昭和38年

年次世界経済報告

昭和38年12月13日

経済企画庁


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第2部 各  論

第2章 西ヨーロツパ

5. EECの諸問題とその進展

(1) 概  況

63年(第2段階第2年度)のEECについては経済動向を別とすればつぎの三つの特徴を指摘できる。

以下過去1年にみられたこのようなEECの制度的側面における諸間題とその進展を概観しておこう。

(2) 共通農業政策の諸問題

(a)共通農業政策の概要

62年7月末実施をみたEECの共通農業政策は,農産物の域内単一市場の形成,農産物価格の安定,農家所得の保護,農業構造改革などを目的としたものである。そのため,市場規則としては原則として関税および輸入割当制を廃止し可変的「輸入課徽金」制度にかえる。またおもに課徴金収入によって賄われる農業基金を設けて価格支持,輸出補助および農業構造改革を行なう,この二点を骨子としている。

市場規則は三グループに大別され,まず第一グループ(穀物)については各国ごとに「指標価格」を設定し,これを基準につぎの算定方式で輸入課徴金が徴収される(小麦についての計算例, 第2-34表参照)。

域外課徴金:境界価格(1)―c.i.f.価格

域内課徴金:境界価格―国境渡価格―域内特恵額

(1)境界価格―指標価格―国内運賃諸掛+域内特恵額各国の指標価格は過渡期間中に漸次単一の共通穀物指標価格に接近させる。市場価格が指標価格より数%低い水準に定められている介入価格以下に低落した場合は市場介入機関が買出動し価格を支持する。

第二グループは豚肉,家禽肉および卵からなり,課徴金は大体つぎの方式で算定される。

域内課徴金:飼料価格差補償額(2)+62年の関税相当額(3)

域外課徴金:飼料価格差補償額+62年の関税相当額+輸入平均価格の2% (4)

(2)輸入国と輸出国との飼料穀物価格の差が飼養費用に及ぼす影響度を相殺する額。

(3)1962年に適用されていた関税率×61年の輸入平均価格,これは毎年均等に逓減され,過渡期間とともに消滅する。

(4)1961年の輸入平均価格の2%,この比率は2%から毎年1%づつ引上げられ,共通市場段階では最終的に7%となる。

このグループについては価格接近措置はとくに行なわれず,飼料用の穀物価格の統一にともない自由競争を通じて単一市場が形成されることになる。

また価格安定措置としての市場介入は行なわれず,6カ国同一の水準に定められる堰止価格を3カ月ごとに決定し,この堰止価格と輸入価格との差を追加課徴金として徴収する。

第三グループ(果実,野菜およびブドー酒)については課徴金制度を採用せず,段階的に自由化措置がとられる。域内産品は対外共通関税のみによって保護されるが,価格急落の場合には介入機関の買支えと域外輸入制限措置とが行なわれる。

このような共通農業政策の特徴は,①一見したところ複雑ではあるが,この可変的輸入課徴金制度は世界農産物市場の変動に対処できる巧妙な統一的制度であること,②決定されるべき各種の価格水準は域内農家の生産性を基準としているため,保護主義的色彩が濃厚なことにある。③その上農産物の域外輸出に対しては,輸入課徴金の裏返しともいうべき輸出払戻し金(原則として域外輸入課徴金を超えない額)を供与してよいこととされている。

ところで,共通農業政策のうち懸案となっている主要問題はつぎの三つである。

(b)酪農品,米穀,牛肉に関する共通市場規則制定問題

これらの未制定品目(酪農品,米穀は第1グループ,牛肉は第2グループ)の市場規則は当初遅くも63年春までに採択,実施される予定であったが,技術的検討はかなり進んでいるもののおもに西ドイツの政治的反対で遅れているものである。フランスはケネディ・ラウンドに対するEECの態度を決定する前にこれら農産物の共通市場確立が是非とも必要だとしているが,作業日程どおり63年末までに制定をみることは困難とみられるにいたっている。

なおこのほか未定品目には,砂糖,油脂,魚,馬鈴薯,原料たばこ,酒類および食用以外の園芸農産物があり,砂糖,油脂についてはEEC委員会の仮提案はすでに提出ずみである。

(C)穀物指標価格の決定問題 第2-34表 にみるごとくEECの穀物価格は西ドイツにおいて高く,フランスでは低い。穀物に関する共通規則は当初,小麦,大麦,ライ麦およびとうもろこしのそれぞれについて各国がとりうる指標価格の最高限と最低限が定められたにすぎず,共同市場としての統一価格への接近は63/64穀物年度(63年7月1日からの1年間)から漸進的に行なっていくことになっていた。だがその接近すべき穀物共通価格水準(とくに小麦価格が問題の中心)について,できるだけ低い水準に抑えようとするフランスその他に対し,西ドイツは価格引下げによる西ドイツ農民の所得補償に耐え得ずとの理由から,自国の高い価格水準への接近を主張している。そのため63/64年度の穀物指標価格の第1次接近は事実上行なうことができず,西ドイツの品質標準の共同体品質標準への接近により,西ドイツの穀物価格のわずかばかりの引下げをみたにすぎなかった。作業日程では64/65年度の穀物価格を64年1月1日までに決定すると予定していたが,実際にはもっと遅れるみこみとなった。

そこでEEC委員会は,のちにのべるケネディ・ラウンドとの関連における穀物価格決定問題の重要性に鑑み,この問題を一挙に解決するため,11月5日つぎのような穀物価格接近案を閣僚理事会に提案した。①64/65年度の穀物価格を一挙に統一する(最不足地帯における基本的目標価格はトン当り小麦425マルク,ライ麦375マルク,大麦370マルク,とうもろこし375マルクとし,西ドイツの穀物価格は,11~15%の引下げ,フランスでは小麦8%,大麦16%の価格引上げである)。②価格引下げをこうむる西ドイツ,イタリア,クセンブルグの農民に対し,それぞれ1.4億ドル,65百万ドル,90万ドルの補償金を共同体予算から支払う(共同体予算の分担は西ドイツ,フランスとも28%)。③反面,共同体農業基金から穀物,豚肉,鶏肉,家禽の域外輸出に対し,輸出補助金を支払う。

この委員会提案に対する各国の態度はまだ明らかでないが,いずれにしろ,この穀物価格接近措置は,共同体農業政策がめざす単一農産物市場の実現にとってもっとも重要な第一歩であるだけに,今後の帰趨が注目される。

(d)農業基金問題

欧州農業指導保証基金(および欧州農業構造改良基金)はすでにのべたように原則として農産物に対する輸入課徴金で資金を賄い,これを市場への介入,輸出補助,農業構造改革のために使用するものであって,加盟国の農業,構造改善政策の統一化措置とともに,農産物単一共同市場の樹立のための重要な側面的政策である。だが,基金の主な運用方法について西ドイツとフランスのあいだに意見の相違があるため設立がのびのびになっている問題である。すなわち,フランスはこれをおもに農業構造改革,輸出補助等に使用したいとするのに対し,西ドイツは生産者補助金のかたちで,最大の農産物輸入国である西ドイツがもっとも負担することになる課徴金を自国に還元したいと希望している。したがってこの問題には穀物価格接近問題がからみあっている。

このような共通農業政策の諸問題は,要するに主として西ドイツとフランスの農業の調整であって,両者の対立には根深いものがある。域内ことに西ドイツに輸出市場を拡大せんとするフランスに対し,高価格水準の維持によって共同体内では相対的に劣位にある自国農業を保護している西ドイツは,自国市場の開放に代償を要求するとともに,共通農業政策採用のテンポをできるだけ遅らせようとしているのである。これに対し,共通農業政策が遅れているところからフランスの域内への農産物輸出はフランス政府の期待ほど伸びておらず,フランスは共通農業政策の早期実現を強く希望している。

しかし,このように西ドイツとフランスのあいだに対立があるものの,両国を含めて6カ国はいずれも程度の差こそあれ,一方における政治的保護による農工所得格差の解消を要求する農民への政治的配慮と,他方における農業保護政策の財政負担軽減の要請とのあいだで苦慮しているのが実情である。それだけに農業政策の調整は困難であるが,このことは同時に反面で共通農業政策の確立が困難ではあってもやがては何とか解決しうるという見通しをあたえるものともいえよう。というのはたとえば穀物共通価格問題にしても,西ドイツは農民保護のために高価格維持を要求しているけれども,消費者対策あるいは賃金政策としては低い穀物価格の方が良いことは明らかであって,残るところは西ドイツ農業の生産性の相対的劣位を全体としてどうやってカバーしていくかという問題だからである。

だが,この共通農業政策の確立が遅れている原因にいまひとつ共同体の対外政策との関連がある。

63年4月,ブラッセル交渉中断後のEECの混乱と停滞から抜け出すため西ドイツは共同体の対内政策と対外政策の均等発展,諸共通政策にもとづく利益と犠牲の均等配分という原則をうち出した。これにより共通農業政策はケネディ・ラウンドにのぞむEECの正式態度その他の対外諸政策と歩調をあわせて進められることになったからである。

(3) 対外政策の諸問題

(a)ガット関税一括引下げ交渉

EEC閣僚理事会は63年5月9日,ガット大臣会議を前に,大要つぎのようなケネディ・ラウンドに臨む基本方針を打ち出した。①ケネディ提案にもとづくガットの関税交渉を歓迎する。②たんに関税の相互的引下げにとどまらず,とりわけアメリカとEECとの関税の不均衡の除去がのぞまれる。

③農業関税の引下げ交渉に参加する用意がある。④交渉は関税以外の貿易障害の排除も取り上げるべきである。

もっともEEC内部では西ドイツが最もガット交渉に対して積極的で,交渉にのぞむ正式態度の早期決定を希望していたが,フランスはやや消極的でしかも米穀,牛肉,酪農品に関する共通農業政策が策定されなければ農産物をも含むケネディ・ラウンドへの正式態度決定はできないとの態度を固執しているのでEECとしての正式態度の決定は63年末以降のことになろう。

ケネディ・ラウンドのこの1年の推移およびEECとアメリカとの意見の対立については総論第2章(III)を参照されたい。

(b)対英協議機関設置およびその他EFTA諸国との関係

ブラッセル交渉の決裂後,西ドイツ,ベルギー等は将来のイギリスのEE C加盟の障害をできるだけ少なくするため,EECとイギリスとの定期的な協議を行なうべきだと主張したが,当初これに強く反対していたフランスの譲歩により,西欧同盟(WEU)の枠内で3カ月ごとに閣僚級の接触を行なうことになり,第1回協議は63年10月に開かれた。だが接触の場がWEUであること,フランスの消極的な態度不変などを考えると,この対英協議にあまり成果を期待することはできないとみられている。

イギリスの加盟交渉失敗により,デンマーク,ノルウェーなどの加盟申請も中絶された。オーストリアはいぜんとして連合申請を行なっているが,EEC側のこれに対する態度は固まっていない。

(C) トルコおよびアフリカ諸国との連合

EECとトルコとの連合協定が63年9月署名されたが,連合協定案の主要な内容はつぎのとおり。①協定発効後の5年間は準加盟のための「準備期間」とし,この間にトルコが一定の経済発展水準を達成しえたならばギリシャと同様準加盟がみとめられ「過渡期間」に移行する。「過渡期間」においてトルコがEEC加盟諸国に匹敵する経済発展を達成したとき,トルコは正式加盟が認められる。②「準備期間」においてEECはタバコ,乾しブドウ,乾しイテジク,ハイゼルナッツの4品目につき所定量の枠内で関税譲許を与える。③「準備期間」中にEECはトルコの経済開発援助のため,175百万ドルの借款を欧州投資銀行を通じて供与する。

懸案のアフリカ18カ国(主としてもとフランス属領)との新連合協定は63年7月20日正式調印をみた(新協定の内容については62年の本報告を参照されたい)。アフリカ諸国への今後の影響が注目されるが,その他アフリカ諸国は新連合協定を新しい植民地主義の一つであるとしてこれに警戒の念が強いと伝えられる。なお,63年5月のガット閣僚会議で,EECおよびその連合諸国は,低開発国団提出の低開発国貿易促進のための「実行計画」に対しアフリカ連合諸国との提携維持が必要との理由から全面的に態度を留保した。このEECの消極的な態度に対し低開発国側から不満が出ている。

(4) 経済統合の進展

(a)域内関税の整備

63年7月1日,域内関税の第6次10%引下げが実施され,これにより域内関税の引下げは通算60%に達した。同時に共通関税の第2次接近措置が繰上げ実施された。共通関税への接近はこれにより第1次,第2次通算して60%達成された(第2-35表参照)。

このように関税同盟の設立は予定どおりいや当初のローマ条約の規定以上に進められているが,これにともない反面で63年初のフランスのイタリア製電気冷蔵庫に対する輸入特別税問題,西ドイツが63年6月から実施した鉄鋼,繊維などの輸入補償税引上げ問題など,加盟諸国間の摩擦も生じてきている。いずれも大問題となるにいたっていないが,EECの経済,貿易動向のいかんによってはこうした種類の問題が今後増えてくることも予想される。

(b)各種経済政策の調整の進展

EEC委員会は第2段階行動計画に従い,63年6月19日金融財政政策の協力に関する勧告を発表した。この勧告は,①中央銀行総裁会議の創設,②各国予算編成段階において相互検討を行なうための予算政策評議会の創設,③為替レートの変更など重要な通貨政策に関する事前協議制度,④IMFその他国際通貨機構の運営に関する事前協議(通貨評議会の強化)などを骨子としている。

これにつづきEEC委員会は7月318,中期経済政策の調整に関し,つぎのような提案を行なった。①加盟国の一般経済政策の調整に資するため中期経済政策評議会を設け,約5カ年にわたる中期経済政策のプログラムを作成する。②EEC委員会は閣僚理事会および加盟国にこのプログラムの採用を勧告する。③評議会は加盟国の実際の経済政策がこのプログラムに合致しているか否かを検討し,共同体各機関に意見を送付する。

この金融財政政策の調整と中期経済政策プログラムの二つの問題は,62年秋に作成されたEEC委員会の「EEC第2段階中の行動計画」において,第2段階におけるEEC経済同盟建設の二大眼目とされている問題である。

前者はEEC委員会としては第2段階後における通貨同盟の創設,中央銀行の中央集権化などを予想したものであり,後者は国家の経済への介入を統一した基準で行ない,共同体全体としての経済発展のある程度の計画化をはかろうとするものである。

いずれもまだEEC委員会の提案にすぎず,それだけにEEC委員会の中心をなす欧州統合論者の主張という色彩も濃く,EEC委員会の政治的権限を強化したいという委員会の意図も強くにじみでている。また,両提案の内容はいずれも加盟諸国の国家主権の制約という問題をふくんでいるので,この両問題の今後の審議および実施がスムースに行なわれるとは予想しえない。

各国政府,中央銀行のそれぞれの立場からめ抵抗により少なくともより現実的に修正されていくことであろう。

しかし,EEC委員会もいうように,ローマ条約にうたう急速な経済拡大,経済安定,景気変動の緩和および各国経済,地域経済の均衡の達成という目標をもつ共同体の経済政策を推進するためには,この二提案に示されているような加盟諸国の諸政策の調整,協力を必要とする。またローマ条約発効後労働力,商品,資本の自由移動がある程度達成され,諸国民経済の相互依存性が強化されてきている現在では,通貨の安定,ある程度長期的な統一的経済発展計画が現実的に必要になってきていることに注意しなければならないであろう。

その点EECにおいてはすでにいろいろなかたちでの経済政策の調整と協力が進行している。たとえば,63年9月のEEC蔵相会議は国際流動性増強問題についてIMF総会にのぞむ統一的な態度を打ち出した。また同会議でEEC委員会がフランス,イタリアに対し物価抑制のための引締め措置の必要性を示唆したことも画期的意義をもつ。この短期景気政策の分野ではEECの景気動向について共通の短期予測が行なわれているほか,共同体諸国の予算も毎年技術的に比較検討されている。


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