昭和50年

年次世界経済報告

インフレなき繁栄を求めて

昭和50年12月23日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

要  旨

この要旨は調査局においてまとめたものであり,引用等については直接本報告によられたい。

本報告のねらいと構成

1) 1974年末から75年の世界経済は,戦後最大の不況に陥り,世界貿易の縮小と失業の急増を経験した。一方,不況に伴い,異常なインフレは次第に収束し,先進工業国の経常収支も著しい改善をみせてきたが,コスト圧力は根強く残り,先進工業国の経常収支改善の一方で非産油発展途上国の大幅赤宇が続くなど問題は残されている。また,石油価格が再び引上げられるとともに,「新国際経済秩序」を求める発展途上国の要求も引続き強い。

2) 以上のような諸問題を抱えた各国経済が密接な相互依存関係の中で現在の危機を脱し,インフレのない持続的成長を達成するとともに,先進国と発展途上国の均衡ある発展のための国際的な枠組みを確立することが,今後の世界経済の最大の課題となっている。

3) 本報告は世界経済が直面する以上のような諸問題を扱い,次の3章から成り立っている。

第1章 世界不況の進行と不況からの脱出

第2章 トリレンマの変貌

第3章 世界経済の中期的成長を取りまく諸問題

第1章では,世界不況の特徴,原因とそこからの脱出の現状,第2章では,インフレ,国際収支問題の変貌と石油,一次産品需給及び価格の動向,第3章では,インフレのない安定的成長を指向する各国の動向と国際的に均衡のとれた経済発展への問題点を検討する。

第1章 世界不況の進行と不況からの脱出

1.1974~75年世界不況の特徴と原因

(1)不況の進行過程と特徴

1) 1975年は,世界経済が74年に引続くゼロ成長,高率の失業,世界貿易量の縮小などを経験した年であった。

2) 不況の進行過程をみると,73年秋の石油危機発生前の先進国経済は,72年秋から73年春にかけての同時的な過熱景気からの鎮静化過程にあった。

そのような時に石油危機が起り,石油価格の急上昇がデフレ効果を持ったうえに,既に高率だったインフレを多くの国で二桁にまで加速化させ,また石油消費国の経常収支を殆んど軒並みに赤字化させた。これに対して,74年夏頃までの間に各国は公定歩合引上げや預金準備率引上げなどの金融引締め政策を強化する一方,一部の国を除いて財政面でも支出抑制や増税など引締め措置が次々にとられた。

3) こうして,74年央まで比較的緩やかな落込みに止まっていた先進国景気は同年秋になると,すでに後退局面に入っていたアメリカ,西ドイツ,日本,イギリスなどでそのテンポが速くなるとともに,それまで比較的好調だったフランス,イタリアなどの経済活動も下降しはじめ,生産の急落と失業の急増がいたるところでみられた。

4) さらに,74年末から75年にかけては各国それぞれの国内需要の減少ばかりでなく同時的な後退が貿易の縮小を通じて相互に波及し合うという形で,累積的なデフレ作用を及ぼした。このため,景気後退は大方の予想を大きく上回る厳しさとなり,景気回復時期は後へ後へとのばされてきた。

5) 以上のように景気後退が進行した結果,今回は生産の低下幅,世界的な広がり,失業増加や世界貿易縮小の程度などからみて戦後最大の不況となった。

6) まず,生産の低下幅をみると,これまでOECD諸国全体の成長率がマイナスとなった年はなかったのに対し,今回は74年のほぼゼロ成長に続き75年も2%程度のマイナス成長と見込まれている。また,後退期間の長さでみても過去の局面ではOECDの鉱工業生産の低下は長くて4四半期(60~61年)であったのが,今回はすでに6四半期後退が続いている。さらに,今回は同時的後退という特徴を持つほか,失業(75年5月,OECD合計で1,510万人)や需給ギャップの拡大(75年央でアメリカ14.5形,西ドイツ9%など戦後最大)も大きく,戦後順調な拡大をとげてきた世界貿易が実質で10%(輸入)の減少を遂げようとしていることに加え,物価上昇下の不況という特徴を持っている。

(2)今回不況の原因

1) 今回の不況が深刻なものとなった原因は第1に,石油及びその他の一次産品価格上昇に伴うデフレ効果,すなわち石油等の価格上昇が国際的に,あるいは国内において購買力の移転をもたらしたが,それが十分消費されなかったこと,第2に,これと密接に関連するが,インフレが貯蓄率の上昇等を通じて不況をもたらす効果がみられたこと,第3に,インフレや国際収支赤字に対してとられた各国の厳しい総需要抑制策が所期の効果をもたらす反面不況を深めたことである。

以上のような基本的な要因に加えて,今回の場合は,各国経済の相互依存関係のすう勢的高まりに加えて,共通の外的ショック下にあって景気後退が同時化しており,このために不況が貿易を通じて増幅し合ったという面も加わったとみられる。

2) 不況の原因を需要項目別にみると,まず過去の後退局面に比べ個人消費の停滞が顕著であった。なかでも自動車需要の減少は著しく,自動車登録台数は,74年には殆んどの国で10~20%の減少をみた。こうした消費停滞の原因は,インフレ下の実質可処分所得の停滞と貯蓄率の上昇によるものであった。

3) また,住宅投資も金融引締め,投機的ブームの反動,住宅コストの増大等から減少した。一方,民間設備投資は,不況過程の前半でもの不足等を反映して比較的底固い動きを示したが,74年下期には急速な下降局面に入り,75年は各国とも実質では大幅な減少が見込まれている。

4) 在庫投資は,石油危機後の調整は遅れたがそれが逆に,74年末から75年にかけての急激な在庫減らしをおこし,景気後退をきわめて大きなものにした(在庫投資の減少は75年上期の7大国の実質GNPの減少のうち8割強を寄与するほどであった)。

5) 不況に伴い主要国の輸入が激減するとともに,74年央頃まで増勢を維持してきた非産油途上国の輸入も減少に転じ,75年には世界貿易は縮小した。こうした世界貿易の縮小が輸出依存度の高い西欧諸国を中心に,輸出需要の大幅な減少を招いた。

6) 今回の戦後最大の不況は,各国経済に大きな歪みをもたらしたが,なかでも失業の増大と財政赤字の拡大は,背景に構造的要因をも含んでいるだけに深刻なものがあった。

(3)先進国の不況と発展途上国及び共産圏経済

1) 石油危機と,それにひきつづく先進国の景気後退によって,74年後半に入って産油国を除く大部分の発展途上国は,石油輸入額の急増,先進国の不況による一次産品・軽工業品輸出価格の低落と輸出量の減少,先進国からの原材料・工業製品輸入価格の上昇などの影響をうけ貿易収支が悪化してきた。

2) なかでも先進国景気後退の影響は台湾,韓国,ブラジルといった中進的工業国に対して大きなものであったが,一次産品輸出国や貧困途上国も交易条件の悪化等から貿易収支の赤字幅が拡大した。こうして先進国の不況は貿易を通じて途上国に波及するとともに,途上国の中には輸入制限が広まりをみせてきた。

3) また,西側の世界の不況は,共産圏諸国の対西側貿易,特に輸出の伸びを鈍化させており,共産圏諸国の貿易赤字が目立ってきた。とくに東欧では西側に対する交易条件の悪化に加えて,ソ連の石油価格引上げもあり,赤宇が拡大し,資金調達の必要性が高まっている。

4) 中国の貿易収支も輸出需要の停滞,交易条件の悪化から赤字となっており,プラント輸入や農産物輸入の削減,石油輸出の促進,外貨流入などの諸対策を講じている。

2.世界不況からの脱出

(1)景気浮揚策への転換

1) 以上みたような世界不況の累積的な深まりは,75年半ばには止まったが,その重要な要因となったものは,インフレの収束などの市場調整力に加えて各国の政策が景気の浮揚へと転換してきたことであった。

2) まず,74年秋頃までは,インフレもなお高率のうえ西ドイツなどを除き経常収支も赤字であったため,各国は引続き総需要抑制策を維持するとともにその枠内で部分的手直しを行い不況に対処した。

3) その後,74年末頃から各国で生産の急落,失業の急増など不況が深刻化する反面,物価,国際収支面に改善の方向がみられたため,総じて74年末以降次々に政策の重点をインフレ抑制から景気浮揚へと移した。

4) すなわち,金融面では公定歩合引下げ,預金準備率引下げ,融資枠の拡大等の措置が西ドイツを始めとして各国で次々にとられ,財政面では個人所得税の減税(西ドイツ,アメリカなど)や社会保障給付の拡充(西ドイツ,アメリカ,フランスなど),投資減税や補助金(アメリカ,フランス,西ドイツ)のほか公共事業の拡大措置が各国でとられた。

5) 今回の各国の景気対策の特徴は,政策当局が物価に強い警戒心を持っていることからそのタイミングの選択もより慎重であり,規模も控え目なものとなったこと,景気対策の手段として,高失業地域・産業に集中した公共投資の増額,所得税減税や振替所得の増額,長期的な観点をふまえた投資刺激措置などが選ばれたこと,財政赤字の下で長期的な赤字を生まぬように対策が配慮されたこと,世界的な同時不況の下で主要な貿易相手国と協調して景気浮揚策を打出す動きがみられたこと,などがあげられる。

(2)景気底入れと回復の実態

1) 戦後最大かつ最長となった今回の世界不況も漸く先進国景気が総じて底入れないし回復してくるにつれて局面を変えてきた。こうした先進国景気の変化は,大規模な在庫調整の一巡,消費や住宅の回復,政府支出の増大,輸出の下げ止まりなどによるものであった。

2) まず,アメリカ景気は75年春に底入れし,その後はほぼ順調な回復を遂げつつある。減税や物価の鎮静化による消費の回復を中心とした最終需要の増勢は過去の同一局面に比しやや弱いが,大幅な在庫調整の一巡という要因のために実質GNPは過去とほぼ同程度の回復テンポとなっている。

3) これに対し西欧では,景気回復は遅れているが,アメリカや日本に次いで,75年秋には西ドイツ景気が漸く回復に向いはじめた。これも消費の回復,在庫調整の一巡などに加え,これまで景気後退の大きな要因となっていた輸出が底入れから上向きに転じてきたことによる。

また,フランスでも,消費の回復,在庫調整の一巡を中心に景気は底入れの兆しが強まりつつある。

4) 一方イタリアや,物価・国際収支上の難問をなお抱えるイギリスでは景気回復に時間を要するとみられるが,アメリカを中心に日本,西ドイツ,フランス等での景気回復は,次第に各国に波及し,世界景気を回復させてこよう。

5) しかし,景気上昇の持続性に関しては,大幅な需給ギャップの下での設備投資の停滞,コスト圧力の残存とインフレ再燃の懸念,高価格原油の存在による国際収支天井の低さなど,従来の回復局面に比べ幾多の困難を持っており慎重な政策運営が要請されている。

第2章 トリレンマの変貌

1.二桁インフレの収束と残された問題

1) 世界景気の同時的拡大と石油危機を契機に多くの国を襲った二桁インフレも,不況の深刻化とともに,一部の国を除いて漸く74年央から75年初にかけて鎮静化の傾向に入った。

2) インフレの収束はまず一次産品価格の低落から始まった。工業原材料価格は74年第2四半期,食料品価格は第4四半期をピークに需給の緩和等により値下がりをみせ,原油価格も需給の大幅緩和の下で落着きを取戻し75年10月のOPECによる再値上げまでは,名目価格でもほぼ横ばいを続け,一部には値下げさえみられるほどとなった。

3) 卸売物価も,74年央より既に著しい鈍化をみせてきた。まず西ドイツ,フランスが74年央,日本は秋口,イタリア,アメリカ,カナダが秋から年末にかけて前月比1%を割り,75年初にはマイナスを示す国が多くなった。

4) 卸売物価の鎮静化に伴い,消費者物価も漸く74年末から75年初にかけて鈍化をみせてきた。OECD加盟国の消費者物価は75年に入って毎四半期,2%台となお高率ながらも鈍化傾向が目立っている。

5) 今回のインフレ収束の原因は,以上のような一次産品価格の下落とその波及に加えて,各国の需給ギャップの急速な拡大,マネーサプライの増勢の著しい鈍化,インフレ心理の鎮静等に求められる。

なかでも需給ギャップ拡大の効果は大きく,主要7ヵ国合計の卸売物価を7%強(寄与率75%)押し下げたと推定される。

6) 一方,賃金上昇は74年春以降むしろ加速化し,不況に伴う生産性の低下と相まって多くの国で賃金コストの急上昇をもたらした。需給ギャップの拡大や一次産品価格の低落にも拘らず,鈍化したとはいえ,多くの国でなお比較的高率の物価上昇を続けたのはこうしたコスト圧力のためである。

7) もっとも,75年に入ると,イギリス,イタリア,カナダで高率の賃金上昇をみているのに対し,日本,アメリカ,西ドイツ,フランスでは上昇鈍化がみられており,特に日本においてそれは著しかった。さらに最近ではアメリカ,日本,西ドイツにおいて景気回復に伴う生産性の上昇も加わって賃金コスト圧力は鈍化してきている。しかし,なおコスト圧力は多くの国で依然としてかなりのものが残っているとみられる。

8) 今回の各国のインフレ対策をみると,主要国では72~73年にはアメリカ,イギリスのように法的所得政策で対処した国がみられたが,今回は総需要抑制策が原油価格高騰によるインフレ高進で一段と強化され,その後インフレがコスト・プッシュ局面に移行してもなお,概ね堅持されたことが特徴であ機関などの信用創造に頼ったこと抑制策をとった国では,不況の長期化,失業の急増といった代価を伴ったとはいえインフレ収束の程度も著しいものがあった。

10)一方,所得減税,間接税引下げ,被雇用者の社会保険負担率の軽減,食料補助金,重要物資の価格規制,企業超過利得吸収等多様な政策手段を組合わせて賃金交渉に影響を与えることによって総需要抑制を補完する政策も北欧諸国やオランダを中心に多くの国でとられ,かなりの有効性をもったことも注目される。

11)以上のように,インフレは漸く収束してきたが,①なお消費者物価上昇率は総じて過去の不況期は勿論60年代の平均上昇率を大きく上回っていること,②賃金コスト及び石油,その他一次産品価格上昇の影響が残っており,景気回復過程で利潤マージンの回復意欲が高まるとみられること,③小幅とはいえ石油再値上げの影響がみられつつあること,など多くの問題を残している。

2. 国際収支調整過程とその評価

1) 1974年には,石油価格上昇によって世界の経常収支はそれまでの先進国の黒字と発展途上国の赤字というパターンから,産油国の巨額の黒字と,先進国及び非産油発展途上国のほぼ同額の赤字という姿に一変した。しかし,75年には産油国の黒字幅が縮小するとともに先進工業国が黒字,非産油途上国,先進一次産品国が赤字という姿に変化した。

2) 先進工業国では,74年に赤字を示していたアメリカ,日本,フランスの経常収支が急速に改善して75年前半には黒字になるとともに,大幅な赤字を記録していたイタリアも75年第2四半期には黒字に転じ,イギリスも不十分ながらも非石油収支は黒字となった。

3) このような先進工業国の経常収支改善の原因は,不況に伴う輸入の減少,不況に加え節約,在庫削減,暖冬等による石油輸入の減少,産油国向け輸出の増大,交易条件の改善などに求められる。

4) 一方で,先進一次産品国や非産油発展途上国は,先進工業国の不況と,交易条件の悪化から赤字幅を拡大したが,とくに,75年にはより貧しい非産油発展途上国の赤字が非産油途上国の赤字の60%(74年は1/3)を占めると見込まれており,問題は深刻化している。

5) 74年中の石油消費国の経常収支赤字は,全体としては,外貨準備の大幅な変動もなく順調にファイナンスされた。その主たる役割を果したのは;先進国や比較的高所得の発展途上国に対しては,米国銀行やユーロ市場であり,市場借入れの困難な国々に対してはオイルファシリティ等の公的機関であった。

6) しかし,75年に入ってからの非産油発展途上国の大幅な経常収支赤字の継続は,とくに市場メカニズムから取り残された途上国のファイナンスの問題を依然として残している。

7) 74年末から75年には,オイルマネーの還流形態は著しく変化した。74年に66%の比重を占めていた流動性投資が75年上期には40%へ減少し,かわりにユーロ債を中心とした債券,株式,非産油発展途上国への直接投資や援助が増大している。

8) 為替相場の動きをみると,ドル相場は,米国金利の急速な低下,米国景気後退の深刻化等から74年10月以降75年3月に至るまで先進主要国通貨に対して下落を続けた。しかし,75年6月中旬より,逆に米国金利の反転上昇と欧州金利の低下,米国貿易収支の改善,米国景気の回復などによって強調に転じている。

9) 主要国通貨が73年2~3月に相次いでフロートに移行して以来,2年半を経過したが,その間,投機的な短資の動きを少なくし,インフレの波及をある程度遮断したとみられる反面,世界貿易に対して悪影響を与えたとみることは難しく,現行のフロートは概ね支障なく機能してきたものと考えられる。

10) 75年中の国際通貨制度の動きをみると,IMF出資金の増資(32.5%)や,金の公定価格の廃止,金による支払義務条項の削除など金の貨幣的役割を徐々に低下させる方向での合意に加え,通貨当局の市場介入等により為替相場の安定化を図る方向での米仏の歩み寄りがみられた。また,石油危機に端を発した国際収支難に対するファイナンスのため,IMFオイルファシリティの拡大,金融支援基金の設立,IMF特別信託基金の設立が合意された。

3.石油需給の緩和と一次産品価格の低落

1) 74年には,世界の石油消費量は,1.2%減少したが,とくに米国,日本,西欧などの純輸入国の消費減少は4.9%と大きく,その結果在庫の増加にもかかわらず石油輸入は約3%減少した。

さらに75年に入ると,引続く消費の減退に在庫の調整が加わって,OPECの石油生産はサウディアラビア,クウエイト,リビアを中心に前年に比べ11%もの減産が見込まれている。

2) このような石油需給緩和の原因は,先進工業国を中心とした不況による所得の減退に加え,石油価格上昇の効果,暖冬の影響や消費抑制措置によるものであった。

3) 石油価格は,74年初の大幅引上げ後も,OPECによる利権料,所得税率の引上げ等のかたちで値上げされてきたが,74年末から75年には石油需給緩和の中で,運賃・品質プレミアムの見直しや一部の販売価格の引下げも行われてきた。しかし,75年9月には,OPECの輸入価格の上昇,世界景気回復の見込みという背景の下で,プレミアムの調整の余地を残しつつも10%の引上げが決定された。

4) 一方,石油以外の一次産品価格は,世界不況の下の需給緩和の中で大幅に低落し,72年後半以来の上げ幅の半分をもどした。

5) このような商品相場の騰落の原因を,重要商品である小麦及び銅についてみると,小麦価格は,在庫の減少と輸出の増大から74年第1四半期にかけて上昇した後,生産の増大,輸出の減少から75年第1四半期にかけて下落している。また,銅相場も,在庫,世界景気,資金量などによって影響されていることがわかる。

6) もちろん,農産物については人口問題,非鉄金属については公害問題,産出国のナショナリゼーションなどの構造的問題があるが,今回の場合も需給の急変が価格の大幅な変動の主因となったのである。

第3章 世界経済の中期的成長を取りまく諸問題

1.先進国成長条件の変化

1) 主要先進諸国の中期的な成長要因をみると,労働力の面からは殆んど変化はみられないが,最近の投資の減退から各国で資本ストックの伸びが鈍化していることに加え,エネルギーの相対価格の上昇に対する調整期間において資本効率の低下をもたらすため,中期的な潜在成長力は若干低下する可能性がある。

2) しかし,各国は現在大幅な需給ギャップ(多くの国で75年上期には10%程度)と高失業を抱えており,今後数年間,物価と国際収支と両立させながらかなり高い成長を持続することによって完全雇用の達成を図ろうとしている。

3) アメリカでは,現在需給ギャップが13~14%に達しており,76年から80年までに平均6.5%の成長によって失業率が80年に5.1%に低下するものと見通されている。しかし,根強い物価上昇圧力を背景としているため,この中期的見通しを達成するための政策選択の幅は著しく狭められている。

4) 西ドイツ新中期財政計画でも,現在の大幅なギャップを背景に76~79年の成長率を平均5%としているが,潜在成長経路への復帰は漸進的に行うことが意図されており,同時に財政赤字の縮小,設備投資の促進という構造問題が重視されている。

5) フランスでは,現在,第7次経済社会発展計画(76~80年)を策定中であるが,現在の需給ギャップを縮小していく過程でインフレ圧力の強さとともに,経常収支天井の低さが問題となっており,国際環境に大いに依存するとみられている。

6) 安定成長を目指す各国の政策対応をみると,適切な総需要管理政策とともに潜在成長力に対する制約を引上げる政策が意図されており,今回の景気浮揚策のーかんとして,中・長期的観点をふまえ,アメリカ,西ドイツ,フランス等で各種の投資刺激策(税額控除及び補助金)が実施されていることが注目される。

7) さらに,福祉政策についても,西ドイツやアメリカでは,巨額の財政赤字の下での全般的な歳出抑制の中で,「量から質」への転換過程にあるものとみられる。

2.発展途上国経済の成長条件の変化

1) 60年代以降の発展途上国経済は中進工業国,一次産品輸出国,貧困途上国などに分化してきたが,石油危機以降は,産油国と非産油国の分極化が更にこれに加わった。

2) 過去10年間の動きをみると,比較的工業化の進んだ韓国,台湾,ブラジル,イランなどでは鉱工業生産のみならず農業生産の伸びも順調であり,ビルマ,インド,スリランカ等の諸国との格差が拡大している。

3) 72~73年の一次産品価格の高騰は,一次産品輸出に依存する発展途上国に恩恵をもたらしたが,交易条件の改善も2年のみで75年には悪化し,産油国を除いては,国際収支を大きく圧迫することとなった。

4) こうしたなかで,最近の経済協力の動向をみると,実質でみた援助額の減少(74年),政府開発援助の比重の低下,低所得発展途上国への援助の停滞などの諸問題を抱えている。

5) 以上の状況を背景に,75年に入ってから,中低所得国を対象に,IM Fオイルファシリティに関する利子補給勘定の設置(最も深刻な打撃をうけた低所得国のみを対象),IMF特別信託基金の合意,IMFの輸出変動補償融資制度の拡充の検討等の多面的な努力が行われている。

6) 今後の途上国の発展の方向をみると分極化によって,各国の進む道は多様となり,先進国からの経済協力もこれに対応する変化が必要とされるようになってきた。

まず産油国は有利な立場にあるものの,技術的,人的資源の不足,インフラストラクチャーの未整備といった構造問題,さらには国際収支の問題やインフレの高進等の影響が現れている国もあって,開発計画の慎重な検討が望まれている。先進国の経済協力としては主として開発推進のための全般にわたる技術協力を中心とすべきであろう。

7) 中進的工業国発展には先進国市場の開放と国際分業関係への考慮も重要であり,先進国の経済協力も民間ベース資金協力と技術協力が必要とされる。

8) 非産油一次産品国は,発展段階が様々であるがいずれも農業または鉱業が経済開発の鍵を握っているので,先進国による一次産品の安定的輸入が望まれるとともに自助努力を助けるかたちでの政府・民間の経済協力が必要である。

9) 貧困途上国(LLDCまたはMSAC)においては,経済開発は食料生産の増大,インフラストラクチャーの整備をはじめとし教育や保健衛生等社会開発にも重点をおいた基礎的な開発を一歩一歩地道に進めねばならない。

先進国の経済協力も政府開発援助の重点的配分をこのグループに行うことが望まれる。

3.共産圏経済の成長変化と新計画

1) 過去25年間,中国経済は年率5.6%の成長を遂げ,74年の国民総生産は,米,ソ,日,独,仏に次ぎ世界第6位になったと推定される。しかし,なお1人当りGNPでは243ドルと依然後発発展途上国並みに止まっている。

2) 中国経済の成長条件は,潅漑,化学肥料,品種改良などによる農業生産基盤の強化,石炭,鉄鋼などのネック産業と石油,機械,化学品などの成長産業の間の資源配分,先進国からの技術及びプラント輸入とそれをまかなう外貨などによって規定されるとみられる。

3) これに対して,76年より実施予定の第5次5ヵ年計画(76~80年)は,80年を目標とした農業機械化の実現と,石炭,石油ともに重要エネルギー源として向う10年間に石炭生産の機械化を実現すること,そのためには,外国からの技術及びプラント導入も積極的に進めることが明らかにされてい。

4) 75年に完了するソ連の第9次5ヵ年計画は,国民所得,工業生産,農業生産のいずれをとっても,目標に達せず,消費財の優先的発展も実現されずに終ろうとしている。その原因は,貿易が計画を上回る伸びを示したものの,農業不振,投資効率の悪化等が響いたものと考えられる。

5) これに対して東欧では,5カ年計画は国民所得,工業生産とも達成が見込まれ,農業生産も74年までは順調であった。しかし,その反面,対外的には貿易赤字が急激に増大しつつある。

6) ソ連及び東欧経済の成長条件をみると,労働力需給の逼迫,資本効率の低下などが共通にみられるほか,コメコンの主要な資源供給国であるソ連で採掘条件が悪化しているなどの問題がある。このため,各国の新5ヵ年計画で予定される成長率は71~75年より低下するものとみられる。

7) このような条件の下でソ連,東欧経済にとっては,新しい5ヵ年計画の実施に当り,特に技術進歩と資源開発が重要となっており,西欧の技術,設備,資金面での協力に依存するところが大きいが,最近の西側の信用供与の増加は注目される。

4.世界の均衡成長と国際経済政策

1) 世界経済を安定的な成長軌道に乗せるとともに国際的な均衡を維持していくためには,先進国間及び先進国と発展途上国との間に国際的な協力がますます必要となっている。

2) まず,先進国間の協力では,第1に,各国経済の密接な相互依存関係の認識の下に,国際的に景気政策を協調して行おうという,ECなどでみられる新たな動きが重要である。第2は,ガットにおいて75年2月より実質的交渉が始まった関税引下げの他非関税障壁の軽減を含む多角的貿易交渉の促進やOECD閣僚理事会における貿易制限自粛宣言の延長等による世界貿易拡大への努力がなされていることである。

3) 次に,南北間については,OPECによって触発された資源ナショナリズムの高まりの中で,発展途上国によって主張されている資源に対する恒久主権や生産国カルテル,価格インデクセーションなどの新国際経済秩序の要求にいかに応えるかが大きな問題として登場している。

4) しかし,75年には,発展途上国,先進国双方に歩みよりの気運もみられてきた。ECとACP(アフリカ,カリブ,太平洋諸国)との間で輸出所得安定化等の措置を決めたロメ協定や,第7回国連特別総会において従来対決姿勢をとってきたアメリカが輸出所得安定化や途上国への民間資金の増大のための提案を行ったことはそのあらわれである。

5) 今後も,75年12月に予定されている国際経済協力会議における産油国,石油消費国の対話や76年5月の第4回UNCTADにおける一次産品総合プログラムの検討等がいかに進展していくかが注目される。

むすび

1) 世界経済の現状をみると,アメリカ景気は回復軌道を歩み,日本も緩慢ながら回復基調にあるのに加え,西ドイツも回復に入ったことを示す指標が現れ,フランスもほぼ底入れしたものと思われる。このように現在,世界不況にも漸くその一角に脱出の曙光が見えはじめるようになった。

2) 景気回復の曙光を確実なものとし,安定的な成長経路へ復帰させることが,現下の各国最大の課題である。その目標を達成するためには,まず各国の国内政策上の対応として,政策発動の機動化とそのための制度的整備,政策手段の多様化,中期的展望の明確化等が要請される。

3) 同時に国際経済面では,自由貿易の維持と拡大が世界経済及び貿易の回復にとって重大であるが,この点に関し,特にわが国のリーダーシップが強く発揮されるべきであろう。

4) 世界経済の安定的成長に対する基本的条件の一つである資源の安定的供給については,途上国の新国際経済秩序確立の要求をいかに受止めるかが問題となる。ここにおいてECとACP諸国の間で締結をみたロメ協定が示唆するような資源保有途上国の輸出所得の安定化,工業化への多面的な協力が重要であろう。さらに,不測の事態に対処しうるよう備蓄水準を確保することも安定的成長に不可欠である。

5) 途上国の分極化の傾向は石油危機によって一層顕著となり世界不況の中で貧困途上国の困窮度は著しく高まった。このため,援助については,政府開発援助の貧困途上国への集中とともに,分極化した途上国の態様に適合し,多様化した態勢をもって応ずる必要があり,技術,経営能力等の貢献の重要性がますます増大している。

今,一群の先進諸国は,協力して世界経済を戦後最大の不況から脱出させる先導国としての役割を担うことになった。われわれの当面の目標は,インフレ再燃を防ぎながら,できる限り速やかに順調な回復軌道にのることである。

同時に,われわれは日本経済の安定した持続的成長が,世界経済の均衡ある発展に結びついてのみ可能であることを認識し,その安定度を増加するために尽力する必要がある。これは自由貿易と市場メカニズムの活用により,世界経済が最も効率的に機能することを基本としながら,資源問題や途上国開発に,従来にもまして多面的角度から取組むことである。

新たな回復局面の展開すべき劈頭の時期にあたり,各国が日本に寄せる期待は大きい。われわれは世界経済が安定した繁栄に向って発展するために,できる限りの積極的貢献を行う用意をもつべきであろう。


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