昭和42年

年次世界経済報告

世界景気安定への道

昭和42年12月19日

経済企画庁


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第2部 世界の景気変動とその波及

第4章 景気変動と資本移動

1. 景気変動と民間資本移動

景気の国際波及は,貿易変動のほか資本移動を通じても行なわれる。たとえば,1966年央にみられた国際的高金利現象も,欧米景気の上昇過程における各国の強い資金需要が国際資本移動をひき起こし,国際的に金利を上昇させたものであった。

工業国間にはこのような景気変動に伴う民間資本移動がみられるが,その半面,工業国から低開発国への資本移動については,必ずしも工業国の景気変動との間にはっきりした関係は見出せない。

また,民間資本を長・短期に区別してみると,最近の長期民間資本移動は景気変動とは直接的な関係を持っていないようである。これには,資本移動規制の動きが長期資本移動の自由を制約しでいることも影響している。これに対して,短期資本は景気に敏感に反応している。そこで以下では,長期資本移動にふれつつ,とくに民間短期資本移動と欧米工業国の景気変動との関連を考察してみよう。

(1) 1960年代の民間長期資本移動の特色

1950年代にアメリカは巨額の民間長期資本輸出を行ない,他の国の国際流動性の増強に寄与し,ドル不足の解消を促した。

60年代になってもこの傾向は続いたが,60年代における民間長期資本移動の第1の特徴は,アメリカの直接投資が業種別では50年代の鉱業とくに石油投資から60年代の製造業投資に変わってきたことであるが,そのため一部の国ではドル過剰傾向もみられるに至った。また市場別にみると,EE C結成以来,EECが成長市場として期待されると同時に,域内関税の撤廃が域外からの輸入を差別することもあって,従来イギリスを中心とした直接投資が61年以来EECに転換する動きが現われた。アメリカ企業の対欧進出の激化は一部諸国の反感を買うと同時に,アメリカの国際収支負担を増すことになり,65年12月には直接投資のガイド・ラインが設けられ,66年の直接投資増加が抑制された。しかしその半面では,ヨーロッパにおけるアメリカ企業の起債が急増して,ヨーロッパの資本市場をひっ迫させた。

海外民間直接投資と景気変動との関連は,一般にはつぎのようにいわれている。総需要が相対的に強く,そのため設備の不足が起き,経常収支が悪化している国では,直接投資の流入が促進され,資本輸出が阻害される。このかぎりにおいては,直接投資はその国の国際収支均衡化要因となる傾向がある。これに対し,総需要が相対的に弱く,経常収支が好転しつつある国では資本輸出が促進され,資本輸入が阻害される。

しかし,最近数年間の動きをみると,一部諸国は経常,長期資本勘定で同時的に黒字(または赤字)となって,資本取引は均衡要因というよりも,むしろ不均衡要因化した例外もある。西ドイツ,フランスの例がそれであるがそれは好況局面で経常収支が黒字になるという変則的な事態が現われ,不況局面では長期資本収支が黒字化したからである。これは,アメリカから大量の直接投資があったこと,フランスでは資本輸出規制があったことなどによるものである。海外からの直接投資は,多くの場合事前の調査により,長期見通しに立脚して投資を決定するが,決定後から設備の建設,据付けまでにも長期間を必要とするため,その間に景気局面の変化もおきて,前記のような一般的な傾向とは一致しない動きを示したものと考えられる。

第2の特徴は,金利平衡税その他のドル防衛措置とその影響である。63年7月に発表された金利平衡税は工業国のニューヨーク市場における証券発行を制約したばかりでなく,65~66年にはドル防衛措置強化によって,ドルの投融資を制限されたアメリカ企業が必要資金の調達をヨーロッパ資本市場に求めたため,ヨーロッパ市場の繁忙がみられ,金利は異常に騰貴した。西欧における66年の新規発行額は25億ドルに達し,前年の倍近くになったがそのうち7億ドルはアメリカ企業によるもので,欧州諸国の新規発行額とほぼ同額であった。アメリカ企業の海外投資が規制されていなかった64年以前では,このような新規発行はゼロであったことからみると,アメリカ企業の現地資金調達は現地企業にはかなりの衝撃となったとみられる。

(2) 1960年代の短期資金移動

つぎに民間短期資金移動は,1958年末の西欧主要国通貨の交換性回復を契機として活発化してきた。短期資金移動は,①政治的安全化を求めて移動するものと,②経済的動機によるものとに大別されよう。

① 政治的安全性を求めて移動する資金は,第2次大戦にナチスに迫害されたユダヤ人の資金移動,56年のスエズ危機,近くは67年6月の中東戦争に基づく短資移動などがその代表的な例である。しかし,このような政治的な国際短資移動は必ずしも景気変動と直接の関係はない。

② これに対して経済的動機によって変動する短期資金は,①投機的色彩の強い短資移動と,②景気局面による国際的な資金需要の強弱・金利差によって移動するものとに区別されよう。

そして,投機的短期資金の移動の例としては,60年のドル切下げ不安によるアメリカからの資金流出,61年のマルク切上げ気配に基づく西ドイツへの短資流入,64年秋以来のポンド危機で再三イギリスから流出した資金などがあげられよう。


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