昭和43年

年次世界経済報告

再編成に直面する世界経済 

昭和43年12月20日

経済企画庁


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第1章 1967~68年世界経済

3 世界経済の今後の見通し

これまで述べてきたように,1968年の世界経済はその実態面では,アメリカ,ヨーロッパ,低開発国などすべてにわたって好調な景気拡大の年であったが,今後の景気の動向にはかなりの問題がでてきそうである。

まず,アメリカであるが,増税と財政支出削減の効果はこれまでのところ予想以上に遅れているため,貿易収支の改善も進んでいない。しかし,今後は徐々に効果も浸透してこようから,おそらく69年上期には,成長率もかなり鈍化し,貿易収支の改善も進むであろう。

ただ,アメリカ経済は黒人問題や貧困の解消など,重大な社会問題を抱えているうえに経済内部にインフレマインドが浸透してしまっていることなどを考えると成長の鈍化をいつまでつづけることができるかは問題であろう。

この点から,一応,来年6月までとなっている増税が,6月以降にも引続き継続されるかどうかが,今後のアメリカ経済の動向を左右する一つの鍵になりそうである。

また,ニクソン新大統領の出現により,政府の経済政策は従来に比べて安定重視の方向へ傾斜するであろうとみられているが,現在のアメリカ経済の実情からみて,共和党政権といえどもかつてのアイゼンハワー時代のような安定重視政策の行過ぎに陥る危険性は少ないといえるであろう。

なお,69年のアメリカ経済については,ベトナム和平の影響という不確定要素がある。しかしこの点は①和平成立から実際の大量撤兵までにかなり時間がかかるうえに,ベトナム軍事費節約で浮いた部分が軍需品備蓄の増強その他へ振向けられる可能性もあること,②国内に社会福祉費その他緊急に増額を必要とする支出項目があること,③ポスト・ベトナムの経済再転換についてはかねてから政府部内で周到な準備がすすめられていること等々の理由から,ベトナム和平が景気後退をまねく可能性は少ないとみるべきであろう。むしろベトナム和平は,国際収支の改善と熟練労働力の供給に寄与することで,経済的にもプラスの作用をするものと考えられる。

いずれにしても69年の実質成長率が68年のそれ(推定約4.6~4.7%)をかなり下回ることはさけられそうにない。また,そうならなくては物価の安定や国際収支とくに貿易収支の改善も期待できないであろう。

つぎにイギリス経済であるが,ここでも国際収支の改善が69年に持越されたことが,69年の経済動向を決定的に左右すると思われる。最近ポンド切下げの効果がようやく輸出面にあらわれてきたものの,輸入面では依然高水準の輸入がつづいて,あまり効果をあげているとはいえない。

政府は69年中に年率5億ポンドの国際収支黒字を出すことを目標としており,また,フラン,マルクの動揺を契機として11月中に一連の新たな引締め政策がとられたことから考えても,国内需要はおそらく停滞的に推移するものと思われる。したがって輸出が伸びるにしても,実質成長率は68年(推定約3.5%)を下回るのではないかと考えられる。

他方,欧大陸では,68年にみられた活発な景気上昇が69年も続きそうな情勢であったが,最近の通貨不安の再燃と,それに関連してとられた政策措置により,景気の見通しにもやや晴い影が現われそうである。まず西ドイツでは,68年に予想外に急速な景気上昇がみられ,実質成長率は6%前後に達すると思われるが,最近では操業度がかなり高くなったうえに,失業率も1%を下回るまでになっているので,今後は68年のような急速な拡大は困難であろう。そのうえ,11月にとられた国境税調整が若干の輸出抑制,輸入促進効果をもつと考えられるから,69年の実質成長率が68年にくらべ鈍化することはさけられまい。

フランスは,最近経済活動が急速に上昇しているが,11月のフラン危機に際してとられた厳しい財政・金融の引締措置によって,景気の先行きにはやや暗雲が出てきたようである。しかし,財政支出の削減を考慮してもなお,69年の支出規模は,本年度当初予算にくらべて14.5%増という高い増加率であること,賃金上昇率がひきつづきかなり高く維持されるだろうことなどを考えると,69年の成長率は68年のそれをかなり上回るものと予想され,むしろインフレ傾向の進展が懸念されている。

イタリアについては,68年にはいって,経済拡大テンポの著しい鈍化がみられたが(本年の推定成長率4.5~5%)最近各種の景気刺激措置がとられたので,69年の成長率はかなり高くなりそうである。しかし,政情不安定というマイナス要因も見逃せない。

以上のような主要国の経済見通しを総合するとOECD全体の国民総生産のなかで,5割余という圧倒的ウエイトを占めているアメリカの成長率がかなり鈍化すると予想されるから,OECD全体の実質成長率も68年のそれ(推定約5%)をかなり下回ることになるだろう。しかし,イタリアと日本を除いて,ほとんどすべての工業国が多少とも景気停滞に陥った67年(実質成長率3.3%)に比べると,69年のほうが高い成長率を維持できるものと期待されている。

低開発国経済は,68年に先進国の好況による先進国向け輸出の増加と,農産物の豊作により概して好調に推移したが,69年は先進国の景気の鈍化で輸出は若干鈍化すると思われる。しかし,68年の農作はひきつづきおおむね良好のようであり,工業生産の上昇傾向もつづいているので,69年の低開発国の経済は一応順調に推移するとみることができよう。

以上のような経済動向から,69年の世界貿易は,アメリカの景気スロー・ダウンの影響をうけるが,世界貿易に占めるアメリカのシェアは,約15%とそれほど大きくないので,世界貿易に与える影響は生産の場合ほどは大きいとは思われない。

一方,西欧諸国の輸入は,イギリスの輸入が,11月の引締め措置で抑制されるほかは,西ドイツの輸入が国境税調整の影響もあって,68年に引続きかなり大幅に増えると思われるし,フランス,イタリアの輸入の増勢もむしろ高まるであろう。

したがって,西欧全体としては,68年程度の増加率は期待できるであろう。また,低開発国の輸入は,これまでの輸出増加と金外貨準備増加のあとをうけて最近ようやく増大傾向を示しており,おそらくそれが69年の前半にかけてつづくとみてよかろう。

したがって,69年の世界貿易は,国際通貨情勢にこれ以上重大な攪乱が起らぬかぎり,68年より若干鈍化する程度で推移するものとみられる。

ただ,日本のように対米依存度の高い国の輸出は,アメリカ景気の鈍化による影響も大きいと思われるうえに,国際通貨不安に対処するため,各国で輸入制限強化の動きが表面化してくる気配もあるので,今後のわが国の輸出環境には必ずしも楽観を許さないものがある。


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