昭和51年

年次世界経済報告

持続的成長をめざす世界経済

昭和51年12月7日

経済企画庁


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第2部 70年代前半の構造変化とその影響

第1章 70年代前半の経済変動の背景

第3節 二桁インフレ

先進工業国におけるインフレーションは,60年代後半から次第に加速する傾向をみせ,OECD加盟国のGNPデフレーターの上昇率は,60年代前半の年2.6%から,後半には4%をこえるに至った。70年代初頭には主要国景気の同時的拡大を反映して,物価上昇テンポはさらに速まり(73年上期のOECDデフレーター1よ前年比7%上昇),これに73年秋以降の石油危機の影響も加わったため,74~75年にかけて,ほとんどすべての主要国で消費者物価の年上昇率が10%を上回るという,いわゆる二桁インフレ状態が現出した。

このように,OECD諸国全体としての物価上昇率が次第に加速された背景としては,以下の諸点が指摘できる。

第一は,60年代後半から70年ごろにかけて,主要国の需要の伸びが一斉にたかまったことである。いまこれを,各国の鉱工業生産のすう勢値(トレンド)からの「かい離率」でみると, 第1-2表のように,60年代前半には日,独,伊ではトレンドを上回ったものの,米,加では下回っていた。これに対して,60年代後半には,フランスを除いて,すべての国でトレンドを大幅に上回っている。

第二に,このような経済の急テンポの拡大を背景に多くの国で賃金上昇率がたかまり,国民所得に占める賃金所得のシェアが高まるなど,コスト・プッシュ的傾向の強まった国が多いことである。主要国の製造業時間当り賃金の動きをみると,第1-3表のとおりで,69~73年の賃金上昇率は,その前の4年間(65~69年)にくらべて,すべての国でたかまっている。とくに注目されるのは,労働者1人時当りの売上高(労働生産性×工業品卸売価格)と賃金との関係である。65~69年においては,イタリア,日本以外では賃金の伸びは物的生産性の伸びをかなり上回っていたものの,1人時当り売上高の増加テンポとくらべれば,賃金はこれを下回っていた。これに対して,69~73年においては,すべての国で賃金上昇が物的生産性を大幅に上回っただけでなく,米・仏以外ではすべて,1人時当り売上高を上回る賃金上昇がみられた。つまり,売上高に占める賃金の割合が上昇したわけである。たとえば,西ドイツでは,65~69年の賃金上昇は年平均6.2%で,生産性の伸び(6.0%)をわずかに上回ったが,この間,工業品価格が年0,5%の上昇をみたため,1人時当り売上高は,賃金より高い伸びを示したことになる。これに対して,69~73年についてみると,賃金の上昇は年10.8%へと著しくたかまり,生産性の上昇(5.0%)を大きく上回ったばかりでなく,1人時当り売上高の伸び(9.9%)をかなり超過した。

70年代に入ってからは,上述のような傾向がつづいたうえに,①72~73年における主要国景気の同時的拡大,②それにともなう原燃料価格の上昇,③72年の世界的凶作などによる農産物価格の高騰,④物価上昇の継続にともなうインフレ心理のまん延,⑤環境問題の深刻化にともなう公害防除コストの上昇などの要因が重なった。さらに,石油価格の数倍に及ぶ引き上げが二桁インフレの直接のきっかけとなったことはいうまでもない。同時に,70年代はじめには,アメリカの国際収支赤字の急増などから,国際流動性が著増し,各国が景気刺激策をとったことも加わって,72~73年に多くの国で通貨供給量が著増したことも,インフレを加速する一因となったとみられる。


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