考えると,今後,もし何らかの理由で物価が大幅に上昇する場合には,再び消費者が財布の紐を締め,それが経済活動の停滞や下降の原因となる可能性がたかまっているといえよう。その要因の一つは,多くの国で,消費者が物価動向に敏感になっていることである。たとえば,アメリカでは,消費者の信頼度(コンフイデンス)を耐久財の購入計画などを中心に調査しているが,76年春に一時消費者物価の騰勢がたかまったとき,この「消費者信頼度指数」は低下をみせた。その二は,ヨーロッパや日本でも,生活水準が向上した結果,消費者は,それほどみじめな思いをしなくても,必要と思えば消費を或る程度切りつめることが出来るようになったことである。とくに,乗用車をはじめとする耐久消費財がかなり普及した結果,インフレが激しくなったりして実質所得の伸びが鈍ると買替えを繰り延ばすことになり,それが経済に大きな影響を及ぼすという効果が生じやすくなっている(アメリカでは1950年代からこのような条件が存在し,乗用車の売れ行き如何が景気動向に少なからぬ影響を与えている)。

以上のように,70年代前半に生じた激動の要因について,その持続性を検討してみると,①固定レート制からフロート制への移行による主要国為替レートの一斉,かつ大幅な変化,②国際流動性や国内マネー・サプライの急増によるインフレ高進,③石油価格の4~5倍の騰貴などは,今後はくり返されるおそれは少ないと考えられる。

しかし,その一方,①経済の政治化,②発展途上国の発言力の増大,③一次産品の価格の堅調と供給の不安定性はつづくと考えられる。したがって,工業国の経済拡大が急速に進む場合には,一次産品価格の上昇を招きやすい状態が持続するとみられる。同時に,インフレ心理が払拭されておらず,インデクセーションが拡がっているために,一次産品の上昇などによって物価上昇率がたかまると,これが連鎖反応を起こし,インフレが高進しやすくなるとともに,国民がインフレに敏感になっているために,耐久財等を中心に消費が停滞し,政府のインフレ抑制策と相俟って,不況を招来する危険性もたかまると思われる。

一方,労働力の供給,技術革新など,長期的な成長力には大きな変化はないとみられるが,1970年代前半に多くの国で民間設備投資が停滞した結果,今後2~3年の生産能力の増加テンポは比較的緩慢なものになると予想される。したがって,たとえ現在ではかなり大幅な余剰設備が存在するにしても,先進国全体としての生産拡大が余りに急速になれば,1~2年後には一部の基礎資材産業の需給が逼迫し,物価再上昇を招くおそれもある。

このような諸条件のもとで,世界経済の円滑な成長,発展を実現していくためには,つぎのような政策態度が必要とされよう。

その一つは,インフレの再燃を回避しながら,先進国経済全体としての持続的成長を図ることである。現在の先進国における失業率が非常に高いことを考えれば,成長率をできるだけたかめて,雇用状態をなるべく早く改善することが望ましい。しかし,当面の成長が余り急速になると,①工業国の一部基礎産業にボトル・ネックが生じたり,②石油の輸入が急増して,石油価格の上げ幅が大きくなったり,③原材料の価格が上昇することによって,インフレが再燃し,かえって拡大が短命に終るおそれが大きい。したがって,当面の拡大が余り急速にならないよう,政策運営を行なうことが必要になる。同時に,需要の伸びが低すぎて回復が失速することも避けるべきことはいうまでもない。

その二は,一次産品の供給の不安定性に対処し,価格の大きな変動を防止することである。このためには,主要な一次産品について,各国毎に備蓄の増大を図るとともに,供給及び価格の安定のための適切な国際的措置を探求していくことが必要である。

国際通貨面では,当分の間主要国通貨はフロート制をつづけると予想され,各国間の経済パフォーマンスの格差はつづいても,主として為替レートの弾力的変化によって調整されると期待される。したがって,国際収支の調整機能も,60年代にくらべれば著しく改善され,レートの小幅の変動,小型の通貨投機は避けられないにしても,各国が人為的な為替操作や輸出入制限に走らない限り,国際通貨面の大きな混乱は回避できるのではなかろうか。

もっとも,変動的な為替レート制のもとで,国際収支の調整機能がたかまったといっても,それにも自ら限度がある。とくに恒常的に高いインフレをつづける国があれば,前述のようなレートの低下と国内インフレの高進という悪循環に悩まされる可能性がある。また,このような事態が大国で生ずれば,それに伴なう好ましくない影響が世界の多くの国々にも及ぶことはさけられない。したがって,各国が節度をもって経済運営に当ることが肝要であると同時に,万一そのような状態に陥る国があらわれた場合には,国際的な協力によってその是正を図ることが望ましい。


[前節] [目次] [年次リスト]