昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


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第1部 総論

第3章 EECを中心とする世界貿易体制の再編成

2. アメリカの通商拡大法とEEC

(1) 通商拡大法成立の背景

1962年10月,アメリカは画期的な通商拡大法を成立せしめた。同法の狙いは輸出増大を通じて国際収支の改善をはかるとともに,あわせて経済成長を促進するところにあると思われるが,それには次の二つの背景があろう。第1はアメリカの輸出地域構造の変化であり,第2はEECの対外共通関税の存在とイギリスのEEC加盟にもとづく関税同盟地域の拡大である。

第1の地域別構造の変化をみると,従来比重の大きかった中南米およびカナダ向け輸出が近年停滞する一方,西欧および日本向けの輸出が急速に増加している。西欧向は輸出は1953年の26億ドルから61年には60億ドルと急増し,同年の全輸出の約3割を占めている(第12図参照)。西欧の輸出の過半はEEC向けであるが(61年:35億ドル),その輸出の増大はもっぱら機械類や化学製品によっており,加えて食糧などの増加もかなり大きい。このように,アメリカの対西欧輸出も工業国間の水平分業という形で発展しており,今後輸出を拡大するためには西欧向けに重化学工業品を伸ばすことが一そう重要となっている。

第2にEECの差別的な対外共通関税の存在はアメリカが同地域向け輸出を伸ばす上での障壁となるが,この関税同盟地域は地理的にもなお拡大しようとしている。イギリスその他諸国のEEC加盟はアメリカの重要な市場が共通関税地域の中にはいってしまうことを意味するばかりでなく,とくにイギリスについてはEEC市場において西ドイツと並んでアメリカの機械類輸出の強力な競争相手となるおそれがつよい。したがって国際収支赤字に悩むアメリカにとってはEECの対外共通関税の障壁を低めることが今後の輸出拡大に極めて重要になるわけである。

(2) 通商拡大法の内容

通商拡大法の詳細な内容は後述するが(第2部第1章参照),その主要な条項である関税引き下げについてみると,(1)関税率50%引き下げの一般権限,(2)EECの域外輸出とアメリカの輸出の合計がEECの域内貿易を除く世界貿易の80%以上を占める品目(以下80%品目と呼ぶ)の関税を全廃できるほか,農産物についてはとくに80%品目でなくても関税率を50%をこえて引き下げうるという対EEC特別権限,(3)EECの同意を条件とする熱帯農産物の輸入制限または関税の撤廃権限,(4)関税率5%以下の品目の関税全廃権限がある。また,以上の関税引き下げは1年に全引き下げ幅の1/5以上を行ないえないことになっている。

通商拡大法を従来の互恵通商法と比較すると,EEC特別権限の存在などEECを主な対象としているところに大きな特色が認められるほか,関税引き下げ権限の大幅なこと(62年6月失効の互恵通商法の引き下げ権限幅は20%),ペリルポイント条項の廃止,国内企業等に対する援助を含む貿易調整措置条項の設置など自由貿易に関する規定を多く含んでおり,アメリカの貿易政策上画期的なものといえる。しかし,反面において通商拡大法には免責条項やリザーブ・リストなどの保護主義的条項が残っているので,その運用については大きな関心を払う必要があろう。

(3) 通商拡大法の影響

このような通商拡大法はアメリカにどのような利益をもたらし,EECや世界貿易にどのような影響を与えるであろうか。まず,アメリカについてみれば通商拡大法は経済成長の促進と国際収支の改善に大きく寄与しよう。すなわち,第1にEECの関税引き下げはアメリカの輸出拡大にかなりの効果があろう。アメリカのEEC向け輸出は1961年には35億ドルに達し,アメリカの総輸出の20%近くを占めている。イギリスのEEC加盟が実現すればこの比重はさらに大きくなり,関税引き下げの効果は一そう顕著となろう。

アメリカのEEC向け輸出の過半を占める工業製品については,関税引き下げによって価格が低下すればその価格弾性値が2程度と推定されることなどから相当の輸出増加が期待できる。とくに対EEC特別権限の中心をなす80%品目の輸出比重の大きいことはその効果を高めるといえる。80%品目はイギリスのEEC加盟を前提として考えるばあい,米商務省の案によると26品目で(第2部第1章3節参照),そのほとんどが機械類と化学製品であり,アメリカのEEC向け工業品輸出の大半を占めている。次に農産物についてみると,その主要なものがEEC共通農業政策の対象になっているので,関税引き下げの効果をあまり期待できないかも知れない。

第2にアメリカの国際収支についてみると,対EEC貿易収支の黒字幅はさらに広がるものと思われる。アメリカとEECの貿易は燃料以外のすべての品目が相互拡大をつづけているが,ここ数年来アメリカの対EEC貿易黒字はふえている。関税引き下げはこの相互拡大を一そう促進するものと思われるが,機械類などの80%品目については従来からアメリカが出超であったほか,アメリカの工業品の関税率がEECより相対的に低い水準にあることを考えれば,黒字幅の一そうの拡大をある程度期待できよう。

このように通商拡大法はアメリカの輸出増にかなり大きな効果を及ぼし,経済成長の促進,国際収支の改善にも大きな役割を果すことが期待できよう。もっとも以上のべたような効果が実際に現われるのは通商拡大法にょる関税交渉の成立以後のことであって,それまでにはなおかなりの時日を要しよう。

次にEECに対する影響をみると,EECのアメリカへの輸出も関税引き下げによって増加しよう。もっとも,EECのアメリカへの輸出は全輸出の1割にも満たない。したがって関税引き下げがEECの輸出総額に与える影響はさほど大きくあるまい。通商拡大法がEECに与える影響としては,むしろ,対外共通関税を撤廃させられることにより,EECの貿易障壁が取り除かれるところに求められるであろう。

また熱帯農産物に対する関税,その他の輸入制限をEECの同調を条件として全廃するという通商拡大法の条項も,中南米のコーヒー,ココアなどの輸出国の利益代表としてのアメリカが,アフリカのEEC連合諸国との関係上不利とならないよう中南米諸国の利益をまもるための努力の現われであろう。これによって中南米の輸入力が増加するならばアメリカのみならず世界全体の貿易拡大にも資することになろう。

以上のような通商拡大法によるアメリカ,EECの関税引き下げ効果はガット関係にある第三国にも均てんされることになろう。日本にとっても,差し当り80%品目のうち対欧米輸出額の大きいミシンや,トランジスターラジオなどの電気機械や化学製品などについては効果があろう。しかし反面,日本もそれに応じて関税の引き下げを行なわねばならないであろうし,世界的に関税の一括引き下げ機運も高まっているので,日本としても工業品とくに機械類,化学品などの国際競争力を今後一そう強化する努力が必要であろう。

通商拡大法はこのようになお,免責条項,リザーブ・リストの存在など保護主義的色彩を残しているものの,アメリカ,EECの関税引き下げを通じて世界貿易を拡大させるのみならず,さらに第三国の関税を引き下げる効果ももっており,通商拡大法の成立は単にアメリカの貿易政策上の観点からだけではなく,世界の自由貿易の促進のためにも画期的な意義をもつものといえる。


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