昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第1章 調和のとれた成長のための課題

1. 繁栄の1960年代

第二次大戦後,早くも四半世紀になる。この間,世界経済は全体としてみると,ほぼ順調な回復,拡大を続けてきた。特に先進国においては,その経済成長は,1950年代の年率4.1%から60年代にはいって年率4.8%へとその伸びを高めている。すなわち第23図に見るように,先進国全体としては,60年代は,50年代におけるような大きな景気後退も招かず,ほぼ一貫して高い成長を続けてきたのである。発展途上国にあっても,50年代の年率4.6%に引き続いて同5.2%という先進国を上まわる成長が続いた。このような60年代の目覚しい経済発展は,一つにはアメリカをはじめとして多くの国において,失業問題の解決,さらに進んではより大きな豊かさへの挑戦を目指す積極的な成長政策が成功をおさめたことの結果であった。すなわちアメリカでは,60年代初めの民主党政府登場以来採用されてきた完全雇用,高成長政策がそれである。イギリスでは大きな成果にまで至らなかったもののストップ・アンド・ゴー政策に対する反省から生れた,経済の拡大均衡を目指す長期経済計画がそれである。またヨーロッパでは50年代の終りに,資源の最摘利用をはかることにより,「共同体全体の経済活動の調和した発展,持続的かつ均衡のとれた拡大……を促進する」ことをねらいとしたEECが発足したし,日本でも60年に所得倍増計画が策定された。さらに発展途上国についても,「国連開発の10年」が着手され,60年代における発展途上国の成長率を少くとも年平均5%まで引き上げることを目指したのである。

第2に,60年代の高成長を支えてきたものに,世界貿易の拡大がある。世界貿易の増加率は,輸出額でみると50年代の年率5.9俗から60年代の同8.1弾へと飛躍的な上昇を示した。とくに先進国の場合には6.8数から8.7弾へと一層の拡大が見られる(第24図)。第25図に見るとおり各国とも貿易依存度を高めてきているが,これは資源の有効配分,最適利用を求めて国際分業関係を促進する傾向が強まったことを反映していると思われる。各国は自国の比較優位の産業,生産性の高い産業に重点的に力を尽すことによって,その潜在的成長能力をひき出し,世界経済の中で相互にその成長を加速化させることになったのである。とりわけ,先進国間の貿易拡大については,貿易自由化やケネディラウンドを中心とする関税の引下げ等が与って力があったと思われる。

第3に,このような国際化の進展は単に貿易面のみにとどまらず,資本,技術・知識,企業活動等の広範な分野に及んでおり,これが,各国間で相互に成長を刺激してきた面も見逃せない。とくにアメリカ資本のヨーロッパヘの進出や,EECの域内交流の増大は,ヨーロッパの経済発展に大きな影響を与えてきたとみられる。

先進国の経済成長を,主要国について概観したのが第29表であるが,これによると,67年に戦後最大の不況に見舞われた西ドイツに,50年代の平均7.9%から60年代の4.3%への急落が見られ,63~64年の大規模なストライキを経験したイタリアにやや落ち込みが見られるほかは,アメリカの2.9%から5.0%へ,日本の7.7%から10.3%への上昇をはじめとして,全ての国で50年代を上まわる高い成長が記録されている。これを項目別にみると,何れの国も国内固定資本形成及び輸出入の高い上昇率が目立っている。固定資本形成については,ストや不況の影響を大きく受けているとみられるイタリア,西ドイツの両国を除いては,各国とも60年代にはいって50年代を大幅に上まわる上昇率を示しており,日本の13.0%を筆頭に,フランス8.9%,オランダ7.8%,デンマーク7.0%等いずれも高い水準を記録してる。アメリカでも60年代の二度にわたる投資ブームの結果,50年代の二倍以上に達する5.1%という高い数字を示し,貿易と並んで,国内固定資本形成が60年代の高成長の二本の柱であったことを物語っている。こうした各国における固定資本投資の活発化は60年代の各国の政策を反映した生産拡大,操業度上昇による設備投資の必要性や,また労働力需給ひっ迫に対する省カ化への対応であったと思われるが,さらには60年代を通じてますます進展した経済の国際交流に対処するために,競争力強化の立場から合理化投資が増大したことにもよるものであろう。

第29表 主要国の実貿GDP成長率

さらに,このような経済の高成長の背景には,国際的にも国内的にも,労働力の有効な移動が行なわれたことが挙げられよう。すなわち,生産性の低い一次産業から,生産性の高い部門へと就業構造が変化し,人口の増加を上まわる生産性の増加がもたらされたことが成長に大きく寄与してきた。第31表に示されているように,いずれの国においても農漁業の構成比は急速に低下しており,逆に生産性の高い製造業,その他の比重が増してきているが,ここで注目すべきは,アメリカ,イギリス,カナダにみられるように,生産性の最も高い製造業の構成比伸び率に頭打ちの傾向があらわれ,さらには低下する傾向をうかがわせていることである。これは,各国における高成長政策実現の結果もたらされた生活の高度化の為に,情報産業をはじめとする新たな産業分野が社会の中で重要な地位を占めはじめていることを物語っていよう。

先進国におけるこうした順調な経済発展の結果,多くの国で高雇用が達成された。 第26図 に見られるように,OECD諸国全体では58年の3.8%をピークに失業率は下降の一途をたどり,66年には2.3%の低い水準に到達している。その後やや失業率上昇の傾向は見られるものの,なお50年代末から60年代初の水準よりはるかに低く,60年代全体を通じて失業問題解決の方向に進み高雇用経済が達成されたことを示している。これを主要国についてみると,すでに早くから失業率が低い水準にあったイギリス,フランスでは近年失業率がやや高まる傾向が見られるものの,他の諸国ではいずれも50年代末の高い水準からの著しい低下を示している。

第30表 就業構造の変化

このように多くの先進諸国で,高雇用,高成長の経済政策が実現された結果,所得水準は顕著に上昇している。国連の統計によれば,北アメリカでは58年の一人当り国民所得2,161ドルから,68年には3,454ドルとおよそ1.7倍の上昇を示し,またヨーロッパでも58年730ドルから,68年には1,440ドルヘと2倍に近い伸びを達成している。これを主要国について60年と68年を比較したのが 第27図 である。日本の3倍近い伸びを筆頭にイタリアで2倍強,フランスで2倍弱等いずれも高い伸びを示し,しかも各国間の格差も縮小している。このような所得水準の顕著な上昇は,各国において国民の消費生活の向上をもたらし,60年代における政策課題であった豊かさの追求という量的成長の面からみる限り少くとも主要先進国についてはかなりの成功をおさめてきたといえよう。