昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


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第2部 世界経済の発展と国際交流の増大

第3章 知識・人材の移動増加

3. 人材移動とその問題

以上にみてきたような情報,知識の移動とともに,情報化社会への移行に伴って世界的規模における人的交流もますます拡大しつつある。これを国際間の航空機の利用でみると,自由世界だけで,1965年の1,695万人から25年には5,680万人と3倍余になり,80年には7,550万人と4.5倍になるといわれている。また,海外の情報集収が重要になるにつれて,それに伴う人的移動も増大しつつある。第61表に示した日本企業の在外貿易事業所数及び貿易従事者数の著しい増大もこうした事実を物語っているといえよう。知識と並んで,直接知的活動に関与している人材の移動は,先進国間においても,また先進国から低開発国むけにも増大し,人材の世界的な交流,増大の傾向は明らかである。

(1)先進国間の人材移動

1)アメリカへの人材移動

まず先進国間の動きからみて行くと,人的交流も知識移動と同様に世界的に活発化しつつあるが,人材移動に関する限り,アメリカへの一方的流入がめだっている。第62表に示すように,アメリカへの科学技術者の移住は,1963~67年の5年間に総計3万人を超え,とくに66年以降はアメリカの移民法の改正の影響もあって急増している。国別にみると同じ言語を使い,同じアングロサクソン民族であるイギリスや,経済的にほとんど一体化しているカナダからの移住者が全体の約3分の1を占めている。

アメリカへの移住の多いイギリスでは研究者ストックのかなりの部分が移住し,頭脳流出の問題が大きな社会問題として提起されている。すなわち,第62表にみるように,63~67年の間にアメリカに移住した科学技術者数は64年現在の研究者数の10.5%にのぼったことになる。イギリス技術者の頭脳流出白書によると,61~66年の6年間で8,000人が純流出しており,なかでも若年令層とくに新卒の技術の比率が高く部門別では航空機産業や電子工業などの技術先端産業部門が多いといわれる。

また,アメリカへの人材移動は先進国からばかりでなく,低開発国からの流入の比重がかなり大きいことも特色である。すなわち,第64表に示すように,1966年現在における外国人科学者は,全体として低開発国出身者がほぼ半数に近い比率を占めている。このような事態は,低開発国にとって先進国とは異なった意味で問題を提起している。それは,先進国にとっては,アメリカへの人材流出はそのストックの一部であるのに対し,低開発国にとってはアメリカはじめ先進国への人材移動によって人材ストックの形成自体が阻害される懸念があることである。

このように,アメリカへの人材流入が大きい要因としてはつぎのような諸点をあげることができる。すなわち,①科学技術水準において優位を占めていること。②アメリカの技術者不足によって技術者に対する国際市場がアメリカを中心に急速に発展していいること。③科学技術者に対する報酬が高いだけでなく,研究意欲を十分に満足させる技術開発体制と産業の水準にあることなどである。

第63表 イギリスの流出入バランス

第64表 アメリカ在住外国人科学者

2)人材の獲得と養成

以上のような人材の移動だけでなく,海外において,人材を獲得,利用するケースもふえている。アメリカ企業は従来のようにセールスオフィスのみならず,研究や技術サービスのセンターをヨーロッパに置き,海外の人材や知識の利用を進めている。これは言語の異なる国からの人材移動が難しいため,研究員の本国で,十分な設備と待遇を与え,研究成果を吸収しようというのである。例えば,モービルオイル社はイギリス,西ドイツ,フランス,イタリアで相当大規模な研究活動を行なっており,またスウェーデン,オランダ,オーストリア,西アフリカ,日本,オーストラリアニュージーランドには小規模ながら研究所を置いている。同様に,I,B,Mもフランス,西ドイツ,イギリス等27カ国に研究所を置いている。

また,さきに述べたマーケッティングやコンサルタント会社でも,独自のスタッフを送り出すことをせず,ヨーロッパの会社を吸収合併してヨーロッパ人の人材の利用を進めており,例えば,さきにあげたマッキンジー社は全スタッフの3分の1をヨーロッパ5都市に置き,その在欧スタッフの5分の4はヨーロッパ人を登用している。さらにこれらヨーロッパ人の多くはアメリカの大学教育を受け,全員がマッキンジーの社内教育を受けている。また日本では外資系企業が民間企業の科学技術者の3.5%を雇用しているといわれる。

他方,ヨーロッパ企業は,アメリカ的経営,人間管理技術を採用するための人材養成を行なっている。西ドイツのフォルクスワーゲン社では将来の経営を担う若手社員をアメリカ支店に配属し,そこで経営手法などを身につけさせる留学制度をとっている。さらにまたイギリスや西ドイツではアメリカ流の経営法を教えるビジネススクールが次々に誕生している。今後こうした形態の人的交流はますます増大するものと思われる。

(2)他開発国からみた人材の移動

1)移動の諸形態

つぎに低開発国を中心にみると,つぎのような移動の形態に分けることができる。すなわち,①各国政府間および国際間の公的技術協力による先進国側の低開発国への専門家の派遣,低開発国からの学生,研修員の受入,②低開発国相互間の専門家,研修員の交流,③先進国の民間企業の低開発国進出に伴う経営者技術者などの人材の流入,④低開発国の人材の先進国への流出である。

まず,公的ベースの人材移動であるが,さきにもみたように,先進国の経済援助のなかで技術協力が広範に行なわれるようになったのに伴って年々増加を続けている。すなわち第45図に示すように各種の形態における先進国,低開発国間の人的交流は一貫して増加している。

このような人材移動は,1960年代の先進国の低開発国に対する経済協力が単に資本協力によるだけで十分な効果をあげることができなかったという認識に基づくものであった。すなわち,1960年第3回DAC会議の際アメリカが「投資の前段階における技術援助」を提案し,それ以来先進国の経済協力がその効果を発揮するように援助受入れ国の基礎的技術能力あるいは技術の吸収を高めるための専門家の派遣などの経済協力が重視されるようになった。そしてこのような技術協力による先進国から低開発国に対する派遣も低開発国から先進国への学生,研修員の留学も,ともに増加を続けている。第45図からわかるように先進国の専門家の派遣は1962~68年に31.8%増加し,また低開発国の留学生は同じく67.7%増と,その増加テンポは前者を上回っている。

この種の人材の移動に伴う経費は技術協力の援助額の大半を占めている。

DAC加盟国の技術協力の場合では,ここ数年人材の受入れ派遣のための経費が技術援助額の60%余となっており,また国連開発計画(UNDP)でも専門家,研修員コンサルタントに要する経費が総額の70~80%に上っている。

第45図 低開発国と先進国との間の人材移動

以上のような,先進国と低開発国の間の人材の交流と並んで,最近は低開発国間の人材の移動も先発国から後発国への専門家の派遣,先発国による後発国の研修員受入れという形態で急増している。第65表にみられるように,コロンボ計画による研修員の受入は,インド,パキスタン,シンガポールを中心に行なわれ,なかでもインドは全体の80%を越える圧倒的多数を受入れている。

第65表 コロンボ計画による研究員の受入

このような低開発国相互間の人材移動は,各種の条件が類似した国の間の協力という点では,有効な協力形態とみられる。経済協力の援助国と受入国との経済水準,技術水準,習慣,風土などの諸条件が根本的に違ったり,差が大きすぎる場合には,援助の焦点がはずれたり,受入国の反発を買ったりする場合もある。こうした点で,先発,後発の低開発国間の協力という新たな形態の協力は,一部低開発国の経済,技術水準が高まるにつれて有効なものとなり,これに伴う人材移動も増加するであろう。

低開発国への人材の移動は,技術協力,技術援助によって行なわれるほかに,さらに,先進国の企業進出に伴って経営者や技術者の流入が増加している。民間企業による投資は,低開発国側にとって,国全体としての利点のほかに,その事業自体としても経営,技術,資金などが一体化され,総合的に責任のある協力が得られる利点があるといわれる。とくに経営と技術に関係する先進国側の人材が流入することは,低開発国自体の人材の開発,形成に直接間接の刺激を与えるであろう。

2)人材移動の内容

以上にみたように,低開発国をめぐる人材の移動の主流をなしているのは,先進国との間の技術協力に基く人材移動であるが,それはどのような分野に向っているであろうか。低開発国における人的資源の開発が何よりも緊要なことから,まず教育関係が中心となってきたことは,いうまでもない。

第46図に示すとおり,低開発国の研修生の教育と専門家,技能者の低開発国への派遣という二つの人材移動の形態のいずれも,基礎的な教育から農業,工業の現場技術,さらには経営管理技術に至る幅広い分野に及んでいる。経済協力としては規模は小さいが,国連開発計画においてもほぼ同様である。しかし,このような人材移動のなかで中心をなしているのは教育関係の分野である。すなわち,67年に専門家として先進国から低開発国へ派遣された人員は,112,501人であるが,その53%に当る59,641人は数員として,あるいは教育行政官,教育顧問として低開発国に派遣されている。これに,低開発国から先進国へ留学した学生と教育研修員を加えると,教育関係の人材移動が全体の33.5%に達している。このように教育関係の分野の人材移動が多いことは,経済水準の向上に必要な知識,技術能力を支える一定の人的資源ストックの形成,増大を促進しよう。

しかも,こうした教育部門への人材移動はその内容が最近いくつか変化してきている。それは,当初は初等教育に重点が置かれたのに対して,最近は高等教育に優先度が与えられるようになったことである。第66表にみるように,1963~65年には低開発国に派遣される教員のうち初中等学校むけが圧倒的で,大学など高等教育むけは全体の6%に満たなかったが,66年から後者の比率が増して翌67年には10%近くなっている。このように高等教育への教員派遣の比重が増している背景としては低開発国の経済水準の向上により高級の技術者等の人材の必要が高まってきたことや初等教育の普及が人口の都市移住,都市部の失業増大という否定的側面を生んでいることなどである。

このようにして,当面は高等教育にやや優先度がおきかえられつつあるといえる。

教育について人材移動の多いのは農業および工業の分野である。前掲第46図にみるように,これらの分野の人材移動は年々増加しており,とくに最近では農業部門より工業部門の人材移動の増加率が高い。なかでも工業関係の低開発国留学生と研修者が65年以降に増加している。そのほか人材移動は,動力,運輸,通信などのインフラストラクチュア部門,経済計画,調査,行政,保険,社会奉仕,労働関係などの諸分野における専門家研修員の移動がみられ,また先進国への留学生も自然科学,医学,社会科学などに及んでおり,低開発国をめぐる人材移動は広範な分野にわたっている。そのなかで,先進国の専門家が動力,運輸通信などインフラストラクチュア部門に最も多く派遣されていること(66年派遣専門家総数の22.6%,67年には20.5%)は,経済開発の基盤の整備を図る点で注目されよう。

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このような知識や人的交流の広がりは,知識の専門化を進め,それによって,さらに専門技術者の増大を惹き起す事が予想される。このことは,第67表に示した様なホワイトカラーの全雇用者に占める比重の増大傾向からもうかがわれ,情報化社会の中での知的労働の重要性を示唆している。とくに,情報処理技術者は,大量情報処理の進展とともに,著増が見込まれている(第68表)。

こうした知識や人材は教育によって形成され国際的相互関係ネットワークに組込まれていく。したがって知識や人材の世界的な移動の高まりの中での今後の各国の中心的課題の一つとして後述する様な教育問題がクローズアップされてくるものと思われる。

第67表 製造業ホワイトカラー比率


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