昭和49年

年次世界経済報告

世界経済の新しい秩序を求めて

経済企画庁


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第3章 供給制約に対応する世界経済

第4節 供給制約と南北問題の新たな展開

(1) 供給制約と各国経済

供給制約と一次産品価格の高騰は,各国経済にいかなる影響を与えたであろうか。

まず,国連資料によって長期的な動向をみると,73年末の一次産品と工業製品の交易条件は50年当時とほぼ変わらない。しかし,それは主に70年以後の一次産品価格の急上昇によるものでありそれまでの20年間は一次産品の交易条件は次第に不利化していた(第3-24表,第3-21図)。

すなわち,そこには,一次産品輸出国にこの20数年間不利な交易条件が続き,さらには,全般的に,石油を除き,発展途上国の輸出する一次産品の価格上昇率は先進国のそれより低いという問題もあった。

一次産品の輸出価格を先進国と発展途上国に分けて考えると,73年までは先進国の輸出価格の方が有利で,この関係が逆転したのは74年に入ってからである。しかも,これは主として燃料の急上昇によるもので,燃料を除いた発展途上国の輸出価格はそれほど先進国を上回っていない(第3-22図)。

発展途上国の交易条件を地域別にみても,73年では中近東が著しい改善をみせていることがわかる(第3-23図)。

国連統計(M.B.S)によって71年から73年の輸出増加をみると,産油発展途上国が大きく輸出シェアを伸ばし,反面,先進国は頭打ち非産油途上国は,シェアが低落している。

これを,価格と数量の要因別に分けてみると,先進国では,価格上昇による分56.7%,数量増による分43.3%,非産油発展途上国ではそれぞれ34.0%,66.0%,産油発展途上国ではそれぞれ58.9%,41%となって,先進国と産油途上国では価格上昇による分の方が大きく,非産油発展途上国では価格上昇による分は小さい(第3-24図)。

すなわち,非産油発展途上国は今回の輸出価格上昇の恩恵が相対的に最も少なかった。

また,71年以降の一次産品価格高騰の内容をみても,先進国の輸出シェアの大きい小麦,米,牛肉,羊毛,亜鉛などの上昇率が高い。一方,発展途上国のシェアの大きい産品の価格は原油を除いては,これらに比肩するものは少ない(第3-25図)。

このような輸出変化の影響は外貨準備や国際収支にも現れ,産油国の外貨準備は74年5月に73年末比82.7%と大幅に増加している。世界全体の比重でみても産油国が71年末の6.8%から74年5月末の14.1%へ拡大した(第3-26図)。

この結果発展途上国間において産油国と非産油国の間にますます大きな経済格差が生じている。

また,非産油途上国の中でも,価格の上昇率の高かった品目の輸出比率の大きい国と,上昇率の低かった品目の比率の大きい国とで明暗の差が著しい。

例えば肉類のアルゼンチン,パラグァイ,木材のフィリピン,ビルマ,マレーシア,米のタイ,ビルマ等軒並みに貿易収支が好転していた。

逆に上昇率の低かったコーヒー,バナナ,銅,ボーキサイト等に特化している国々は軒並み,貿易収支の伸び悩みや悪化をみせた。とくに中南米に集中しているコーヒー,バナナ輸出国は同時に木材や石油を輸出していたホンジュラスやエクアドルを除くと芳しくない。

以上のように石油による南の間の経済格差のうえに石油以外の一次産品によっても,さらに格差が生じている。

資源の供給制約が与えた影響は,単に世界を,資源保有国と非保有国に分離しただけの問題にとどまらず,このような供給制約の原因となった資源ナショナリズムを通じてこれまでの「南北問題」に最も深刻な影響を与えることとなった。

(資源ナショナリズムと南北問題)

資源ナショナリズムとは,一般的に国民経済自立の達成を目的とし,このための手段として各国が保有する資源を最大限に活用しようとする一連の考え方と政策の体系を意味するといわれている。このような資源ナショナリズムが発展途上国を中心に起ってきた背景の一つには,自国の資源の開発に際し,自国への利益還元が期待通りでなかったこと,南北の経済格差が依然として縮小しないことに対する南側の不満のうっ積がある(第3-25表)。

今回のアラブ諸国の石油戦略の一応の成功はこれまで北側先進工業諸国の圧倒的な力のために,みずからの要求の実現が困難であった南側諸国が自国の資源を戦略的手段として使用することにより,「北」を含む全世界に大きな影響力を行使できるようになったことを意味しており,これは,「南」側に対して,大きな自信を持たせるとともに資源ナショナリズム高揚の決定的契機となった。

このような発展途上地域の資源ナショナリズムに,世界的に基礎づけを与え,法律的,理論的根拠となってきたのが,国連における天然資源に対する恒久的主権の決議である(第3-26表)。

国連においては,第7回総会(1952年)に「主権国家によるその天然資源の国有化および自由な開発の権利」と題する決議案が提出されたのを始めとして,以後第15回総会(1960年)を経て,62年の第17回総会で,初めて天然資源に対する恒久的主権問題が決議された。

南側はさらに第21回総会(1966年)で決議内容を一層強化し,第25回総会(70年),第27回総会(72年)で,一応法律上,原則上は発展途上国の天然資源に対する恒久的主権が認められることとなった。

今回の中東の石油戦略は,資源ナショナリズムが単に国連の場における議決に終始するのでなく,実際に行動に移されることを示したものであり,74年4月の資源特別総会は,発展途上国(77カ国グループ)の強い団結力を見せつけたばかりでなく,南北問題にとって大きな意味を持つといわれる宣言を採択している()。

続いて行われた6月の海洋法会議,8月の世界人口会議においても,海の資源,人口資源をめぐって南北の鋭い対立が見られた。海洋法会議では海底資源を含めた有限な資源を可能な限り自国の主権の管轄化にとりこもうという南北に分かれての国際的な資源争奪戦がみられた。

すでに領海12カイリ,経済水域200カイリは広く主張されているところであり,新しい「海の秩序」は従来の先進海洋国中心から発展途上沿岸国中心へ大きく変化しようとしている。

このような南北の対立は,11月の世界食料会議でもみられるが,一方では,発展途上国間の対立も次第に顕在化しつつあり,新しい問題をなげかけている。

次に,個々の国における資源ナショナリズムの動きをみると,1930年代からその萌芽がみられ,その形態は主として「国有化」としてあらわれている。

発展途上国にとって,資源の恒久的主権の行使対象は,まず自国内に進出して高収益をあげている「多国籍企業」にむけられた。

30年代の中南米の石油国有化の動きは,イランやインドネシア等に拡まったが資源ナショナリズムが実質的な成果をあげるようになったのは,ようやく1960年代後半になってからである。

このような資源ナショナリズムの動きは,一国ベースだけでなく同じ資源の保有国同志が結合団結して行動する場合,強力なものとなる。60年結成のOPEC,68年結成のOAPEC,CIPECなどがその好例である。

以上のように,資源ナショナリズムを背景に,自国資源を高価格で売ることに成功して経済的自立を可能にした国が発展途上国のなかにあらわれたのに対し,そのために,もう一方では売るべき資源を持たないか,価格上昇の低い一次産品しか有しない国が存在して,ますます相対的に低落していき,深刻な「南北問題」を惹起している。しかも南北を含む世界の経済関係が非常に密接化していることから,先進工業国や産油国等は,もはや,このような最も貧しい国々の問題を避けて通れないところに「南北問題」の新しい展開がみられる。 それでは,このようななかで発展途上国はいかなる発展戦略をとるのであろうか。

(2) 発展戦略と新たな援助の方向

南北の経済格差是正の問題は,いかなる開発戦略を採るかということと結びついている。

発展途上国の経済開発を主導する貿易の拡大については,工業化による工業製品輸出拡大による戦略と,一次産品輸出拡大による戦略とに分けられる。

従来開発政策の主流と考えられていた工業化による発展戦略の代表であるプレビッシュ報告が,72年以降の一次産品革命でいかなる変容を迫られるであろうか。プレビッシュ報告によれば発展途上国の「貿易ギャップ」はますます拡大する傾向にある。それは1人当たり所得が増大していく過程で一次産品に対する需要が工業製品に対する需要より伸びが著しく立遅れるからで一ある。しかも一次産品生産は需要変化に急速に適応できず,自由な市場の作用によって,工業製品に対し価格が相対的に下落する傾向をもつ。したがって従来の世界貿易秩序を改め,南に有利な片務的,差別的待遇を過渡的に認める必要がある。しかも南は輸出所得を伸ばすために工業製品,半製品の輸出を伸ばすことが必要であるとしている。

しかし,今回の一次産品革命によって,プレビッシュ報告の前提条件が少なくとも短期的には変化しているなかで発展戦略はいかに変るであろうか。 南の開発戦略の最終目標を「工業化による工業製品輸出拡大」に置くとしても,それは,すべての国にとって共通な政策ではなく,一部の資源保有国にとって高水準に推移している一次産品の輸出拡大によって外貨獲得を行い,これによっても工業化を促進するという二段階の過程をとる方式がまず第一に考えられる。

UNCTADによれば,73年から,74年にかけて発展途上国全体の石油輸入増は約70億ドル,食料・肥料の輸入増は100億ドル,さらに工業製品の輸入増は70~100億ドルと見積られているが,問題はこれら輸入価格の上昇がとりわけ資源価格の上昇によって相殺できない貧しい国々(非産油発展途上国の中で,さらに取り残された国々)の開発戦略である。 このような非資源途上国は2種類に分けることができる。

1つは,国情が工業化とは程遠い産業開発以前の状態にある国々であって,まず農業の位置を中心に据えて,基本問題としての食料の自給率を高めるとともに,国民の教育水準を高めたり,インフラストラクチュアを整備したりする地味な努力が課題となっている。

援助額に比べ,決して少なくない食料輸入に追われているこれらの国々では,石油価格高騰や工業製品輸入価格の上昇によってさらに追打ちをかけられ深刻な窮地に追い込まれているので,なによりも援助の拡大を優先しなければならない。そして自助努力としての食料自給率の向上は,経済開発余力を高めることとなる。

もう1つは,輸出する資源や農産物を持たないが,ある程度,工業化が進んでいる国にとっては,それをさらに推進する道があろう。その際の工業化は輸出指向型工業化が考えられる。それは,輸入代替型工業には国内市場の狭小さとこれによる生産規模の限界,非効率性温存の可能性の高いこと,などの問題があるからである。

いずれにせよ,発展途上国が工業品輸出拡大によってその産業構造,貿易構造を高度化させるには,輸出促進政策等の遂行が必要であるが,同時に発展途上国の輸出工業製品の60%が先進国向けであることから先進国の発展途上国からの輸入政策が発展途上国製品の輸出拡大を左右する大きなポイントである。

そこではこの争点となった農産加工品を含めた特恵供与は発展途上国の貿易拡大のための諸要求の1つにすぎず,このほか,技術援助等をも含めた体系的な総合的援助が必要であろう。

(新しい援助の方向)

発展途上国の発展には援助拡大が不可欠であることは,言うまでもないが,それに伴う問題点もまた多い。最近の経済協力に伴う問題点を簡単に整理すると,①発展途上国の債務累積増の問題,②援助額と インフレによる目減りの問題,③先進諸国の援助余力の低下の問題,④援助内容と条件の改善の問題,⑤産油国収入の増大に伴う新しい援助の流れの問題等が挙げられる。

DAC統計によれば1972年の発展途上国全体の債務額は約750億ドルで,74年には800億ドルを越すだろうと言われている。

そのうちDAC諸国に対する負債は519億ドル(全体の69%)で社会主義国に対する56億ドルの約9倍となっている。また石油輸出国と1人当りGN Pが600ドル以上の国(人口では発展途上国の23%にすぎない)の負債は57%となり,このことは発展途上国の中でも人口も多く貧しい国ほど援助額が.少なかったことを意味している。

DAC諸国の経済協力の推移をネットフローベースでみると73年には238.8億ドル(民間ベース49.8%,政府ベース50.2%)で10年前の63年の85.7億ドル(民間ベース29.8%,政府ベース70.1%)と比べると金額で2.8倍に増加したことになり,しかも民間ベースの割合が上昇し,政府ベース分が低下している(第3-27表)。

そのうち最も必要とされる政府開発援助分(ODA)が次第に低下しており,援助総額については国連目標のGNPl%を達成できるとしても,OD A0.7%の目標は現状のDAC諸国平均0.3%程度からみれば,非常に難しい数字となっている。

また,73年の対前年比援助率は20.1%と近来にない高い伸びを示しているが,先進国の輸出価格上昇率をみると,OECD諸国全体で10.5%,最も援助の多いアメリカで(DAC加盟主要5カ国中72年37.5%),16.3%も上昇しており,このことから発展途上国の輸入価格上昇がうかがわれ,援助額の増加の半分以上がインフレによって目減りしていることがわかる。

また発展途上国の72年末負債750億ドルのうち,返還分が90億ドル(うち利息分26億ドル,元本分64億ドル)あり,年々,返還分が増加していることから74年には約100億ドルを上回るものと考えられる(第3-28表)。

世銀の見通しによれば74年の発展途上国の貿易赤字は約200億ドルと見込まれ,返還分と合せて74年に最低300億ドルの調達が必要になるであろう。

また,民間投資収益と公的債務償還だけで援助総額の約9割となる。民間べ一ス援助の増加から,利子負担がますます過重になっており,このような債務累積をいかに払拭するかが大きな課題となっている。発展途上国にとって当面これのファイナンスをしなければならないが,世界的な景気後退に加えて,石油や一次産品の輸入価格高騰で先進国の国際収支が軒並み悪化している状況では,極めて困難な問題である。

先進国の一様の不況で,民間ベースの援助がかなり停滞あるいは減少するとともに,政府ベースの援助もすでに米国で議会や予算等において援助削減の方向が見られるなど見通しは明るくるく,74年は73年の水準240億ドル (ネットフロー)を維持しうるかどうか疑問である。

そこで最も期待されるのが石油収入の増大したアラブ諸国からの援助導入拡大であろう。米財務省の発表によれば,1~8月までに運用されたオイルマネーは250~280億ドルに達するがこのうち,先進国に約120億ドル,ユーロ市場に100~130億ドル,一方発展途上国には直接あるいは,国際機関を経由して流れた分は30億ドルであるとされている。

また,ユーロ市場からの発展途上国の借入れをみると,IMFによれば73年が約91億ドル(全体の45%,先進国111億ドル)に対し,74年上半期だけで60億ドルとなりすでに73年の2/3に相当する大きさとなっている(第3-29表)。

一方,先進国側は,74年前半だけで,131億ドルと73年の111億ドルをすでに20億ドル上回っているほか,借入れ比率でも先進国に偏向している。こうした偏向を是正するため,9月に開かれたIMF・世銀総会では民間ベースや政府間ベースのオイルダラー取入れは,①各国が競争に走り,金利上昇につながる,②発展途上国に不利,③オイルダラーを特定国に偏在させるとして,第3のパイプとして国際機関経由のオイルダラー還流強化が主張された。

IMFではすでに石油特別融資制度(オイルファシリティー)を発足させ(8月)33.7億ドルを集め,主として非産油発展途上国へ融資しているほか,拡大融資制度(9月)の設立を行っている。

国連でも今春の資源特別総会で決ったMSAC(Most Seriously Affected Countries)への緊急援助計画の具体化が進められ国連の調べでは74年11月初旬現在で各国あるいは関係国際機関から合計27億ドルの援助が確約されている。

その他,産油国独自に多くの援助基金や銀行を設立しているが,これらを総合しても発展途上国のファイナンスはまだかなり不十分である。マクナマラ世銀総裁によれば,交易条件指数(1967~69年=100)は,主要産油国が73年の140から80年には350に急上昇するのに対し,鉱産物輸出国は102で停滞,さらに非資源発展途上国は1人当たりGNP200ドル以上の国では104から95,または200ドル以下の国は95から77へ悪化する見通しとなるとしている。

そして成長率も発展途上国に対する資本(援助)の流れが73年から80年の間に,実質で200~300億ドル増加するとしても200ドル超の非資源発展途上国では65~73年平均の4.3%から74~80年には3.4%へ,200ドル以下の国では1.1%から△0.4%へ転落する見通しである。こうした予測が現実化しないためには,発展途上国への「資金の流れ」を大幅に増強,中でもインフレで目減りしている公的援助を増やす必要を指摘している。

したがって,当面はもちろん,長期的な援助計画においても,産油国の協力が必要不可欠である。

(国際経済関係の変化)

南北問題は単に北と南の経済格差の問題として理解されるべきではない。資源問題の顕在化は,大きな国際収支の不均衡をもたらし戦後4分の1世紀にわたり国際経済の基本的枠組であったIMF・GATT体制に衝撃を与えたばかりでなく通貨制度改革などの新秩序形成の歩みを停滞させることになった。アメリカのイニシアティブの下で設立されたIMF・GATT体制(ブレトンウッズ体制)は,アメリカ自身の経済力の相対的地位低下から, 崩れていき,今や国際関係において,かつてのアメリカのような圧倒的なリーダーシップを取りうる国はなく,国際関係は多極化,多元化している。 このようなときに資源を武器とする発展途上国の戦略は,新秩序を模索する国際経済の中で,それらの国の発言力を著しく高いものにした。 今後,新たな通貨秩序,貿易秩序,それに資源秩序が形成されていく時発展途上国は,ブレトンウッズ体制形成時のような受動的な地位ではなく主体的な地位において,参加することになろう。

とくに資源秩序の形成においては,世界は,資源を持てる先進国,持たざる先進国,持てる発展途上国,持たざる発展途上国の4つの世界に分類されることが予想され,持てる発展途上国が先進国化し,既存国際経済秩序に対する急進的な改革を要求するとともに,一方では,持たざる発展途上国との関係が複雑化する可能性も残されている。

このような南の中での関係の複雑化は,いわゆる「南々問題」として新たにクローズアップされて来ており,資源を持つ発展途上国の経済協力の進展,が期待される。他方先進国との関係においても,もたざる南の諸国からの窮状の訴えが強まることが予想され,先進国の今後の対応も「南々問題」の展開のとって大きな要因となろう。