昭和49年

年次世界経済報告

世界経済の新しい秩序を求めて

経済企画庁


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第2章 世界インフレの高進

第3節 インフレとの闘い

以上みたように,現在のインフレは大幅に加速し,その要因も複雑化し,また景気停滞下にも拘らず進行しているなどの特徴を持っており,これに対する対策は従来と異なった新たな難しさを伴うものである。以下,このような状況下において,各国がいかにこの困難に対して闘っているか,またその中で新事態に対応する政策がいかに生まれてきているかをみよう。

(総需要管理政策)

インフレ対策がいかに多面的となってきても,その中心はあくまでも総需要の適切な管理にある。

先進国では戦後インフレ対策として何らかの形の総需要抑制政策を多く導入してきた。とくに,昨秋来の二桁インフレは,資源制約という供給側の新たな条件の下にあるだけに,総需要の有効な抑制がいっそう緊急とみられ,その他のインフレ対策とともに,総需要抑制政策を強化する国がふえたが (第2-16表),このことは第1章でも述べた通りである。

総需要管理政策において,第1に重要な問題は,そのタイミングである。適切なタイミングを失した総需要抑制政策は物価抑制に十分な効果を挙げられない傾向がある。従来の経験をみると,各国とも経済見通しの難しさ,外的条件の急激な変化,政治的配慮等の理由から総需要抑制のタイミングが遅れた例が数多くみられる。

今回の景気過熱期についてみても,各国別に局面の時間的相違や程度の差はあるが,西ドイツが政策転換を先導し,72年秋,景気が過熱する以前に引締めを開始した。これは年初以来の予想外の急速な好転を反映して消費者物価の高まりがはげしくなり,9月に6.2%と政府目標4.5%を大きく上回ったことによるものであるが,10月の公定歩合引上げに端を発し,さらに73年春より財政金融両面にわたる本格的な引締め政策が実施された。

引締め開始当時の西ドイツは堅調な内外需要に支えられながら大幅な工業生産活動の上昇が見られ,稼働率や労働力にもなお余裕を残し,経常収支は黒字幅を拡大していた。引締めの強化によって73年春以降景気上昇は鈍化し,秋には停滞局面に入ったが,石油危機以前に過熱的な状態から完全に脱却していた西ドイツは,このような緊急事態に際しての適応態勢が主要国中最も整っていたと考えられる。引締めの解除に関しても,74年1月には財政面の施策が解除され,金融政策の緩和について,最近の情勢よりみれば他の主要国に先がけて政策転換の様子が窺われる。

これに対してアメリカをみると,71年8月以来の価格賃金の直接規制措置は長期にわたると市場メカニズムのゆがみによる負担が増大するとみられたため,73年1月緩和され第3段階に入った。その後,規制の反動と世界的食料品価格高騰などにより第2四半期以降卸売物価は2桁上昇となった。この間,鉱工業生産は,72年以来の活況を持続し第3四半期には操業率も83%に達し,基礎資材など一部の部門ではあい路が発生して,これが物価の高騰を更に促進することとなった。

このような状況下にあって公定歩合は73年1月より8月までの間に3%引上げられた。しかし,インフレ対策の主眼はいぜんとして価格賃金の直接規制措置におかれ,73年度の財政は終始刺激的に運用された。こうして財政の引締めへの転換はおくれ,前述のように73年7月と10月の数十億ドルに及ぶ支出削減によって均衡化への補正が行われた。その後,74年春から夏にかけて金融引締め策を中心にインフレ対策が進められたので後半に入って景気後退色が一層強まった。

イギリスにおいては需要拡大政策によって72年後半より鉱工業生産が回復しはじめたが,その後急拡大に転じ,需給ギャップも73年の中頃にはほぼゼロとなった。失業率は2.2%と4年来の最低水準となった。72年第3四半期以来,貿易収支の赤字幅は拡大を続け,73年第3四半期には総合収支も再び赤字化した。政府はフロートの活用と,72年11月以来の強制力を伴う所得政策によってそれに対処し,拡大基調を維持したが,物価,賃金の急騰にみられるようにこの間インフレ圧力は漸増してきた。そして遂に内外金利差縮少を原因とする短資流出とポンド低下に処する金融引締めが発動され,最低貸出し金利は7月20日11.5%に上昇,さらに11月13日には13%という史上最高の水準に引上げられた。また,石油危機が深刻化した12月には財政金融を総合する総需要抑制策が発表された。

このように今回の引締め実施のタイミングはその後の各国におけるインフレとの闘いの基礎条件を大きく左右することになった。

以上みたことは,また第2に,物価上昇の原因に適合した政策を選択することの重要性を示している。73年の需給ひっ迫の時期に価格賃金統制を割当てたアメリカ,イギリス等の成果が良くないのに対し,需給ひっ迫に対し,強力な総需要抑制等を割当てた西ドイツで相対的な物価安定が実現されている。

第3は,総需要管理のための手段である。各国とも従来インフレ対策としては,概して財政政策が機動性に欠け,増税等が政治的に不人気であることなどの理由から金融政策に偏りがちであった。しかし,ここでも,今回の場合,西ドイツは73年春,金融面とあわせて財政面から強力な引締め政策をとったことが特徴的である。もともと,西ドイツは,1967年経済安定成長法成立以来,他国に比べ財政面を重視し,またその機動性がより確保されているが(),73年春には公共投資の繰り延べの他,投資税(10%)の一時的導入と定率償却制の一時的停止,住宅建築に関する特別償却制の廃止,法人と高額所得者に対する安定付加税の一時的導入などの税制面からの引締め措置をとった。このような積極的な財政政策の活用が,先に述べたタイミングの早さと為替レートの適切な調整と相まって,西ドイツの今日の他国に比べて著しい相対的物価安定をもたらしているものと考えられる。

このような西ドイツのインフレ対策と類似の対策は,遅ればせながら,73年に入ってフランス,イタリア,アメリカ等でとられ,ないし提案されてきた。74年6月におけるフランスの新インフレ対策には,中高所得者に対する5~15%の一時的増税,法人税の一時的増税(税額の18%),設備投資につき減価償却率の変更,インフレによる自然増収の不歳出化等の措置が,不動 産所得への10%特別課税,歳出削減(10億フラン)等とともにとられている。 さらに,74年7月には,大幅な財政赤字がインフレの大きな原因となっているイタリアにおいても,法人税の引上げ(25→30%),奢移品に対する付加価値税引上げ,自動車,建物などの保有に対する臨時課税等の措置が,脱税防止,公共料金引上げ等とともにとられている。また,アメリカでも74年10月,政府は新経済政策のなかで法人税及び中高所得者(年収15,000ドル以上の世帯)に対する5%の臨時付加税の徴収を提案した。 このように,インフレが著しく高率化し,且つ複雑となっている現状において,また過去の景気刺激的財政運営がインフレの一原因になったことに対する反省から,従来,ややもすれば不人気として片付けられていた増税等についても,歳出削減と並んでこれをインフレ対策の重要な柱として再び取上げつつあることは今回の注目すべき点である。 しかし,総需要の適正な管理がインフレ対策の基本としても,現在のようなスタグフレーションの時に,これのみでインフレを抑制することはできず,また一方で負担を伴うことも事実である。 このことは上でみたように総需要抑制政策が比較的成功をおさめた西ドイツにおいても,74年11月現在,失業率は3.7%と67年不況時を上回る高さに達していることからも明らかである。どのため,各国ではスタグフレーション下で総需要管理を補完する政策として,各種の政策をとる必要性が高まっている。

(供給拡大,及び競争政策)

需給のひっ迫から生ずるインフレに対し,総需要の抑制とともに重要なのは供給増大政策である。特に,今回のインフレには,一次産品や基礎資材の供給制約がその一因であったことは,供給増大政策の重要性を一層大きなものとしている。 輸入数量制限の緩和ないし撤廃は,多くの国で従来から物価対策としてもとられてきたが,今回のインフレ期においても残存する輸入数量制限は一層緩和,縮小されてきた。フランスは73年7月,繊維その他工業品の輸入割当を10~20%拡大するとともに,一部農産物輸入を自由化し,12月には東欧,東南アジアからの輸入割当を拡大した。アメリカは70年12月に原油輸入と原油生産制限を緩和し,また73年の供給不足期間中,食料の供給不足緩和を目的に輸入割当を一時的に停止または増額した(肉の輸入割当停止。チーズ,バター,脱脂粉乳輸入割当の引上げ)。西ドイツでも73年に羊肉輸入を自由化し,また共産圏からの一部物資の輸入を自由化している。

また,関税の引下げも物価対策の見地から一層進められた。カナダは73年中に一部消費財や農産物輸入関税を引下げ,ECは1973年に原料,半成品の不足を補うため,食肉,化学品など159品目の関税を供給の不足する期間中引下げ,あるいは撤廃した。オーストラリアが73年7月,一方的に関税を25%引下げたのも,輸入増大による物価の抑制をも意図したものであった。

また,今回の大きな特徴は,国内消費量確保のため,輸出制限が行われたことである。アメリカは73年7月,大豆その他の輸出を規制(10月1日廃止),作柄見通し悪化から,74年10月7日,主要穀物輸出を事前承認制とし,また73年7月,鉄くず輸出を規制,カナダもまた国内需要確保を目的に石油輸出を許可制とし,後には輸出税を賦課し,飼料,食用油,家畜,食肉,鉄くず輸出を規制,オーストラリアも飼料輸出を規制したが,73年中にカナダとともに解除した。ECは73年7月,らく農品輸出補助金を停止,8月には小麦輸出を禁止した。その後小麦輸出は再開されたが,新たに輸出税を導入し,とうもろこしや砂糖などにも輸出税が賦課された。

しかし,このような輸出規制は,輸入国側の不安を増大し,かえって不足物資の急激な値上りを通じて,世界的にはインフレを加速化し,インフレ心理をあおる性格のものであった。

また,今回とくに投資の拡大による基礎産業を中心とした供給拡大政策の必要性が高まっている。アメリカにおいては,74年10月の新経済政策の中で,連邦準備制度理事会(FRB)が投資資金を確保するため,経済の必要に応じ通貨,信用の供給を十分拡大すること,及び企業の投資税額控除を従来の7%から10%に引上げる方針が述べられている。

イギリスにおいては,インフレ抑制計画第2段階(73年4月から)において,価格委員会は投資を維持し,促進するために必要と認める場合には,利潤規制を緩和しており,第3段階(73年11月から)において,企業のコストに減価償却費を加えることを認めた。また,74年11月の第2次補正予算において,企業の設備投資を刺激するため①価格規制を改正し,生産性控除(賃金上昇分のうち価格に転嫁できない部分)を平均50%から20%に引下げ,年間設備投資の17.5%までを当該年度の価格引上げによって埋合せることができる,②法人税法上の在庫評価改正による課税軽減,③産業金融会社に対する中期資金の供給拡大などの措置を打出した。

フランスにおいては,景気調整税の新設(75年1月実施予定)に際して,生産を増加するための投資には考慮が払われることになっている。

カナダにおいては,物価問題を物の供給増大によって解決するとの態度を維持しており,73年度予算では,製造加工業に対する法人税率を49%から40%に引下げた。また,74年度予算案でも特別付加税の対象から製造加工業を除外し,新規購入機械設備の償却措置をこれまでの2年間から無期限に延長するなどの措置をとっている。 インフレ対策と関連して,1971年12月のOECD理事会勧告にもみられるように,主要国においては競争政策や消費者保護対策の重要性が認識され,独禁法制や機構の面で見直しが行われてきている。独禁法制は,各国の歴史,市場の規模や企業規模等の経済の実態により異なるので,一律に比較することは難しい。 競争政策の推進についてのヨーロッパ諸国における最近の主なうごきはつぎの通りである。

まず,合併規制の強化である。イギリスの場合は,公正取引法(1973年7月)により独占状態及び合併の規制要件としての市場占拠率を従来の1/3から1/4児に引下げて規制の対象をより拡大している。また,西ドイツの最近の独禁法改正(1973年8月)では,従来の単なる事後届出制にかえて,新たに合併規制を導入し,合併により市場支配的地位が形成されることについては,公益性が優先される場合を除いて,これを原則的に禁止し,市場支配的企業の推定規定を設けた(1社のシェアが1/3以上,3社の累積集中度が1/2以上,5社の累積集中度が1/3以上)。

第2-17表 主要国における競争政策の運用強化の例

その他既存制度の運用として,西ドイツなどでは,主として,市場支配力を有すると考えられる企業に対して,その設けた価格について価格引下げを命じた例もみられる。最近の例では,イギリスにおける精神安定剤の値上げ(75%及び60%,1973年),西ドイツにおける電気カミソリの価格引上げ撤回(1974年)などがあげられる。

一方,アメリカの独禁法は,独占ないし寡占の形成やカルテルなどを経済の自由な発展を阻む悪として原則的に禁止する方式をとってきた。

最近のフォード大統領の新経済政策(1974年10月)においても,生産性を向上させ,物価上昇を抑制するために現行法をフルに活用して不当な価格形成行為をより強力に取締るとともに,罰則の強化が提案されている。

(所得政策の経験)

コスト・プッシュによるインフレの加速化に対して,総需要管理や供給増大,競争促進政策では,十分ではないところから,新しいタイプのインフレ対策として所得政策が注目されるに至ってから久しい。

所得政策は従来の経済政策の枠をこえた新しい政策であるために,その目的,方式なども必ずしも確立されているわけではなく,各国ともそれぞれの国情にあった方式を模索しているというのが実情である。しかし,これまでに試みられた多くの経験から所得政策の有効性,限界についての理解が深まっており,また,所得政策の有効性を高めるための具体的方式や必要条件などの研究もすすんできている。 所得政策についても重要なのは,そのタイミングと方式である。

まず,タイミングについては,景気停滞下のコスト・プッシュ局面や景気回復の初期にその効果を持ち易いことが指摘できる。一方,超過需要局面では,法的規制といえども,闇市場の発生や供給不足をもたらし,効果を持つことは難しい。アメリカやイギリスの所得政策第1,第2段階がある程度効果をあげることができたのは,ちょうどこの時期が両国で景気回復の初期ないし,供給能力に余裕のあった時期であったことによるところが大きいとみられる。

次に,所得政策の方式については,第1に,価格や賃金の凍結という最も強力な直接的規制がある(第2-18表)。

なかでも,価格の一部ないし全体的凍結措置は,フランス(1963年,69年),オランダ(69年),ノルウェー(70年),スウェーデン(70年,72年)などの例にみられるように,多くの国で導入されている。

これに対して,賃金だけの凍結という例はごく例外的な場合(たとえば,1948~50年のイギリス労働党による緊急措置,および1961年のイギリス保守党による公務員,公企業賃金の凍結)に限られている。また,価格と賃金を同時に凍結するという例もあるが,これは,最近におけるアメリカやイギリスなどの所得政策のように,全体のインフレーション抑制計画の第1段階として,その後の規制方式を決定するまでの暫定措置として導入されることが多い。

価格や賃金の凍結は,即時に適用することができ,その対象も必要に応じて操作できるという意味で,最も直接的,かつ強力な措置といえる。これまでの経験から,価格や賃金の凍結措置の導入は,多くの国で短期間の効果はあげたといえる。今回の所得政策第1段階の凍結措置をみても,アメリカやイギリスでは物価の上昇率がかなり鈍化し,インフレ心理の鎮静化にも役立ったとみられる(後出第2-19表)。しかし,凍結措置といえども輸入価格の上昇のような外的上昇要因については例外とせざるをえず,輸入原材料コストの上昇を抑制しきれないために,昨今のような一次産品価格の急騰が続いている時期には,凍結効果は減殺される。また,その効力が強いだけに副作用も大きく,長期間適用すると資源配分や分配面での弊害があらわれやすいという欠点をもっている。さらに,凍結解除後は,爆発的賃金要求や価格引上げに見舞われる傾向もある。

(注)

第2のパターンは,価格や賃金の上昇率規制であり,アメリカ,フランス,オランダ,イギリスなど多くの例がある。

また,フランスなどでは価格だけが規制対象とされているが,最近のアメリカ,イギリスなどの方式は全所得を含んだ規制をとっているのが特徴である。

規制の方式も,価格については,外部要因等による不可避のコスト増のみの転嫁を認める場合や,賃金コスト増の一部のみを認める場合,売上高利益率に上限を設ける場合などがある。また,賃金については,国民経済全体の生産性の範囲内に規制する場合,これに目標物価上昇率を加えた範囲内に抑える場合,さらに,実際に上昇した物価上昇率を補償するスライド方式等,各種の方式がある。

第3のパターンは,ガイドボスト方式であって,60年代のケネディ政権のガイドポストやイギリス保守党のガイディング・ライト方式(1962年)はその代表的事例である。

第2,第3のパターンの相違は,法的規制か自主的規制かという点にある。法的規制が一般により効果的であるが,一方で凍結と同様,市場メカニズムを損うという問題も持っている。また,このような強制力を伴う上昇率規制は,企業の競争的価格形成の意欲をそいで,価格を下支えする可能性がある。とくに,価格規制の方式が,原燃料や賃金コストの転嫁を認めているような場合には,生産性の向上によるコスト圧力の吸収という動機をにぶらせる傾向もある。

所得政策の効果は,物価,賃金の抑制のみでなく多岐にわたり,また物価賃金面に限ってみてもその計量を行うことはきわめて難しいが,ここで仮にアメリカとイギリスについて試算を行ってみると,物価については,ある時期においてはかなりの効果をもったことがわかる(第2-19表)。

第4のパターンは,労使の話し合いを中心とする自主的規制であり,戦後比較的早い時期の北欧などの自主的賃金規制は,所得政策の原型といわれている。西ドイツでも67年以降,協調的行動と称する独自の自主的賃金規制がとられている。また最近では,政府が物価抑制,減税,社会保障の充実等の施策をとる一方,労働組合が賃金の自主規制を行う,いわゆる社会契約の動きがイギリス等で出てきている。自主的な所得政策がこの政策本来の,国民的合意にしたがった,最も理想的なパターンとされている。自主的規制は,政府介入のためのコストもかからず,介入による市場メカニズムのゆがみや不公平な犠牲ももたらさないと考えられているためである。

しかし,自主的規制が効果をあげるためには,西ドイツの67~69年の協調的行動にみられるように,ことに景気局面等のタイミングや労使の協力等についての条件が必要と考えられる。

(インフレの被害救済及び中立化政策)

先にみたようにインフレが加速してくると,単にインフレの抑制のための政策では十分でなく,インフレの弊害を是正したり,中立化する政策が重要となってきた。その一つは,各国でとられている特別な個々の分配是正策や補助金政策等であり,他は,インデクセーションといわれる,より広汎な中立化政策である。

a.税制,移転支出,補助金  

インフレによる税負担の増大を防ぐため,多くの国で個人税の所得控除額の引上げ,税率階層区分の改定などが行われているが,一方,フランス,イギリスなどでは物価抑制のための間接税の引下げを図っている例もある。

イギリスは74年7月,付加価値税(VAT)を10%から8%へ引き下げた。VAT引下げの消費者物価に与える効果は(地方税引下げ,食料補助金の増大の効果を含むものであるが),直接的には1.5%,最終的には2.5%に達するといわれ,このため8月の消費者物価指数は前月比0.1%高にとどまった。 また,貧困者に対する社会保障支出ならびに公的年金支給は多くの国で賃金や物価に見合って,毎年または数年ごとに改定増額されてきた。このほか,イギリスのように主要食料品価格上昇の影響を軽減するため食料補助金を支出する国,あるいはアメリカのように低所得層に限定して食料を安価に購入させる食料スタンプ制を拡充している国もある。 イギリスの食料補助の最近の例では,EC加盟による共通農業政策への移行にともなう乳製品価格の急騰を緩和する目的で1973年5月からバターについて適用された。その後,一次産品価格の急騰により基本的食料価格の上昇が大幅となったこともあって,現労働党政権の政策の1つである「社会契約」の主要な柱として実施中である。

すなわち,74年価格法(74年7月9日成立)は価格・消費者保護相に,総額7億ポンドまでの支出権限と対象品目(牛乳,バター,チーズ,パンに加えて必要度の高いもの)の選定権限(1975年3月末まで,1年間の延長可能)を与えており,74年度予算では食料補助金5億ポンドが計上されていた。政府はこれにより消費者物価の上昇を年末までに約1.5%,食料品価格を約6%引下げることができると推計している(第2-20表)。

61年から実施されているアメリカの食料スタンプ制はインフレの進行に伴い,71年と74年にその実施地域が拡大され,74年7月1日現在45州で実施されているが,75年度の対象人口は1,580万人,全人口の約7%に拡充される予定である(第2-21表)。食料スタンプ割当額は4人家族の世帯で73年7~12月の月当たり116ドルから74年1月以降生計費調整により142ドルヘ22%の利用状況増額された。

これらの諸措置は弱者救済の半面,財政負担の増大をもたらし,また一律の補助金の場合は高所得階層にも補助金を支出するなどの欠陥がある。

b.インデクセーション 

インフレの影響を中立化する方法として一部の国で,インデクセーション(指数リンク制)が公社債,預金,賃金などの実質価値を維持する方法として採用されてきた。実質価値の維持にあたっては卸売物価,消費者物価,もしくは対ドル為替レートなどによって名目価値の補正が行われた。

しかし,それらの多くの場合は比較的狭い範囲で,短期間の採用にとどまった。これを長期的かつ広範囲に採用したのはブラジル,フインランド及びイスラエルであった(第2-22表)。インデクセーション採用後のブラジルでは高成長を維持しつつ卸売物価の上昇率を64年の91%から71年の21%,72年18%,73年17%に抑えたため,インデクセーションが物価上昇率鈍化の一因と見る意見もあった。たしかに,これがインフレ下で資本市場から資金が逃避して,換物や投機などに走るのを防ぎ,これら市場の効率化に寄与した面もあるが,同時にその成功は次のような特殊な条件があったとも否定できない。①軍事政権下にあって賃金の調整率が低く,実質的に賃上げ抑制の効果をもったこと。②大企業の価格が政府管理下にあったこと。③財政引締めが行われたこと。④クローリング・ペッグによって輸出が増強されたことなどである。

また,イスラエルでは資本市場の育成に貢献した反面,財政負担の増大という問題を生んだ。すなわちインデクセーションのもととなる生計費の上昇を食い止める方法として,補助金を増加し,また輸入品の税負担を引き下げ,その裏面では,生計費の算出に使われない物資には間接税をふやすなどの方法が行われた。また50年代には,為替レートに債券をリンクしていた関係から,財政負担の増加懸念がイスラエル・ポンドの切下げをはばみ,ようやく62年切下げが行われた。これと同時に為替レート・リンクはとりやめとなり,64-68年に長期政府債のインデクセーションを廃止,かわって,毎年インフレ・プレミアムを支払うことにした。

一方,第2次大戦直後からインデクセーションを採用し,賃金,預金,銀行貸出など幅広くこれを応用したフィンランドでは,67年11月のマルカ切下げ後,政府は賃金と金融資産の指数リンク制が強いインフレ圧力となって,切下げ効果を減殺する危険に省みて,68年4月,経済特別権限法を制定,総合的物価,所得政策を実施する一方,法律施行前に発行された国債,保険,年金以外のインデクセーションを停止した。 ところで,以上のような広汎なものでなく,インデクセーションを公債など限られた部門で適用し,インフレによる特定部門への歪みを中立化しようとする動きもある。イギリスは,近く弱者保護の意味合いもあって,①退職年金受給者を対象とする少額貯蓄国債,②契約貯蓄(16歳以上の雇用者が対象,5年間の天引貯金)について消費者物価とリンクする方式を実施する予定である。しかし,一部の金融資産を優遇すれば,他の金融資産からのシフトが起きること,インデクセーションによるプレミアムが政府財政負担となる弊害も現われるので,1人当たり,契約高が制限されている(①については500ポンド,②については月当り20ポンド)。

インデクセーションはインフレ期待による換物や投機の傾向を抑えて貯蓄を振興し,資本市場機能のまひを防ぐ利益や実質賃金を保障して,労組の過大賃上げ要求を抑える利点もある一方,インフレに対する慣性をもたらす側面もある。

いずれにせよ,インフレによる被害とインデクセーションによる公私の負担の十分な比較衡量が必要となる。