昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第3章 世界をおおう公害

1. 公害問題のとらえ方

(1)欧米諸国および国際機関の考え方

本年8月初めに,ニューヨーク,東京,シドニーの遠く離れた3都市が同じ頃にスモッグや悪臭に悩まされるという事件が起り,これを報じた米誌は「スモッグ,地球をおおう」と題した。

少し前ではオーバにさえ聞こえたこの表題が現在では必ずしもそうではない。公害現象の拡がりとこれに対する各国々民並びに政府や国際機関における意識の高まりには,最近著しいものがある。

このように環境問題が内政上の重要な問題となり国際問題としてとり上げられるようになったのは,60年代後半からであり,とくに注意を集めるようになったのはここ1年の間である。しかし,環境問題はこれまでになかったわけではなく,地域的にはかなり古い問題でもあったと考えられる。したがって,問題のとらえ方も人により国によりかなりの違いが見出される。

現在,環境問題については,環境破壊,環境汚染,公害等の用語が使われ,各国,各機関によってその概念は異なっている。これは,この問題が古くかつ新しい問題であることに起因するとみられる。ここでは問題を整理する意味もあって,各国並びに国際機関における考え方をみておくこととしたい。

前にも触れたように,この問題のとり上げ方には,歴史的背景が大きく影響している。権利意識の旺盛な欧米諸国において,環境問題に対する意識が進んでいることは不思議ではないが,その中でもそれぞれ考え方には,相違がみられる。まずイギリスでは生活妨害(Nuisance)としてとり上げられ,国民の生活を守るという意識が強い。したがって,イギリスの公害行政の基本法である公衆衛生法では,工場の作業環境についても生活妨害として従業員の生活を保護している。これに対して,西ドイツでは,ローマ法以来の相隣関係における権利の侵害という形でとりあげられ企業と市民相互の権利を調整する形となっている,しかし,これは企業側に既得権を与える結果となっており,現状では不適当となってきているのでこの改善が検討されている。

この相隣関係による権利侵害という考え方は同じ大陸法系に属するフランスでもみられるが,より権利意識の強いフランスでは産業革命後国民の苦情が多発したところから,市民の生活を守るという意識が西ドイツよりはるかに強くなっている。

アメリカやソ連では,住民保護のほかに,自然資源の維持,保全の観点が強いようである。西ヨーロッパ諸国においては,生活環境の中に自然景観は入っており,その維持保全が行なわれてきた。しかし,アメリカやソ連では国土が広大であったこともあって,近年までは比較的規制がゆるやかであったとみられる。ところが,最近の経済成長によって自然資源とくに水資源の破壊が甚だしくなってきたので,経済的社会的に問題となり,以上のような観点がでてきたようにおもわれる。

以上のように,西欧先進国では日本の場合とは異なり従来から市民生活保護の観点から考えられており,最近ではこれに加えて自然資源の維持,保全が大きくとり上げられるようになってきたといえる。

なお,発展途上国における当該問題の扱いは明確でないが,後述するように国連や国際シンポジュームでの発言をみると,環境の保全もさることながら,工業化の推進が重要な課題となっているようにみうけられる。

最近の一つの特徴は,環境問題が一国だけの問題にとどまらず,国際機関によってとり上げられてきたことにある。とり上げ方は,当該機関の性格によって異なる。OECDでは,経済成長にともなう社会的コストとして環境問題をとらえ,この問題を経済政策との関連において考えようとしている。

国連は,「現在の環境危機の問題ほどあらゆる国にとって一様に関心のある問題は国連25年の歴史上かつてなかった」という意識の下に,精力的にとり組んでいる。国連で対象となっている環境問題は①環境汚染,②人間居住の環境的局面,③天然資源の合理的管理となっている。日本でいう公害は,①の環境汚染と考えられるので,国連のこの概念は非常に広いとみられるが,前にみてきたように欧米諸国の考え方からすれば常識であるといえる。

以上のように,現在検討されている環境問題は生活環境の悪化を防ぎ,自然資源の保全を図ることまでも含む広範囲の内容をもつものといえよう。

(2)生活環境の諸要因環境問題に関するとり上げ方は,国によりまた国際機関によって異なっているものの,われわれからすれば非常に広い範囲にわたるものであることがわかる。

ここでは観点を変え,国民が実感として生活環境をどのように考えているかを検討することによって,環境問題を考える手がかりとしたい。

第58表のフオーチュン誌の調査結果は,同誌がアメリカの大企業270社の社長に対して「どの都市が生活環境として最高であり,また最低であろうか」をたずねた際の回答者数の比率を示したものである。なお,ロサンゼルスは良い環境の都市としても(4%)上げられているがここでは便宜上回答者数の多かった悪い都市に分類することとした。

第58表は,ここで指摘された13都市について環境問題と比較的関係のあるとおもわれる諸要因について分析したものである。

これでみると,環境の良い都市と悪い都市では,人口密度,公共施設,暴力犯罪件数,製造業比率,降下ふんじん量等において明白な差異が認められる。ただ,この諸要因の中にはかなり相互に密接な関係をもっているものもあると思われる。たとえば,公共施設としてとった学校や病院数は人口密度と関係があると考えられるし(医師数についてみる限りほとんど差は認められない。),降下ふんじん量等については製造業比率と直接関係することはまず間違いないであろう。

このように考えると,ここに取り出した要因の中で重要だと考えられるのは,人口密度,暴力犯罪件数,製造業比率である。しかし,暴力犯罪については,個人の生活環境を規定するものとしては重要であるが,ここでは,公害に焦点を絞ることもあって犯罪についてはふれないこととする。

一般に環境問題は工業化,都市化の進展による弊害と考えられている。3月の国際シンポジウムで出された東京宣言においても「環境破壊は技術進歩をともなった工業化,都市化の結果である。」としている。この点は,上述の面接調査による生活実感とよく一致していると考えられる。したがって,以下の分析においては以上のような点を考慮しつつ,わが国でいう公害一環境汚染に焦点をおいて検討することとしたい。


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