昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


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第2部 各論

第1章 アメリカ

3. 国際収支をめぐる問題とその対策

(1) 国際収支対策強化の背景

アメリカの国際収支は,58~60年の3年間に連続して35億ドル前後の大赤字をつづけたが,このような赤字はアメリカ自身の経済成長にとっても,また,国際通貨制度の安定にとっても大きな障害となるに至った。幸いにも,アメリカの国際収支は各種改善策の効果もあって,第1節(4)で検討したように,60年下期をピークとして改善傾向にあるが,そのテンポは緩慢でいぜん赤字をつづけている。

戦後これまでの例からすると,アメリカの国際収支に巨額の赤字が出ると,ドルに対する信認の動揺などから金が流出する傾向があった。しかし,61年央以降の金流出の動きは必すしも過去のパターンにそうものではない。すなわち,第1-11図にみるように61年上期に金流出が停止したのは総合収支尻がいちじるしく好転したという理由のほかに,退任直前のアイゼンハワ一大統領によるアメリカ人の海外における金保有禁止命令,ケネディ大統領就任早々におけるドル切下げ否定声明などが大きく響いたためであった。しかし,61年8月東西ベルリンの交通制限を契機として,これまでとは違った目的の金買いが西欧に発生し,それが鎮静しかけたころ,再び金価格の引き上げに賭けた西欧の金購入が続くこととなり,62年6月以降の金騰貴を招来した。もちろんそれまでの半年間にアメリカの国際収支は前期よりもはるかに立ち直り,また米欧通貨当局の間には後述するように緊密な協力がなされたのであったが,62年上期におけるアメリカの金流出は4億ドルに達し前年同期の2倍になった。7月末ケネディ大統領の金価格維持声明が通信衛星テルスターを通じてヨーロッパに伝えられ,金プールの発動もあったので,一時,金買い熱は鎮静化したが,8月以降には再びぶり返して,金流出は速度を落としながら10月央まで続いた。

もし,このような速度で金流出がつづけば,アメリカの金準備は大きく減少するばかりでなく,国際通貨制度そのものも動揺せざるをえないだろう。

そこで,アメリカはこのような金流出を阻止するための各種対策を講ずるとともに,その根因たる国際収支の均衡化達成のために本腰でとり組まざるをえない事態に立ち至った。その対策として,61~62年には以下に詳説するような長期および短期の各種措置がとられたのである。

(2) 国際収支改善対策

国際収支改善の根本策はいうまでもなく,輸出の増強にあるが,この問題は(3)で扱うこととして,ここではそれ以外の対策を先に述べてみたい。

この種の国際収支の改善対策としては,すでに60年秋アイゼンハワー大統領のうち出した一連の政策を初めとして,多数のドル防衛政策が採用された。その結果すでに述べたように国際収支はある程度改善され金流出も62年秋には再び落ち着きを取り戻した。ケネディ大統領は63年末を目標として国際収支の均衡を実現する予定であるが,その方法を概説すれば大要次の通り。

1)長期民間資本対策

まず長期資本については,これが大きな赤字要因になっているため,早くからその流出阻止対策が検討されていた。ケネディ政府になってからは,税負担の軽減を求めて一部の国に流出する海外直接民間投資を規制するなり,あるいは先進工業国向けの長期資本投資に対するアメリカの租税優遇措置を廃止する法案が議会に提出されたが,企業の反対が強ぐ第87議会第2会期では可決されなかった。

このような法的規制は現状では無理であるが,政府はアメリカ人の良識に訴えて長期民間資本の流出阻止に努めている。すなわち,アメリカ企業が海外に進出する場合あるいは在外子会社が資本調達を行なう場合にはその一部をこれまででも現地調達していたが,アメリカからの送金はいぜん巨額に達するので,米財務省当局はこれをなるべく現地調達に切り換えるよう勧告している。しかし現地の資金コストは割高につくので,勧告の効果に大きく期待はできないであろう。

いま一つの長期資本流出は諸外国がアメリカ市場で株式,公社債を発行する形をとり,これが60~61年平均では5億ドルにも達し,62年上期には半竿ですでに5億ドル近くにのぼった。アメリカの金利が比較的安く,資金も豊富という事情によるものであるが,貿易為替の自由化の進展する現在ではアメリカとしても時流に反してまで,これを制限できない事情にあるため,財務当局が西欧側に自国資本市場の開発を促し,アメリカでの資金調達の抑制を要望したに止まった。

逆にアメリカ人による株式購入(主として西欧企業株)もまた59~60年の平均1.6億ドルから隼年の3.7億ドルヘ激増したのち62年第1四半期にも増勢を維持したが,これもまた各国の景気局面や企業の収益事情などによるものであって,政府としては規制しがたい。

以上はアメリカの長期民間資本流出を阻止するための方策なり,努力であったが,逆に外資導入によって国際収支赤字を削減する手もあるわけである。

こうした意味から積極的に外国資本をアメリカによび入れるため,不況地域に対する外国企業の投資に資金面の援助を行なうことになった。この法律が実施されたのは61年5月で,まだあまり日がたっていないため,効果のほどは明らかでないが,一部西欧産業が乗り気だと伝えられる。

2)短期民間資本対策

短期民間資本の流出ははなはだ規制しにくいものである。しかしアメリカが今日準備通貨国として約85億ドルの対外国人債務のほか110億ドルの対政府,中央銀行債務をもち,しかもそれが年々増大傾向にあることはアメリカにとって短資移動の危険をはらむものである。

このため,政府は国内の短期金利を比較的高めに維持して,海外主要金融市場との金利差の縮小に努めた。その方法として53年いらい連邦準備理事会の創意で行なわれた短期政府証券のみによる公開市場操作を長期証券に拡大し,長期証券を購入して長期金利を低めに保ち,他方,短期金利は比較的高めに維持した。

逆に海外主要金融市場金利を引き下げるためには,西欧中央銀行の協力を求めて公定歩合を引き下げ,あるいはドルのスワップ費用を引き下げてニューヨークに外国の短期資金を流入しやすくした。

以上のような一連の間接対策として,アメリカ国内の金融法を改正する動きのあることは注目されよう。すなわち諸外国の高金利に誘われて流出する外国人のアメリカ国内銀行に対する預金を現状のままに据え置かせ,他方また外国にあるドルをアメリカ国内の銀行に預金させるため商業銀行の貯蓄性預金利子率は62年1月以降3%から4%に引き上げられたが,さらに一歩を進めて6ヵ月未満の据え置き期間について定められている外国公的機関の対米預金利子率制限を撤廃する法案が第87議会を通過した。3年間の時限立法に修正されたとはいうものの,外国の流動性ドル預金を吸収する可能性があり,現在の預金残高22億ドルが倍加しようと政府筋は観測する。さほどではないにしても,ドル保有残高のふえた外国の中央銀行ないし公的機関にとっては利子を生まない金を保有するよりも,増大する手持ドルの一部をアメリカに預金する魅力が増大するであろう。

3)政府資金の節約

海外軍事支出,経済贈与,借款などの政府資金の流れはアメリカの国際収支最大の赤字要因であり,金額からいっても近年は海外民間投資をはるかに上回っている。しかも民間投資は何年かの後には果実を本国に送って,国際収支にプラスするが,借款以外の政府資金流出にはそうした経済的意味での果実は期待されない。しかも上記三種類の政府資金が56年以降ふえたことが国際収支赤字の増大を招いた主因であるから,その圧縮が国際収支問題解決の早道であるわけだが,政治,戦略上の要請からこれに手をつけることを長らくタブーとしてきた。それでもなお,これをなんらかの方法で節約するための工作は,すでにアイゼンハワー時代から続けられ,その効果もみられたが,最近ではさらにその努力を強化している。その主なものを次に掲げよう。

(a)海外軍事支出の削減

ローザ財務次官は62年5月,ローマ国際金融会議で海外軍事支出を61年の30億ドル(支出総額)から62年の18億ドルに圧縮する意向を表明し,ついで7月にはマクナマラ国防長官は,米軍の海外における補給活動を5年以内に30億ドル削れると言明し,一方,大統領に対しては63財政年度において補給活動を7億5,000万ドル削減する措置をとったと報告した。具体策は7月16日のマクナマラ国防長官から明らかにされたが,それによると,

(b)開発援助負担対策

同じくローザ次官の言明によると,低開発国からの援助要請は今後増大しようが,それがアメリカの国際収支に及ぼす負担を軽減するため,バイ・アメリカン(アメリカ商品優先購入)やシップ・アメリカンの強化などにより,国際収支に及ぼす影響を将来13億ドルにまで削減する。この方法はアイゼンハワー時代から打ち出されたもので,それ自体とすれば目新しいものでないが,これを強化,徹底するのがケネディ政府の新しい出方である。すなわち,経済援助のための贈与借款のうち米商品に支出される割合は,61財政年度には57%であったが,62年度には73%,63年度には76%に増大する予定である。

なお,アメリカの低開発国援助負担の増大を軽減するため,OECDのもとに設けられたDACを通して,外貨事情の好転した西欧および日本の援助支出をふやすよう説得に努め,ある程度の効果をあげているようである。

4)外国為替市場操作

アメリカの財務省は久しぶりにドル相場維持目的の外貨操作を開始した。すなわち61年3月から西ドイツ,スイス,イタリア,フランスの外国為替市場で約15億ドルの外貨を売ってドルを買い支え,かなりの効果をあげ,62年2月13日以降はこの操作にニューヨーク連邦準備銀行も協力することになった。財務省はこのための資金として対外国借款の外貨による元利払いを求め,あるいは外貨を借り入れたが,スイスからの借り入れは62年1月と3月に全額償還された。一方,連邦準備制度の操作資金は第1-15表のようなスワップ取り決めによった。62年10月中旬のIFM総会の直前に,フィラデルフィア連邦準備銀行月報にのせられたローザ氏の論文は,「国際流動性に関する取り決めの全面的建て直し」には各国間の通貨の持ち合いでこと足りると論じ,ドル相場が下がれば,こうした協定で人手できる主要国通貨をもって,ドルを買い支えられるから,「こうした接近方法やその背後にある相互信頼によって,ドル防衛はさらに強化される。」同時にすでに実現されているヨーロッパ中央銀行によるロンドンの金相場を一定限度内に安定する協定をもっておればいま国際通貨機構を改革する必要もないという。

なるほどローザ次官の指摘するように62年夏のカナダ・ドル切り下げに当,たって,カナダ当局はこのスワップ協定によって48時間以内に外貨を入手し,カナダ・ドル相場の崩落を救ったし,スワップ協定のもつ弾力性,スピード,金額からみれば,ドルの取り付けにも対処できるであろう。

しかしこの取り決めは主として短資対策をねらいとしており,長期的観点に乏しいうらみがあり,またスワップ取り決めをさらに拡充しようとすれば,相手国から金約款をより強力に請求されるかも知れない。アメリカはすでにIMFの保有する米貨約30億ドルおよびスワップによってヨーロッパ中央銀行の保有するドルに金約款を付しており,金約款のついたドルがこれ以上にふえることを望んでいないし,またこの約款を軽率に与えることは,ドル切り下げ近しとの悪印象を海外に与えることにもなる。このためアメリカ当局は金約款にはちゅうちょしているわけだが,その限りでは西欧主要国の協力にもおのずと限度ができるであろう。

5)外貨の保有

アメリカの通貨当局は将来のドル相場安定策の一つとして,1億5,000万ドルないし2億ドルの交換可能通貨を絶えず保有して,必要な場合アメリカから大量の金流出の発生することを防止しようとしている。このためアメリカが二国間の取引において受取超過となる場合にはこれまでドルで決済することが多かったが,今後はその国の通貨を準備通貨として受け入れ,ドルによる支払いを求めないことも明らかにされている。

6)国際金融面の協力

(a) IMFの資金追加

すでに部分的にはふれたが,アメリカの国際収支を立て直し,ドルを防衛するためには,国際協力もまた不可欠である。この面においては,60年秋いらい西欧中央銀行の公定歩合引き下げを要望して,その協力をえ,ロンドン金市場におけるイングランド銀行の金価格操作,主要国中央銀行による金不買協定,アメリカと諸外国との間におけるスワップ協定などみるべきものがあったが,62年1月5日にはIMF理事会決議により,主要工業国は補足的資金として4年以内の期限で60億ドルの貸付を予約することとなり,ある国の国際収支赤字が通常のIMF資金で解決できない時には,IMFが右の枠のなかで他の9ヵ国から資金を借り入れ,赤字国に貸し出すことになった。これによってアメリカは最大限約50億ドル借り入れることができるので,短資移動などによる国際収支危機は緩和されよう。

(b) 金プール

61年3月のポンド危機の際にとられた西欧主要中央銀行間のいわゆるパーゼル協定が大きな効果を発揮したが,それにならって米財務省は62年春,西欧の中央銀行の手持ちする金をイングランド銀行にプールし,ロンドン金相場の安定をはかり,アメリカの金準備に食い止まないですむ国際協力方式,いわゆる金プールを実現した。拠出額は2億7,000万ドル(うち,アメリカの拠出が半分を占める)と推定されている。その後,カナダが外貨危機により金を売ったときこれを買い入れたが,ウォール街の株価下落後発生した62年6~7月の金相場騰貴に際して大部分が消費された。7月末のテルスター通信衛星を通じるケネディ大統領声明で金相場の安定したころ再び小量の買い戻しが行なわれたようだ。金価格はこうして調整されてはいるが,このような操作によって西欧中央銀行の手持ちドルはふえており,このドルをどう処分するかに問題が残されている。

(3) 輸出の拡大

1)通商拡大法

輸出の増大は,自由世界の指導的立場にあるアメリカの国際収支を改善するための最も正統的な手段であろうが,62年10月11日に大統領が署名した通商拡大法は,まさにその正統的手段を実行に移すための法律ということができる。

この通商拡大法の目的は,通商教書によると,(1)EECの著しい発展,(2)アメリカの国際収支上の負担の増加,(8)アメリカの経済成長の促進,(4)共産国の援助および貿易攻勢,(5)日本および低開発国のための新しい市場の開拓,という五つの問題と対応することにあるが,この五つの目的は,自由世界の指導的立場に立つアメリカが世界経済の中で当面している問題を最も集約的に表現したものということができる。

この法律の骨子は,

1.双務的な貿易協定の交渉でアメリカの関税率を5ヵ年間に50%引き下げうるという一般権限,

2.アメリカと交渉時のEECとで自由世界(ただしEEC域内は除く)の輸出量の80%以上を占める商品について,関税率をゼロにするといういわゆる特別権限,

を大統領に付与する点にあるといってよい。

この通商拡大法が1958年の互恵通商協定法延長法(1958.7.1~1962.6.30)と対比してどのような特徴をもっているかは第1-16表に示されている。

このうち一般権限はこれまで30年近くの歴史をもつ互恵通商法が1958年の改正法において4年間に20%と定めた引き下げ幅をはるかに上回るもので,アメリカ自身をも含めた世界貿易拡大の企図が明らかである。このため旧法にはみられなかった新しい貿易調整援助措置(輸入増大の打撃をうける産業ならびに労働者に対する融資,技術援助,再訓練手当などといった国内措置)を講じることになっている。

だが,この通商拡大法のいわば直接的なねらいはかかる国内産業の援助措置をパックアップしながら,アメリカの輸入関税をゼロとすることによって発展するEECの域外差別を撤廃させ,もって全体の世界貿易の発展の中でアメリカの対欧輸出を増大させることである。

この場合いわゆる80%品目に数えられるものは(関税交渉時にイギリスがEECに加盟しておれば)自動車,航空機,鉄道車両,金属加工機械,農業機械,有機化学品,事務用機械,電気機械装置など26品目である(第1-17表参照)。

60年におけるアメリカのこれら品目の総輸出額は約86億ドルで全輸出(201億ドル)の43%を占め,拡大されたEEC11ヵ国からの26品目の輸出総額は169億ドルで輸出総額(426億ドル)の40%を占めている。アメリカもEECもこの26品目は総輸出の40%以上という大きな割合を占めているわけである。

だが,この26品日のアメリカからEEC11ヵ国への輸出は20億ドルで上記の26品目総輸出額の23%を占めているのに対し,EECからアメリカへの輸出は14億ドルで,26品目の輸出総額の8%を占めているにすぎない。

両者の数字の比較から明らかなようにアメリカの対EEC輸出はアメリカのEECからの輸入よりも多く,関税を全廃した暁にはアメリカ側の黒字幅増大が期待される。

けれども,他方EECからの対米輸出も増大するであろう。この点について政府は楽観するけれども,業界や西欧側には,政府の見解を甘しとするものもみられる。事務用機械メーカーば通商拡大法の効果に期待をよせているが,化学,鉄道車両,工作機械,発電機,農業機械メーカーは比較的冷淡と伝えられる。

いずれにしても,輸出の拡大を決定する要因は関税だけではなく,労賃,運賃,保険料,納期あるいはデザインないし消費者の嗜好,業者の輸出努力,輸出信用ないしは保険制度など複雑なものがあるので,通商拡大法の通過をもって,今後の輸出を楽観することは許されないだろう。

2)その他の措置

その他の輸出増強措置として政府はすでに61年中に短期輸出信用保険の拡充,貿易使節団の増強,諸外国における常設貿易センターの開設などの措置-をとった。62年2月には,それまで主要輸出国に比べて遜色のあった5年以内の輸出信用保険を強化することとなり,民間の保険会社60社が輸出入銀行と協力して,輸出信用保険を増強し,輸出入銀行は政治リスクを全面的に負担し,商業リスクは商業銀行と折半することになった。

このほか全国を数地区に分けて,有力財界人30名を輸出拡大委員に委嘱し,輸出関係の情報を検討させることとし,このための国務省の市場調査サービスは61年中に73駁も増強された。

なお輸出増強それ自体がねらいではなかったにしても,61年10月,繊維工業の設備耐用年数の短縮,62年7月におけるその他工業設備減価償却期間の短縮は償却期間を西欧主要輸出競争国なみにしたものといわれ,税制面からアメリカ品の競争力を促進するであろうし,また,62年10月の投資減税法にも同じ効果が期待される。

(4) ドル防衛策の評価と対外的影響

上述したようにアメリカの国際収支改善策は徐々にその効果をあげており,米当局は63年末には国際収支の均衡を実現する意気込みであり,ケネディ大統領もまたさる9月のIMF総会において国際収支の均衡だけが「われわれの唯一の目標であるなら,一夜にして均衡化」できる。海外軍事支出,対外援助の削減,関税引き上げ,海外投資の制限でこれを実現できると強い発言を試みたのち,ドルは基本的には強いのだから,このような行為は不必要であり不賢明だとし,また,62年の国際収支赤字は61年の25億ドルから15億ドルに改善されようと強調した。

だが,その手段や方法には必ずしも問題がないわけではない。たとえば海外軍事支出や経済援助支出の削減目的にバイ・アメリカン・アクトを適用すれば,アメリカが海外に支払う金は減っても,アメリカ政府が割高なものを買うことになり,数量的に従来通りの物資,サービスを買うとすれば財政支出は増大しよう。他方,経済援助を受ける側では,購入先をアメリカに局限されて,割高な物資,サービスを買うことになる。そればかりでなく,現在すでに対外経済援助の4分の3にはヒモが付いているのであるから,そろそろヒモのつけられる限界に近づいており,これをむりに引き上げればそれだけ弊害がふえると考えられるからである。

国際協力はこれまで多くの成果をあげたが,しかし協力にも程度があり,スワップ協定ないしは金プールにしても,ドル価値の維持をはかる現在の国内政策が永続され,国内物価の安定がはかられなければまたその見通しがないとすればドルの保証条項要求など複雑な問題が協カ国側から持ち出されるであろう。

商品輸出の増強にしても,最近における西欧側商品のコスト高によるアメリカ品の相対的優位回復だけに期待するわけにはゆかない。こうした大西洋両岸のコスト差は景気局面の相違に帰せられる場合も少なくないのであるから,今日のような傾向が永続する保証はどこにもない。だからアメリカとしては第1にコストと物価の安定をはかり,合理化と技術革新による国際競争力の強化,アメリカ業界における輸出マインドの高揚に努めなくてはならないであろう。

こうした意味から62年7月実施された設備償却期間を短縮する租税措置,あるいは62年10月議会を通過した投資減税法は製品の値下げないしは値上りの抑制に役立つではあろうが,短期的に合理化投資や技術改善投資の果実はつみがたいであろうし,現在アメリカの生産性はすでにかなり高い水準にあることを考えると,アメリカに追いつく西欧,日本との距離を維持ないし引き離すのは容易でないように思われる。

期待される通商拡大法にしてもイギリスのEEC加盟が実現しないとすれば大きな効果を期待しえないであろうし,たとえイギリスが加盟するにしても,手続きにはかなり長い期間を必要とするであろう。また予定通り通商拡大法が奏功し,アメリカの対EEC黒字が拡大したと仮定しても,反面ではイギリスを含めてEECに対する民間投資が増大して,貿易黒字の一部が資本流出で相殺されるおそれもなくはない。

資本流出はアメリカの資産が海外に転位するだけのことであって,アメリカの国際的債務を増すものではなく,将来は利潤を生む可能性のあるものであるから,それ自体としては別に憂慮するに及ばないが,当面の国際収支ギャップを拡大する限りでは,なんらかの措置が望まれる。62年春のローマ国際金融会議で西欧筋は資本流出の規制をアメリカ側に説き,その後に発表された国際決済銀行第32回年次報告もこの点を指摘し,資本の流出は「国内の回復に寄与せず,国内における未利用資源をそのまま持ち越させやすいし,国内経済の刺激策をも阻害する」と批判した。すでに(2)の1)の項でのべたように,アメリカ当局もその必要を悟らないのではないが,法規による規制にまではふみ切れないようである。

上述したように国際収支改善の道はかなりけわしい。63年末までの短期間に均衡を達成する政府目標が実現せず,かりに将来へ繰り延べられるにしても,均衡への努力は続けられその成果も期待されよう。

次にアメリカの採用する国際収支改善策の対外的影響をさぐってみよう。

まず最大の影響を及ぼすのはバイ・アメリカンである。前述のようにこの法律に規制されて被援助国も不便な思いをするであろうが,工業国とてその例外ではあるまい。AID(従前のICA)買い付けの域外からの国内への転換により日本その他の工業国も外貨収入源を縮小かれたが,今回さらに海外軍事支出に適用されるとなると,特に多数の駐留軍をおいているわが国にはその影響がかなりハッキリするだろう。

また海外軍事支出を相殺するために,対米武器購入を増大せよという要請もしばしば発せられているようであり,西ドイツも62年春に7億ドルの発注を承認したが,その他の国にもこうしたよびかけは強化されるとみるべきだろう。

次に長期資本流出の規制であるが,この点については現在なんらの規制も加えられていないが,将来なんらかの形で,手が加えられないとも限らないし,また外国の預金を招く場合の障害になっていた金利制限は撤廃されたので,それが政府の予想するほどの預金を吸収するなら,西欧にある浮動的なドルを吸収し,いわゆるユーロダラーの供給源を圧迫することもあろう。だからユーロダラーに依存するところの多い国としては,この動きに注意する必要がある。

最後に通商拡大法の影響であるが,アメリカはEECに対する関税引き下げの恩恵を他の国にもきんてんさせるとしているのであるから当然わが国もその利益を受ける。だが,わが国もこの場合ガットを通じて互恵的に対米関税を引き下げねばならないので,無為にして通商拡大法の利益を受けるわけにはゆかない。またこの法律には免責条項としての関税引き上げのほか一定の品目には関税を引き下げないリザーブ・リストをつけるとか,不当な輸入制限を行なう国に対する関税引き下げは行なわないとか,国際漁業資源の保護に協力しない国には関税引き上げを行なうなどの条項があるので,無条件でこれを歓迎するわけにはゆかない。われわれとしてはその運用をしばらく見守ると同時に,ますます今後におけるわが国の自由化に備え,かつ,62年初いらい世界的に高まり来たった関税引き下げの方向を見失わないようにする必要がある。


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