昭和50年

年次世界経済報告

インフレなき繁栄を求めて

昭和50年12月23日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

I 1974~75年の主要国経済

第1章 アメリカ

1 経済動向

(1)国民総生産2年連続減少

74~75年のアメリカ経済は戦後最大の景気後退を経験した。実質国民総生産で5・四半期,鉱工業生産では17ヵ月にわたり,後退幅も実質GNPで7.8%,鉱工業生産で13.8%と過去5回の景気循環では最長,最悪であった(第1-1表)。

第1-1表 景気後退幅の比較

最近の実質GNP上昇率は74年第1四半期の年率マイナス7.0%(季節調整済み)を最初に続く2四半期も石油ショックの立直りを見せたものの連続マイナスとなり,74年第4四半期と75年第1四半期はそれぞれマイナス9.0%,11.4%と1四半期の落ち込み幅としては74年第1四半期の記録を更新するに至った。75年第2四半期に入って生産の底入れが確認され,加えて75年減税法の発効もあり景気は上昇に転じ1.9%上昇したあと,第3四半期には13.4%と景気回復が確実なものとなった(第1-2表)。

第1-2表 経済成長率の推移

この間,実質GNPは74年に前年比マイナス2.1%退し,75年第4四半期は前期ほどの上昇が期待できないため75年もマイナス3%前後と予想され2年連続のマイナス成長となる。

GNPの主要構成項目の動きで注目されるのは,従来の後退局面においては安定需要要因であった個人消費が74年に前年比3.3%と年間で初めて減少したことである。これは言うまでもなく,今回の不況が石油危機を発端としたインフレを伴うものであったことなどによって実質所得が減少したこと(一人当り実質可処分所得は1958年価格で73年2,945ドル,74年2,845ドルで74年は3.4%減少)と,景気先行き不安からの購買意欲の減退に起因するものであった。四半期別の推移では,個人消費はGNP全体が減少するよりも1期前に減少に転じた。73年央から停退していた耐久財消費に,石油ショックによる自動車関係支出の激減(前期比15.2%減少)が大きく影響した。続く74年第1四半期にも非耐久財消費の減少も加わりGNP減少額の43.4%を占めた。しかしその後の2期は回復,第4四半期に再び減少したが,それは新車値上げに伴なう消費者の買い控えによるものであった。75年型車が大幅値上げされたため,消費者は7~9月に74年型車を買い新型車を敬遠した。

これが第4四半期に売れるはずの自動車を先取りしたこととなり,製造業の意図せざる在庫をふやす結果となった。

73年第2四半期以来の住宅投資減少傾向は74年も続いた。景気後退局面でも金利が比較的高かったからである。74年第3四半期からは非住宅投資も減少に転じその後のGNP減少に大きく寄与した。在庫投資は後退局面にはいってから5四半期目の75年第1四半期にマイナスとなり,在庫削減額は不変価格で1953~54年当時の2倍余となった。74年第4四半期に意図せざる在庫増を抱えた反動で,在庫整理が75年にはいってから急激に進められたためであるが,これは従来の後退局面と異なる動きであったといえよう。

純輸出と政府購入は多くの四半期で浮揚要因として働いたことは従来のパターンと変りなかった(第1-3表)。

第1-3表 実質GNPの需要項目別増加寄与率の推移

(2)75年年央より回復

前述の様に75年第2四半期よりアメリカ経済は回復に向い,殊に第3四半期の上昇幅は13.4%と55年第1四半期の12.4%に勝る20年ぶりの大幅上昇となった。しかしGNP増大に最大の寄与をみせたのは在庫投資であった(増加寄与率59.9%)。そこで在庫変動を除外した最終需要でみるごとにすると,前期比5.0%(年率)増で,第2四半期の4.6%とあまり変わらず,インフレ再燃を懸念する金融政策の運営と消費者の購買態度が引続き慎重であることにより,景気回復の初期段階としては特に強いものではない(第1-1図)。

第1-1図 回復2期間のGNPと最終需要の上昇幅

2 部門別動向

(1)鉱工業生産

今回の後退局面では73年11月をピークとして鉱工業生産が減少し,75年4月までの17ヵ月間に13.8%減少した(第1-1表)。石油ショックの初期的影響から立直った74年第2~第3四半期には,比較的堅調であった事業設備や耐久消費財が部分的な立直りを見せて生産指数総合は前期比年率で第2四半期1.9%の上昇,第3四半期0.3%の減少と緩やかな後退局面を呈していたが,第4四半期にはいると,自動車を中心とした耐久消費財が前期比年率32.2%の大幅な減少となったのをはじめ,全部門で急激な減少を示し総合指数では前期比年率12.5%減となった。続く75年第1四半期も28.4%と大幅に落ち込んでいる(第1-2図)。74年9月をピークとして75年4月までの7ヵ月間の後退幅は12.5%と57~58年に匹敵するものであった。

第1-2図 鉱工業生産の推移

底を打ってからの回復は第3四半期には強いものをみせたが,自動車部門の在庫増加懸念からの生産手控えもあって10月には小幅の上昇にとどまり,過去の回復局面に比べてもあまり強い回復力を示していない(第1-4表)。製造業の操業率も74年第4四半期に急激に減少し75.7%となった。その後も75年第2四半期の67.0%まで低下したあと,第3四半期にはようやく上昇したが,依然極めて低い操業率を余儀なくされている(第1-5表)。基礎資材部門の操業率は74年第2四半期まで90%を越えていたが75年第1四半期まで下落が続いた。この時の70.7%を底にその後は上昇し第3四半期に77.5%に上昇した。

第1-4表 鉱工業生産の回復速度

第1-5表 製造業操業率

(2)住宅建築の回復はゆるやか

民間住宅着工数は74年も減少を続け,12月には年率88万戸になり,前年同月比38.9%減と66年10月の84万戸に次ぐ最悪の状態となった。72年ブーム期の年平均236万戸に比べるとまったくの様変りである。住宅建築許可戸数も着工数と同じく74年後半に大幅に減少し,75年第1四半期に底となった。高金利と建築資金の高騰が需要側の購入意欲と供給側の建設意欲を阻害しており,最近に至るまで一進一退を続けている。

74年12月よりの5回にわたる公定歩合の引下げにもかかわらず,住宅抵当証券金利は9%台と高水準にある。又住宅金融機関への資金流入も他の中・長期金利が比較的高水準にあったため75年第1四半期までは活発さがみられなかっことも住宅投資の停滞の一因である。

住宅投資は従来の景気回復局面ではGNPの回復に先行して増大するのが普通であるが,今回はほぼ同時であった。75年減税法の新規住宅購入の5%税額控除に続いて,7月2日には75年緊急住宅法の成立(約30万戸の住宅建設を促進する効果があるとする)によって建築コストの軽減措置を講じているが,回復はにぶい。業者筋の予想ではもっとも楽観視しているもので76年の住宅着工数は130万戸から160万戸という予想で,75年第4四半期についての年率140万戸から160万戸という予測と変わらない。

(3)設備投資は低迷

設備投資は74年に名目で12.7%増加(実質3%)したが,75年の実績は名目で第1四半期前期比1.4%減,第2四半期1.8%減,第3四半期0.3%減と減少が続いている。10~11月の商務省予測調査結果では第4四半期は名目で2.4%の上昇となるが,75年全体では名目で1%増となり実質では10%の減少と予測される。

なお76年上期にはこの調査結果では名目前期比5%の見込みであり,これは年率約11%の増加で,物価上昇を年率7%としても実質でも4%の増加程度は期待されるとしている。

(4)雇用と賃金

民間雇用は73年の8,441万人から74年の8,594万人へ1.8%増加し,非農雇用でも1.8%増となったが,74年7月の8,497万人をピークに減少し,第4四半期,75年第1四半期と不況の深化に呼応して雇用情勢は急速に悪化した(第1-6表)。

第1-6表 民間非農雇用の推移

民間労働力人口はインフレによる家計収入の目減りを補填するための婦人層の労働参加等もあり,景気後退下の74年にも2.6%増加して労働力率は73年の61.4%から61.8%に上昇した。労働需給のバランスが大きく崩れたことも今不況の特色である。

失業者は自動車産業等のレイオフが高まった74年9月以降急激に増加し11月に600万人を超えて以来,75年5月には854万人と73年10月の2倍余の失業者数となった(第1-3図)。

第1-3図 失業者数,失業率の推移

失業率は74年第4四半期に急上昇し,75年1月には8.2%と戦後の最高となったあとも5月の9.2%まで上昇した。6月には8.6%と大きく低下したものの,その後の回復は一時労働市場から難れていた婦人労働者の再入等による摩擦的失業の増加や製造業においては労働時間の増加だけで生産増を賄える状態であることから,12月にも8%台を下らないと予想されている(第1-7表)。

第1-7表 失業率の推移

75年5月の性別失業率を近年の最低であった73年10月と比較すると,男子は8.5%で3.9%から2倍余も上昇しており,女子は10.2%(73年10月5.6%)と男子より高く上昇ポイントは男女とも4.6であるが,女子は失業によって家庭に復帰するので男子に比べ上昇率は低い。アメリカの失業で深刻な問題となっているのは,人種間の失業率のかい離と若年層の高失業であるが,75年5月の白人8.5%に比べ黒人その他有色人種は14.7%と高率であり,16~19歳男女では21.8%と労働意欲のあるものの5人に1人は失業していることになる。

失業対策としては74年12月に成立した緊急失業給付法によって失業保険給付期間の延長により最大給付期間が52週となり,更に75年減税法において,75年6月末までに失業保険の給付期間が終了する失業者に対し,給付期間をさらに13週間延長し最高65週間となった。また74年12月に成立した緊急雇用および失業者援助法によって,失業保険給付の対象とならない失業者に対しても最長26週間の特別失業給付が行われることになるなど,給付期間と範囲拡大による救済策を講じている。

1人当り週賃金(民間非農部門)は73年の145.43ドルから74年の154.45ドルヘ6.2%ふえたが,1967年価格では73年の109.26ドルから104.57ドルヘ4.3%の減少となり,75年9月現在では名目で前年同月比4.8%増,実質では2.8%のマイナスとなっており,実質賃金の減少が続いている。

実質時間当り賃金は73年第4四半期以降減少傾向がとまらず,75年にはいって物価上昇が鈍化するに伴ない前年同期比では75年第3四半期に前年の水準に近づいているが,74年の落ち込み分を取り返えすには一層の物価安定が必要となる。生産性が第3四半期に上昇に転じたがまだ73年の水準に達していない(第1-8表)。

第1-8表 民間非農業の賃金と生産性

労使協約による初年度賃上げ幅は74年第4四半期には14.6%の大幅上昇となったが,75年にはいってからは落ち着きをとりもどし第3四半期には11.4%となった。75年には大労組の協約改訂がなかったことも一因であるが,76年には自動車,建設,電機といった大労組が更改期を迎えるので,景気上昇との兼ね合いから労働界の動向が注目される。

3 物価動向

(1)物価の上昇鈍化

物価は74年第3四半期を転機として鎮静化し始めた。卸売物価は74年も73年に続いて二桁上昇し,朝鮮事変中の1951年の上昇率(11.4%)をはるかに上回る18.9%も上昇した。四半期別では第3四半期の前期比年率31.3%を境に急速に鎮静した。75年第1四半期になると農産物,加工食品・飼料が連月低下し,工業品の上昇が原材料部門の下落もあって鈍化し始めて総合では前期比横ばいとなった(第1-9表)。

第1-9表 卸売物価上昇率の推移

消費者物価も74年を通して二桁の上昇を示したが,卸売物価の鎮静化によって75年にはいって落ち着き始め第2四半期には前年同期比9.7%となった( 第1-10表 )。

第1-10表 消費者物価上昇率の推移

(2)最近の物価の動き

75年7月には卸売物価,消費者物価がともに前月比1.2%(季節調整済み)高となった。これは年初来下落傾向にあった農産物の反騰によるところが大きかった。すなわち75年央には肉類,青果物が大幅に上昇し,次いでソ連の穀物不作による大量対米買付けがあって食品相場の再燃が懸念された。8,9月には落ち着きを取り戻したが10月には卸売物価が前月比1.8%高となり,消費者物価も0.7%高と楽観はできない動きを示している。

工業品は卸売段階では6月より若干上昇気味となっている。国内旧原油統制は12月15日まで継続していたが,一方エネルギー節減政策に関連して,原油の輸入手数料が2月よりバーレル当り1ドル賦課され,6月には2ドルに上げられると共に輸入石油製品に対してもバーレル当り60セントの課徴金賦課(9月1日より廃止)があり,これらの浸透も一要因であった。コスト圧力を理由とした金属の値上げ,モデルチェンジによる自動車の値上げは発表時よりは小幅にとどまったが物価押し上げ要因として大きく働いている。

(3)物価対策

74年8月20日に物価動向を監視する目的で設立された賃金物価安定委員会は75年8月15日の期限を延長して77年9月末までの存続が決定された。同委員会は75年7月上旬,アルコア,レイノルズなどの平均2~3%値上げ申請に1ヵ月の実施延期を申し入れて,この間に実情を調査,値上げは8~9月へ約1ヵ月延期された。8月の鉄鋼値上げ発表(実施は9~10月)に対し同委員会は反対しなかったが,10月のユニオン・カーバイドによる11月1日からの凍結防止剤2.2%値上げには,生産・販売コストの今後の値上がりを見込んだ値上げの疑いありとして資料提出を要求,調査の結果11月4日この値上げを不当と発表した。

第1-4図 卸売物価・消費者物価の推移

なお,物価政策として注目さるれのは独占禁止法の運営である。75年春,ゼロックスは連邦取引委員会(FTC)の要求により重要特許の公開と従来の使用料金その他価格の実質的引下げに同意し,一方,議会が75年に特定の州での再販売価格維持契約を認めた連邦反トラスト法の特例廃止に動き出したため,75年中に15の州が議会の行為を予想して,州法による再販価格維持を取りやめた。ニューヨーク,コネチカット,ニュージャジーではこのため音響機械価格は大幅に下がったといわれる。

12月12日にフォード大統領は上記の連邦反トラスト法の特例を廃止する公正取引法案に署名,今後の小売店間の競争促進,消費者物価の引下げが期待される。

4 財政金融政策

ニクソン大統領辞任のあとを次いだフォード大統領は74年10月8日,新経済政策を発表し,景気対策としては住宅建築の振興,設備投資の税額控除率引上げ(7%を10%へ),失業給付期間の延長,高失業地域の公共事業計画,低所得層減税を提案,エネルギー対策としては,75年末までに1日当たり100万バーレル輸入石油を削減する目標を掲げた。

次いで75年2月の予算教書では,歳入2,975億ドル(前年比7%増)歳出3,494億ドル(11%増)とされ,赤字は前年度の347億ドルから―躍519億ドルと見積られた。防衛支出は1969~74年度ではほぼ不変であったが,76年度では10%増で歳出増加率よりもやや低かった。しかしGNPに対する比率は69年度の8.9%から76年度の5.9%へ大幅に減退した。

第1-11表 連邦予算

新年度予算は,減税による経済刺激とエネルギー価格引上げによる消費節約をねらいとする新年度予算の概要を発表した。主な内容は次のとおりであった。

(1) 減 税

a  1年限りの減税         160億ドル

  内訳  個人所得税(払戻し)   120

      法人(投資減税)      40

b 恒久的減税            255

  内訳  個人所得税       165

       法人税         60

(2) エネルギー節約に関する増税

a 輸入石油手数料

バーレル当り1~3ドル

300億ドル

石油消費輸入税

バーレル当り2ドル

b aの税収をもって(1)bの恒久減税の財源に充てる。

石油消費輸入税を議会が可決すれば輸入石油手数料は廃止する。

(3) その他の財政措置

a 76年度ではエネルギー以外の新規支出計画を認めない。

b 1975年中連邦職員給与ならびに消費者物価指数にリンクする社会

保障給付,退職年金などの引上げ幅を5%以内にとどめる。

(4) エネルギー対策(本節中の後出のエネルギー対策の項参照)

大統領提案は議会審議の段階でかなり変ぼうし,個人181億ドル,企業48億ドル,計228億ドルの大型減税が実現した。

一方,石油価格を引き上げて消費節約をもらった輸入手数料は2月から1バーレル当たり1ドルとし3,4月にそれぞれ1ドルずつ引き上げることになっていたが,議会の抵抗によって3月以降の引上げは90日延期され,6月旧に2ドルまで引き上げられたまま今日に至っている。8月末失効する古油井からの産油価格の凍結が12月15白まで延期され,その後の成行きによっては原油輸入手数料の廃止も考慮されるだろう。なお75年9月1日から石油製品輸入関税(バーレル当り60セント)が廃止された。

1975年減税案は議会審議段階で改定され,個人181億ドル,企業48億ドル,その他を合わせて231億ドルの収入減となった。個人減税ならびに74年中に納付した所得税の現金払戻し(10%)は納税者1人当たり最低50ドル,最高100ドルであった。現金給付と毎月の源泉徴収税の減少した5,6月には個人の可処分所得をかなり増大させ,個人消費を維持もしくは増大するに役立った。

1975年減税の内容(10億ドル)

1.個 人

1974年の租税を払戻し         8.1

標準控除               2.5

人的控除付帯税額控除         5.3

税率引下げ              … 

勤労所得税額控除           1.5

住宅購入税額控除           0.6

扶養親族保護費控除          0.1

小  計            18.1

2.企 業

投資税額控除(7%を10%へ)       3.3

法人付加税控除            1.2

法人税率引下げ            0.3

小  計            4.8

3.加支出

特定プログラムによる100ドル現金支払  1.7

緊急失業手当              0.2

小  計            1.9

4.増税項目(石油減耗控除の改定等)    1.7

歳入減少総額          23.1

フォード大統領は75年10月6日,76年には280億ドルの大型減税を提案した。75年減税は企業の設備投資減税を除けば,1年限りの措置であって,76年には74年までの税法が復活,75年比約170億ドルの増税となるため,これを76年以降に恒久的減税として延長し,新たに110億ドルの減税を上積みし,77年度(1976年10~77年9月)の支出限度を3,950億ドルに抑えるよう要請した。議会は減税審議に取りかかったが支出わくの設定には消極的である。

1976年度では景気対策費のほか硬直的な支出(第3章第1節参照)もあり,他方では景気後退による税収伸び悩みから,財政赤字は増大した。75年2月の大統領予算では519億ドル赤字見通しであったが,5月30日の改定で599億ドルにふえ,10月リン行政管理予算局長言明では685億ドルヘ再増,さらにその後両院協議会では741億ドルを推定,やや赤字幅がふくらんだ。

巨大な財政赤字の補てんは国債の増発によったため,金融市場の金利を引き上げ,住宅金融や企業金融に悪影響を及ぼした。たとえば比較的高利回りの免税国債を購入するために金利に上限の設けられた住宅金融機関から資金が流出し,あるいは流入すべきものがはいってこないなどの事態が発生し,部の銀行その他企業が一度発表した起債を中止することもあった。このため住宅建築や一般産業活動に悪影響をもたらしたといえよう。

(金融政策)

74年9月以来金融緩和の傾向がみられ,12月には公定歩合が引き下げられた。「信用需要最近の緩和」と「夏以降の市場金利水準の低下」に省みての引下げであったが,失業の増大,鉱工業生産の低下が目だち,工業製品を中心に狂乱物価の収束する気配も感じ始められたからであった。その後,公定歩合は1,2,3,5月とあい次いで引き下げられ,引下げ前のピーク8%から5%へ低下,プライム・レートは史上最高の12%から6月の7%まで大幅に低下した。

6月16~17日の公開市場委員会は景気回復を刺激するかたわら,インフレ圧力に抵抗するため,今後数ヵ月通貨供給量をゆるやかに増加させる方針を決定したが,26日にはよ通貨供給の増加速度が予想外に大きかったため,市場操作目標金利の上限(フェデラル・フアレドの利回りで6%)近くまでになるまで買い出動せず,上限がさらに6.25%に引き上げられた。9月下旬まで続いたもようである。このような政策を反映して,プライム・レートはふたたび上昇に転じ,9月には8%まで戻した。

10月初めから連邦準備はふたたび金利操作目標を引き下げ,プライム・レートも低下し始めた。130億ドルの負債を抱えたニューヨーク市破産の危険から銀行の流動性を高める意図があったように思われる。ニューヨーク市財政問題も11月末には,連邦の資金援助方針が決まり,一方,産業活動や資金需要も強まり,短期金利は横ばいに変わった。

1975年3月,フォード大統領は金融機関制度改正法案を議会に提出した。

アメリカの金融機関は歴史的な伝統から商業銀行とその他銀行間に厚い垣根がつくられていた。このため競争が制限される嫌いもあり,また金融引締めの厳しい時期には,住宅金融機関が不利となる嫌いがあった。この政策については,過去にも数回必要法案が提出されたことはあったが,可決されるには至らなかった。今回はまず上院が11月11日,これを可決した。これによって①商業銀行と貯蓄貸付組合の預金金利の最上限が5年半の期間で撤廃され,②貯蓄,貸付組合に当座預金のサービスを認め,また利息のつく当座預金口座開設を認め,③商業銀行,貯蓄銀行間のサービスる相互に拡大することを認めることになっている。

〈ニューヨーク市財政危機問題〉

1975年9月初め,ニューヨーク市の財政危機が明確化し,ニューヨーク州が援助に乗り出す議案を州議会が審議したころ,市の負債は130億ドル(内長期60億ドル)といわれ,76年6月の年度末までに必要とされる短期資金は64億ドルと見積られた。とのため市は財政管理権と引換えに州政府から23億ドルの資金援助を受けることとなった。

ニューヨーク市の財政危機は過去数年間たわたる福祉支出の増大,都市環境の悪化や税負担の増大を嫌う中高所得層のューヨーク離脱などによるものであった。ニューヨーク市ならびに州政府は再三,連邦準備や連邦政府に救援を求めたが,実現せず,ニューヨーク市破産の日は刻々と迫りつつのあった。こうしたなかでニューヨーク州と市は11月25日,①個人所得税25%の増徴,タバコ税,財産税など年間2億ドルの増収をはかるほか,②市立学校,公園,図書館なの460の公共施設の建設を一時中止して1億6,000万ドルを浮かせ,ニューヨーク市の短期債券16億ドルを長期債に借り換えるなどによって,76年6月末日までに約25億ドルの債務償還を免れることになった。

この自主計画の決定をまって,フォード大統領は州に対する23億ドルの貸付けを3年間繰り返すことになり,76年央までのところ,ニューヨーク市財政問題は,いちおう小康状況を保つことになった。しかし短期債券を長期債券に借り換えることに不満をもつ小銀行がこれを違憲とする訴訟を起こしており,判決が市側に不利となる場合は別である。

連邦の貸付け条件は23億ドルを3年間引き続いて融資するのではなく,州の財政支出がふえる7月から翌年3月までの間に貸し出し,税収のふえる6月までの間に返済させることになった。これは融資をいったん回収することによって,州や市に放慢財政の継続を許さないよう間接的な規制を加える効果をもっている。

ニューヨーク市問題が大詰めに迫るにつれて,これまでニューヨーク市の短期債を大量に抱えた中小銀行の流動性不足問題が新たに発生する。一部に憂慮された銀行不安や取付騒ぎは遠のいたものの,流動性不足となる銀行には連邦準備の援助が必要となろう。

また広く国民経済的観点に立てば,ニューヨーク州ならびに市に似た問題を抱える他の地方財政の緊縮は時間の問題のように思われ,これまでGNPに連邦財政以上に貢献した地方政府支出の景気浮揚力は弱まるであろう。

〈エネルギー対策〉

前述のように政府は価格メカニズムによって消費を規制するほか,石油価格上昇による国内エネルギー資源の開発促進効果を望んでいるが,その他の長期政策としては1.75年末までの輸入石油削減目標に次いで75年の一般教書で77年末までに1日当たり200万バーレル削減方針を示し,85年の輸入を1日300~500万バーレルにとどめる。

2.主な対策としては石炭燃焼発電所をふやすためめ環境規制法の緩和やマスキー法の排気ガス規制実施の5年延期を要請,反面では自動車メーカーに燃料効率改善を義務づけ,76年度エネルギー技術研究・開発支出17億ドル(前年比36%)を要求した。その一つの試みとして太陽熱利用の研究・開発に8,900万ドルの予算を要求,エネルギー開発庁(ERDA)は西歴2000年までに全エネルギーの25%を太陽熱で賄う野心的な計画を発表した。

75年10月には国内エネルギー開発目的でエネルギー独立公社(EIC)設立法案が議会に提出された。1,000億ドルの資本金中75%を政府で借り入れ,合成燃料技術の商業化,新エネルギー技術開発に融資する。

またERDA予算の一部として7月31日には,合成ガス,石油の商業生産に対する融資保証60億ドルが付け加えられた。これは石炭や油母頁岩からの石油,ガス採取を援助するもので,コロラド州などでは法案の成立に期待をかけたが,12月11日,下院はこれを否決した。

第1-12表 輸出入および貿易収支の推移

第1-13表 商品別輸出入の推移

5 国際収支の好転

1975年前半にはドル相場の低落,ソ連向け小麦輸出などによって,貿易収支は好転した。FAS(船側渡し)ベース輸出は年初来5月まで減少したが,その後回復に転じ,10月の水準は前年同月を7.1%上回った。しかし輸出価格はそれ以上に上昇したので,数量ベースでは減少した。一方,輸入は景気後退を反映して6月まで減少傾向を保ち,7月からふえ始めたが,10月前年同月比減少幅は6,4%にも達した。

1~8月の主要商品別輸出実績では食料,飲料,タバコの輸出が5月を底に回復,原料,資材輸出は6月,工業製品は5月を底に増大傾向にある。他方,輸入品では食品,飲料,タバコが6月,原料,資材が3月,工業製品が6月を底として以後回復し始めた。

以上のように輸出の増大,輸入の減少傾向を反映して貿易収支は2月以来黒字に変わり,毎月10億ドル前後を記録した。74年の月平均1億9,500万ドル赤字に比べて著しい変化であった。

第1-15表 国際収支

貿易収支の好転によって国際収支も好転,流動性ベースでは,74年第4期半期まで5四半期にわたった大幅赤字が75年第1~2四半期には大幅な黒字に変わり,第3四半期でもなお3億ドル近い黒字を維持した。とくに目覚ましいのは経常収支の回復である。経常収支(送金を含む)はすでに74年第4四半期から黒字を記録,75年第1四半期には20億ドル,第2四半期には倍加した(41億ドル)。貿易収支黒字の増大,観光,運輸支出の減少によるものであって,74年中134億ドルもの黒字を記録した海外民間投資収益は75年上期に年率約90億ドルヘ減少した。長期民間資本流出は74年下期の77億ドルから75年上期の43億ドルヘ急減して,基礎収支は74年下期の101億ドル赤字から75年上期の10億ドル黒字へ改善した。その上非流動民間資本が同じ期間に38億ドル赤字から9億ドルの黒字に好転した。

〈通商政策の変化〉

74年12月成立した74年通商法によって,75年初めから新国際ラウンドが動き出した。前回のケネデイ・ラウンドとはちがって,関税のみならず非関税障壁とも大幅に引き下げようとするものであるが(第3章参照),世界的不況下にややもすれば保護貿易主義の台頭しやすい時期であるため,国際交渉の歩みはゆるやかである。

なおアメリカ国内の不況もあって,労組,業界などから輸入被害の保護を求める声が強く,多数の商品が調査の対象となり,ダンピングと判定されたのは遺憾であった。

通商政策に関連して注目されるいまひとつ大きな出来事は対ソ農産輸出の規制であった。75年夏,ソ連による大量小麦買付けが明らかになったころ,政府は農産物価の急騰を恐れて,商談を一時停止させ,10月20日には1981年までの長期穀物取引協定が締結された。

一方,発展途上国産品に対する特恵については11月24日の行政命令によって2,724品目の輸入関税を撤回した。実施は75年1月1日からであって,98独立国と39の属領に適用される。品目は農産物から工業製品に至るまで多々あるが,自動車,繊維,くつ,エレクトロニクス製品ならびにセンシティブ・アイテムには適用を除外している。政府筋によると,今回関税ゼロとなる品目の輸入額は年間26億ドルで,輸入総額からみれば2割前後に相当する。

4 1976年経済見通し

第2次世界大戦後第6回目の景気後退からの回復要因は在庫投資,個人消費,住宅建築などであった。そしてそれを促進したのが財政金融政策であった。しかし76年フォード大統領提案の大型減税には,議会の抵抗があり,そしで政府の掲げる76年7%の成長が可能か,疑わしくなりつつある。

個人消費は75年第3四半期までのところ,大きな回復要因であったが,その最近の動きを示す小売元上げの増加速度は鈍く,乗用車売上げ台数は回復したとはいえ,前年ないし前年同期の水準はエネルギーの影響で異常に落ち込んだこと,今年の売上台数にはシベットの小型車が含まれることを割り引く必要がある。今後6ヵ月以内に乗用車買入れ計画をもつ世界は最近のコンフアレンス・ボード調べの対象世帯数中7%であって,2ヵ月前(7~8月調査)の8%よりむしろ下がってきた。乗用車,住宅,大型家具,カーペットを含めた消費者購入計画指数は74年11,12月を最低として,その後急速に回復したが,7~8月と9~10月調査では減速した。

住宅建築の先行指標である着工数は10月146万戸(年率)と前月比15%増を記録したが,着工数はこれまでの回復過程で毎月順調に増大したわけではなく,月による増減が激しかった。景気回復の初期段階から金利が高水準を保ち,7~9月には上昇したからでもある。しかも3,7月には住宅購入を刺激する措置がとられたのにもかかわらず,盛上がりに欠けるところがあった。住宅建築費の上昇も回復をはばむ一因といえる。そこで専門家筋の76年着工予測は130~160万戸と慎重である(75年8~10月の年率で133万戸)。

設備投資はようやく増加のきざしがあるが76年上期に実質4%(前期比)で強くはない。在庫投資が回復すれば,かなり浮揚力になるだろうが,そのためには小売売上げがもっと増大する必要があろう。

物価についてはペート商務次官補が76年のインフレ率で6%の上昇としており,74年の11%,75年の9%よりも,減少と推定した。物価が落ち着けば,低金利政策の推進による成長速度の引上げも期待されよう。しかし76年には73年以来最大の大手労使協約更改期に当たっており,政府当局者を憂慮させている。75年これまでの賃上げ協約最初度の平均賃金率は10%に達しており,これをかなり上回るだけでなく,ストによって生産が阻害される心配がある。協約更改期限のくる大手労組の組合員数が450万,業種はゴム(4月),陸運(3月),電機(6,7月),自動車(9月)などの重要産業が含まれる。実質賃金(製造業)が73年横ばい(51.1%増),74年4.3%減,75年9月前年同月比10%減となったので,労組の突上げは厳しいものと予想される。

過大賃上げが物価に転嫁されることになれば順調な回復が阻害される可能性もあろう。

政府は以上のような障害の予想されるにもかかわらず,76年7%成長予測を変えていないが,民間の標準見通しは6%,OECD事務局では5.75%とみている。

第2章 カナダ

1 概  観

74年から75年にかけてのカナダ経済は,カナダとしては戦後最も厳しい不況を経験した。実質GNPは,74年第1四半期をピークに75年第1四半期まで1.7%低下し,落込み幅こそ53-54年不況の規模にまで到らなかったものの,74年第2四半期以降連続4四半期の後退を続けた。そして,74年第1四半期のピーク期から数えて6期目の75年第3四半期現在もピーク時の水準以下にとどまっている(第2-1図)。鉱工業生産に関しては,最後最大かつ最長の落込みが依然続いている。失業率は,60-61年不況に次ぐ7%台の高さにあり,物価は,一時落着きをみせたものの,過去の不況期をはるかに凌ぐ二桁上昇から脱しきれずにいる。

第2-1図 実質GNPの動向-過去の不況期との比較-

このような今回不況の原因は,①世界的同時後退による輸出の減退,②金融引締めや建設コストの上昇による住宅投資の落込み,③72-73年ブームの反動,などによるものであった。

しかし,今回不況の痛手はOECD他国に比べれば,軽微なものにとどまった。74年の実質GNPはOECD全体のマイナス0.1%に対し2.8%の成長を示し,また,4四半期の後退ののち75年春に景気底入れし,アメリカ,日本に次いで今夏以降緩やかながらも一応回復に向っている。

73年に主要先進国中日本に次ぐ6.9%の実質GNP成長率を示したカナダ経済は,74年第1四半期に入ると,旺盛な国内需要にもかかわらず,輸出の減退から0.9%の前期比にとどまった。続く第2四半期は,輸出の減退に加え大規模なストライキの影響から0.3%の減少となった。第3四半期は,輸出増を輸入増・住宅投資の落込みが相殺してゼロ成長。第4四半期は,個人消費支出・輸出・住宅投資の落込みを主因に再び0.3%の減少となった。

ここで74年全体を振り返ってみると,とくに,輸出・住宅部門の不振が目立つ。個人消費支出は高雇用・高賃金による個人可処分所得の増大により4.2%増を示したものの,前年(7.5%増)のような威力はなかった。住宅投資は,建設コスト上昇に加え,金融引締めの影響から,2.6%の減少となった(前年は8.8%増)。民間設備投資も73年の14.4%から74年は7.9%の伸びにとどまり,過去数ヵ年続いた投資ブームも下火となりつつある。輸出入は,海外諸国の景気後退により輸出が3.8%の減少(73年は10.6%増)となり,輸入が比較的強い内需を反映して8.6%増(同13.2%増)となったため,純輸出では12.4%の減少(同2.6%減)となった。

75年第1四半期に入ると,漸く在庫調整の大幅な進捗がみられるようになり,前期比マイナス1.1%と今回不況最大の落込みを示した。続く第2四半期は,在庫調整が進行する中で,輸出・住宅投資の下げ止まり,輸入の減少から,前期比0.5%とわずかながら上向きに転じた。第3四半期になると,自動車需要を中心とした個人消費の回復,住宅投資の大幅伸長等を主因に,実質GNPは2期連続の拡大を示し,前期比1.0%増となった(第2-1表)。

第2-1表 国民総支出(実質)の推移

2 生産,雇用

74年3月をピークに下降局面に入った鉱工業生産は75年春から夏にかけて一時小康状態をみせたものの,在庫調整の遅れから景気が上昇局面にある75年9月現在も落込みを続けている。その幅は9.1%,期間は1年半にも達し,カナダとしては戦後最大のものとなった(第2-2図,第2-3図)。部門別にみると,とくに世界的需要の冷え込みが激しい鉱業部門はじめ紙・パルプ,製材・木製品,および繊維各部門が大きな打撃をうけている。

第2-2図 鉱工業生産の動向

第2-3図 鉱工業生産の推移

農業生産は,73年末をピークに下げ続けていたが,75年に入って上昇に転じている。

一方,サービス部門,とくに公共サービス部門における付加価値生産は,今回不況中も一貫してプラスの伸びを示し,鉱工業生産の引続く落込みを多少なりともカバーした。

住宅着工件数は73年の27万戸から74年は22万戸と2割近い減少をみせた。しかしながら,中央住宅抵当公社の資金量拡充・政府の補助金引上げなどを背景に,75年4月以降力強い回復をみせ,75年10月には年率28万戸の水準にまで達した(第2-4図)。

第2-4図 住宅着工件数の推移

次に雇用情勢をみると,74年の実質GNPは前年を2.8%上回り,これによって雇用者も4.3%(37.8万人)増加した。しかし,この間に,労働力人口も4.1%(38.3万人)増加したため,失業者は5000人増の52.5万人となった。このうち若年層が半分近い25.8万人を占めている。また,世界的食料需要の高まりから農業部門の雇用者は74年に1.3%(6000人)増と70年代に入って始めての増加を示した。

失業率は,74年末から急上昇をみせ,75年3月以降7%の大台にある(第2-5図)。とくに若年層で12%を越え,成人男子が5%台にとどまっているのが目立つ。現在の製造業稼動率の低水準,74年における企業の人員かかえ込み過ぎ,過去の傾向から,今しばらくこの高失業率は続くものとみられる。

第2-5図 失業率の推移

3 物価,賃金

74年の卸売物価の高騰は主に石油価格および食料価格高騰の結果であった。原油の国内価格は,連邦政府により統一されており,74年4月にバーレル当たり2,5下ル引上げられ6.5ドルとなった(さらに,75年7月には1.5ドルアップの8ドル)。このため石油製品,化学製品は,生産者価格で各々34%,30%の上昇を示した。加えて食料価格も,需給のひっ迫から卸売価格で25.5%高と前年をも上回る高騰を示したため,卸売物価総合では,2年連続20%を越える上昇となった。しかし,74年末から75年前半にかけて,繊維製品,非鉄金属などに下落傾向がみられるようになったものの,75年後半になると原油価格の引上げもあって,再び騰勢を強めている。

一方,消費者物価は,74年の食料,石油関連品目の高騰を主因とした10.9%上昇ののち,75年初には連続5ヵ月間前月比が1%を割るなど小康状態をみせたが,夏場には食料品,ガソリンの急上昇もあって年率16.5%の高騰を示した。その後若干の落着きをみせているものの,62~72年平均の3.4%に比べれば依然高く,前年同月比でも依然二桁インフレを続けている(第2-7図,第2-2表)。

第2-6図 卸売物価・消費者物価上昇率の推移

第2-7図 消費者物価指数の推移

第2-2表 消費者物価の費目別上昇率・上昇寄与率

これら物価上昇の要因をみると,賃金の急上昇を背景にディマンド・プル型からコスト・プッシュ型へと移行しつつあり,物価問題はより複雑化してきている。

カナダの賃金上昇率(製造業時間当たり賃金収入)は,62-72年平均6.5%で推移してきたが,72-73年のブームによる企業利潤の増大・労働需給のひっ追および生計費の高騰を主因に,74年に入ってその騰勢を強めている。しかも,需給ギャップ率の拡大,失業の増加,利潤率の低下,物価上昇率の鈍化など経済的鈍化要因にもかかわらず,75年に入っても賃金上昇の加速化は進んでいる。対米比較においては,上昇率でみて72年,実額でみても74年にはアメリカを凌駕し,とくに最近では,アメリカの2倍以上の上昇率である(第2-8図,第2-3表)。加えて生産性の停滞もあり,これらが米加間の貿易収支の悪化,カナダにおける投資環境の悪化による長期資本流入の鈍化などを招く一因となっており,単にインフレ問題のみに留らず,様々な深刻な問題を提起しつつある。

第2-8図 新労働協約賃金上昇率の推移

第2-3表 製造業時間当たり賃金収入の推移

また,多くの組合では,高率インフレから身を守るためのCOLA条項(生計費条項)を労働協約に含まぜている。74年を通してみると,500人以上の組合員を有する組合の39%でこれを採用した。

4 貿易,国際収支

74年の商品輸出数量は,世界景気とくに7割近いシェアを占めるアメリカ景気の不調から4.8%の減少となり,75年上半期の前年同期比でも8.6%の減少となっている.一方,商品輸入数量は比較的強い内需を反映して74年は10%の増加を示したが,75年上半期になると過剰在庫などから3.9%の減少となった。

従って貿易収支も73年の27億加ドルの黒字から,74年は15億加ドルの黒字,そして75年上半期には年率19億加ドルの赤字へと,悪化の一途をたどった。このような貿易収支悪化の原因は,第1にカナダの資源に対する海外需要の落込みによる輸出減,第2に比較的堅調な内需を反映しての工業品完成品などの輸入増,第3に,輸出価格の上昇を上回る輸入価格の急騰である。

貿易収支の悪化に伴い,経常収支もまた,73年の0,2億加ドルの黒字から74年は16億加ドルの赤字,75年上半期には年率64億加ドルの赤字となった(第2-4表)。

第2-4表 国際収支の推移

一方,74年の資本収支は17億加ドルと特に大幅黒字となり,上記の経常収支赤字をかろうじて埋めた。これは,州政府の海外起債増(公共事業や一般財源に充当)から長期資本収支の黒字幅が拡大したこと,カナダ・ドルの堅調や内外金利差の拡大などから短期資本収支が9年振りに黒字を計上したことによるものである。このような傾向は,カナダ・ドルの低落をみたものの,75年に入っても続いている。しかし,経常収支赤字がさらに悪化したため,外貨準備のとり崩しを余儀なくされている。

カナダ・ドルの対米ドル・レートは,74年の1米ドル=0.978加ドルから,75年2月にパー・レートを下回り,5月にはついに,70年7月の変動相場制移行以来の新安値1米ドル=1.031加ドルとなった。その後も低落を続け,秋になって漸く上向きに転じている。

5 経済政策

74年前半までの政策当局にとっての最重要政策課題は物価安定にあり,金融・財政政策の活用を中心に,この政策目標達成に全力を挙げて取り組んだ。金融面では,公定歩合を物価高騰の兆しをみせた73年春の4.75%から,74年央には9.25%まで引上げ,需要管理政策をとる一方,財政面においては,製造加工業に対する法人所得税減税,食料品に対する補助金の導入・引上げなどをはかり,供給拡大策をも併用した。また,74年に入って個人所得税に関して,税区分・控除額のインデックス化が導入された。

しかし,74年後半になって本格的な景気後退を迎えるに至り,政策目標の多元化を余儀なくされ,経済成長および物価安定の同時達成を図ることとなった。74年末から75年初にかけて公定歩合は2度引下げられ,74年11月には,リセッション回避とインフレ抑制のジレンマに苦悩しつつも,個人所得税減税,投資減税,住宅建設促進,弱者救済を骨子とした財政措置が発表された。75年6月,再び経済成長の回復,物価の安定などを目的とした選択的リフレ措置を含む新財政政策の発表に及んだ。

75年央になって漸くカナダ経済は回復軌道に乗り始めるとともに,物価再騰の兆しが顕著になってきた。これにともなって政策当局は,9月に公定歩合の引上げを実施し,10月になると,かねてからの懸案であった賃金・物価の直接規制に乗り出してきた。

(1)財政政策

75年6月23日,予想されていたよりも立ち遅れている景気回復のテンポ,賃金・物価の「自発的自粛対策」の失敗を背景に,経済成長の回復,物価安定などを目的とした新財政政策が発表された。具体的対策は以下のとおりである。景気対策としては,

1)新規設備投資減税(本年度2億加ドル)

民間投資の停滞を防止するため,新規生産設備に対し5%の投資控除制度を設ける。適用期限は1977年7月まで,対象は製造加工業,石油・鉱物採掘業,製材業,農漁業とする。

2)住宅建設促進

中央住宅抵当公社の資金量を現行の10億加ドルから12億加ドルに拡充し,民間資金による住宅建設取得に関しては補助金を臨時的に引上げる。

3)職業訓練等の雇用対策(本年度追加分6.4億加ドル)

連邦政府,民間における雇用者訓練計画の実施や,地方公共団体における新規職業訓練計画の実施。

また,物価対策としては,

4)連邦政府支出の抑制

①非義務的経費,貸付,投資等の削減ないし繰り延べ,②公務員の増加抑制,給与増加額の圧縮,③医療保険の見直し,④失業保険の合理化,などにより本年度の予算支出を当初予算比10億加ドルの削減ないし繰り延べを図る。

5)売上税,関税の撤廃ないし引下げ

一部建設資材の売上税撤廃,多くの輸入品についての関税定率の引下げないし撤廃を行なう。

その他,資源対策として,

6)石油・天然ガス価格の引上げ

これまでの政策は原油の国内統一価格を国際価格水準以下に抑え,石油問題がカナダ経済に与える衝撃を和らげる上で貢献してきた。しかし,貴重なエネルギー資源の開発・節約を促進するためには,国際価格水準にまで引上げていく必要があり,このため75年7月1日から原油国内価格をバーレル当たり1.5加ドル引上げ8加ドルとする。天然ガス価格については,11月1日からトロント引渡し価格で1000CF当たり0.82加ドルから1.25加ドルに引上げる。また,財政収入を確保し,消費節約の一層の促進を図るため,個人消費用ガソリンに対しガロン当たり10加セントの特別物品税を課する。

などがあげられ,財政収支改善のための高額所得者に対する課税強化なども図られた。

ところで,連邦政府の75-76年度の外為取引を除いた財源不足額は,当初の30億加ドルから,6月の見通しでは53億加ドルとはね上り外為取引を含めた財源不足額でも50億加ドルに達するとみられている(第2-5表)。

第2-5表 連邦政府の財政収支

30億加ドルと53億加ドルの差23億加ドルの内訳は,景気後退による税収減17億加ドル・失業保険金給付増額8億加ドル,対米原油輸出削減に伴う石油輸出賦課金の減収4億加ドルがマイナス要因であり,前年度法人税収のズレ込み分等6億加ドルがプラス要因となっている。

財源不足額53億加ドルのうち,すでに大蔵省証券で8億加ドル,外貨売却で5.5億加ドルが補てん済みであり,年度末までには,さらに大蔵省証券の追加発行が4.5億加ドル見込まれている。残りの35億加ドルについては,15億加ドルを貯蓄債券の発行でまかない,20億加ドルを年度末現金残高の取り,崩しによってまかなうことができるとみられている。

(2)金融政策

73年春以降,引続くインフレを最大の問題とし,厳しい金融引締め路線を堅持してきた政策当局は,景気後退を背景に74年11月,75年1月の2度にわたって計1%の公定歩合引下げを行った。加えて第2線準備率も74年12月,75年1月,3月の3回にわたって引下げられ,8%から5.5%にまで緩められた。

しかし9月に入って,カナダ銀行は公定歩合を8.25%から9%へと大幅に引上げた(第2-9図)。この背景には,第2四半期の実質GNPが小幅ながらも上昇に転じ景気回復の兆しが明確になったこと,今春以来市場金利が強含みに転じていること等があるとみられる。同行もコストと物価の上昇を強調し,通貨供給量の急激な増大を防ぐため,と説明し,政策当局のインフレ対策に対するより一層の重視姿勢をうかがわせた。

第2-9図 公定歩合の推移

(3)賃金・物価直接規制

75年4月の賃金・物価に関する「自発的自粛対策」が労使双方の合意を得られず失敗に帰したあと,6月の新財政政策では,連邦政府の支出削減,公務員数の増加抑制など政府自らが範を垂れることとし,賃金・物価の悪循環に終止符を打とうとした。しかしながら,賃金・物価の上昇率はむしろ加速化し,9月の公定歩合引上げのあとをうけて,ついに10月13日,連邦政府は賃金・物価の直接規制を発表し,その翌日,規制の根処となるべき「インフレ対策法案」を議会に提出した。

同法案の概要は以下のとおりである。

1)ガイド・ラインの設定

内閣は,利潤マージン,価格,配当,給与を抑制するためのガイドとして,随時ガイド・ラインを作成し,公表するものとする。

2)規制対象の範囲

上記ガイド・ラインが適用される対象範囲は,従業員500人以上の大企業(ただし建設業にあっては従業員20人以上の企業)及びその雇用者,連邦政府職員並びに公共企業体職員,医師・弁護士・会計士・エンジニア等専門的職業に従事するもの,とされている。

3)施行期限

78年12月末までの約3年間継続施行されることを前提としているものの,内閣・議会の決定による期限前の失効,延長も可能である。

4)インフレ対策委員会の設置

本規制の適切な実施を図るための母体として「インフレ対策委員会」を設置し,企業への立入り検査権,書類押収権のほか,ガイド・ラインの定める限度を超過する額の払い戻し命令権,罰金賦課権等,広範な権限を付与している。

5)罰則

本法及びガイド・ラインに違反した場合,最高10,000加ドル以上の罰金及び5年の禁固が科される。

なお,同法案は12月16日,成立をみ,10月14日に遡って施行に移された。

ガイド・ラインの内容は,賃上げ幅については初年度10%(一部は12%)あるいは2400加ドルのいずれか低い方を上限とし,物価に関しては,原価上昇分のみ価格に転嫁することを認めているものの,インフレ対策委員会への事前通告を義務づけている。

6 経済見通し

カナダ経済は75年夏以降緩やかながらも回復に向っており,個人消費や住宅投資に明るさがみられるものの,9月の公定歩合引上げ,10月の賃金・物価直接規制発表,在庫調整の遅れなどもあり,その回復力に力強さはみられず,この傾向は今漸く続くものとみられる。

個人消費については,個人所得税のインデックス化に伴う可処分所得の増加が期待されるものの,失業率の高水準横ばいが当分続くものとみられ,力強い持続的回復は望み得がたい。

設備投資に関しては,資源・エネルギー関連の増加が期待される。しかし,製造業部門では投資減税にもかかわらず,設備過剰に加え稼動率の低さも影響し,余り期待できない。

住宅投資は,力強い回復を示しているものの,金利や住宅価格の上昇から持続的高成長は望めない。政府支出に関しては,巨額の財源不足や支出削減・繰り延べなどから,好材料を見い出し得ない。貿易はアメリカの回復力如何にかかっている。

結局,75,76年の実質GNP成長率は,コンファレンス・ボード・イン・カナダ(カナダ国内で最も権威ある経済調査機関)によれば各々マイナス0.5%,プラス5.0%の上昇(9月中旬発表),OECD見通しによればマイナス1%,プラス41/4%の上昇(12月中旬発表)になると見込まれている。

政府の75年公式見通しは,74年11月発表のプラス4%が唯一のもので,76年に関しては未だなされていない。

第3章 イギリス

1 概  観

1975年のイギリス経済は,不況が一段と深化するなかで,賃金,物価は大幅上昇を続け,経常収支も前年よりは赤字幅を半減したものの,依然,大幅赤字を計上するという三重苦に悩まされ続けた。こうしたトリレンマは,73年秋の石油危機以降,世界各国が多かれ少なかれ経験したものであった。しかし,先進国の多くが,最近までに,物価と貿易収支面での問題を著しく軽減してきているなかで,イギリスは引続きその重圧にあえいでいる。

とくに,75年に入って,生産,需要の低下が続くなかで,物価,賃金の加速化がみられ,スタグフレーションの様相がさらに強まった。実質国内総生産は,73年の5,3%増,74年1%増の後,75年1~9月の前年同期比は2.2%減となり,75年全体でも約2%減となると見込まれている。これに対して,消費者物価は年初の前年比約20%高から年央には26%台に高まり,8月には26.9%高を記録した。賃金の上昇率はさらに大幅で,年初の26%台から5,6月には35%強にも達した。その後,いずれも上昇のピークを越したとみられるものの,上昇圧力は依然として根強い。

こうしたなかで,政府は75年に入って,インフレ抑制を最優先とする政策運営を行なってきた。財政,金融政策が景気支持よりもむしろ引締めぎみとされているほか,8月からは賃金の自主的規制を中心とする新インフレ対策が導入された。一方,急増する失業に対処するため,8,9月に一連の失業対策が導入された。さらに,年末には,賦払信用規制の緩和を含む一連の経済措置により,小幅の政策手直しが行なわれた。

2 部門別動向

(1)経済成長はマイナスヘ

イギリスの経済成長は,74年春から秋にかけて,石油危機後の緊急事態による後退から立直りを示したが,その後は停滞を続けている。74年第1~3四半期の実質国内総生産(季調済み)は,年率11%増の急拡大の後,74年第3~75年第2四半期には年率4.9%減となった。(第3-1図)

第3-1図 イギリスの生産・失業・操業状況

74年第4四半期以降の需要の停滞は,主として,在庫投資がそれまでの大幅増加からマイナスに転じたことによるものである。74年第2,第3四半期の在庫投資増は,GDP増分の83%にのぼったが,74年第4~75年第2四半期には,この間のGDP減少分の約1.5倍にも達する減少となった。

このため,在庫投資を除いた最終需要でみると,73年第4~74年第3四半期と74年第3~75年第2四半期ではほぼ同一水準にとどまっている。

しかし,最終需要の内わけでは,それまで好調だった輸出が減少し,個人消費,固定投資が伸びなやむ一方,政府支出の上昇テンポが高まるという変化がみられた。

これまでのイギリスの景気循環では,実質GDPの低下が3期以上続くという例はあまりなく,拡大と縮小が短期間に繰返されるパターンとなっていた。今回の後退局面では,生産ベースのGDP推計によると,75年第3四半期まで4期連続低下となっており,低下率も4.7%減となっている。戦後において,年間としてマイナスの成長率になったのは52年と58年の2回だけで,しかも,いずれもマイナス1%弱であったという実績と比較すると,今回の景気後退のきびしさがうかがわれる。

第3-2表 イギリスの国民経済計算

(2)大幅な生産低下

鉱工業生産も74年夏以降下降に転じ,75年央頃までに低下テンポの鈍化がみられるようになったものの,引続き停滞を示している。

鉱工業生産(季調済み)は,74年初の大幅低下(73年10月~74年1月間に9.4%減)の後,夏までにかなり回復したが(74年1~7月は7.9%増),その後,再び下降に転じ,75年8月までの約1年間に9.1%低下した。この結果,75年8月現在の生産水準は,過去のピーク時(73年10月)を11.3%下回り,70年平均以下にまで落込んだ。

過去1年間(9月現在)において,最大の低下を示したのは鉄鋼(27.3%減)を中心とする金属加工部門であり,化学,電気機械などがこれについで10%をこえる低下となっている。自動車部門も74年の6.2%減についで,9月の前年同月比も8.4%減と停滞を続けている。

74年夏以降の生産低下は,主として,内需停滞による受注不足によるものであるが,75年に入ってからは,輸出受注をはじめ全般に下げどまりを示している(第3-2図)。鉄鋼,自動車部門などでは,賃上げをめぐる労働争議も生産を阻害したとみられる。

第3-2図 イギリスの機械工業の受注動向

生産低下のテンポは,下期に入ってかなり鈍化しており,第2四半期の前期比4.1%減の後,第3四半期は0.5%減にとどまった。

CBI(イギリス産業連盟)の景気動向調査では,生産の先行きに対する企業の信頼度が8月調査からやや改善を示しはじめ,10月調査ではさらに改善がすすんだ。しかし,その水準はまだ低く,全体として慎重な見方が強いことを示している。

(3)個人消費の停滞つづく

個人消費(実質)は,74年下期には前期比1.7%増となり,石油危機後の低下を取りもどしたが,74年末から再び停滞色が強まり,75年上期の前期比0.1%減,第3四半期0.8%減と低下を続けている(第3-3表)。

第3-3表 イギリスの消費関連指標

実質可処分所得が74年上期に減少のあとほぼ横ばいを続け,景気の先行き不安から貯蓄率が異常な高まりをみせたこと,加えて,75年度予算措置による付加価値税の一部引上げ(8→25%)による耐久消費財需要の圧迫などが消費停滞の主因とみられる。

小売売上げ(数量)でみても,75年初来低下傾向にあり,とくに,4月末の付加価値税導入をはさんで大幅増減した後,低水準横ばい,ないし若干の増加と停滞をつづけている。

乗用車新規登録台数は74年に前年比25.2%減の大幅低下の後,75年に入ってかなり回復を示し,1~9月の前年同期比は4.7%となった。しかし,73年初のピーク時に比較すると31.4%減とまだ著しく低水準である。

新規賦払購入も,74年に大幅減となったが,75年入ってからは回復を示し,1~9月の前年同期比は20.3%増となった。とくに,4月には付加価値税導入前のかけ込み需要のために急増した。しかし,賦払信用残高は75年にも減少をつづけている。

こうした個人消費の停滞からの転換をはかるために,75年末の一連の措置の1つとして賦払信用条件の緩和が行なわれた。

(4)設備投資の大幅低下

実質国内総固定資本形成は,74年下期にはやや立直りを示したものの,年間では2%減となり,75年に入ってからはさらに低下した(75年上期の前期比は0.8%減)。74年には,民間部門の不振を政府部門がかなり補填したが,75年に入って,民間の低下傾向に加えて,政府投資も伸びなやんだことによる。

民間投資(住宅を除く)をほぼカバーする産業固定投資(農林水,石炭,電力,ガス,水道,公共運輸,公共事業などを除く。民間非住宅投資に相当する)は,74年にはほぼ横ばいとなったが,年末以降,低下を続けており,75年第3四半期までに4期連続減少し,75年第1~第3四半期には前年同期を10.7%下回った。主として,74年中は好調だった製造業部門で大幅低下が続いているためである(第3-4表)。

第3-4表 イギリスの固定投資関連指標

民間投資の促進については,政府はインフレ抑制計画の価格準則で,とくに投資控除率の引上げ(17.5→20%)を認めるなどの優遇措置の強化をはかってきた。しかし,企業収益の悪化(最近の資本収益率は約4.5%といわれる。過去の好況期の1964年は約11.5%),稼動率の低下(CBI調査では正常操業企業は30%台),高金利,景気先行きに対する企業の信頼度の低さなどから企業の投資意欲はいぜんとして弱い。

産業省の投資動向調査(10月実施)によると,75年の製造業固定投資(実質)は11~12%減(下期の前期比6%減),76年約5%減と予測されている。

しかし,CBI四半期別企業動向調査によると,投資削減を計画する企業の比率が75年初の41%から10月には15%に低下しており,最近では企業の投資意欲もかなり改善している。

(5)住宅投資は回復へ

住宅投資については,73,74年と大幅に低下した民間住宅が74年末から増加を示しており,最悪期は脱したとみられる。

民間住宅着工数は75年第1~3四半期に連続増加して前年を30.7%上回った。しかし,72,73年の好況時に比較すると水準はかなり低く,73年同期比で37.1%減となっている。政府住宅着工数は,74年中高水準を続け,前年比30%増となった後,75年第1~3四半期も前年同期を13%上回っている。

74年末以降,住宅協会への資金流入が急増しており,住宅価格の騰勢もやや鈍化している(74年11.8%高から75年上期の8.7%高へ)こともあって,需要に立直りがみられ,空屋数が急減している(74年10月5.6万戸,75年2月3.7万戸,6月2.8万戸)。住宅新築受注(実質)も75年に入って急速に回復を示している(75年上期の前年同期比23.2%増)。しかし,73年同期比では24.9%減と水準はまだ低い。

(6)在庫調整の進行

在庫投資(全産業,実質)は74年第2,3四半期に急増して,GDPの2~3%に達した後,急落に転じ,75年第2四半期にはマイナス2.7%となった(第3-5表)。主として,製造業・卸小売業の在庫調整が進行していることによるものであり,第3四半期も大幅な減少となった。第3四半期には製造業部門で大幅在庫減らしが行なわれ,完成品も減少を続けたものの,小売業,では1年ぶりにかなり大幅な在庫増となったことによる。

第3-5表 イギリスの在庫投資

製造業在庫率(在庫水準/生産,1969年第4四半期=100)のうごきをみると,73年末から急速に上昇を続け,75年第2四半期には109.6を記録したが,その後はやや低下した(第3-6図)。しかし,第3四半期の水準(107.8)は過去の高水準期の1966,67年当時よりもまだ高い(66年第4四半期106.7)。

第3-6図 イギリスの製造業在庫水準と在庫率

(7)失業者は100万人台へ

雇用情勢は75年に入ってからも悪化を続けている。

完全失業者数(新規学卒,成人学生を除く。季調済み,U.K.)は,74年央より連月増加しているが,とくに75年春から夏にかけて月平均4~7万人増の急増が続き,8月以降は100万人台にのせた(第3-1図参照)。失業率も74年央の2.5%から最近時(11月現在)では4.8%に高まっている。これは,戦後の一時期(1940年3月112.1万人)を除けば,戦後最高の記録である。失業率の地域格差もいぜんとして大きい(北アイルランド7.9%,ウエールズ5.8%,スコットランド5.3%)。

未充足求入数(季調済み)も低下傾向をつづけており,74年央の30万人台から75年10月現在で124万人に減少した。一方,一時解雇者数は,75年春には約10万人を数えたが,その後は減少して,10月現在約4万人となっている(第3-7表)。

第3-7表 イギリスの生産・雇用・失業

雇用者数は74年は前年比0.2%増とほぼ横ばいであったが,年末以降は減少傾向にある(第3-7表)。とくに,製造業部門では,74年1.2%減のあと75年初から第3四半期までに4.7%減少し,前年同期を3.9%下回った。製造業の1人当り労働時間をみると,75年央頃までかなり減少し,第2四半期の前年同期比2.8%減となった後,やや持直している。

(8)賃金の大幅上昇

雇用情勢が悪化するなかで,賃金上昇率は加速化し,賃金コストの大幅上昇から物価の騰勢を強めるという悪循環が75年上期にとくに顕著となった。

賃金率(時間当り,全産業)は,74年下期以降,上昇テンポの加速化を続け,前年同期比上昇率は74年上期15.6%,下期24.1%,75年上期32.1%の大幅上昇となった。しかし,75年5月の35.8%増をピークとして,その後やや上昇率を鈍化させている(10月現在25.8%増)。

こうした賃金急上昇の主因としては,インフレーションの高進を背景とする労組の賃上げ圧力の高まりがあげられる。とくに,74年7月末の法的賃金規制の撤廃後に,これまで抑制されていた賃上げの回復が要求され,また,75年上期には,自主的賃金規制を含む新インフレ対策導入前のかけこみの協約改訂が殺到した。民間部門では,不況の影響もあって,賃上げ率は抑制される傾向がみられたのに対して,公共部門では75年に入ってからも大幅な賃上げが続いた。このため,民間と公共部門の賃上げ率の格差が拡大した(民間30.3%,政府41.0%,75年上期)。

第3-8図 イギリスの物価・賃金動向

このほか,74年末まで1年間にわたって実施された賃金に対する生計費条項(1973年10月を基準として,消費者物価が7%上昇したら週当り40ペンスを賃金に加算する。その後,1%上昇するごとに40ペンス加算。所得政策第3段階の一環)が,石油危機後の物価急騰期に適用されたことも賃金加速化要因となった。この生計費条項は,74年5月から11月まで,8月を除いて,毎月適用され,全部で4.4ポンドの追加的上昇(74年の成人男子平均週給48.63ポンド)をもたらした。

賃金所得の上昇は,この間に失業が急増し,超勤なども減ったことから,賃金率の上昇よりは若干小幅であったが,それでも75年上期には30%を上回っている。一方,生産性は74年下期から低下傾向にある。このため,賃金コストの上昇は74年下期以降,急テンポで高まり,75年上期には前年同期比32%増にも達した(第3-9表)。

第3-9表 イギリスの物価・賃金・生産性

(9)物価の急騰つづく

不況の深化するなかで,物価の騰勢はますます高まり,とくに,75年上期にはこうしたスタグフレーションは一段と悪化した。

消費者物価は74年を通じて上昇率の高まりを示していたが(年初の前年比12%高から年末の19%台へ),75年にはさらに加速化して,年央には26%台に達した。その後,上昇率はかなり小幅化し,4,5月の月平均約4%高から,6,7月約2%高,8,9月約1%高へと鈍化した。しかし,6~9月の前年同期比では26%台と依然高水準にとどまっている。

75年の物価急騰は,主として,,①公共料金の引上げ(電気,ガス,石炭,国鉄,郵便,電話,家賃など)を中心とするサービス料,光熱費,住居費の上昇,②季節性食品の高騰によるものである(第3-10表)。公共料金の引上げは,主として,原油急騰の影響や公企業への赤字補助金政策の転換などを背景としたのであり,74年中よりも75年に入ってからの引上げ幅が大きかった。これに対して輸入原料高による加工食品の値上りは,前年よりも著しく小幅化した。

第3-10表 イギリスの消費物価上昇

卸売物価の原燃料については,化学,鉄鋼部門など75年前半に急騰したものを除くと,上昇率が大幅化(1~9月間に1.6→9.5%高)したのに対して,工業品については若干小幅となった(18.2→12.7%高)。しかし,1~11月の前年同期比でみると,工業品は24.5%高と前年の23.4%高を若干上回っている。

卸売物価(原燃料)の75年下期に入ってからの上昇率の高まりは,穀物などを中心とする商品相場の反発,原油の再値上げ,ポンド相場の急落(6月末から10月末の対ドル・レートは4.9%低下)などを背景としたものである。

工業品価格はそれまでの原燃料価格の相対的安定が上昇テンポの鈍化の主因となったとみられる。

物価の急騰は夏頃までに峠をこしたとみられるものの,最近における原燃料価格の強含みや,これまでの大幅賃上げを吸収する必要があることなどから,依然として根強い上昇が続くとみられる。

(10)持続する貿易収支の大幅赤字

貿易収支は石油価格の大幅引上げによって,74年中悪化を続け,年間では52.3億ポンド(うち石油関係は34.2億ボンド)の大幅赤字を記録した。75年に入ってからは,不況による輸入の減少を主因に赤字幅はかなり縮小し,1~11月の累積赤字は30.2億ポンド(うち石油関係28.2億ポンド)となっている。

輸出(名目)は75年に入ってからも増加を続けているが,1~11月の前年同期比は17.2%増と74年の35%増からは著しく鈍化した(第3-11図)。しかも,この増加は,主として,輸出価格の上昇(1~9月の前年同期比22.2%高,ポンド相場の1~9月の低下は13%)によるものであり,数量ベースでは1~9月に7.4%減(74年は6.8%増)となっている(第3-12表)。

第3-11図 イギリスの貿易動向

第3-12表 イギリスの貿易数量,交易条件の変化

地域別輸出(名目)では,産油国向けが1~9月の前年同期比97.7%増と大幅増となったのについで,共産圏向け,非産油発展途上国向けもかなりの上昇を続けた。しかし,EC向けの伸びは小さく,北米向けは横ばいにとどまった(第3-13表)。

第3-13表 イギリスの地域別貿易

商品別輸出では,機械,車輌などが前年比40%近い伸びとなっているのに対して,繊維,金属加工などでは伸びなやみ,また,74年に大幅増となった化学製品はほぼ横ばいとなった(第3-14表)。

第3-14表 イギリスの商品別貿易

輸入(名目)は75年1~11月の前年同期比40%増にとどまり,数量ベースでは,1~9月に43%減となった(74年それぞれ50.1%増,1.0%増)(第3-12表)。不況の深化とともに,原燃料輸入が減少に転じたことが主因であり,とくに,基礎原料,化学原料などの減少が大幅であった(第3-14表)。しかし,完成品は,乗用車の急増(1~9月に35.6%増)や北海油田開発用プラントの輸入などもあって増勢を維持している。

(11)総合収支赤字幅の拡大

経常収支は75年に入って赤字幅をかなり縮小させ1~11月の累積赤字は16.3億ポンドで,年間では約18億ポンド程度の赤字となるとみられている。

これは前年の36.7億ポンドの赤字に比べれば約半分の赤字幅であり,政府の75年度予算案発表時(4月)の予想(10億ポンドの赤字幅縮小)を大幅に上回る改善である。しかし,対GDP比赤字幅は約2%に相当しており,60年 代の最高である64年の1%弱に比較しても高率となっている。

第3-15表 イギリスの国際収支

貿易外収支はほぼ前年なみの黒字(約15億ポンド)であるから,75年の経常収支の改善は,主として,貿易収支の赤字幅縮小によるものであった。

資本勘定では,74年の大幅黒字(27.2億ポンド)から75年には赤字基調に転じ,1-9月に約1億ポンドの赤字を計上した。公共部門による大幅な外資取入れが続いているが(上期3.3億ポンド),海外のボンド建債権(主として公共部門所有)の取くずし,民間部門投資の大幅純減(上期10.6億ポンド)などから,長期資本が流出を続けているのが主因である。一方,短期資本は貿易金融の著増などにより黒字基調を続けている(上期6.7億ポンド)。

以上の動きから,総合収支では75年1~9月で8.7億ポンドの赤字となり,74年(5.7億ポンドの赤字)よりも赤字幅をかなり拡大している。

金・外貨準備は,総合収支赤字幅の拡大に加えて,ポンド相場の急落に対するイングランド銀行の介入が行なわれたこともあって,75年春以来,減少を続けており,11月末までの過去7カ月間に約15億ドル減少した。このため,11月末現在の金・外貨準備高は約56億ドルと71年11月の水準にまで減少している。

政府は,これまでは政府による外国中央銀行からの借入れやユーロ・ダラー市場を中心とする外貨取入れなどによって対外赤字の補填を行なってきた(74年第4四半期と75年第1四半期に合計10.6億ポンド)。

75年下期に入って,産油国資金の流入減が目立っようになり,また,非産油開発途上国がポンド建預金をとりくずしていることなどによる資本収支の悪化傾向,経常収支の引続く赤字,最近の金・外貨準備の低水準などを考慮して,11月初旬,76年の対外赤字決済のために,IMFに対し約20億ドル(オイル・ファシリティ10億SDR,第1次クレジット・トランシュ7億S DR)の融資を申請した(75年12月31日決定)。

3 経済政策

75年に入ってからも総需要政策はインフレ抑制を最優先として,引締め基調で運営された。

(1)財政政策―赤字幅の急拡大

まず,財政面をみると,74年後半には,2度の補正予算によって,引締め型の当初予算にたいする手直しが加えられたが,75年度予算は増税を中心とする消費抑制型とされた。

75年度予算措置の主なものは,①増税(所得税率の一律2ポイント引上げなど2.2億ポンド,付加価値税の一部引上げなど10.3億ポンド,総額12.5億ポンド),②輸出促進(設備投資資金貸付け枠拡大,輸出保険の拡充,構造改善補助金),③投資刺激(価格準則の投資控除率引上げ17.5→20%,法人税予納の廃止,棚卸し資産評価の税法上の特例を延長),などである。

これにより,歳入は前年度比19.3%増,歳出は15.1%増となり,一般会計赤字は前年度実績の32,3億ポンドから27.5億ポンドに縮小することになった(第3-16表)。この予算の直接的効果としては,①需要が個人消費を中心に75年度中約3.3億ポンド(GDPの約0.5%)削減され,②間接税引上げにより消費者物価が6月までに約23/4%上昇すると見積られたが,他面これによる消費抑制も期待された。

第3-16表 イギリスの政府部門借入れ必要額

こうした予算編成が行なわれたのは,74年7月と11月に導入された補正予算による部分的な需要支持措置の実施過程で,経常収支の悪化とインフレーションの高進が懸念されたことによる。しかし,春以降も景気は後退を続け,失業者も増加した。

このため,8,9月に一連の小規模な失業対策が相ついで導入された。8月の措置は,高失業の開発助成地域に対する臨時雇用補助金制度の導入であり,50人以上の一時解雇を取りやめる企業に,対象雇用者1人につき週10ポンドを補助(3ヵ月間)するものである。9月の措置は,,①上の措置を全地域に拡大し,②新規学卒者採用企業に,1人当り週5ポンドの補助金を支給する(26週,約4万人),③若年層を対象とする失業対策(1.5万人),④職業訓練,転職手当の増額などの短期的措置(18カ月間に7,500万ポンド支出)と同時に,長期的措置として,,①産業投資資金の増額(8,000万ポンド),新鋭工場の建設,その他近代化促進投資(2,000万ポンド)のほか,とくに,高失業の建設業のために公共事業を促進する措置を含んでいる。

この総額1億7,500万ポンド(本年度支出分は約4,000万ポンド)の失業対策は,10万人の雇用増と失業者の10%削減を主目標としたもので,支出規模からみても本格的な景気刺激策ではなく,政府の基本的な政策運営態度には変化はないとされている。

こうした財政運営を反映して,失業対策などの歳出増(4~9月の前年同期比約47%増)から,一般会計の赤字幅は急拡大している(第3-16表)。このため,政府部門全体の75年度借入必要額は,当初予算の90億ポンドを少くとも30億ポンド上回るという予測も出されており,赤字補填が大きな問題となっている。

(2)金融政策―引締めぎみの運営

金融政策は,74年中,引締め緩和方向で弾力的に運用されてきたが,75年春以降は,財政面の引締め強化に歩調をあわせて,やや引締めぎみに運営されている。

第3-17図 ポンド相場の急落

最低貸出し金利(公定歩合に相当する)は,74年中に6回の引下げで年初の13%から11.5%に引下げられた。75年に入って,さらに一段と下げ足を速め,4月までに7回引下げられて9.75%まで低下した。その後は一時上昇に転じ,5月末から10月初までの3回の引上げで12%にもどった。しかし,11月中旬以降再び低下に向い,年末までに3回引下げられて11.25%となった。

こうした最低貸出し金利の動きは,主として,アメリカの金利動向の変化を反映したものであり,内外金利差を維持して短資の急激な移動を防ぎ,ポンド相場の大幅変動を防衛するという当局の意図のあらわれとみられている。

大手市中銀行の基準レートは,74年春以降低下傾向を続け,75年4月の9.5%(最高は73年11月の13%)まで低下した後,8,10月に引上げられて11%となった。

金融市場では,74年11月の第2次補正予算による流動性増強措置(価格準則の緩和,在庫評価益課税の優遇,産業用建物の償却率引上げ,民間投資資金貸出しの拡大)の効果もあって,75年に入って需給の緩和が続いた。一方,企業の銀行貸入れ需要はきわめて弱く,このため,イングランド銀行の特別預金制度は,75年2月末,一時的に停止された。

このように,民間の資金需要は引続き弱いが,政府の赤字補填のための資金需要から,通貨供給量は75年にも増加を続けた(第3-18図)。Mlは前年にほぼ横ばいであったため75年1~9月には17%増(74年は4.1%増)とかなり大幅増となったが,M3は同じく9%増(74年20.1%増)にとどまった。

第3-18図 通貨供給量のうごき

このように,政策の中心はインフレ抑制におかれてきたが,依然として深刻な不況の影響をさらに緩和するために,年末に一連の経済措置が導入された(12月17日)。

その主内容は,①賦払信用規制の緩和(73年末に導入された規制の大半を撤廃する。ただし,乗用車についての規制は残す。実施は12月18日),②雇用増のための追加的財政支出(雇用補助金制度の拡大,-1.450万ポンド,2.1万人の雇用確保。本年度の累計は約1.5億ポンド),③イギリス鉄鋼公社の稼動率を高め,在庫を増加させるための財政支出(7,000万ボンド),④限定された輸入規制((イ)カラー・テレビとそのブラウン管,白黒ポータプル・テレビに対する監視制の導入,実施1月15日,(ロ)スペイン,ポルトガルからの綿糸,合成繊維の輸入数量制限,(ハ)東欧諸国の対英はきもの輸出規制を76年にも延長適用する主旨の要望)などである。

第3-19表 イギリス経済の見通し

(3)自主的賃金規制を中心とする新インフレ対策の導入インフレ対策としては,74年春以降,前政権から引継いだ所得政策第3段階を手直しし,賃金委員会の撤廃(74年7月),価格準則の改訂(74年7月,12月)などにより,主として,価格面からの直接規制が行なわれた。

しかし,75年に入って,賃上げの加速的上昇が続いたことから,インフレーションがさらに高進し,ポンド相場の急落をもたらしたため,強力な対策の早期導入が要請され,8月より,新インフレ対策が実施された。

新インフレ対策の主要内容は,①次期協約期間中の賃上げの上限を一律週6ポンドとする,②現行価格規制を76年3月以降も継続する,③配当規制の強化(12.5→10%),④公共家賃の上昇を一般物価上昇の範囲に抑制,⑤76年度の公共支出を12億ポンド削減するなどである。賃金規制は労使の自主的規制とされているが,違反した企業に対しては,価格引上げを容認せず,とくに,地方自治体,公企業などの違反については,補助金による埋め合せをしないなどの規制が行なわれることになった。

この新インフレ対策により,政府は物価上昇率を76年第3四半期までに10%へ,76年末までに1桁台に抑制することを目標としている。TUC(労働組合会議)も9月初の年次大会でこの政策に協力することに合意しており,その後の,賃金協約の改訂では,ほぼ基準通りの賃上げとされている。

インフレ抑制と平行して,インフレの被害を緩和する措置がこれまでもとられてきたが,75年夏には,少額貯蓄の購買力を維持するために,国民貯蓄債券の一部に対するインデクセーション制がはじめて導入された。この新制度には,①退職年金受給者用(男子65歳,女子60歳以上,1人当り500ポンド。5年満期まで所有した場合,購入価格の4%のボーナスと消費者物価の上昇分が付加される。非課税。6月2日導入)と,②積立預金(SAYE)者用(16歳以上の定期的預金者。月当り4~20ポンド,5年満期。預金額は毎月,消費者物価の上昇に応じて再評価される。5年満期時に,積立金と物価上昇分が支払われる。満期後2ヵ年間据置いた場合,2ヵ月の積立金相当分のボーナスと2年間の物価上昇分が付加される。満期前に解約する場合はインデクセーションは適用されず,年利6%だけが支払われる。非課税。7月1日導入)の2種類がある。

この新制度はきわめて好評で,75年度の国民貯蓄の大幅増にかなりの貢献をしている(10月の国民貯蓄純増5,190万ポンドのうち1,800万ポンドで,11月末の残高は退職者用約2億ポンド,積立者用1,000万ポンド)。

4 今後の経済見通し

晩秋頃から景気底入れ,ないしは底入れに近いという見方も出ているが,はっきり再上昇に向うのは明春以降とするものが多い。

OECDは,75年下期の実質GDPは前期比年率33/4%減のあと,76年上期3/4%増,下期21/4%増(76年ゼロ成長)とゆるやかな回復になるとみている。最終国内需要は,投資,消費とも76年上期中は減少を続けるためにマイナスであり,在庫減少の小幅化と輸出の小幅純増だけが回復要因とされる。

しかし,下期には,消費が増加に転じ,投資も低下がやむとみられ,最終国内需要もプラスになると予測されている。

NIESR(全英経済社会研究所)の11月末の景気見通しては,景気がすでた底入れに達したとしながちも,回復のテンポはゆるやかであり,実質GDP成長率は77年になって潜在成長率に近いところまで回復するとしている(76年0.3%増,77年2,7%増)。主として,①個人消費は,貯蓄率が正常化(75年上期14%→77年末11%)がすすむことから回復に向うが,75年上期はほぼ横ばいとなり,②固定投資は,民間住宅の回復を中心に好転の要因はあるが,全体としては小幅の減少が続くこと,③在庫投資は76年中は,適正在庫率の低下傾向,企業の資金ポジションが依然として悪いことなどから回復のテンポはおそく,76年中は小幅のマイナスを続けるとみられることなどによる。

物価については,現行の新インフレ対策が十分効果をあげ,76年9月以降も何らかの規制が続行されるという前提のもとに,すでに75年夏頃からあらわれている上昇率の鈍化傾向が続こうとしている。しかし,これまでのコスト上昇要因の累積,公共部門の赤字削減のための値上げ,一次産品原油価格の再上昇懸念などもあって,鈍化の幅は比較的小幅にとどまるとみられ,1桁台の上昇率になるのは76年下期とNIESRはみており,OECDは76年中は依然10%台の上昇が続くとしている。

失業者数は,75年夏以来の失業対策にもかかわらず増加傾向を続け,76年末までにOECD150万人(失業率6.5%),NIESR125万人を記録するとみている。その後は減少に転ずるものの,高水準がかなりの期間持続するとしている。

76年には輸出(数量)が増加を続けるとみられるが,輸入増がこれを上回るため,貿易収支の改善はあまり進まず,76年の赤字幅は前年を若千下回る程度にとどまるとされる(約65億ドル,OECD)。経常収支も,75年の約40億ドルの赤字から76年には32億ドルの赤字へと赤字幅を若干縮小させるとみている。

このように,76年の経済見通しは,75年ほどではないにしても依然として,ゼロ成長の下で,高失業が続き,インフレと対外収支赤字圧力は若干弱まるものの,大きな制約要因として残ることを示しでいる。政府は,インフレーションの抑制に確信がもてーるまでは,全般的な景気刺激措置をとらない方針を今後も維持するとしている。しか,し,景気回復への移行がもたつくような場合には,不況対策の強化を要請する声が高まって,政府の政策運営は一そう困難を増すことになろう。

第4章 西ドイツ

1 概  観

1973年末の石油危機直後に,西ドイツ政府は石油危機のデフレ的影響を回避するために,財政上の引締め措置の大部分を撤回したが,きびしい金融引締め政策はその後も堅持された。その結果,物価上昇率は年初の予想より低い水準にとどまったものの,企業の設備投資意欲はいちだんと衰えた。加えてそれまで景気を支えてきた輸出の増勢が次第にとまり,ついに減少に転じた。実質GNPは74年春以来次第に低下しはじめ,とくに秋以降は大幅な生産低下と失業の急増など,深刻な不況局面を迎えるにいたった。

そこで政府は同年秋から政策の重点をインフレ抑制から不況克服へ次第に切換え,とくに金融政策は75年にはいって景気刺激的に運営された。そうした政策転換の効果もあって,景気は75年春頃から底入れ気配となったものの,はっきりした回復のメドがつかないため,8月末に一連の財政上の刺激措置が導入されたが,それを契機にようやく景気回復のきざしがみえはじめてきた。

2 深刻化した不況

今回の景気後退は西ドイツにとっても戦後最大となった。74年の実質成長率はわずか0.4%と,ほぼゼロ成長となり,さらに75年には3-4%のマイナス成長が見込まれている。戦後最大の景気後退といわれた66-67年不況期においては,66年の実質成長率はプラス2.9%で,67年の成長率もマイナス0.2%にとどまっていた。

いま四半期データで今回の景気後退と66-67年のそれとを比較すると,実質GNPの低下幅は66-67年期の2.4%に対して今回は4.2%,後退期間も前回の3四半期に対して今回は5四半期と長かった。鉱工業生産の低下幅も前回の5%に対して,今回は10.5%となった。

こうした生産の減少により,製造業の稼動率(IFO研究所作成)も,74年1月の84.5%から75年1月76%,7月74%へ低下した。

また失業者数の動きをみても,前回は四半期データで失業数が331%増加したのに対して今回は431%も増加し,失業率も前回のピーク2.7%に対して今回は5.5%に達しており,これは西ドイツが終戦直後の構造的失業から脱却して完全雇用を達成した1950年代末以来の最高である。

不況とコスト増により企業倒産も増加し,74年に前年比約40%増のあと,75年1-10月間にも前年同期比22.1%増の7660件に達した。

3 最大の後退要因-輸出の大幅減

74年春頃までは国内需要の減少を輸出の増加が相殺して実質GNPが緩慢ながら増加していたが,それ以後になると輸出が頭打ちとなり,とくに秋以降は急減して最大の後退要因となった。いま75年上期を74年下期と比較すると(第4-1表),総需要は1962年価格で140億マルク(3.4%)減少したが,そのなかで輸出は102億マルク(9.2%)も減少しており,総需要減少分の実に7割が輸出の減少によるものであった。

第4-1表 主要な需要の動き

戦後西ドイツの輸出が前年比で減少したことは一度もなく,とくに不況期には輸出の増加が景気を下支え,または不況からの脱出の大きな要因となってきた。今回は国内需要の低迷に輸出の大幅減少が加わったことが,不況を深刻化させると同時に,不況からの脱出を困難なものにした(なお輸出の詳しい動向については後述)。

4 内需の低迷

国内需要では,個人消費の不振,設備投資と住宅建築のひきつづく減少,および在庫調整がひびいた。個人消費は74年春まで減少のあと,その後は僅かながら持直してきたが,貯蓄率の上昇などにみられるように,消費者の購買態度は慎重で,個人消費は全体として低迷し,とりわけ自動車需要が74年中不振をつづけた。75年はじめに実施された大型減税(140億マルク,児童手当改正を含む)も,期待された消費刺激効果をあまりもたず,上期の可処分所得増加分(減税効果を含む)のうち36%が貯蓄に回り,貯蓄率は74年下期の15.8%から75年上期の16.6%へ上昇した(第4-2表)。ただし自動車需要のみは75年はじめから顕著な回復を示し,上期中の乗用車新規登録台数は前年同期を20.3%も上回った(74年は16.6%減)。これは一つには投資補助金の効果による企業向の増加もあったとみられるが,下期も売行き好調なことからみて,過去3年間の売行き減少による潜在的な更新需要の累積が出てきたものとみられる。

第4-2表 可処分所得と貯蓄

住宅建築は71-72年の投機的ブームの反動(売残り住宅戸数は74年末に約30万戸と見積られていたが.現在も変らないものとみられている)と高金利,地価と住宅価格の高騰などにより,ひきつづき大幅に減少した。これを住宅建築許可容積でみると,73年に11.4%減のあと,74年も31.1%減少,さらに75年1-9月間に前年同期比11.1%減となった。このため建設企業の倒産,人員整理などが相つぎ,建設業の従業員人数は73年9月から75年9月までの2年間に約20%減少,また建設業の設備投資も74,75年の2年間に半減するなど,苦しい構造適応を迫られることになった。

設備投資もひきつづき減少した。設備投資の動きを国民所得統計の非建設固定投資でみると,74年に実質7.9%減のあと,75年上期にも前期比4.9%減,前年同期比5.8%と,2年つづいて減少した(第4-3表)。とりわけ鉱工業の設備投資は実質で74年5%減,75年6%減となり,これで71年以来連続5ヵ年減少したことになる。先行指標である資本財産業の国内受注は75年上期に74年下期比17.5%(実質)増と回復したが,これは投資補助金の効果による一時的回復であって,企業の投資意欲自体が回復したとはみられていない。しかし投資補助金は設備投資の減少傾向に一応の歯どめをかけたとみられる。IFO研究所の調査(9月末発表)によると,76年の鉱工業設備投資は名目5%増,実質不変とされている。

第4-3表 設備投資関連指標

こうした工業投資の長期的な不振(66-67年不況期にも工業投資は実質で3年間減少しつづけた)により,工業の潜在生産能力の伸びが著しく鈍化したばかりでなく,機械設備の老朽化がめだってきた。ドイツ経済研究所(ベルリン)の調査によると,使用年数11年以上の設備のシェアは,1960年には32%であったものが,74年には45%となり,さらに75年には50%近くに達するであろうとしている(第4-4表)。

第4-4表 鉱工業生産設備,年令別構成比

在庫投資は74年第3四半期に急増したが,これは最終需要の弱化による意図せざる在庫増が主因とみられ,第4四半期から在庫べらしがはじまった。

しかし在庫調整は75年央までにほぼ一巡したとみられ,たとえば鋼材在庫は年央時点で過去10年間の最低に達したといわれている。

5 失業の急増

雇用者数は既に73年第3四半期から減少傾向をみせていたが,74年下期以降減少テンポが早まり,74年第2四半期から75年第2四半期までの1年間に4.1%(92万人)減少した。そのうち内国人の減少は2.8%(56万人)で,外人労働者の減少は14.6%(36万人)であった。

こうした雇用減少を背景に失業数も急増し,74年はじめの約45万人(季調すみ,以下同じ)から75年9月の約130万人となり,失業率も約2%から5.7%へ上昇した。

他方,未充足求人数は同期間に約37万人から22万人へ減少したから,有効求人倍率は74年はじめの0.63から75年9月の0.19へ急低下した。73年平均の有効求人倍率が2.1であったことからみて,雇用情勢の悪化がいかに急激であったかが窺われる(第4-5図)。

第4-5図 失業数と未充足求人数の動き

政府は直接的な雇用対策として73年末に外人労働者の徴募を中止したあと,74年6月と10月に労働許可証をもたぬ外人労働者を雇用またはあっせんした者に対する罰則を強化し,12月には職業紹介所がドイツ人の就職あっせんを優先ずるように指令,さらに75年4月から外人労働者の比率の高い地域における外人労働者の新規採用を禁止するなど,外人労働者抑制措置をとった。また74年12月には高失業地域での失業者再雇用の促進のために総額6億マルクで賃金補助金(75年4月末までに再雇用した雇主に対して賃金の60%を6カ月間補助,9万人の再雇用を予定)と移動補助金(約20万人の再雇用を予定)を支給することにした。

6 賃金・物価の鎮静化

不況と失業増の影響をうけて賃金上昇率も75年には鈍化した。全産業の時間あたり賃金率は74年に前年比13.0%も増加したあと,75年上期には前年同期比10.3%高,さらに第3四半期には8.4%高へ鈍化した。賃金リーダーである金属労組と官公労の賃上げ(2月)が,不況の影響で6%台におさまったためである。賃金実収の伸びはさらに低く,全産業の1人あたり賃金収入は74年に11.8%増のあと,75年上期は前年同期比8.3%にとどまったが,ここにも不況の影饗が看取される(第4-6表)。

第4-6表 賃金の動き

このように賃金上昇率が鈍化したため,75年上期には就業者1人あたり生産性が74年下期比で1.7%低下したにもかかわらず,単位生産物あたり賃金コストの上昇率は75年下期の前期比5.8%から75年上期の3.8%へと,わずかながら鈍化した(第4-7図)。

第4-7図 生産性・賃金,賃金コストの動き

他方物価は,石油危機以後の石油価格の高騰,一次産品価格の急上昇に加えて,74年はじめの主要労組の賃上げが2ケタ賃上げとなったことなどから,74年中にインフレが加速化するとの予想が一般的であったが,実際にはきびしい金融引締めの持続と景気後退により,物価上昇率は74年中を通じて次第に鈍化し,75年にはいると著しく鎮静化した(第4-8図)。

第4-8図 物価の動向

これを工業生産生産者価格の動きでみると,74年第1四半期に季調ずみ数値で年率26%もの上昇をみせたあと,次第に鈍化して,第4四半期には年率4.5%の上昇にとどまり,さらに75年1-10月には年率2.2%の上昇にとどまった。また1-10月平均の前年同期比上昇率も5.2%にすぎず,74年の前年比上昇率13.4%を大きく下回り,さらに10月の前年同月比上昇率はわずか2.4%高となった。

消費者物価もほぼ同様な動きを示し,73年第4四半期には季節調整ずみ年率11%も上昇したあと,74年にはいってからはほぼ年率5.5%の上昇で推移した。74年の前年比上昇率もわずか7.0%で,73年の平均上昇率(6.9%)と殆んど変らなかった。これは一つには豊作で食料価格が比較的落ついていたことと,燃料油価格が73年末の急騰のあと74年中反落したことも響いた。

75年になると食料価格の上昇などで一時騰勢が高まったが,年央以降は再び落着きをとり戻した。いま10月の消費者物価の前年同月比上昇率を項目別にみると,前年同月比総合5.8%高に対して,家賃が7.0%,食料が6.5%,サービスが6.0%と平均以上の上昇をみせたのに対して,工業品の上昇率は5.2%にとどまった。

1-10月間の上昇率は年率6.0%,また前年同期比上昇率も6.0%にとどまり,さらに10月の水準は前年同月比5.8%高となった。

こうした物価の安定化が,不況による需給ギャップの拡大を主因とするものであったことはいうまでもないが,国際原料価格の低落を反映した輸入品価格の低落も重要な一因となった。輸入品価格指数は74年に前年比28.6%も上昇したあと,75年1-9月間に前年同期比2.4%低下した。

7 国際収支-貿易黒字の縮少

1974年の国際収支の動きは,貿易黒字の大幅拡大(73年の327億マルクから74年の500億マルクヘ)を反映して経常収支黒字が倍化した(73年の115億マルクから74年の249億マルクヘ)半面で,資本収支が黒字から大幅赤字へ転化したことを特徴としており,その結果総合収支はわずかながら赤字化した。

貿易収支黒字の拡大は輸出が29.3%も増加した(数量では12.5%増)のに対して,輸入の伸びが23.6%(数量では1.4%減)にとどまったためである。

また資本収支が73年の黒字369億マルクから74年の赤字268億マルクヘ転化した理由は,主として内外金利差によるものであるが,同時に輸出の大幅増加に伴う輸出信用供与額の増大も一因となった。

75年にはいると,輸出が減少した半面(1-9月累計で前年同期比4.7%減,数量では12.3%減),輸入はわずかながら増加したから(1-9月で0.9%増,数量では1.3%増),貿易黒字額も74年1-9月の370億マルクから75年同期の279億マルクヘ減少した(第4-9表の貿易収支には仲介貿易等の補足項目を加えてある)。

第4-9表 西ドイツの国際収支

こうした貿易黒字の縮少を反映して,経常収支黒字幅も75年1-9月間に約61億マルクと,前年の151億マルクにくらべて大幅に減少した。他方資本収支の赤字幅が前年同期より縮少したため,総合収支の赤字額も若干縮少した。

75年の貿易の特徴は,前年とは逆に,輸出が減り,輸入がわずかながら増加したことであるが,不況時,それも戦後最大の不況時としては誠に異例な現象であった。

輸出減少の理由は主として先進国の同時的後退に求められよう。1-9月の輸出は総額では前年同期比4.7%減だが,これは工業国向け輸出が11.6%も減少した(実質では約20%減)せいであって,非産油途上国向け(よ0.6%の減少にととどまり,他方OPEC諸国向けは74,6%増,共産圏向けは15.2%増どなった。その結果,輸出にしめる工業国のウエイト(名目額)は前年の75.3%から71.1%へ低下し,OPEC諸国は3.7%から7.5%へ,共産圏は6.2%から7.9%へ上昇した(第4-10表)。また商品別にみると,どの品目も減少したが,とりわけ鉄鋼,化学,紙など中間財の輸出が数量で57.2%も前年同期を下回っており,同期間における輸出減少分の約73%をしめた。

第4-10表 輸出の地域別動向

それにしても先進工業国全体の輸出が75年上期に実質7.6%減だったのに対して,西ドイツの輸出が約13%も減少して,世界市場におけるシェアを低下させたのは何故か。1つには73,74年の輸出の急膨脹(実質で73年15.7%,74年12.5%)の反動であろうが,その根底には西ドイツと他の工業国との景気局面のずれがあった。西ドイツは他の諸国より早めに引締め政策に転換したため,国内需要が不振となって輸出ドライブがかかった。他方他の工業諸国の需要圧力は少くとも74年上期までは比較的つよかった。それが73,74年の輸出急増をもたらしたわけだが,75年になると他の工業諸国も不況となり,とりわけ設備投資の急減と在庫べらしが西ドイツの得意とする重化学工業品の輸出に打撃を与えた。また国内不況で他の工業国の輸出余力と輸出努力がつよまった。さらに70年代にはいってのマルク相場の大幅上昇による価格面での国際競争力の低下が世界不況期に表面化したことも考えられよう。

他方,輸入がわずかながら前年同期を上回った理由は,主として最終製品と食料の輸入が前年同期を上回ったせいである(実質で前者7.3%増,後者5.5%増)(第4-11表)。食料輸入は74年には豊作のため前年を5.7%下回ったが,75年には一部農産物の不作により食料輸入の増加をみた。また完成品の輸入増加は,他の工業国が国内不況により西ドイツ向け輸出に努力したためとみられ,主要製品の国内市場にしめる輸入品のシェアが上昇した。ブンテスパンクの説明によると,75年第2四半期における道路輸送機器と電機のシェア(実質)は前年の18%から21%へ,機械は17%から19%へ,衣料は26%から30%へ,靴は38%から43%へ上昇した。

第4-11表 輸出入数量の変化

8 経済政策-引締め緩和から積極的刺激策へ

受注と生産の続落,失業の急増などに直面して,当局は74年秋頃から徐々に政策を転換して,失業防止と不況克服に重点を移しはじめた。まず9月に高失業地域に対する特別公共投資計画(総額9.5億マルク)をきめ,10月と12月には公定歩合が引下げられた。また連銀は12月に75年の中央銀行通貨残高の増加率目標を8%とする旨を発表(74年は6.2%),それによってインフレの抑制と景気の回復という二つの目的を同時に追求することになった。さらに12月中旬に政府は,次のような一連の本格的な財政上のリフレ政策に踏み切った。(1)公共投資11.3億マルク,(2)雇用補助金及び移動補助金の支給(6億マルク),(3)景気調整準備金の取崩し(約60億マルク),(4)一時的な投資補助金の導入,(5)75年予算に計上された公共投資の上期集中。

これらの景気刺激措置の規模は総額17.3億マルクで(投資補助金を除く),74年のGNPの0.2%にすぎず,かなり控え目なリフレ措置といえるが,これは75年1月から税制改革の一環として所得税減税(児童手当改正を含む)約140億マルク(74年GNPの1.4%)が実施されることと,まだ物価安定への関心が強かったことの反映であろう。

このうち投資補助金は74年12月1日から75年6月末までの間に発注または製造開始した資本財,または同期間内に建築許可申請をした建物に対して与えられるもので,補助率は購入価格または製造価格の7.5%である。ただし資本財の場合は76年6月30日までに納入または製造されねばならず(それ以降となる場合には76年6月30日までの支払い額または製造費のみが対象となる),また建物の場合には77年6月30日までに完成されねばならない。またエネルギー政策上重要なエネルギー生産・配給プロジェクトについては,78年7月1日までに完成することを要する。さらに特定のエネルギー節約的投資(廃棄物利用発電所など)については,従来の投資補助金法の改正により特別に7.5%の投資補助金を支給する(無期限)。また社会住宅の建設についても一時的な投資補助金を支給する。(なお75年10月の大蔵省発表によると,投資補助金実績は総額約60億マルク余で,それによる投資額は約800億マルクに達したという)。

75年にはいってから,景気の一層の悪化につれて金融緩和措置がつぎつぎと実施された。公定歩合が殆んど毎月のように引下げられ(74年10月の最初の引下げから75年9月まで7回)その水準は9月までに3,5%まで低下した(引下げ前は7%)。また預金準備率の引下げ,再割枠拡大などの流動性増強措置が数回にわたって実施された。このほか,8月には非居住者預金付利許可制が撤廃され,また非居住者に対する期間4年未満の国内債券売却禁止も事実上緩和されるようになった。こうした金融緩和政策の効果もあって,市場金利は急速に低下し,たとえば代表的な貸出金利である当座貸越金利(100万マルク未満)は74年8月の13.55%から75年2月の10.78%,10月の8.91%へと低下した。

預金金利も低下し定期預金(3ヵ月物,100万マルク未満)は同期間に7.89%から3.70%へ,また貯蓄預金(法定払戻告知期間付き貯蓄預金)も同期間に5.51%から4.00%へ低下した(第4-12表)。

第4-12表 金利の動き

他方,長期金利も75年央まで低下したものも,政府赤字の激増による公債発行の増加などで下期にはやや反騰気味となり,その結果7月にマルク建外債と国内債券の発行を一時停止する措置がとられ(10月末から11月にかけて解除),また公債価格支持のために連銀による精力的な買支えが行われた(7月以来10月下旬まで約75億マルク)。

こうした積極的な金融緩和政策により,マネー・サプライも漸次増加し,M3(M2プラス法定払戻告知期間付き貯蓄預金)の増加率は72年2月-7月間は季調ずみ年率でわずか2.9%にすぎなかったのが,8月以降増加テンポを高め,8-10月の増加率(年率)18.9%に達した。

この間景気情勢は春頃に景気底入れの気配が一時みえたものの,その後は再び弱含み横這いとなり,はっきりした景気回復の兆候がないため,8月末に政府は再び追加的な景気刺激措置を発表した。(1)市町村の社会資本充実と都市開発投資(94,5億マルク),(2)連邦政府の公共投資(12億マルク),(3)住宅近代化補助と個人住宅建築融資の利子補給(10億マルク),(4)失業対策事業(6億マルク)などがそれで,総額57.5億マルク(74年GNPの約0.6%)に達する。

かかる景気刺激措置や不況による失業手当増などから,75年の連邦財政支出は当初予算を大きく上回る1615億マルク(実績見込み)に達し,前年実績比20.5%増(児童手当改正を調整すると16.5%増)となった。他方収入は不況による,税収減で,前年実績を2.4%下回る1206億マルクとなった(実績見込み)。その結果赤字額も前年の104億マルクから409億マルクへと一挙に膨脹し,支出規模に対する赤字の比率も前年の7.8%から25.3%へと,空前の大きさとなった。

このほか,州,市町村の赤字を含めた政府部門の赤字額は夏頃約600億マルクと見積られていたが,最近は750億マルクとさらに上向きに修正されるにいたった。

かかる尨大な財政赤字が主として不況という循環的要因にもとづくことは明らかだが,70年代にはいってからの福祉的支出の膨脹や75年はじめの大型減税などの構造的要因にもとづく部分も少くないとみられてぃる。そのため景気が回復して税収が増えても,構造的赤字は解消しないことになり,政府の借入需要が民間の資金需要を圧迫して,景気回復を中途で挫折させるおそれなしとしない。そこで政府は中期的に財政赤字を縮少することを目的として,法定経費をも含めて支出の削減をはかる一方,増税により収入増をはかることになった。その細目は8月末に発表されたが(9月10日に正式決定),財政構造改善法により法定経費を初年度60億削減するほか,非法定経費を約19億マルク,合計79億マルク削減する(最終年度の79年の削減額は合計126億マルク)。削減の対象となるのは公務員人件費,連邦労働庁向け交付金(削減分は失業保険料の2%から3%へ引上げにより賄う),職業再訓練手当,奨学資金,農業補助金,貯蓄奨励金などである。他方,77年1月から付加価値税引上げ(標準税率11→13%,軽減税率5.5→6.5%),煙草税引上げ(18%),酒税引上げ(20%)を実施する。

こうした財政構造改善策と同時に発表された新しい中期財政計画(1975-79年)によると,76-79年間の連邦政府の支出増加率は平均わずか4.8%で,この間の名目GNPの平均増加率予想9,5%の半分にすぎない(とくに76年は4.1%増)。こうして中期的に財政支出を低く抑える一方,歳入は前記の増税措置や比較的高い経済成長を見込むことにより年平均約11%増を予定している。その結果,財政赤字も75年の409億マルクから79年の113億マルク(支出規模に対する比率5.8%)まで減少する予定である(第4-13表)。

第4-13表 中期財政計画,1975-1979*年

9 景気回復のはじまりと76年の見通し

以上のように,今次不況は西ドイツにとっても深刻であったが,秋以降ようやく景気回復のきざしがつよまってきた。鉱工業生産は7月を底に10月まで3ヵ月連続して回復したし,失業の増加傾向も最近は一応とまったようである。従来ほぼ横這いをつづけていた小売売上げが9月から上昇に転じた。

資本財産業の国内受注も,投資補助金の期限切れによる6月の急膨脹のあと7,8月と減少したが,その減少幅は予想されたほどではなく,さらに9月には再び増加している。これからみても設備投資の減少傾向はとまったようである。在庫調整も一巡した。それに何よりも輸出が最近再び回復しはじめたことが明るい材料となっている。通関ベースでみた輸出は,75年第1四半期まで減少をつづけたあと,第2四半期には1.1%増,第3四半期は0.6%増と,まだ水準は低いながらも増加傾向をみせはじめ,製造業の輸出向け受注も第2四半期を底に第3四半期には前期比7.2%増となった。

またIFO研究所作成の景気動向指数(景気の現状と今後6ヵ月間の見通しに関する企業の判断を指数化したもの)も5月を底に10月までかなりの回復をみせ,73年央頃の水準まで戻している(第4-14図)。

第4-14図 景気動向指数(1)

こうしたところから,最近は政府も民間エコノミストも景気の見通しについて慎重な楽観論を表明するようになり,76年の実質成長率についても,政府5%,経済専門家委員会4.5%,五大経済研究所合同報告4%,DGP経済社会研究所(WSI)3.5%と,ややまちまちながら3.5-5%の実質成長を予測している。これらの予測成長率は景気回復の初年度としては過去のそれにくらべて低いが(59年7.0%,64年6.8%,68年7.1%),住宅建築などの構造問題を抱えていること,76年度連邦予算が緊縮予算となっていること,世界景気の見通しがいま一つ不透明であること,さらにインフレ再燃への配慮などを考慮すれば,まず妥当な線であろう。

政府は,現在の高失業と今後増加する労働力(76~79年間に国内労働力人口約30万人増加の予想,1960-74年間には約200万入減少)を吸収するためには,76-79年間に実質で年平均5%の成長が必要と考えているが,この中期的な成長目標は西ドイツが60年代に達成した実績と同じであり,70年代前半の平均約1.8%にくらべて,野心的な目標といえる。

第5章 フランス

1 概  観

60年代後半から西欧諸国の中ではほぼ一貫した高成長を遂げてきたフランス経済も,石油危機以後,主要先進工業国同様不況と物価高騰・経常収支不均衡の併存という深刻なトリレンマに陥った。

これを58年以降の不況局面などと比較すると(第5-1表,第5-2図),今回は生産の落込み幅は最大であり深刻な失業増を招来するなど最大の不況となり,経済成長率も75年には年次データが判明している50年以降初めてのマイナス成長(実質2.5%減,政府予測)が見込まれている。

第5-1表 国民経済計算(実質)の推移

穂5-2図 景気後退時の主要経済指標推移

物価上昇率(74年は平均13.7%高)は不況局面では最高であるが,戦後を通じてみても戦後混乱期とアルジェリア戦争遂行期(58年同15.1%高)に次ぐものである。他方74年の経常収支赤字幅は287億フラン(GDPの2.5%)と前年比9.6倍に拡大した。

今,74年以降の推移を概観すると,74年上半期は過熱気味であったが,6月から本格的な総需要抑制策へ移行し,秋口以降,急激な景気後退が始まった。後退テンポは75年春に鈍化し以後弱含みながら底ばい状態にあったが,大規模な在庫調整一巡・個人消費の回復・政策面からの挺入れなどから秋から年末にかけ漸く回復に向いつつある。この間,物価は一応の鎮静化をみ,輸入減少を主因に経常収支も黒字化し,フランはEC共同フローに復帰した。

もっとも現段階では部分的な回復局面を迎えたにすぎず,回復テンポは緩慢で腰折れの懸念もあるとみる向きが多い。また回復につれ物価・国際収支が再び問題化する懸念もあるので,今後の景況推移と当局の経済運営が注視されよう。

2 部門別動向

(1)鉱工業生産は回復の端緒へ

74年上半期の鉱工業生産(土木建設を除く)は物不足懸念やインフレ期待の高まりなどによる受注が続いたことから増加基調を維持していたが(第5-3,5-4図),その後本格的な総需要抑制策への移行(74年6月)もあって大規模な在庫調整がはじまり,生産は74年秋口以降急落した。75年春にはほぼ需要に見合う程度にまで減庫が進み生産の急落傾向は止まったが,製造業製品在庫水準は依然高く,その後も弱含み横ばい基調で推移した。しかし,在庫調整の進捗,需要回復の兆し,景気浮揚策の発表(75年9月)などから生産態度は依然慎重な中にも生産増加を見込む企業が徐々に増加し,10月の生産は前月比0.9%増加(前年同月比9%減)した。

第5-3図 生産,受注,在庫推移

第5-4図 業種別生産動向

この間の生産の落込み幅は16.5%(74年7~8月→75年5月)で,生産水準は71年末~72年初並みの水準に戻り,生産余力(*)も74年6月の14.7%から75年6月の30.6%へと約倍に拡大した。

*

財別には,中間財生産部門は備蓄や投機買いが盛んであっただけにその反動も大きく,減産テンポや減産幅(22.3%)は最大であった。消費財部門は自動車生産の不振により早くも74年上半期から沖び悩みをみせていたが,現在では生産増加の先導役となっている。資本財部門は輸出受注の好調もあって74年上半期の生産基調は最も強かったが,現在のそれは設備投資の不振から最も弱い。

土木建設部門は一般の鉱工業より一足早く74年1~3月をピークにその後の活動は低下し,雇用減(74年3月→75年6月約7%減)や倒産件数の増加率は高く,不況の打撃を最も深刻に蒙った部門の一つとなった。もっとも相次ぐ挺入れなどもあり,75年10月には業界の先行き見通しは若干改善した。

(2)個人消費は回復へ

個人消費は74年第2四半期から増勢の大幅鈍化をみ,以後,微減した74年第4四半期を除き緩慢な増加に止まっていたが,75年夏以降は回復色を強めている(第5-5図)。もっとも年単位の数値でみると74年は石油危機後の一時的な換物運動による嵩上げもあって前年比実質4.2%増と73年の5.4%増に対比して1.2%の増勢低下に止まり,消費の鈍化傾向は75年になって顕現化(政府予想2.1%増)する貌になる(第5-1表)。

第5-5図 最近の個人消費の推移

今,消費者行動の変化をより明瞭に反映するとともに消費財生産に影響を与える工業製品消費(サービス・食料を含んでいない)の動向をみると(第5-5図),74年第1四半期に前期比年率17.5%(実質,季調後)と急増した後,同年第4四半期まではほぼ一貫して減少した。75年にはいり緩慢な増加に転じているものの同年第2四半期の水準はいまだ過去のピークには達しなかった。その後第3四半期に及び工業製品消費は急増した。この中で自動車需要の回復は顕著で,73年秋から落込み続けた新車登録台数は75年6月以降前年実績を上回るに至り,10~11月は前年同期比約21%増加した。

遡って個人消費不振の原因をみると,①消費抑制措置(消費者信用規制,個人所得税増税など),②農家や職人の収入増加の鈍化,③雇用減や操短対象労働者の収入減,④インフレによる貯蓄購買力の低下と大型消費の困難化,⑤相対価格上昇による自動車やエネルギー消費などの減少,⑥雇用不安などによる消費行動の慎重化と予備的貯蓄の増加などが挙げられる。

次に消費が回復しつつある背景の一つとして,インフレが徐々に鎮静化する一方高率賃上げが続き,この中で消費者心理が徐々に改善に向っている(第5-6図)ことが挙げられよう。また社会保障給付の特別支給(50億フラン)や消費者信用規制の緩和などを含む景気対策(75年9月)は直接間接に9~10月の小売売上げ急伸(前2ヵ月比実質6.6%増・中央銀行調査)に寄与したとみられる。もっとも深刻な失業情勢は暫く続くとみられ,一方で貯蓄も着実な増加をみているので今後の消費回復は緩やかなものになる公算が強い。

第5-6図 INSEE消費者動向調査

次に,住宅着工数の動きをみると74年は第4四半期の急減からほぼ前年並みの551千戸に止まり,75年上半期は前年同期比約4.3%減少した。しかし,74年末~75年初に急増した売れ残り住宅は漸減し,75年10月調査では新築住宅の需要増加が窺われた。

(3)設備投資意欲の冷込み

企業の設帰投資意欲は74年後半から鎮静化に向った。資本財輸入は74年7月をピークに減少,資本財生産も秋以降減少した。また,製造業設備投資動向調査をみても(第5-7図),下期には46%の製造業企業が設備投資計画の一部繰延べなどを実施し,発注額は当初計画化4.1%減少した。この結果,企業の総固定資本形成は72年実質8.2%増,73年5.6%増から74年は2.2%増と伸び悩んだ(第5-2図)。

第5-7図 INSEE設備投資動向調査

設備投資の鎮静化は,①既存設備の遊休能力拡大,②景況悪化と先行き見通し難,③借り進みによる自己金融比率の低下(私企業:73年62 6%→74年58.5%),新規借入難,金利負担増や営業不振などによる収益状況の悪化などの財務上の制約増加を要因とするものであった。このため75年にはいって景気が混迷の度合を深めるにつれ,企業の設備投資意欲も鎮静化から冷込みの一途を辿った(第5-7図)。製造業企業の75年の設備投資見込(INSEE調査)は当初前年比実質3%増であったが,その後,設備投資促進策の実施にもかかわらずマイナスに転じ,最新時点(75年11月)では10%減見込となった。75年度下半期の資本財発注額は10%の投資減税目当ての操上げ発注(発注期限51年1月7B)もあって前期比17%増加(季調前)したが,76年上半期はこの反動から前期比22%減少し,結局,76年製造業設備投資は実質でほぼ前年並みが見込まれるにすぎない(INSEE調査)。

(4)輸出の不振

輸出は73年の前年比実質10.3%増(通関ベース)に続き74年も同9.9%増と好調を持続したものの,年内の動きは急増した第1四半期(実質)をピークに緩やかな減少に転じ,75年にはいると第1四半期は前年同期比実質7.5%減,第2四半期同5.8%減と前年比マイナスで推移するに至った(第5-8表,5-9図)。

第5-8表 四半期別輸出入動向

第5-9図 輸出入動向

無論,先進工業国を中心とする世界貿易縮少の影響を蒙ったためである。品目別の動きをみると(第5-10表),74年は農産物輸出や消費財輸出の伸び(名目前年比24.3~26.1%増)はブドウ酒や自動車輸出などの不振から左程でもないが,鉄鋼・化学製品など半製品輸出は世界的な基礎財不足を背景に一時的に急伸した(同60.8%増)。75年にはいると半製品輸出が落込んだ一方,投資財輸出は依然堅調(前年比名目22.7~26.1%増)に推移している。

第5-10表 商品別貿易構造

地域別の動きをみると(第5-11表),先進工業国向け輸出の減少,産油国・東欧向け輸出の著伸が目立つ。まずEC向け輸出は74年名目31.6%増と高い伸び率を示したものの75年上半期は名目でも前年同期比マイナスに転じた。また,輸出全体の増加率とのマイナス格差は既に74年から6ポイント強みられたが,75年にはこれが10~13ポイントヘ拡大した。一方,中東向け輸出は74年は名目43.1%増,75年第1~2四半期は前年同期比名目47~55.6%増と続いて著伸した。東欧諸国への伸びも高い。この結果73年から75年第2四半期までの仕向地別シェアーは,EC向けが55.7%→49.4%と6.3ポイント減少し,中東・東欧・その他発展途上国向けは16.7%→25.5%と8.8ポイント増加した。

第5-11表 地域別貿易構造

次に輸入をみると,実質では74年第1四半期をピークにその後主に国内経済活動の低下から輸出を上回る減少を示し,74年第4四半期から前年同期比でもマイナスに転じた(第5-8表,5-9図)。この中で石油輸入額は節約努力もあって75年は同年10月以後の再引上げ(約10%)を織込んでも約400億フランと同年の輸入抑制目標510億フラン(74年9月設定)をはるかに下回る見込みである。

以上の様に貿易は大幅な縮少をみたが,最近は回復の動きがみられる。輸入は名目でみると75年5月を底に増加に転じ,11月は5月比25.4%増(季調後)とその増加振りは最近の景気回復をも映じ明瞭である。一方,輸出も先進国景気の底入れなどに伴い回復気連はみられるが,75年11月でも前月比急減をみた75年5月比名目8.5%増(季調後)にすぎず,輸出受注残も11~12月に部分的な増加をみた程度とされ,輸入ほど回復がはっきり現われていない。

(5)失業者の急増

雇用情勢は74年秋以降生産の急落と新卒者の労働市場参入などから急速に悪化し,雇用減,失業の増加,求人の減少などの現象がみられた(第5-12図)。

第5-12図 労働情勢の動き

失業者(求職者)の急増は著しく,74年10月,11月は前月比10%を超える勢いで増加し,また,75年5月には大統領が「失業情勢は危機的」と表明するなど重大な社会問題となった。その後も失業者は増勢の鈍化はみられるも,のの引続き増加し,75年10月には原数値で百万人を超えた。なお,最新月である11月の求職者数は季調値で92.5万人,原数値で102万人(前年同月比47,1%増)であり,求職者数を求人数(季調値で9.9万人)で除した求職求人倍率は9.3倍となっている。

以上の様に雇用調整が大幅に進められたものの企業は依然余剰労働力を抱えている(所謂「水増し雇用」)とみられ,生産に回復色が強まっているにかかわらず雇用情勢には新規求職者の流入減少(10~11月)など部分的な改善がみられるに止まっている。

この間,雇用情勢の深刻化に対処すべく各種措置が実施された。その第1は74年10月の失業手当の増額(離職前賃金に対する保障率を60%から90%へ引上げ)や75年4月,6月の操業短縮手当の増額による失業者などの生計補助措置である。第2は75年6月に実施された若年労働.者を中心とする雇用促進措置(新規雇用奨励金などの支給)である。また,雇用情勢は当局の政策スタンス全体にも大きな影響を与えると同時に,内容的にも高失業業種,である土木建築部門への個別的挺入れ措置(75年1,3月)や公共事業の推進など雇用吸収を配慮した措置がとられた。

次いで雇用情勢悪化のもとでの労働攻勢をみると(第5-12図(2)),74年の争議件数はむしろ前年比やや低まりをみせ72年並みとなった。75年にはいっても比較的高水準の賃金上昇率が実現していることもあって労働争議はやや多発気味程度に止まっている。

なお,企業の倒産件数は74年から増加し,75年1~11月(約13千件)も前年同期比20,8%増となり依然増加基調にあるとみられる。

(6)物価・賃金

(イ)物価は一応鎮静化

卸売物価(総合・当課計算)は74年6月のピークには前年同月比28%高を記録したが,75年4~10月には前年同月比0.7~2.0%の低下をみるまでに鎮静化した(第5-13表)。

第5-13表 物価の推移

消費者物価は74年1月から二桁台の上昇率となり特に74年上半期の高騰振りは著しかったが,その後一応の静鎮化に向った。これを前四半期比でみると,74年第2四半期の4.4%高をピークとして75年第3四半期は2,2%高(年率約9%)と騰勢は半減し,前年同月比も74年12月の15.2%高をピークとし75年11月は9.9%高と一桁台に復した(第5-13表)。

鎮静化の要因としては,後述の価格直接規制の活用や経済活動低下による需給緩和に加えて,一次産品市況低下やフランのフロートアップなどによる輸入価格低下などが挙げられる(第5-14図)。

第5-14図 卸売物価

しかし,最近の工業製品価格の鎮静化振り(75年4~10月の上昇率は年率6.2%)に比し,サービス価格(同11.9%)や食料品価格(同11.2%)が高率賃上げ持続やECの農家収入増加方針なども映じてかなりの騰勢を維持し,また,景気回復につれ物価の再上昇を予想する企業も増加するなど依然再騰懸念は払拭できていない。

石油危機後のインフレ対策は総需要抑制策と戦後ほぼ一貫して継続されてきた物価直接規制の二本建で進められた。

この内74年秋以降の物価規制などをみると,(1)工業製品に関しては,74年10月に国際一次産品価格の低下などをより物価に反映させるため従来の一次原材料コスト分離方式(石油など特定原材料コストを価格上昇率規制の対象から外し,その分の価格への転稼を認めるもの)を全コストを対象とする包括的な価格上昇率規制に改めた「新工業価格計画」(74年10月~75年9月)が実施された。本規制は75年10月から更に半年間延長されたが,この間に騰勢の鎮まった品目などについては一部規制対象から外されて自由化されいる(75年2月,10月)。また,インフレ利得吸上げを直接の狙いとした景気調整税が75年1月に発効したが,75年6~8月の工業品消費者物価の上昇率(1.2%)が同税の停止基準(1.5%以下)に達したため,75年度における本税適用は停止された。

(2)流通業界に対しては,工業製品価格や輸入価格の低下を販売価格へより反映させるため,商業マージン規制の継続とその強化(74年12月,75年6月,11月),一部小売価格凍結(75年6月~9月)などが実施された。

(3)その他,74年9~11月に小売価格引下げキャンペーン,75年1~3月レストラン料金凍結などが実施され,概ね政府と業界との協定を基礎として多面的な政策努力が続けられた。

(ロ)賃金急増に鈍化の兆し

製造業時間当り賃金率は73年の14%増に続き74年は19.1%増と高い賃上げが実現した。特に物価高騰が最も激しかった74年上半期の急増は著しかったが,続く74年下半期から75年第1四半期までは年率約16%増と多少の鈍化をみた。しかし75年4-7月は労働需給の大幅緩和が進展しているなかにもかかわらず年率20.8%増と再び騰勢が強まり,政府筋を中心に賃金動向に対する危惧感も高まったが,翌7-9月は年率11.8%増と一応の鈍化をみた。

第5-15図 部門別消費者物価

これを前年同月比でみると(第5-16図),名目賃金率は75年にはいって1月の20.3%増から10月は16%増と緩やかながら低下が続いている,一方,実質賃金率は74年の5.4%増から75年は物価鎮静化によって5.8~6.1%と逆に高まっている。

第5-16図 賃金,所得の推移

なお,公務員給与の上昇は74年初までは低かったが,74年下半期以降はほぼ製造業並みの賃上げ率となった,最低賃金(SMIC)はインフレ率にスライドし小刻みに引上げられてきたが,75年7月には一般の所得上昇に見合せた引上げが加わり前述製造業時間当り賃金率並みの上昇率となった。

(7)国際収支動向

(イ)フランのEC共同フロート復帰

為替投機激化の懸念からフランスは74年1月にEC共同フロートを6ヵ月の期限付で離脱し,期限切れの7月になっても短期援助機構が実現していないことなどを理由に復帰を見合わせた。

一方,フランの動きをみると(第5-17図),離脱後暫くは実効レートでみてフロートダウンを続いたが,国内短期金利の再騰やインフレ対策(74年6月)が好感されたことなどから74年央以降上昇に転じ,その後貿易収支の改善も加わって,75年5月には対米ドル比でみて共同フロート(ミニスネーク)通貨の水準を回復した。

第5-17図 フランスフランとEC共同フロートの動き

以上のフランの上伸を背景に大統領は75年5月に共同フロート復帰方針を表明し,7月10日離脱時のレートのまま正式復帰した。復帰後のフランはフランスの国内金利が相対的に高いこともあって共同フロート内では強調を続けている。

(ロ)経常収支の改善

74年の経常収支は石油輸入代金の嵩高などにより大幅赤字を呈したが,輸入減少を主因に改善し,75年4~6月には再び黒字を計上した(第5-18表)。

第5-18表 国際収支の推移

まず74年の国際収支をみると,貿易収支は石油価格四倍引上げや一次産品価格の高騰などにより逆調に転じ187億フランの赤字となった。また,フレート高やECの欧州農業指導保証基金(FEOGA)への出金などにより貿易外収支の黒字幅が縮少し移転収支も赤字幅を拡大した。この結果,経常収支赤字は前年比9.6倍の287億フランとなった。

一方,国内金融の逼迫や海外からの借入規制緩和(74年1月)などから企業の中長期資金調達がユーロ市場を中心として活発化し,長期資本収支は73年の51億フランの赤字から74年は105億フランの黒字と大幅改善をみた。更に石油輸入に対するシッパーズユーザンス期間の延長やリーズアンドラッグズなどにより短期資本収支黒字も拡大したため,資本収支黒字は合計227億ドルに達し,誤差脱漏を含めるとほぼ経常収支赤字をファイナンスしえた。

翌75年の国際収支は様変りの改善を示した。まず貿易収支が輸入の減少を主因に1~3月から黒字に転じたことから経常収支も4~6月に2年振りに黒字(44億フラン)を計上した。加うるに資本収支もかなり大幅な黒字を続けているため,上半期の総合収支は前年同期の4億フランの赤字から一挙に162億フランの黒字となった。また,外貨準備はフランの堅調を背景とする中央銀行の為替平衡操作などから,75年にはいってその増加が目立っている。これとは別に75年1月からフランスは市場価格により金・外貨準備を評価する方式に改めたので,フラン建の金保有高は一挙に約3.9倍増となった。

なお,最近は景気回復に伴い輸入が再び増加する一方輸出は伸び悩んでいるため月別の貿易収支(通関ベース・季調後)は10~11月と赤字に転じた。

3 経済政策

(1)金融は慎重ながらも緩和へ

本格的な総需要抑制策への移行後間もなく金締引締めの一部手直しの動きが預金準備率の一部引下げ等(74年8.月)や中銀の買オペレート引下げ(74年10月以降)などにみられたものの,緩和テンポが速まったのは景気後退色が強まった74年末から75年1月にかけてであった(第5-22表)。74年末に末使用貸付枠(貸出準備率高率適用制度)の半年間繰延べ使用が認められ,翌75年1月に第1次公定歩合引下げ(13→12%)や預金準備率引下げが実施された。その後も物価や通貨との兼ね合いも図りつつも公定歩合引下げをはじめとする金融緩和策が続けられたが,EC主要国との共同歩調のもとで景気対策が打出された9月には,その一環として第5次公定歩合引下げ(9.5→8%)・預金準備率の大幅引下げ・割賦金融条件の緩和などが実施され金融政策は大幅に緩和された。

第5-22表 74年夏以降の主な経済政策

金利動向をみると,叙上の金融緩和の進展からさしもの異常な高金利現象と長短金利の逆転現象は解消し正常化しつつある(第5-19図)。

第5-19図 主要金利の推移

短期金融市場ではコールレート(翌日物)が74年7月の13.87%(月平均)をピークに徐々に低下していたが,74年10月以降急落し75年12月には約6.47%となった。もっとも,前回緩和時の最低水準(72年6~9月は3%台)には至っていない。また長期金利も緩やかながら低下に転じ,国債(1965年,5.5%)金利は75年6月の11.18%をピークに75年9月は9.18%まで低下した。

マネーサプライ(M2)の動きをみると(第5-20図),74年は対民間信用の拡大から前年比平均16.5%増加したが,名目経済成長率15.2%を1.3ポイント上回った過ぎなかった。75年にはいり経済活動低下に伴う需資減退から上半期のマネーサプライは伸び悩んだが,下半期には財政赤字拡大などに伴い6月の前年同月比14.6数増から10月は18.7%増へ著増した。これは一時的要因によるところが大きいとはいえ同年の予想名目経済成長率9.5%(政府見通し,75年9月発表)からみてきわめて高い増加率であった。このため当局は行き過ぎたマネーサプライ増加防止の観点も踏えて76年度の基準貸出枠を設定し(75年11月),また,蔵相は76年度のマネーサプライの増加率を名目予想経済成長率(13.1%増)並みに抑制する方針を表明した。

第5-20図 最近のマネーサプライ(M2前年同月比)の動きと各対応資産の寄与度

(2)景気対策の拡大と財政赤字

財政は74年6月に本格的な引締めに転じ75年予算もインフレ抑制を基調として編成されたが,74年11月以降徐々に引締の手直しが行なわれた(第5-22表)。

当初は資金難中小企業対策(74年11月,12月),自動車や土木建築などの特定不況業種に対する個別対策(74年12月,75年1月)やインフレ弱者対策(社会保障給付の引上げ,75年2月)など,総需要抑制策の枠内における部分的手直しの域をでなかった。

しかし,75年3月には建設部門に対する再度の挺入れ措置とともに財政としては初の設備投資促進策が部分的かつ小規模ながら登場した。翌4月には長期的供給力確保の観点も踏まえて10%の設備投資減税や設備投資金融の拡充など一連の設備投資促進策と雇用確保をも意図した公共事業拡大策が打出され,その規模も160億フラン弱に拡大した。

こうした政府の景気下支え(pour soutenir1'economie)努力にもかかわらず景気は停滞を続け失業の増加も続いたため,75年9月EC主要国との共同歩調のもと「新しい型の経済成長」を目指した本格的な景気対策(「経済発展計画」)が発表された。規模は305億フラン(74年GNPの2.3%)と大きく,対策の内容も消費,設備投資,輸出,公共事業など総需要をカバーするリフレ措置と悪化した企業金融の一時的緩和措置からなっており,政府の景気浮揚への姿勢はより明瞭になった。

74年度に57億フランの黒字を計上した国庫財政は,75年度は不況による税収不振や景気対策の追加などにより一転して約450億フラン(75年予想GD Pの3.5%に相当。第四次補正後)の巨額の財政赤字が見込まれるに至った。

これは大蔵省証券の発行にて賄われているが,前述の通りマネーサプライの増加に結び付いており,政府は新たに累進利付中期国庫債券(5年)の発行を決定し(75年12月)個人消化をも図ろうとしている。

4 1976年予算と経済見通し

75年9月に閣議決定された76年度(76年1~12月)予算案の基本編成方針は,モデレートな経済成長の達成,健全財政の維持,経済成長の質的転換の3点にある(蔵相)。主な特徴をみると,①巨額の財政赤字が発生した直後の年度にもかかわらず,例年通り均衡予算案となっていること,,②歳出の増加率は第三次補正後予算比では4,6%増と伸び率が抑制されているが,当初予算比では13%増と名目予想経済成長率(13,1%)とほぼ等しいこと,③歳出内訳をみると人件費や公債項目の伸びは平均を上回っているが,社会保障費(当初予算比10.5%増)や資本支出の伸びは平均以下に抑えられていることである。なお,増減税措置は小幅に止まっている(減税額は個人所得税の免税点10%引上げなど約49億フラン,増税額は煙草,アルコール等間接税引上げや最高額所得層に対する所得税率引上げなど約33億フラン)(第5-21表)。

第5-21表 1976年予算法案の概要と比較

本予算案は75年当初予算比ではほぼ中立的であるが,第三次補正後予算からみればデフレ的である。こうした予算の性格は75年に採った景気対策の効果発現(大きな部分は76年に効果が現われるとみられる)を見守ろうとの政策スタンスが,従来からの財政均衡主義と結びついたためとみられる。なお,政府は今後景気情勢によっては補正予算を組む可能性を全く否定してはいない。

予算編成の前提となった76年度の経済成長見通しでは,実質経済成長率4.7%と比較的緩やかな回復を予想している。また消費者物価は7.5%高と一段の鎮静化を予想している(第5-2図)。

海外との相互依存関係が高いフランスでは,海外経済の動向により前述の経済見通しも大きく左右されるため一概に見極め難いが,国内の民間設備投資をみると政府は実質5%増を見込んでいるに対し,既述の製造業の設備投資計画は前年並み(名目9%増)に止まり,全産業と製造業という対象範囲の差異があるとはいえ政府見通しはやや楽観的となっている。

最近では政府自身も「4.7%の成長達成は困難ではあるが,総力を挙げて立ち向うべき」(大統領,12月)としているので,本成長率はほぼ上限を示しているとみられよう。なお,OECD見通しは3%である。

第6章 イタリア

1 概  観

イタリア経済は,74年3.2%成長のあと,75年は政府見込みによればマイナス3~3.5%と戦後初のマイナス成長となった。

69年末来長い景気停滞が続いたイタリア経済は,72年後半からようやく回復に向い,73年にはかなりのテンポで景気拡大が進んだが,この間インフレ,国際収支悪化もかなり進行していた。こうした中で発生した石油危機は,輸入石油に対するエネルギー依存度の高いイタリア経済に甚大な打撃を与えたが,当時は失業問題がなお重視されていたこともあって,政策当局の引締め政策への転換が遅れ,物価・国際収支問題は一層悪化する形となった。さらに国際金融市場からの借入れ困難という事態も加わり,イタリア経済は74年前半,危機的状況に陥ったのである。

ようやく74年春に至って本格的な金融引締めに転換し,その後5月には輸入預託金制度が導入され,また財政面でも増税を内容とする緊縮措置がとられるなど,一連の厳しい総需要抑制政策が実施された。このため,74年初来既に鎮静に向っていた景気は,年後半から急速な後退局面に突入,操短・レイオフの動きが急速に広まった。反面,インフレ・国際収支は景気後退の進行に伴い,74年後半頃からかなり急速な改善がみられた。

こうした情勢を背景に,74年末から総需要抑制策の部分的手直しが徐々に行われるようになったが,それはまだ不況の著しい業種や輸出・農業・中小企業等への選択的テコ入れが主なものであって,総需要抑制の方針はなお維持されていたのである。この間,深刻な景気後退が続く中で,75年前半にはインフレの鎮静化・国際収支の均衡回復が達成され,イタリア経済に対する信頼もかなり改善されたのであったが,反面,世界貿易縮小下で不況脱出のきっかけがつかめず,深刻な景気後退は75年後半に入っても依然続いた。

このため,政府は8月初,他のEC諸国と協調して約4兆リラにのぼる景気浮揚策を発表し,ようやくインフレ・国際収支対策から不況対策へと政策スタンスを変えた。しかし,その効果が実体経済面に現われてくるのは76年以降とみられ,また75年末から76年初にかけ重要産業の労働協約改訂交渉が控えていることもあり,イタリア経済の前途はなお厳しい。

2 需要動向

74年の国民経済計算(第6-2表)をみると,輸出等を除きほとんどの需要項目にわたって伸び率(実質)は前年の半分以下に低下した。個人消費,総固定資本形成は73年のそれぞれ5.6%増,8.2%増から74年には2.3%,4.2%増となった。反面,輸出等は73年5.4%増から74年は10.8%増と2倍の伸びを示し,他の需要項目とは対照的な動きとなった(総需要増大への寄与率55%)。

第6-2表 国民経済計算の推移

第6-1図 最近7年間の実質GNP・個人消費・投資の伸び率の推移

75年は,政府の実績見込み(75年9月末)によるとほとんどの需要項目でマイナスの伸びとなるとみられる。個人消費は戦後初めて3数の減少,また総固定資本形成は13%の大幅減で,なかでも設備投資は20%も減少するとみられている。輸出も世界不況の影響を受けて若干のマイナスの伸びとなろうが,他の需要項目と比べるとまずまずといえる。政府消費は,政府の不況対策もあって,75年唯一増加(1%)が見込まれる項目である。

四半期別の国民所得統計や内需の動きを示す適切な指標がないので,需要動向分析を行うのは困難であるが,ここではISCO(イタりア国立景気研究所)のビジネス・サーベイにおける経営者の受注・在庫判断の推移をみてみよう(第6-3図)。

第6-3図 受注・在庫判断の動き

受注の低下は74年第1四半期から始り,第3・第4四半期に急落,75年第1四半期にボトムに達した後,第3四半期まで,低水準横ばい状態にある。国内受注と海外受注を比べると,国内受注の方が低下幅が大きかったようである。

完成品在庫は74年後半から急上昇し,75年第1四半期にピークに達した後,第2四半期から若干低下がみられる。つまり,74年秋頃から始った生産調整が75年第2四半期ごろから在庫水準低下への動きとして現われてきたといえる。

3 生産動向

鉱工業生産は,74年第2四半期をピークに年央から減少に転じ,秋以降急速に低下した(季調済み前期比では第3四半期3.0%減,第4四半期7.0%減)。とくに需要不振から,自動車,繊維産業等では操短・レイオフが急速に広まった。75年に入ってからの鉱工業生産は,月々の変動が大きく傾向が判断しにくいが,年初から春頃までは,生産の減少は止まったかのような動きを示した(75年第1四半期前期比1.0%減)。これは,74年秋以降の生産が落ちすぎた反動といった面もあろうが,同時に企業経営者の先行き見通しにも好転がみられたのである。しかし,内外需要とも立直る気配がみられないまま,経営者の先行き非観論が再び広まり,生産の減少テンポも再び拡大した(第2四半期2.7%減)。第3四半期にも,8月のバカンス時に企業が休暇を延長して過剰在庫の圧縮を図ったため,前期比は3.0%減となった(1-9月の前年同期比では12.3%減)。こうした鉱工業生産の低下はほぼ全業種に広がり,中でも自動車・機械・繊維部門の落込みが著しかった。1-8月の前年同期比でそれぞれ15.3%,14.2%,14.1%の各減となった(1-8月の鉱工業生産は12.9%減)とくに,重要産業である自動車部門における乗用車生産台数は,過剰在庫の削減のため74年第4四半期から75年第1四半期に前年同期比40%も減少した。さらに第2四半期以降も在庫調整が続いており,4~9月の生産台数は前年同期比20%減となった)。また比較的堅調だった鉄鋼生産も75年春頃から不振となり,5-10月は前年同期比14%減となった。

第6-4図 74年以降のGNPと鉱工業生産の動き

4 雇用・労働情勢

ISTATの失業統計(3ヵ月毎に実施)によれば,失業の増大は74年後半から始まったようである。完全失業者数(未調整)の推移をみると,74年4月の48.4万人(失業率2.5%)を底にその後上昇し,75年4月には66.7万人(同3.4%),7月はやや減少したが,10月には再び増加し69.9万人(失業率3.5%)に達した。

今回の景気後退期における失業者数は,これまでのところ景気後退の深刻さの割にはさほど増えていない。75年10月の失業率3.5%が前回の景気停滞期における失業率のピーク(73年1月)をなお0.5ポイント下回っている。

第6-5表 雇用情勢

また,労働省の登録失業者数でみても,同様のことがいえる。これは,企業が政治的社会的理由から,解雇を手控かえ操短・レイオフの手段に訴えたためである。現に,不完全就業者は75年に入って急増し,Cassaintegrazione(一時失業救済制度)による給与保証時間は,75年1-9月に,前年同期比143%も増大している(74年は23%増)。

なお,CISL(三大労組の一つ)の調査によれば,75年央の失業者数は登録失業者(110万人),新規求職者(40万人),潜在失業者(100万人)を合計すると,約250万人に達しているといわれる。

こうした雇用情勢の悪化に伴い,75年には労働争議が頻発し,75年1-8月のストによる労働損失時間は,前年同期の2倍に達した。製造業より建設・サービス業部門,なかでも公共部門におけるストの多発が,75年に入ってから目立っているのが特徴である。

5 物価・賃金動向

物価は,卸売物価が74年後半から,消費者物価は74年末頃から鎮静ないし鈍化傾向がはっきりしてきた(第6-6表)。

第6-6表 月別物価動向

石油価格高騰をきっかけに,73年12月から74年3月にかけ前月比5~6%台の上昇が続いた卸売物価は,4月以降1~2%台に鈍化,11月以降75年7月までほぼ安定した動きを示すに至った。財別にみると,11月以降生産財価格は続落,投資財・消費財価格も概ね前月比0.5%以下にとどまり,75年5月からは投資財も下落している。これは74年前半まで異常な上昇を続けた輸入物価が,その後ほぼ安定的に推移(原材料価格は軟化)したことや,不況による販売不振によるものであるが,とくに後者は企業がコスト増を販売価格に転嫁しがたい状況をつくり出した。

卸売物価の鎮静化につれて,消費者物価も74年12月以降,それまでの前月比2%前後の上昇から1%前後にまで上昇率が半減した。とくに非食料財の騰勢鈍化が目立っているが,サービス価格は75年5月頃までかなりの騰勢が続いた。

賃金上昇率(製造業時間当たり)は,74年上期に前年同期比24.8%も上昇し,同期の生計費上昇率14,9%を大幅に上回っていたが,74年後半から生計費指数が急騰(下期23.8%)したため,賃金上昇率(同20.4%)はこれを下回るようになった。

こうした実質賃金の低下は,生計費スライド制によるスライド給の著しい目減りによるところが大きかった(注1)。このため三大労組はこの改善を要求し,75年1月末にイタリア経団連(コンフィンダストリア)との間で,以下の点につき合意をみた。

注1,2

①75年2月からスライド基準額を大幅に引上げ,かつ77年1月末までに基準額の職種間資格間格差を段階的に解消,②特例措置として一部業種を除き月額給与の一律1.2万リラ引上げ,③家族手当ての20%引上げ,を内容(注2)としている。

第6-7図 賃金と生計費上昇率の推移

このため,2月以降賃金は再び大幅な上昇に転じている(2-8月前年同期比29.4%上昇)。

加えて,74年秋以来の労組側の要求であった低額年金の引上げ,操短労働者の急増に際しての失業保険給付率の大幅引上げ,も75年初に政府・経営者側との合意が成立した。

こうした一連の合意により,企業・政府とも大幅な労働コスト上昇に悩まされることとなった。さらに,年末から76年初にかけては,労働協約改訂交渉が控えている。

6 国際収支動向

(貿易収支)

貿易収支(通関ベース)は,物価同様に74年後半から非石油収支を中心に,急速に改善してきた(第6-8図)。

第6-8図 貿易収支の推移

非石油収支は,74年上期月平均2,780億リラもの大幅赤字を記録,したが,下期にはわずか110億リラの赤字へ縮小した。さらに75年に入ると上期月平均,1,800億リラの黒字に転じ,第3四半期には2,780億リラの黒字へ拡大,74年とは様変りの動きを示した。こうした非石油収支の黒字傾向は,既に74年11,月から始まり,IMFとの約束であった75年末までの黒字化という目標は,1年早く達成されたわけである。

反面,貿易収支赤字の最大の項目である石油収支は,74年初来の大幅赤字が74年中継続し(74年の月平均赤字4,320億リラ),75年にも若干赤字幅が縮小した程度で(1-9月々平均3,690億リラ),依然大幅な赤字が続いている。

この結果,貿易収支赤字は74年上期月平均6,570億リラの大幅赤字から下期は4,970億リラヘ縮小,さらに75年上期1,820億リラ,第3四半期1,050億リラへと急速に縮小した(7~8月は黒字)。

こうした改善の原因としては,74年春以降の輸入預託金制度を含む金融財政両面での引締め政策と,その後の景気後退の深化,国際商品価格低落による輸入価格の安定等,数量・価格両面からの輸入額の減少があげられる。すなわち,輸入数量は,74年下期前年同期比9.7%減,75年上期18,8%減の著しい減少を示し,また,輸入価格は,74年下期70.0%上昇後,75年上期は13.8%にまで上昇率は鈍化した。他方,輸出は政府の輸出振興策,不況下での輸出圧力の増大などで,OPECや共産圏向け中心に,世界貿易縮小下でも比較的堅調に推移したことがあげられる。すなわち,輸出数量は74年下期4.2%増,75年上期1.1%増と,前年同期比では75年に入ってもなおプラスを維持している。輸出価格の上昇は75年に入って鈍化してきたが,輸入価格との相対比率(=交易条件指数)でみると,74年上期の73.9(1970=100)から下期75.4,75年上期78.5と,やや改善している。

このように,数量・価格両面から貿易収入の改善がはっきり裏づけられるわけである。

なお,対産油国,共産圏向け輸出については,75年3月サウジアラビアとの間で,開発5ヵ年計画へのイタリアの参加等を内容とする経済協力に関する基本協定の締結,また10月には,ソ連との間でイタリア工業製品輸入資金として9億ドルの対ソ信用供与協定が成立するなど,積極的に輸出拡大のための努力が払われている。

第6-9表 輸出入数量・価格の動向

(経常収支・総合収支)

74年上期の経常収支は4.24兆リラもの巨額の赤字を計上したが,下期には季節要因もあって1.58兆リラの赤字へと大幅に縮小,75年上期にはさらに小幅化して0.67兆リラの赤字にとどまった。1-9月間では0.84兆リラで,前年同期の約%程度の赤字である。75年全体の見通し(75年6月末のオツソラ中銀副総裁の言明)では,74年の5.8兆リラ(約93億ドル)の赤字に対し,1.5兆リラ(約24億ドル)程度の赤字と見込まれている。

こうした経済収支の改善は,主に先にみたような貿易収支の改善によるものであるが,重要な外貨獲得源である観光・移民送金収支も,これらに付随した非合法の資金逃避傾向が止まったことなどから,黒字幅が大きくなったこともあげられよう。

資本収支は,逆に74年後半から黒字幅を縮小し,75年第3四半期には赤字を記録するなど一見悪化しているようにみえるが,これは74年上期には国際収支赤字補填のためのユーロ市場等国際金融市場から大量の借入れがあったのが,下期になるとこれらの市場から借入れがなくなり,75年に入ってからは国際収支急改善を背景に外貨繰りに余裕が生じたため,逆に借款返済が行われたことにより悪化したものである。これらの国際収支赤字補填収支分を除くネットの資本収支は,74年後半からかなり改善していることがわかる(第6-10表)。内外金利差の拡大(国内の高金利)による資本流出のストップ(非合法の分も含めて),国際収支改善によるリラ相場の安定傾向等が,その原因としてあげられる。

第6-10表 国際収支動向

この結果,総合収支は,74年第1~第2四半期の1.3~1.6兆リラの赤字から75年第1~第3四半期にはわずか0.1~0.2兆リラ程度の赤字に激減した。さらに,補填貸付収支分を除くネットの総合収支でみると,改善はより一層明僚で,75年第1・第2四半期にはほぼ均衡,第3四半期には黒字を計上したほどである(第6-10表)。

なお,74年中には巨額の国際収支赤字補填のため,上記の他に政府ベースの国際機関等からの借入れ(国際収支表上はビローザライン)が行われたーEEC約19億ドル,IMFスタンド・バイ・クレジット約12億ドル,IMFオイル・ファシリティ8.12億ドル,西ドイツ連銀20億ドル,計59.12億ドルーが,75年にはユーロ市場等からの借款返済や西ドイツからの金担保借款20億ドルのうち5億ドルの返済が行われる一方,IMFオイル・ファシリティ75年分からの借入れ(9.2億ドル)及びEC共同体借入れ制度への満額借入れ申し込み(利子込み30億ドル)が行われている。これは,国際収支が改善したとはいえなおかなりの石油赤字は残ること,金利や担保の面でより有利な国際機関からの借款に借替える方針であることなどによるとされている。

7 経済政策

74年は,国際収支・インフレの危機状況に対処するため,一連の厳しい総需要抑制措置が次々にとられた年であった。これに対し75年は,年初から年央にかけて徐々に総需要抑制策の部分的緩和が図られ,夏以降は本格的な景気浮揚策への転換が行われた年であった。以下では,74年末以降の総需要抑制政策の緩和過程をみてみよう(6-11表参照)。

第6-11表 1974年末以降の主な財政・金融政策の経緯

まず,部分的緩和期における金融政策をみると,74年12月に第1次公定歩合引下げ(9→8%),金融機関の輸出及び大口借入れ企業向け貸出規制の撤廃(農業については2月に実施)等部分緩和をまず打出した。次いで,75年3月には輸入預託金制度の撤廃(これによる資金解放はその後6ヵ月間に1,24兆リラ),金融機関の量的貸出規制(74年4月~75年3月間15%増以内)の非延長が決定され。さらに5月には第2次公定歩合引下げ(8→7%),7月には債券強制保有率引下げ(7~12月間,40→30%)が行われるなど,金融引締め緩和が徐々に進められた。加えて資金需要も低下していったため,74年末に20%にまで達したプライム・レートも次第に低下し,5月初には15%へ,またインターバンク金利も74年末の17.5%から急速に低下し,7月には9.72%となるなど年初来の異常な高金利は次第に是正されていった。

一方,財政面では75年2月に建設・輸出・農業部門への投融資拡大,年金等の経常的才出の増額等を含む約1兆リラの予算増額,次いで3月には住宅整備3ヵ年計画(3兆リラのうち1兆リラは75年中に支出)を通じた建設部門へのテコ入れが行われた。

以上のように,年央までの緩和策は輸出・建設・農業等特定部門に対する選択的テコ入れといった性格が強く,公定歩合引下げや貸出量的規制の撤廃といった全般に及ぶ緩和策もあったが,それは74年3月IMF,同11月EE Cとイタリア間での借入れの際の合意事項―74年4月から1年間の国内信用拡大量を224兆リラ以内に抑制(IMF),75年4月から1年間同24.7兆リラ以内,75年度財政,赤字幅8.4兆リラ以内に抑制(E C)等―の範囲内で実施されたものである。

しかし,これらの部分的景気対策もさしたる効果を挙げず,不況は一層深刻化したこと,75年6月の統一地方選挙で共産党が躍進するなど現政権の経済政策に対する批判が高まり,秋の労働協約改訂交渉における労組の攻勢も高まりが予想されること,また7月のEC理事会でEC諸国が協調して景気浮揚にあたる合意があったこと等の事情から,8月8日には財政面からの本格的な景気浮揚策が発表された。さらに,9月央には第3次公定歩合の引下げ(7→6%)を含んだ金融緩和措置もとられた。

8月の措置は,その後議会で増額修正され,今後2年間4.2兆リラ以上(対GNP比年間2%弱)の財政支出を行うこととなったが,行政機構の非能率さという実施上の問題点の他,75年内実施分約2兆リラの内容については輸出振興のウェイトが大きく,内需刺激の直接的効果を有する公共投資関係が不十分であるという問題点もあり,75年中の効果発現はあまり期待できないとの見方が一般的である。こうした点に配慮して,政府はその効果発現を早めるために,議会通過前の9月中旬の段階で行政措置で可能な分1.8兆リラの支出を決定している。

なお,7月末に発表された76年度政府予算案は投資的経費拡大(47.3%増)を重点とした歳出の拡大(26%増)により,赤字幅が11.5兆リラ.(GDPの約10%)にのぼる積極赤字予算となった(第6-12表)。

第6-12表 1976年予算案の概要

8 景気の現状と今後の見通し

(景気の現状)

75年夏から秋にかけての景気動向をみると,生産の減少はなお続いているが,そのテンポはかなり鈍化してきた。また,需要面では輸出を除いてなお減少ないし停滞が続いているとみられるものの,秋頃からば自動車登録台数など一部に回復の動きもみられるようになった。ビジネス・サーベイによる企業経営者の在庫水準の判断をみると,消費財・投資財についてはなお高水準とみられるが,生産財については在庫調整がかなり進んできたようである。また経営者の先行き経済に対する見方も,10月からやや好転している。

このように,74年後半から始った厳しい景気後退もようやく底入れに近づいてきたようである。

(今後の見通し)

今後の景気見通しに関しては,イタリアでも不確定要素が多すぎるという問題があるが,とくにイタリアの場合75年末から76年初にかけて行われる労働協約改訂交渉の成行きが一層不透明度を増している。これまで明らかにされた労組の方針では,賃金要求よりも雇用確保を図るとし,企業の投資決定参加を柱とする経営権への参加要求に重点を置いているが,賃金についても3万リラ(15%プラス)の引上げを要求している(生計費スライドによる賃金上昇も別途要求)。この賃上げ要求が実現されると,社会保険負担増等を含めて30%前後の労働コスト増となるといわれており,現在でも販売不振・コストアップに悩んでいる企業の投資意欲をさらに減退させ,さらには輸出競争力にもかなりの悪影響を及ぼすこととなろう。

また,イタリア経済にとって重要な海外の景気動向も,景気回復の時期・テンポに大きな影響を及ぼすものである。

76年の経済見通しについては,政府(75年9月末),EC委員会(10月),NIESR(12月),OECD(12月)などが発表されている(第6-13表)。概ね76年下期からの景気回復を予想しているが,回復力は弱いとの見方が一般的である。76年の成長率予測は,高い方のECで3%,低い方のOECDでは1.5%である。いずれも先進国の中では,イギリスに次いで低成長を余儀なくされるとしている。

第6-13表 76年の経済見通し(1)

需要項目別にみると,投資は75年大幅減少のあと76年も不振が続くとの見方が多く,中でも75年に約20%減少(政府見込み)した設備投資は76年にもマイナスの伸びを予想する向きもある(OECDは4,5%減の予想)。これは労働協約改訂交渉を控え,企業が投資に関する決定を控えていること,現在の設備稼動率()が極めて低水準にあり,今後もさほど多くの改善は見込めないことなどのためである。住宅投資は75年中かなりテコ入れが行われたこともあって,76年は若干回復しよう。個人消費は大幅賃上げが見込まれるにもかかわらず,若干の回復が見込まれる程度で,たかだか74年の水準に戻る程度との見方が多い。これに対し輸出は,海外の景気回復が進むことからGNPの伸びを上回る見通しであり,政府,OECDとも4%増とみている。

こうした低成長を背景に,雇用情勢は75年より更に悪化すると見込まれている6例えばOECDでは76年の雇用の伸びはマイナス2%と予想し,また比較的高い成長を見込んでいるECでも,失業率は75年の3.7%から76年は3.9%に上昇するとみている。

消費者物価上昇率はいずれの見通しでも鈍化するとしており,75年の17~18%から76年は10~12%程度との見方が一般的である。ただし,回復が始まるとみられる76年後半からは上昇テンポを高めるものとみられる。

対外バランスについてはやや改善か前年とほぼ同額の赤字といったところで,大きな変化は予想されてない。

最後に,75年10月の石油10%再値上げの影響であるが,政府試算では76年の成長率に対しマイナス0.5%(75年はマイナス0~5%程度),消費者物価には0.2~0.3%,経常収支には約2億ドルそれぞれ悪影響を及ぼすとみられている(これらは既に75年9月末の経済見通しの中におり込み済みである)。

第7章 オセアニア

1 オーストラリア

(1)概  観

年初,貿易収支の好転からやや明るさをみせたオーストラリア経済は,その後,3月から11月までの連続4回におよぶ金融引締めなどで産業界の景気感から明るさがうすれ,産業活動は引き続き停滞している。

一方,カー総督は11月に首相解任,上下両院解散を実施した。12月13日の総選挙では3年ぶりに自由党・地方党連合が圧勝した。この結果,今後の政策は私企業優先,対英協調など,保守的政策に転換ずるものとみられる。また,国内経済の停滞克服には時間を要するため,高関税,輸入制限などの産業保護策はなお当分続けられるであろうが,外資導入による資源開発などは促進されるものとみられている。

(2)産業活動は停滞

国内総生産(実質)の過去数年間の成長率は5%台(平均年率)で推移してきたが,1974~75年度はオイル・ショックによる世界的な景気後退の影響をうけ1.8%減少した。とくに,1974年4~6月期(季調済)の前期比2.4%減,7~9月期の3.6%減の2期連続大幅減が大きかった。その後上昇しているが,75年4~6月期の水準は74年1~3月期のピークと比べなお0.7%低い。

鉱工業生産(季節調整済)は74年2月をピークとし,その後5ヵ月間は高原状態を保っていたが,8月以降は様変わりに急落し,本年7月の指数は72年央の水準まで低落した。ピーク時と比べ12.3%の下落である。

(3)国内需要に回復の兆し

個人消費の動向を小売売上高(自動車等を除く,季調済)でみると,名目値では本年1~3月期と4~6月期の伸び率が目立って増大(ともに前期比約4.5%)したが,消費者物価の大幅上昇から実質の伸び率は小幅(前期比0.9%前後)であった。しかし,7~9月期は消費者物価の騰勢鈍化から実質でみると1.7%増と伸び率が若干の回復を示した。乗用車の新車登録台数(季調済)は本年2~4月間の暫定減税措置(12.5%の引下げ)中に5万台前後と急増したが,5月以降は,税率がもとの販売税率27.5%になるまで毎月2.5%づつ引き上げられるため,,5月以降の登録台数は目立って低下し,3.5万台前後を低迷している。

第7-1表 国民経済計算

第7-2図 鉱工業生産の推移

景気の先行指標となる民間住宅建築許可戸数は,74年10~12月期の月平均9.8千戸を底とし,本年4~6月期と7~9月期には11.5千戸前後までふえた。9月,10月は12.4千戸前後の水準に回復しているが,73年7月のピークと比べると,なお32.4%低い。

(4)労働市場は最悪状態

1974年年央以降急激に悪化しはじめた労働市場は,本年に入っても不況の深刻化とともに悪化の度を強めてきた。9月には失業者数(季調済)が遂に30万人の大台に乗せ,昨年初頭の水準と比べ約4倍となった。失業率(季調済)でみても2,3年前の1~2%という低水準に比べ,現在は5%台に達している。

第7-3図 失業者数と求人数の推移

一方,未充足求人数(季調済)は74年3,4月の9万人台から急減し,昨年末には3万人台に減少,本年に入っても,なお漸減を続けて10月には2.4万人にまで減り,昨年3月のピーク時と比べ約4分の1となった。

(5)物価の高騰と賃金インデクセーション政策

1973~74年度の消費者物価は,73年10月以降の石油危機によって騰勢を強め,前年度に比べ12.9%高と2桁の上昇率となり,74~75年度の上昇率はさらに高まって16.7%高となった。73~74年度の上昇主因は,世界的な食糧不作による食料品価格の上昇がもっとも大きく,ついで繊維製品・衣料類の値上がりにもよるものであった。74~75年度は食料品を除き全商品が大幅に値上がりしている。しかし,このような騰勢も,本年7~9月期には前期比0.8%高と72年4~6月期以来の小幅上昇にとどまったが,10~12月期は付加価値税の増税などにより大幅に上昇(5.6%)している。

一方,賃金の動きをみると,男子の週平均賃金の上昇率は第7-4図のように,前年同期に比べ消費者物価の上昇率より2~3%高であったが,1973年ごろよりその上昇幅がやや広がり,74年央以降は10%を上回る賃上げ率となり,賃金コストインフレの様相を強めた。

第7-4図 消費者物価と賃金の伸び率

このような賃金の高騰は,物価の上昇に対する労組の強い賃金引き上げ要求によってもたらされた。74年初めからはげしくなった賃上げストは全国的となり,物価の上昇をさらに大きくした。

75年4月30日,賃金調停仲裁委員会は賃金インデクセーションの実施を決定した。これは,国家賃金調停仲裁委員会が,経営者協会と労働組合協議会,連邦専門職組合協議会の2大労組協議会と政府の3者の協議を主宰することにより行われる。現在までの決定内容は,①5月15日以降支払われる賃金から第1四半期の消費者物価上昇率と同率の3.6%引き上げる。②今後,四半期毎に前四半期の消費者物価上昇率に合わせて次の3ヵ月の賃金引き上げ率を決める。③毎年生産性の上昇率を考慮した賃上げ率を査定するなどである。さらに政府は,この方式を官公労を含む全豪労働者に適用することを決定した。

同時に,この決定は賃金インデクセーションを実施する代わりに,インフレを理由とした一昨年来のようなストライキを今後2年間は行わないとのパッケージ政策を労働組合に認めるよう要求しており,過度のストライキによる過剰賃上げを規制することが最大のねらいである。

これに対し,労組側は原則的に賛成の態度をとっており,その後はストキイキが一応治まっている。また,第2回目の賃金裁定が9月16日実施されるなど,賃金インデクセーション策は成功しており,7~9月期の賃金上昇率と物価上昇率との差も,72年上半期程度の安定した状態にもどった。

(6)貿易収支の大幅黒字つづく

1974~75年度の通関輸出額は8,688百万豪ドル(前年度比25.7%増),通関輸入額は8,079百万豪ドル(同32.8%増)で差引き609百万豪ドルの黒字であった。しかし,黒字幅としては,前年度の830百万豪ドル,前々年度の2,099百万豪ドルと比べると相当に縮少している。これは,国内の物価対策から73年7月に,①豪ドルの切上げ,②関税の大幅引下げを実施したことと,③輸入価格上昇による輸入の増大が主因であった。

第7-5図 国際収支の推移

しかし,昨年末から本年初めまでの間に相いついで輸入制限を実施したため,本年初頭より輸入は大幅に減少し,黒字幅をふたたび拡大した。

1974~75年度の貿易収支では778百万豪ドルの黒字を計上している。経常収支は,石油危機以降の運賃の値上がり,輸入増大に伴なう運賃,保険料支払い増などのため前年度の709百万豪ドルの赤字から1,081百万豪ドルの赤字へと増大した。

1973年末に5,697百万ドルあった金・外貨準備は,その後の国際収支悪化により減少をつづけ,74年末には4,269百万ドルとなり,本年10月末は4,035百万ドルに減少している。

(7)外資・資源政策の全面改定

75年9月24日,ウイットラム前首相は3年間つづけて来た外資,資源政策を全面的に改め,外資による資源開発を促進する方針に踏み切った。

新総合外資政策は,①外国企業との紛争を終結し,外資導入を再開する。②ウラニウムを除くあらゆる資源の探鉱を外資だけで行うことを認める。③資源開発に対する外資の所有率を50%まで認める。④外国企業の経営参加比率も最大限50%まで許可する。⑤金融,不動産部門への投資も,”オーストラリアの利益に反しない”範囲で認める含みを持たせている。

第7-6表 主要輸入制限品目と実施時期

2 ニュージーランド

ニュージーランド経済は1974年に入って,輸出の減少,インフレの高まり,内需不振から景気が悪化し,失業者の増勢も75年に入って強まってきている。対外面では貿易収支が赤字をつづけており,8月,ニュージーランド・ドルの15%切下げを発表した。

(1)産業活動の停滞つづく

1973年は世界的な好況により一次産品輸出の好調と国内需要の増大により,経済成長率は名目で17.8%,実質5.4%となった。

74年に入って石油危機の影響から主要産品の輸出が伸び悩む一方,輸入は原油をはじめとして化学品,製品類の値上がりから急増し,国際収支は赤字に転落した。

主要産品である羊毛輸出は73年著増の反動もあって74年中に数量,価格ともに低下し,前年比14.3%減と大幅に縮少した。75年第1~3月期の輸出鋲は61百万NZドルで前年同期の120百万NZドルに比べ半減している。酪農品では,とくに牛肉の主要輸出相手国であるEC,米国,日本の輸入一時停止をうけ,国内生産は低下をよぎなくされ,74年度(9月に終る年度)中の牛肉(前年度比10.8%減),羊肉(同10.7%減),チーズ(同12.0%減),バター(同15.2%減)などは減産となった。しかし,冷蔵庫,洗濯機,テレビ,繊維製品などの生産は好調な国内需要に支えられて増加している。

(2)労働情勢悪化

74年中完全雇用状態をつづけてきた労働市場は,75年に入ると様変りに失業者が急増しはじめ,8月には5.3千人と72年の水準に近い失業者数となった。一方,求人数は昨年末以降急減し,本年5月は1.2千人と昨年10月のピーク5.8千人の5分の1にまで減少している。その後やや回復してきたものの,8月の求人数はなお昨年同月の40%にすぎない。

(3)内需は停滞

住宅建築許可額は73年度には好況を反映して前年度に比べ44.9%増と急増したのにつづき,74年度も47.5%増と2年つづけて著増した。これには建築材料等の値上がりによる面もあったが,新築住宅の床面積でみても,73年度の30.2%増につづき74年度も24.4%増と過去数年間の水準と比べると,著しく高水準であった。

第7-7表 主要経済指標

しかし,この建築ブームも羊毛等の輸出の減少から沈静化し,74年末より減ってきている。

73年後半から増大しはじめた小売売上げ高は,74年秋頃まで増加をつづけた。しかし,74年末以降は物価の上昇もあって実質売上げ高は減少に転じ,75年4-6月期の実質売上げ高は前年同期に比べ3.7%減少している。

(4)物価の上昇つづく

消費者物価は比較的に落着いた動きを示してきた(従来年5%程度)が,72年6.9%高,73年に8.2%高のあと,74年には11.1%高と上昇テンポを高めた。この騰勢はさらに強まっており,75年1-3月期には前年同期比13.2%高,4-6月期14.9%高となっている。

(5)国際収支改善の兆し

羊毛,肉類といった酪農製品などの主要輸出品に支えられて黒字をつづけてきた貿易収支は,74年に入ると,これら主要商品の輸出が軒並みに減少した反面,石油および同製品の大幅な値上がりを主因として輸入が増大し,一転して貿易収支は赤字となった。そのうえ,貿易外収支も海上運賃の値上がりもあって赤字幅を拡大したため,74年の経常収支は前年の2.1億米ドルの黒字から11.3億米ドルの赤字へと著しく悪化した。

政府は74年春より長期資本の流入に努めた結果,74年中に544百万米ドルの長期資本の流入(73年は80百万米ドルの流出)をみたが,総合収支は経常収支の大幅赤字から453百万米ドルの赤字(73年は76百万米ドルの黒字)となった。

この赤字傾向は75年に入ってもつづいており,4-6月期には長期資本の大量流入により総合収支は黒字に転じたものの,貿易収支,貿易外収支とも赤字傾向がつづいている。

この赤字対策として,政府は75年8月10日,ニュージーランド・ドルの為替相場を15%切下げた。

その後,羊毛,肉類などの輸出がやや持ち直してきたことと,これら相場の上昇もあって,輸出に回復の兆しが見えてきたこと,一方,国内経済の停滞と輸入制限の強化から輸入が減少してきており,経常収支も今後改善にむかうとみられるが,ニュージーランドの貿易型態が特定農産物の輸出に頼っている点からみて,前途はなお容易ではないものと思われる。

第8章 東南アジア

1 韓  国

74年の実質経済成長率は8.6%と前年の16.5%を大幅に下回った。これは先進諸国の景気後退と石油危機の影響によるものであり,それでも74年上半期は前年の好況の余波と重化学工業の伸びにより13.6%の成長を達成したが,下半期は輸出需要の鈍化とインフレの高進から5.1%の伸びにとどまった。75年に入り,第1四半期は5.0%と低迷したが,第2四半期に入り輸出需要の回復に合わせ7.1%と回復に転じ,第3四半期も8.9%の成長であった。

(1)生産動向

農業生産は米の豊作と漁業の伸長を反映して,74年にも5.6%増(前年は5.5%)とここ10年間の平均成長率3.3%を上回る成長であった。しかし,75年上半期は近年順調な成長を遂げていた漁業部門が前年同期比11.0%減少したことから,3.2%(74年上半期は3.8%)増の低成長にとどまった。なお,米の生産は74年が460.8万トンの豊作であったが,75年もそれを上回る466.9万トンの豊作が続いた。

74年の鉱工業部門の成長は,輸出需要の減退から14.6%増(うち製造業は17.5%)と,前年の28.6%(同30.9%)から成長率は半減したが,それでも高い成長を達成した。特に上半期は26.2%の伸びであった。しかし,74年下半期より成長は鈍化し,前期比でみると74年第3四半期から75年第1四半期にかけ低迷を続けた。その後輸出需要の拡大にともない第2四半期から回復に転じている。74年の製造業生産を業種別にみると鉄鋼業が94.5%増,輸送機械146.2%増,電気機械92,0%増,衣類31.1%増,皮革及び同製品134.6%増と著増したのに反し,木製品△11.2%,繊維製品3.2%増,食品製造業6.1%増等,生産の伸びは鈍化ないしマイナスとなった。75年上半期についてみると好調であった鉄鋼が輸出内需不振から前期比(季調済)△3.7%,電気機械同△10.9%と不振に陥り,その他,紙類,ゴム製品等も不振であるが,前年不調であった繊維(前期比)22.7%増,木製品9.4%増が回復し,また,引続き衣類,皮革及び同製品,輸送機械等は順調で,主として軽工業部門を中心に国内在庫調整の進展と輸出成約の漸増などから操業率は上っている。

なお,失業率は74年の4.1%から75年3月には6.1%(前年同期5.4%)と近年では72年3月の6,5%以来の高率となっている。また,機械,金属,繊維類部門では不況打開策の1つとして一時帰休制をとっているところが全体の14%となっている。

(2)財政動向

75年度(暦年)予算は年間8%の実質成長達成のための景気浮揚を主眼に策定された。予算規模は総額1兆2,919億ウオンと74年度当初予算比52.4%増,同最終予算比24.4%増の大型予算となった(補正を含めた最終予算規模は1兆5,869億ウオン)。

76年度予算も2兆440億ウオンと前年度比58.2%増(最終予算比28.8%増)の大型予算である。本予算の特徴をみると,まず国防費が前年比99%増加している。

また,公務員給与の引上げを映じて俸給・年金が77.1%と増大している。

歳入をみると国内税が43,7%,関税が18%増大しており,租税負担率は75年の16.5%から17.2%に上昇するとみられている。ことに前記の国防費の財源確保のため,75年7月に防衛税(1980年末までの時限法。同法により76年予算は2,142億ウオンの歳入を予定しており,単一税種では現行税制上最大規模)が新設された。政府は本予算により物価上昇を12%以下に,また経済成長大規模率は8%を維持するものとしている。

(3)貿易動向

74年の貿易は輸出が前年比38.3%増(前年は98.6%増)であったのに対し,輸入は同61.6%(同68.1%増)と引続き急増した。これは主として前年に比し輸出価格が26.6%,輸入価格が55.5%上昇したことによるもので,数量ベースでみると輸出8.8%,輸入3.1%各増となる。

輸出をみると上半期は前年同期比78.7%と増大したが,下半期には同12.4%(前期比△2.1%)へと急激に鈍化した。

品目別では合板が前年比40.2%の減,特に下半期には前年同期比53.7%と減少したほか,生糸,織物などの下半期の停滞が著しい。国別にみると,73年には全輸出の38%を占る日本向け輸出が74年には11%の伸びにとどまり,特に下半期には前期比△25.6%(前年同期比△28,9%)と減少したのが大きい。これに対し,西ドイツ,イギリス,オーストラリア,イラン等への輸出は急増した(主として繊維製品及び衣類等)。

輸入をみると石油価格高騰を反映して石油及び同製品の輸入が前年に比し約3,4倍増大し,全輸入額中14.9%を占るに至った。また,船舶(軍艦を除く)輸入も前年の7.7倍に達した。国別にみると西ドイツ,クウェイト,サウディアラビアからの輸入急増が目立つ。こうした貿易アンバランスの拡大から貿易収支赤字は73年の567百万ドルから74年は1,938百万ドルとなり,経常収支も2,027百万ドルの赤字となった。このため,74年中にIMFのオイル・ファシリティ100百万SDR,ユーロダラーの取入れ2,218百万ドル等長短資本1,826百万ドルの導入(前年は650百万ドル)を図ったが,総合収支では172百万ドルの赤字(前年は349百万ドルの黒字)となった。

さて,74年下半期から始まった輸出鈍化傾向は75年上半期まで継続しており各月とも前年同月を下回り,総額でも2,046.5百万ドルと前年同期比△9.2%(前期比△7.3%)と減少した。国別には対日本輸出が前年同期比33.5%減,対アメリカが同15.6%減少しており,一方西ドイツ,オランダ等の西欧や中東諸国向輸出は増加した。政府は輸出促進策の一環として74年12月に為替レート(韓国銀行の介入レート)をIUSドル当り399ウォンから同484ウォンへと17.6%切下げて競争力の強化を図る一方,新市場開拓支援の強化等の措置をとった。こうした措置と,アメリカ及び日本の景気が75年第2四半期以降回復に転じ,これによって韓国からこれらの国に対する輸出も第2四半期には回復基調となり7月以降は前年同月を上回る状況となり,1~10月の輸出額も前年を2.7%上回るに至った(7~10月の輸出額は前年同期比20.5%増)。

一方,上半期の輸入は輸出の減少傾向とは逆に3,839.7百万ドルと前年同期比で17.2%増(前期比7.4%増)に上昇した。政府はこのため輸入関税引上げ,輸入制限品目拡大等の措置を採っており,7月以降輸入は減少(7~10月で前年同期比15,1%減)傾向にあり,貿易収支も改善方向に転じた。しかし,上半期の貿易収支赤字は1,528百万ドル(前年同期比78.5%増)と巨額に達しており,引続きユーロダラー取入れ(上半期301.2百万ドル),サウディアラビアからの借款(70百万ドル)等の手当てを図っている。目下資本流入は順調で外貨準備高も増加傾向にある。ただ,資本収支の中で短資の比率が高い(74年は18.3億ドル中7.5億ドル,75年上半期は15.5億ドル中7.8億ドル)こと,並びに公的債務が73年末の2,603億ウォンから74年末には4,431億ウォン,さらに75年6月末には6,047億ウォンと急増していること,加えて75年10月のOPECによる石油価格引上げ(平年ベースで約122百万ドルの追加支出)などもからみ今後債務返済に困難が予想される。

(4)物価動向

73年末から急上昇に転じた物価は74年に入り,政府の強力な物価安定策(73年12月の価格事前承認制,74年1月経済緊急措置第3号等)にかかわらず,一方で輸入価格高騰,公共料金値上げ,糧穀価格の引上げ,74年末のウォン切下げ等から卸売物価は42.1%,消費者物価も23.6%と急騰した。75年に入ってから,卸売物価は輸入価格がしだいに安定(前年同期比で第1四半期24.3%,第2四半期4.0%各上昇)してきたことや不況下における需要減退等から1~10月で前年同期比27.4%と若干落着いてきたが依然高水準にある。一方,消費者物価は年初来の穀物,煉炭,煙草の値上げ,7月1日の鉄道,バス,電話料金引上げ,防衛税新設(政府ば同法の施行で卸売物価に2拭,消費者物価に21%上昇の影響を与えるとしている)等に加え,本年に入り卸売物価の上昇圧力が本格的に消費者物価に反映してきたこともあって1~10月で前年同期に比べ26,0%と昨年以上の高騰が続いている。このため,当初政府が目的とした75年の物価上昇を20%以内に押えるのは困難となった。なお,今後の物価見通しをみると,公務員給与の大幅引上げ,輸入抑制策による物資不足現象,OPECによる石油価格の10%引上げ,76年度の大型予算等高騰要因が目白押しで,見通しは明るくない。

第8-1表 韓国の主要経済指標

2 台  湾

74年の台湾経済は,先進国の不況の影響をうけて輸出が停滞し,実質成長率0.6%(前年11.9%)とほとんどゼロ成長に終った。74年後半に入って商品売上げの低下,輸出の減少,失業率の悪化など景気沈滞ムードが強まってくると,政府は74年11月14日に「新財政・経済措置」を発表して不況打開策に乗り出した。その内容は,金融の緩和,租税負担の軽減,国内原料使用の促進,輸出の積極的な助成,建築規制令の解除など景気刺激を主眼とするものである。こうした政策効果と相まって,アメリカ経済が底入れから回復に向い始めたことによって,75年第2四半期に入ると輸出受注も増加に転じ,工業生産も第2四半期に入って上昇に転じた。しかし先進国の景気回復テンポが緩慢なところから,輸出の回復テンポは非常に緩やかだが,財政面からの景気挺入れによって公共事業投資(十大建設)が促進され,住宅建設も好調で景気は徐々に上向いてきた。政府では75年の実質成長率を2.5~3.0%(当初目標3.3%)とみている。

75年の台湾経済の特徴は,物価安定のもとで工業生産の力強い上昇が続いている点である。物価は卸売物価,消費者物価ともに75年央までほぼ横ばいに推移しているが,第3四半期に入って,やや上昇のきざしが見え始めた。

第8-2表 台湾の人口・実質国民総生産

第8-3表 台湾の主要経済指標

(1)生産動向

まず鉱工業生産の動向をみると,74年には前年比1.5%減と減産を示した。

石油危機によるエネルギー・原材料不足や,先進国の景気停滞による輸出成約不振などが主因である。工業生産の減速テンポは74年第3四半期に入って高まり,75年第1四半期には前年同期比13.2%減まで落ち込んだ。その後75年第2四半期に入って上昇に転じた工業生産は,第3四半期には前年同期水準を上回り,75年11月の工業生産水準は前年同月比28%増と史上最高を記録した(75年1~11月工業生産の前年同期比水準は3.4%増。経済部の予測では年間工業生産の伸びは,前年比5.1%増で,本年1月に経済部工業局で予測した2.5%増を上回る)。

業種別にみると繊維,プラスチック製品,合板,セメント,肥料等の伸びが著しい。操業率も徐々に高まり,10月央現在の主要業種の操業率は,プラスチック工業90%,電子工業80%,機械工業80%,織布業80%,鉄鋼業75%,紡糸業75%,合板工業70%,メリヤス業70%等となっている。

一方農業生産も好調で,第1期の米作は前年水準を上回って131.5万トンと史上最高を記録した。第2期の米作と合わせて2.52万トン(前年比2.7%増)の生産達成は可能とみられる。

(2) 財政・金融動向

中央銀行は,74年央以降の急速な景気の冷え込みに対し,同年9月公定歩合の引下げ(1.5%)と市中預貸金金利の引下げを行なって,金融緩和の傾向を強めてきた。さらに11月14日には「新財政・経済措置」の一環として,定期および積立貯金の保証準備率を10%から7%に引下げ,12月には公定歩合の再引下げ(0.5%)を行なった。さらに75年に入って2月(0.5%)に引続き4月(0.75%)にも74年9月以来4回目の公定歩合引下げと市中預貸金金利の引下げを実施した。また74年末に公布され75年5月に終わる輸出産業助成措置の実施期間を75年末まで延期した。こうした景気対策によって通貨供給量も,景気の底とみられる75年3月末の12.6%増(前年同月比)にくらべて,75年10月末には31.2%増(前年同月比)となった。

なお5月末に決定された76年度中央財政規模は,前年度予算を14.8%上回る87,506百万新台幣と前年度の41%増に比べ比較的緊縮予算が組まれた。歳出面では国防費44%,経済開発費21%,社会福祉費13%,教育・科学・文化費6.2%,行政管理費5.4%と国防および経済開発に重点をおいている。

一方,歳入面では国内経済が世界的な不況の影響をうけたため,税収が大幅に減少し,なかでも営業利益および事業収入の減が大きい。

(3)貿易動向

1974年の貿易は,輸出56.4億ドル(前年比25.8%増),輸入69.7億ドル(前年比83.7%増)と,輸入の大幅な増加,輸出の比較的緩やかな伸びが示された。このような輸出入の動向は,前年に引続き主として輸入原油価格の上昇,工業用原材料輸入の急伸に対して,74年後半にいたって,先進国の不況の影響をうけて輸出の伸びが停滞しはじめたためである。こうした輸出の停滞,輸入の急増と,一次産品価格の低落と工業製品の価格上昇による交易条件の悪化が進むなかで,71年から黒字を続けてきた貿易収支は,74年に入って約13.4億ドルの巨額の赤字を生むにいたった。

75年に入って,四半期ごとの通関輸出額(未調整)は前期を下回り,第3四半期に入ってはじめて微増に転じた。第3四半期の輸出額は前年同期をまだ8.3%下回っているが,減少幅は第1四半期の16.8%減,第2四半期の13.1%減,第3四半期の8.3%減と,次第に縮小してきた。一方輸入も,輸出不振に伴なう工業原材料需要の低迷と政府の輸入抑制策のもとで,75年に入って著しく減少し,貿易収支の赤字幅も大幅に縮小した。とくに輸入制限が強化された対日輸入の大幅減少が目立った。こうした輸入抑制に加えて,短期資金の流入や観光収入の増加(前年比,約10%増の見込み)もあって,外貨準備高は74年末以降ほぼ横ばいに推移している。

(4)物価動向

1974年に入って卸売物価,消費者物価とも原油価格高騰による石油製品価格,電力・ガス料金の大幅引上げや原材料輸入価格上昇などから,73年にひきつづき騰勢を強めていたが,4月以降は輸入物価の上昇一服,金融引締めや輸出減退による国内製品需給緩和などから,繊維,合板,金属などの品目を中心に低落に向った。

75年に入っても,卸売物価は国内製品の需給緩和から年初以来ほぼ横ばいに推移して前年同期水準を下回ってきたが(75年1~3月8.3%減,同4~6月6.9%減,同7~9月3.9%減),政府の積極的な公共事業投資の促進(十大建設:高速道路,港湾,鉄道電化,国際空港,造船,石油化学,製鉄,東部開発などのプロジェクト建設)や輸入物価の上昇等から,第3四半期に入ってやや上昇含みとなった。

消費者物価も,75年に入って前年同期水準に比べると上昇率は鈍化してきたが(75年1~3月9.0%増,同4~6月5.7%増,同7~9月4.7%増),第3四半期以降,豪雨による生鮮野菜の値上りや工業製品の需給改善などから,やや上昇に転じた。なお75年秋のOPEC原油価格の引上げによって,輸入面では年間約9,000万ドルの支出増が予定されるが,国内物価に及ぼす影響は,10月1日よりガソリン価格の一部値上げ(1キロ当り2元)は別として,その他の石油価格は補助金支出をもって据置くことになっている。

(5)経済見通し

1975年の経済見通しについて,政府当局は当初実質GNP成長率3.3%(農業3.4%,工業2.7%,運輸通信30%,サービス4.1%),物価上昇率9.9%,輸出6,764百万ドル,輸入6,923百万ドルを目標としていたが,GNP成長率はその後下向きに修正され,75年12月の政府見通しでは2.9%となった。輸出入額も当初目標を大幅に下回る見通しである。

1976年の経済見通しについては,実質GNPの成長率6%(農業2.7%,工業7.0%,運輸通信6.5%,サービス6.0%),貿易総額の伸びを10%前後と見込んで,75年の景気停滞からの脱出を予定している。

なお10月2日,76年から始まる経済6ヵ年計画(76~81年)の実施要綱の概要が発表された。それによると年間経済成長率は7.5%(ただし初年度6.0%)を想定し,うち農業生産の伸びは年率3.0%,工業生産については前半の4年間は十大建設の完成を目ざし,十大建設完成後の後半2年間には,重化学工業の基盤確立を目ざすことになっている。

3 フィリピン

フィリピン経済は輸出の好調により73年は9.9%(実質GNP)とめざまい成長をみせたが,74年は5.9%と大幅に鈍化した。しかし,先進諸国の不況,一次産品価格の軟化,石油危機と外的経済情勢が厳しく変化する中でのこの成長は予想されていたよりは順調であった。ただ,74~77年にかけての4ヵ年開発計画における目標成長率6.5%は下回った。

国内産業をみると先進国の不況による輸出需要減から木材関連産業や繊維製品等の業種が不振に陥ったが,他は農・工業ともに順調で輸出も年間を通し概ね好調であった。しかし,物価は再び急騰した。

75年をみると,農業は順調であるが製造業部門は食品部門の低迷などから停滞気味である。輸出も本年に入ってから低迷を続けており,貿易収支は大幅に悪化している。しかし,物価は年初に強い騰勢にみせていたものの,徐々に落着きを取戻し,8月時点の消費者物価は対前年同月比4%増と鎮静化している。

(1)生産動向

74年の農業は73年から始まった「マサガナ99計画」(米の増産計画)を中心とした金融・技術指導の強化と天候にめぐまれたことから好調であった。

米の生産は73年の559万トンから74年は572万トンと2年連続の豊作(このため米の輸入量も73年の29万トンから74年には9万トンに減少)となり,とうもろこしや,砂糖きびも増産で農業は6.7%の成長であった。しかし,林業は輸出不振を主因に22.4%もの減産となり,このため農林水産業は26%の伸びにとどまった。なお,75年の農業生産はFAOによる見通し(7月時点)でも前年比約8%と好調であり,目下天候にもめぐまれている。

製造業は73年の12%成長から74年には3.5%の伸びにとどまった。この中で輸出指向産業は先進国の不況の影響から不振を続け木材製品20%減(前年比),繊維品12%減と大幅な減産となり,そのほか,化学品も15.2%の減産であった。これに対し前年に比べ増産を示したのは機械(除く電気機械)33,8%,金属製品15.5%,食品製造(除く飲料)15.2%各増等である。

製造業生産指数でみると生産活動は74年第3四半期をピークに以降停迷を続けており,75年1~9月をみると,製造業中最もウェイトの大きい食品製造が前年同期比6.8%の減少をみせており,全体でも1.2%の減少となっている。

建設部門は道路を中心とする公共投資の急増,74年からスタートした住宅建設4ヵ年計画(77年までに240万戸を目標。投資総額40億ペソ),ホテルの建設ブーム等から74年は18.5%増と活況を呈し,75年の上半期をみても引続き好調である。

(2)財政動向

75年度(74年7月~75年6月)の予算は総額201.9億ペソ(前年度比40.2%増)で,経済開発に重点を置いた大型予算であった。これに対し,76年度予算は総額224億ペソと前年度比11.0%増とかなり押えられた予算になっている。これは世界経済の回復テンポが遅れていることから税収の伸びが期待できないためである。本予算では食料および社会福祉や教育等の分野で公平な適用を確保し,能率を高めることに優先目標がおかれている。歳入をみると税収入が全体の66.8%で他はほとんど借入金によって賄なわれている。税収入の伸びは前年度比6.2%増と低く見積もられており,このうち最大の収入源である関税は,貿易が縮小傾向にあることから,前年度比1.3%減と,前年度の41.2%増に比べ大幅減収見込みである。一方,歳出をみると一般政府業務費が前年度比72.5%増加(21.2億ペソ)したほか本年度の重点施策である社会的公正を反映して住宅建設及び地域開発が70.9%増(16,8億ペソ),社会保障及び福祉が30.6%増(7.1億ペソ)と増大したのに対し,国防費は6.1%減(27.5億ペソ)と縮小した。

政府はこの予算と同時に4ヵ年開発計画に基づく開発戦略を実施するために,世界経済の不況圧力に対抗するための経済拡大手段の追求及び既に達成した成長力の維持,食料増産計画の強化,観光客誘致政策,社会開発計画及び所得のより公平な分配のための政策促進等10項目の政策ガイドラインを採用した。

(3)物価動向

70年の変動相場制移行をきっかけに以降高騰に転じた物価は,72年9月の戒厳令施行後とられた厳しい物価統制により73年は11.0%(消費者物価)に押えられたが,石油危機,輸入価格高騰等の中で73年後半から物価上昇圧力は高まり,74年は前年に比べ卸売物価54.5%,消費者物価34.4%と急騰した。この間,政府はインフレ抑制を目的として,金融政策の重点を過剰流動性の吸収,貯蓄の増強におき,具体的には74年2月に中銀債務証書16億ペソの発行,7月に預金金利引上げ,その他くじ付債権の発行等行なった。こうした金融政策や米の増産により8~9月の端境期に食料品価格の急騰を押えることができたことから年後半には上昇率は鈍化してきた。

75年に入ると当初は対前年比で依然高水準にあったが,前月比では落着きをみせ,74年12月に比べ75年8月には卸売物価0.6%下落,消費者物価0.6%上昇と全く鎮静化し,1~8月間の前年同期比も各々4.6%,11.0%上昇と落着いている。

(4)貿易と国際収支動向

73年は一次産品市況の好調に支えられ輸出が急増し,貿易収支は長年の赤字基調から黒字に転じたが,74年は輸出をはるかに上回る輸入の急増から貿易収支は再び赤字に転落した。まず,輸出は主要産品である砂糖が,輸出価格の高騰から前年比約2.7倍に増加したほか,ココナッツオイル,銅,バナナが好調で,反面,丸太・材木が27.3%減,コプラが15.7%減少したものの総額で前年を49.4%上回る2,671百万ドルとなった。これに対し輸入は,原油輸入が73年の166百万ドルから573百万ドル(全輸入の18.2%)に達したほか,尿素6.7倍,合成繊維織物80%増と,総額では前年比93.8%増の3,436百万ドルとなった。なお,74年の輸出価格指数は87.1%の上昇であるため,輸出数量指数は23.6%の減少であり,一方輸入は価格指数が74.5%上昇,数量指数も10.1%増である。このような貿易動向から貿易収支は前年の275百万ドル黒字から一転して449億ドルの赤字となったが,資本収支が466百万ドル(うち短資194百万ドル)の流入超過であったことから総合収支は110百万ドルの黒字(前年は664百万ドル黒字)を示した。

75年に入ってからは先進諸国不況による需要減退と一次産品価格の低落から木材,ココナッツオイル,銅などが伸び悩み,上半期の輸出は1,194百万ドルと前年同期を9%下回っている。これに対し輸入は前年同期比12.7%増の1,807百万ドルと増加傾向にあり,貿易収支はさらに悪化傾向にある。中銀発表による1~9月の国際収支をみると,経常収支は345百万ドルの赤字で,うち,貿易収支は758百万ドルの赤字(前年同期は271百万ドルの赤字)となっている。加えて,資本収支も長期は141百万ドルの黒字であるものの短資が171百万ドルの赤字のため30百万ドルの赤字となった。

この結果中銀借入を除く総合収支は370百万ドルの赤字(前年同期は64百万ドルの黒字)となり,これを補うため中銀は同期間に366百万ドルの借入を行っている。

なお,こうしたことからフィリピンの対外債務残高は74年末の3,141百万ドルから75年9月には3,955百万ドルと26%の増大をみている。

第8-4表 フィリピンの主要経済指標

4 タ  イ

タイ経済は71・72年と低迷後,73年は農業生産の回復,輸出急増からGN P成長率は8.7%を達成した。しかし,74年は海外経済情勢の変化に加え国内でも73年10月の政変以降,物価の急騰,労働紛争の頻発と政治・経済ともに混乱がみられた。国内産業は農業が米の生産が不振であったことから,また工業生産も,繊維業界を中心とした不況で共に伸び悩み,経済成長率は3.8%と72年の3.0%につぐ低成長となった。

75年に入っても先進諸国の景気回復が思わしくなく,国内においても労働争議が前年に比し少くなったとはいえ依然頻発していること,海外からの投資が大幅に減少していることなど,景気は引続き低迷している。

(1)生産動向

農業生産は作付面積増大,好天,農産物の価格高騰等から73年に8.7%の成長をみせたが,74年は3.4%の伸びにとどまった。これは主産品である米の生産が73年の1,465万トンから74年には1,327万トンと減少したのが大きく影響している。農業生産指数でみると前年に比し減少したのは天然ゴム(7.8%),タピオカ(15.2%),ケナフ(麻の一種38.6%)等であり,これに対し,増大したのはとうもろこし(10.9%),砂糖(14.2%)等で林業も37.6%の成長をみせた。

75年の農業は1月にタイ南部(ゴム等生産地),10月に中央部(米の生産地)が洪水に見舞われているが,一応平年ベースの生産はあげられるとみられている。

製造業は73年の9.4%成長から74年には4.3%と,近年では最低の伸びであった。これは74年に入り,輸出需要及び内需がともに減少したことによるもので,数量ベースでみると繊維は綿織物前年比16.7%減,化学繊維7.6%減と不振であり,その他合板11.7%減,石油製品12.8%減,乗用車2.0%減と軒並み減産となっており,こうしたなかで砂糖生産が海外市況の高騰と輸出の好伸から33.5%の増産となっている。なお,75年に入っても製造業の生産活動は停滞している。

(2)財政動向

75年度(74年10月~75年9月)の予算は前年度比33.3%増480億バーツであったが,76年度予算も626.5億バーツと前年度比30.5%増の大幅な伸びとなった。76年度予算の特徴は景気刺激を目的とした大型予算で,貧富格差の是正と農林振興に重点をおいている。また,この予算の施行によってインフレを助長することのないよう経済運営を図るものとしており,政府は76年度.の実質成長率7.2%(75年度見込み5.2%)の達成と,物価上昇率4.5%以内を目標としている。

歳入をみると経常収入が77.7%を占めており,前年度に比し26.4%増(前年度は45.2%増)と最近の景気停滞を反映して控え目である。このうち関税収入は貿易の縮小傾向から前年度比1.8%増(前年度は57.1%増)と低く見積られている。また,残りの歳入のうち借入金が19.3%で前年度に比べ51.1%増大している。なお,新年度から資産税を新設し,土地及び建物に課税することとしている。

一方,歳出は農業生産の増大,地方開発等に重点をおいている経済開発費が前年度比61.9%と最も伸び,歳出に占める割合いも26.4%と一番高い。また,米国の軍事援助削減や米軍の撤退及びインドシナ情勢の変化等から国防費が26.8%増で歳出の16.7%を占めている。その他,教育費が20.6%,社会厚生関係費が10.5%となっている。

このような,借入金依存度の高い本予算について,景気回復を期待している業界は望ましいものとしているが,野党はインフレ再燃の懸念を表明している。

(3)物価動向

タイの物価は従来から極めて安定していたが,73年には世界的インフレの中で消費者物価11.7%,卸売物価22.8%の上昇となった。74年の物価はさらに高騰し,卸売物価は食料品,石油製品,建設資材の高騰から28.9%,消費者物価も23.3%と前年を上回る2年連続の2桁上昇となった。こうした中で政府は,不当利益防止法により石油製品,米,砂糖,セメント,繊維等重要物資の最高小売価格の指示,輸出インフレ防止のための輸出プレミアムの設定及び禁輸措置,輸入関税等の引下げ(74年3月に306品目の大幅輸入関税引下げ),政府支出の抑制(政変や建設資材高騰もからみ公共投資は大幅減少),ならびに公定歩合引上げ等の物価対策を実施した。こうした効果等から74年後半以降物価は落着きをみせ,75年に入っても安定的で1~8月の物価は前年同期比で卸売物価4.4%,消費者物価6.3%の上昇にとどまっている。また,物価の安定等から73年以降頻発した労働争議(73年501件,74年357件)も75年上半期は125件(前年同期143件)と減少傾向にあり,金融政策も74年8月の支払い準備率引下げ(8%から7%へ),75年4月に公定歩合を11%から10%に引下げと緩和の方向に転換している。

(4)貿易と国際収支動向

74年の貿易は73年に引続き大幅な拡大をみた。輸出は2,466百万ドルと前年比57.7%もの増大をみせたが,これは輸出価格において,米が2.8倍,砂糖が3.2倍と急騰したほか,とうもろこしも2倍に増大するなど,タイの主要輸出一次産品の価格が有利に働いたことによる。輸出に占める一次産品のウエイトは高く,74年についても米,とうもろこし,天然ゴム,タピオカ,砂糖,錫の6品目で全輸出の62.8%に達し,この6品目の輸出は前年の87.Q%増と好調であった。一方,輸入も前年比53.4%増の3,144百万ドルで,うち石油が前年比2.7倍(全輸入の19.6%),機械類が47.3%増(同32,0%)となっている。

しかし,75年上半期の貿易をみると,輸出は一次産品価格が総じて下落していること,世界的不況から需要が減退していることから,前年同期比13.6%減の1,176百万ドルとなった。このうち,前述の主要6品目をみると前年同期比23.4%減と大幅に縮小している。これに対し輸入は国内景気の停滞から伸び悩んでいるものの,前年同期比5.5%増の1,642百万ドルとなっており,このため貿易収支は大幅に悪化している。74年の国際収支は,貿易収支が679百万ドル(前年比28.1%増)の大幅赤字であったが,観光収入の増大などによる貿易外収支の黒字397百万ドルや資本収支が直接投資の増大(前年比72.4%増)等から,329百万ドル(前年比2.9倍)の黒字であったため,総合収支は393百万ドルと3年連続の黒字となった。75年上半期をみると,貿易収支が499百万ドルの巨額な赤字となっており,総合収支も前年同期の428百万ドルから165百万ドルに縮小している。また,75年に入り新規投資(外資を含む)は極端に減少しており,1~8月の認可額は32.8億バーツ(前年同期は119.3億バーツ)となっている。

第8-5表 タイの主要経済指標

なお,タイ政府は74年12月,中国商品の輸入を禁止していた布告第53号(59年1月制定)を撤廃し,対中国貿易の本格的再開に踏み切ることを決定した。

5 インドネシア

インドネシア経済は近年極めて順調な成長を続けており,最近5ヵ年の平均成長率(実質GDP68~73年)は7.3%となっている。73年も石油を中心とした一次産品輸出の好調と農業生産の回復から9,2%を達成した。74年は石油危機以降,世界経済が不況に陥いる中で,産油国としての利点を発揮した輸出の急増と,2年連続した農業の好調から,ほぼ7~8%の成長とみられている。しかし,74年後半以降,先進諸国の景気後退の影響から石油をはじめ″とする輸出が伸び悩み,一方で輸入の増勢が続き貿易収支の黒字幅は縮小している。また,プルタミナ(国営石油公社)が,開発投資の行き過ぎや多額の短期資金の取入れから,財政危機(債務は24億ドル以上にのぼり,うち外国の銀行などからの短期融資は15億ドル)に陥いるなどが加わり,外貨準備高は75年に入り急速に減少している。

(1)生産動向

農業生産は73年が6.1%(実質)と順調な成長であったが,74年は農業生産指数でみると3.6%増(73年は11.1%増),にとどまった。作物別にみると前年に比べ米の生産は6%増産の2,280万トン(粉ベース,73年2,150万トン)と2年連続の豊作であったほか,天然ゴム11.2%,パーム油15,6%,南京豆5.0%と各増産となったが,コプラは前年が不作で74年は平年並み,とうもろこしは虫害等から6%減産となった。また,林業も丸太や合板の輸出が後半急減したことから,年央以降不振に陥いったものとみられる。なお,2年連続米が豊作であったことなどから,73年に禁止されたとうもろこしやカッサバなど米に代替する食料の輸出は,74年9月末に解除された。75年の米の作柄は病害虫の発生や洪水等,必ずしも順調とはみられない。74年の鉱業生産は価格上昇を反映して順調であったが,数量ベースでみると石油は前年の488.6百万バーレルから501.8百万バーレルと2.7%の微増(73年までの5カ年の平均成長率は17.3%)にとどまったほか,ニッケル1.4%,ボーキサイト5.0%,錫11.3%,石炭4.9%の増加と,概して伸び悩んでおり,金や銀は大幅な減産となった。

工業生産は74年上半期に急速な成長をみせたが,後半は鈍化傾向にある。

数量ベースでみると尿素肥料68.6%,板ガラス72,0%,自動車組立25.0%,鋼管42.5%,自動車タイヤ52.3%,セメント1.1%,各増と好調であった。

しかし繊維工業や電気工業,ミシン等は輸入品の増大により困難に立たされた。うち繊維工業は綿花の輸入に対し補助金を与えたり織物糸の輸入禁止など政府の支援によって繊維製品は5%,織物糸は16%の増加となった。

なお,インドネシアの工業は近年各種合弁企業が生産開始ないし軌道に乗りだしたところで,従来の工業の規模が小さいこと(GDPに占める製造業のウエイトは73年で8.6%)などから,今後とも成長が見込まれている。74年には9~11%の成長を達成し,たとみられ,また5ヵ年計画(74年4月~79年3月)の後半3年間は,13~15拭の成長(年率)をとげると想定されている。

(2)財政動向

75年度(4~3月)の予算は総額27,347億ルピーで前年度比73.4%増の2年連続の大型予算(前年度は82.9%増)となった。本予算は石油収入の大幅増加見込みのもとに,工業化促進,農業振興などの産業開発ならびに教育・文化面の充実を意図している。

歳入は,石油会社法人税が前年度比135.6%と急増し,歳入に占める割合は56.3%(前年度は41.4%)に達している。また,外国援助は前年度比11.5%増で全歳入中8.7%と前年度の13.6%から低下した。

一方,歳出は経常支出(全予算の53.6%)が前年度比52.5%増と押えられているのに対し,開発予算(同46.4数)は約2倍に増大しており,うち鉱工業部門は前年度比8.8倍,農業部門2.6倍,教育・文化2.1倍となっている。

なお,世界経済の不況が長期化している中で石油需要が減退しており,石油収入が計画通り確保できるか懸念されている。特に,その支払い税額が総予算額の25%を占めるプルタミナの財政危機もこうした懸念を裏付けており,開発計画の円滑な遂行が危ぶまれている。

(3)物価動向

73年に31.5%もの上昇をみた物価(消費者物価)は74年はさらに40.4%の上昇をみた。これは米その他の輸入価格上昇による輸入インフレや,石油収入の急増を背景とした通貨供給量の増大(40.4%増)等によるものである。

このため政府は74年4月にインフレ対策として無利子強制預託(外国から資金を借りた場合,借入金の30%を無利子で中銀に預託),預金金利及び貸出し金利の引上げ,銀行の貸出枠制限等金融引き締め政策を導入した。これに加え,2年連続の米の豊作から年央には物価上昇率は鈍化傾向をみせた。しかし,11月に米の買い上げ価格を50%引上げたこと,および経済活動に停滞の兆しがみえたことから12月に金融を緩和したこと,などから年末には再び物価は上昇した。75年に入っても,1月に公務員の給与引上げ(50%),公共料金の値上げ,さらには大型予算等から上半期の物価は前年同期比18.8%と前年より鈍化したものの水準は依然高い。

(4)貿易動向

74年の輸出は前年比2.3倍の7,426百万ドルと急増した。これは73年時点で全輸出の50%を占める石油の価格が大幅に上昇(例えば,スマトラ・ライトの公示価格は73年中に1バーレル当り2.96ドルから6.00ドルに上昇,74年1月10.8ドル,7月12.6ドル,75年10月12.8ドルに上昇)したこと,および木材,錫の輸出が好調であったこと等による。特に石油の輸出は前年比約3.2倍に上昇し,全輸出の70.2%を占めている。また,国別にみると日本向け輸出が全体の53.4%(前年は53.1%),次いで米国21.3%(同15.7%)と両国で74%を占めている。一方,輸入は3,842百万ドルと前年比40.8%増で,品目別には鉄鋼・機械等の輸入が急増した。国別には日本からの輸入が30.3%(前年29.3%),アメリカ16.0%(同18.8%),西独8.4%(同7.2%)となっており,また中国からの輸入も前年の3.2倍に急増している。

第8-6表 インドネシアの主要経済指標

なお,74年後半から輸出は伸び悩んでおり,75年上半期の輸出は3,338百万ドルと前年同期を9.1%下回った。これは前年同期に比し木材50%,ゴム42%,コーヒー37%,えび29%と各々減少したことによるもので石油は2.1%と若干増大した。国別には日本向けが23.4%減少した反面,アメリカ11.3%,欧州26.3%増となっている。輸入は各国の統計によってみると,75年上半期は日本が前年同期比22.2%,アメリカ56.0%,西独10.7%各増で,この三ヵ国計で28.3%と急増していることから,貿易収支黒字は大幅に縮小しているとみられる。なお,外貨準備も74年10月の2,026百万ドルをピークにプルタミナの債務償還及び貿易収支の悪化傾向等から以降急減しており,75年9月には437百万ドルとなっている。

6 インド

インド経済は70年代に入り農業生産の不振を主因に低迷を続けており,先進諸国の景気拡大と一次産品市況高騰の中で発展途上諸国が好況を示した73年においても,インドの経済成長は3.1%にとどまった。さらに74年は農・工業とも不振で,石油危機,失業問題,食料不足,加えて高インフレ等と困難な年となり,全国的な鉄道ストをはじめストが頻発するなど社会不安が増大し,経済成長も1%と低迷した。

こうした状況は75年に引きつがれ,さらに政治的不安も高まり6月26日ついに非常事態宣言が発動された。ついで7月1日には土地改革の推進,政府支出の削減,物価安定,脱税・密輸の取締り等20項目にわたる新経済政策が発表された。

また,7月25日には第5次5ヵ年計画の第2年度にあたる75年度の年次計画が国会に提出された。本計画は物価の安定と基幹部門(石炭・石油化学肥料・電力等)への優先投資等により安定成長達成を目指している。こうした中で,本年の農業は天候にめぐまれ順調であり,また,工業生産もようやく回復に向い,物価も安定してきていることから,インド経済にもようやく明るい兆がみえはじめた。

(1)生産動向

農業生産は,71・72年度とマイナス成長の後,73年度に9.1%の回復をみた。しかし,これは3年前(70年度)の水準に戻った程度で,74年度は,干ばつの影響からカリフ作(雨期作,食料穀物の6~7割を生産)が不作となり,食料不足が深刻となったが,その後ラビ作(乾期作,75年春収獲)が豊作となったことからようやく前年度並みの生産量を達成することができた。

なお,74暦年ベースでみると,ラビ作・カリフ作ともに不作で,農業生産指数をみると前年比マイナス4.7%となっている。

作物別にみると米(籾ベース)は前年比8.6%減の6,000万トン,小麦同10.8%減,とうもろこし同11.4%減,と主要穀物は軒並み減産となり,74年4~12月間で555万トンの食料輸入を記録した。なお,75年は前述のラビ作が豊作のあとカリフ作も順調であり,75暦年の農業生産は好調である。

一方,工業生産は近年農業同様不振で,73年度も0.5%の成長にとどまったが,74年度も前年度を若干上回る程度とみられている。工業生産停滞の最大の原因は73年から深刻となった電力不足で,毎年増大する需要に対し供給が絶対的に不足しており,加えて干ばつ,輸送機関のネックによる石炭の供給不足,石油高騰等が重なり,電力事情(発電量中火力52%,水力44%,原子力4%)は一層悪化した。また,工業生産の不振は,鉄鋼,セメント等基礎資材部門に目立っている。74年1~9月の工業生産をみると,前年同期比1.7%増,うち基礎工業0.8%増となっており,また資本財2.0%減,中間財5.3%増,消費財4.2%増となっている。品目別(1~10月の前年同期比)にみてもジュート繊維10.7%減,自動車6.6%減,銑鉄5.0%減,セメント4.8%減となっており,増大しているのは砂糖8.7%,ゴム製品6.7%等である。

なお,75年に入ってからは鉄鋼,石炭,セメント,肥料など公共部門における生産回復がみられるが民間部門は繊維産業を中心に不振が続いており,また,雨期が順調であったことから電力不足は若干の緩和をみたものの依然需給ギャップは大きく,消費工業の原料不足等の問題も残されている。

(2)財政動向

75年度(4~3月)の予算総額は,前年度比21.5%増1,076.8億ルピーである。本予算は,74年度の経済が極めて困難な年(政府は独立以来最悪の年と称している)であったこと,75年度も当面物資不足,インフレが持続するとみられることから食料・エネルギー等基礎資源の確保を最優先とし,農業,肥料,電力,石炭,石油等基幹産業に対する投資を重点的に拡充することを基本方針としている。歳出面では経済開発関係支出が前年度比44%増となっており,うち農業関係は2.4倍,鉱工業関係73%増となっている。

歳入面では経常収入が関税収入増(37%増,一部品目の税率引上げによる)や物品税の引上げ等により26%増となっている。一方,資本収入は国債発行が前年より少なくなること,外国援助の受入れも11.1%増にとどまることから21%増となっている。なお,本年度も22.5億ルピー(前年度比79%増)の赤字予算となっている。

(3)物価動向

74年の物価は前年比卸売物価27.3%(前年は19.2%),消費者物価27.3%(同17.4%)上昇と前年を大きく上回った。これは,石油,食料,肥料等の輸入価格が大幅に上昇(背景に工業不振による物不足や食料不足がある)したことによるところが大きく,また,物価対策も出遅れた感(主として公定歩合いの引上げ等の金融政策にとどまっていた)があった。こうした中で政府は74年7月に賃金と物価手当引上げ分の一時凍結,配当制限,強制貯蓄制度の導入,公定歩合の引上げ(7%から9%へ),補正予算による増税,11月以降強化されたヤミ業者取締りといった強力な物価抑制策を実施した。

この結果,74年の第4四半期以降物価上昇圧力は弱まり,75年上半期は前年同期比で卸売物価8.6%(74年下半期比マイナス3.0%),消費者物価15.2%(同マイナス0.6%)上昇と鎮静化した。なお,ヤミ業者の取締り(国家予算をしのぐといわれるブラックマネー対策)は75年の非常事態宣言以降反社会的行為として,一層厳しく行われている。

(4)貿易動向

74年の貿易は前年に引続き大幅に増加した。まず,輸出は前年比34.6%(前年は19.0%増)の3,925百万ドルとなった。品目別には砂糖が前年の7.2倍(全輸出の6.3%),衣類60.5%,織物43.9%,茶25.2%と増加した。また,国別にも,最大の輸出相手先であるアメリカに30.3%増,次いでソ連に19.6%増,イランに4.4倍と伸びている。

第8-7表 インドの主要経済指標

一方,輸入も前年比56.8%増(前年は43.2%増)の5,034百万ドルと急増した。これは石油価格の高騰及び穀物輸入の増大によるもので,うち石油は前年比3.3倍も増加し,全輸入の27.9%を占めるに至り,また穀物も前年比84.5%増と,この2品目で全輸入の43.9%に達した。その他電気機械が4.2倍,肥料89.8%と増大している。

このように輸出に比し輸入の伸びが著るしかったことから,貿易収支は大幅な赤字で,政府は2億SDRのオイルファシリティ引出し,債務救済措置等国際収支の赤字ファイナンス措置を講じた。

なお,75年上半期の貿易をみると,輸出は砂糖,茶,鉄鉱石の輸出が好調であることから,綿花,綿織物輸出の不振にかかわらず,前年同期比12.7%増となっている。これに対し,輸入は肥料,穀物の輸入が増大していることから17.1%と依然輸出の伸びを上回っており,貿易収支はさらに悪化傾向にある。

7 パキスタン

パキスタン経済は72年度(72年7月~73年6月),73年度と順調な成長(実質GDPで各々7.3%,6.1%)を遂げてきた。74年度も政府は7.2%の成長目標(名目10.1%)を設定していた。これはタルペラ・ダムが完成し,この利用が可能となることを条件に小麦,米,綿花等の大幅増産を前提としたものであった。しかし,タルペラ・ダムが貯水段階での事故発生で利用可能となる時期が著るしく遅れたこと,干ばつが発生したことなどから農産物は大減産となり,また,工業生産も伸び悩んだことから,成長率は0.6%と大幅に鈍化した。一方,物価は最近ようやく落着いてきたものの依然水準は高く,また貿易も輸出の鈍化傾向と輸入の急増から,貿易収支は大幅な赤字を続けている。なお,政府は75年度のGNP成長率を9.0%に設定している。

(1)生産動向

74年度の農業生産はタルペラ・ダムの事故及び干害の発生から前年度比5.3%減(前年度は5.4%増)とマイナス成長を記録したが,そのうち主要作物は10.7%の大減産となった。品目別にみると米は前年度比10.6%減の215万トン,小麦同6.8%減の700万トン,甘蔗同10.8%減,綿花同3.7%と軒並み減産となった。

一方,工業生産も不振で3.4%(前年度は8.5%)の成長にとどまった。

これは主要農産物の不作による関連産業の不振,世界的不況の長期化による輸出需要減,内需が伸びなかったことなどによる。特にパキスタン製造業の中心である綿繊維産業は前述の要因から大きな打撃を受け,大幅操短をよぎなくされ,政府は74年8月に綿布綿製品や綿糸の輸出課徴金を廃止,10月末に綿糸の物品税の引下げ,原綿の繊維工場への売り渡し価格の引下げ等,輸出促進を中心とした助成措置をとった。しかし,輸出の低迷から,74年度の6~3月の生産は前年度同期に比し,綿糸6.8%減,綿布23.5%減と減少した。その他の品目をみると砂糖,雑製品等は減産であったが,尿素や硫安等の肥料,セメント,食用油は増産となった。

(2)財政動向

75年度の予算は前年度比43%増311億ルピーの大型予算となった。

本予算は農業生産の拡大を最優先とした開発の促進,インフレの抑制と貧困国民の生活苦を最小限にすること,電力・輸送面の隘路の除去,適当な国防力の維持,低開発地域の開発テンポの加速化に重点がおかれている。

歳出面では農業生産の拡大(目標,前年度比11.5%増)等の開発支出が61%の急増(全予算の44%)となっているほか,経常支出の中の補助金(物価対策として小麦等生活必需物資に対する補助)が2.2倍となっている。また,国防費は前年度比18%増と伸び率は低いが,総予算の22.5%を占めている。

一方,歳入はインフレの高進から消費税(49%),売上税(79%増)の大幅自然増収が見込まれているが,関税(16%増)などは伸び悩んでいる。

また,本予算も155億ルピーの大幅赤字(前年度は92億ルピーの赤字)となっており,うち115億ルピー(全歳入の37%)が外国援助に依存する形になっている。

(3)物価動向

74年の物価は前年比卸売物価22.3%(前年は27.3%),消費者物価27,7%(同22.7%)と前年に引続く大幅上昇となった。

政府は74年8月に,小麦,食用油に対する国際価格の上昇に対応した補助金の引き上げ,9月に公定歩合の引上げ等の対策をとった。しかし,一方で電気・ガス料金の引上げと補助金の撤廃,75年4月に小麦,砂糖,食用油価格の引上げ(15~50%)等があり,物価対策はあまり効果ばなかった。75年に入り,1~8月間の消費者物価は年率15.8%,また前年同期比は24.3%各増と依然高水準にあり,政府は10月に貯蓄増加をねらいとして,市中預金金利を0.5~1.75%引上げた。

(4)貿易動向

74年度の貿易は輸出が102.9億ルピーと前年度比1.2%の増加(前年度は18.8%増)であったのに対し,輸入は206.7億ルピー前年度比52.3%の急増(前年度は61.6%増)であったことから貿易収支は大幅に悪化した。輸出は前年度に比し,綿花が4.2倍に増加したものの綿糸(51%減)綿布(7%減)魚類(43%減)等は前年度の実績を下回った。また,地域別には北米,西欧,アジア,アフリカが減少し,これに対し中東向けは59%の伸びとなったほか,東欧も伸びた。輸入は原油が2倍に急増したほか小麦,パーム油,肥料,鉄鋼等軒並み増加した。特に75年の上半期をみると,輸入が急増(前年同期比41.5%増)したのに対し輸出は減少したことから貿易収支は大幅な悪化傾向にある。なお,こうした中で,政府はこれまでにオイルファシリティ2億SDRの取り入れや,ユーロダラーの取入れ(75年1~9月中に750万ドル)等のほか,従来の援助に加え,産油国からの援助等により,外貨準備高もこれまでのところほとんで減少していない。

第8-8表 パキスタンの主要経済指標

第9章 中  東

中東の経済動向は石油に関連する分野がほとんどであるが,石油や産油国の経常収支については本文の第2章第2節および第2章第3節で述べているので,ここでは,中東のなかで,特にエジプトとイランとサウジアラビアに注目して最近の経済情勢とふりかえって見ることにする。

1 エジプト

(1)経済計画の推移

1961年に実施された「第1次5ヵ年計画」は,1970年までの10ヵ年間に所得倍増を実現するための前半5ヵ年の計画であり,これはほぼ計画通り実施された。

次に,1966/67年を初年度とする「7ヵ年経済開発計画」が実施されたが投資計画が大胆に過ぎ,資金調達に困難を来たして2年目に中止された。代って暫定3ヵ年計画(1967/68-1969/70年)が作られたが,その直後,1967年の中東戦争で実効を失った。

その後は戦時経済体制となったため,74年7月に至るまでの間,実施にうつされた計画はなかった(1971年に新10ヵ年計画が立案されたが,実施されなかった)。しかし,1973年10月の第4次中東戦争後,エジプトは中東和平の実現に本腰を入れ,74年7月から暫定計画(1974年7月~1975年12月)を実施した。75年6月にはスエズ運河を8年ぶりに再開し,門戸解放の経済政策をかかげて,76年からは総額200~250億ドルとみられる新たな5ヵ年計画を実施する予定である。

(経済の自由化路線)

エジプトの自由化路線はサダト政権樹立以来のことともいえるが,経済の面では,1972年のソ連人技術者引揚げを境に始まったといえよう。最近でのこの路線の中心は,新外資法(74年6月)であり,これは外国資本に対する優遇措置とフリーゾーン,自由港の設置を明示したものである。外国資本の流入については,67年の中東戦争以降,西側からの援助は事実上ストップし長期資本流入は67年以前の50%といった事態が続いていた。しかし,新外資法が制定されるにあたってのねらいどおり,73年末以降長期資本の流入が急激に増大している。しかし,西側諸国からの援助は増えたといっても,中東産油国からの援助融資にくらべるとまだ少ない状態である。後者はサウジアラビア,クウェート,イランなどの穏健派からのものであり,これらの国は,スエズ再開や自由化路線を好感しているために,増大した産油国収入を背景にエジプトの開発計画のファイナンスに大きく貢献する構えを見せている。

次にスエズ運河沿い地域に設けられたフリーゾーンおよび自由港についてみてみよう。これは,中東戦争で破壊されたポートサイドやスエズを含むこの地域の再建と各種工場の誘致による経済開発を同時に推進しようとするものである。目下,肥料,セメント,鋼管,製紙,精油,造船など各種企業の誘致が計画されている。新外資法によって,外国企業からすでに552のプロジェクト建設の申込みが来ているともいわれるのは,フリーゾーンの存在に触発された動きともいえよう。なお,76年から始まる新5ヵ年計画では,196(約4.6億ドル)のプロジェクトがあるといわれているが,そのうち33プロジェクト(1.4億ドル相当)がフリーゾーンに建設されるとみられる。

(2)最近の経済情勢

① 国民総生産

過去の成長率は,第11-1表に示したとおりであるが,74年には実質6%となったとも見込まれる。しかし,75年については9%という目標があったにもかかわらず,インフレの影響で達成は困難という見方がでている。

第11-1表 エジプトのGNP成長率の推移

② 部門別生産

1969/70年の統計でみると,国内総生産にしめる割合は農業31.5%,鉱工業21.3%となっており,農業の比重は高い(第11-2表)。また就業人口でみても46.6%が農業部門に従事している。

第11-2表 エジプトの産業別GNPの構成比及び成長率

近年における農業生産の動向は第11-3表の如くで,特にめざましい伸びは示していないが,一応着実な増加がみられているといえよう。

第11-3表 エジプトの農業生産

しかし,主要輸出品である綿花の生産は,後述するような輸出の停滞から,むしろ低下気味である(第11-3表)。それにもかかわらず農業生産が増大して来たのは,穀物,特に米が,順調に増加して来たことによるものであろう。最近では,米の生産は頭打ちとなっているが,小麦の増加がこれをおぎなう局面も見られている。

(3)貿易

輸出は綿花の価格が73年に急上昇したことから,綿花の輸出数量が減っているにもかかわらず,輸出額では74年中は堅調であった(第11-4表)。しかし,繊維に対する世界的な需要の減退が綿花の輸出価格をも下落させてきているため,75年の輸出価額にはこの影響が出てこよう。

第11-4表 エジプトの貿易動向

輸入をみると,74年第3四半期から急増を始め,第4四半期においては前年同期とくらべて約6倍もの輸入が行なわれている。これは第1に戦時経済下の耐乏生活の反動による消費財輸入の増大,第2に,戦争によるメンテナンスの不充分から遊休化していた既存設備の補修,改善のための器材の輸入増大が理由であると思われるが,その背後には中東産油国を中心とする援助の増大や,短期資本の流入があり,これが現実に輸入をファイナンスするとともに,将来の支払能力が好転したとの見方を内外で生んで輸入に拍車をかけたという側面もあったと考えられる。

2 イラン

(1)経済成長と経済計画

イラン経済は,1950年代後半にはわずか年4.5%の経済成長にすぎなかったが,1960年代の10年間では年平均8~9%という高い成長率を示し,さらに1973年3月に終了した第4次5ヵ年計画では期間中の平均成長率が実質で11.8%と,計画の目標9.4%を上回った。引き続いて第5次経済計画が発足したが,73年末から74年初の石油価格の大幅引上げと国有化の進展にともなって石油収入見込みの狂いが生じ,74年8月に新5ヵ年計画へと改訂することが決った(同年12月に国会で議決)。74年度の実質GNP成長率は33%(名目で48%)と極めて高い率になり,改訂はさらに正当化された。

改訂の内容としては,計画期間中の総投資額が698億ドルと改訂前の2倍弱に引き上げられたことと,目標成長率が実質で25.9%(名目38.0%)と改訂前の15.9%から大幅に引上げられたこと,最終年度の1人当りGNPは1500~1700ドルとされたこと,などの点が注目されよう。

75年には,石油収入の落込みから逆に下方修正の必要が生じたとの見方が政府部内で出たこともあったが,目下は再改訂については取沙汰されていない。最近はオイルマネーの逆還流ともいわれるような,イランの資本取入れへの積極的な準備が見られるなど,経常収支が赤字に転じても計画を推進しようという気運も見られる。

(2)産業別生産

上記のようなGNPの高成長の主要因はもちろん,石油ガス部門の拡大であるが,石油については本文で述べたので,ここでは農業と工業について見てみよう。

元来イランは農業国で,綿花,米,小麦,果物を産出している。しかし,1960年代の農業生産の伸びは年平均3%にすぎず,GDPにしめる農業の割合も1960年の29.5%から,1971/72年には,15.7%へと大幅に減少した。

イラン農業の成長率が今一つ高くない(潜在的には現行経済計画にあるような7%程度の成長も可能と思われる)のは,離農による就業人口の減少が著しかったことに加えて,土地改革で地主が追放されたため,近代化投資を行おうとする意欲を持った層が失なわれたことや政策が工業偏重であったことから近代化が遅れているのが原因であろう。

最近では経済計画などにおいて農業振興に力が入れられるようになってきているが,近代的農業技術が適用可能な耕地は,全耕地面積の20%程度でしかないこともあって,第11-5表にあるように,農業生産指数の伸びは高まりをみせていない。

第11-5表 イランの農業生産指数

他方工業部門は1960年代に,GDPベースで11.3%と順調な成長率をみせたあとも,大規模なプロジェクトがつぎつぎと完成をみるなかで順調な成長をとげており,製造業の生産指数は,71年17%,72年も17%の伸びであった。74年については生産指数の総合はまだ出ていないが,GNPの中の工業部門は実質で19%の成長率であったとみられる。

この間に完成を見たプロジェクトをあげると,テヘランの自動車工場,イスファハーンの製鉄所(年産60万トン),アラクのアルミニウム工場(同4万5千トン),同地の工作機械工場,アダバン,ハールグ島,バンダル・シャプールの石油化学工場などがある。最近の製造業生産でみても,トラック,ライトバン,テレビ,ラジオなどの増加が目立っている。

(3)物価

インフレは,購買力が同国に流入するのに伴って加速した。消費者物価上昇率は73年の9,8%から,74年には14,0%,75年第2四半期には17.5%(前年同期比)と時を追って高まって来ている。しかし,75年6月をピークに,卸売物価,消費者物価の両者とも下落に転じ,7月以降上昇率がマイナスになった。これは中央銀行総裁の言明によれば,今年3月から始った主要消費計に対する補助金が効を奏したためであるとされているが,75年に行なわれたAnti-profit Campaign,中間搾取排除のキャンペーンなども影響していると思われる。しかしこれらは政策の一時的効果であって指数にあらわれない物資の価格上昇や賃金の急激な上昇は依然続いている模様であり,果して指数がイランのインフレの実態を正確に反映しているか否かの問題が残ろう。

インフレの高進に対しては,また,卸,小売業者に対する統制緩和が73年末に行なわれたことも,原因となっている。74年には民間セクターに対する融資限度は撤廃され,年央を境に貨幣供通量も増加のテンポを早めた。しかし,インフレの最大の原因は石油収入の増大や,産業の成長,人口の都市集中などから,需要の急増がもたらされたことにあろう。

(4)労働力

労働力人口は74年現在800万~1,000万人と推計され,労働力供給源は大きい。問題なのは熟練労働力の不足,中堅技術者の不足および技術水準の任さ,中堅経営者層の欠如であるといわれる。現在職業訓練センターなどでの熟練工の育成や,教育普及のための教育部隊の結成などが行われているが,教育水準は依然低い。とくに科学的,技術的教育の普及が遅れており,開発計画の進展にともなって労働力不足の傾向はさらに大きな問題となろう。78年までの間の,技術者,熟練労働者の不足は70万人ともいわれる。

(5)貿易

イランの74年の輸入は,57億ドルに達した。これは前年比65%の増加であって,1970年代に入ってから高った増加率をさらに大きく上回るものであった。

輸入品目構成は資本財および中間財の比率が高いのが特徴である。主要品目は,機械,鉄鋼,電気器具,化学製品,車,タイヤなどである。

輸入増加のいま一つの要因は,農業国でありながら食料輸入に大きく依存していることであり,近年の急増振りは目立ったものとなっている。

一方,輸出も増勢をみせているが,石油を除くと輸入増加率の半分の伸び率にとどまっている。したがって石油を除いた場合の赤字幅は拡大し,非石油輸出が全輸入をカバーする割合は1973/74年度においてわずか13%にすぎない。主要輸出品目は石油を除くと,伝統的農産物が4分の3を占め,その他ではカーペット,綿花,果物,織物,皮革,鉱石などがある。

第11-6表 サウディアラビアの産業別国内総生産

3 サウジアラビア

(1)経済計画と経済成長

1970年8月に策定された「開発5ヵ年計画」は,1975年央に終了したが,石価格大幅引上げによって,実質成長率,開発投資総額の両者とも大幅に計画を上回る実績値を達成した。次いで1975年7月から第2次5ヵ年計画の実施に入ったが,その計画期間中の総投資額は約1,400億ドルという莫大な金額となることが示されている。第2次5カ年計画の具体的戦略目標は,①工業および農業の振興による経済的基盤の多様化,②人的資源の急速な開発,③社会計画の実施と生産投資の国内配分による地域経済の開発,といったところである。①は,第11-6表で見られるように,最近において主として価格面の要因により石油の比重が高まっていることからして当然ともいえる。これに対して③は,第1次計画に比べて関心の比重が高まっている点で注目に値しよう。なお,第2次5ヵ年計画のGDP成長率は10.2%とされている。

最近の実質のGDP成長率を見ると,72/73年度で14.8%という数字が見られる。第11-7表にみられるように名目GDPの構成項目では輸出がとび抜けて大きいので,名目では極度に高い成長率が見られていても,実質は72/73年度の数字を大幅に上回る事態にはなっていないであろう。

第11-7表 サウディアラビアのGDPの需要構成

(2)財政

75年7月,財政経済省は1975/76年度予算の詳細を公表した。これは第2次5ヵ年計画の第一年度にあたるものであるだけに,きわめて意欲的な歳出予算となっている。

歳入見積りは,約958億リアル(277億ドル)で,そのうち石油収入は942億リアル,約91%をしめている。今年度の石油収入は,前年度より3.6%減少という見込みであるが,これには9月の値上げがおりこまれていない。この基礎となった石油生産の見込みは,675万B/Dと前年度の850万B/Dを大幅に下回る。

歳出の内訳では,国防費の増大が顕著である他,国家警備隊,対外援助,教育,道路港湾といった項目の増加が目立つ。

この歳出予算にも見られるインフラストラクチャー整備について,その実施状況を見ると,ジェッダ港の第1期拡張工事が終り,ダンマン,ヤンボ港の拡張,紅海高速道路の建設などが進行中又は終了している。また電信電話網の整備が急速に進んでいるのも注目される。

教育については,学校の新設が急ピッチで進められ,初,中等の学校は,1日1校の割合で開校されているといわれている。高等教育機関の拡充も,大学では急速に進行中であり,工業高校などの整備も急がれている。

(3)産業構造

サウディアラビアの工業は,ペトロミンを中心として開発がすすめられている石油関連事業を除けば,現在までのところかなり未発達の状態にある。

ペトロミンは国営であり,ジェッダ製油所,リャド製油所を完成ないしほぼ完成させている。また,同社は鉄鋼圧延肥料などの生産設備を持っている。

石油精製やこれら生産の能力は,今後も急速にひきあげられる計画である。

第2次計画中でも,大規模工業化プジェクトはいくつかあり,その多くはペトロミンに関するものである。ヤンボ製油所や東部におけるアルミ精練プラント,肥料工場などが挙げられるが,なんといっても注目されるのは東部ジェイベル地区の重化学工業プロジェクトで,これは,アラムコ油田からの石油付随ガスの有効利用を,主たる目的としたものである。

サウディアラビアの農業ば,GDPにしめる割合が70年頃で5%弱,最近では1%程度と比重は低い。しかし人口の4分の3が牧蓄を含め何等かのかたちで農業にかかわっていることや,食糧輸入が輸入全体の4分の1をしめている(第11-8表)ことから,開発には力点がおかれている。代表的なプロジェクトは,灌漑,地下水利用,ベドウィン定着といった分野にむけられている。地下水利用,海水蒸溜プラント等は今後の議題であるが,他はかなりの効果をあげ,FAOの農業生産指数で見ても,70年代はかなりの伸びとなっている(第11-9表)。

第11-8表 サウディアラビアの輸入告構成

第11-9表 サウディアラビアの農業生産

第10章 中南米

1 ブラジル

ブラジル経済は1968年に9.3%の成長(実質GDP)を達成して以降極めて好調な成長が続き,近年も72年10.4%,73年11.4%のあと74年も9.6%と7年連続9%以上の高度成長が続いた。

世界的不況下で74年にこのような高成長を達成したのは農業部門が大豆・コーヒーの大増産により8.5%の成長であったこと,前年の好況の余勢で工業も上半期は順調であったこと,これらの好調な部門が運輸・商業等のサービス部門の落ち込みを支えたことなどによる。しかし,一方で輸入の急増から貿易収支は大幅赤字を記録しており,近年落着く傾向をみせていた物価も再び高騰した。

75年の経済は前年好調であった農業部門が7月の大霜害,10月の洪水と大きな打撃をうけている。また,引続き物価の高騰も続いている。ただ,74年後半以降低迷していた工業生産は75年第2四半期以降回復の動きをみせており,貿易収支の赤字幅も縮小傾向にある(但し,外資流入が鈍化傾向にあり,総合収支赤字は拡大)など明るい面もある。なお75年の成長目標を政府は7%としているが,この達成は極めて困難で2~3%下回るとみられている。

(1)生産動向

1974年の農業生産は8.5%の高成長をとげた。これは主要作物であるコーヒーが前年比92%の増産(但し,73年は不作年)となったことや近年主要輸出品目となってきた大豆が同じく53%の増産となったことを主因とした農作物の増産(12.4%増)によるもので,牧畜業はゼロ成長とみられている。また,牧畜業のうち牛肉生産は国内需給バランス保持のための輸出課徴金実施や価格抑制による増産意欲の減少などから13%の減産となった。

75年の農業は7月にブラジル中南部が大霜害に見舞れコ-ヒー(収穫の終了期であったため前年比35%減でとどまったが,30億本あるコーヒー樹のうち半数の約15~16億本が被害を受け,今後少くとも2~3年は影響を受ける),小麦,さとうきび等に大被害がでたあと,10月にはブラジル北部及び東北部が大洪水により打撃をうけ,生産水準は不作の73年並みとみられている。

一方,70~73年における実質GDPの伸びに29%の寄与を果した製造業は73年の好況(前年比15.0%増)の余韻から74年も第1四半期14.7%(前年同期比),第2四半期13.8%と高成長を遂げた。しかし,第3,第4四半期の成長は6.6%,0.7%と落ち込み,74年全体では8.2%にとどまった。業種別にみると繊維,家電,食品等の消費関連産業は物価高騰による内需の減退から成長率は大きく鈍化し,特に繊維産業は第3四半期以降マイナス成長となり,年間を通してもマイナス2.9%の成長であった。これに対し,自動車部門は中南米諸国(74年の経済成長は中南米地域全体で7.0%)に対する輸出増や内需の安定から19.1%と好調であった,。ただ,第4四半期以降やはり成長率は鈍化している。また,機械産業も各種輸入制限措置や公営企業における国産資本財のシェア増強策等により順調であった。

74年後半から成長率の鈍化してきた工業生産は75年第1四半期にはさらに前年同期比0.3%に鈍化し,特に繊維(前年同期比10.9%減),家電を中心とした電気機械(同9.1%減)等の落ち込みは大きかった。このため政府は繊維製品,家電機器,家具等に対する工業製品税を減免して販売の促進を図ると共に74年12月に10%の緊急給与調整,さらに,75年5月には最低賃金を前年12月に比し約28%(前年5月に比し約41%上昇)引上げるなど,大衆の購買力増強の措置を講じている。こうしたこともあって,第2四半期には徐々に需要も増大しており,生産活動は回復している。工業用電力の消費動向をみると前年同期比で第1四半期2.8%(前期比マイナス4.4%),第2四半期3.5%(前期比6.3%増)の伸びとなっており,第1四半期を底に僅かではあるが拡大傾向に転じている。ただ,繊維製品の不振は続いている。

(2)貿易動向

1974年の貿易動向をみるとまず輸出が前年比28.5%増の7,951百万ドルとほぼ政府目標80億ドルを達成した。全輸出の62%を占める一次産品の輸出は16%の伸びにとどまったが,その中で砂糖は価格が年間平均で2.8倍に高騰したことから前年比2.3倍に急増し,永年トップ輸出産品であったコーヒーを追いぬいた。これに対しコーヒーは第1四半期をピークに価格が低下傾向となったことから政府は価格維持を目的とした輸出制限を行ったため前年比30%減となった。

工業製品輸出は前年比58%増と好調で,うち輸送機械が自動車の中南米輸出増を主因に前年比2.4倍に増大したほか,事務機械,一般及び電気機械も順調であった。このように,年間をとおし,輸出は順調に推移した。

一方,74年の輸入は前年比2倍の14,162百万ドルと急増した。これは石油輸入が前年比3.8倍に(全輸入の22%に達する。また,石油自給率は約20%),鉄鋼が同3.1倍,肥料2.9倍と急増したことが主因である。これは,74年上半期の経済が活況を呈していたこと,インフレ見込みの先買い行動などによるもので,石油は価格高騰もあるが数量ベースでも前年より,1.3%増大している。

さて,74年の国際収支をみると,貿易収支は前述のような貿易動向から4,707百万ドルとかってない巨額の赤字(73年は63百万ドルの赤字)を記録した。加えて貿易外収支も多額の外資導入から生じる利潤,利子送金の増加から近年赤字幅ば拡大傾向にあるが74年は運輸サービスの大幅支払い増もあって2,314百万ドルの赤字(73年は1,722百万ドルの赤字)となり,経常収支は7,020百万ドルの赤字(前年は1,757百万ドル赤字)となった。

これに対し資本収支は2月に外資導入40%強制預託制の撤廃,9月に外資導入最低期間を10年から5年に短縮,利子配当送金に対する税率の引下げ等外資導入策により5,212百万ドルの黒字(前年比52.5%増)となった。このうち,直接投資(884百万ドル)は前年を若干下回ったものの年間を通じほぼ平均して流入した。この結果,国際収支は従来の黒字基調から一転して1,037百万ドルの大幅赤字(前年は2,289百万ドルの黒字)となり,外貨準備も74年末には前年末より18%減少し5,251百万ドルとなった。また,対外債務残高も1年間で37%増大し17,166百万ドル(74年輸出の2.2年分)と著増している。75年の貿易をみると輸出は第1四半期に大きく減少(前期比22%減)したが,その後,徐々に回復し1~9月では前年同期比22%増の6,579百万ドルと好調である。これは主として砂糖,鉄鉱石,大豆の輸出増による。

次に輸入の動向をみると,政府は74年に貿易収支赤字が続くなかで国際収支対策として6月に輸入関税を最高205%引上げ(11月にも引上げ)75年に入ってからも2月に37%以上の輸入税対象品目の為替契約は一覧払い,7月に前記品目(2月時点)の措置を廃止し,かわりに輸入額(FOB)相当の180日預託制設定,8月輸入手数料引上げ,10月に関税引上げ等々の措置をとった。こうした措置の効果から75年第1四半期の輸入は縮小(前期比14.8%減)し,その後も増勢は鈍化しており1~9月の輸入は10,219百万ドルと前年同期比マイナス0.4%となっている。このため貿易収支は前年より改善しているが赤字幅は依然大きい。なお,75年上半期の国際収支(速報ベース)は貿易収支(1,835百万ドル赤字)が改善しつつあるもめの,貿易外収支の赤字(1,683百万ドル)拡大,資本収支の黒字幅縮小(2,557百万ドル)から総合収支の赤字は1,577百万ドルと大幅に拡大している。このため外貨準備も6月末にはさらに減少し3,797百万ドルとなっている。

(3)物価動向

73年は一部で供給不足を生ずる程の経済の過熱,世界的一次産品高騰と物価上昇要因が目白押しであったにもかかわらず物価は消費者物価,卸売物価ともに近年では一番低い伸びであった(各々前年比で16.1%,12.9%)。これは小麦,鉄鋼等への補助金,輸入税の減免,消費財・中間財に対する価格統制,公共料金値上げの延期等の物価対策によるものであった。

しかし,74年に入ってからは石油をはじめとする輸入価格高騰,関税引上げ,クロゼイロ切下げ等から消費者物価27.2%,卸売物価29.5%と高騰した。

ただ,73年までの過去5ヵ年の平均物価上昇率が消費者物価18.7%,卸売物価19.5%であったことからみると,上昇率は例外的な高率ではなかったとみることもできよう。これは25%という比較的低い賃金上昇率,上期の緊縮財政,強力な価格統制(3~4月,小売価格の上限値設定),下期の景気停滞等の理由によるものである。75年に入ってからも,上半期についてみると前年同期比で消費者物価28.1%(前期比11.3%),卸売物価26.1%(11.1%)と依然高水準にあり,加えて7月の霜害の影響による食料品の値上り等からさらに物価の高騰が懸念される。

第10-1表 ブラジルの主要経済指標

2 メキシコ

メキシコ経済は,1972年に7.3%,73年に7.6%と順調な成長(実質GDP)を遂げてきた。74年も世界経済がインフレと不況にみまわれているなかで,6.4%と前年を下回ったものの,比較的高い成長であった。72年以降の成長パターンは公共部門需要(特に公共投資)主導型で,高い公共支出の伸びに支えられて成長してきたが,74年も基本的には同パターンで公共支出は実質で10.9%(うち,投資は12.1%)の伸びであった。産業別にみると,農業生産は2.2%増と前年の不振(前年はマイナス0.9%)から若干回復し,工業生産も上半期は比較的好調であった。

また,石油価格が高騰するなかで,メキシコでは近年開発を進めていた石油生産が74年に入って軌道にのり,9月から本格的に輸出を開始(輸出期間が短かかったことから年間でみると純輸入国にとどまったが,75年には純輸出国になった)するに至り,経済成長にとって大きなプラス要因となった。

しかし,国内経済は世界的不況(特に輸出先として依存度の高いアメリカの不況)の影響などから年央以降鈍化し,また輸入の急増から貿易収支赤字の拡大,物価の急騰と問題は多い。

75年経済は,農業部門は好調であるものの,政府がインフレ対策のため公共支出を抑制していることや輸出需要が停滞していることから,工業生産は低迷しており,中銀の発表によると,75年の経済成長は実質GNPで前年の5.9%から4.5%に鈍化したとしている。

(1)生産動向

1974年の農業生産は干ばつ,冷害などによりとうもろこしの作柄が悪かったが,綿花・小麦が比較的好調で前年を2.2%上回った。しかし,これは人口増加率(3.5%)を下回る成長で,引続き74年も小麦・とうもろこし等穀物の大量輸入(約5億ドル,前年の2.2倍)が必要であった。政府の穀物買い上げ価格は国際価格を下回っており,政府は多額の財政負担を要する補助によって輸入穀物を低価格で消費者に供給している。特に,近年の農業不振(70~73年平均1.7%)は貿易収支,財政等に大きな負担を与え,同国の経済成長にとって制約要因となっている。このため75年は,公共投資の27%を農業部門に振り向け,また,農業関係への融資(政府系金融機関による)も34%増を予定している。なお,75年の農業は順調で5%程度の成長が期待されている。

一方,工業生産をみるとまず74年の石油(精製を含む)及び石油化学は15%の成長であった。これは72年に探査を開始したチアバス,タバスコ両州の新油田がこの年に稼動を開始したことによるもので,これにより原油生産は前年比24%増の238百万バーレルとなり,輸出も本格的に開始された。75年もこの部門は引続き好調で,上半期の原油生産量は122百万バーレル(前年同期比7.1%増)となっており,また,石油製品の輸出入収支も約3.6億ドルの黒字が見込まれている。石油の供給増大は今後のメキシコ経済にとって明るい材料である。

一方,製造業部門は73年の8.8%成長から74年には5.5%へ,伸び率は鈍化した。業種別にみると輸送機械,製紙,印刷は73年を上回る成長であったが,繊維(対米輸出の依存度が高い。),ゴム,木材はマイナス成長で特に下半期に下落傾向が強くなった。75年に入っても生産活動は引続き低調であり,不振業種としては鉄鋼,紙,繊維,乗用車などがあげられる。これに対し農業部門への投資の増大を反映して肥料,農薬,セメント等は順調である。

(2)貿易動向

1974年の輸出は前年比34.5%増の3,540百万ドルと好調であった。これは,石油(前年比5倍増),工業製品(56%増),砂糖(68%))等の輸出好調によるもので,砂糖を除く農産品は低迷し,蓄産物は前年を大きく下回った。

一方,輸入は前年比57%増の6,504百万ドルと,輸出の伸びを大きく上回った。これは主として穀物輸入(5億ドル)を含む公共部門の輸入急増(前年比76.8%)によるもので,全輸入の36%を占めている。なお,74年の国際収支をみると,まず経常収支は貿易収支が輸出入のアンバランスの拡大から23.5億ドルの大幅赤字(前年は12.4億ドル赤字)となったことを主因に,28.8億ドルの赤字(前年は14.2億ドルの赤字)となった。これに対し,資本収支は長期資本が直接投資,政府借入れ等順調であったことから短期資本が赤字であったものの32.9億ドルの黒字となり,総合収支は0.3億ドルの黒字となった(前年は1.4億ドル黒字)。このため74年末の外貨準備は73年末から若干増大し14億ドルとなった。しかし,公的対外債務残高も74年末には84.6億ドル(前年末比20%増)と増大している。

さて,75年上半期の貿易は,まず74年を通して順調に伸びていた輸出が75年上半期には前年同期比マイナス14.5%(前期比マイナス19.5%)の14.8億ドルと大幅に縮小した。これに対し輸入は前年同期比4.4%増(但し,前期比ではマイナス12.8%)の30.9億ドルとなったことから引続き貿易収支の大幅赤字は続いている。こうした傾向から75年の経常収支赤字は前年を上回るとみられ,これを資本収支で補うとすると75年末の公的対外債務残高は100億ドル(74年輸出で約3カ年分)を上回ることとなり,将来の国際収支を圧迫するものとして問題は大きい。なお,75年に入り輸入抑制策として7月に年内の全輸入品目に対し(1部例外あり)許可制をとり,ぜいたく品,国産品で調達可能なものは実質的に輸入停止となり,また,8月に関税を引上げた。

(3)物価動向

メキシコにおける物価は,1972年までは極めて安定した動きを示していた。

しかし,73年以降の外的インフレ要因の増大や,国内における72年以降の公共支出の拡大に主導された経済成長パターンにより,国内需要の拡大から産業各面に供給制約を生ぜしめるなど72年末頃から物価上昇圧力は高まり,73年には前年比で卸売物価15.7%,消費者物価11.2%の上昇となった。加えて73年末の石油価格,電力料金の値上げ,74年1月の最低賃金14%引上げなどから74年にはさらに上昇し,ともに前年比で22.5%の上昇となった。特に,前記の理由から73年末から第1四半期にかけての上昇圧力は強く,前期比で卸売物価8.7%,消費者物価7.8%もの上昇をみた。

このため政府は支出の削減ならびに重点配分,中銀に対する民間銀行の準備率引上げ,10月に価格統制法の改定等の物価対策を実施した。こうした効果等から卸売物価の上昇圧力は第2四半期以降,年末にかけて徐々におさまりつつあり(卸売物価)2~4四半期にかけての対前期比上昇率でみると,各々3.1%,1,7%,1.0%),75年上半期は前年同期比9.1%となっている。しかし,消費者物価は年間を通し上昇圧力が強く,75年上半期の上昇率も前年同期比で18.3%と依然高い水準にある。

また,8月には16%の国家公務員給与の引上げや電力料金の引上げがあり,4月以降物価上昇率が前月比で徐々に高くなる傾向にあることからもインフレ再燃のおそれは少くない。

第10-2表 メキシコの主要経済指標

第11章 ソ  連

1 概  観

ソ連経済は,74年の国民所得成長率()5%に続いて,75年にも恐らくそれをも下回る4%の低成長におわることが見込まれる。これで,1971~75年の5ヵ年計画期間で年平均成長率(6.8%)の予定を上回ったのは,73年(7.5%)だけで,5ヵ年計画が未達成におわることは明らかとなった(第11-1表,5ヵ年計画の達成状況については本文第3章第3節参照)。74,75年の低成長の主因は,農業生産が73年の記録的豊作以来約4%ずつ後退を続けていることであって,特に75年の作柄は最悪の状況となっている。

(注)

第11-1表 主要経済指標

他方,工業生産は74,75年とも計画を上回るテンポで拡大している。74年は前年比8%,75年(実績見込,以下同じ)は7.5%と,それぞれの年次計画(6.8%,6.7%)をかなり超えた。生産の拡大に大きく寄与したのは労働生産性の向上であって,生産性の向上率は74年6.5%,75年5.9%と,ともに年次計画(それぞれ6%,5.7%)を上回った。

しかし部門別にみると,5ヵ年計画の消費財部門を重視する方針に反して,ソ連経済の基本的性格ともいえる生産財優先の傾向が貫がれている。74年には生産財生産の伸びが8.3%と,計画の6.6%を大きく上回ったのに対して,消費財生産の伸びは7.2%で計画の7.5%に達しなかった。また75年には年次計画自体が生産財7%,消費財6%となっており,実績でも生産財優先の傾向は変らないであろう。

農業部門では,74年の総生産高は水準としては前回の5ヵ年計画期間(66~70年)の平均を17%超えていたが,豊作の73年に比べると3.7%減少した。

特に穀物生産は目標に達せず,前年を12%も下回ったほか,綿花(前年比10%増で記録的水準)を除く主要作物も軒並み10%を超える減産となった。これを相殺したのが前年の豊作の好影響による畜産の拡大で,各目品は4~7.4%の増産を記録した。

75年の豊作物の作柄は天候不良のためきわめて悪い。ソ連の確定数字の公表はないが,ソ連の当局者の間接的な言明から推定すると,75年の穀物生産は西側の予想1億6,000万トン(10月下旬,米農務省)より少く1億3,00万トン余と,目標を8,000万トンも下回り,65年(1億2,110万トン)以来の不作となる。また主要作物であるビートや搾油用のひまわりの不作も伝えられる。

他方,畜産(1~10月)は肉類6%,卵8%増など,5ヵ年計画の達成が予想される数少い部門となっているが,牛乳の生産が1頭当り搾乳量の減少で微増にとどまり,豚,家禽の飼育数が減少しはじめるなど,飼料供給の窮迫化を示している。

75年の穀物不作の結果,輸入必要量は西側の収穫予想でも3,000万トンと見込まれ(ソ連公表では総輸入量は72年1,550万トン,73年2,390万トン,74年710万トン,うちアメリカよりそれぞれ720万トン,1,540万トン,410万トン),すでにアメリカから1,350万トンの買付けが行われた(10月24日アメリ力農務省の確認)。

その間,穀物貿易の安定化のため,米ソの穀物供給協定(有効期間76年10月~81年9月)が締結され,ソ連側が年間600~800万トンの小麦,トウモロコシを輸入することになった。他方,穀物とのスワップの形でソ連が年間1,000万トンの原油,石油製品を供給する協定について交渉が進められている(ソ連の非共産圏向け石油輸出は73年5,050万トン,74年4,450万トンで対米輸出はない)。

ここで,国民所得の支出面をみると,固定投資は5ヵ年計画の予定を超えるテンポで伸びているのに対して,個人消費は遅れ気味である。固定投資の増大は前年比で74年7%,75年8.2%5ヵ年計画の年平均6.7%を上回った。また常に問題となっている設備の新規稼動設備能力も,西側からの資本財の輸入の増加もあって74年の4数増から75年上期の7%に加速化された(本文第3章第3節参照)。しかし計画は依然として未達成であり,設備の利用効率も低いといわれる。

他方,個人消費の動きを示す小売売上高の伸びは,74年の5.9%から75年の6.8%に上向き,年次計画の6.2%を上回った。しかし5ヵ年計画の年平均(7.2%)には依然として達していない。75年の伸び率の上向きは一部耐久消費財の売上増加によるところが多いとみられるが,乗用車の販売台数は74年の35%増から75年上期の10%増に減速し,量産化の一段落(現在片産約10万台)を反映している。

以上にみた74,75年の動向,特に5ヵ年計画の遂行状況に対応して,労働生産性の向上,資本効率を高めるための設備利用の改善,投資資金の総花的分散の解消などが強調されている。また次期5ヵ年計画の開始を76年にひかえて,その根幹ともなるべき農業と資源開発のプロジェクトが発足した。それらは,ソ連の人口と耕地の約4分の1を容するヨーロッパ・ロシアの「非黒土地帯」の農業振興とシベリア北東部および極東北部の資源開発のためのバイカル・アムール(バム)鉄道の建設である。

ところで,最近の東西貿易をみると,ソ連の貿易総額は75年上期にルーブル建で前年同期比26%増(74年も金額で前年比26%)であったが,OECD諸国との貿易は75年上期に前年同期比ドル建で往復45.5%増(74年は43.7%増)とわずかに加速化した。そのうちOECD向け輸出の伸びは74年の57%から75年上期の9.8%に減速する一方,輸入の伸びは同じく30%から,89%に拡大した。特に上期に日本との貿易では輸出が前年同期比14.3%減ったのに対し,輸入はシベリア開発プロジェクトの成立もあって2.4倍に拡大した。

2 工業生産

工業生産は,前述のように年次計画を上回ったものの,5カ年計画の予定には達していない。すなわち74年に今次5ヵ年計画の開始以来はじめて5ヵ年計画の平均伸び率に達したのち,75年には再びそれを下回っている。74年には8%と前年より伸び率が育まったが,75年は7.5%にとどまる見込みである(第11-1表参照)。

工業の労働生産性も,ほぼ同様な動きをみせている。生産性の向上は74年が6.5%,75年が5.9%といずれも年次計画を上回ったものの,その上昇率は低下した。部門別にみても,石炭,木材工業など比較的労働集約な部門では,74年には労働生産性の向上によって,従来と同様労働力を削減しながらも増産計画を超過達成したのであるが,75年(1~11月)には労働生産性の向上が前年より小幅で,労働力を削減しうるほどではなかった。

工業生産のうち,生産財と消費財の両部門の関係は,前述したように,5ヵ年計画の「消費財生産の優先的発展」(年平均伸び率で生産財が7.9%,消費財が8.3%)は達成されていない。74年には,生産財の伸び率は8.3%と5ヵ年計画平均,年次計画のいずれも上回ったのとは対照的に,消費財生産は7.2%と双方の計画を下回った(第11-1表参照)。

しかし,74年は消費財工業の一部にとっては,比較的好調の年であったといえる。それは,73年の農業の豊作で農産原料の供給が潤沢であったため,従来低成長を続けてきた食品工業の伸びが大幅になり,73年の4.5%から74年の8%に拡大したことである(第11-2表)。このように,74年の消費財生産,ひいては工業生産全体の増加率が比較的高かった一因は,前年の農業の豊作にあったといえよう。

第11-2表 工業生産の部門別推移

75年の工業生産は前年比7.5%と,年次計画(6.7%)をかなり上回ったものの,伸び率としては74年より低かった。これは,一部の重要な業種の増産率が低下したためである。75年(1~9月)の業種別の増産率を74年のそれに比べると,燃料,木材,軽工業などの業種の生産額(固定価格)の伸び率が拡大した半面,電力,鉄鋼・非鉄,機械,食品など全工業に占める生産額の比重が大きいとみられる業種の増産テンポは軒並み減速している(第11-2表)。

次に発表されている個別品目から工業の動きをみると,特に注目されるのはエネルギーの生産動向である。すなわち,天然ガスの生産は近年伸び率が拡大し,73年の6.8%から74年の10.6%に急激に大幅化したのち,75(1~11月,以下同じ)にも11%の伸びを続けている。これは,新エネルギー資源としての天然ガスの開発,増産が行われていることを示している。これとは対照的に,電力生産の増加テンポは,71年の8%から75年の6%まで一貫して低下しており,この電力生産鈍化は国民経済全体に影響するところが少くないであろう。

機械工業は全体として伸び率が鈍化したが,発表された品目もほとんどすべて増産率が落ちている。2-3の例外のうちで,特に目立っているのは数値制御工作機械で,増産テンポは74年の16%から75年の25%へと著しく加速化した。他方,乗用車生産の伸びは22%から7%へ縮小した。西側からフィアットの設備,技術を導入して量産化に努力が注がれた乗用車生産は,いまや一つの段階を画したともみられるが,現在は月産10万台程度である。さらに注目されるのは,消費財産業設備の生産動向で,伸び率が74年の12%から75年の11%に低下し,75年には生産計画の未達成が報告されている。

ところで,軽工業品には前年に引き続いて計画未達成の品目がみられる。例えば,靴の生産は74年が3%,75年が2%の増加にすぎず,いずれの年も計画に達しなかった。同様の傾向はメリヤス製品など一部の繊維品にも共通である。また耐久消費財では,洗濯機が74年の3%から75年の7%へ,冷蔵庫が同じく0.3%から2%へ,増産率が上向いたものの,増産計画は未達成におわったといわれる。従って耐久消費財の普及率も,テレビを除いて5ヵ年計画の目標には達しないとみられる (第11-3表)。

第11-3表 耐久消費財の生産と普及率

3 農業生産

農業生産は,73年の記録的豊作のあとを受けて,74年3.7%減,75年(見込)4%減と減退を続けている。これで71年5ヵ年計画開始以来,71年の横ばい,72年の減産にはじまり,好調と見るべき年は73年のみとなった。そして75年の生産水準は70年を3.7%上回るにすぎないし,第8次5ヵ年計画期(1966-70年)平均に対する増加率は,第9次5ヵ年計画の21.7%を大幅に下回る約13%にとどまるものとみられる。

ここでまず,農業に対する投入の面をみると,農作における播種面積の拡大よりも,土地改良,施肥の増加などに重点がおかれ,収量の向上が意図された。すなわち,播種面積の拡大は74年0.7%,75年0.2%であったのに対し,農業投資は年に9%の伸びを示し,そのうち20%余は土地改良に向けられた。また肥料の供給量は74年10%,75年(上期)11.3%と増加した。

このような増産努力にもかかわらず,74年は前年ほどの好天には恵まれず,綿花の収穫量が記録を更新したのを除いて,すべての農作物の生産は73年に及ばなかった(第11-4表)。穀物の収穫も73年より13%減少し,特に小麦は23.7%の大幅減収であった。しかし穀物全体の生産水準としては73年に次ぐものであり,冬小麦を含めて穀物の単位面積当り収量はほぼ平年並みであった(1ヘクタール当りツェントナー単位()で,66~70年平均13.7,71~74年平均15.6,73年17.6,74年15.4)。

第11-4表 主要農産物の生産量

ビート,ひまわりなど食品原料も減産となり,食品工業の生産動向にも影響するところが少くなった。また馬鈴薯の生産は水準そのものもかなり低位にとどまった。

75年の農作は72年をも下回る不作となる見込みである。総生産では暫定実績で前年比4%減とされているし,穀物収穫量は未発表であるが,ソ連当局者の言明から1億3,000万トン余と推定されている。これは10月24日のアメリカ農務省の予想1億6,000万トンをかなり下回るもので,予想外の不作といえる。

他の農作物では綿花と一部の作物は計画を上回ったといわれるが(12月2日最高会議報告),西側ではビートやひまわりの不作が伝えられている。

ここで,穀物の需給状況をみると,73年の豊作のあとを受けて,74年にはわずか10万トンの純輸入,そのうち小麦は250万トンの純輸出となった(第11-5表)。しかるに75~76年にはこの状況は激変を免がれがたい。前述の穀物収穫見込は75年の計画2億1570万トンに比べ8,000万トン以上の不足である。75年半ばの在庫を1,200万トン(11月17日アメリカ農務省推定)としても,不足量は7,000万トン余に上るものである。

第11-5表 穀物需給の動向

次に輸入量をみると,穀物収穫予想が1億6000万トンとされていた時点で,3,000万トンが必要とみられていた。すでに,アメリカからは1,350万トン(10月24日アメリカ農務省確認)買付けられ,また全体としての買付けは2,800万トン(油種を含む76年9月末までの引渡し分)に上ったともいわれる(12月9日アメリカ農務当局者談)。他方,ソ連の貿易相は,「本年の穀物収穫不足を補う」ための外国産穀物の買付けを完了したと言明した(12月11日)。しかし,西側では一部にソ連における穀物の荷役能力に月間200万トンという限界を認め,結局ソ連は家畜頭数の削減によって,飼料不足に対処するだろうとの見方もある。

ここで畜産の状況をみると,74年には前年の豊作の好影響で畜産品の生産は,肉,卵ともに7.4%,牛乳4%増と好調を示し(第11-4表),家畜頭数も72年中の豚の500万頭の減少が回復され,過去の水準を上回った(第11-6表)。

第11-6表 家畜保有頭数

しかるに75年には畜産にも飼料の不足を思わせる暗い面が現われてきた。1~10月の畜産物の生産(コルホーズ農民の私営畜産を除く)は前年同期に比べ肉6%,卵8%増加したが,後者の増産テンポは過去数年より目立って低下しており,牛乳の生産量はわずか0.6%増と,ほとんど横ばいにおわっている(第11-7表)。そして飼料の準備の強化,合理的利用が強調され,飼料の不足が示唆されている。

第11-7表 畜産物生産量

これをさらに裏付けるものは,家畜頭数の動きである。さきに述べたように72年の不作の影響を打消し,75年に入ってからも増加を続けた。すなわち7月1日現在の家畜頭数(コルホーズ農民の私有家畜を除く)は前年同期比で牛が3%も増加している。しかしその半面,豚1.8%,小家畜0.5%と73~74年より格段に増加率が落ちている。さらに毎月発表の畜産状況報告(1~11月分)よれば,豚や小家畜の頭数が「一部地域」で減少したといわれる。

このようにして,飼料の不足に対処して,72年の不作の場合と同様牛の頭数の維持に努めながら,比較的回復の容易な豚などの頭数の削減が75年半ばから開始されたとみられるかも知れない。

4 貿  易

74~75年の貿易動向には,ソ連側の先端設備,技術と食料の輸入の動きと,西側先進国のインフレーションと不況の影響とが強く反映している。74年から75年にかけての,それらの要因の変化は,本文(第1章第1節)でも述べたように,①先進国側の需要が減退する一方,ソ連側の設備,技術輸入が加速化していること,②原燃料価格の落付きと工業品価格の続騰とによって,一旦有利化したソ連の交易条件が逆転したこと,③ソ連の穀物需給が好転から再び悪化していること,などである。その結果,対先進国貿易収支は74年の一時点な黒字から赤字に転化し,今後その一層の拡大が見込まれる。

(1)74年貿易-輸出の拡大目立つ

74年の貿易規模は,輸出が207億ルーブル(国連統計で274億ドル),輸入が188億ルーブル(249億ドル)で,前年比伸び率はルーブル建で輸出が31.2%(数量では22.7%),輸入が21.2%(数量11.7%)と73年より増加の幅が広がるとともに,引続き輸出の拡大が目立っている(第11-8表,第11-9表)。

第11-8表 貿易の推移

第11-9表 貿易数量指数の変化

輸出のうちでも,ルーブル建で対社会主義国の21.7%増に対し,対先進国が約67%増と前年よりさらに拡大テンポを速めたが,対発展途上国輸出は鈍化して15.4%増にとどまった。他方,輸入では対社会主義国が11.8%,対先進国が34%と伸び率が多少拡大したが,特に対発展途上国は37%増と前年より著しく加速化した。

このような輸出入の動きによって,貿易の地域別構成では,先進国のシェアが73年の21.6%から74年の31.1%へ著しく拡大した半面,社会主義国のシェアは58.5%から54.1%に縮小したが,発展途上国のそれは16%余とほとんど変らなかった(第11-10表)。

第11-10表 貿易(輸出入合計)の地域別構成

以上のような貿易の拡大,なかでも対西側貿易の拡大は,価格の上昇によるところが少くない。特に74年の西側からの輸入はそれが著しい。対社会主義国貿易においては価格の変化はきわめて小幅であったが,対西側貿易においては73~74年に価格がかなり大幅に上昇した。すなわち,対西側輸出価格(ソ連公表統計より算出)は,燃料,一次産品を中心に73年に20.5%,74年に17.3%上昇し,また輸入価格は73年には2,6%の上昇にとどまったが,74年には,工業品,原料品のいずれをも含めて20%の急騰となった。その結果,対西側交易条件は73年に有利化したのち,74には一部相殺されたのである。

このような貿易価格の変化をも含めて,貿易収支は好転した。ここで,ソ連の貿易バランスを決済育からみると,コメコン諸国ではコメコン銀行における振替,他の社会主義国と多くの発展途上国とは清算勘定による決済を原則としており,また発展途上国との貿易の黒字の一部は経済援助の実行を反映しているので,ソ連の対外決済で最も重視すべきものは対先進国決済である。なお,対先進国の貿易収支をみる場合にも信用供与を考慮しなければならない。

ところで,74年の貿易収支は,全体としての黒字が,前年の2億5,800万ルーブルから19億ルーブル余に拡大したが,そのうち対先進国貿易収支は72年の10億ルーブル,73年の8億4,000万ルーブルの赤字から1億1,000万ルーブルとわずかながら黒字を記録した。

74年の貿易の商品構成には,かなり著しい変化がみられた。輸出では燃料,木材などのシェアが著しく拡大し,輸入では食料の低下と金属の上昇とが目立った(第11-11表,第11-12表)。

第11-11表 商品別輸出構造

第11-12表 商品別輸入構造

輸出における燃料のシェアは,73年の19.2%から74年の25.4%に著増したが,これは石油,天然ガスの輸出の増加を反映するものであり,しかも価格上昇によるところが大きかった。すなわち石油,同製品の輸出は数量で1.8%減,価額で石油73%増,同製品91.4%増であったし,天然ガスの輸出は数量で2倍余,価額で2.3倍であった。食料輸出のシェアは72年不作のため5%台に低下していたが,74年には穀物輸出量の45%増もあって7%に増大した。他方シェアの低下の著しいのは金属で,これは鉄鉱石,クロム鉱石,鋼材など重要輸出品のシェアの低下によるものであった(価額では増)。特に価格変化が少いとみられる対社会主義国輸出でも金属のシェアが減少したことは,ソ連における輸出余力の低下を示すものとして注目される。

その半面,輸入においては金属のシェアが73年の9.9%から74年の13.6%に著増したが,その主要品目である鋼材の輸入額は全体で78.4%,うち先進国から2倍余の増加であった。また化学品のシェアもかなり増大した半面,食料のシェアは73年の20.2%から74の17%に縮小した。これは73年の豊作で穀物の輸入が数量で3分の1以下,価額で2分の1以下に減少したためである。機械のシェアも低下しているものの,西側からの輸入額は33%も増加した。社会主義国からの輸入では一貫して食料のシェアの増大と消費財のシエアの縮小が目立っており,主として肉類の輸入の増加(74年は数量で前年比倍増)と軽工業品の輸入の停滞を反映している。

74年の貿易を西側主要国に対する輸出入の動きからみると,アメリカからの輸入の半減,対西ドイツの輸出入両面の拡大,日本からの輸入の倍増が目立っている(第11-13表)。

第11-13表 西側諸国との貿易

貿易相手国としてのアメリカの地位が輸出入合計額からみて,73年の第2位から74年の第7位に低下したのは,穀物の輸入量が前年の27%にすぎなかったこともあって輸入額が44.8%も減少し,元来少額な輸出も28.7%と他の主要国に比べて小幅な伸びにとどまったからである。

輸出入とも加速化したのは西ドイツとの貿易である。輸出は84%増加し,そのうち石油(ソ連の統計では原油と製品の合計)が97.8%増(数量では8.4%増)を示すとともに輸入も機械(43,6%増),鋼管を中心に81.7%増加した。

日本は輸入の著増で,再び西側諸国中第2位となった。対日本輸出は木材(27%増),綿花(2.2%),石油(73.4%増,数量は202万トンから124万トンヘ約60%余減)を中心に45.6%増加したが,輸入は鋼材(価額5.7倍,数量3.4倍),機械(17.2%増)を主力に2倍余に増大した。

そのほか,イタリアとの貿易は輸出が13.1%と比較的小幅な拡大にとどまった半面,輸入は鋼管(2.3倍)を中心に77.4%の著増を示した。またフランスとの貿易は輸出が46.2%,うち植物油が約6倍増加したのに対し,輸入は機械(90%余)を中心に20.9%拡大した。イギリスとの貿易は輸出27.7%増(うち機械が69%増),輸入14.3%増と比較的小幅な増加にとどまったが,主要相手国のなかでは日本と並んでかなりの出超となっている。

ひるがえって,発展途上国との貿易をみると,インドとの貿易は過去数年に引続きかなりの入超となっているが,これは経済援助の実行より返済が多いことを示すものであろう。エジプトの場合は輸出が8.7%増加したのに対し,輸入は綿花の41.8%増(数量では16.6%減)を中心に61.7%も増加して入超に転じた。またイランの場合は輸出の93.6%増(機械52.4%増)に対し,輸入の64.7%増(天然ガスの輸入が79%増,数量で4.8%増)と著しい貿易拡大となった。

(2)75年上期-対先進国再び赤字化

75年上期の貿易総額(輸出入合計)は,前年同期比,ルーブル建で26%と,74年年間の前年比伸び率と同じテンポで増加している。これは,過去の傾向と比べると,さきにあげた諸原因によりソ連としてはきわめて大幅な貿易拡大が続いていることを示している(第11-1表,第11-8表参照)。

上期の貿易について詳細は未発表(ソ連は年1回だけ貿易統計を発表)なので,ここではOECD統計により,上期の対先進国貿易をみよう(第11-14表)。

75年上期の対先進国貿易は,ソ連側からみて,輸出の伸び率の著しい鈍化と輸入の伸び率の急上昇とが目立っている。これは,前述したように,先進国の不況,ソ連側の設備,技術の輸入需要の強さ,交易条件の変化によることはいうまでもない。

上期の対先進国輸出の伸び率は74年年間の前年比74.2%から75年上期の前年同期比9.8%に鈍化し,同じく輸入は13.3%から89.2%に拡大し,その結果対先進国貿易は74年の黒字から再び赤字に転化した(第11-14表参照)。

第11-14表 主要国の対ソ輸出入

すなわち対先進国貿易尻は,月平均で74,年の7,140万ドルの黒字(上期が1億1,540万ドル,下期が2,740万ドルの黒字)から75年上期の2億8,090万ドルの赤字に変った。この赤字がソ連にとっていかに多額のものであるかは,さきに穀物の大量輸入の行われた72年の月平均3,780万ドル,73年の3,800万ドルの赤字と比べても明らかである。

過去にもソ連は外国からの受入れ,ユーロダラーの取入れ,金の売却によって赤字に対処してきたが,今後も各種の手段で資金の調達に努めなければならないことになる。

金の売却量は,国際決済銀行の推定(統計は「共産圏諸国」となっているが,ほとんどソ連)によれば,72年200万トン,73年330万トン,74年150万トンである。またアメリカ内務省鉱山局の推定(73年版年鑑)によれば,金保有量は6,500万オンス(約2,000トン),産金量は710万オンス(221トン)で増産努力が続けられている。

また近年における先進国からの借款供与額は,ソ連週刊誌“New Times″(No.38,1975)によれば,フランス32億ドル,イギリス,イタリア各18億ドル,日本15億ドル,カナダ5億ドルと発表されている。その後もイタリア9億ドル(9月)ドイツ12億マルク(12月,約4億7,000万ドル)の借款が成立したが,他方アメリカは議会の議決で対ソ借款を3億ドルに制限している。

ところで,上期の主要先進国との貿易をOECD統計でみると,フランスとの貿易が前年同期比でソ連側の輸出38.6%,輸入97.8%の増加と往復とも拡大したのを除くと,各国ともソ連の輸出の小幅化ないし減少,輸入の著増がみられる(第11-14表参照)。すなわち輸出は対西ドイツ4.9%,イタリア11.3%増,対日本14.3%,イギリス2.8%,アメリカ29%のそれぞれ減に対し,輸入は対日本2.4倍,西ドイツ84%,イギリス2倍,イタリア2倍強,アメリカ65.7%のそれぞれ増加となっている。

第12章 中  国

1 概  観

GNP(国民総生産)概念で先進国と中国の経済水準あるいは国民消費水準を比較することは,先進国と発展途上国との対比以上に,両者の経済政策,生活態様,価格体系,国民の意識形態等の違いが大きいため,国民経済の実態把握をしばしばミスリードすることになる。

しかし,一応国際比較の基準になっているGNPでみると,中国の1974年の実質GNPは,米政府推計によると2,230億ドル(注1)一人当たりGNPは243ドルに達したが,同年の実質GNPの伸びは前年比2.8%増で,73年の伸び10.2%はもとより,1958~74年の長期成長率5.2%(年率)を大きく下回った(第12-1表)。

注1

第12-1表 中国の主要経済指標

中国は,経済発展過程で,1958年5月の中国共産党第8期全国代表大会第2回会議において提案された「社会主義建設の総路線」(白書本文,第3章第3節I(中国)の項参照)の原点に立って,たえず国民の政治意識の停滞と管理層の官僚化の定着を阻止しようとする国民運動を展開してさた。文化大革命につづく批林批孔運動,水滸伝論評運動等すべてそうである(注2)。

注2

こうした修正主義批判が展開される過程では,具体的な政策路線をめぐって,リーダシップの間の急進派と穏健派がしばしば対立して政治的動揺がおこり,生産のリズムが妨げられて生産および輸送面に停滞状態が生じがちである。

1974年の経済停滞は批林批孔運動が進行する過程での停滞といわれているが,今回の批林批孔運動は,文革段階と違って,党の統一された指導のもとで展開されており,文革段階ほどの大きな波瀾はみられず,水滸伝論評運動も大した波瀾はみられなかった。生産の停滞は1975年第1四半期にも持ち越されたが,1975年1月末に開催された全国人民代表大会で,生産の増大と技術の改善を強調する周恩来総理の「政府活動報告」が発表された後,政策路線をめぐるリーダシップ間の論争は,大勢として穏健派が優位を占めたことが確認された。

2 工業生産

1974年の工業生産は米政府推計でみると,前年比3.9%の伸びで,73年の12.1%の伸びを大幅に下回った。しかし,75年に入って着実な上昇を示し始め,中国政府の発表によれば1~8月間の工業生産の伸びは前年が停滞的だったこともあって,前年同期比17.3%の増加となった(第12-1表)。地域的には全国29の1級行政地域のうち,比較的工業密度の高い地域の上海,四川,天津,山東,黒龍江,広東,河北,吉林,北京は計画を超過達成したが,遼寧,江蘇,湖北,浙江等の工業地域は計画未達成であった。また比較的工業密度の低い青海,新彊,甘粛,寧夏,陝西,河南など15の1級行政地域でも,1~9月間の工業生産計画を達成した。業種別には石油,電力および投資活動の高まりを反映した機械,軽工業などが著増をみせ,原油および電力は1~8月間にそれぞれ前年同期比25.5%,15.7%の増加となった。石油精製の伸びも前年同期比13%増(1~10月間)で,軽油,灯油,ディーゼル油,潤滑油の生産量も伸び,幾つかの新しい精油所も建設されて操業を開始している。

石油生産の伸びに大きく寄与した大慶油田では新油田が開発され,原油生産量は,75年の計画目標の15.8%以上超過達成し,渤海湾に近い勝利油田では,原油生産量は前年比34%増となった。また大港油田の原油生産量も前年比16%増となった。

機械部門では農業機械のほか,電子機器,工作機械,設備機械の増産が目立った。農業機械では,トラクター,ハンドトラクター,内燃機,小型発電機,コンバインおよびトラクター部品の伸びが,75年第3四半期に入って前年同期比40%以上となった。

前年まで増産テンポが緩慢だった石炭は,75年上半期に国家計画を超過達成した後,第3四半期に入っても著増をつづけ,1~10月間で国家計画目標を5.6%上回った。9~10月には全国石炭会議が開催され,第5次5ヵ年計画を目標とする石炭重視政策があらためて確認された。

原油,石炭の増産を基盤に,74年に減産となった鉄鋼も第3四半期に入って全国的に大幅増産に転じた。

なお工業建設の基本方針の1つに,大規模企業と同時に全国各地の人的物的資源を動員して,地方小規模企業を振興するという項目があるが,この基本方針に沿って小型工場の建設が促進されており,1974年現在,主要業種の全国総生産に占める割合いは,第12-2表に示されるような大きな比重を占めるようになっている。

第12-2表 工業生産に対する小型工場の割合

消費財生産も消費水準の段階的な改善と輸出の重視に即応して,繊維品(化合繊,綿製品),耐久消費財等が,1~8月間に前年同期比10%の増産となった。

一方,投資活動も旺盛で,投資総額は1~8月間に前年同期比20%の伸びを示した。業種別にはプラント輸入もあって,エネルギー産業,鉄鋼,石油化学,化学肥料,輸送施設,港湾施設等の投資が促進された。

3 農業生産

農業生産は,米政府推計によると1974年には小幅な増加(前年比2.2%増)に止まったが,食糧生産は72年の減産(2.4億トン)の後,73年,74年と連続2カ年の増産となり2.55億トンに達したとしている。しかし中国政府では1962年以来連続13年の豊作で2.65億トン前後に達したと発表した(注3)もっとも中国発表の豊作という概念では,1960年代初期に陥った大幅減産の食糧生産水準を上回った年はすべて豊作であり,年々の多少の豊凶の差はあまり問題としないようにみえる。(米政府推計によると,食糧生産は58年に2億トンの戦後最高水準に達し,59年に1.65億トン,60年,61年には1.6億トンにまで低下して,58年水準に回復したのは65年で,その後72年に減産となったが,以後順調な増産を続けている。75年には,作付面積の増大,肥料増投によって,夏季食糧(小麦など)および早稲の大幅増産(前年比10~20%増)が伝えられた。主要小麦生産地区の河北,山東,河南,北京,天津,陝西,寧夏,新彊,甘粛など一級行政地区で生産される夏季食糧の食糧生産全体に占める比重は,現在すでに与5を上回るようになっている。

注3

また東北,西北,華北および河南,山東地区の秋作地区(雑穀を主体とする地区)および湖南,湖北,広東,広西,江蘇,江西,四川,安徽など晩稲を主体とする稲作2季作地区では,とくに晩稲作付面積を拡大し,晩稲の総収量は水害の影響が大きかったにもかかわらず前年比10%増となった。

中国政府は,75年の食糧生産は昨年までの連続13年の豊作にひきつづき,昨年水準をさらに上回って連続14年の豊作を収めたと発表した。また綿花,油料作物,砂糖,麻,煙草,茶など経済作物も,一部の地域で水害や旱ばつに見舞われたが,おしなべて豊作だったと発表した(第12-1表)。

こうした穀物増収と外貨不足の2つの理由から,1973年に768万トン,74年に701万トンと急増した穀物輸入量も,75年には半減して約440万トン,75~76アメリカ会計年度には約300万トン前後に落ちつく見込みである(第12-3表)。

第12-3表 中国の穀物輸入量

4 物  価

新中国成立以後,中国の物価は長期的に安定している。1974年の全国小売物価水準は,65年の全国小売物価水準に比べて2.9%低下し,国民生活にとくに関係の深い食糧,綿布,食塩,石炭等の小売価格はほとんど変動していない。日用工業品,たとえばプラスチック製品,琺瑯鉄器,ラヂオなどの価格は漸次低下し,薬品は65年に比べ74年には41.6%低下した。さらに最近石油工業の開発が進むにつれ,民需用の石油,ガス価格も引下げられた。そのほか家賃,水道料金,電気料金,交通費も変動がなく,家賃は一般に労働者賃金(月間平均賃金率65元,邦貨換算,約1万円)の3~5%程度にすぎない。

農村工業品の小売価格水準もまた,生産性の上昇につれて次第に低下し,74年の小売価格水準は65年の水準に比べ7.4%低下した。

こうした小売物価安定のもとで,国民の消費購買力も次第に高まり,74年の小売総額は65年に比べ73.7%増加した。主要小売商品別にみると,同期間に砂糖の小売販売量は91.3%,綿布64.5%,化学繊維布210%,自転車160%,ミシン190%,腕時計290%,トランジスタラヂオ790%それぞれ増加した。

労働者賃金はまだ比較的低いが,基本的な生活物資は供給が保障され,価格も長期的に安定していて,さらに個人所得税も徴収されない。

また農民所得の向上および工農業品の「鋏状価格差」の縮小をねらって,政府当局は過去数度にわたって,農産品および農業副産物の政府買上げ価格を引上げ,一方,農業に供給する生産資材(化学肥料,農薬,農業機械,農業用重油など)の販売価格を引下げてきた。現在農村から買上げる食糧価格は50年に比べ2倍となったが,食糧小売価格の上昇率は小さい。買上げ価格と小売価格との差額および食糧貯蔵経費および流通加工費,小売手数料等の管理費はすべて財政からの補助金でまかなわれている。その他野菜,肉,卵など生活必需品に対しても,毎年政府から補助金が支出されて小売価格の安定がはかられている。

中国における物価安定の理由としては,要約すると次の諸点を指摘することができよう。

第1に,計画経済体制のもとで,工農業生産物の生産,流通,分配が国家計画の中に統一的に組み入れられ,商品価格はすべて統制されている。また主食,食料油,綿布など基礎物資は配給制である。

第2に,一切の企業,事業単位,機関,団体,部隊間の相互取引はすべて銀行の帳簿決済で清算され,現金は一切使用されない。現金が使用される分野は労賃と農産品および農業副産物の買上げの場合だけで,この2つの分野の通貨供給量は,全体の通貨供給量の90%以上を占める。したがって通貨購買力と社会総生産物との需給バランスの調整は比較的に容易である。

第3に,賃金政策については大衆教育を通じて,消費抑制政策が誘導され,名目平均賃金率は長期的に据置かれ,最高,最低の賃金率格差も平均して約3対1という小幅なものである(第12-4表)。また中国では労働市場はなく,職業選択の自由あるいは自由な労働移動は禁止されているので,この面からの賃金上昇圧力はない。

第12-4表 企業別賃金格差

第4に,財政収支バランスの均衡化によって通貨膨脹が抑制されている。

財政収入は主として国営企業の上納利潤と租税収入に依存し,租税収入のなかで農業税の占める比重は次第に低下してきている。ここ25年間,財政収支はほぼ均衡を維持して僅かながら黒字財政となっており,1950年代に発行されていた国債も現在は発行されていない。

第5に,資源保有国,とくに石油を産出する中国では,輸入貿易に依存する割合いが小さく,また貿易収支も均衡している(1974年のGNPに対する貿易依存度6.1%)。したがって海外経済変動の影響をうけることがすくない。しかも中国の価格体系は,国内価格と国際価格は遮断されて決められており,国内市場と海外市場との間には直接的な連関はなく,国際市場価格の上昇を反映した輸入インフレは発生しない。貿易価格(輸出入価格)の上昇ないし低落は,対外貿易公司の貿易特別会計で操作され,仮りに特別会計で赤字が発生した場合は財政から補助金が支出され,黒字の場合は財政収入に繰り入れられるしくみになっている。

5 貿  易

1974年の貿易総額は,73年の98.7億ドルから137.1億ドルへと39%の増加となったが,主として価格要因によるところが大きかった(日中貿易の増加寄与率,対中輸出:数量要因11.6%,価格要因79.6%,対中輸入:数量要因50.3%,価格要因31,4%)。また輸出総額63億ドルに対し,輸入総額は74億ドルと,輸入の伸びが輸出の伸びを大幅に上回り,入超幅は11億ドルを上回った(第12-5表,第12-6表)。貿易相手地域別では自由圏諸国の占める比重が85%と圧倒的な大きさを占めるようになった。自由圏諸国のなかでは日本(24.3%)が最も大きなシェアを占め,アメリカ(7.9%),ホンコン(6.5%),西ドイツ(4.7%)がこれにつづいている(第12-7表)。しかし75年に入って農産物輸入の減少からアメリカのシェアは大幅に縮小した。また74年後半から75年に入って,先進国の不況の影響をうけて輸出が停滞し,また交易条件が悪化して,中国の対OECD諸国との貿易は,75年1~8月間に前年同期に比べ輸出7.2%増,輸入7.3%増(前年同期,輸出36.9%増,輸入73.6%増)と前年同期の伸びを大幅に下回り,入超幅も15.8億ドルと前年同期の14.7億ドルを上回った。

第12-5表 中国の輸出入額・貿易バランスの推移

第12-6表 日中貿易における貿易額変化の要因別寄与率

第12-7表 中国の主要貿易相手国に対するシエア

75年に入って日中貿易も前年の伸びを大きく下回ってきたが,それでも1~9月間の対中輸出は前年同期比40.7%増,対中輸入は18.0%増といぜんかなりの伸びを示し,対中輸出額は1807百万ドル,対中輸入額は1067百万ドルとなり,1~9月期間中だけでも,74年の年間出超額6.8億ドルを上回る7.4億ドルの大幅な日本側の出超を示した(第12-8表)。

第12-8表 日中貿易の動向

これは既契約のプラント輸出が開始されたことによって,機械の伸びが堅調なことと,鉄鋼,化学肥料の伸びもいぜん好調な反面,対中輸入面では,繊維・同製品,原料品の輸入が不況の影響をうけて減少をつづけているためである。対中輸入面では石油輸入の増大によって,輸入全体に占めるシェアは46.7%と前年のシェアをさらに大きく上回った。

現在,対中輸出面では鉄鋼,化学肥料,対中輸入面では原油がドル建決済となっており,輸出入面でそれぞれ約50%近いシェアを占める主要商品についてドル建決済が実施されていることになる。しかし中国側では,決済通貨に関しては,あくまでも基本的には円・元決済を根幹として考えているようである,

6 経済援助

1970年以後急速に高まってきた発展途上国に対する援助活動は,援助約束額の推移でみるかぎり74年に入って急減し,73年の4億2,800万ドルから1億9,700万ドルへと半減した(第12-9表)。急減の理由としては,工業生産の停滞,貿易収支の悪化など供与国側の中国経済が停滞的だったことに加えて,とくに援助供与の主要対象地域となっているアフリカにおいて,中国が引き受けることのできるプロジェクトの規模や種類にかなった援助機会が見当らなかったことも一因として指摘されている。

第12-9表 中国の発展途上国に対する借款・贈与約束額

援助供与の対象国としては,タンザニア,ザンビア,モーリタニアなどアフリカ地域がやはり中心となっている(第12-10表)。

第12-10表 発展途上国向け経済借款および贈与約束額

1956年に初めて中国の発展途上国に対する援助協定がカンボジアとの間に調印されたが,その後56年から74年にかけて調印された発展途上国に対する借款・贈与約束額の累計額は3465百万ドルに達した(米議会合同経済委員会報告書)。このうち約10億ドル以上(35%)が鉄道,道路,橋梁および港湾の建設などインフラ援助に重点をおき,23%が労働集約的軽工業プロジェクト,15%が農業および農業関連の多目的プロジェクト,5%が重工業プロジェクトに向けられている。重工業プロジェクトに向けられている部分はパキスタンに対するもののみで,ソ連の援助の65~70%が重工業プロジェクトであるのと好対照である。残りは都市開発,地質探査,医療,観光,スポーツ,教育,文化などの各施設の建設に向けられている。

中国の一国に対する援助供与額は相対的に小さいが,最近中国は援助条件を緩和してきている。1960年代の中国の典型的な援助条件は無利子,10年据置き,10年償還といったものが大半だったが,現在は20~30年据置きで,償還期間もさらに長くなっている。このため現在のところ,援助の償還によって純供与額が減少するといった現象はみられず,元本返済がごくわずかに始まった段階である。

7 展  望

1975年は第4次5ヵ年計画(1971~75年)の最終年次に当たるが,同計画は当初目標を超過達成することはほぼ確実で,明年から第5次5ヵ年計画(1976~80年)が発足する予定である。現在新計画策定に向って,全国農業会議,全国財政商業会議,全国石炭会議などの重要会議が相次いで開催され,政策運営の基本方針について検討が重ねられている。政策理念の基本方向としては,1958年5月の中国共産党第8期全国代表大会第2回会議において提起された,従来の一面的なソ連依存体制から脱却して,中国独自の社会主義建設路線を確立するという方針がそのまま継続されることになっている。その骨格的内容は,①政治優先,大衆運動の展開,②農業基礎,工業主導型の経済開発,③自力更生の強調,④地域経済開発の促進と大規模企業および地方中小規模企業の同時的発展等を内容とするものである。具体的な政策方針として明らかにされているものは,①1980年までに基本的な農業機械化を実現して生産性の向上を図る。②石油の増産とともに石炭も重要なエネルギー源として,向う10年間を目標として基本的に石炭生産の機械化を実現する。③財政,商業,輸送各部門はこれら目標達成のため全面的に協力するという内容になっている。いずれ75年末までに新5ヵ年計画に関する全面的な草案が策定されることになろう。


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