昭和40年

年次世界経済報告

昭和40年12月7日

経済企画庁


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第5章 イタリア

1. 概  況

1964~65年のイタリア経済には景気局面の転換がみられ,64年初から夏にかけての景気後退のあと回復過程をたどっている。今回の景気後退は戦後最大の規模をもつもので,生産水準も大幅の低下を示した。このため,61年来鈍化傾向にあった成長率はいちだんと低下して,実質2.7%(64年)と52年来の低水準を記録した。需要の低下がいちじるしかったのは民間投資であり,公共投資が63年比9%前後の上昇を示したのに対して,民間部門の設備投資は15~20%も下回ったとみられる。

生産の停滞に伴って,63年までの労働力市場の逼迫は急速に緩和され,しだいに失業率の高まりを示し,64年末までに操業時間の短縮が主要産業にも及んだ(とくに,建設業,繊維業,自動車産業など)。このような市場条件にもかかわらず賃金率は,上昇幅を狭めたとはいえ,いぜんとして上昇傾向を続けた。

このため,勤労所得は,前年比12%(名目)増と国民所得の伸び率(9.8%)を上回る増加を示した。一方,賃金率の上昇は賃金コストの改善に制約条件として作用し続けた。景気後退期およびその後の回復期を通じて,消費者物価の上昇がみられたのは,主として,賃金上昇のこの両面の作用によるものである。

内需の停滞と対照的に,輸出需要はいちじるしい増加を示した。このため,63年にみられた貿易収支の大幅な赤字は急激に縮小され,国際収支の改善に寄与した。国際収支は64年第2・四半期以降,急速な改善をみ,64年年間に7億7,500万ドルの黒字を示し,65年上期でも黒字基調を続けている。64年初に頂点に達したリラ危機が短期間に収束されたのは,税法の改正による輸出の優遇措置の導入や,63年秋以来の引締め政策の効果もあるが,海外需要,とくにE EC域内需要の好調によるところが大きい。

生産後退がいちじるしくなった64年夏以降,景気対策の重点は引締め緩和に移り,金融政策だけでなく,しだいに財政政策の比重を高めていった。65年3月中旬にとられた緊急景気対策は,主として,もっとも不況の影響を受けた建設部門を対象とした財政政策で,政府保証債による資金調達,特別融資,建物に対する免税期間の延長,登記税の引下げなどの措置をふくんでいる。このほかに,中小企業の合理化融資,社会保険料の一部国庫負担,失業手当支給期間の延長なども決められており,非常に範囲の広いものである。

これらの措置の効果もあって,国内生産は徐々に回復過程をたどり,工業生産も65年5月には後退前のピークに達し,生産の上昇はその後も続いている。

しかし,一部には回復のおくれている産業があるため,政府は8月および9月に,これらの不況部門(繊維,建設,造船業など)に対して景気対策の強化を行なった。

2. 景気後退から回復過程へ

1964~65年におけるイタリア経済の停滞は,戦後の高成長を通じてみられた数回の景気後退のなかでも最大の規模をもつものであった(第5-1表第5-2表)。すなわち,工業生産(総合)は64年1月をピークに急激な下降を示し,8月までに10%近い生産水準の低下をみた。従来の景気後退が戦争直後の1循環を除いて,ほとんど大きな生産低下を伴っていないことと比較するといちじるしいちがいであり,そのうえ,その後の回復過程が長びいて65年5月にようやく後退期のピークに達したことも,今回の停滞の深刻さをあらわしている。

生産の停滞はすでに63年秋ごろから,まず投資財部門にあらわれ,ややおくれて消費財生産も下降をはじめた(第5-1図)。中間財部門の動きはその他部門と異なって,63年を通じて急上昇を示したあと,64年前半では高水準横ばいから年末にさらにより高い水準に上昇した。中間財部門のこの特殊な動きは内需の伸びなやみと対照的に,この期間に輸出需要に支えられて,前半は化学・石油業で生産の上昇がみられ,後半では鉄鋼生産が新製鋼所の操業開始もあって大幅な伸びを示したことによる。

輸出需要は投資財および消費財についてもいちじるしい増加を示し,とくに投資財では前年比22%ともっとも高い伸びを示した。しかし,生産水準の落ちこみは投資財がもっとも大きく(1963年9月~64年8月,19.3%減,第5-2表),なかでも,機械産業は30%近い激しい低下を記録した。外需が堅調であるにもかかわらず,このような生産の大幅な低下を示したのは,国内需要の伸びなやみを反映したものであることがわかる。

64年における国内総需要は前年を1.5%下回るという戦後はじめての事態を示し,輸出の増加が大きかったにもかかわらず,GNPの伸びも3%弱と,52年来の低水準にとどまった。この国内需要の停滞は,第1に,総固定資本形成が60年初の大幅な上昇のあとしだいに鈍化傾向を示しながらも,ずっとGNPの伸びを上回る増加を続けてきたのに対して,64年には前年水準を10%も下回るという激減を記録したことによる。第2に,消費需要の伸びが鈍化したことである。すなわち,63年には消費需要の伸びが大きく,とくに,耐久消費財需要を中心とした個人消費が増加して投資需要の鈍化をカバーしていた。しかし,63年秋からとられた引締め政策の影響によって,主として乗用車購入が制約されたため,64年の個人消費は2.4%しか増加しなかった(63年は9.2%増)。

総固定資本形成の減少は,すでに63年において非住宅建設の水準低下がみられたのに加えて,住宅建設および機械・設備投資が大幅に低下を示したことによる。62年にピークに達した住宅建設は63年末には増加がとまり,64年の建設許可数は前年比28%も低下した。政府による住宅建設のウエイトは低いので(1963年で5%),この低下の大部分は個人住宅の減少によるものである。個人住宅建設の急減には,主として,①61年来の建設ブームによる建設資材および賃金上昇による建設費の急上昇,②所得上昇率の鈍化,③信用引締め,④新都市開発法の実施による将来にたいする不確定性の増大などが制約要因としてはたらいたとみられる。政府は庶民住宅建設の促進をふくむ建設業に対する不況対策をすすめているが,現在までのところはっきりした回復を示しておらず,65年の住宅建設完成数は前年比20%程度の減少が予想されている。

機械および設備投資の減少は全体では10%弱であるが,民間部門にかぎってみると,ほぼ20%減にものぼるとみられる。60年初以来,急速な伸びを示し,経済拡大の重要な要因の一つであった設備投資が,64年にこのような大幅な減少を記録したのは,主としてつぎの理由による利潤率の低下のためとみられる。

第1に,60年代にはいって賃金の急上昇が生産の上昇を上回る傾向が強まり,とくに62年以来,単位当たり賃金コストのいちじるしい上昇がみられた。

第2に,60年来の引き続き急速な設備投資の拡大により,企業の資本コストがいちじるしく高まった。第3に,63年秋から64年初にかけて実施された引締め政策による一般的需要の抑制と,当時みられた政界の不安定が,経済の先行きに対して不信感を強めた。これらの要因がからみあって,設備投資に対する見込み利潤をいちじるしく低下させたとみられる。政府は64年9月以降の景気支持対策において,投資刺激のための金融財政政策をいろいろ試みているが,企業家の投資性向はいぜんとしてはっきりした改善を示していない。

消費需要の伸びなやみの主要因とみられる乗用車購入は,前年比17%の減少であった。とくに,輸入車の減少はいちじるしく40%近い減少を示した。これは個人所得の上昇率が鈍化していることと,政府の引締め政策が需要を抑制したためとみられる。すなわち,64年2月に新車購入特別税(7~15%)の適用と同時に,ガソリン税の引上げ,月賦購入条件の引締めなどが実施された。

しかし,自動車産業でもしだいに不況の色が濃くなったため,特別税は64年11年に撤廃され,さらに,乗用車およびテレビについての月賦購入条件も12月には緩和された。

第5-1表 イタリアの戦後における景気循環

第5-2表 景気後退期における生産低下

第5-1図 工業生産の動き

3. 物価・賃金の上昇

イタリアにおける物価上昇は,61年ごろからテンポを速め,生計費の年増加率は62年5.8%,63年8.7%としり上りの上昇を示したが,63年夏以来ほぼ1年にわたって引締め政策の適用がしだいに強化されたため,物価は64年には全体として鎮静化をみた。しかし,卸売物価がインフレーション対策によってもたらされた生産の急激な低下に伴って急速に上昇幅を狭めたばかりでなく,水準の低下さえ示したのに対して,消費者物価および生計費は,上昇率には鈍化がみえるが引き続き上昇傾向を維持している(第5-2図)。すなわち,64年の消費者物価上昇率5.9%に対して,65年にはいってからの上昇率を四半期別にみると,5.5%,5.0%と期を追って鈍化している。しかし,65年央の水準は前年よりも4.8%も高く,鈍化の度合いはきわめて緩慢であることがわかる。

卸売物価の安定化には,景気後退およびその後の緩慢な回復過程における需要の停滞が基本的要因として作用したとみられる。そのほかに,天候条件が良好だったため農産物価格が低下ないし横ばいであったことが重要である。しかし,一方では,一次産品の国際相場の騰貴による輸入原材料価格の上昇のような不利な条件もあった。

生産の回復が進むにしたがって,65年央では卸売物価は横ばいから上昇傾向を示しはじめている。しかし,これは主として消費財にみられる動きで,投資財についてはむしろ年初来の低下傾向が持続されている。この投資財価格の低下は投資財需要の全般的回復がまだ到達さみられないためとみられる。

64年における消費者物価の上昇を費目別にみると(第5-3表),乗用車などの耐久消費財,家事サービス,運輸・通信費,動物性食品などがいずれも対前年比10%以上の上昇率を示している。65年央では,全般に上昇率の鈍化がみられるが,家具類および動物性食品などは7%以上の上昇率となっている。イタリアの消費者物価上昇に食料費の値上りがますます重要度を加えていることは,その寄与率が65年央で64%にも達していることから明らかである。サービス料および住居費がこれについでいるが,両方とも65年にはウエイトを低めた。

卸売物価が需要の低下にしたがって安定化の度合いを高めていったのに対し,消費者物価がこのように幅の小さい鈍化しか示していないのは,主として,つぎの理由によるものである。

第1に,生産の停滞による労働力市場の緩和にもかかわらず賃金率の上昇がみられ,また,政府による失業対策の積極的適用によって,全体としての個人所得の低下はそれほど大きくなかったとみられることである(国民所得の伸び率9.8%に対して勤労所得は12%増)。第2に,64年の成長率は3%以下であったが,前年まで続いた数年にわたる高成長が個人所得の急激な上昇をもたらし,この影響が消費におくれてあらわれていることである。第3に,64年夏以降の政府による失業手当の増加などが消費者心理を強気にさせて,全体としての消費性向を引き上げているとみられること。第4に,動物性食品の値上りが続いているのは,消費需要パターンの変化に対して生産構造の転換が引き続きおくれているためである。サービス料金の上昇も同様に構造的要因によるが,公共料金については赤字財政是正のために64年中にとられた運賃などの値上げがひびいている。

こうして,超過需要圧力が重要でなくなった景気後退期およびその後の回復期における物価上昇は,主として賃金率の上昇を要因としていることがわかる。

1964年において賃金率は13.5%と前年の上昇率(14.7%)につぐ上昇を示した。65年にはいって,上昇率は徐々に鈍化しているが上昇傾向はとまっていない(8月の前年同月比6.8%増)。生産活動の停滞を反映して,この間,労働力市場にはいちじるしい緩和がみられた。すなわち,製造業の雇用指数は64年には前年の水準を3.4%も下回り,ここ数年低下を続けた失業率も65年初の最悪の時期には4.2%と60年の平均水準にまで後退した。その後,生産の回復が進行しているが,労働力市場の改善は緩慢であり,年央の失業者はまだ70万をこしている(年初の失業者は83万人)。このような労働需要条件の下で,しかも,1964~65年には大きな労働協約の改訂がなかったにもかかわらず,賃金率の上昇が続いているのは,主として,生計費指数の上昇と結びつけられたスライデング・スケール制のためであるとみられる。とくに,65年にはいってからの賃金率上昇は,2,5,8月の改訂月ごとに,生計費の上昇率にほぼみあった上昇を示し,その他の月では横ばいに推移している(第5-2図)。したがって,賃金と物価の悪循環を断つために,景気対策は物価上昇を促進するような需要の過度の刺激を避けること,とくに,賃金の上昇率を生産性上昇の範囲におさえることが要請されている。しかし所得政策の導入は,現在の社会党連立政権の下では具体化の段階に達しておらず,主として業界からの希望が述べられているにすぎない。

第5-2図 物価・賃金の動き

第5-3表 消費者物価の上昇

4. 国際収支の改善

1964年第2・四半期以降,イタリアの国際収支は急速に改善され,年間7億7,500万ドルの黒字(前年は12億4,500万ドルの赤字)を記録した。65年上期においても,黒字幅にはやや縮小がみられるが,国際収支の黒字基調は持続されている。この結果,外貨準備は期を追って増加し,65年4月にはこれまでの最高水準(62年12月)をぬき,8月の水準は42億ドルと前年同月の水準(31億ドル)を大福に上回っている。外貨準備の増加ばかりでなく,64年初までのリラ危機といわれた時期に増加した商業銀行の対外債務が積極的に返却されて,商業銀行の外貨ポジションは正常水準に復帰したとみられる。

この国際収支の改善には,貿易収支が輸入の急減に輸出の急増が伴ったことから,赤字幅を急激に縮小させたこと(64年間に前年より約10億ドルの減少)が主要因として作用しているが,同時に,資本勘定の改善も重要であった(第5-4表)。

64年における輸入は年間で前年比3%の減少を示した。このうち,景気上昇の最終局面にあった第1・四半期には前年同期比18%の上昇を示したが,その後景気後退が進むにしたがって減少に転じ,第2・四半期以降では前年より9%も低い水準となった。輸入の低下は生産の落ちこみの大きかった64年第3・四半期に最大となり,その後,生産の回復とともに再び上昇を示しているが,65年上期の水準は62年末ごろの水準まで後退している。

一方,輸出は64年第1・四半期に11%(前年同期比,以下同様)の増加であったが,第2・四半期以降は平均19%の上昇を示し,年間では17%増加した。

輸出の増加傾向は65年にはいっても衰えをみせず,とくにEEC域内向け輸出の好調を反映して,上期には前年同期を21%上回る高水準を示した。このため,貿易収支赤字は64年第1四半期の6億8,000万ドルから第2・四半期以降の四半期平均は2億7,000万ドルに減少した。さらに,65年上期では1億4,900万ドル(四半期平均)と均衡化傾向を強めている。

このような貿易収支のいちじるしい改善には,63年における貿易収支悪化の重要な要因であった天候不良による農産物輸入が減少したことのほか,つぎの要因が影響を与えたとみられる。

第1に,63年央以降における信用引締め政策の導入と,その後にとられた特別措置(64年2月および4月)の効果である。特別措置の主なものは,新車購入税(ただし,11月に廃止)および耐久財輸入に対する支払期限の短縮である。

このため輸入乗用車がもっとも大きな打撃をうけた。

第2に,イタリアの輸入は原材料の占める比重が大きいこともあって,生産と非常に高い相関関係がみられることである(第5-3図)。すなわち,輸入の変動は工業生産と同じ方向にほぼ同時的に,しかもより大きな変動幅を伴なってあらわれている。したがって,63年末ないし64年初から64年央までの生産後退期には,生産が10%程度落ちこんだのに対して,輸入は20%も低下を示した。その後,生産の回復とともに上昇に転じたが,回復が緩慢なのを反映して輸入の伸び率も小幅にとどまっている。

第3に,輸出の急上昇(64年間約9億ドル増)である。このうち,とくにいちじるしい伸びを示したのは投資財(22.3%)で,なかでも建設資材および輸送器械の伸びが大きかった。輸出の増加を地域別にみると,EEC域内向けの伸びがその他地域よりも高くなっている(64年26%,65年1~5月32%,対前年同期比)。このうち,64年前半ではフランス向けが高く,後半から65年にかけては西ドイツ向けがもっとも伸びている。これは,フランスおよび西ドイツにおける景気局面の変化に対応したものであり,このような貿易を通じての域内各国の需給の調整が迅速に進んでいることを示している。それと同時に,国内需要の停滞は相対価格(輸出単価/卸売物価)の低下を通じて輸出促進的に作用したとみられる。

貿易外収支も,主として観光収入の増加によって,64年には2億ドル,65年上期8億1,600万ドルの純増を示した。その他のサービス項目も63年以上の水準にあって,経常収支のいちじるしい改善に寄与した。

資本勘定の改善は,63年の3億5,500万ドルの純流出から64年には4億4,000万ドルの純流入に転じたことに示されている。この改善の主内容は,63年に金融の引締めと配当課税の変更に伴って,リラ札の形で不法な資本輸出が行なわれたが,64年第2・四半期以降大幅な減少をみたためである(第5-4表)。リラ札流出は65年第1・四半期ではやや増加をみたが(1億3,500万ドル),前年同期の約半分であり,63年第1・四半期に達した最高水準(5億2,500万ドル)に比べるといちじるしい減少である。一方,非居住者投資は64年にも前年とほぼ同一水準が維持されている。

第5-3図 工業生産と輸入

第5-4表 イタリアの国際収支

5. 景気支持政策の強化

1963年夏以来実施されたインフレーション対策は,物価の安定よりも,むしろ生産の急激な低下をもたらした。すなわち,63年末ないし64年初から工業生産は下降をはじめ,64年央には62年下期の水準にまで後退を示した。このため,64年9月以降,政策の重点は景気支持に移り,その後の景気回復が緩慢なところから65年はいってからも景気支持政策の強化が行なわれなければならなかった。

景気支持政策は当初,これまでに適用されてきた引締め政策の緩和を主内容としていた。しかし,金融政策の緩和により資金供給が潤沢になったにもかかわらず,民間需要の伸びが弱いため,政府は公共事業および公営企業の投資計画を促進して積極的に景気刺激を行なう方向に進んだ。65年3月中旬にとられた大規模な景気対策は,主として建設部門の不況救済を目的としており,この対策はさらに8月および9月に強化されて,適用部門も繊維および造船業に拡大された。

イタリアにおいてこのように広範囲にわたる大規模な財政政策による景気支持にふみきったのは,国際収支黒字基調の持続という有利な条件があることにもよるが,国内需要,とくに設備投資の停滞が大幅なものであったためとみられる。しかし,これらの不況対策には需要の支持より,むしろ合理化による構造改革の色彩が強く(とくに,造船業,繊維業),一方,賃金上昇を抑制するための措置はまったくとられていないという特徴がある。したがって,今後このような措置が,景気停滞下でもいぜんとして続いているインフレーション圧力をいっそう刺激することになることが懸念される。EEC委員会の65年共通景気対策でも,イタリアについては予算規模を前年比5%以上に拡大することを唯一の例外として認めながらも,需要の刺激によって,生産コストおよび物価上昇の加速化を回避する必要のあることを強調している。

しかし,この景気支持政策の効果もあって,工業生産は最近(65年5月)はじめて後退前のピークを回復し,さらに上昇傾向を示している。この生産上昇が本格的な経済拡大に進むかどうかについては議論が分かれているが,民間の設備投資の低水準を考えると,早期に再拡大に進むことはむずかしいとみるべきであろう。

64年中にとられた景気対策については昭和39年度年次世界経済報告(pp.203~204)に詳しいので,ここでは65年以降の措置にかぎってとりあげる。

第1に,3月中旬における緊急不況対策の主要内容はつぎのとおりである。

このほかに,公共事業の施行手続の簡素化および迅速化をはかる措置が導入された。これらの諸措置により必要とされる予算の変更は国庫省令によって行なわれる。

イタリア政府は景気支持政策の強化のため,65年8月4日,とくに立ち直りのおくれている2産業(繊維業,造船業)に対して,つぎのような措置をとることを決定した。

1)繊維業に対する特別措置

2)造船業に対する特別措置

さらに,建設業の停滞からの脱出を加速するため,9月6日付緊急政令により,つぎのような住宅金融措置がとられた。

6. 1966年度予算案と今後の見通し

イタリアの66年度予算案は7月末閣議決定をみた(第5-5表)。この予算案作成に際し,政府は66年から実施される新5ヵ年計画の目標成長率(年平均5%)を考慮して,66年実質成長率を4.5%と想定している。新予算案の特徴として,つぎのような点が指摘されよう。

このような大規模な財政投融資計画を伴う66年度予算は,当面の景気支持ばかりでなく,より長期的な経済構造改革をねらいとしたもので,政府の現状判断を反映しているとみられる。すなわち,政府は65年中にイタリア経済は景気調整をおえて,現在まだ沈滞している民間設備投資も,66年には回復に向かうと想定している。もっとも,65年上期までの景気回復はかなり緩慢で,今後,政府の景気支持措置による公共投資支出の増加が予想されるとしても,全体としての需要の伸びは前年をやや上回る程度(GDPで3%)とみられる。これは,固定資本形成が公共投資の加速化にかかわらず前年をさらに8%も下回る低水準にとどまると見込まれていることが主因であるが,個人消費の伸びがさらに鈍化(1.8%)していることも影響している。

66年の経済見通しについては,政府はかなり楽観的である。最近,予算省は,①一般的景気支持政策の効果,②かなりの産業部門における遊休生産設備の存在,③公営企業の投資増(ENEL,電力公社の投資額は前年比12%増),④企業家心理の好転,⑤合理化(繊維業の合併などをふくむ)による競争力の増強,⑥輸出の引き続く増大による乗数効果,などを根拠に,66年の総需要の伸びを実質6%としている。これは,65年の約2倍の増加率であり,投資のかなり早期かつ大幅な(8%程度)回復を予想している。総需要の増加は現在のイタリア経済にとってもっとも重要な問題の一つであるが,しかし,このような大幅な需要拡大を,現在でもなお存在しているインフレーション圧力を刺激しないで達成することは容易ではないとみられる。

第5-5表 イタリアの1966年度予算案


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