昭和49年

年次世界経済報告

世界経済の新しい秩序を求めて

経済企画庁


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第2章 世界インフレの高進

第2節 発展途上国のインフレおよび共産圏の物価問題

(1) 発展途上国のインフレ

(物価上昇の長期的すう勢)

今日,発展途上国の多くは,程度の差こそあれ物価上昇という大きな問題に直面している。

このなかには従来から長期にわたって高率のインフレに悩まされていた国もあるが,さらに73年以降の急激な環境変化の下で従来の安定的なすう勢から世界的インフレに巻き込まれた国もある。

ここで代表的な発展途上国の1960年から72年(一次産品価格の高騰および石油危機以前)にかけての消費者物価上昇率を,①年率20%以上の国,②年率5 ~20%の国,③年率5%以下の国の3つのグループに分けてみよう(第2-7表)。

これにみるように過去においては,年率20%以上の物価上昇率を経験している国は,インドネシア,ラオス,ウルグアイ,ブラジル,チリ,アルゼンチンの数カ国であって意外に物価上昇が高い国は少なかった。

また物価上昇率が高い国のなかでも,インドネシアは,66年に消費者物価上昇率が前年比11倍余という爆発的な上昇を示したのち,これをピークとして低下し,69年以降72年までは年率10%を割る安定を回復して悪性インフレは収束段階に入っていた。またブラジルでも1964年には消費者物価上昇率は87%という高率を示したが,70年から73年までは年率20%台を割るところまで物価上昇率は鈍化していた。

このような各国別の動きを地域ごとに総合してみると,地域間の相違が明らかである。すなわち,中近東及びアフリカは65~70年平均でそれぞれ3%,4%であるのに対し,アジアは18%,ラテンアメリカ及びカリブ海諸国は15%と高率である(第2-23図)。しかし,アジアについてはインドネシアを除くと7%となっている。

(最近における物価上昇の加速化)

73年以降,以上のようなすう勢は,大幅に変化した。発展途上国全体の物価上昇率をみると,65~70年平均の13%から73年には24%へ,さらに74年第1四半期には37%と著しく加速している(第2-23図)。これを地域別にみると,従来から物価上昇率の高かったラテンアメリカ及びアジアがさらに加速しており,また従来比較的落着いていた中近東及びアフリカにおいても加速化が目立ち,中近東は73年より,アフリカは74年より2桁となっている。国別では,従来物価が安定していたメキシコ,タイ,シンガポール,マレーシアなどで20%以上の上昇となっているうえ,一時期安定化に向っていたインドネシア,ブラジルでも再び加速している。また,高率のインフレを続けていた,チリ,ウルグアイでは,一段と激化している(第2-7表)。

(インフレの原因)

発展途上国のインフレの原因については,貨幣的要因及び食料供給,輸入力,資本形成,税制など構造的要因が重要と考えられるが,まず通貨との関係をみると,中南米および東南アジアの主要15カ国を対象とした各国のインフレ率と通貨供給増加率との間には,高い相関関係がみられる(第2-24図)。

発展途上国における通貨供給の急増要因としては,たとえばブラジルについて指摘されているように,性急な工業化を進めるため,財政赤字を通貨の増発でまかなうという政策がとられてきたことに主因がある。インドネシアの場合は,これに加えて一般予算のほかに大統領特別予算というものがあり,財政支出がいっそう加速された。

工業化の推進は,資本市場の狭隘な発展途上国では,財政支出に対する依存度を強めざるを得なかったが,このほか社会間接資本や国防費などの財政需要が加わり,これに対して財政収入面では所得および経済活動の水準が低いために,所得税および直接税よりも関税収入など間接税に依存せざるを得ないという財政上の問題がある。したがって財政赤字補填のための通貨増発が通貨供給増の大きな要因となっている(第2-8表)。

一方民間部門においても,投資需要に見合う貯蓄の不足あるいは金融制度の未整備などによって,国内貯蓄の動員は不十分であり,通貨当局は需要を満たすため過大な通貨増発を行いがちであった。

こうした通貨供給の増加に加えて供給側の要因もある。発展途上国においてはエンゲル係数が高いため,消費者物価の上昇率と食料価格の上昇率は,きわめて類似した動きを示している (第2-9表)。こうした食料価格の上昇は食料供給能力の弱さが一因となっている。各国のインフレ率と1人当り食料生産増加率との間には,逆相関に近い関係があると思われる(第2-24図)。

しかし,発展途上国の食料生産の増加率は,先進国に比べて必ずしも低くない。1961年から72年にかけての増加率をみると,アジア地域がいくぶん停滞的だが,発展途上国全体としてはむしろ先進国の伸びを上回っている。

発展途上国の深刻な食料問題はむしろ爆発的な人口増加に対して,食料生産の伸びが僅かしかこれを上回らず,国によっては人口増加に追随し得なかったところから発生している(第2-25図)。

つぎに輸出入との関係をみると,多くの発展途上国でインフレによる輸出競争力の低下と国際収支の悪化に対処して,しばしば為替レートの切下げが行われ,これが輸入価格の上昇を招くという悪循環に陥ってきた。その実例として,中南米では,チリ,ブラジル,パナマ,グアテマラ,ニカラグア,東南アジアでは主として戦争の影響が大きかったが,南ベトナム,クメール等の各国をあげることができる。

先にみたように発展途上国のインフレは,73年以降同時化し加速化したが,それはどのような要因によるものであろうか。

第1は食料価格の高騰である。とくに,食料を輸入に頼っている発展途上国では,主食である穀物の価格がこの約2年(72年7月~74年10月)の間に小麦3.3倍,米5.3倍,とうもろこし3倍と著しく高騰したため,その影響が大きかった。第2に,石油価格の高騰と先進国からの工業品輸入価格の上昇である。

これらの結果,発展途上国の輸入物価は71年に前年比4%の上昇のあと72年6.7%,73年には15.3%の上昇と加速し,さらに74年に入ると急激な上昇を示している。例えば,前年同期に比ベフィリピンで92.9%(第2四半期),タイで80.3%(第1四半期),韓国で68.5%(第2四半期)の高騰である。

第3にこうした輸入インフレと同時に,農産物輸出国においても海外市場の需要の急増から国内での供給に支障を来たし,ために国内物価を上昇させた国もある。タイ,ブラジル,アルゼンチン等がその例である。

第4にマネーサプライの急増である。72年7月を境とした一次産品市況の高騰と先進諸国の景気拡大に伴う需要増によって,発展途上国の輸出は著しく拡大したが,これにともなってマネーサプライが急増し,これがインフレの拡大に拍車をかけている(第2-10表)

(2) 共産圏における物価問題

(経済管理体制の3つの類型と物価)

世界的インフレの下において,共産圏諸国にはインフレが進行していないのであろうか。あるいはそもそも物価問題発生の可能性がないのであろうか。この問題に対する答えは,同じ共産圏でも国によって様々である。ある国では物価がほとんど動かないし,他の国では激しい上昇がみられる。このことは,いわゆる「生産手段の社会的所有」という共通点をもっこれらの諸国にも,経済の計画・管理制度,とりわけ価格制度において類型の差があることからきている。その差異は,独立採算制をとる国営企業または公企業に対してどの程度強い政府機関の計画・管理が行われているか,逆に企業にどの程度自主性が認められ,市場機構が導入されているかということである。

この点で共産圏を3つの類型に分けることができる。

第1は,中国,ソ連や一部の東欧諸国のように政府による集権的な経済の計画・管理の色彩が強く,価格も国の定める固定価格制をとる国々である。これらの諸国では卸売価格,共営農場からの農産物の国家買付価格,消費財の小売価格は中央,地方の政府機関が末端からの情報をもとに決定し,賃金も国の定めた等級別賃率と格付けにより決定される。もちろん長期的にみれば,卸売価格は生産条件とコストの変化に応じて改定され(ソ連,東欧では1965~67年に鉱産物を中心に引上げ),農産物は増産を刺激するため一貫して引上げられ,あるいは消費財の小売価格には需給の変化に対応して微調整が加えられる。また賃金も消費財の供給量の増加とともに全般的な引上げや格差の縮小,職種や地域による選択的な引上げ(ソ連の商業,サービス,医療関係などの低賃金部門における賃金引上げ,北部,東部地域における特別手当など)が行われる(第2-11表)。中国では名目平均賃金は1950年代末以降約10年間据置かれているが,消費財の価格引下げ(1965~72年間に小売価格は3%下落)によって実質賃金の向上がはかられている(第2-12表)。ソ連では1950年前半にば戦後復興の進行とともに小売物価は年々引下げられた。こうした長期的変動はあるものの,短期的には一定期間価格は固定される。

第2の類型は,「市場制社会主義」とか「社会主義的市場経済」とかいわれるユーゴスラビアの体制である。ここでは,いわゆる「労働者の自主管理制」のもとに「社会有」の企業は自主的に経営・管理を行い,価格,賃金も決定する。この体制は公企業や個人経営農民(国営や共営農場は農地の14%にとどまる)という経済単位から構成される一種の市場経済であり,政府は財政,金融面から誘導,統制を行うのであるが,当然インフレ発生の可能性がある。現に激しい物価上昇がみられ,それに対応して賃金も引上げられている(第2-13表参照)。

第3の類型は,以上二つの類型の中間にあるもので,ハンガリーのように一部市場機構を導入しつつある国である。ここでは政府や上級機関の管理が緩和されて企業の自主性が高められる。ソ連および中国や他の東欧諸国でも多かれ少なかれその傾向はみられるが,とくにハンガリーでは価格制度にも市場制が導入され,固定価格,上限価格(上限を国が決定),制限価格(上,下限を国が決定),自由価格の四本立となっている(第2-14表)。ここでは自由価格を中心としてインフレ発生の可能性をはらんでおり,緩慢ながら物価の上昇がみられる。すなわちハンガリーにおいては消費者物価は比較的大きく上昇したが,これに比べると他のソ連型東欧諸国,とくにチェコではわずかな上昇にとどまっている(第2-13表)。

以上3つの類型の国々の物価変動をみると,ソ連では工業品の卸売価格(取引税を除く)は67年の引上げ改定と一定期間の据置きが目立っており,小売物価は明らかに一定水準に「抑制」されている(第2-26図)。これに対し,ユーゴでは現在のような市場体制が本格化した65年からとくに激しい物価の高騰にみまわれ,なかでも消費者物価は農産物価格とともに大幅に上昇している。ソ連とユーゴ型の中間はハンガリーであって,現在の価格制度への移行をともなった経済改革以後,緩慢な物価上昇が続いている。

(抑制されたインフレ)

共産圏諸国のうちで,第1の類型に属する国々では物価,少なくとも公式指数に示された物価はきわめて安定的であるようにみえる。しかしそこには顕在化しないインフレ要因があり,いわば「抑制されたインフレ」が存在する。

このことを示すのがソ連のコルホーズ市場などの自由市場での価格の動きである。それは共営農場の農民が一定限度許容されている個人経営部分(家敷付属地での主として自家消費用の農耕と畜産,ソ連では全耕地面積の3.2%,畜産は第1章102ページ参照)の余剰農産物を自由価格で出荷する市場である。その売上高はソ連の場合全国平均で4%と少ないが,大都市などでは生鮮食料品の供給源としての役割は大きい。ここでの市場価格は,大体国定価格に主導されているが,国営商店の出回りが円滑を欠くことが多く,鮮度も低いところから,固定価格水準を上回り,物不足の時期には上昇をみせる。ソ連の第2次大戦の経験によれば,コルホーズ市場価格が物資配給制のもとでの安い国定価格を大幅に上回り,物価と賃金の悪循環が生じて,戦時インフレーションを発生させた。戦後の60年代には農業不作の62,64年を除くと,同種の商品グループの国定価格を40~50%上回る水準にあったが,70年代に入りやや上昇していることが注目される(70年60.3%,71年59.3%,72年66%)。

一方,中国においても,農村集市という自由市場が定期的に開設され,人民公社に所属する農民が,一定限度許容されている個人経営部分(全耕地面積の約5%)の余剰農産物を自由価格で出荷している。しかしソ連のコルホーズ市場と異なり,農村集市は,人民公社および農民相互間で商品を売買する市場であって,国営商業の指導および管理のもとに国営商店と販売組合を補足する目的のもとに開設されているものである。

さきに述べた自由市場を除くと,他の分野はソ連の用語でいう「組織された市場」であり,価格は固定される。生産財についていえば,各国営企業に対しては重要物資と資金の両面からする一種の割当制によって保持される。

しかし,ソ連型経済では常に資源の限度一ばいの成長が計画され,資源の制約の緊張のもとにおかれる。その結果建設部門では多数の建設対策に資材が分散されるため,未完成工事が累積する。ソ連では通常投資の70%程度の未完成工事がある。また生産の分野では企業に対する資材の割当の窮屈さと企業における資材の退蔵とが並存することになる。

一方中国では,省,県,人民公社など下部行政機構を単位とする地域経済圏の組織強化を目ざして国営企業の経営管理権の地方分散化が進められている。これによって「組織された市場」のうち,比較的重要度の低い物資について,地域経済圏内の自給化が進み,中央政府割当の資金および資材に対する依存度は大幅に低下した。

消費財部門でも,固定価格制のもとで様々なゆがみが発生する。現在のところ中国では主食,綿布,食料油が配給制であるが,ソ連,東欧では消費財はすべて自由購入制がとられる。この場合消費の需給はマクロ的にば計画によって枠組が設定されている。すなわち「国民経済バランス」(注1)の一項目である「国民貨幣収支バランス」(注2)と呼ばれるものがそれである。そして,この計画バランスが仮に完全であったとしても,実績バランスにひずみが出る可能性がある。現に,一方では賃金が個々の企業で計画以上に支払われ,他方では消費財の供給量が計画に満たないことがしばしばである。その結果消費が不可能となるため,意図しない貯蓄が増加する。

ソ連における支払賃金と小売売上の動きをみると賃金と消費財供給とのアンバランスがみられる(第2-15表)。他方,60~73年までの期間に個人貯蓄の残高は約6倍に,また年間貯蓄額はほとんど9倍に増加した。もちろん割増金付貯蓄など政府の奨励策もあるが,この貯蓄は一方での消費財の不足と,他方で耐久消費財の購入や住宅建設(個人が住宅組合などにより国家資金を借入れて行う)の志向を反映したものである。

固定価格制のもとでは,個々の消費財の生産については需要調査や小売機関からの情報に基づいて品目,品種,モードなどが計画化されるが,生産のパターンと消費者の要求のパターンとが適合しない場合が多い。そこで,中国のように発展途上にある国は別として,極度の物不足が解消すると,消費者の要求に適合しない消費財には売残りが生ずることになる。ソ連では60年代の前半に繊維品や靴が大量に売残り,不良品や過剰品の安売りさえ行われたことがある。すなわち,第2-27図にみるように,上述の商品の小売在庫が高水準を示したことがそれを物語っており,また近年では靴の在庫が増加しつつあることが注目される。このような消費財需給の変化があっても,固定価格制のもとでは国定の小売価格水準は据置かれる。

小売価格水準の固定化を可能にしている重要な要因は補助金の支出あるいは取引税の減額である。いま,ソ連の国定価格の構成要素をみると取引税はソ連,東欧諸国に特有のもので,主として消費財に個々の物資ごとに異なる税額で賦課されるが,単なる間接消費税という価格の付加的要素ではなく,消費財の価格の重要な内部構成要素として個々の財の需給をバランスさせる役割を果たしている(第2-28図)。それと同時に取引税は,国営企業の利潤からの納付金と並んで,主要財源となっている(ソ連では,両項目合わせて財政収入総額の66%)。ところで,さきに述べたような農産物買付価格の引上げ(ソ連では国民所得の農林部門のデフレーターは60~70年に80%上昇)にともなって,畜産品や消費財のコストは当然上昇する。ソ連では1960~63年に肉類の小売価格が29%,動物性脂肪のそれが25%引上げられたが,その後は据置きのまま現在に至っている。また,ソ連の公表統計によると,食品工業の総合価格水準は取引税を除く「企業卸売価格」で1955~66年に54%も上昇したが,取引税を含む「工業卸売価格」はほとんど変動していない。これが取引税の減額によって国定の小売価格水準が据置かれたことを示すものであることはいうまでもない。

中国でも食料,綿布など生活必需品の小売価格は,1952年以後,ほとんど変動がなく,政府買上価格との差額は補助金で補填される。補助金支出の主要財源となっているものは,国営企業利潤からの納付金と,流通税としての性格をもつ商工統一税である。

さきに述べた卸売・小売価格の関係は輸入価格と国内価格についてもほぼあてはまる。ソ連型諸国では貿易価格と国内価格とは切離され,輸入価格の上昇が国内価格に波及することを抑制しうる。とくにソ連,中国など資源保有国ではこれは容易である (第1章第4節(2)共産圏の項参照)。しかし,コメコン域内の貿易価格は「国際価格を基準」とし,原則として5カ年計画期間(現行は1971~75年)据置かれるので問題はないとしても,次期5カ年計画の始まる76年にはソ連の原料品輸出価格引上げが要請されるかも知れない。また輸入に占める西側諸国(発展途上国を含む)のシェアが大きい東欧諸国では,輸入価格の国内への波及を抑圧することには限界がある。輸入に占める西側のシェア(72年)は,ルーマニア48.4%,ポーランド38.8%,ハンガリー33.6%,東ドイツ33.5%,チェコ29.3%,ブルガリア20.2%となっている。

ちなみに,ソ連の輸入における西側シェアは34.5%と大きいが,全体としての輸入依存度そのものが3.7%(ソ連の定義による国民所得に対する比率)にすぎないので,輸入価格の上昇が経済全体に及ぼす影響は軽微であり,かつ石油その他一次産品の輸出価格上昇によって相殺されて余りがある。

ところで,ハンガリーは原料品輸入の40%程度を西側に仰いでいるが,74年8月上旬の報道によると,世界的な原料価格の高騰のため75年より国営企業の生産者価格を引上げる方針であるといわれる。すなわち,工業品の値上げ率は平均7%程度(原油100%,石炭15%,化学品10~34%,鋳鉄製品10%,アルミ製品23%,皮革45%,合繊40~60%)の見込みであり,消費者価格も75年9月から石炭16%,ガス20%,ガソリン40%,灯油40%の引上げが計画されている。

中国でも,西側諸国の輸入シェアは87%(73年)に達し,しかも1963年以降交易条件は悪化傾向を辿ってきたが,全体としての輸入依存度が2.7%(米政府推計のGNPに対する比率)と低く,また73年に入って石油および一次産品輸出価格の暴騰により,交易条件は改善の方向に進んでいる(第1章第5節(2)共産圏の項参照)。したがって外貨バランスの上で入超の年はあったが,すくなくとも国内価格への波及については全体として貿易特別会計によって操作され,これまで財政面から補助金が支出された事実はないといわれている。

(固定価格制の問題点)

ソ連型経済における固定価格制には次のような特徴がある。まず卸売価格についてみれば,一定の期間を通じて各企業の独立採算制に基づく経営,管理の安定的な基準となる。とくにソ連の場合,67年の価格改定後5カ年を単位として価格を調整することが必要とされているのは,67年の経験から5カ年計画を通じての安定的基準とする利点を生かすことが意図されたものであろう。その半面,生産条件の変化や技術進歩を機動的に反映する際に種々の問題が発生する。例えば,ソ連では石炭,鉄鉱石など鉱産物は戦後,1949年と67年に企業の赤字を解消するため卸売価格の大幅引上げが行われた。この赤字化の原因は採掘条件の変化とこれに対応する設備投資によってコストが 上昇し,他方で価格が固定化されたことにあると思われる。このように鉱産物のコストを割る低価格のもとでは,資源の節約,合理的利用に対するインセンティブはそれだけ弱められていたことになる。  もう一つ固定価格制の問題点は,技術進歩に対応する価格改定である。品質や性能の向上にともなってコストが増大する場合,価格の引上げが上級機関によって認可される。このような方式を含めて,一般に固定価格の伸縮性,機動性を高めることが求められている。この際企業側は微細な技術上の改善にすぎない場合にも過大な価格引上げを行おうとすることが,しばしば非難の的となっている。

つぎに消費財の固定価格についていえば,共産圏では名目所得が弾力的に上昇しないので,消費者が価格の「安定性」を望むことは,容易に理解される。さきに述べた60年代初期のソ連の畜産品の値上げや70年末ポーランドの食料品の値上げは異例の措置であった。このように固定価格制は消費者にとって望ましいが,市場価格と異なり需給の変化を反映しないので,さきに述べたように品種やモードなどの生産のパターンを消費のパターンに適合させるには,商業機関から生産機関への情報や需要調査および予測に基づいて計画を作成,変更することが絶えず要請されてきている。しかし,この二つのパターンを機動的に適合させることは困難で,同一の商品の中でモードや品質のちがうものが一方では過剰となり,他方では不足するという事態が常に生じている。これに対処するため,最近ソ連では中央集権的管理が緩和され,個々の消費財生産企業が商業機関からの直接注文により生産計画を立案する権限が与えられた。しかしそれに応じた原料の集権的管理と配分の弾力化が必要になる。固定価格制とそれを構成部分とする集権的管理体制は,この場合も機動性を欠くものであり,このため一層の伸縮性が要請されている。