昭和47年

年次世界経済報告

福祉志向強まる世界経済

昭和47年12月5日

経済企画庁


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第2部 世界の福祉問題

第2章 先進国―生活の質の追求―

5. 強まる消費者の権利要求

(1) アメリカにおける消費運動

今日の経済社会は,企業,家計,政府によって構成されている。家計は所得を得るため労働を提供し,得た所得で生産された財を消費する。生産関係としてみれば,家計と企業の関係は労働者と雇用主との関係であって,前者は優位に立つ雇主に対してみずからを組織化した。これが労働組合運動である。家計と企業との関係のもう一つの面は,消費者と生産者という関係であるが,前者の権利要求としては公害運動と同じように市民運動の形をとっている。

消費者の生活向上運動は,古くは1844年イギリスのロッチデールに始まる消費生活協同組合の結成にさかのぼることができる。アメリカでは典型的な市民運動として発展しており歴史的にみると,今世紀に入ってから大きなうねりが3つみられる。すなわち,1900年代の初期,30年代半ば,そして60年代の初めから今日までである。

まず第1の波について述べる。1860年からの40年間にアメリカの社会は急檄な変化を経験し,人口は2倍に,生産,雇用は5倍にふえるといった中で,1898年に全米消費者連盟が誕生した。こうした動きをきっかけに1906年には食品薬品法,食肉検査法,1914年には連邦取引委員会法等の消費者立法の成立をみた。ここに買主の危険負担という商品売買の基本原則を越えて,消費者の権利が意識されることになった。

1930年代の第2の波で,現在の消費者教育型の消費者運動が生まれる。この頃,アメリカは耐久消費財およびサービスの時代一高度大衆消費の時代へ突入した。新しい商品,サービスの出現,複雑化する生産,流通機構,広告宣伝の大規模化によって,消費者の立場は新しい危機に見舞われた。従来の古い商品知識では合理的な商品選択を行なうことが困難になった。消費者の不満は,1927年チェーズとシュリンクによる「あなたのお金の価値」,1933年カレットとシュリンクによる「1億総モルモット」の中で代弁されている。1929年企業の販売攻勢に対抗して消費者の合理的商品選択を助けるため,商品の格付機関として消費者調査会(CR)の設立をみる。さらに1935年,この調査会社から分離して,消費者連盟(Consumers Union of U.S.Inc-CU)が誕生し,月刊の商品テスト報告「Consumers Reports」の発行によって,商品テストによる比較情報の提供を行なうようになり賢い消費者育成をはかるようになった。

この消費者教育型の運動は,1950年代になってヨーロッパにひろがった。アメリカの消費者連盟につぐ世界第2の商品比較テスト機関であるイギリス消費者協会の設立をみるのが1957年である。フランスではフランス消費者同盟が1951年に,またフランス消費者総連合が1959年に設立された。西ドイツ,オランダ,ノルウェー等北欧諸国にも類似の機関が生まれ,さらに,601年にこれら各国の機関が集まって国際消費者機構(IOCU)を組織し,現在国連の経済社会理事会の諮問機関になっている。今日,アメリカの消費者連盟の「Consumers Reports」は月刊発行部数181万,イギリス消費者協会の「Which」は61万,オランダ消費者同盟の「Consumenten gides」は29万に達している。わが国では61年設立された日本消費者協会の「月刊消費者」の発行部数は5万であるが,このほか国民生活センターおよび,全国に散在する多数の消費生活センターも情報の提供を行なっている。

60年代に入って,アメリカの消費者運動はさらに一歩進んで,消費者と企業の関係を全機構的にとえるようになった。すなわち経済社会関係における消費者,住民としての立場を強く意識し,これを権利として主張するようになった。売手の力に対して買い手の力を高めるために,商品に対する知識を持つ権利,不当な製品,商慣行から保護される権利,生活の質を向上させるように製品や商慣行に影響を与える権利を主張している。さらに最近にいたっては,空気や水をよごす企業の製品は買わないとする運動にまで発展し,公害問題をもとりこんでいる。

まず,とりあげられたのが大企業による市場支配の巨大化である。50年代9末にはカールソン,パッカード,ノイバーガー等の現代市場批判があらわれた。そして62年3月,消費者の権利を明確にし,消費者問題の重要性を一股に認識させるものとして,今日でもなお重要な意味をもっているケネディ大統領の消費者の利益の保護に関する特別教書が発表になった。そこでは「消費者が効果的に組織されておらず,消費者の意見は経済に反映されていないが,消費者こそ一番重要な経済的グループである」と述べ,守られるべき次の「消費者の4つの権利」として,①安全を求める権利,②知らされる権利,③選択する権利,④意見をきいてもらう権利をあげている。次に危険商品,欠陥商品の問題がとりあげられた。ゼネラル・モーターズ社とラルフ・ネイダーとの対決が問題を浮きぼりにしている。64年ジョンソン大統領の消費者教書の中で次のように述べられている。「技術の進歩によって前例のないほど豊かなものが国民に提供されたものの,同時に危険と公害の代価を支払わねばならなかった。現代のアメリカの消費者問題はまさに繁栄の問題なのである。」64年,ジョンソン大統領は消費者の利益に関する大統領の委員会,消費者担当特別補佐官制度を設けた。また69年二クソン大統領も消費者教書の中で「買手の権利章典」を提議した。立法府でもキーホーバー,ハート,ダグラス等の消費者保護を主張する議員の活躍で,66年に公正表示包装法,交通,自動車安全法,67年に卸売食肉法,卸売家きん製品法,69年,放射能管理等の消費者保護立法が制定された。また,従来の商品テスト中心の消費者団体が統合し,69年アメリカ消費者連合会(CFA)が消費者団体を中心に,労働組合,婦人団体,農民組合を含んですべての消費者の権利を国民一般の福祉と調和させながら促進する目的で結成され,組織的な活動を開始した。

(2) 消費者運動の背景

物質的豊かさの増大は必ずしも生活内容を高めることにはつながらない。

欠陥商品,危険商品の出現,企業の巨大化と市場における消費者の地位の弱体化の中で,消費者運動はこうした物質的豊かさをもう一度見直し,市場における消費者の主体性を回復しようとした。この理念がコンシューマリズムとよばれている。

コンシューマリズムが生まれた原因は,技術やマーケッティングの複雑さから,自主的な選択を反映した資源配分をもたらすという意味での消費者主権を,われわれは本当に確立してているのであろうかと消費者自身が疑いだしたところにある。

現代市場の特徴は次の諸点に要約される。まず第1に,科学技術の発達によって,現代の市場は,多くの新しい商品を開発することを可能にしたが,新しく開発される商品はますます複雑になっている。技術的に高度な内容をもつ商品の評価はむずかしく,消費者は製品の良し悪し,価格の適正さについて,商品知識に基づいてみずからの合理的な判断をくだすことがすずかしくなっている。このため,消費者主権の基本原理である消費者の合理的判断能力はおびやかされるようになった。

第2に,消費者の欲望の創出過程の問題である。本来,市場経済においては消費者の自由な選択が市場機構を通じて,企業の商品生産の意志決定を規定し,資源の最適配分をもたらすが,今日,企業の巨大化,集中化が進み消費者は市場を支配する生産,流通機構に対して従属的な立場に追いこまれている。そして個人の欲望が,ややもすると自立的でなくなり,企業による巧妙な販売活動,広告宣伝によって創出されることがある。現代の経済成長はこうした企業の販売努力による欲望の創出に大きく依存しているが,そのために本来不必要なものまでも買わされる可能性が大きくなっていることがあげられる。

第3に,現代の科学技術の複雑さは,消費者の判断や評価を困難にしているだけでなく,新しい科学技術の成果を導入している企業みずからが,供給する製品の2次的効果を予測することをむずかしくしているる。このことが,企業がその販売努力ほどには,消費者の健康や安全に注意を払わないことと相まって,危険商品,欠陥商品の出現の可能性を大きくしている。

こうしたことに対する消費者の不満は所得の向上,教育の普及を背景に,物質的水準よりも生活の質的内容により関心をもつようになったことによってさらに表面化したといえる。

(3) 消費者行政

アメリカにおける消費者運動をもたらした背景は,先進国に共通なものであって,各国とも消費者の地位を強めるための行政が急速な展開をみせている。

OECDの分類に従って現在の消費者行政の内容を次のように分けることができる。

a. 消費者保護

危険,あるいは不健康な商品から消費者を守るため,主に法的に規制する形をとっている。具体的には消費者利益の保護というよりも,健康,安全を守る見地から,有害食品の製造販売の禁止,危険物質の含有量の制限から危険商品であることの強制的な表示の義務づけまで,その内容は多岐にわたっている。(この表示の義務づけはOECD加盟国のうち17カ国で実施されている。)次に消費者を詐偽,強引な商品,ごまかしの広告等の不正な商行為から保護することを目的とする消費者保護行政も近年強化されている。また個々の直接的な政策にとどまらず,一般的な競争促進策もまた消費者の利益の増進に大きな役割を果すものであって,独占禁止政策等の運営においては消費者利益の保護が大きな柱となっている。

b. 消費者情報の換供

新しい製品,サービスの開発がつづくなかで,消費者は多くの商品の中から自らに適したものを選ぶことが非常に困難になっている。民間の消費者機関,公的機関はそれを助けるために比較テストによる情報を提供している。

現在OECD加盟国では,ギリシャ,アイルランド,ポルトガル,スペイン,トルコを除く加盟国すべてにこうした商品テスト機関が存在している。

消費者がこれを運営している国もあれば,政府がこれを補助している国もあるが,全般的に運営費の増加から政府の助成が要求されている。また消費者情報の提供は,商品テストによる情報の提供のほかに,商品の成分,製造年月日等の情報を明確に表示させることによっても行なわれている。

c. 消費者教育

これの目的は消費者に消費に関して高度な判断をもたせ,単なる消費者情報の提供とは異なり,情報の適格な判断力を養成することにある。各国とも消費者教育は,とくに若年層において強調され始めており,初等,中等学校で,これが行なわれているのは諸外国ではフランス,イタリー等で,わが国でも小学校(1971年)中学校(1972年)高等学校(1973年)と逐次,新学習指導要領に消費者教育がもりこまれている。

d. 求償制度の先実

生産者,販売者の責任を追求するため,純粋食品薬品法,不当広告法,不当包装法などによって購入後の消費者を保護している。また補償要求,不満を処理するため,カタダ,日本,北欧等には,こうした苦情処理機関が存在している。

さらにOECDにおいて1970年消費者政策委員会が設置されるなど,消費者行政は世界的な広がりをみせている。

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消費者運動の高まりは一時的な現象ではない。それは高度大衆消費時代の出現とともに生じてきた市民運動であるし,現在の生産,消費のメカニズムと密接に結びついている。経済を支える科学技術の進歩,消費内容の高度化が,われわれの生活水準を高めてきたことを否定することはできないが,同時に消費者に時にはその生命をも奪う危険を与えていることもまた事実である。

大企業体制への対抗力として労働組合の成長がみられたが,市場のもう一つの構成員である消費者も,企業行動や行政にその声を反映させるため,運動を通じてみずから団結をはかり,その立場を強めようとしている。経済社会の均衡ある発展のためにも消費者運動を正当に評価し,支援を与えなければならない。


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